ソードアート・オンライン ~塾講師の剣~   作:バヌケソ

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久々の投稿


第11話

 朝7時、俺はいつものようにアラームに叩き起こされた。

 

 眠い。やっとのことで上半身を起こし体を伸ばしても、眠気は一向に覚めない。寝不足気味なのはこの世界に来てからずっとだが、ここ最近は眠りが更に浅くなっている気がする。職務を放棄して2度寝したくなる衝動を抑えつけながら立ち上がり、全身を伸ばしてからリビングに繋がるドアのノブに手をかける。

 

 生徒が三人に増えてからずっと借りているこの宿部屋は、リビング1つにベッドルーム4つという構成だ。つい最近までは朝起きてリビングに入ると毎回俺が一番乗りで、広めの部屋をしばらく独占できて気分が良かったのだが、ここ最近はそんな密かな楽しみさえ奪われつつある。恐らく今日も・・・。

 

 恐る恐るドアを開くと、予想通りアラームより強烈な金属音が耳に飛び込んできて俺の眠気を吹っ飛ばしてくれた。中にいた女子生徒は鍛冶道具一式をリビングの床に無遠慮に並べ、低ランクの銅製ハンマーをアンビル上の銅インゴットに一定間隔で振り降ろしていた。数回叩いたところでインゴットは発光しつつ変形し始め、最後に強く発光して簡素な剣に姿を変えた。

 

 新米鍛冶屋はふうっと息を吐き、できたばかりの片手剣《カッパーソード》を手に取った。初期装備《スモールソード》に毛の生えた程度の価値しか持たない外れ剣だが、それをまるで高級品でも扱うかのような手付きで床に置く。よく見ると床には同じ剣が10本前後も並べられているではないか。10日経ってもこんな物ばかりしか作れないなんて、いつになったら稼げるようになるのか。そもそもこんな本数を、一体どれだけ早起きして作っていたのか。

 

 ため息を飲み込んでいるとエリはやっと俺に気付き、「あ、先生おはようございます!」と充実感に溢れる笑顔を惜しみなく向けて来た。職人になる前までは決して見せなかったその表情を見て、俺は『ああ、やっぱり職人を勧めて良かった』と無理やり思い込むことにした。

 

* * * *

 

 そんな朝の出来事を思い出しながら、俺は両手に持つツルハシを振りかぶった。

 

 「おらっ!」

 

 今日8個目の鉱脈にそれを叩き付けると、甲高いSEが周囲に響き渡った。同時に手元に固い衝撃が走り、鉱石がボロボロと崩れ落ちる。そのほとんどは数秒で消滅するが、拳大の大きさのものはその場に残った。そのままカンカンと叩き続けて10回目前後で鉱脈は枯れた。足元に転がっている鉱石を数えると、ここまで集めてきた分と合わせて今日の目標にギリギリ届く数だった。4時間掛かってようやく達成だ。

 

 ここは《はじまりの街》の周りに広がる草原の北東のエリアだ。湖沼地帯に近いこの一帯には半径2~3m、高さ5~6メートルほどの小さな丘が所々に生えている。丘というより柱に近いそれの側面は岩肌がむき出しで、鉱脈がランダムで湧く。街から最も近い採掘ポイントであり、現れるモンスターも街周辺と同じなので低レベルでも安全に採集できる。

 ただ、こういった初心者向けの場所のお約束で、取れる鉱石の数と質は控え目に設定されている。しかも丘は広い草原に点在しているため、全て回るとかなりの時間がかかってしまう。洞窟や山道エリア等と比べると収集効率の差は歴然であり、レベルが低くてそういったところに通えない者が仕方なく利用する場所なのだ。そして俺は女子生徒の予想外の選択のせいで、10日も連続でこんなところに通う羽目になっている。

 

 エリよ、何で鍛冶なんか選んだんだ・・・。

 

 俺が就いて欲しいと思っていたのは、《裁縫》《料理》《革細工》といったもっとライトな職だ。それらも決して楽ではないが、イノシシやオオカミから素材を得られるので手間がかからないし、生産道具も安く済む。

 逆に金が掛かり素材集めも面倒な鍛冶は、選んで欲しくない職ナンバー1だった。だから職人を勧める時に「あ、鍛冶以外でお願いね」と付け加えておくべきだったのだが、当時の俺には『女の子だから《裁縫》や《料理》をきっと選ぶだろう』という根拠の無い思い込みがあり、そこまで考えが至らなかったのだ。

 

 稼いでもらうために職人を勧めたのに、今は修行段階のため利益はろくすっぽ出ず、素材集めの手間ばかりが掛かっている状態である。唯一達成しているのは、エリの自尊心の回復だけ。誤算もいいとこだ。

 

 しかし今さら悔やんでももう遅い。エリは鍛冶になるにあたって戦闘職にキッパリと見切りを付けているのだ。《片手武器生産》と引き換えに《片手直剣》スキルを切り、出番が無いながらも大事に持っていた武器防具も全てインゴットに代えている。そんな悲壮な決意を見せられて「やっぱ職人は無しで」とは今さら言えない。また鍛冶道具を揃えるために多くの修行クエストをこなしているし、極めつけに鍛冶にどっぷりハマってしまっているので、「やっぱ鍛冶以外で」などとも今さら言えない。もう後には戻れないのだ。

