押し付けた者と受け入れた者   作:テフロン

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第一話

 二人の旅路は始まったばかりである。

 旅と言っても目的も無く、行く当てもない。

 どこに行こうか、そう考えたが行き先の候補も何一つ出てこなかった。

 当てなどあるはずがないのだ。村から一度も出ることなかった、私が当てを持っているはずもなかった。

 そして、それはこの子にも言えた事である。

 つまり、お先真っ暗である。真っ暗どころか、もはや落とし穴や地雷がいくつ埋まっているかもわからず真後ろからケルベロスが追っかけてくるレベルの危機だ。

 

 何が言いたいかというと、何もできないということだ。何もすることがないということだ。前を進んでいるのか後ろを進んでいるのかについても分からず、路頭に迷った状態だ。

 

 産まれてからずっと練習してきたとはいえ、使用できる能力には不安がある。一カ所に留まると、そこを潰してしまう事になりかねないという能力の性質上、拠点を設けるのには大きなリスクがある。

 

 どうするべきか、どうしたらいいのか、私は歩きながら今後について考え始めていた。

 そしてこの少女の存在についても思考を巡らせていた。本質のところについては分かってはいるが、それが果たして本当なのか判別がつかない。この想像が本当なのか、証明する術はこの世界にはない。

 どうしたら、どうすれば、考えても分からない事は考えない主義の私がここまで考えるのは珍しいと思いながら、歩みを進めていくと唐突に声をかけられた。

 

 

「そんなことは考えても無駄よ」

 

 

 さも当然のように言われるといい返したくなる。ましてや知ったような口ぶりだと余計にそう思ってしまう。私はその程度には心が狭い人間だった。

 

 

「分かってはいるんだけどさ」

「分かっていないわ」

 

 

 間髪いれずにそう言われてしまう。

 こうまではっきりと言われてしまうと、逆にお前は何がどうなっているんだといいたくなるが、答えは多分あっているし、あえて聞く事のほどでもなかった。

 隣を見てみれば、無表情が相変わらず歩いている。周りの風景と同じでずっと変化しない。ここが砂漠と化した地帯だからって表情まで砂漠化しているのかな?なんて思った私に罪はきっとなかったはずである。

 

 

「誰の顔が不毛ですって?」

「何も言ってないんですけど」

 

 

 迂闊にしゃべったような覚えも無いが、なぜ文句が飛んでくるのだろう。疑問に首をかしげる。人間の頭は左右にふったところであふれ出るような仕組みではないのは知っているが、傾げた所でなにも出てくるわけでもないが、ましてやこぼれるわけでもないが――そのぐらい自然な返しに不自然を感じざるをおえなかった。

 

 

「だからそんなことを考えても意味ないわよ」

「だから何も言っていないんですけど」

 

 

 終わらない鼬ごっこに一度思考を停止して方向性を変えてみる。これからの生活の方にシフトしてみる。

 村から出る時に武器と金だけは拝借してきている。戦えるほどに技能が卓越しているわけじゃないが、暫くの間は大丈夫だろう。

 そう思うと―――これは立派な盗難である。

 

 

「これは盗難だな。いや盗難なのだろうか?」

 

 

 いや、持ち主のいないものを持ってきたのだから拾ったという事になるのだろうか。持ち主が死んだのをはっきり見たわけでもないし、死体があったわけでもないから判断に困る。

 

 

「それにしても重いな」

 

 

 背負っている武器と金の重さが大分重いように感じる。多めに持っておいた方がいいかと沢山持ってきたのが仇になったかとも思ったりしたが、そんなことは未来で決まる。ここで決まるものではない。考えても無駄である。

 

 

「当たり前。私達はまだ子供だもの」

 

 

 ワンテンポ遅れての反応が返ってくる。

 これから先、何処に行くのかもわからないし、魔物がいることは分かっている。重いと分かっていも、移動に不利だとしても、金や武器は必ず必要になる。思った以上に重い量を持ってきてしまったのは子供だけで心もとなかったからだろう。

 そう――この世界には魔物がいるのである。

 当然、この砂漠でも山ほどの魔物がいた。

 

 

「いたんだけど……」

 

 

