押し付けた者と受け入れた者   作:テフロン

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第四話

 イサナが目覚めるのを待ち続けて3年の月日がたった。

 その間、各地を転々としながら、人々の依頼をこなしたり、軍に入って少しばかりの給料を貰ったりして過ごしていた。

 イサナは文字通り動かないため、私はイサナの能力を常に抑え込み、さらに場所を移動するため背負って各地を旅するという苦行をやっていた。

 

 最初のころ、人攫いに思われたことが多かったのは仕方ないことであろう。

 

 当初はイサナが目覚めた時に困らないように日記を書いていたのだが、毎日書くと本当に疲れるから、1カ月に一回だけ書くようになっていた。

 人生において毎日書き留めておくべき情報など、たかが知れているものである。

 

 私とナディアは2年生活を共にし、別れた。

 

 ナディアと私は軍に入らないかと提案されたのだが、私はイサナのことがあるため、それを理由に無理だと断った。

 ナディアはナディアでこれ以上はやっかいになることはできないと思っていたのか、新しい場所でどのように力になれるのか役に立てるのか、そういうことを気にしていたためなのか全く私には分からないが、一人でも軍に入ると言ってそれを見送ったのだ。

 

 

「それで今こんな状況なんだけど・・・」

「しゃべるな」

 

 

 無慈悲に顔面を蹴りとばされる。またこんなことやっているのか。

 どこまでいっても私の人生こんなものか。生まれた時からいつだって損な役回りだ。

 だが、それを後悔した事なんて無い。後悔はするだけ無駄だと学んだのだ。

 

 拘束されて足は動かない、手も動かない。

 さらにいえば拘束具には、呪帯を通ると爆発する仕掛けが施されている。

 

 誰も逃げないというのに。律儀なことである

 口が動くのが唯一の救いだろうか。

 状況は最悪だった。

 一応こうなることは警戒していたとはいえ、宿においてきたイサナは何をしているのだろうか? うん、考えたところで寝ているのだろう。

 仮に起きてしまっていたら、どうやって起きたのか気になるところである。3年も経っているのに起きなかったのに起きるとは、どんな要因があるのだろうか。

 

 

「ねぇ疲れたんだけど、そろそろ休ませて。これ結構疲れるの」

「無理だ……」

「ねぇ、私何かした? 何かしたなら謝るから……」

「すまなかった……許してくれなくていい……恨んでくれていい……」

 

 

 この兵士さんも本当はこんなことするのは嫌なのだけど、仕事だから仕方ない。そういった感じに取られるから何も言えない。顔が見えないから本当のところどうなのか分からないけれども。例え見えていても表情に出しているのかは疑問である。

 しかし、この作業が疲れるのも事実だし、これで誰かが死んでいると考える方が私は嫌なのだ。

 どこまでいっても自分は迷惑をかける。見知らぬ誰かに迷惑をかけている。

 この培養液のような中で、ずっとマナを絞り取られている。

 いつから人間はマナ製造気になったのだろうか。

 考えることが多すぎる。

 私達、イサナはいないから私だけになるか。私の能力はマナを生成し続ける事である。マナが製造されることによって精霊を集めまくって、あの現象が起こる。

 

 繁殖からの衰退、そしてやがて不毛となる。その現象を見られてしまった。場所が悪かった、あの時はそう思った、事実そうだったらしい。

 あの砂漠の近くにはガンダラ要塞があるのだ。そこまでいえば状況が分かるだろう。

 

 

「私の担当の兵士って、これで5人目なんだよ。気をしっかり持ってね」

「…………」

 

 

 そう言ったら出て行ってしまった。

 泣いていないといいけど。

 結局どこまでいっても私のせいには違いないのだ。

 生まれてきた時点で悪かったのだから。

 そんなことは分かりきっていることで、だからと言って死なないと決めた事にも変わりが無かった。

 

 いつになったらここから出られるのだろう。

 飯と寝床を用意してくれるだけここの兵士は優しいのだけど。

 

 

「私みたいに捕まっている人は、みんな溶けていなくなっちゃったのかな」

 

 

 一緒に牢獄に入った人間の大半が戻っては来なかった。

 大半というのは語弊があるか、私以外の全員が戻ってこなかった。

 

 ここに閉じ込められてすでに5日になるけど、どこまでいっても周りには死人しかない。

 死体すら見ていない、すでに溶けているのだから見られないというべきだろうか。

 

