「じゃあこれからよろしくね、エリ!」
「うん、こちらこそよろしく」
カーペットの僅かな空きスペースに腰を下ろしているエリは、この世界で4回目となるフレンド登録を済ませると、携行用の椅子に座る相手とほぼ同時にメニューを閉じる。
鍛冶屋の少女はさばさばした気さくな性格で、やや内気なエリもすぐに打ち解けることができた。
これからもずっと仲良くしていきたい、そう思った矢先。
「それで、エリは職人に興味があるんだっけ?」
「えっ!?」
額にさっそく冷や汗が流れる。
ついさっき『職人って楽しいですか?』などという、バカにしたと捉えられてもおかしくない質問をしてしまったことを今更思い出す。
言った直後は反応が無かったので聞こえていないのかと思っていたのに。
「えぇっと、まあ・・・・・・」
ここからは言葉を慎重に選んで行かねばと自分に言い聞かせながら、エリは恐る恐る答える。
「せんせ・・・・・・チームのリーダーに職人スキルを取るように頼まれて、まだ迷ってるとこなんだ」
半分はウソだった。
職人になるよう頼まれたのは本当だが、それは既に断ることに決めており、迷ってはいない。
だが今それを正直に言ってしまったら、職人である友達はどう思うだろうか。
もしも逆の立場だったら、自分は少なからずガッカリしてしまうだろう。
そう思って付いたウソだったが、返ってきたのは思わぬ反応だった。
「へぇ!エリ、その人に信頼されてるんだね」
「え?」
―――信頼?先生が・・・私に?
「そ、そうかな・・・?」
「絶対そうよ!生産職ってこう見えて結構キツくて、投げ出しちゃう人も多いんだよ。面倒臭い修行クエストいくつもクリアしないと道具が揃わないし、そのあとも地味な作業と収集の連続だし。きっと根性あるって思われてるから頼まれたのよ」
自分で言うのも何だけどね、と付け加えながら、少女は笑う。
「根性・・・」
この単語から、エリはこの世界に捕らわれる前の出来事を一つ思い出していた。
テスト前等に塾の自習室に数時間籠って勉強をしていた時、見回りに来た先生がよく声をかけてきた。
『すごい根性だな』と。
自分に根性があるのかは今でもよく分からないが、少なくとも先生はそう言ってくれた。
そして友達は、職人になるには根性が必要だという。
つまり先生は、ちゃんと自分の特性に合ったものを勧めてくれていたのか。
エリは自分の心が揺れ動くのを感じていた。
職人に関してもう少し話が聞きたいと思い、今度は自分から質問をぶつける。
「あと、職人になろうとしたきっかけってある?」
すると少女は少し考え込んだ後に、照れくさそうな顔で答えた。
「ちょっとベタだけど、人の役に立ちたいって思ったからかな」
またも予想していたものとは違う答えだった。
先生がエリに職人を頼んで来たのは資金と経験値を同時に稼ぐことが目的で、どちらかといえばお金の方に重点が置かれていたようだった。
だから友達はどっちが目的なんだろうと思って聞いたのだが、全く違う答えが返って来た。
「人の・・・役に?」
「うん。最前線の人たちは、私達を解放するために常に命かけて戦ってくれてるでしょ?私は闘いにはとても参加できないんだけど、だからって任せっきりなのは嫌だから、いつか最前線の人たちに装備してもらえる武器を作って攻略に貢献できるようになりたいんだ」
そう語る友達の目には真剣な輝きがある。
「すごいなぁ・・・」
関心しきりでそう呟くと、少女は頬を染め
「いやいや、全然だよ!」
とかぶりを振る。
「まだまだ失敗ばっかりだよ。特に開店初日なんてひどかったんだから!」
「え、そうなの?」
「一番最初のお客さんがスモールソードの強化だったのよ。初期装備だからほとんど100%成功するはずなんだけど、私それに失敗しちゃって・・・」
「すみませ~ん」
話の途中で後ろから男性の声が聞こえたので振り返ると、いつの間にか店の客と思われるプレイヤーが3人ほど列を作っていた。
店の真正面に陣取っていたエリは慌ててフードを被り直しながら立ち上がり、横にずれる。
一番前に並んでいた男が一歩進み、腰から剣を外して鞘ごと鍛冶屋の少女に差し出す。
「これ、またメンテお願い」
「あ、はい!いつもありがとうございます!」
友達は精一杯の笑顔でそれを受け取ると、鞘から剣を抜き、刃に砥石を当て始める。
その様子をエリは横から眺めていたが、途中で急に胸を締め付けられるような感覚に襲われる。
ふと見た友達の表情が、さっきまで自分と談笑していた時と違う、鍛冶屋の顔に切り替わっていたからだ。
誰にも頼らず自分の力で生きていこうとする決意がひしひしと伝わる、本気の表情。
誰かに頼り切って生きている自分が何だかすごく場違いな存在に思えてきて、エリは何かに押されたかのように2、3歩後ずさる。
直後、朝9時を知らせる鐘楼の音が街中に響き渡る。
ハッとして周りを見渡したエリは、広場の人口密度が急激に増えていることに気付く。
この店の客足もしばらくは途絶えないかもしれない。
「じゃ・・・・・・じゃあ私もう行くね」
自分はこれ以上ここに居てはいけない。
友達の商売の邪魔になるだけだし、何より世界が―――。
そう感じて逃げるように場を離れようとしたエリに、少し上ずった声が飛んできた。
「待ってエリ、これ!」
