Notes of Synchro Smile 作:*Mia*
コメディ分が全く出てこないどうしよう。
数日後、玄は音ノ木坂学院に向かっていた。約一週間の転入準備期間の後、様々な手続きを済ませるためである。周囲は普通に学校に行っているため、違和感が凄い。一応、課題が出ているお陰で授業についていけないことは無い、と思うのだが。
「相変わらず慣れないな、こういうことは……」
天音と音ノ木坂の生徒同士が合同で何かをする、ということは年に何度かある。しかし、一方の生徒がもう一方の校舎に立ち入るということは滅多にない。それ故に、音ノ木坂の中で天音の制服を見かけると珍しい物を見る目で見られる。その視線が玄は少し苦手であった。とりあえず早く慣れなければいけないな、と思ったが、果たして慣れていいのだろうかとも思う。正直何か一線を超えそう。
「さて、ここか……」
しかし、何を言っても始まるものではないので、もう覚悟を決めた。目の前には「理事長室」のプレートが掲げられた扉が鎮座している。震える手を握りなおして止め、意を決して扉を叩いた。
リズム良く、丁度3回。返答はすぐに帰ってきた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
その声を聞いてから部屋の中に入る。中は至って普通の「理事長室」といったところだろうか。横の本棚にはそうそう学生が理解できないようなタイトルの厚い本が詰まっており、目の前のデスクにはノートパソコンの傍らに同じような本が何冊も積まれていた。
そして、そのデスクに座る女性。音ノ木坂の理事長だ。自らも音ノ木坂のOGでありながら、提携校である天音の細かい事務処理もやって頂いている有能理事長である。
「ごめんなさいね、突然」
「いや、任されたのであればそれに応えるだけ、です」
「そう? 別に断ってもよかったのよ?」
「そんな理由はないので」
そのような会話を交わした後、色々な処理を済ませていく。記入が必要な書類が結構あったので、そこそこ疲労が溜まった。
「……うん、これでいいわね」
「ようやく終わったか……」
「はい、お疲れ様。それから――」
それだけ言うと理事長は奥の方に引っ込んでいってしまった。
かと思うと、すぐに出てきた。その手には、一着の男子用制服らしき――いや、制服なのだろう。つまりこれはこれから自分が着るもの、という認識でいいのだろうか。
「ええ、考えている通り、貴方の制服よ。天音の方の寸法を基に作ったからサイズはピッタリのはずだけれど」
「心の中が読まれた……!?」
「だって、そういう顔をしてたんだもの」
そこまで分かりやすい顔だったか。流石に少し反省する。
「それで、さっきも言ったようにこれが制服。どうかしら?」
「これは……」
じっくり見てみると、デザインとしては音ノ木坂の女子用制服をそのままアレンジしたような感じだった。ネイビーのスラックスに同系色のブレザー、そして学年を示すレッドのネクタイ。
なるほど確かにデザインとしては良い方だ。あまり服飾に詳しくない玄でもこの制服の出来には感嘆するほどに。
「なるほど、確かにいい出来だ……と思います」
「そう? それは良かったわ」
理事長は小さく微笑み、制服を畳んで脇に置いた。
「それじゃあ早速だけれど、校舎の案内をさせてもらうわね。といっても案内するのは私じゃないのだけれど」
「……? それじゃあ誰が?」
「ウチの生徒会長ね。彼女に任せるわ」
妥当な所だ。教師に案内させるよりは年が近い者に案内させた方が親しみも持てるだろう。
「もう既に呼んでいるわ。そろそろ着く頃でしょうから、外に出て彼女について行って」
「了解」
それだけ言って、玄は理事長室を後にした。
「……さて、どうなるかしらね」
理事長室を出た玄は、目の前に一人の女生徒を発見する。この時間帯にここにいるということは、十中八九その「生徒会長」なのだろう。目を惹くようなスタイル、後ろで結えたブロンドの髪、アクアマリンかサファイアを思わせるようなブルーの瞳。
一言で表すなら「美人」だろう。外国のクールビューティーを絵に描け、と言われたらこうなるだろうな、という雰囲気を醸し出している。
とまあ、分析はこの位にして。今は彼女が案内してくれるという生徒会長かどうか本人に確認しなくてはならない時だ。もしかしたら、彼女は本当に偶然、たまたまここにいただけの普通の女生徒かもしれないのだから。
当たり障りのない言葉を探し、シンプルに行くことにした。
「Hello?」
自分の出来る最大限の良い発音で呼びかける。うん、今のは自分でも上出来だと思った。
「……」
……反応がない。もしやと思ったが、通じなかったか。あるいは単純に聞こえなかっただけか。ならばと玄はもう一度。
「Hello?」
「……」
おかしい。先程よりは声を出した。聞こえていないはずはないが。
「Are you Seitokaityo?」