 ああ、壁が冷たい。

 これ、何でできているのだろうか。

 もう考えることが何もない。

 

 イサナについては全くだし、あの後ナディアからは連絡をあまり貰ってないし、壁の素材は分からないし、何もない。

 新しいことないかな、兵士の人が本とかくれたらとても嬉しいのだけど、それは期待できそうになかった。

 

 牢獄6日目、今日も燃料として頑張ります。

 

 そう意気込む。

 そう意気込むぐらいしかもうやることが無いのだ。

 

 他にやることを考えてみよう。

 例えば、ここで暴れて出たところでイサナはどうしたらいいのか。

 しかし、宿屋に隠したイサナももうそろそろ見つかるころで、暴れて出たほうがいいのかもしれない。追われている事は知っていたからそこらへん考慮して色々と対策を練っていたけど、どの程度持つかは不確定である。

 

 仮にこのまま10日過ぎてどうにもならなかったら、ここを出よう。私はそう決意した。どちらにせよ時間が無いのだ。幸いこの能力でどのようなことができるかというところまでは知られていない。剣だけなら脱獄できるかものすごく怪しいが、能力使えばいけるはずである。

 

 そうして過ごしていくたびに色んなことができるようになった。全くいらない技能が身に付いた。もはや両腕が使えなくても立てるようになってしまっていた。

 過ぎていく日々と意味のない技能の発達にちょっとした悲しみが私を襲う。悲しみの根源は、長く同じ場所に留まってしまっているという現実である。

 この拘束具も外そうと思えば外せるのだけど。

 手荒な事はできない。

 ああ、今日はどうしようかな。なんて考えながら背伸びをしていると3人の女が連れられてきた。

 大人2人、子供1人である。この部屋には、というか牢獄には私と1人の女性、そして入ってきた3人の女性の5人になった。

 

 その中の1人は気絶していて、もう1人の大人が名前を呼んで起こしている。なぜ今頃人数増えたのだろうか? もはや私だけでも十分な気はするのだが、なぜ連れてきたのだろうか?

 聞いてみない事にはどうしようもなかった。

 

 

「あのー、なんでこんなところに連れて来られたのですか?」

 

 

 尋ねてみたら驚きの表情でこちらを見られてしまった。どうやら驚かせてしまったようである。

 

 

「私達は、軍に襲われて」

「軍に襲われたの? へぇ……軍はそんなことまでしているんだね」

 

 

 軍に襲われてここに来た。それも3人。ちょっと考えにくい事態である。

 軍に襲われるという事は複数相手に対して行使された処置であろう、それで3人しか連れてこないなんてことがあり得るか? いや、絶対にないはずだ。きっともっと何かがある。

 私は、確信にも似た何かを感じた。

 

 

「それにしても、なんでこんなに扱いに差があるんだろう? 私は手も足も動かせないというのに、他の人は平然と歩いていられるなんて……」

 

 

 なぜだか分からないが、みんな拘束具付けられているとはいえ自分以外は逃走防止用の物だけである。どうして、なんで――必死に考えても何かできるわけではない、なにか扱いが変わるわけでもないだろうと思ったら、考えること自体が無駄な気がした。

 

 

「お目覚めのようですね」

 

 

 白髪のお兄さんとは言い難いおじさんが様子を見に来た。このおじさんとは何度か会ってはいるのだけど、話を聞いてくれない事が多い。なにやら来た3人としゃべっているがこちらまでは聞こえない程度の声でしゃべっている。

 

 鍵?隠した?なんの?

 

 絶対に私には関係のないことだ。自信を持って言える内容だ。かろうじて聞こえる単語はいずれも今まで聞いてきた名詞ではなかったためだ。

 暫くすると不意に牢の鍵が開けられる。

 え? 出してくれるの? まさかそんな。

 

 

「立て、出ろ」

 

 

 と思っていたら案の定、私以外の全員が牢を出て鍵を掛けて出て行った。

 まぁそんなものだ。出られるのは私以外。

「立て、出ろ」なんて全身拘束されている私に言われる言葉じゃない。

 あーどうしようか、と体をぶらぶら動かす。

 体中が凝り固まっているので血液を循環させる意味でぶらぶらする。

 だるい、けだるい。

 私の思考はこんな自由奔放な感じではなかったような気はするが、人は一日あれば変われる。ましてや囚人のように扱われていてはなおさらな気がした。

 

