ソードアート・オンライン ~塾講師の剣~   作:バヌケソ

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第1話 

 就職活動に失敗して働くあての無いまま大学卒業を迎えてしまったのは約3年半前。お先真っ暗だった俺に救いの手を差し伸べたのは、中学生の頃に通っていた地元の小さな学習塾だった。かつての恩師の『だったらうちで働きなよ』の一言に俺は藁をもすがる思いで飛びついたも。しかし勤務内容は想像以上にハードで、3年程経った頃には疲労はピークに達していた。そんな時に『ソードアート・オンライン』のβテスター募集の広告記事が偶然目に入り、ストレス解消のきっかけになればと応募。

 

 それに当選した事を知ったときは小躍りしかけたが、開催期間を改めて確認してみると学生にとっては天国だが塾業界は逆に夏期講習で地獄となる8月。結局平日のログインはせいぜい1日1時間にも満たず、土日も出勤で2~3時間程度。お盆休みも親戚回りなどで自由時間はロクに取れず。結局ログイン時間も到達レベルもテスターの中では底辺クラスだった。まあ短いなり楽しむことはできたが。

 

 それから3ヶ月ほどして迎えた正式稼働日、11月6日。受験シーズンではあるが8月ほどは忙しくはない。今度こそ本格的に楽しむぞ!と意気込んでログインしたのも束の間、今度は逆にログオフ不可能の本格的過ぎる状況となり、更には現実の勤め先の塾の生徒に2人も会ってしまう始末。仕事を忘れるどころか生徒の命を24時間預かるという大仕事を背負う羽目となってしまった訳だ。

 

 それから俺は今日まで2人をしっかり宿屋に寝泊りさせ、食事も一定の水準のものを1日3食欠かさず取らせている。節約のために野宿や1日3食黒パンで耐える者もいるようだが、同じ事を生徒に強いる訳にはいかない。生還後にもし何らかの形でそれがバレようものなら、塾長や世間からどんな目で見られるか分かったものではないからだ。

 

 そして二人とも何故か出会った直後から素寒貧だったので、食費から宿代まで全て俺の負担だ。その生活費を捻出するために俺は今日もフィールドに出て狩猟に精を出している。生徒を死の危険に晒すなどもっての他なので、基本ソロプレイ。相手は今日も最弱モンスターの青イノシシ、正式名称《フレンジー・ボア》。勢いよく突っ込んで来た鼻先を盾で防ぎ、硬直したところにすぐさまソードスキルを叩き込む。

 

「うらぁ!」

 

『ギィッ…!』

 

そして距離を取り、再び突進に備える。

 

 この攻防を繰り返すのがイノシシ戦における俺の基本戦法だ。突進攻撃をガードすると大きな硬直を晒すので、そこから素早く攻撃に移れば確実にヒットする。そしてこのモンスターは突進以外の攻撃方法を特に持たないので、これを繰り返すだけでリスクを負うことなく倒す事ができる。ガード時に僅かに減らされてしまうHPは必要経費と割り切り、この戦法を地道に続けてきた。そのおかげで今日まで大きな危機をほとんど迎える事無くやってこれている。

 

 ただ堅実な反面倒すのに時間がかかり、動きも少ないので爽快感に欠ける感は否めない。だが運動神経に自信のない俺が最低のレベルと装備で、しかもソロで安全に戦うにはこれを繰り返すしかない。つまらなくても死ぬよりはマシだ。今もそう自分に言い聞かせながら『ガードして攻撃』をルーチンワークのように3回繰り返して、今日3匹目のイノシシをポリゴンの欠片として爆散させた。

 

 軽く息を吐き、次の獲物を探し始めようとした直後、どこからともなくファンファーレが鳴り響いた。βテスト時代に聞き覚えがあり、耳にした回数こそ多くはないが強く印象に残っている旋律。忘れもしない、これはレベルアップの瞬間に流れる曲だ。

 

「やっとかよ・・・」

 

 正式稼動から今日で5日目。狩りを始めたのは稼動2日目なので、最初のレベルアップに4日近く要した事になる。しかも2桁中盤に迫る数のモンスターを倒して漸くだ。たかがレベル2でこのマゾ仕様なのだから、この先を想像するだけで気が遠くなる。家計に余裕を持たせるためにもレベルを5くらいまで上げてもっと効率のいい稼ぎ場に移る予定だったが、こんなペースではいつになるか分かったものではない。

 