 

 今日で突然飽きてくれないかなあ・・・などと天に願いながら俺は地面に転がる鉱石をすべてストレージに投げ入れ、最後にツルハシも放り込んでメニューを閉じた。

 

 直後に重々しい打撃音と同時に「ギャッ」という短い悲鳴が背後から響いた。振り向くとカズが20メートルほど先でダウンし、HPもついさっきより2割ほど減っていた。すぐ前で体長40~50センチほどの蜂型モンスター《ベビーワスプ》が針を突き出しており、これを食らった直後のようだ。

 序盤の敵だけあって針には毒や麻痺の効果こそ無いが、刺されると約50%の確率でスタンさせられてしまう。まだ起き上がれないカズに向かって敵が追撃の予備動作を開始したので俺は腰の《スモールソード》に思わず手を伸ばしたが、幸いにも数メートルほど離れた位置のマコがすぐさま割り込んでくれた。突進系ソードスキル《レイジスパイク》で瞬時に距離を詰め、横腹に鋭い一撃を叩き込んだのだ。ワスプは吹っ飛ばされてあっけなく爆散した。

 

 剣を勢いよく鞘に納めどこか誇らしげなマコと、草むらに座り込んだままのカズ。対称的な二人に歩み寄って「お疲れ。鉱石集まったぞ」と声を掛けると、振り向いたマコがこちらに来てハイタッチを求めて来たので「ナイスフォロー」と褒めつつ控え目に応じてやった。

 まだ腰を上げないカズには「ったく、いい加減ノーダメで倒せるようになれよ」とケチをつけながらポーションを差し出してやった。カズはそれを受け取りつつ「だってさあ・・・」と言い訳しかけたが、マコの方をチラッと見てから口をつぐんだ。小瓶の栓を抜き、無言で口に運ぶ。後輩との連携に不満があったようだが、当人の前なので飲み込んだのだろう。

 

 ツルハシ役は3人でローテーションしており、採掘中にモンスターが現れた時は手が空いている二人が相手することになっているのだが、カズとマコのペアだけは被弾率が目に見えて高い。食らうのは全てカズで、個人技のセンスこそ抜群だが相方に合わせるのは苦手なマコとは息が合わないようなのだ。

 幸いカズもレベルが上がっているため命に関わるような危機にはならないが、その度に消費されるポーション代を考えると無視できない問題である。ツルハシ役をカズで固定してしまうのが手っ取り早い解決方法だが、そうなると戦う場面が無くなってしまうため本人は納得しないだろう。

 

 こんな問題が出てくるのも、エリが鍛冶なんか選んだせいだ。

 

 想像でしかないが、エリはあの日、誰かに鍛冶転向を吹き込まれたのではないだろうか。怒って出て行ったのに帰ってきたら妙に上機嫌になっていたり、拒否反応を示した職人転向をあっさり承諾したり、あげくに数ある中から鍛冶にだけ強い興味を示したりと、今思えば不自然な点が多すぎる。

 だとすれば余計なことをする奴がいたもんだ、ぜひ会って文句の一つでも言ってやりたい、などと己の非を棚に上げ外部に責任転嫁していたところでカズのHPが全回復したので、俺達は帰路に着いた。夕日に染まる草原は街に着くころには徐々に闇に包まれていった。そういえば以前会った鍛冶屋の少女はあれからどうなったのだろうか、などと唐突に思い出したところで街に着いた。

 

 

* * * *

 

 街に戻って鉱石をNPC鍛冶店に持ち込み、溶鉱炉で溶かして10個ほどのインゴットに変えた。

 続いてパン屋で夕飯を買い込んだ。その際にマコが店主が持つ調理器具をまじまじと眺めていた気がしたが、さして気に止めなかった。

 

 宿に戻るとエリはやっぱりハンマーでカンカンでやっていた。

 聞くと『インゴッドで剣を作る→街の溶鉱炉まで行ってインゴットに戻す→帰ってまた剣にする』のループを俺達が宿を出た5時間前からずっと繰り返して経験値と熟練度を稼いでいたらしい。もはや呆れるしかなかったが、それを顔には出さずインゴットを入れた皮袋を渡してやった。エリは新しい教材を貰った時のように喜び、俺とマコには何度も、カズには一度だけお礼を言った。そしてもう夕食時だというのに「あと少しだから!」と再びハンマーを振るい始めた。

 

 職人を勧めたのはこの真面目さに期待していた面もあるのだが、ここまでクソ真面目なのは流石に予想外だった。鍛冶になってからの10日間というもの、今日のように早起き作業は当たり前、暇さえあれば即修行、寝食授業以外全ての時間を鍛冶に捧げている状態で、音はうるさいわ部屋で炉は焚かれるわで落ち着かないったらありゃしない。カーペットを買えていないので室内でしか作業できない、という事情もあるが・・・