 

「あ、戻ってきた」

 

 

 あれ? おかしい。さっきと兵士と女3人との立場が逆転している。

 そんなバカな話があるだろうか、目の前にある現実に疑問が沸き立つが、とりあえずこれはチャンスである。今までここまでのチャンスはなかった。これを拾わなかったら本当にここから一生出られる気がしない。

 

 

「すみません。助けてもらえませんか?」

 

 

 この中だと、明らかリーダーやっています、という空気をした人に向かって頼みこむ。この際その人間が髪の毛振り乱して、露出癖があっても気にしている場合ではない。

 人を外見で判断してはならない。

 

 

「今しゃべりかけたのはお前か、助けて欲しいとはどういう事なのだ?」

「いや、この拘束外してもらえないかなって思って。多分この兵士の中の誰かが鍵持っているからさ」

「ふむ」

 

 

 彼女は一声上げると、兵士から鍵を拝借して投げてきた。

 これでよい――みたいな顔をされるが、私の両手両足は動かないのだ。

 投げられた所で開けられるはずもない。

 

 

「あ、ごめんなさい! 今解除しますから!」

 

 ここでもう一人の女性がその鍵を拾い拘束具を外してくれる。

 ああ、こういう一般常識持っている人がいて本当に助かる。

 どうしてこの人がリーダーじゃないのだろうか。緊急時だからか。

 この3人について全く知らない私が深く言える義理はないのだが、そう思った。ちなみに言えば義理だけでなく権利もなかった。

 

 

「ありがとうございます。あー、やっと動ける。六日経ってやっと解放されたよ」

「さぁ、脱出するぞ」

 

 

 話を全く聞いてくれなさそうなリーダーで正直上手くやっていける気は全くしないけど、そこは上手く合わせていく必要がある。

 私は、みんなの意見がまとまるまでゆっくり傍観するつもりだった。ここでしゃしゃりでると話が面倒になる。この3人は一緒に連れられて来たのだ、きっともともと知り合いだったのだろう。

 

 

「ドロッセル、剣は使えるか?」

 

 

 ドロッセルという名の女は静かに顔を横に振る。

 

 

「ふむ。ではエリーゼ、お前が守ってやれ」

 

 

 横にいる幼女に命令? する。

 そうするとそのエリーゼという子も首を振った。

 

 

「私、ティポがいないと駄目なんです。ティポがいないと……戦えない……」

 

 

 そう言い切ると泣きだしてしまった。この3人は知り合いじゃないのだろうか? 何一つ上手くいっているようには見えない。人間ってこんなにぎくしゃくしているものだったのだろうか。この6日で人間の価値観はそこまで変化したというのだろうか。

 心に不安が募る。

 

 

「大丈夫。自分の身ぐらい守って見せるわ。エリーも私が守るから泣かないで。行きましょう!」

 

 

 なんという人たちと一緒に出てきてしまったのだろうかと後悔した所ですでに遅かった。ドロッセルさんはもはや決意してしまっているし、エリーゼさんは最初からカチコチだし、リーダーさんの頭の中には出るという選択しかないようである。

 私も、イナサが気になるので出るのは出るのだが、一緒にいて大丈夫かと不安になるばかりだった。

 ここは、私が何か言わなければならないだろう。戦えないと思われても別に構わないのだが、足手まとい扱いされると置いて行かれそうで怖いのである。

 なにせ私はここがガンダラ要塞だと知っているが、この中の様子がどうなっているのか知らないのだから。

 

 

「じゃあ自分はこの二人を守りますよ」

「お前は剣が扱えるのか、では、頼む」

「任されました、二人とも、ちょっと心配かもしれないけどよろしく」

 

 

 二人とも頷いて答えてくれる。

 いい子たちだ。どうしてこんな純粋な子たちが捕まったのだろうか。

 燃料なのだろうか? 疑問は募るばかりである。

 考えても分からない事なので深くは考えない。

 

 

「そうか……では行こう。まずはこの呪環を外さねば」

 

 

 呪環はみんな右足についている。私は両足についている。

 この呪環はキーがないと制御装置で解除するしかない。

 それは兵士から聞いた情報である。

 私は、囚人としては超優秀だったので、大体兵士の人が教えてくれるのだ。

 何せ私は暴れる事もなければ吠える事もなく、逃げようとすらしたことが無いのだから。

 