ちなみに、玄は英語があまり得意ではない。「生徒会長」をどう言えば良いのか分からず、結局英語風の日本語になってしまった。だが、それが逆に功を奏したらしく。
「……えっ!? あ、私!?」
目の前の金髪美人、どうやら日本語が喋れたらしい。冷静に考えれば、生徒会長でありながら日本語が通じないというのはないだろう。不便とかそういう次元じゃない。
「あ、ああ。見た感じ外国美人だったから英語で話しかけてしまった」
「びじっ!?」
一瞬で顔が真っ赤になる。
「とりあえず、お前が生徒会長か?」
「え、ええ。そうよ」
ペースを乱され少し精神的疲労の色が見える生徒会長は、一旦咳払いをして空気を変える。
「音ノ木坂学院の生徒会長、
「音ノ木坂学院転入生、青山 玄。よろしく頼む」
互いに自己紹介を済ませ、共に歩き出す。歩き出してすぐに、絵里が先程から気になっていたことを問う。
「変な気分にさせてしまうなら申し訳ないけど……貴方、敬語はどうしたの?」
「それは、自分の方が偉いんだぞ、っていう自己顕示欲か何かか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「まあ、単純だよ。苦手なんだ、堅苦しいのが。それに無理に敬語使おうとしても多分ボロが出るだろうからな、だったら初めから使わない方がいいと思ったんだよ」
事実、理事長室のやり取りも相当危なっかしいものであった。少しでも油断すれば普通にタメ口を聞いていただろう。もしかしたら、「年上の人に敬語を使う」ということが今後相当な課題になってくるかもしれない。
「別にお前のことが嫌いってわけでも尊敬出来ないってわけでもない。その辺りは分かってくれ」
「ええ。話を聞く限りは、そう悪い人でもなさそうだし」
「そう言ってもらえるなら光栄だな」
ふっと笑みをこぼす。
「あら、そんな表情も出来たのね」
「そんなに俺の表情は堅いか?」
「気づいてないかもしれないけど、貴方、相当緊張してる表情してたわよ」
そう言って絵里は笑った。
お互いに笑い合いながら、校舎を見て回った。
「終わったわ、お待たせ」
「お疲れさま。……ところで、どうだったどうだった?」
「まあ、悪い人ではなさそうだったわね。ちょっとぶっきらぼうな所もあったけど、優しい人だった……と思うわ」
「えりち、楽しそうだったもんな~。見てると恋人同士みたいやん?」
「っ!? み、見てたの……?」
「ふふ、ごちそうさまでした♪」
「ま、待ちなさーいっ!」
数日後。音ノ木坂学院転入初日。
「それじゃ、自己紹介よろしく」
「天音学院から来た、青山 玄だ。これからよろしく頼む」
玄はそれだけ言うと、担任に示された席の所に歩き出す。少し冷たく見えるかと思ったが、無理に目立つようなことはしたくないからこの位がちょうどいいかもしれない。転入の自己紹介といっても、特別なことがあるわけでもない。至って普通に名前を言えば良いだけだ。玄はそう思っていた。
しかし、そうは問屋が卸さないというのが現実だった。
「ねえ、どこから来たの?」
「ねえねえ、好きな食べ物は何?」
「ねえねえ、趣味は?」
「ちょっ……」
席に着いた瞬間、大量の「ねえ」が押し寄せてくる。好奇心というものはこうも簡単に体力を奪うのか。あまりのバイタリティの高さに正直若干引いた。目立ちたくないという玄の考えは、儚く消え去ったというべきか。
結局、玄が解放されたのは「そろそろお前ら自重しろ」という担任の声が教室中に響いた時だった。
「疲れた……」
「あはは……ごめんね?」
「本当にな」
目の前でばつが悪そうに佇んでいるのは玄に真っ先に質問をぶつけていた女生徒。ああ、確か彼女の質問を皮切りにあの波が始まったのではなかったのだろうか。そう思うと唐突にその緩み切った頬を引っ張りたくなってきた。
その姿が幼馴染の一人を想起させ、不思議とその姿をじっと見つめていて。ふわふわしたあの雰囲気など微塵も感じさせないはずなのに、どうして「似ている」と思ったのだろうか。
「全く……あまり他人に迷惑をかけるなとあれほど言っていたのに……」
「いや、迷惑じゃない。突然のことで疲れただけだ」
そんな穂乃果を呆れたような目で見ているのは
正反対な二人がどうして仲良くなれたのか、経緯がとても気になる。
「穂乃果ちゃん、お待たせ~……ごめんね、保健委員のお仕事が長引いちゃって……」
「あ、ことりちゃん!」
廊下の方からぱたぱたと走り寄ってきたのは
「それより、どうかな? たくさん持ってきたけど……」
「おー! これだけあればグループ名のアイデアも湧くかも!」
ことりが持ってきたのは、大量の雑誌。ざっと見てみると、アイドル関連の雑誌だろうか。煌びやかな衣装に身を包んだ少女たちが表紙を飾っている。ああそうか、と玄は思い出す。確か、廊下にポスターが貼ってあった。ライブのお知らせ――それが示すのは、新たにこの音ノ木坂に、スクールアイドルが誕生したと。
