Notes of Synchro Smile 作:*Mia*
「……すまんが、まり花。もう一度言ってくれるか」
『だから、バンドだよっ! バンドで、音楽の力で、私たちの商店街を盛り上げるんだよっ!』
残念ながら、聞き間違いではなかったようだ。どうしてこうもタイミングが悪いのだろうか。
しかし、「私たちの商店街を盛り上げる」ときたか。確かに玄の故郷、
「当てはあるのか? メンバーとか、楽器とか」
「楽器はお父さんの使ってたものがあるし、練習場所はわたしの家の屋根裏にスタジオがあるんだよ。それに、メンバーだったらイブが一緒にやってくれるって!」
しかも、冗談だとか、軽い気持ちだとかそういうものでは断じてないらしい。本気でバンドをやろうとしているようだ。当てはあるのかと聞いて、間髪入れずに答えたのがその証拠である。もう既に、楽器も、メンバーも、練習場所の当ても揃っている。しかし。
「それだけか?」
『えっ?』
「まさか二人だけでやるわけじゃないだろう?」
二人では、明らかに足りない。どんな楽器構成なのかは分からないが、二人で出来る曲は相当限られている。ほぼ皆無、といっても良いくらいに。
「どんな曲をするつもりなんだ? 二人で出来るバンドの曲なんて俺には当てもないが……」
『え? えとえと……』
どうやら、そこはノープランらしい。
『……ひなちくんのうたとか?』
「……それを、町おこしでやるのか?」
ひなちくんのうたとは、日向美商店街のマスコットキャラのテーマソングである。全体的にほのぼのとした曲調とは裏腹に、酷くマイナスな歌詞をかぶせている。少なくとも町おこしに向いた曲とは非常に言い難い。
『でもでも、ラジオとかFacebookとか、色んな所で宣伝すればきっと大丈夫だよ!』
「まり花……そんなに甘くは……」
口ではそう言うが、もう玄には分かっていた。まり花は、生半可な言葉では決して折れはしないと。
『大丈夫だよっ! 絶対、大丈夫だよっ!』
そうだ。この言葉に何度助けられたことか。まり花には、人を惹きつけてやまない魅力がある。もしかしたら、本当に。まり花なら「大丈夫」なのかもしれないと、そう思う程に。
「……少し、時間をくれ。悪いが色々とこちらにも事情があるからな」
『うんっ! またいつでも連絡してねっ!』
そう言って、まり花は電話を切った。どうやら、まり花は断られることなど微塵も考えていないらしい。それほどまでに信頼を寄せていてくれるというのであれば、それは嬉しいことなのだが。
しかし、今はあの3人のこともある。まり花たちのことだけを考えるわけにはいかない。妥当な所であれば、どちらかを「切り捨てる」ことになるだろう。そうなれば、「切り捨てられる」のは高い確率でまり花たちの方になる。東京と倉野川、今東京に住んでいる玄がより深く関われるのは東京の方であるからだ。
だが、しかし。電話でも伝わったまり花の本気さを、このまま無碍にしてしまって良いのか――そんな感情が玄の頭に引っかかっていた。
「……」
結局、この日は答えを出せずに終わった。待ち受けを映す携帯の画面が、妙に虚しく見えた。
次の日。海未から「朝練をするので朝6時に神社に集まってください」という旨のメールを受け取った玄は、少し早めに集合場所に来ていた。マネージャーとはいえ、遅れるわけにはいかないという使命感からだが、一番の理由は昨日のことが頭から離れなかったことだった。
一晩考え抜いて、結局答えを出せなかった玄の頭は猛烈な倦怠感と眠気に包まれていた。果たしてどちらを取るべきか――、そんな答えのない問いに答えるために。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
そうこうしているうちに、海未が来た。携帯を見る。5時40分――まだ待ち合わせの時間としては早い。
「随分早いんだな」
「一度決めたことは、やり遂げたいですから」
「そうか……」
