4000ちょいと、まだまだ文章力が足りないのも感じますが
原作とは似ても似つかないゆったりした作品を目指して、大体一話完結で書きたいと思っていますので、よろしくお願いいたします
椅子の上で、私は目を覚ました
薄暗い窓の外を開いたばかりの目で一瞥して、腰を掛けなおす
ギシリと、音を立てて揺れた木の椅子は、ゆらゆらと前後に動き出し
また、今度は小さくミシッミシッと音を立てる
繰り返し。くりかえし。クリカエシ。
この音で耳を覚ましたかもしれん、と耳に指を入れながらも
……こりゃぁ、買い替え時かねぇ
そんな事を思った。
もうざっと何十年と愛用してきた椅子であるが、やはり木材。
湿気や風、色々な要因が合わさり大切にしていてもいつかは壊れてしまうのだ
ましてや、私の寿命に耐えきれるわけがない。
一つのモノを使い続けることは出来ないと、頭ではわかっていたが、いかんせん名残惜しい
ありがとう、そんな感謝にもにた言葉を想いながら、しわの寄った蒼白の、長い、細い、指で撫でる
どうやら、この国の「大切にする心」とやらが少しづつ移ってきているらしい。
情とかいうやつか?
たまに自分の本質がぼやけてしまうのはいけないと思いつつも、天井を見上げ体を椅子に任せる
背もたれが受け止めてくれる、そして勢いままにしばしの揺れ
動く天井を眺めた後、近くのサイドテーブルの上に、膝の上の寝る前に読んでいた本を乗せた
ステンドグラスのような模様のある、黄色と白のランプ。
その光に照らされて、革の本表紙に掘られた金色の箔が照る。
誰が見ても、それは日本の言語で無いことはわかるだろう
達筆で、うねりをあげるような。
深く、掘られた、英語の様で、似て非なる文字。
謎の文字は艶やかに、濡れるように、淡く光を反射させて、持ち主のローブを闇の中に映し出す
それは、年季を感じさせる煤汚れた黄色、ところどころはまだ綺麗で、されども裾は破れた黄色いローブ
長く、大きく、持ち主の私の体格にはとうていあっていないようにも見える。
後ろにはだらんと、長くフードが垂れていた
私ははゆっくりとフード手繰り寄せて被る。
深く、顔を隠すようにしてね、そうしてそのまま椅子から体を持ち上げた
ばさりばさりと、手繰り寄せていた膝上のローブが赤い絨毯へと向かって落ち始めたが、それは最後まで落ちきることはない
愛用のローブなのだ、埃で汚れてもらっては困る
まぁ、ボロいと言われれば反論は出来ないのだけれど
それでも、確かにお気に入り。寧ろ、通り越してこれもわたしなのだ
全てが茶色や鈍い赤・金でまとめられたシックな部屋
少し昔の、アンティークという形容詞が一番しっくりくるものばかり
揺れる椅子、小さな丸机、なにもかもが私のお気に入りだった。
特に本は、後ろにある本棚。その中に一度も刺したことがない程、執拗に読む宝物だ
まるで、書斎。その部屋の中で一際異彩な感触を孕むものがある
置いた本の隣、真っ白な地にクレーターや波を思わせる凹凸のある仮面
白く、ただ蒼白く、まるで真夜中に輝く月面のような仮面
手に触れると、カタリと小さな音を立ててゆれる仮面
それだった。
手に取る、軽い音のする仮面
ゆっくりと自分の顔に当てる
なに、落ちることはない。
紐もゴムもないが、仮面もまた私の一部なのだ。
地球のやわな重力に負けるはずがない
一度ローブを棚引かせ、体になじむ事を確認してから私は歩き出した。
夕闇に紛れるように、ゆったりと。
私はハスター。
黄衣の王、ハスター。
私が地球の日本という場所に降り立ったのは、割とつい最近である
教団のモノに呼ばれたわけでもなく
あの憎き幼き穢き忌々しきモノ、あぁ名前も思い出したくないクトゥルフが起きたわけでもない
事の発端は無貌の神、ニャルラトホテプが私の前に姿を現したという事だった
ぬるりと、自由な彼は寧ろ無謀といっても良いぐらいに軽々しく、私の元を訪れた
