インフィニット・ストラトス―失われた未来― 作:レイブラスト
四月 IS学園
(どういうことだこれは……何がどうなっている……)
一年一組の教室で、席に座った織斑春也は焦りと困惑を入り混ぜた表情で前の席に座る女生徒を見つめていた。
(アンタは死んだ筈じゃなかったのか、一夏姉さん!? それに後ろに居るコイツは誰だ!? 千冬姉さんにそっくりだが……)
春也の戸惑いを余所に、メガネを掛けた小柄な女性が壇上に上がって挨拶をした。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。私は副担任の山田真耶です。1年間よろしくお願いします」
だが誰も返事をしない。注目が一夏と春也、そして千冬にそっくりな少女へと向いているからだ。
「え、えっと……それじゃあ自己紹介をお願いします。と、取りあえず出席番号順に……」
(うーん、何か反応してあげれば良かったかも……)
オロオロとする真耶を見て、一夏は内心苦笑する。そうしていると前の人達の挨拶が終わり、一夏の名前が呼ばれた。
「織斑一夏さん」
「はい」
すくっと立ち上がると、後ろを向いて今日初めて見るクラスメイト達を見渡した。
「織斑一夏です。イレイザー社のテストパイロットを務めています。趣味は料理です。みんなとは少しでも仲良くなりたいと思ってます。一年間よろしくお願いします」
ゆっくりと一礼すると、周りから拍手が起こりそれに笑顔になりながら一夏は座る。続いて春也が席から立ち上がる。
「えっと、織斑春也です」
注目を集める中、彼はしばし溜める。そして……
「―――以上です」
『原作通り』の台詞を述べ、周囲をズッコケさせた。一夏は唖然とし、箒とマドカは呆れていた。するとそこへ千冬が現れ、春也の頭を出席簿で叩いた。
「まともに挨拶もできんのか、お前は」
「げっ! 関羽!?」
「誰が三国志の英雄だ。……それより山田君。クラスへの挨拶を押しつけて済まなかったな」
「いえ、そんな」
これまた原作通りのボケを言った春也に千冬は軽くツッコむと、真耶と軽く会話して壇上に上がって行った。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で立派なIS操縦者に育て上げるのが仕事だ。これからよろしく頼む」
『『『きゃああああああああああああああああああああ!!』』』
自己紹介をした瞬間、周囲から黄色い歓声が沸き起こる。あまりの音量に、一夏達は手で耳を塞ぎながら顔を顰めていた。
「素敵! まさか本物の千冬様をこの目で見られるなんて!!」
「お姉さま! お姉さまに会う為に私、栃木からやって来ました!」
「私、お姉さまの為なら何でもします!」
騒ぎ出す生徒達を見て、さすがの千冬も「またか」と言いたげな困り顔で額を押さえた。
「……どうしてこうも、こういう奴らが私のクラスに集中するのだ。ある意味感心するが……嫌がらせなのか?」
「きゃあああああああ! もっと叱って! 罵って!!」
「でも時には優しくして! そして付け上がらない程度に調教してぇ!!」
((((この教室には変態しかいないの(か)(いませんの)……?))))
本当に誰かが仕組んだのではないかと思われる程の変態発言を発する生徒の多さに、揃って天を仰ぐ。このクラスで一年間やっていけるかという不安も、少し生まれていた。
「まあいい……それより織斑。学校では公私を分けて織斑先生と呼べ」
「わかりました千ふ…じゃなくて、織斑先生」
「やっぱり織斑君って、千冬お姉さまの弟なんだ」
「立場変わって欲しいなぁ……」
2人のやりとりを見ていた一部の生徒が羨ましそうに呟く。一夏は心の中で「変わったらかなり苦労すると思うよ?」と呟き、姉の私生活を思い出していた。
「大分流れが脱線してしまったな。自己紹介を続けてくれ」
「わかりました。では…織斑マドカさん」
「はい」
場を仕切り直すように言うと、真耶がマドカの名前を呼ぶ。返事をして立った彼女に、春也は驚きながら振り向いた。
(マ、マドカだって!?)
「織斑マドカだ。訳あってイギリスの親戚のところに住んでて、今は一夏姉さんと同じくイレイザー社のテストパイロットをやっている。趣味は読書だ。一年間よろしく頼む」
一礼して席に座ると、周りがざわざわとマドカについてあれこれ話し始める。
「妹だったのかぁ。道理でそっくりだと思ったわ」
「何かまるで、織斑先生をそのまま小さくした感じ」
「喋り方も織斑先生そっくりね。頑張って背伸びしてるみたい」
「それ私も思った!」
「おい、どういう意味だそれは」
「ま、まあまあ……」
一部の女生徒が言ったことにマドカがムッとして睨み、一夏が春也を挟んで宥めていた。
その後自己紹介が進んでいき、セシリアの番が終わった丁度その時―――千冬がふと問いかけた。
「オルコット。一夏は『あのこと』を言ったのか?」
「いえ、言っていませんが……私の口から告げた方がよろしいのでしょうか?」
「……そうだな、言ってしまえ。後々になって発覚して面倒事になるよりはマシだ」
(え! い、言って大丈夫なの?)