 

「制御装置を探そう。ティポも、な」

 

 

 その言葉にエリーゼさんが笑顔になる。リーダーらしいところが垣間見ることができた一瞬だった。

 なんだ、他人を思える所もあるのか、私の印象はちょっとばかり変わった。このリーダーの名前はミラというらしい。周りが話している言葉から私は彼女の名を知った。

 だが、実際に出発しようとはなったものの、ミラと私以外の動くスピードが極端に遅い。

 エリーゼとドロッセルが動くのを怖がっていた。

 原因は呪環である。

 呪帯を通った瞬間に爆発するというこの呪環だが、これだけ恐れているという事は、爆発する所を見たのだろうか? 私は見たことが無いのであんまり気にしていないが、二人の反応からすればそういうことなのだろう。

 

 リーダーっぽい人は恐怖に立ちすくむ二人を見かねて、これは呪帯でのみ爆発する物だ、他の要因でたやすく爆発する物ではないと説明する。そんなことで恐怖が取り除けるなら人間苦労はしない。恐怖とは未知のものから来るのだ。過去から来るものではない、未来から来るものなのである。

 それをたやすく克服できていては人間を辞めている。そう言った意味ではミラという人間は人間を辞めているということになるだろうか。人間らしくないというべきなのだろうか。珍しいことである。

 私は、人間である二人に向かって優しい言葉をかける。

 

 

 

「怖がってもいい。怖がってもいいよ。ただ、前に踏み出すことを怖がっちゃいけない。そうすると進めなくなる。問題は心を恐怖で閉ざさないことだ。恐怖と同じだけの希望を持とう。きっと安全に外せる。ここから抜け出せる。そう信じよう。それができれば怖くても前に進める」

 

「はい(うん)っ……」

 

 

 しっかりと頷いて手を握り返してくれる。この二人はこれで大丈夫だろう。

 人間の心というものは、恐怖心にかられた時は、それと同等の何かを持つことでそれを越えられる。そういうものなのだ。

 

 

「お前は、そんなことができるのだな。私は、人の心が分からない」

「分からないのが普通だよ。でも、分からなくても分かろうとしてあげれば、ほんのり感じ取れるから」

「そういうものなのか?」

「そういうものでしょう?」

 

 

 人の心など分からないのが普通である。なぜリーダーっぽい人――ミラという人物はこうも“珍しい”でできているような印象を受けるのだろうか。服装もなにもかも珍しいと言えばそうなのだが、雰囲気が明らかに違っているように思った。

 

 みなの足並みがそろいだして進む速度が上がる。部屋から部屋へと移っていく。そしてどの部屋もやはり、どこまでいっても無骨な壁に囲まれた場所だった。こういった無機質な場所はどこも同じに見えるから迷う。

 そして、このガンダラ要塞にはラシュガル兵がうようよいる。赤い鎧をきて、ずっと徘徊している。その襲ってくるラシュガル兵の大半はミラが駆逐しながら進んでいた。

 

 見ていてミラが辛そうなので加勢に入るかとても悩む。

 しかし、ここで二人の守りを外す事も間違っているような気がした。

 うん、なるほど――聞こう。

 

 

「ミラさん、私も手伝いますよ」

「お前は二人を頼む」

 

 

 頼むと言われても仕事が無い。ミラが全部やってしまう。

 文字通り私はいなくても構わないといった状況だった。

 それなら、話でもしようかなと一言話しかける。

 

 

「お二人は軍に捕まったのですよね? 何かあったのですか?」

 

 

 二人は顔を見合わせて静かにゆっくりと答えてくれた。いきなり、カラハシャールに侵攻してきてその時に、捕えられたというのだ。世の中はものすごく、怖い事になっているらしい。

 

 

「これが制御室のカギか」

「制御室……? そこにティポが?」

「きっといるわ。だから元気出して、ね?」

 

 

 二人の言葉に対してうつむいてしまうエリーゼ。

 1人で気負って戦闘して消耗していくミラ。

 周りに気を使って心の休まる暇のないドロッセル。

 なんというチームなのだろうか。

 

 挙句の果てには、ミラは世界に責任を持っているというのだ。

 世界に責任? 見捨てる? ものすごい単語が飛び交っている。

 

 私は正直ついていけなかった。

 そして、着いて行けなくてもラシュガル兵は付いて回った。

 

 