 横を見れば無表情で魔物を狩りつくす少女の姿があった。返り血を浴びることになんら拒否感も無く、かといって高揚感があるわけでもなさそうだった。

 ただ無表情だった。この子は目に入った魔物を駆逐していくが、私を守ってくれているわけではないと一瞬で理解した。

 私の目の前に出てくる魔物は誰の障害を受けることもなく私に襲い掛かってくる。生きていることを明示するように、獲物を見つけて勢いよく駆けてくる。隣にいる子は自分の火の粉だけを振り払っている。

 だから、私は私で魔物を殺していっている。その子と同じ方法で次々殺して、ばらして晒していった。

 こうなると武器が全くいらないな。そう思ったけど、それじゃ駄目だという事にすぐ気付いた。この力を使うのは止めよう。

 この力は異端だ。ばれると面倒な事になる。

 

 

「分かっているわ」

 

 

 ならいいのだけど、とふと上を見上げて考えた。

 これからどうしようか、考えなしもここまでくると愚か者である。

 

 

「とりあえず、町に行こう。そこで色々準備というか、これからについて考えよう」

 

 

 ここから一番近い町がどこなのかも知らないが。

 とりあえずなるようにはなるだろう。

 

 

 しばらく、会話も無いまま不毛な道を歩いていくと、草木が生えている場所に変化した。

 とりあえず、自分の服を隣を歩く子に被せる。その子は一瞬怪訝そうな顔をしたが、理解したのかそのまま歩きだした。

 

 

 大きな建物だ。何でできているのだろうか。人もいっぱいいる。魔物もいっぱいいる。

 中央には川が流れ、活気と物に溢れていた。

 

 

「で、宿に来たわけなんだけど」

 

 

 子供だけじゃあねー、保護者の方を呼んできてって優しく止められてしまった。こうなることは薄々分かっていた事だったが、結局道端で話すことになった。

 

 

「まぁ分かってはいた事だけどさ……これからどうする?」

 

 そういうと、とても不思議そうな顔をされてしまった。

 私は、そんな変な事を言っただろうか?

 いや、ごく普通の事を言ったはずなのだが。

 

 

「特にないわ」

「知っている。だからこそこれからどうするかを考えないと」

 

 

 とりあえず、武器が使えるようになる事は必須だ。

 それから金を集める方法。今持っているお金で1年はやっていけるだろうが、それ以上は期待できない。

 

 当面はこの二つである。そして、平穏を手に入れるための未来に向かうことにしよう。

 

 ここで波乱を求めるような性格を私は持ち合わせていない。なにが好きで乱気流の中を進もうか。そんなのは登山家だけで十分なのだ。「大きな山があれば登る。これじょーしき」みたいな常識など捨てたというか、持っていた事すらない。

 

 

「7歳児の思考力とは思えないわ」

「お互い様だろう。今さら年齢について色々言われても、今の子供は進んでいるんだよ」

 

 

 それもそうね。大層不気味な二人の子供は、そこから歩いてどこかに向かっていった。

 向かう先など決めてない。決める知識も無い。ここがどこなのかさえ分からない。

 

 

「お前は、結局どうする?」

「私は、あんたについて行くしか方法が無いのよ」

 

 

 みなさんこういうのを考えなしの愚か者といいます。許されると思いますか? 他人にどっこいよいしょで生きていけると思いますか? 私には無理だと思います。こと、今の状況では無理だと思います。こんな子供でもそう思います。

 

 

「生意気言ってんじゃないわよ」

 

 

 右ストレートが飛んできて避けることができずに頬にダメージを受ける。

 暴力って力だよね。

 しかし、反論はできなかった。結局どこまでいっても私の責任に違いない。逃げるなんて選択肢は、私にもこの子にも無いのだから。

 

 

「ちなみにここが何処なのかすらわからないんだけどね」

「ここはシャンドゥよ。一回来た事があるから分かる」

「へぇここがそうなんだ。村の人から話には聞いてはいたけど、結構大きいんだね、ちょっと古めかしい感じはするけど」

「伝統を重んじている町だから仕方ないのよ」

 

 

 この世界――リーゼ・マクシアには、大きく分けて二つの国が存在する。一つがラシュガル。もう一つがアジュールである。今いる場所は、アジュールに属しているところである。

 アジュールは伝統を重んじているところがある。私の村でも、結構面倒な掟やら決まりがあったように思える。私が正確に守っていたかと言われると痛いところがあるが、守ろうとある程度努力していた事は事実だ。最低限を守らなければ命の保証もなくすぐに死んでいたのだろうから。