セシリアと千冬を交互に見ながら、一夏はこれから恋人の言う事実で何か問題が起きないか心配した。そんな彼女を余所に、『あのこと』が何なのか気になるクラスメイト達にセシリアは凛として告げた。
「実は私、織斑一夏さんとは将来を誓い合った仲なんですの」
教室がシーンと静まり返った。「ああ、やっぱりダメか……」と気を落としていた一夏だったが―――
「き……」
「?」
「きゃあああああああああああ!! 百合よ! リアル百合カップルよぉ~!!」
「初めて見たわ! 生きてて良かったぁぁああああああああ!!」
「応援するから、2人とも幸せになってね!!」
(う、嬉しいけどこれは予想外だよ……)
(一瞬気圧されましたわ……)
クラスの女子達に祝福され、一夏やセシリアはホッとしつつも怒濤のような勢いに驚かされていた―――そこへ。
「ち、ちょっと待ってくれ! みんな普通に受け入れてるけど、それでいいのか!?」
ガタッと席を立った春也が混乱気味に言う。死んだ筈の姉と、攻略する筈だったセシリアがそういう関係になっていたのだから、無理もない。
「なんだ? 一夏姉さんとセシリアの関係にケチをつける気か?」
「ケチって…僕はただ……」
「織斑君。気持ちは凄くわかるけど、応援してあげようよ。大丈夫、すぐに慣れるって」
「うんうん。私も弟がソッチ系だと知った時は一時期愕然としたけど、今じゃ普通に接しているし」
(そんなことどうだっていい。セシリアが……僕のセシリアが……クソッ!)
よりにもよって同性、しかも双子の姉に奪われてしまったと春也は憎々しげに一夏を睨み付けた。そんな心情に気づく筈もなく、一夏は受け入れてくれた嬉しさを噛み締めながらクラスメイト達の自己紹介を聞いていた。
SHRが終わると続いてISの授業へと入った。必死で勉強した甲斐があり、授業で遅れることは無かった……が、先ほどの一件でやや視線を集めているのが少し気になった。それはセシリアも同様で、授業が終わると同時に一夏の元にやってきてため息をついた。
「やっぱり視線を集めてしまいましたわね……」
「セシリアがカミングアウトするからだよ。結果オーライだったけど」
「この程度の視線なら些細なことだろう。少なくとも、コイツよりはマシだ」
クラス中だけでなく、クラスの外から見に来ている生徒の視線を受け続けている春也を横目で見てマドカは肩を竦める。
「言えている。だがコイツの場合、同情の念は沸いてこないが」
「おいおい、いくらなんでもそれは酷いんじゃないかな?」
鼻で笑って言う箒に、苦笑しながら春也が声を掛けた。一夏以外の3人の目つきが険しくなる。
「……何の用だ、織斑?」
「君と話したいことがあるんだ、箒。できれば人がいないところでさ」
「断る。貴様と話すことなど何もない」
即答で断られたことに顔を引きつらせると、今度は一夏の方を見て言った。
「じゃあ姉さんと2人で話すことにするよ。それならいいだろう?」
「え、私?」
「でしたらここで話して貰えないでしょうか?」
「若しくはこの中の誰かが同行するとかな」
「そんな警戒しなくてもいいじゃんか。僕と姉さんは姉弟なんだし」
どの口が言うか―――と箒達は思って食い下がろうとしたが、一夏はそれを制した。
「いいよ、行こうか」
「大丈夫なんですの?」
「うん」
立ち上がり春也の後に続く一夏。春也は歩きながら、原作とは違う出来事に対する疑念を並べていく。
何故織斑マドカがここに居るのか。
何故セシリアが姉と同性カップルになっているのか。
何故箒からあんなに冷たくされたのか。
その答えは意外にもすぐに出た。
(全部一夏姉さんのせいだ。一夏姉さんが生きてたからこうなったんだ! このままだと今後の出来事が起きなくなるかもしれない……いや、それは『奴ら』に連絡すれば解決するか)
勝手な結論を出した春也は誰もいない屋上へと辿り着くと、一夏を先ほどの爽やかさとは打って変わった表情で睨み付けた。
「……で、話って何? そんなに怖い顔してさ」
「まさか一夏姉さんが生きてるとは思ってなかったよ。てっきり死んだと思ってたのに」
「本当に死んで欲しそうな言い方だね」
「そりゃそうさ。一夏姉さんは織斑家の汚点だからね。しかも同性愛者の変態にまで落ちぶれているとか……」
呆れたように春也は言う。今までなら自分を傷つける言葉に身体が動かなかったが、支え合う仲間達を得た一夏にとって、それは怖くもなんともなく逆に怒りが込み上げてきた。
「言いたいことはそれだけ?」
「は?」
「同性愛が普通じゃないってことぐらいわかってる。でも、貴方にだけはそれを否定されたくない!!」
「何……!?」
「セシリアはこんな私を支えてくれた……傷ついた私と愛し合ってくれた! 今まで否定されて来た私には、大きな希望になったの! それを否定されてたまるか!!」
「コイツ、言わせておけば!」
殴りかかる春也だが、一夏はその手を掴むとカウンターで腹に膝蹴りを入れた。
「がっ!」
「私はもう、昔の私じゃない。いつまでも貴方に怯えてばかり居ると思ったら、大間違いよ!」
屋上から去っていく一夏。蹴りのダメージが抜けきらない春也は、その背中を見ながら呟いた。
「アイツ、よくも僕に……! 覚悟しろよ。いつか必ず殺してやるからな……!!」