ここで玄は、ずっと思っていた疑問をぶつける。
「どうしてスクールアイドルをやってるんだ?」
「えっ?」
突然投げかけられた質問に、海未は少し驚いたような顔をした。しかし、すぐに顔を戻して、言う。
「……そうですね。取りあえず今は、廃校を何とかするため、でしょうか」
「出来ると思っているのか?」
「それは……」
顔を伏せる。結局は微妙な所なのだろう。廃校を防ぐためにアイドルをする。なるほど確かに学校を盛り上げるという点では良い手段であろう。だが、それが上手くいくかどうかは話が別である。上手くいけばいい。だが、上手くいかなければもう廃校は止められない。そんな一か八かの賭けである。
「……まあ、別にいいんじゃないか?」
「へっ?」
「結局、周りが評価してくれるかどうかは、本人たちの頑張りによるからな。確証はないが、それ相応に頑張りさえすればきっと報われるさ」
「……ええ、そうですね。ありがとうございます」
暗くなってしまった雰囲気を消し去るように玄が声を上げる。少し意地悪な質問をしてしまっただろうか、とフォローに回った。それは正しかったようで、何とか少し微笑んでくれた。
そう、結局は頑張り次第だ。本人たちの志がどういうものか、それによって変わっていく――。
「で、言い出しっぺが遅刻、と……」
「あはは……穂乃果ちゃん、朝は弱いから……」
「全く……あれほど釘を刺しておいたというのに……」
現在時刻、6時10分。集合5分前に来たことりと合流し、3人で他愛のない話をして穂乃果を待った。集合時刻である6時を回り、まあ少しならいいだろうと玄は会話を続けたが、その後10分待っても穂乃果が来ない。少し苛立ちを見せる玄に対し、海未とことりはやっぱりか、と呆れたような面持ちでいる。
……果たして、「切り捨てる」べきなのだろうか。玄がそう思い始めた頃。
「ごめーん、遅れちゃった~!」
「遅いぞ、穂乃果!」
「全く、昨日あれほど遅れるなと言っておいたでしょう!」
「ごめんなさーい!!」
「う、海未ちゃん、玄くん、その辺りで……」
流石に不憫だと思ったのだろうか、ことりが止めに入る。熱くなりすぎたか、と玄は反省した。
「……あー、すまん。よく考えたら確かにいきなり口出しすべきじゃなかったな。お前らのこと何も知らないのに言うべきじゃなかったわ」
「いえ、マネージャーとしては言ってくださった方がよろしいのですが……。でも、今のは私も言いすぎました」
「初めから完璧を望んじゃいけないよな。穂乃果、すまない」
「い、いいよぉ……遅刻したのは穂乃果なんだし」
頭を下げる玄に、穂乃果が恐縮した様子を見せる。だがしかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。ただでさえスタートが遅れているのに、このまま時間を浪費するわけにはいかない。
「さあ、とにかく始めましょう!」
「……ふむ」
いざ練習を始めてみると、やはり荒い。ここなつの二人の練習を何度か見たことがあるが、やはり息が上がるのが早すぎる。初めてだからということで町中を3周――距離にして大体3キロ程度――走らせてみたが。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……」
穂乃果とことりがダウン。女子の体力ならそのようなものか、とも思ったが仮にもアイドルをする以上、この位でダウンしてしまっては困るというのが本音だ。しかし。
「海未は大分体力あるんだな」
海未だけは少し額に汗を浮かべながらも平然としている。この3人の中では最も体力があるのではないか。
「家が道場ですからね、日々の稽古は欠かしていません」
「へえ、本当に大和撫子みたいだな」
「……そういうことは真顔で言うものではありません」
「どうしてだ?」
「どうしてでもですっ」
運動後で紅潮した海未の顔がさらに赤くなっている気がした。
「それにしても、貴方も体力があるのですね」
