IS幼稚園   作:オルコッ党は正義

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縦ロールさんから啓示を受け取ったので、書きました。


第二限目 幼女とクラスパーティー

「──それでは織斑君のクラス代表を祝して、かんぱーい!」

 

 一人の幼女がコップを高らかに掲げると、それに呼応して歓声が木霊した。

 あちこちで歓談が始まり、教室内は賑やかな活気に包まれていく。

 ジュースを飲みながらその様子を見ていた一夏は、思わず遠い目をしてここ最近の思い出を振り返る。

 

(まさか、子供と戦う事になるとはなぁ)

 

 一夏はつい先日、縦ロールの幼女──セシリアと、クラス代表を賭けて闘ったばかりなのだ。

 それまでにも、幼女姿に変わった箒と剣道をしたり、幼女姿の真耶に座学を教えてもらったり、様々な出来事があったが、やはり最も一夏の印象に残っているのは、セシリアとの戦闘だった。

 何故かと言えば、もちろん初めて搭乗した一夏の専用機……“白式”との共同作業──ではなく、ただ単に幼女姿のセシリアが強烈だっただけだ。

 

『おーほっほっほ! わたくしのブルーティアーズと華麗に踊りなさいな!』

 

 高笑いを響かせながら、フィンフィンとファンネルを動かしていく幼女。

 どういう原理になっているのはわからないが、明らかに子供が乗れるような形をしていないISの中央に、すっぽりとはまるセシリアの姿は、機械に囚われている小さなお姫様のようだった。

 対して、一夏はごく普通にISへと搭乗していたので、傍から見れば弱い者いじめをしているようにしか思えない。

 ただ、実際はIS初心者の一夏が、終始セシリアに圧倒されていたのだが。

 

 セシリアを子供と侮る事なかれ。彼女は星の数ほどいる幼女達をなぎ倒し、国家代表候補までに上り詰めた、正真正銘のエリートなのだ。

 その証に国から支給されている専用機──“ブルーティアーズ”。

 これを手に入れたいがために、何人の幼女達が血の涙を流したであろう。

 そんなイギリス国民達の期待を背負うセシリアに、男というだけで専用機を渡された一夏が勝利できるだろうか。

 いや、そんな簡単に勝てるならば、この世界にIS乗りはもっと増えても良いだろう。

 

(強かったなぁ、セシリア)

 

 男として悔しい気持ちはあるが、一夏はどこか清々しい思いも抱いていた。

 これが、セシリアが言っていたエリートという意味か。大好きな姉である千冬がいた世界なのか、と。

 

「織斑君、お疲れ!」

「惜しかったよー。もう少しでオルコットさんに勝てたのにね」

「幼女をいたぶる爽やかおにぃ……おっと、涎が」

 

 一夏が少々センチメンタルな気分でいると、笑顔で幼女達が近づいてきた。

 慰めの言葉や、意外と善戦した一夏を褒めたり、と各々なりに彼の事を元気づけようとしているようだ。

 パーティー中に自分だけ暗いのはよくないと思った一夏は、柔らかな笑みを浮かべて幼女達に応えていく。

 

「む、むぅ……!」

 

 しかし、そんな一夏の対応を良く思わない幼女が一人。

 一夏の幼馴染みで、先ほどまで隣でご満悦だった箒だ。

 微笑みかけられて身悶えしている幼女達の姿を見て、箒はぷっくりと頬を膨らませて一夏のコップを奪う。

 

「箒?」

「い、一夏のジュースがなくなっていたからな。代わりに入れてやろう」

「お、わざわざサンキュー、箒」

「き、気にするな! 幼馴染みとして当然の事だ!」

 

 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、箒の表情は嬉しそうに綻んでいた。

 どうやら、一夏を甲斐甲斐しく世話をする女房、といった妄想を箒はしていたらしい。

 心なしかドヤ顔でコップにジュースを継ぎ足した後、顔を背けて一夏に突き出す。

 

「ほ、ほら!」

「ありがとう。やっぱり、箒は気が利くよな。将来、良いお嫁さんになれると思うぜ?」

「よっ!?」

 