「一双流・・・吹花擘柳(すいかはくりゅう)」

 

 

 鎧の隙魔に入りこませ、中の身を切り取る。

 鎧通しと言えば聞こえがいいが、ただの間接切である。鎧を着ている相手には効果てき面でこれにより体勢が崩れる。前のめりになった所で首を思いっきりけっとばし、首の骨を折った。

 これで私が思ったより戦えるという事はみな分かっただろう。これまで頼られていないのはきっと役に立たないと思われているからと思っていた私は、少しばかり力を見せられたかなと考えるとすぐさまその思いを消した。

 兵士の人にとても悪い事をしてしまった。謝っておこう。手を合わせて拝む。

 

 

「気にしていると進めんぞ」

「気にしないと心が着いてきてくれないよ?」

「そういうものなのか?」

「そういうものだよ?」

 

 

 人を殺した癖に何を拝んでいるのだと言われればいい返す言葉もないが、最低限の事はやらないといけないという道徳観はある。人は死んだとき、誰かにそれを祈ってもらいたいとそう思う気持ちが誰にでもあるものなのだ。死んだ時に、誰にも思ってもらえないことほど悲しいものはない。

 

 

「みんなもさ、心はちゃんと持って行こうね。不安も恐怖もあるだろうけど、守るべき人間としてのルールもある。恐怖で心を置いて行くと人間として生きられないよ。恐怖と不安は人間を変えてしまうからね」

「恐怖や不安が人間を変える……」

「恐れるのは悪い事じゃない普通の事だ。不安を覚える事は悪い事じゃない普通の事だ。ただ、それらと戦って心を置いてきたでは本末転倒だ。だから受けながら前に進めるようにならないとね。気持ちはいつだって逆説的に考える、それが対策みたいなものかな。気持ちだけは付いてくるはず」

 

 

 人は、上手い事を言ったものだ。

 ピンチはチャンスであると。

 

 

「逆説的、{だが、しかし}の関係だな」

「私でいうと、6日も拘束されていたけど、この要塞から出られる」

「私でいうと、捕えられてしまったが使命は果たせるといった感じだろうか」

 

 

 ふむ、これは新しいな。とミラは笑っている。

 

 

「捕まっちゃったけど・・・ティポは見つかる!」

 

 

 よしその意気だ。そう眼で合図するとそれに答えるようにしっかりとした足取りで着いてくる。

 気持ちは持ちようというのは、このことである。

 イサナを治すために様々な事を学んだ結果だった。

 

 心は整った、後は出口に向かって突き進むのみである。

 

 それにしてもミラの戦闘は色々と派手だなぁ。

 精霊術を組み合わせての技がとてもうまい。

 強いかと言われれば強い方なのだろう。この程度の相手ならミラで十分には違いない。

 でも、まだナディアの方が強い気はする。

 それにしてもここの材質は何でできているのだろうか。壁を触りながら進むと唐突に叫び声がこだました。

 

 

「ぐおおおおっ!!!」

 

 

 制御室にたどり着いた私達が最初に聞いた悲鳴である。

 どうやらあの体の溶ける実験をやっているらしい、マナ強制的に吸い取られて溶けてしまうのだ。私はあの中で7時間ずっといるなんてことはざらだったため、イメージとしては寝床のような感覚だが、鉄格子と変わらない印象しかなかったが――きっとみんなとはかけ離れていることは知っていた。

 

 

「ティポ!!」

「ん?」

 

 

 エリーゼの叫んだ声によって制御室にいた者にこちらの位置がばれた。すぐさま窓ガラスを蹴破って、ミラが飛び出して行く。それに着いて行くように私も飛んだ。

 高さは5メートル、着地に失敗すれば骨が折れる。首が折れる。死んでしまう。

 全く躊躇せずに飛んだミラは相当怒っているようだが、対して私は全く怒っていない。

 この差はなんなのだろうか――同じ場所にいるのにここまで違う感情に私は佇んでいた。

 

 

「何!? お前たち、どうしてここに!」

「エリーゼ、ドロッセル、飛べ。おまえの大事な友達がまた連れ去られてしまうかもしれんぞ。飛べ、自分の意思で」

 

 

 その言葉で、決心がついたのかエリーゼが飛びだす。ミラはそれを両手で支えると着地させた。そして同時にティポをラシュガル兵から取り返すことに成功する。

 ドロッセルもエリーゼに続いて飛び降りた。勇気があることだ。というより絆があると言った方が正確か。この数時間の間に3人の絆は強くなっているようだった。

 