「久々…というには少し、いやあまりにも時間が経ちすぎたかね?」
「これはこれは、フォーマルハウトに行きたいとでも申すのかな?」
「私と貴方に直接的な因果も因縁もないでしょうに、苦い冗談を言いなさる」
「クトゥグアとの同盟関係を顔の広い貴方が知らないわけがないでしょう。
もっとも、広いのが物理的にだけというのであれば納得しますがね」
随分と良い冗談だ事で。そうニャルラトホテプは告げて、一呼吸
ゆったりとした口調で、彼は語りかけてきた
何処か楽しそうな……そう、馬鹿な人間の腸を引きずり出し、骨を溶かし切った時のような笑みで
「ハスター、貴方は地球へと行ったことがおありで?」と
満面の笑みで、上がりきった口角で、目の前の邪神は言う
なんの挑発だ?と懸念を抱きつつ、それでも確かに本人との因縁はそうそうに無い
何かの探りなのだろうか、クトゥグアへの怒りや丁寧に編み込んだ呪詛でも絡めてくるのだろうか
そう思いつつも、問いかけへの答えを口にする
「あぁ、何度か。
もっとも、自分の要求ばかりで相手にしたくなかったから、まとめて送り返したがな」
「それはそれは……ですが、最近は行っていませんよね?
あぁ、なんて残念な事か!いやはや堅苦しい生活のワーカー様には遊びに行くような暇などないですか」
「それほどの口を叩くと?
あの辺境に何があると言うのか、自由も行き過ぎると浮浪に変わるな馬鹿々々しい」
働けと、そう一言皮肉ったが、彼はにやりと笑って回りだす
知らないことは、無知であることは何よりも残念だろう
身を隠して住んでみると良い、案外田舎も良いところだ
そしてそのままあれやこれやの口車の末、私は地球に少しばかりお試し住みをさせられることとなった
少々無理やりに、しかも奴らの策ではないと断定できない以上、席を外すのは許しがたきことでもあった
が、同時にあのニャルラトホテプが、無貌の神が、リスクを冒してまで「愉快な話」を持ち掛けてきたのだ
それも、我ら邪神の通ずる趣向、意味のない虐殺と滅亡と絶望ではなく、「慰安旅行」というのだから尚驚きだ
ただ、少しばかり興味をそそられてしまった以上、私にも非はある
結果、そのままのらりくらりと流されて、地球に降り立ってしまったのだから。
少し田舎の方の一軒家をニャルラトホテプに手配され、最初は私には似合わないインスマス小屋だ!なんて思ったのだが
いざ入ってみると、埃一つとしてない綺麗な家であった。
唯一手放せない私的な本と椅子やランプがおける、窓の少ない部屋もあり、まぁ少しならと妥協はできた。
それよりも驚いたのは、この家近辺の習慣だった。
よかったら……と、わたしの外見にも驚かず(黄色いローブで必死に全身を隠しはしたが)
そばとかいう極めて美味なものを振る舞って貰えたのだ
なぜ自ら不利益を被るのかはわからなかったが、ただただ忘れはしない
あの美味しさを、そして老婆のあの笑顔を。
きっと忘れてしまった時、私はまた邪神へと戻るのだろう
忘れなければ…もしかしたら、知らない事を知り続けることができるのかもしれないが
ともかく、そのそばというのは美味だった
極めて細い、灰色の触手を束ねて、半透明の茶色い血液に付け込んで、二本の棒ですすり食べるという奇怪な料理
おそるおそる掴んでは、触手がずり落ち、箸という物になれるのは少々時間がかかった
しかし、努力は実を結ぶというか、見よう見まねで食してみるとそれは大変美味なもので
ぶっちゃけた話、生贄に人間いらねぇやとか素直に思ったし
なんか、あの血なまぐさい世界に戻りたくないなぁ……なんて、邪神の邪の字を思わず忘れてしまいそうだった
この時まで「あの変顔神に踊らされてるのでは」と思っては疑い続けてきたのだが
あの変幻自在の顔の中で一番さわやかな笑みを浮かべていた理由を、私は確かにこの時、感じてしまったのだ