 一夏としては、思った事をそのまま告げたつもりだったのだが。

 何故か、教室内が一瞬静寂に包まれた。

 素っ頓狂な声を上げて固まる箒に、目を丸くして隣の人と話すクラスメイト達。

 

「ね、ねぇ。今のって、織斑君のプロポーズかな!」

「さっそく幼女を手玉に取りましたなぁ」

「きー! お兄ちゃんに愛してるなんて言われた篠ノ之さんが妬ましい!」

「いや、そんな事は言ってないと思うよ?」

「おりむーのきちく~」

 

 言いたい放題に告げたり、ハンカチを噛んで目を血走らせたり、どさくさに紛れて一夏のお尻を触ろうとしたり。

 教室内はガヤガヤと騒然とし始めた。

 

「プロポーズ? そんな事言ってないけど?」

 

 そんな中、彼女達の中心である一夏は、相変わらずの鈍感ぶりを発揮し、不思議そうに首を傾げていた。

 瞬間、クラスの九割ほどの幼女達は直感する──

 

 

 

 ──このイケメン、鈍感属性を完備していやがる!

 

 

 

「い、い、い、一夏ッ!」

 

 幼女達が戦慄した表情を浮かべている間に、どうやら箒は我に返ったらしい。

 問いかけに振り返った一夏を見て、箒は頬を赤らめながら口をパクパクさせる。

 

「ん? どうした、箒?」

「あの……その……」

 

 モジモジと指を絡ませつつ、潤んだ瞳で一夏の顔を見上げた箒。

 そんな箒の可愛らしい姿に、クラスメイト達は微笑ましそうに見守る。

 最初、抜き身の刀のような雰囲気を漂わせていた箒は、クラスメイト達にとって近寄り難い存在だった。

 しかし、ここ数日間一夏と絡んでいる姿を見て、実は箒って物凄く可愛いのではないか、とクラスの意見が一つに纏まったのだ。

 

 カルガモの如く、ヨチヨチと一生懸命(一夏)に付いていく()

 拗ね方も頬を膨らませたり、いじけるように唇を尖らせたりと、幼女らしい可愛い反応だった。

 結果、クラス内で“箒ちゃんを見守り隊”というファンクラブが、箒の非公式で創られる事になる。

 ちなみに、ファンクラブを発足したのはアリスと言う謎の人物であり、いつの間にか様々な特典が追加され、もはや非公式とは言えないほどに組織が巨大化していた。

 

『天使の箒ちゃんと世界を照らそう』

 

 と、会員No.0であるアリスが、ファンクラブのスローガンにしているとかいないとか。

 同時に、どこかの兎耳科学者のコミュ力がある程度改善したと言うのも、あまり関係ない余談だろう。

 

 箒がここまで可愛らしくなったのには、もちろん理由がある。

 元々、箒は感情表現を素直に表すのが非常に苦手だった。

 常に仏頂面を浮かべているので、今まで仲の良い友人ができた事などない。

 しかし、束がIS乗りを幼女化したお蔭で、ある程度精神年齢が低下した箒は、子供らしく感情表現ができるようになったのだ。

 なお、幼女化した素直な箒を見て、鼻血を撒き散らしながら、グヘヘと恍惚していた兎耳がいるとかいなかったとか。

 

 頑張れと拳を握って応援するクラスメイト達など露知らず、箒はおずおずといった様子で言葉を紡ぐ。

 

「味噌汁は、薄味と濃い味のどちらが良いと思う!?」

「み、味噌汁? いきなりそんな事を言われてもな」

「いいから教えてくれ!」

「わ、わかったよ。そうだな──」

「──その言葉、少しお待ちになってくださいまし」

 

 真剣な眼差しを送ってくる箒に押されて、言われるまま答えようとした一夏。

 しかし、そんな二人の間に、優雅さを感じさせる声が投げかけられた。

 自然とクラス中の視線が集まる中、ドアを開けて入ってきた貴族幼女──セシリアは、にこやかに微笑みながら、楚々とした足取りで一夏達の元に近づく。

 