 ふと、町の中央を流れている川に視線を落としてみると随分と水が澄んでいた。魔物が結構いるからきたなくなっていたりするのかと思ったけど、これが生活用水になっているのだろうか。そうだとしたら羨ましい限りである。空気もきれいだし、できるだけここを本拠地にして、周りをぐるぐる回るように生活したい。

 水があるのはでかい。私達のいた場所はもともと水があまり取れない地域だっただけに水の大切さはよく知っている。それがこんな風に流れているのを見ると環境の違いに大きな驚きを覚える。水をこのように大胆に流してもよいのか、甚だ疑問である。

 そんな疑問を抱えながら、周りにあるお店に気を配る。

 

 

「買いものをしよう。必要なものだけはそろえないと」

「何を買うつもりなの?食糧?寝袋?」

「食料も寝袋もそうだけど、地図が欲しいね。迷っていたら何もできないからね」

「それもそうね。私達はあまり一カ所に留まるわけにもいかないのだし」

 

 店の人に怪訝そうな顔をされるが、そんなことを気にしていたら買える物すら買えなくなる。買いものをするだけでこのように気を使わなければならないのだとすると将来に不安を覚えて仕方なかった。

 

 

「地図をみるとここはラコルム街道というところ……」

「ここなら人が住んでいる感じしないし、能力の練習+剣の練習にはもってこいの場所ね」

「しばらくは、こことモン高原、王の狩り場、ソグド湿原当たりでふらふらするのがいいね。能力については目星がついているから、先にそっちをやろうと思う」

「目星がついている? ああ、なるほどそういうこと」

「まだ私、何も言ってないよね?」

 

 

 勝手に分かったように語られる――まぁいいか、別に困った事でもない。

 能力については産まれてからずっとやっていたことだ。なんとなく制御の方法は分かっている。なら、こうはならなかったのではと思わなくもないが、制御できるようになったのはついさっきなのである。それも、制御できる、できないという感覚ではなく、ただできたという認識でしかなかった。

 なにせ理屈が分からないのだ。眼で見えるわけでもない、現象が過程として映るわけではなく、いきなり結果が出現するのだからどうしようもなかった。

 

 

「私達の能力は、精霊術がどこでも使えるというものだ。普通ならできないはずの建物の中でも魔物の体内でも発動できる。結果から言えばそうなる。つまり制御するためにはゲートを閉じればいい」

「その代わり、精霊術が使えなくなる。だから剣の練習がいる」

 

 

 私達が魔物を殺した方法は、魔物の体内において精霊術を発動、内側から爆破させたようなものだ。理屈は正直全然分かっていないが、なんとかなっているということはそういう事なのである。

 そして、都合がいいことにここでは魔物がウジャウジャしていて相手には困らない。

 練習しないと生き残れない。生き残るために努力は必要だった。

 

 

 あれから6年の月日が過ぎた。

 

 この6年何があったか、それを言いだすととても時間がかかる。町の場所を覚える。船に乗る。魔物を倒す。剣を覚える。

 剣に関しては、完全に我流になっていた。結局、問題があるたびに一つずつ、状況によって剣をどう振るうか、どう使うか試行錯誤をしてくみ上げた。

 

 やることなどいっぱいあった。

 そして、その際に手に入れた情報の中に、私達の村がすでに無くなった物として処理されているということを聞いた。どうやら災害でなくなった。そう言われているらしい。

 災害ねぇ。違いはないか。

 

 

「揺らめく炎、追撃、ファイアーボール」

「一双流……風牙」

 

 

 只今、魔物との戦闘中である。イサナは詠唱により、精霊術を発動、私は作り出した飛ぶ斬撃――風牙を飛ばす。

 

 

「「一双流……木枯らし」」

 

 

 足をスライドさせ、踏み込む。大きく振りかぶらず、前に突き出し、擦るように袈裟斬りを行う。これは、私達が使っている武器が折れず曲がらずよく切れると言われる、そう言った武器だからなせる業である。

 これが、この6年で作り上げた一双流。この武器があってこそ成せる流派。

 流派なんていうとおこがましい気もするが、名前が無いのも変な感じを覚えるので、何かつけてあげないと、そんな如何わしいような理由で付けた名が一双流だった。

 