「……まあ、フェンシング部やってたしな」
「そうなのですか?」
「珍しい部活だったしな、興味を惹かれて始めてみたら結構楽しかった。まあ、部としては無名なんだが」
ああ、そういえばあの頃は期待の新星とか言われていたな、と思い返してみる。突然の別れになったが、仲間はどうしているだろうか。
「ふぅ……よーっし! 次いってみよーっ!」
「っ!?」
声が上がる。見ると、穂乃果が既に復活していた。あれだけ疲れていたというのにもう回復したというのか。その声に呼応してことりも続く。
「うんっ! 穂乃果ちゃん、頑張ろっ!」
「ことり、穂乃果……その意気です!」
それに感化されてか、全体の士気が跳ね上がる。さあ、次の練習だ、と意気込んだところで。
「君たち」
突然後ろから声がかかる。
「ん?」
「頑張ってるみたいだね」
「副会長!」
穂乃果の声に反応して見ると、紫髪の巫女さんが居た。境内の掃除をしていたようで、手には竹箒を持っている。なんだか不思議な雰囲気を感じさせた。
「どうして副会長がここに?」
「ここでお手伝いさせてもらってるんや。神社は色々な人の気が集まるスピリチュアルな場所やからね」
なるほど、この巫女さん、どうやら音ノ木坂学院の副会長らしい。不思議な巡り合せもあるものだ。
「ほらほら、4人とも階段使わせてもらってるんやから、お参りくらいしとき」
「俺もか?」
「そうですよ。何事にも礼儀というものがあります。マネージャーだからといって例外じゃありませんからね」
「まあ、それもそうか」
取り立てて断る理由もないので、一緒に参拝することにする。
財布から硬貨を適当に投げ。
二拝。布擦れの音。
二拍。若干ばらけた柏手の音。
一拝。深く頭を下げる。その時、隣から小さい声が聞こえた。
「上手くいきますように……」
穂乃果は――見るとことりと海未も――ただただ真剣な顔をして、神に願っていた。
「よーっし! 次行っこー!」
「はい!」
「うん!」
そう言って、練習に戻っていく。その3人の後姿を見届けた後。
「なあなあ、ちょいちょい」
「ん?」
先の巫女さんに声を掛けられる。
「君、玄くんやろ?」
「俺か? どうして名前を?」
「えりちから――ああ、えりちってのは生徒会長の絵里ちね。えりちから聞いたんよ」
「ああ、そういえば副会長だったか」
「うん。なかなかのイケメンさんやね? これはえりちが気に入るのも分かる気がするなあ」
「そう言うお前もなかなかの美人じゃないか?」
「そう? ふふ、おおきに」
二人でそのような会話を交わす。3人が必死に練習している中、場違いな程にゆったりとした時が流れていた。
「あ、そういえばまだ名乗ってなかったね。ウチ、
「ああ。よろしく頼む。俺は――って、名前知ってるのか」
相手は自分のことを知っていて、自分は相手のことを知らない。不思議な感覚だ。そんな感覚を感じていると、不意に。
「――それで、
「……?」
質問の意味が分からず、口ごもってしまう。
「ちょっと曖昧だったかな。じゃあ、『君から見てあの3人の姿はどう見える』?」
「それは……」
ようやく意図が見えた。単刀直入に言えば、あの3人が
玄は、3人の方を見た。そう思い立った経緯は分からないが、アイドルとしての練習にただ一心不乱に取り組んでいて。辛いはずなのに、弱音も吐かず。昨日だって、あれだけ大量のアイドル雑誌を読み込んで勉強して。
今までのことを振り返ってみれば、答えは一つしかないではないか。
「本気……みたいだな」
「……そうやね」
ただただ純粋に、そう感じた。そして同時に、そんな彼女たちを「切り捨てる」つもりだった自らを恥じた。もし本当に「切り捨てて」いたならば、お前は冷血な悪魔に成り果てていたところだったぞ――と。
そこで、玄は一つの「矛盾」に気付く。それは、玄が今朝考えていたことであった。
――まり花たちの「本気」と穂乃果たちの「本気」、果たして取るべきはどちらなのか?