「オルコットさん、だよね」

「なんか、最初と雰囲気が全然違うんだけど」

「あのロールの巻き具合……オルコットさんは本気だよ」

「これが、貴族……!」

 

 声を潜めて囁き合うクラスメイト達を尻目に、セシリアは一夏の前で足を止め、スカートを摘んでカーテシーを披露。

 

「まずは、クラス代表のお祝いを申し上げますわ」

「あ、ありがとう?」

「むむ! いきなり入ってきてどういう事だ!」

 

 鋭い目つきで牽制してくる箒に、微笑みを返してあっさりと躱すセシリア。

 圧倒的に優美なオーラを迸らせながら、セシリアはクラス内の空気を掌握していた。

 ゴクリと唾を呑み込むクラスメイト。自然と後ずさって瞳を畏怖色に染め上げ、誰も彼もがセシリアに対して声を掛けられない。

 一夏も同様の気持ちで、今までの刺々しかったセシリアとの違いに、疑問と困惑が入り混じった表情を浮かべる。

 

「それで、俺に何か用か?」

「ええ、もちろん。一夏(・・)さんには、言いたい事が沢山ありますの」

「なっ!」

 

 いつの間にか、名前呼びに変わった事に気が付き、愕然とした声を上げた箒。

 女の勘でも働いたのか、箒は瞳を険しく細めていく。

 しかし、セシリアはさして気にする様子も見せず、振り返ってクラスメイト達をゆっくりと見回す。

 様々な表情で見てくる彼女達へと、セシリアは申し訳ない面立ちで頭を下げる。

 

「皆様に、心からの謝罪を。皆様を侮蔑するような事を言い、本当に申し訳ありませんでした」

 

 セシリアの謝罪を聞いて、戸惑い気味に互いの顔を見合わすクラスメイト達。

 

「どう返せばいいのかな?」

「貴族様から謝罪されてるみたいで、なんか居心地が悪いね」

「そう? わたしはなんだか気持ちいいんだけど」

「えっ?」

「えっ?」

「くるしゅうないぞ~」

 

 暫く皆で話し合った後、クラスメイト達は笑顔で頷く。

 

「謝罪は受け取ったよ! 改めて、これからよろしくね、オルコットさん!」

「はいっ! 今度ともよろしくお願いしますわ!」

 

 眩い笑みを浮かべたセシリア。

 その表情には、溢れんばかりの嬉しさが宿っていた。

 辺りに和やかな雰囲気が漂う。セシリアが上手くクラスに馴染めて、一夏はどこか娘を見るような気持ちになる。

 これが一夏と同年代の姿で見ていたのなら、麗しい友情に感動したのだろう。

 しかし、一夏の目に映っているのは、笑い合う幼女達。

 一夏が保護者目線になってしまうのも、仕方がないだろう。

 

「やっぱり、みんな仲良くが一番だよな」

「……一夏と私達の間で、微妙に齟齬が起きていると思うのだが」

 

 何度も頷く一夏に対し、箒はなんとも言えない表情で眉根を寄せていた。

 

「箒?」

「いや、なんでもない」

「一夏さん」

「うん?」

 

 一夏が振り向くと、真面目な表情を浮かべたセシリアと目が合う。

 

「一夏さんにも謝罪を。貴方様を侮蔑するような発言をしてしまい、申し訳ありませんでしたわ」

「い、いや! そんなに気にしてないから、大丈夫だって! だから、頭を上げてくれ」

「ありがとうございます。ふふっ、一夏さんは優しいですのね」

 

 口許に手を添え、クスリと微笑を零したセシリア。

 対して、一夏は幼女に頭を下げさせたという事に、内心で大いに慌てていた。

 本当はセシリア達も一夏と同年代なのだろうが、やはり見た目から一夏としては子供のように感じてしまう。

 見方によっては、彼女達を見下しているのかもしれない。

 しかし、どうしても一夏は彼女達と同じ目線に立つ事ができなかった。

 ただ、それもこの学園で暮らしていく内に慣れるだろうが。

 

「も、もういいだろオルコット。話は済んだと思うんだが」

「あら? どうして篠ノ之さんが話に割り込んできますの?」

「お、お前には関係ない!」

 

