風は立たない事はない
周知の事実だろう
何かが動けば、それは物体と空気との位置が置換される
その時に雪崩れ込む空気の動きを、この星の者どもは風と称した
しかし、風とはそれだけのことを言うのではない
時に、猛烈に荒々しく。時に弱々しくそよぐ。
私は神だ。
イビツなる神だ。
この星の人間が形容する風の上位、突風とも嵐とも。あるいはそうハリケーンと。
私はそういうモノであると考えていた。
出来る事は壊す事、なぎ倒す事、そして全てを飲み込むこと
手を振るえば空が割れる様に、足を踏み出せばか弱い芽が摘まれるように
命を奪う事は私が存在する以上一挙一動に付きまとう、言わば気にすることでもない事だった
それだけの命だ、たったこれっぽっちの
崇拝も畏敬も恐怖も抱く前に滅び去る者どもに、価値があるか
言語を理解せず、喚き散らしのた打ち回り、少々優れたと見れれば虚勢を張り縋る
そんな生命体は幾度となくその星ごと、諸共に潰し去ってきた
奴隷となる価値もなく、ただ少々腹が満たされる程度の事
怒りは無く、ただ呆れ。不完全な生命体共には私の存在は、眼に映す事だけで限界に足るものだった
しかし、私にも生み出すことは出来た。
花を散らさず、首を絶たない。ただ撫でるだけの風というものを
今がそうだ
起きて考えに耽る、椅子の上。
ぐらぐらと揺れるこの振動でも、風は起きる
果たして、これが命を削っているだろうか
寝る前に本を閉じた。これは、誰かの絶叫を作り出しただろうか
当たり前が当たり前で無く、またしようと思っていなかったことが行える現状
下等生物共の感情は、挙動は言動は理念は全て、踏みにじるべくして歩いてきた今まで
しかし、いくら下等であれ何か意味がある。それは、この星に滞在してみて少しだけ理解に及ばずとも感じた事だ
下等であるからと、それだけで踏みに知るのは良くないと、そう思い始めた
得られるものは、僅かながらにしても存在する
それは、私の作る理想と繁栄の風を、確かに後押しする微風には成り得ると、そう知ったのだ
だから、もう少し
この星の文化に少し、触れていこうと思った
食事と言う文化の、真髄に近づければと思って
「よし、釣りに行こう」
変な決意を固めた。
ざざぁーん。風とは似て非なる水の波音が響く。
寒空の下の、黒く染まった海面上に私は浮いている。
忌々しきがクトゥルフの眠りしあの石造の墓所に直結する海だ。
そう、思い出すだけで反吐と粘液が口から出そうになるあの醜い容姿よ。
まだこの星の下等生物共の方がマシであろう。
一目見たときから、全身の触手がのた打ち回り、鱗と鱗の間にひやりとした感触とぞわぞわとしたグール共の肌が撫でたような感触が体に伝った。
言葉を借りるならば、生理的に無理。である。
しかし、こんな海からはスタイリッシュで素晴らしいフォルムの魚というモノが取れるらしい。
そいつをバターとキノコでホイル焼きにしてやろうというのが、今日の邪神的魂胆だった。
先日おねぇさん?とかいう者のりょうりばんぐみで、やっていたかんたんれしぴとかいう奴だ。
紙にまだ拙い日本語で書き写して、どうせなら材料を釣ってみようじゃないかと
そう思い立ってここまで来た
……のは、いいのだが。
「なんで、お前ここにいんの?」
「我、黒触手に対抗。憤慨の意。黒触手の自慢。」
片言。短文的に言葉を紡ぐものがいる。
それが居るだけで、黄衣がジリジリと照らされ、今日は絶好の快晴だなぁ夜だけど。
人気を気にして海面に居るからこその被害として、眼下の海の水が油に落としたときのような音と熱を放つ。
餃子でも焼いているかのよう。
真っ赤な体に、立ち上るのは陽炎。彼の事を直視できる機会は、精々アフームザーが隣にいる時でやっと位の物だ。
「は?何、どゆことよ」
「詳細。黒触手言及。地球飯話。追述、我へ。曰く『地球の飯食った事ねぇなんて可哀想すぎて触手分けてやりたくなるわぁ』」
「滅茶苦茶煽られてるな、クトゥグア」
「我理解、黒触手煽動。黒触手悲愴的、我致仕方無地球へ」
「はぁ……。つまり、無貌に煽られて来たって事?」
「否!!!否否否否否!黒触手悲愴的、我致仕方無」
「ご、ごめんごめん。無貌の煽りが可哀想で、しょうがなく乗ってやったと」
「道理」
つくづく面倒な奴らだと、そう思った。
我らの司る物に応じた対立の中でも、特に顕著なのが無貌のニャルと、この烈火のクトゥグア。
板挟みにあう私の身にもなって欲しい、ニャルはやたら嫌気のさす文句で煽るしクトゥグア話しずらいし……
「で、何で私の所に?無貌が可哀想になったってもさぁ」
「我知者中、地球に居住神、『黄衣』唯一」
「あぁー、知り合いが私しか居ないから、飯を食わせろと」
「然」
「うい……」
敵陣に潜って煽ってまで、私に嫌がらせしたいのかあの道化めは!