帰り道の方角へ向けかけていた視線を再び鍛冶屋の方へ戻すと、友達が座ったまま手を伸ばし、二つ折りの洋紙を差し出してきていた。
「職人になるのに受けといた方がいいクエストが書いてあるから、もし良ければ参考にして」
「え?でも・・・」
「もちろん、職人になりたくなったらでいいよ!私はもう済んでるから、いらなくなったら捨てちゃっていいからね」
エリが恐る恐る手を伸ばして紙を受け取ると、少女は談笑していた時の雰囲気に戻ってニカッと笑う。
その笑顔には、友達ができた事だけではなく、職人仲間が増えるかもしれない喜びも含まれているようだった。
「それじゃ頑張ってねエリ!」
「うん・・・ありがとう。またね!」
再び作業に戻った友達に別れのあいさつをして、エリは店を背にして歩き出す。
そして広場の端まで来たところで立ち止まり、貰ったばかりの洋紙を開く。
そこには友達の言葉通り、職人になるために必要なクエストの情報が書き込まれていた。
各クエストの名称や受注場所、その他の情報等でびっちり埋め尽くされている。
友達がこれまで職人にかけてきた熱意と努力が、この一枚に凝縮されているようだった。
「すご・・・」
驚嘆の声を漏らしながら店の方にを振り返ると、友達が奮闘する光景が目に映る。
「私も・・・・・・なれるかな」
届くはずのない声でそう語りかけると、数人の客を相手に接客中でこちらに視線を向ける余裕すら無い相手から、『頑張れ!』という声がエリの耳に届いた気がした。
その直後、ささやかなSEと共に視界の端にメッセージ受信のアイコンが光る。
エリは洋紙をストレージに入れて広場から出ると、右手を振るってメニューを開く。
メッセージ受信画面に移動すると、同じプレイヤーからの未読メッセージが5通。
さっきから何通か無視してきたので、このくらい溜まっていることは予想済みだった。
「うわ・・・・・・」
それよりエリが驚いたのは、その文面だ。
いずれも『今どこにいるんだ』『戻ってきてくれ』『頼むから圏外には行くな』といった内容の羅列で、しかも後から送られて来たものほど切羽詰まった感が増していく。
今来たものに至っては、誤字が複数個所もある。
流石にこれ以上心配させるのはマズいと思い、エリはメッセージ作成画面に移る。
周りを見渡すと現在地の番地が書かれた標識がすぐ横にあったので、それを入力。
今から宿に向かうことも付け加えて、メッセージを送信する。
返事ははそれから30秒もかからず来た。
『むかえにいく』の一行。
―――今から帰るって言ってるのに。
フードの下で苦笑いしながら、エリは宿の方向にまっすぐ歩く。
「人の役に立つ、か」
歩きながら無意識に呟いたのは、鍛冶屋の友達がさっき口にした言葉だ。
ごくありふれた理念なのに何だかものすごく久しぶりに思い出した気がして、エリはこの世界に来てからの自分の行動を思い返してみた。
すると、自分が誰かの役に立てた場面がびっくりするほど少ないことに気付く。
というか、誰かのために行動した思い出がまるで思い浮かばない。
逆に、迷惑を掛けた出来事ばかりが脳裏に次々と浮かぶ。
そして、その最大の被害者であろうプレイヤーが、前方から現れた。
最後のメールから5分と経っていない。
「お~い!エリ!」
痩せた体に、初日から変わらない布装備を着込む男。
前の世界から先生と呼び続けている相手が、手を振りながら駆け寄って来る。
「よかった・・・。探したぞ」
安堵の表情を浮かべながらも、駆け回っていたのか息は絶え絶えだ。
しかも腰には剣を下げている。まさか街の外まで探しに行くつもりだったのか。
あれから本気で心配してくれていたらしい。
そして、無礼な態度を取った挙句に失踪して大きな迷惑をかけた自分に、怒るつもりは全くないようだった。
それどころか、こちらに謝ってきそうな空気すら感じる。
相変わらずのお人よしだ。
そして今日までの自分は、この優しさにずっと甘えて来た。
ゲームからログアウトできない。HPが尽きると本当に死んでしまう。こんな前代未聞の異常事態だから、年少である自分は誰かに守られて当然だと心のどこかで思っていた。
だが同じ年の友達は、こんな世界でも自分の力で生き抜いて人の役に立とうとしていた。
自分もこのままじゃいけない。誰かの役に立ちたい。
戦いの才能がどうとか、気にしている場合じゃない。
「エリ、さっきは―――」
「先生!」
フードを外しながら、エリは先生の声を凛とした声で遮る。
そして正面に立つと、単刀直入に自分の意思をぶつけた。
「私、職人になります!!」
「・・・・・・・・・へ?」
先生は間の抜けた顔で目を白黒させる。
何の前置きも無しに伝えてしまったせいか。
はたまた意志を180度変えて帰ってきた事に驚いているのか。
きっと両方だろう。
「いや、あの話はもう・・・」
「いいんです、もう決めたんですから!ほら、行きますよ!」
エリはそう言うと、相手の返事など待たず宿の方角に構わず歩き出す。
後ろを見ると、先生は『訳分からん』といった顔で頭を掻きながらついて来ていた。
その腰に下げる剣は、初日からずっと使い続けている弱い初期装備。
―――この人がいたから、私はここまでやって来れた。
だから私は、これからこの人の役に立ってみせる。
私が先生の剣を作る!
第3話も少し思い出していただければ幸いです。