その日の夜に、宿舎へと現れたあの変顔神はニヤニヤしながら第一声、「うまかったろ?」と言ってきた
どうやら、友人がしばらくここに来るから、美味しいものを振る舞ってあげてほしいなんて言う根回しをしていたらしくて
正直悔しさと、嬉しさとでまさに一杯食わされたと思ったね。いっぱいそば喰ったんだけどさ
「……っと、見えてきたなぁ」
思い出し笑いをしながら、風に乗って空を飛ぶ。
夕暮れは過ぎて、もう星の見える夜の中に私はいた。
アルデバランは見えぬとも、苦しんだ死以外に美しさを感じる日が来るとは思っていなかったが、そんな恒星よりも目先の明るさの方が高い
人間の密集地帯だ
とかいなんていうらしい其処は、私たちの建てる石造りに似て非なる建造物を立て
火よりも強い明かりを焚いて
せわしなく、ひたすらに動き回っていた。
動く鉄塊、聳えるは塔。下手な邪神よりよっぽどいい働きをすると、私はそう思う
椅子も買いたいが、それはまた後で……だ
やっぱり邪神と言えど、腹は減るのさ
特に、こんなモノの旨い所にすんじゃぁ、尚更。
自ら辺境に来て、ゲテモノ食べてく無貌の神は本当に何考えてるんだろうか
単なる好奇心で動ける、というのはある意味で感心してしまう節がある。
一応、同盟先の敵であるから口に出しては言えないが、呪怨よりも旨いものがこの宇宙の辺境に存在するなんて、かつての私は信じないだろう
そっくりそのまま記憶を無くせば、今のわたしだって信じない
ただ、信じなくても食べてしまえば、魅力に取りつかれてしまうだろう
戯曲の登場人物が、狂気に唆されて果実の甘さをしるように、ね。
降り立ったのは、人間の少ない通り道の軒裏
通りにでてすぐ見える一軒の店に来ることが、私の地球での日課だった
本気で触れば砕ける木造りの軒の、中。
私よりも脆弱貧弱無知無能のこのひとりのおっさんが
味、料理という唯一点において、邪神ハスターを負かしきったと言えるだろう。
それを裏付けるように、こうして私は毎日来てしまっている。
「親父、いつもの」
「はいよ、黄色の旦那」
もはや常連、黄色い旦那と呼ばれるのも、なかなかに悪くはない
そもそも黄色いローブの者なんて怪しがられて当然なのだから、逆に私は周りの人間から映る姿を、ほんの少し細工しているのだ
きっと彼らからは少し風変わりな人間に見えていることだろう、もっともその程度の事だが
寧ろ違和感なく溶け込めている証拠なのだから、素直に喜んでしまおうと思っている。
それはそれとして、ここはパスタの専門店
あのカオナシに連れていかれた最初の店でもあった
パスター、パスターとアフーム=ザーもびっくりな寒いダジャレを叫びつつ、黄色いヤツ頼めよぉ~と半分冗談越しにせかされて
渋々頼んだが癖になってしまったのだ
これが
「はいよ、毎日悪いねぇ」
「いやいや、好きなんで」
この鮮やかな黄色の血液
ぴりぴりと異形の舌にも感じる黒い実
咀嚼し甲斐のある厚切りの牛のベーコンに
なんと言ってもこの触手、その上にのる存在感抜群の卵
カルボナーラ……そう呼ばれるこの料理は、この地球に来て一番お気に入りのものだった
そばとは細い触手という点において確かに似ているが、食べてみれば全てが違う事が良くわかる
濃厚な卵の黄身に絡めてあつあつの触手を口いっぱいに頬張る嬉しさが
鼻の奥から濃厚な血液の香りが駆け抜け、舌には黒い実の刺激が
何より、食べ終わった時の満足感が
ただただ、生贄よりも戦いよりも、私を満足させてくれていた
「いただきます」
マナーだと、半場強要された定型文も忘れずに口にしてから、三又の小さな槍で触手を絡めとる
立ち上る白き煙が、その触手の熱さを、どれだけ満足させてくれるかを物語っていた
口へと槍を動かして、何度目かもわからない喜びの声を上げる
王の晩餐はまだ、終わることを知らない