 不貞腐れながら俺はメニューウインドウを開き、加算されたステータスアップポイント3をまず『筋力』と『敏捷度』のそれぞれに1ずつ加算し、残り1ポイントは数分悩んだ末に筋力値に割り振った。あまり動かない俺の戦闘スタイルに敏捷度の恩恵は少ないと判断したからだ。

 

 さて、ステータスが上がれば成長を実戦で試したくなるもの。そんな俺の心情を先読みするかのように、100メートルほど前方で新たなイノシシがポップした。しかも、並の固体より体毛の色が若干濃い希少種だ。ステータスは多少強化されているらしいが、レベルが上がった俺の前では誤差の範囲に過ぎない筈。寧ろ、強化度合いを試すにはうってつけの相手だ。それにコイツは、倒すといつもより若干レアな素材を落とす。俺はこの正式稼動始まって以来のテンションで駆け出した。

 

その直後。

 

『うわあぁぁぁ!!!』

 

 遠くからこだました絶叫に思わず足が止まる。反射的に声の方向に向き直るが、視界に入ったのは小高い丘だけで人影は見えない。そのまま目を凝らすと、2つのカーソルが浮かび上がった。その色と位置から察するに、丘の向こう側でプレイヤーとモンスターの一対一の戦闘が行われているようだ。カーソルと共に表示されているHPバーは、モンスター側はまだ9割方残っているのに対し、プレイヤー側は残り6割強。この情報とさっきの悲鳴で、プレイヤー側が追い込まれている事は大体予想がついた。

 

「ったく、こんな時に…!」

 

 俺はどちらをとるか一瞬悩んでから丘の方へ駆け出した。緩い坂を駆け上っている間に、プレイヤー側のHPバーは更に減少して5割を割り込んだ。黄色に変化したそれが緊張感を更に増幅させる。

 

「間に合えよ…!」

 

敏捷値に2ポイント割り振らなかった事を早くも後悔しながら、全力疾走する。

 

 

* * *

 

 

「あの、本当にありがとうございました…なんとお礼を言えばよいか…」

 

 結局ギリギリのところでイノシシとプレイヤーの間に割り込み、最悪の事態は回避できた。空になったポーションの瓶を握ったままペコペコと頭を下げる18歳前後と思われる少年は、聞くと初期配布のコルを使い果たしてしまい、生活費を稼ぐために街を出てきたらしい。ヤケクソ気味に飛び出してきたため回復アイテムも持ってきていないらしく、やむなく俺が一本差し上げる事となった。

 

 ちなみに人を助けたのはこれが初めてではない。狩りを始めてから今日まで4日と経っていないのに、これまで戦闘で窮地に立たされたプレイヤーと何度も遭遇してはやむなく助太刀に入り、その度にポーションを恵んできた。まるで強制定期イベントのように頻繁に起こるそれは、正直有難いものではない。これがRPGや漫画の中の話なら壮大なドラマに発展するのかもしれないが、現実はお礼を言われるだけで終わりである。経験地とコルが自分のものになるだけマシだが、ポーション代のほうが高くついてしまう。また、助けず放っておくのも手だが、万が一死なれては目覚めが悪い。

 

 また、助けた後に「余計な事しやがって!」といった罵声を浴びせられた経験も僅かながらある。プライドに障られた気持ちは分からなくもないが、ポーションまで貰ってからそんな事を言う輩には流石にそりゃねーだろと言いたくなる。相手にするのも面倒くさいのでその時はそそくさと退散したが。

 

 幸い、今助けたばかりの少年はそういうタイプではなかった。平身低頭のまま、こちらのアドバイスも素直に聞き入れてくれている。戦わずとも最低限のコルを貰えるお使い系クエストの存在を教えている間に少年のHPは完全に回復した。

 

「じゃあ俺はこれで」

 

「あ、待ってください!お名前だけでも…」

 

「今日は早く街に戻った方がいいよ。それじゃ」

 

 俺は逃げるようにこの場を去った。基本的に、救助したプレイヤーとは立ち入った仲にならないよう心がけている。初対面と会話するのは苦手なタチだし、何よりベータテスターである事を見破られたくない。そして今は、さっきの希少種イノシシが気になる。

 

 元の場所に戻ってダメ元で探したら、濃紺の体毛の持ち主はすぐに見つける事が出来た。幸運にも、約10分間誰にも狩られなかったらしい。俺は今度こそ手放すまいと、全力で駆け寄った。そして、すぐに後悔した。イノシシのすぐ横に、人が転がっていたからだ。希少種に夢中で気が付かなかった。

 

『た、助けてくれ~!!』

 

 俺に気付いて叫ぶおっさんのHPバーは残り3割。ため息を何とか抑えて、俺は剣を右手に駆け出した。

 