スクールアイドルとは、簡単に言えば最近流行りだした「高校生のアイドル」である。アイドルといっても、芸能事務所の類がバックにいるわけではないので、その実力や活動状況もピンからキリまでといったところだ。毎日のようにテレビで放送されているだけあって、流行りに疎い玄もこれ位は知っている。
彼女たちもスクールアイドルを始めたのであれば、今は準備段階にあるということだろうか。「グループ名のアイデアが湧く」とは、つまりグループ名すらまともに決まっていないという状況なわけで。
なぜだろうか、自分のことではないはずなのに頭痛がしてきた気がする。
「……やれやれ」
まあ、いつから始めたのかは玄自身には知りようがないし、新しいことを始めるのは何かと面倒なことが多いのはよく分かるから、まあしょうがないかもしれない――。
そこで玄が思考を止めようとした時、玄は見てしまった。
窓から吹き込んだ風が、積まれた雑誌をパラパラとめくる。その中の1ページに、確かに写っていた、一対の、儚げな表情を浮かべる、赤と青が――。
「っ!?」
それを見たとき、玄はその雑誌をひったくるように手に取った。
そのまま、先ほど見たページを開く。そこには、確かにあった。ちょうど1ページを収める形で写る二人の少女と、「ここなつ」の文字。間違いない。
「夏陽、心菜……」
心菜と夏陽、合わせて「ここなつ」。言うまでもなく、二人のユニット名である。実のところ玄は二人の活動を間近で見ているわけではないので、どこでどんなことをしているのか詳しく知っているわけではない。そんな中、こういった雑誌は二人のことを知るという意味では非常に貴重だ。
誌面に描かれた二人を見るうちに、玄の中にとある考えが芽生えた。
「なあ、三人とも」
今まで届かなかったものに手を伸ばす。そのために。
「いきなりで勝手なお願いかもしれんが――」
「っはぁ……」
玄は、朝よりも重くなった鞄を部屋に置いた。早速中から一冊の本を取り出す。
『マネージャーの極意 アイドル編』
玄が穂乃果たちに頼んだこと、それは彼女たちのグループのマネージャーになることだった。雑誌の誌面を飾るほどにまで上り詰めたここなつの二人。であれば、それと同等以上に穂乃果たちを上げれば、何らかの形で二人に近づく機会が増えるであろう。
今まで何をしても届かず、そして近づく事すらも本人たちの手によって拒まれた、あの二人の下へ。
夏陽は言った。お前には関係ないと。そう言い続けて、差し出された手を何回振り払ったのだろうか。
心菜は言った。夏陽といると、二人とも元気になると。であれば、そうでないときは? 夏陽の感情も、自分の感情も、全て受け止めて。そうしてきた思いは、どれほどのものか。
何も分かっていなかった。初めて会った時から、二人はどこか「疲れている」ように感じていたというのに。
――だから、手を伸ばすことにした。伸ばし続けて、絶対にその手を掴んでみせると、玄はそう誓った。
さて、そうであれば早速勉強しなければならない。自らマネージャーに志願したものの、玄はアイドルについては全くの素人である。自ら志願したからには、それなりに知識を身に着けていなければならない。勉強は苦手だが、これも自分の為だ、と奮い立たせる。そして、学校の図書室で借りてきた本を開き――。
『~♪』
「む、電話か」
そうしたところで、部屋に着信音が響く。狙ったかのように鳴った電話が少し憎い。電話相手に皮肉でも言ってやろうか、と少しらしくないような考えも浮かんだ。
だが、その考えは、一瞬にして否定されることとなる。
『やほほっ、久しぶりっ』
「っ!!」
電話口から聞こえてきた声。聞き間違えようがない。ずっと一緒だった幼馴染の声が、耳元で確かに聞こえた。
「まり花! まり花か! 久しぶりだなぁ」
『えへへ……ごめんね? 連絡出来なくて』
「いや、こっちから連絡しなかったのも悪いんだ、ごめんな」
正確には、携帯は持っていたが番号が分からなかったというのが現実なのだが、玄にとっては、結局言い訳でしかなかった。家の番号は知っているのだから、そこで聞けばよかったのだから。玄がそれをしなかったのは、結局のところ恐れていたからだった。去年の離別から今に至るまで、もし拒絶されたら? あの二人は絶対にそんなことはしない、と自分に言い聞かせても、玄の手が動くことは無かった。
「ずっと、ずっと……この一年、声を聞くこともなかったな」
『うんっ。良かったよ、嫌われてなくて……くすんっ……』
それが結果的に彼女たちを傷つけていたことに、玄は気付かなかった。
ならば、今からでもたくさん話してやろう。今まで寂しがらせていた分、たくさん、たくさん。
『そうだっ! くろちゃんにお願いしたいことがあるんだよっ!』
「ああ、どうした? 出来ることならなんでも言ってみろ」
『うんっ! あのねあのねっ!』
直後、玄は自分の発言を後悔した。
『私たちのバンドの手伝い、してほしいんだっ!』
運命の女神というものを、これほど呪ったことは無いだろう。
ちなみに作者はひなビタ♪サイドではまり花推しです。