 口をへの字にしてそっぽを向く箒を見て、セシリアは何かを敏感に感じ取ったのか、先ほどまで瞳にあった穏やかな色が消え失せる。

 

「なるほど。どうやら、篠ノ之さん……いいえ、箒さんはわたくしのライバルになるようですわね」

「ライバルだと……ま、まさか」

「ええ、ご察しの通りですわ」

 

 戦きの表情を浮かべて指差す箒に、頬に手を添えたセシリアが微笑む。

 二人の間でバチバチと火花が散り、辺りには重苦しい沈黙が舞い降りる。

 片方は無邪気な笑顔の兎耳美女のオーラを背負う、武士道幼女。

 もう片方は流麗なISの形をした幻影を身に纏う、貴族幼女。

 自然と場は沈黙に包まれ、全員の視線が両者に集う。

 

(なんだこの空気?)

 

 ただ、一夏だけは謎の雰囲気に首を捻っていたが。

 まず最初に口を開いたのは、威風堂々と仁王立ちしていた箒だった。

 

「ふっ……私は、一夏の(・・・)幼馴染みだ」

 

 頬を吊り上げて告げる箒に、セシリアは瞳に力を入れて笑みを返す。

 

「年数など些細な問題ですわ」

 

 セシリアがばっさりと切り捨てるも、箒は余裕な表情を崩さない。

 

「笑止。お前はなんにもわかっていない、この情報が何を表すのかを」

「……?」

 

 怪訝げに眉を潜めるセシリアへと、ドヤ顔を向けた箒が言い放つ。

 

「幼馴染みという事は、だ。私は一夏と小さい頃から一緒にいたという事だぞ」

「ま、まさか!?」

「ふっ。今更気づいたか──私は、一夏の好みを知っている!」

 

 目を剥いたセシリアの様子を見て、大層満足そうに頷いた箒。

 箒がもたらした新情報に、クラスメイト達も驚きの表情だ。

 対して、雰囲気に流されるままだった一夏は、居心地の悪さで肩を縮めていた。

 

(よくわからないけど、俺の話で盛り上がってるのか?)

 

 何やら好みがどうとか、一夏の好きな物はどうとかを聞いた気がする。

 何故一夏の話をしているのか見当もつかないが、箒にセシリアという友達ができて、一夏としても嬉しい気持ちだ。

 思わず一夏が箒を優しい目で見つめている間にも、二人の幼女の会話はヒートアップしていく。

 

「で、ですが! それは後から知っていけばいい事ですわ!」

「だろうな。だが、お前が一つ知る度に、私は更に上を行くぞ?」

「き、きー! その腹立たしい顔を止めるのですわ!」

 

 悔しそうに地団駄を踏むセシリアに、クラスメイト達は生暖かい目を向けた。

 

「あ、いつものオルコットさんに戻った」

「化けの皮が剥がれたね」

「そこっ! ばっちりと聞こえていますわよ!」

 

 ズビシッと指を突きつけた後、優雅に髪を払って咳払いを落としたセシリア。

 

「コホン。失礼、取り乱しましたわ」

「今更遅いと思うけど……」

「いつものセッシーの方が好きだな~」

 

 やいやいと野次を入れるクラスメイト達を一睨みで黙らせ、セシリアは腰に手を当ててふんぞり返る。

 

「わたくしはセシリア・オルコットですわよ? 常に不可能を可能にし、勝利の道を歩んできましたの。そんなわたくしに敗北は有り得ませんわ」

 

 そこで一区切りすると、セシリアは気品溢れる所作で髪を払う。

 

「一夏さんのハートを射止めるのは、このセシリア・オルコット。わたくしだと自然の理で定められているのですわ!」

「な、なんだと!?」

「今から負けた時の言い訳を考えた方が良くってよ?」

 

 口許に手を添え、おーほっほっほと高笑いを始めたセシリア。

 明らかに調子に乗っているとわかる様子だったが、いつの間にかクラスメイト達には馴染んでいたようで、どこか馬鹿可愛いといった眼差しでセシリアを見ていた。

 対して、ぐぬぬと唸っていた箒は、勢い込んでセシリアに近寄って。

 

