インフィニット・ストラトス―失われた未来― 作:レイブラスト
(ふう……)
シャルルとラウラが転入してから少し経過したある日。放課後の練習を終えた春也は、更衣室で着替えながらこれからの段取りについて考えていた。
(どうやってシャルルを救い出すかが重要なポイントだが……やっぱりISのデータを引き渡すしかないか。幸い、既にUSBにコピーしてあるし)
ポケットの中に入れてあるUSBメモリーに触れながら考える。そう、春也は端末からハッキングを行いアーマードライダーを除く全専用機のデータを手に入れているのだ。
(これだけあればさすがにシャルルから手を引くだろう。万が一バレたとしても、端末はシャルルのをこっそり使ってるし指紋も残してない。最悪僕の身は守れるということだ。……そんなことは出来る限りしたくないけどさ)
出来る限り見捨てたくはない。しかし自分の立場が悪くなるなら容赦しない矛盾の覚悟を彼は抱き、着替えを完了させ更衣室の扉を開けた。その先に書類を抱えた真耶がいた。
「あ、織斑君。丁度良かったです」
「どうしました、山田先生?」
「今月下旬から大浴場が使えるようになったんです。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に2回の使用日を設けることにしました」
「本当なんですか! それは良かった……後でシャルルにも伝えます」
満面の笑みで喜ぶ春也を見て、真耶も笑顔になり立ち去る。その時、入れ違いになるようにシャルルがやってきた。
「何を話していたの?」
「今月下旬から大浴場が使えるんだって。限定的だけど、毎日個室の風呂を使わなくて済むようになるんだ」
「そっか。教えてくれてありがとう」
そんなに嬉しそうじゃないな……と春也は思いつつ、着替えに来たシャルルと擦れ違い―――
「前から思ってたけど……君ってどっちかって言うと女の子っぽいよな」
何の気なしに言い放ち、衝撃を受けて目を見開くシャルルを残して去って行った。
夜。自室に居る春也は、先ほどシャルルが入って行った個室風呂をじっと見つめ、換えのシャンプーを持って立ち上がった。
「(落ち着け。ちゃんと段取り通りにやるんだ)シャルル~。シャンプー換えるの忘れてたから、今入れるよ」
『えっ!? ま、待って!!』
慌てる声を無視して彼はドアを開ける。そこには一糸纏わぬ姿の『女子』が呆然としていた。
「やっぱり、君は女の子だったんだ」
ジャージを着てベッドの上に座り込むシャルルを見ながら、春也は複雑な表情で言った。
「……いつから気づいてたの?」
「最初に会った時だよ。男にしては妙に声が高いし、身体のラインがあまりにも女らしかったからね。直感だけで確証はなかったけど」
「だと思ったよ……自分でも怪しいかなって思ってたもの」
「差し詰め僕の白式のデータを狙ったんだろ?」
「実家のデュノア社から、正確には僕の父親である社長から言われてね……」
「何でこんなことを? 自分の子供なのに」
「正式な子供じゃないからだよ。僕が愛人の子だから……」
そこからシャルルは淡々と語り始めた。母親が亡くなり、生活に困っていたところを父親と名乗る社長に引き取られたこと。検査をしていく内に高いIS適正を持つことが明らかとなり、テストパイロットとして選ばれたこと……
「本妻の人に平手で殴られたりもしたよ。泥棒猫の娘が!ってさ。お母さんもちょっとぐらい教えてくれても良かったのになぁ……」
「…………」
「けど僕が引き取られてしばらくして、デュノア社は経営不振に陥ったんだ」
「ニュースで僕も知ってる。第3世代型の開発が遅れているって?」
「第3世代型の開発は急務だったんだ。でも時間もデータも圧倒的に不足してて……そこへ世界初の男性IS操縦者の発表。父さんは一も二もなく飛びついたよ」
「で、男装して広告塔となり、僕に接触してデータを入手するよう命じられたと」
「その通り。でもこうも簡単にバレるとは思ってなかったよ……言い訳にしか聞こえないけど、ホントは騙したくなかった。本当に…ごめんなさい」
頭を下げ、誠心誠意シャルルは謝る。それを見た春也は、前以て用意していた台詞を発する。
「頭を下げないでくれ。別にシャルルに怒ってる訳じゃない。むしろ助けたいと思ってるぐらいだ」
「助けるって……どうするのさ。いくら君でもデュノア社相手じゃ分が悪いどころじゃ―――」
「これを使う」
割り込みながらUSBメモリーを取り出してシャルルに見せる。当然彼女は困惑して春也を見つめる。
「これは?」
「中に白式や紅椿、ブルー・ティアーズ等の専用機のデータが入っている」
「えっ!? い、一体どうやって!?」
「大きな声じゃ言えないけど、ハッキングしたんだ。兎に角、これさえあればデュノア社との交換条件に持ち込めるって寸法さ」
「ハッキング……それに交換条件って……」
「ただし、あくまでデータそのものはシャルルが渡さなければいけない。それまでちゃんと保管できていればいいんだけど……」
「わ、わかった。やってみるよ。でも今日は疲れたから、明日でもいい?」
「うん」
「あ、ありがとう。……だけどどうして、春也は会ったばかりの僕にこんなことを?」
素朴なシャルルの疑問に、春也は少し考えてこう告げた。
「僕が君を女の子かもしれないと疑っていたのは知ってるよね? あの頃から僕は、君のことを異性として意識してしまっていた。そして君が女の子だと明らかになった時確信した。シャルル―――君のことが異性として好きなんだって」
「え……」