 ネーミングセンスはあまり感じられない。

 自分で言うのもなんだが、自分で言うしかないのだ。

 

 切れる音すらしない。2つの軌跡がクロスするようにかかる。相手が4分割して血を流し、動かなくなる。絶命する。

 

 

「こうやって稼ぐのが一番楽なんだよなぁ」

「迷惑がかからない、お金は溜まる。人のためになる」

 

 

 このなかでも一つ目の内容が一番大事だ。どんな世の中になっても、迷惑かける奴と言うのは生きていけないものである。子供が最初に親から教わる事ではないだろうか。

 そういう私達には親がいないので言えた義理ではないが、言えるだけのことをやってきたわけでもないが。多くの人はどうだろうか? 

 

 

「イナサ、そろそろ野宿しよう。時間も遅いし、これ以上やることもないだろ」

「そうね。ここら辺にしておこうかしら」

 

 

 この子の名前はイサナに決まった。特に理由があって付けた名ではない。ただ、ふとそう思ったから付けただけだが、本人が嫌がっていないのでこれで落ち着いている。私には名前が無いというのに羨ましい限りだ。

 名前が無いのはそれだけで存在している事を否定されているのだ。地球外生命体、未確認生物。このような扱いでは存在しているか、していないかが分かれるレベルでふわふわしている。

 認められないという事は名を呼ばれない事。

 これについては否定する要素もない。

 物事は名前があることで定着する。そのものが固定される。イサナはそれによってこの世界に定着したと言っていい。名のないものなどほとんどない。そう考えると私の名前も早くに決める必要があると思った。

 今までは必要になることがほとんどなかったから適当だったが、これから必要になる事もあるだろう。その時じっくり思考するとしよう。

 まずは、今思ったことを処理するのが先だった。これまで思ってきたことを処分するのが先だった。

 

 

「なぁイサナ。お前本当にこれでいいのか?」

 

 

 面倒そうな話題を振られ一気に不機嫌な顔つきになるイサナ。そんな顔されてもこっちとしてはとても気になるのだ。

 正直、こうして戦っているといつ命を取られるか正直不安で仕方がなかったりする。まぁそんなのは詭弁でいつ死んでも別に構わないではあるのだが、隣に死神がいると背中がかゆくなる気持ちがするのだ。

 あの時生まれてしまったイサナが私に恨みを抱いている可能性が存分にある以上、聞いておかない訳にはいかなかった。

 

 

「本当卑屈な奴ね、面倒なのよ、そういうのは。私はもう戻れないの。あの頃に戻る術などないの。全てあの時決定してしまった。あなたの近くにいて影響を受け続けてこうなった私が他の場所で生きていけるとも、あなたを殺して生きていく事さえもできるかどうか分からないのよ。もはや、私の体はあなたがいないと動かないかもしれない」

「そう言われてもな」

「あなたって、そういう奴だったかしら? いつまで引きずるつもりなの? それを持っていていい事でもあるの? 重荷を背負ったまま生きていくことほど辛い事はない。私はもう学んだのよ。結局荷物なんてものは、本人が持つ物なの。周りの人が半分持っていくとか、そういうのは甘えなの。甘えられるのがあなたしかいないんじゃ、私にはもう自分で持っていくしかないの」

「荷物なんて何も持っているつもり無いんだけどね」

「あなたは山ほど持っているわ、それは洞窟の奥で置きっぱなしになっているだけかもしれないけど」

「それって動いてないってことじゃないか。結局取りに戻ることになるはめになるのだろうか。面倒な話だ」

「……私のことはもう気にしなくていいわ」

 

 

 そっちがそういうのなら別にいいけどさ。真っ暗な空を見上げて、背中を伸ばす。

 ぽきぽきとなる音がして伸ばしている感覚が得られる。

 こういうのなんていうんだっけ? 病は気からみたいな意味で何か言葉があったような気がする。

 

 

「なんでこんなに世界は綺麗にできているのに、私達は生まれてきたのだろうね」

「世界が決めてしまったからよ」

「なぜ、私たちなのかな?」

「世界がそう決めたからよ」

「私達は生まれてこなかった方がよかったのかな?」

「あなたは生まれてこない方がよかったわ。生まれてこなければこんな事にはならなかった。あなたは生きているだけで他に影響を及ぼし続ける害悪だわ。あなたは生まれたとしてもすぐ死ぬべきだった」