 それにまるでこき使っているみたいで罪悪感が湧いてきてしまう。この事実がリアルでバレて週刊誌に『衝撃!生徒を奴隷化して私腹を肥やす卑劣なセンセイ!』なんて書かれようなら人生終了だ。

 このヤル気をどうにか抑える方法は無いものか・・・と考えているうちにエリが作業を終えたので、俺も夕食をテーブルに並べた。

 

 4人でテーブルを囲んでパンを食べていると、カズが「そういや、スキルはもう決まったん?」とマコに尋ねた。そしてマコがあっさり「うん」と答えたので、俺はパンを喉に詰まらせそうになった。そうだ、この問題が残っていたんだった。

 マコは昨日、レベル6になった。プレイヤーに与えられるスキルロッドの数はレベル6になると2つから3つに増える。それを俺の次に達成した訳だが、どのスキルを取るかは全く考えていなかったようで、現在まで3つ目のロッドは空けたままになっているのだ。

 非常に勿体ない状態ではあるが、一方でしばらくはこのままでもいいと思えるのも確かだった。スキルは非常に重要な要素であるが故に、ものによっては大きな出費に繋がるからだ。高い防具が必要な《重金属装備》や消耗品ゆえ継続的な出費を迫られる《投剣》などを選ばれたら堪ったものではない。とはいえ貴重なロッドをいつまでも空けておくプレイヤーなどいるわけもなく、この時が来るのは覚悟していた。

 

 「おお、何に決めたんだ」

 

 内心ドキドキしながらも平静を装ってマコに尋ねる。

 

 個人的にマコに取ってほしいスキルは次の通りだ。

 第一候補は《軽業》。機動重視のマコの戦闘スタイルに合っていて合理的だし、何かを新しく買い足す必要も無いのでお財布に優しい。

 第二候補は《疾走》。これもAGI重視のマコのステータスに合うし、買い足す物も無い。俺達がダッシュで移動する場面はそんなに無いが、取っておいて損は無いだろう。

 第三候補は《索敵》。パーティープレイではそれほど重要ではないが、汎用性が高く金も掛からないのが魅力だ。ちなみに隠蔽はすでに取得済みである。

 あとは《盾装備》か。マコはもう盾を持っているので新しく買い足さずにす済む。滅多に防御しないので死にスキルになる可能性大だが、金さえ掛からなければ実用性など二の次でいい。

 

 これらの中のどれかきてくれ!

 軽業来い、軽業!

 

 「料理」

 

 小声ながらハッキリそう聞こえたため、「・・・え・・・」と思わず絶句してしまった。

 

 嘘だろ・・・戦う事しか興味無さそうなコイツが何で・・・

 いや待てよ、エリが作業する姿をじっと見ていることはあった。

 密かに憧れていたというのか・・・。

 そういえばさっきもパン屋で・・・

 

 いや、そんな事はどうでももいい。

 いま優先すべきは原因探しではなく、考えを改めさせることだ。

 一人でも大変な職人を二人も抱え込むなんて考えただけで寒気がする。

 絶対阻止せねば!

 

 しかし、どうすればいい・・・

 職人のマイナスポイントを羅列して諦めさせるか?

 いや、職人本人のエリの前でそれは難しい。

 

 他のスキルの魅力を伝えて興味を逸らせるのはどうだ?

 うん、いいかもしれない。幸いにも取ってほしいスキルは考えてある。

 よし、これでいこう!いくしかない!

 今から《軽業》や《疾走》の素晴らしさを全力でプレゼンするのだ!

 

 そう決意を固め説得を開始するも、コンマ一秒遅かった。

 

 「なあマ・・・」「へえ、いいじゃん料理。この部屋、一応台所もあるから丁度いいんじゃね?」

 「うん、マコちゃんにピッタリだよ!私も手伝うから一緒に職人頑張ろうよ!」

 

 生徒らが話しかけ、勝手に盛り上がり始めてしまったのだ。

 まるで料理が既に決定したかのような流れで話を進める3人。

 

 いかん、空気に飲まれるな。鋼の意志で毅然と振る舞えばまだ間に合う!

 自分に喝を入れてながら、「なあマコ」と大きめの声で会話に割り込んだ。

 

 直後、マコがおもむろに向けて来た純粋無垢な眼差しが、俺から言葉を奪った。

 普段は俯き気味だが、稀にこうしてこちらをじっと見つめて来ることがある。

 何かを訴えかけるかのようなその視線には有無も言わせぬ破壊力があり、ロックオンした相手から拒否という選択肢を奪う驚異の無自覚スキルなのだ。

 そうだ、出会った直後もこれにやられたんだった・・・そして今も・・・

 

 「・・・うん。料理、いいと思うよ」

 

 この世界での俺の仕事は解放まで生徒を死なせない事だ。

 ただそれは最低条件で、精神状態も健全であることが望まれる。

 そのためにも生徒の要望には可能な限り応えなければならない。

 そう、料理を断れないのは仕方のないことなのだ。

 盛り上がる生徒たちの傍らで俺は自分にそう言い聞かせた。




 鍛冶は他職よりキツイみたいな設定は勝手に作りました。
 あくまで主人公の先入観ということでお願いします。
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