「お前のような高慢ちきに一夏が絆される訳ないだろ!」

「な、なんですってぇ!? 言う事にこいて、わたくしを高慢ちきですって!?」

 

 愕然とした声を上げたセシリアへと、箒はニヤリと口を歪めて頷く。

 

「ああ。高慢ちきのちんちくりんだろう?」

「ちんちくっ……そういう貴女も、幼いですわ! わたくし、日本に来る時に習いましたわよ。貴女のような人を、ロリと言うのを!」

「む! そのロリという言葉はよく知らないが、何故だかとてつもなく不愉快な気分になったぞ!」

 

 眉根を寄せた箒を見て、セシリアはにんまりと口角を上げる。

 

「あーら、でしたら何度でも言ってあげても良くってよ?」

「待て! よく考えたら、お前もロリになるんじゃないのか?」

「何を言っているんですの? わたくしはロリではありませんわ」

 

 白い目で箒を見つめた後、セシリアは雅さを感じさせる笑みで言い放つ。

 

「わたくしは、セシリア・オルコットですのよ? つまり、わたくしはセシリア・オルコットとして、既に完成されていると言っても過言ではありません!」

「お前は何を言っているんだ?」

 

 胸に手を添えて断言するセシリアに、今度は箒が白けた眼差しを送った。

 

「とにかく、この勝負に勝つのはわたくしが必然というわけですわ」

「だから、何故そんな結論が出るんだ! この、ナルシストロリ!」

「ナ、ナルシストとはどういう事ですの!? それに、わたくしはロリではないと何度言えばわかるのですか!」

「いや、お前もロリだ!」

「違いますわ!」

 

 言い争いながら互いの顔が近づいていき、やがて箒とセシリアは額を合わす。

 睨み合いをしていた二人は、遂に暴力に訴えてしまう。

 

「この、このっ!」

「いたっ、やりましたわね! お返しですわっ!」

 

 グルグルと腕を振り回し、顔を真っ赤にして叩き合う箒達。

 しかし、二人が幼女化してしまった影響だろう。

 殴り合いをしているに対しては、どこか微笑ましい光景が広がっていた。

 まるで、ポコポコという擬音が聞こえてきそうな攻撃に、涙目になって一生懸命攻防を繰り広げる幼女達。

 端的に表すと、子犬達のじゃれ合いにしか見えない。

 もちろん、クラス中の人達も同様の感想を抱いたようで。

 

「かわいい」

「かわいい」

「お持ち帰りしたい」

「やっぱり、箒ちゃんは可愛いよね」

「えぇー、余裕がないセシリアちゃんの方が可愛いじゃない」

「はっ?」

「はっ?」

「しののんもセッシーもがんばれ~」

 

 棒に括りつけたハンカチを振るって応援しているほんわか幼女を尻目に、一夏は非常に微妙な表情を浮かべていた。

 二人が喧嘩を始めた理由は理解できないのだが、かと言ってこのまま手をこまねいても良いのだろうか、と考えるのだが。

 せっかく箒達が楽しそうに──あくまでも、一夏の主観である──遊んでいるのだから、自分が邪魔するのも悪いのではないか、とも考えてしまうのだ。

 

(これが大人だったら、もっと殺伐としているんだろうけど)

 

 幼女達が盛大に喧嘩をしていても、やはりどこか微笑ましさは拭えない。

 小さい頃の一夏も、友達との喧嘩を経て友情が深まったりした事がある。

 だから、今回の箒達の場合、とりあえず見守っておけば問題ないだろう、と一人納得した。

 

「一夏はとっても凄いんだぞ!」

「知っていますわ! 一夏さんはカッコイイんですわ!」

「知ってる!」

 

 語彙力まで退化して言い合う箒達の言葉を聞いて、思わず一夏は頬を赤らめて照れてしまう。

 誰だって、褒められて悪い気はしないものだ。一夏も例に漏れず、箒達の賞賛に背中がムズ痒い気持ちになる。

 そんな一夏の羞恥に染まる表情に、クラスメイト達は各々が歓喜していた。

 