「私の責任か」

「それはあなたが決める事よ」

 

 

 違いない。次々と即答していくイサナに目を配ると、互い笑いがこみ上げた。

 そうだ、答えなどすでに無いのだ。

 

 それは結局自分で決める事、他者が決めたことに意味などない。

 納得することと妥協する事は圧倒的に違う。そして決めることと、信じる事は似ているようで違う。

 私達は決めたのだ、生きるという事を。

 何と言われても、何も言われなくても。

 死んだ方がいいと言われたとして死ぬことはできるだろうか?

 誰かが死んだ方がいいと言われた所でそれが真実かどうかそんなものは分からない。それが分かっている人物などこの世の中にはいないのだ。

 それを決めていくのは自分の心であり、信じる気持ちが真実となる。

 周りの気持ちをないがしろに生きていくことが難しい世の中ではあるが、自分の気持ちをないがしろにして生きていく事よりは簡単なのだ。

 どこまでも面倒な世の中である。

 だからこそなのかもしれない。

 この世界が成り立っていられるのは。

 

 

「あなたは面倒なことを考え過ぎなのよ。大事なのは判断力、いえ、判決力かしら。あなたと私は隷属の関係のようなものなのだから、あなたがもっとしっかりしてくれないといけないの。あんまり答えが分かっている事を私に聞くようなことうしていると殴るわよ」

 

 

 ばれていたか。答えは決まっているのだ。最初から決まっているのだ。私が生まれた瞬間から――私は心があったのだから。

 世界は私を生んだのだから。生まれた事が悪かったとしてもそれはすでにどうしようもない。

 

 

 私は、隣のイサナを見た。イサナがいたのはこのためなのかと考えてしまうほどにでき過ぎた話だ。1人で生きていたら私はきっと人間を止めている。はは、そう思うときっと人間というのは1人で生きていけるようにはできてないのだろう。

 

 この時の私は、まだ気付いていなかった。イサナについて、これからの私の世界への影響について。知っていたとしても何かが変わったわけではないが、変わっていたことがあるのも事実である。

 

 

「私は、最悪逃げることができるけど、あなたは逃げる事はできないのよ。私は私で選んだ道だから、あなたはあなたの道を探し出して進んで」

「分かった」

 

 

 そういうと唐突に平手打ちを喰らった。

 頬が痛みを訴えている。

 

 

「だから答えの出ている事を考えるようなふりしないで。言ったでしょ? 殴るって」

 

 

 それは反則じゃないだろうか。話を振っておいてこの仕打ち。誘導尋問に引っ掛かったレベルではない。

 ビンタした右手がそのまま戻ってきて二発目をくらったような気持だった。

 予想外過ぎて気持ちが追いついていない。唖然とした私の顔を見て、笑いはじめるイサナに理不尽を感じたが、諦めることにした。諦めるしかなかった。

 

 

「生きていくのに理由なんていらないし、使命なんてなくても前を向ける。目的地が分からなくても歩ける。周りが見えてなくても、踏み出せる。結局、そういうのは欲しい奴が求めて、歩きやすいように欲するものだよね」

「最悪歩かないで止まっていてもいいと思うわ」

「そりゃそうだ。歩いてなくちゃいけないなんてルールはないのだから。人生にルールなんて無い。世界にルールなんてない。ただ、自分のルールに従って生きているだけだ」

「したい事をしていけばいいと、私は思うけどね」

 

 

 人なんてそんなものか。私達を人とよんでいいのかはちょっと疑問だったが定義がなされているわけでもない、自称で十分だろう。

 人間が人間であるための定義など無いのだ。そもそも定義する必要もない。定義が必要なものなどどの程度この世界に必要か。

 所詮この世にある物などある程度あやふやで曖昧なのだ。定義されてなくてもそこにあることができる程度には曖昧に構成されている。曖昧なものを定義したがるのは人間の性である。

 結局のところどうとでもいいのだ。

 どうでもいいのだ。

 どうにでもなるのだ。

 

 

「そう――そんなもんだ」

 

 

 多くのものを失ったままの私たちは、何も持たずに世界の中で佇んでいた。

 

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