 

「茶番だな。実にくだらん。実験に邪魔が入ったのか?」

「はっ、しかしデータはすでに採取しました」

 

 

 よくやった。と頷く大きな人。威厳と威風を纏った大きな人。

 

 

「ナハティガル! 貴様の下らん野望、ここで終わらせてやるぞ」

「貴様のような小娘が精霊の主だと、この程度で笑わせる!」

 

 

 ミラが斬りかかる。

 ナハティガル王。この人が王さまと呼ばれる人。護衛を連れているとはいえ、あきらかな戦闘できますオーラが発せられている。

 王は宮中で政治をしているものではないのか、私はそんな誇大妄想をしていた。そう、アジュールもラシュガルも王はアグレッシブなのだ。そんなことを今の私は知らなかった。

 ミラの刃はナハティガルには届かない。剣先を掴まれ、吹き飛ばされるミラ。これはまずいと思い加勢に入ろうと考えたが、ナハティガルはそこからさらに追撃をしてこなかった。

 追撃をしない? この場面でそんな事はあり得ない。ここで追撃しない理由などない。

 

 

「儂はクルスニクの槍の力を持って、アジュールをもたいらげる」

 

 

 クルスニクの槍? なんだそれは……。混乱する状況の中でさらに場が混雑し始める。

 ミラと同じように二階から降りてきた少年が私の目の前に立った。この子は誰だろうか、私の知らない子だが、ナハティガルを正面に見据えているところを見るとどうやらナハティガルとは相反する相手らしい。

 

 

「カラハシャールも……どうしてこんなヒドイことばかり……」

「下がれ、貴様のような小僧が出る幕ではないわ!!」

「ナハティガル王!!」

「貴様なぞに我が野望阻めるものか」

 

 

 先ほどミラから奪った剣をミラに向かって投げつける。

 ここでもう一人の男が舞台上に上がる。この少年の仲間だろう。

 空中から投射したナイフが剣の軌道を変える。着地は精霊術を応用して着地を行う。それは本当に綺麗な動作だった。

 

 

「ローエン・J・イルベルト」

 

 

 その名前は聞いたことがあった。コンダクターイルベルトの異名を持つ軍師である。なんとまぁ濃いパーティだ。今までの人生においてこんな波乱に満ちたことがあっただろうか。

 絶対に人が一回で経験する内容のレベルを超えている。目まぐるしく変化する状況に頭ばかりが回転して体が動かなくなっていた。

 

 

「お嬢様!?」

 

 

 混乱する状況の中、ドロッセルがラシュガル兵に捕えられてしまった。戦闘経験があるわけでもなく、この濃い状況のなか、むしろ今まで人質として使われなかったのかが奇跡のような軌跡だったが、ついにこれお開きである。

 

 

「落ちぶれたなぁイルベルト。今の貴様にはそれが相応だ」

「陛下、こちらへ!このような者どもにこれ以上構う必要はありません。そして貴様、お前はこっちに来い」

 

 

 明らかに私に視線が向けられている。

 

 

「……はい」

 

 

 人質が取られていては、出るしかないだろう。私が歩き出そうとするときにふと後ろを振り返ると、そこには一生に一度あるかないかの顔をしているエリーゼがいた。

 

 

「私の事は気にしないで、結局どこまでいっても私の責任なのだからさ。誰のものか分からなかったら、全部、全部、全て私の物」

「そんなことありません!」

 

 

 他の人も同じように責任感を感じているようだった。その顔を見た瞬間、一生の別れにはならない、そう感じずにはいられなかった。

 きっと、追いかけてくるだろう。この人たちは優しい人だ。

 

 

「これだけ渡しておいてください。多分イサナが追いついてくる、イサナをよろしくお願いします」

 

 

 自分の使っていた武器を放り投げる。どうせ、持っていたら取り上げられてしまうのだからここで渡しておこう。私は一礼するとその場を後にし、ナハティガルと共に歩きだした。そこで両足についている逃走防止用呪環を外してもらった。

 私とナハティガルとその隣の白髪が部屋を出ていくのと同時に、ミラが走り出す。後ろから大きな足音が響いているのが聞こえる。

 やっぱり追いかけてくるのか。

 そして、そんなことを気にする様子もなく私を拘束した二人は話をしながら前を進んでいく。

 