「織斑君が照れてる!」

「爽やかイケメンの羞恥いただきましたー!」

「幼女に言葉責めされて顔を赤らめるイケメン……ありね」

「さっそくの激レア! 写真いただきました!」

 

 いつの間にか出現していた眼鏡をかけた幼女に、大量のフラッシュを焚かれた気がしたが、一夏は精神安定のために考えない事にした。

 一夏の頬が赤い誰得写真なんて、誰も撮らないだろう、と自分に言い聞かせるようにして。

 遠い目で一夏が現実逃避をしていると、眼鏡幼女が笑顔で近寄ってくる。

 

「どうもー! 噂の織斑君の取材に来ました! あ、私はこういう者です」

「新聞部の黛薫子先輩、ですか」

「そーそー。とりあえず、クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

 にこやかにマイクの形にした拳を向けた眼鏡幼女──薫子に、一夏は迷うように目を動かして答える。

 

「えーっと、色々と複雑な気持ちですが、クラス代表として頑張りたいと思います」

「んー、普通過ぎてつまんないや。ま、これは適当に捏造するとして、今後の意気込みなどをどうぞ!」

 

 何か記者としては有るまじき発言を聞いた気がしたが、一夏の空耳だろう。

 新たな質問を尋ねられた一夏は、僅かに瞳に憂いを帯びて口を開く。

 

「正直、男として小さな女の子と戦うのは嫌です」

「お? それは、我々女性を下に見ていると捉えても良いのかな?」

 

 楽しげに合いの手を打つ薫子の口調とは裏腹に、瞳にはどこか軽薄な色が宿り始めていた。

 こいつも、女を見た目で判断する愚か者なのか、と。

 薫子がそう思ってしまうのも無理はない。

 現在、ある程度情勢が落ち着いてきたが、幼女化した当初はそれはもう酷いものだった。

 幼子なら倒せると愚かな考えを持つ男や、本当にIS乗りとしてやっていけるのか、と疑念の眼差しを送る世間。

 他にも大小様々な問題があり、それに女性は一丸となって奔走してきたのだ。

 結果、彼女達の発言力は上がり、しかし僅かな精神年齢低下により、一部の男性とは距離に溝ができてしまったが、概ね互いに歩み寄る事になる。

 小ささで不便な女性をフォローする男性。幼女化という見た目から優しくなる男性に、自然と対応も柔らかくなる女性。

 結果オーライと言えばそれまでだろう。

 しかし、少なくとも今までの女尊男卑より、ほんの少しだけ優しい世界となっていた。

 

 対応を窺うクラスメイト達からの鋭い視線を集める中、一夏は首を横に振って自嘲めいた笑みを浮かべる。

 

「いえ、むしろ目が覚めました。今回、オルコットさんと戦った時、初めは見た目から侮ってしまいました。ですが、それは直ぐに誤りだと気づかされました」

 

 いつの間にか箒達も喧嘩するのを止め、真剣な表情で一夏に注目していた。

 

「今は違うと?」

「はい。オルコットさんと戦っていて、彼女がどれだけ頑張ってきたかがわかりました。

 きっと、小さくなって今まで以上に大変だったのに、それでもオルコットさんは代表候補生という結果を残しています。それは、とても凄い事だと思います」

「一夏さん……」

 

 潤んだ瞳で手を組み、一夏を見つめるセシリア。

 彼女から熱い眼差しを送られているとは知らず、一夏は言葉を繋いでいく。

 

「今回、オルコットさんにクラス代表を譲ってもらう形になりましたが、これはチャンスだと思うんです」

「チャンス?」

「はい。クラス代表として経験を積み、オルコットさんをはじめ、クラスのみんなに誇れるような人になる。男してではなく、一人の織斑一夏として」

「ほー。大きく出たね。こう言ってはなんだけど、ISが現れたからの情勢は理解しているよね? 織斑君が我々女性に認められるのは、かなり難しいと思うよ?」

 

