プルプルプルプル…!
プルプルプルプル…!
プルプルプルプル…!
プルプルプルプル…!
プルプルプルプル…!
「ガゥ…。」
既に太陽も中天に差し掛かろうとしている頃。
宿の一室で鳴り響く電伝虫に全く気付かずに惰眠を貪る主人の姿に、相棒の小虎・ドゥーイが呆れたように鳴く。人間であれば溜め息を吐いている状態だろうか。
久々に師である“鷹の目”と語り合い、少々羽目を外してしまったターニャだったが、元々その前に3日間徹夜していた事もあり、その眠りは深かった。
プルプルプルプル…!
プルプルプルプル…!ゲホッ……!!
ずっとプルプルと言い続けて咳き込み、ちょっと恨めし気に見てくる電伝虫に、ドゥーイが仕方無いとばかりにターニャの足元からのっそりと身を起こした。
のそのそとベッドを歩き、ターニャの枕元に腰を下ろしてその頬を自身の肉球でムニムニと押す。
「むぅ…。」
「ガルル。」
鬱陶しそうに呻き、手でドゥーイの前脚を払うターニャはまだ夢の世界を彷徨っている。
その間も電伝虫は鳴り続けており、業を煮やしたドゥーイは最終手段に打って出た。
「ガルゥ。」
フンッ、と言わんばかりに鼻息を洩らし、仰向けで寝ているターニャの顔の上に腹這いとなる。
「ぐむ………。」
くぐもった声の後、30秒程は微動だにしなかったターニャだったが、徐々に手足がバタバタと布団の中で暴れ始めた。
「むぐぐ………!!!っっっぶはっ!!!!!」
やがて手探りで自身の顔の上に“何か”がある事に気付いたターニャが、顔の上を陣取っているドゥーイをグイッと胸元まで引き摺り下ろす。
「ゲホッゲホッ…!!!ドゥーイ!!!!殺す気??!」
「ガゥッ!!グルルルル…。」
涙目で怒鳴るターニャに、ドゥーイがテーブルの上で鳴り続ける電伝虫の方を振り向いてみせる。
「あ――――…、ゴメン。全然気が付かなかった。」
さっさと出ろ。そう言いた気な目でじとっと見てくる相棒に、ターニャがそそくさとベッドを下りて受話器を取る。
「はい。ターニャです。」
『遅ェ。いつまで寝てやがる。』
その瞬間、電伝虫から発せられた声にターニャが目を丸くする。
この聞きようによっては気怠気にも聞こえる、深いテノールは。
「お兄ちゃん?」
縁あって自身と義兄弟の契りを交わした海軍将校、トラファルガー・ローに間違い無かった。
“原作”では“コラソン”ことロシナンテ“中佐”と死に別れ、海賊の道を歩んだローだったが、ふとした運命の悪戯によってロシナンテと共に無事に海軍に保護され、オペオペの実の能力者として海軍入りが半強制的に決定。現在は持ち前の腕っ節とオペオペの能力により、若くして海軍本部准将として活躍している。
保護されて2年程はセンゴクの元で療養していた事もあり、ターニャとは言わば幼馴染の関係にあったが、とある事がきっかけで義兄弟の契りを交わすに至った。
『まだ寝惚けてやがるのか…。相変わらず寝穢いヤツだ。』
「だって、昨日まで3日間完徹だったんだもん。それよりどうしたの?お兄ちゃんから電話かけてくるなんて珍しいよね。」
まだ眠気が完全に醒めておらず、いつもよりも若干口調が幼い。
『…さっきまで寝てたならまだ知らねェんだな?』
「何を?」
珍し………、くも無いが重々しく話を切り出すローに、ターニャが首を傾げる。
『ドンキホーテ・ドフラミンゴが“王下七武海”に正式に加盟した。』
「は……?」
信頼する義兄から伝えられた言葉に、ターニャの思考が一瞬停止する。
『しかも、だ。“七武海”加盟による恩赦でヴェルゴが釈放された。』
「ヴェルゴが………?!!」
ざっとターニャの顔から一気に血の気が引いていく。
『…これで一応はあいつらも“政府の狗”だ。ガープの爺さんもまだ現役。お前に直接的に手を出して来るとは考え難いが、特にドフラミンゴは目的の為なら手段を選ばねェ。気を付けておくに越した事はねェ。しばらくは大人しくしてろ。警戒を怠るな。』
「うん…。」
『万が一、何か変わった事があったらすぐにおれに連絡しろ。おれじゃなくても、ガープの爺さんでもコラさんでも良い。深夜だろうが早朝だろうが、だ。』
電話越しでも分かる恐怖に声を震わす義妹に、ローが気遣うように言い聞かせる。
「うん。分かった…。しばらくこの島に滞在して…、ううん。やっぱりしばらくの間マリンフォードに帰ろうかな…。お祖父ちゃんかお兄ちゃん、どっちかでも良いから海軍本部にいる…?」
恐る恐る、といった様子で尋ねてくる義妹を安心させるようにローも頷く。
『ああ。センゴクのジジイが気を使ったらしい。おれもガープの爺さんも、しばらくは遠征も演習もねェ。しばらく本部に詰めてろだと。』
「良かった…。じゃあ、今日にでも出発するね。早くて5日位かな…?そっちに着くの。」
ターニャが義兄と祖父の本部詰めに安堵の息を洩らす。
『電伝虫はいつでも繋がるようにしておけ。もし7日以上かかるようなら連絡しろ。良いな?』
「分かった。じゃあ、今から準備するから、またね。」
『気を付けろ。』
ブツッと声を上げて通話を切った電伝虫に受話器を戻そうとして、ターニャは自身の手がずっと震えていた事に気付く。
「ガゥ?」
「大丈夫。心配してくれてありがと…。大丈夫だから…。」
様子のおかしいターニャを心配して足元に摺り寄るドゥーイを抱き締めつつ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。そしてヴェルゴ。この2人の海賊は、ターニャにとっても浅からぬ縁を持つ者たちだった。11年前、偶然が重なったとは言え、ヴェルゴが海賊である事を暴いたのは、幼き日のターニャであったからである。
それがきっかけとなってドフラミンゴの計画に罅が生じ、またヴェルゴが海賊のスパイである事が明らかとなった事でロシナンテは死なずに済み、ローと共に海軍へと保護された。
ドレスローザの平和も脅かされる事無く、様々な事が積み重なった事によってドフラミンゴの“七武海”入りも話自体出てこなかった為、てっきりこのまま一海賊のままかとも思っていたのだが…。
「今になって…。」
ドゥーイを抱き締めたまま深呼吸を繰り返し、ターニャは11年前の事を思い返していた―――――――。