「だから僕は助けたい。僕が好きになった子を…………こんなんが理由じゃ、いけないかな?」
「そ、そんなことは―――」
「僕は本気だ。でも僕1人では限界がある。だから……そのデータのこと、頼むよ」
「う、うん(これを渡すってことは、一夏達を裏切ることになる。そんなことは…………それによくわからないけど、さっきから彼の言葉からは何も感じられない気がする。何か別のことを考えてるような……)」
(そう、シャルが好きなのは本気だ。ただ―――君がちゃんと動いてくれるかどうかで変わるけど。今後のこともあるからね)
薄気味悪い何かを感じ取るシャルルの前で、春也は気づかれぬよう悪い笑みを浮かべていた。
「ハッキングされた? 私達の専用機のデータが?」
翌日。屋上で弁当を食べながら、箒が話を切り出した刀奈に問いかける。
「ええ、それもつい最近にね。何となく端末を見てたら侵入された形跡があって、それでわかったのよ」
「盗まれたのは刀奈さんのデータだけですか?」
「いいえ。みんなのを借りて確認したけど、ここにいる全員のデータがコピーされていたわ」
「へぇ。どこのどいつか知らないけど、随分と素敵な真似してくれるじゃない……!」
「お姉ちゃん、犯人の目星はついているの?」
「当然。色々経由してたから思ったより時間かかったけど、ある端末からハッキングされていたことがわかったわ」
「どの端末なんだ?」
「……シャルル・デュノアが所持しているノートパソコンからよ」
食を中断し、息を呑む。もしかしたらと、懸念していたことが現実となった瞬間であった。
「彼が、データを……」
「いや、まだそうとは限らない。他の誰かがデュノアのパソコンを利用した可能性がある」
「ラウラ…何でそう言える?」
「今朝廊下を歩いていた時、死角となる場所でデュノアを見かけた。USBらしきものを持って、『本当に僕がこのデータを……』と呟いていたぞ」
「ではデータは学園内の何者かに与えられたと?」
「そのようね。ともかく、今日の放課後に部屋の前で待ち構えていましょう」
頷いて同意する一夏達だったが、何故かラウラだけは考え込んでいるのか頷かず黙ったままだ。
「どうしたの? 神妙な顔しちゃって」
「どうも引っかかるんだ。会長にしかわからない程のハッキング技術を有した者が、ここにそうそう居るか?」
「そうですわね……居るとするなら、織斑春也―――っ!!」
「……あくまで私の推測だがな」
とは言いつつも、内心ラウラはシャルルはそそのかされているだけで、黒幕は織斑春也ではないか?と思っていた。
そして放課後。自室で出かける支度をするシャルルを春也は見守りつつ問いかけた。
「外出届は提出したんだよな?」
「今朝出してきたよ」
「ならいいんだ。……ところでシャルル、昨日の返事は考えてくれた?」
「返事? 一体何の……あ」
思い出した。彼に自分を女として好きだと言われたことを。だが不思議と胸が高鳴ることはなく、どう答えればいいのか迷った。
「えっと、その……ごめん。いきなりすぎて決められないって言うか……」
お茶を濁す発言をすることで一旦切り抜けようとするが、春也は表情から彼女が自分に好意を抱いてないことを悟り冷めてしまった。
「謝らなくても大丈夫だよ。こっちが勝手に告っただけだし……そうだ。折角だから駅まで付き添うよ。それくらいはいいだろ?」
「別にいいけど」
「んじゃ、行こうか」
部屋のドアを開けて2人が外に出た瞬間―――待ち構えていた一夏達によって行く手を阻まれた。
「そこまでだ。大人しくして貰うぞ」
「……どうしたんです、こんなに大勢。織斑先生まで」
「更識楯無から、ここにいる全員の専用機データを盗まれたと言われてな。発信元はシャルル・デュノアのパソコンだそうだ」
「っ!?」
目を見開き身体を硬直させるシャルル。それもその筈。自分のパソコンでハッキングをした覚えはなく、単に春也からデータを渡されただけなのだ。
(チッ、やはり更識楯無のデータを盗んだのはリスクが高すぎたか)
「そんな、何で……ど、どうしよう、春也……」
頭の中が真っ白になり、助けると宣言してくれた男を頼ろうとする。しかし、春也は動揺せず涼しい顔をして言った。
「なんだ……既に知ってたんですね。なら説明する手間が省けて何よりです」
「何だと?」
「シャルルが僕を含めた専用機のデータを入手していたことを偶然知りまして。今から寮長室に連れて行こうとしていたんですよ」
「!? ち、違……春也、何で……!?」
(君が僕のことを好きでいてくれたなら、庇うなり団体の圧力なりでどうにかしてあげたんだけどね。僕のことを好きにならないなら、邪魔でしか無いんだよ)
「本当? 嘘ついてるんじゃないでしょうね?」
「だったらパソコンを調べてみなよ。それで僕がやったのか明らかになる筈だ」
自信たっぷりに言うが、一夏達は事前に疑っていたこともあり、更に彼の言葉とシャルルの反応から本当の犯人は春也だということを見抜いた。が、こう言ったということは証拠を消し去っているのは明白だ。
「(春也、お前……)是非そうさせて貰う。が……その前に場所を変えねばな。一緒に来て貰うぞ、デュノア」
「……はい……」
力なく言う彼女の目からは、一切の光が無いように見受けられた。ラウラはそんな彼女から、何か過去の自分と似たものを真っ先に感じ取った。
「………………」
「ラウラさん? どうかなさいまして?」
「いや……何でもない」
その言葉とは裏腹に気に掛けつつ、ラウラは他の面々と共に千冬の後に続いた。