 

「あの技術、ブースターをアジュールが手にしているというのは脅威ですな」

「何を恐れる? 我が軍も装備すればいいだけの事だ」

「問題点も少々あるようですが……」

「かまわん。至急イルファンにデータを持ち帰れ」

「では……クルスニクの槍に繋いだ者たちに?」

「早速実装しろ」

 

 

 どうやらクルスニクの槍とは動かなくて、それにくっついて人が動かしているのかな。

 人力というか人命による機械装置、そういったイメージが私の中に作り出される。

 つまり、マナを吸い取っていた理由はそういうことだったのか。この集めたマナをどうにか使うのだ。マナの塊を放出するのか、それを利用して術を発動するのかは分からないが、あまり気分のいいものではないのは確かである。

 

 

「待て! ナハティガル!」

「ん? あ、やっぱりミラだ」

 

 

 聞き覚えのある声に振り向く。どうやらミラが追いついたようである。

 ミラはファイアーボールを放ったが、術は呪帯によって防がれ、ナハティガルには届かなかった。

 表情を見れば怒っている事は明白だ。よくここまで来たと私なら褒めるところである。

 頑張ってどうにかなる程度の事など、所詮その程度の事でしかない。

 現実は、もっと非情な時がある。頑張ってなんとかならないレベルなどそこらへんにあるのだ。ミラはここで一度引き返すべき――私はそう思っていた。

 

 

「無駄だ、自称マクスウェル」

「……答えろ。なぜジンを使う? なぜ民を犠牲にしてまで必要以上の力を求めるのだ?王はその民を守るものだろう?」

「ふん、お前にはわかるまい。世界の王たる者の使命を! 己が国を! 地位を! 意志を! 守り通すためには力が必要なのだ! 民は、そのための礎となる。些細な犠牲だ!」

「……貴様は一つ勘違いしている。このようなもので自分を守らねば……ジンの力など頼らねば自らの使命を唱えられない貴様にできることなどなにもない! なすべきことを歪め、自らの意思を力として臨まない貴様などに!」

「はっ! 儂に傷一つ負わせられぬお前が何を言っても負け惜しみにしか聞こえんわ」

「勘違いはひとつだけではないようだな」

 

 

 ミラは呪帯へと瞬時に入りこみ、ナハティガルに向かって剣を振りかぶる。

 ナハティガルはこれを両腕で受け止めるが、予想外の攻撃にしりもちをつく形となった。

 

 

「ばっ、バカな!?」

 

 

 ここで追撃できれば、きっと何かが変わっただろう。だが、呪帯を通った呪環は無慈悲に発動する。条件を満たした呪環を中心に爆発が起こりミラは吹き飛んだ。

 

 

「ふ、ふはは! それが意志の力とやらか? やはり傷一つ負わせられぬではないか」

 

 

 爆発による煙が視界を覆う。僅かに人体が燃えた臭いが鼻についた。

 終わった、誰もがそう思って疑わなかった。

 だが、見えてはならない姿が見えた。ミラは、まるで爆風に合わせて飛んだように上空から剣を振り降ろしにかかる。

 

 

「陛下ぁっ!」

「貴様に使命を語る資格はないっ!」

 

 

 ナハティガルは無防備である。本来ならば必ず当たったはずの攻撃だった。

 けれども、それを呪環は許しはしない。ミラは空中で2度目の呪環の爆破を受けて、地にひれ伏した。

 

 

「こいつ、何の迷いもなく……」

「ミラーーーーーー!!」

「陛下、こちらへ!」

「ふふっ、これはすごい人たちに会ったな」

 

 

 ―――なんとも、いいものが見られた。

 遠くで叫びながら近づいてくる青年が見える。そして遠くから全速力で走ってくるイサナに聞きたいことが山ほどあったが、走れる元気があればもうそんなことはどうでもよかった。

 そうだ、最後にヒロインぽいことをしよう。

 そう思ったった私は、大きな声で叫んだ。

 

 

「イサナーーー!!! とりあえず、その人たちといれば多分私の所までたどり着くから、イサナはその人たちと一緒に来てねーーー!!! みなさんよろしくお願いしますーーー!!」

「この、愚弟がああああーーーーーー!!!」

 

 

 返ってくる声に、私はもう一度笑った。

 




次からイサナ視点に移ります。
明日のどこかで更新する予定です。

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