心の中でふつふつと怒りが煮えたぎるが、如何せんこれで生ける炎が客人であると分かってしまった。そうすると、外交面でも無下には出来ない
ゆっくり釣りができるかどうか……いや、あんまり気にしないことにしよう。
とりあえず、釣れればいいのだ釣れれば。
「じゃあ、私は魚を釣りますので。今しばらく地球でも飛び回ってて貰って」
「了承」
一つ小さくため息をついた後、脇に抱えていた釣り竿を宙に置く。
下から少々風を巻き上げるだけで保持できるのだから、この星の物は軽くて良い。
私の星ならそのほとんどに石が使われたりするだろうから、重くてかなわないからな。
金属なるものを、その内どこかの星を征服して入手した方が良いだろうか。
そしたら空中の竿を辿って針を見つけ出し、そこに袋に入れてきた親近感の湧く生命体を近づけていく。
この蟲と呼ばれる短い触手のような生命体を、生きたまま串刺しとして磔にし、見えた終わりに対する最後の足掻きを見せ者とするのだ。
すれば、嘲笑うように魚どもが集まり、喰らいつくそうな。
『超入門!これで君もプロ釣り人だ!~海釣り編~』も読んだし、手順は間違ってはいないはずだ。
大丈夫大丈夫、と邪神心を落ち着ける。
手順を思い出しながら、足を組んで蟲を海の中へと投げ込んだ
今回狙うのは、鮭という魚らしい……秋の今頃は何でも食べごろなんだとか
狙うポイント~とかよくわからん事が連ねてあったが、ともかく北の海の人気のない暮れを狙ってくればいいだろうと。
非常に安易ではあるが、釣りも料理も文明破壊も拷問も、全てトライ&エラーであるし、まぁどうにかなるだろう。
釣り竿は風の緩急で上下左右に揺らしながら、家から持参した釣り入門本を片手に暇を潰す。
未だに、待つ楽しみという感性は理解しがたかった。
大分時間が流れた。
「あいつは、何やってんだ」
上空をふと見上げると、暇を持て余した火の玉が右往左往とぎらつかせて飛び回っている。
大よそ、殺戮か炎上かしかしない奴が、唐突に仇敵に煽られるがままにここにきているのだ。
ホント、どうかしてる。
そもそも、なんでその場で殺し合いにならなかったのかもようわからんが……
ニャルの奴はどうも、地球で煽りの文化を学んでいるらしい。
先日は、りーぜんと?とか言って蠢く触手どもを絡ませながら頭部を前方1フィートも伸ばすとかいう変な事をしていた。
ちょりーっす、ハスターのパイセンいますかー?いやぁニホンブンカマジ卍~と。
いくら文献を読み漁っても出てこないあれは、果たして日本語なのだろうか?
方言……とかいう少しぶれた日本語なのか。わからないが、っと!
「かかった」
竿が下に振れた
これは、何かが掛かった証拠だ
本にもそう書いてある、これはきっと魚に違いない事だろう。
待ち焦がれた瞬間と、いう奴だ。
今ここで風の出力さえ上げれば、こやつとはいとも簡単にお目にかかれることだろう
いや、違うね。
竿を握りしめて、組んだ足を解く
風で形成した足場に人のように立ち、今の私は釣り人その物だろう。
郷に入ってはなんとやら、やるのであれば形から。
歯を食いしばれ、雄たけびを上げよう、二足にぐっと力を籠める。
「ぅうおらぁあああああああああ」
引いた
強く、負けまいと
決死の生命の抗いに、最大限の敬意を注いで
勝ち戦に、全力を注いだ
銀の魚体を夢に見て、この感動と称されていた感覚を知る為に
一心に竿を振り上げた。
細い糸に釣られるようにして、空中に躍り出るものがある。
それは闇夜の中で影さえ見える事はなかったが、しかし今の私には確かに。
見える、緑の体躯が
飛び跳ねるのは不細工な面構え
飛び出た唇、えらばった顔に鱗。ひれもあるのに大よそ人。
火の玉が声に反応して近づいてきて、ほぼシルエットながらも特徴を捉えることが出来ていく。
拳を握りしめる、てらてらと光る鱗肌が筋張った塊のように密集していく
いや、間違いないね
落胆と言うか、悲観と言うか、最早当てつけの気分だ。
こいつは、
「あのクソ野郎の手下じゃねぇかぁあああああああああ!」
全力全霊で、大っ嫌いな磯野郎を海に叩き戻した
「あぁー酷い目にあった」
「美味美味」
オンボロ部屋の一室、火の出力を最大限に下げた火の玉が、微かに人間らしいフォルムをして防火シート20枚の上に鎮座している。
結局閉店間際のスーパーで購入した鮭で作った鮭のホイル焼きを、こいつとちゃぶ台を囲んでつついているのだ
あの後、海に叩き返した魚人野郎が単独であったはずもなく、海面下に見える無数の魚影に向かって鱗をひたすらに打ち込んで全滅させてやった。
心底気持ちわるかったが、まぁ海釣りはしないと決意できた。だけいい経験にはなったんじゃないだろうか
次は川釣りにしよう。
「どうだ、鮭はうまいか」
「我鮭劣化人間と判断。然、ばたぁ良好!」
「んー、そうかそうか。バターが気に入ったか」
火の玉は、揺らめく赤の中で少し黒ずんだ所を、笑うようにして歪め鉄製の端をオレンジ色に染めながらも鮭をつつき続けた。
クトゥグアと言う奴も、こう見て見れば可愛い奴なのかもしれない。
私がカルボナーラを食っている間、無貌のニャルはこんな気持ちだったんだろうか
嬉しい……のだろうか?
ようわからんが、まぁ。愉快ではあったのかなぁ。
少し考えこみかけたが、ご飯が冷めるのを危惧して慌てて箸を取った。
もうしばらく、ココロというものは考えていかなきゃいけないものなのかもしれない。
因みに、
次の日の新聞に、謎の火球がどでかく掲載された事は、言うまでもないだろう。