そんな答えのない問い――否、
結局「どちらを切り捨てるべきか」という
「……すまん、少し失礼する」
それだけ言って、玄は3人の練習場所から離れるように歩き出した。
――ならば。こちらも「本気」で行くとしよう。
例え、これから踏み出す道が過酷なものであろうが――。
どれほどの困難が待ち受けていようが――。
無謀だ、と笑う者がいようが――。
――ただ、走り抜けるのみだ。
境内裏。穂乃果たちが練習している場所から少し離れた場所で、玄は携帯電話を手にしていた。
『もしもし?』
「まり花か? 朝早くにすまんな」
『あっ、くろちゃん? どしたのっ?』
変わらない幼馴染の声。姿は見えないが、その心中に一体どれほどの覚悟を持っているのだろうか。
「まり花、よく聞いてくれ。大事な話になる」
『う、うん……』
声色からその「本気さ」を汲み取ったのか、まり花の声もわずかに強張る。そして、玄が告げた。
「……練習は直接見てはやれない。音楽について専門的に勉強したわけじゃないから、もしかしたら場違いなアドバイスをするかもしれない」
『……』
反応はない。だが、続ける。
「それどころか、こっちの用事に圧されて、電話すらまともに出来ないかもしれない。知っての通り、倉野川まで電車で軽く行ける距離でもないから、お前たちのライブに来れないかもしれない」
『でも……』
まり花が何かを言いかける。だが、それを待たずに畳みかける。ようやく見えた一つの答えに、手を伸ばすために。
「それでも良いなら、ぜひやらせてくれ」
『っ――!』
そう告げて、数秒。体感時間にして数分にも感じた沈黙の後に。
『やっ……』
電話の奥から小さい声が聞こえ。
『……たぁーーーーーーーーーーっ!』
その後、耳をつんざくような大声が電話越しに鳴った。それはもう、電気を通した歓喜の声が割れて人の声とは思えなくなるほどに。
「ま、まり花……急に大きな声を出すのは……」
『だって、だって! すっごく嬉しいんだよぅ! くろちゃんがお手伝いしてくれるって言ってくれて!』
「いや、そう言ってくれるのは嬉しいが、そんなに大声を出すと近所迷惑になるぞ……?」
『ふぇっ……? あ、ごめんね。ちょっとお父さんに呼ばれたから行ってくるね』
「あ、ああ」
こと、と物を置く音が聞こえ、数分後。
『くすん……お父さんに朝から迷惑だって怒られちゃった……』
「……まあ、そうなるだろうな」
これに関してはまり花が悪い。まあ、周りのことを忘れる程に喜んでくれたのであれば悪い気はしないが。
『と、とにかくっ! これから手伝ってくれるってことだよね?』
「ああ、そうだ。さっきも言ったように色々と出来ないことはあるが、それでまり花が良いならな」
『うんっ、うんっ! くろちゃん、ありがとうなんだよ~っ!』
心から嬉しそうな声を上げるまり花。思わず玄にも笑みが浮かぶ。
「じゃあ、俺はそろそろ切るな。お前も頑張れよ」
『うんっ! くろちゃん、本当にありがとう!』
その言葉を最後に、通話は途切れた。
これが、玄の覚悟。切り捨てられなければ、両方取ればいい。それだけだ。無論、楽な道だとは思っていない。むしろ、今の玄では想像も出来ない程の困難が待ち受けていることだろう。それでも玄は、この道を選んだ。
「……行くか」
これでいい。吹っ切れたら後は進むだけだ。不思議なことに、不安だとか恐怖のようなものはなかった。やるしかない、そんな感情が玄の心を埋め尽くしているからだろうか。
一人、覚悟と自らの道を決めて。
玄は、再び3人の下へと戻っていった。
まり花で始まり、まり花で終わる。
おかしいな、μ'sサイドの主人公の影が薄いぞ。