 ニヤリと口角を吊り上げて尋ねる薫子を、一夏は強い瞳で射抜く。

 

「関係ありません。クラス代表として、男として、なにより千冬姉の弟として、俺はみんなに必ず認めて貰う!」

 

 そんな一夏の決意表明を聞いて、何人かのクラスメイト達が熱い吐息を零す。

 他にも一夏の言葉を不敵に聞いたり、男には無理だろうと鼻で笑ったり、素直に応援したりと反応は千差万別だ。

 しかし、彼女達に共通して芽生えた思いがある。

 一夏を初めての男性操縦者や、イケメンの操縦者としてではなく、“織斑一夏”として興味を抱いたという事だ。

 この時、一夏は初めて彼女達と同じステージに立ったと言えるだろう。

 実力主義が物を言う、恐ろしく残酷なIS乗りとしてのステージへと。

 

 目を細めて一夏の真意を探ろうとしていた薫子は、やがて営業用のスマイルを浮かべて頷く。

 

「うん、織斑君には期待してるよ。さてさて、面白そうな事を聞けたし、私はそろそろお暇しようかな……っと、その前に」

 

 一転して悪戯っぽい表情を宿した後、薫子はカメラを構えて口を開く。

 

「せっかくだし、織斑君とオルコットさんの記念撮影をしようか」

「ふぇっ!?」

 

 突然水を向けられ、素っ頓狂な声を上げたセシリア。

 対して、口を半開きにした箒は驚愕で声も出ないらしい。

 

「ほら。二人は対戦したでしょ? だから、健闘を讃えた写真みたいなのが欲しいかなって」

「ツーショット!」

 

 喜色に溢れた声を上げたセシリアだったが、直ぐに澄ました表情に戻ると、咳払いを落として取り繕う。

 

「おっほん。ま、まあ。貴女がどうしてもわたくしの写真を撮りたいと申すなら、仕方がありませんわね。下々の願いにも答えるのも、貴族というものですわ。さあ、存分にわたくしを撮ってもよろしくてよ?」

 

 優雅に微笑んだセシリアを無視して、薫子は一夏をカメラに収める。

 

「ほら、オルコットさん。早くしてよー」

「わ、わかりましたわ……もう、せっかく決まっていた所でしたのに」

 

 不満げに頬を膨らませながら、セシリアは一夏の隣に並ぶ。

 身長の関係から二人が怪しい関係にしか見えないが、この中でそれを気にするような人はいない。

 シャッターボタンに指を乗せた薫子は、にこやかに告げる。

 

「じゃあ、いくよー。はい、チーズ」

『いまだっ!』

 

 パシャリとシャッターが切られた直前、一夏達の周囲にクラス中の人達が集う。

 一夏にまとわりついたり、セシリアと肩を合わせてピースサインを作ったり。

 各々が好き勝手に行動した結果、写真に皆が写る事になる。

 

「な、ななななな!?」

 

 一人目を剥いて驚愕を露わにしたセシリアを置いて、薫子は苦笑いをして一夏に撮った写真を見せる。

 

「あははー。ライバルの熱い友情! って写真は失敗しちゃったよ」

「見せて見せてー!」

「おー、私が可愛く写ってるぅ!」

「うむ。一夏の隣で満足な写りだ」

「いえーい!」

 

 楽しげに感想を交わすクラスメイト達を尻目に、一夏は優しげに目を細めて写真のできに微笑む。

 

(みんな、楽しそうだな)

 

 写真に写る彼女達は、誰も彼もが嬉しそうな笑顔だった。

 幼女に囲まれているという点を除けば、非常にほのぼのとした日常の一コマと言えるだろう。

 

(これから、頑張らなきゃな)

 

 彼女達とずっと笑い合うために、クラスメイト達と良い思い出を沢山作るために、皆を守れるようになるために。

 改めて、一夏は内心で深く決意するのだった。

 

 

 

 ──しかし、一夏は知らない。新たな幼女が問題を持ってきて、一夏の元に現れるというのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ここが、IS学園ね。待っていなさい、一夏!」




中華娘さんからせっつかれたら、続きを書きます。
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