 

* * *

 

 今日最後の相手と決めたイノシシを倒すと同時に、俺は夕日でオレンジに染まる草原を南の城門の方角へ駆け出す。その足取りが心なしか軽く感じられるのは、レベルアップでステータスが強化されたおかげで予定より多くのイノシシを倒す事ができたからだろう。所持金襴には、ポーション代を補って有り余る額が表示されている。今まで完全にトントンだった収支が僅かだがプラスに傾いた。このペースであと数日頑張れば、憧れの武器『ブロンズソード』に手が届く。そしてゆくゆくはマイホームを…などと妄想を飛躍させていたところで城門にたどり着く。

 

 それをくぐり、視界に【INNER AREA】の文字が浮かぶとほぼ同時に、見慣れた顔が俺を出迎えた。

 

「お帰りなさい先生」

 

「先生お帰り!・・・何か嬉しそうじゃね?」

 

 宿にいるはずの塾生達だった。また勝手に抜け出したのか。

 

「気のせいだ。てか俺がいないときに宿から出るなって言ったろ」

 

 稼働開始日の直後は重度のショック状態でしばらく宿に篭りっぱなしだった二人だが、今はかなり落ち着きを取り戻している。逆にこの世界の色々なものに興味を持つようになり、今日のように宿を抜け出して俺をハラハラさせる事も増えてきた。まあHPが減らない街の中にいれば一応安全だし、それに今は気分がいいので、細かい事は気にしないでおこう。

 

 それよりも夕飯だ。イノシシ討伐数がノルマを超えた瞬間から、今日はレストランで夕飯をとる事に決めていた。安いメニューならいつもの食費にほんの少し足した程度の額で済むし、何より毎日買ってきたパンとサラダだけでは生徒達はもちろん、俺自身も飽きてしまう。

 

「まあいいや、それより今日は店に飯食いにいくぞ」

 

「マジか!?やった、俺、一度まともなもの食べてみたかったんだよね!」

 

「ちょっとそれ失礼でしょ!それより先生、お金は大丈夫なんですか?」

 

「心配すんな、安い店なら今日くらい何とかなる。って訳で、3人とも何が食べた…い…!?」

 

 ん?3人?気のせいか?

 

 俺は目をこすって再び生徒達の方を見た。

 

 気のせいではなかった。

 

 見知らぬ少女が二人の後ろを歩いているではないか。

 

 猛烈に嫌な予感に襲われながら、おれは恐る恐る尋ねる。

 

「な、なあ二人とも…後ろの子は知り合いか何かで…?」

 

「あぁこの子?さっき広場に一人でいたところを連れて来た」

 

 おい、何大変な事サラッと言ってやがる!てか、そういう事は最初に言えっての!

 

 それよりまずい。この子、一人で広場にいたという事は・・・

 

「先生…この子、お金が無くなっちゃって尽きて泊まる場所が無いみたいなの」

 

 やっぱりか…。

 

 これはつまり、RPGで定番の『仲間にしますか?』と問われるイベントが突発的に発生してしまった訳だ。与えられた選択肢は『はい』か『いいえ』の二つ。このどちらかにカーソルを合わせ、決定ボタンを押すまで話は進まない。

 俺は心の中で、早くもカーソルを『いいえ』の方に移動させ、決定ボタンを連打した。この子には悪いが、さすがに赤の他人の面倒までは見る義理は無いし責任も負えない。今の二人の面倒を見ているのは現実世界での関係があっての事だ。それに3人を養う経済力も無い。これ以上負担が増えて攻略が遅れるのはまっぴらだ。

 

 そしてやんわりとお断りするべく口を開きながら、俺は少女の目に視線を向けた。

 

 その刹那。

 

 喉まで出かけていた言葉が、見えない力に一気に押し戻された。少女の目が、出会った直後の塾生二人のそれと同じくらい、輝きを失っていたから。デスゲームの宣言から今日まで、どれだけ辛く寂しい思い日々を送ってきたのか、その目を見るだけですぐに分かった。それほどまでに、失意に打ちひしがれた目をしている。

 

 俺の中でしばらく、カーソルが『はい』と『いいえ』を激しく行き来したが、じっと見つめてくる少女の目線がやがてそれを無理やり『はい』の方へ押し込んだ。

 

 

 しばらく一緒に暮らそうと言った瞬間、少女の目に少し色が戻った気がした。




フレンジーボアの硬直、希少種などの設定は勝手に作りました。
これ以降も勝手に追加していくかもです。
各キャラの詳細は次話以降で明かしていく予定。あまり考えてませんが…
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