ソードアート・オンライン ~塾講師の剣~   作:バヌケソ

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第4話

 簡素な門を潜ると、数ヶ月振りとなる町並みが目の前に広がった。

 

 ここは『はじまりの街』の北西方向に位置する『ホルンカの村』だ。小規模の建物が十数棟立ち並ぶだけの小さな集落だが『はじまりの街』と同じく立派な圏内で、宿屋に道具屋、武器屋といった施設が最低限整っている。そしてここの喉かな田舎風景を俺は気に入り、βテスト初期は一定期間ここを拠点にしていた。

 

 そんな思い出の場所に久々に辿り着いた訳だが、残念ながら感慨にふける事はできなかった。パッと見たところでは建物の配置は特に変更が無いのだが、プレイヤーの数が非常に多く、そのせいで村の雰囲気が別物になってしまっているのだ。βテストで俺が辿り着いた時期には大体のプレイヤーがその先に進んでいたため、多くてせいぜい20人程度だった。だが今はその10倍はいるだろうか。敷地が狭いため人口密度がどえらい事になっている。

 

 せめてあと一週間早く来れていれば今より人は少なく、以前の雰囲気をそれなりに味わえていたかもしれない。あの足枷さえいなければそれが可能だった。喧騒で溢れかえる辺りを見渡しながら、そんな不謹慎なことを思ってしまう。

 

 村の中でも、奥に見える建物の周辺は特に賑わっている。一見何の変哲も無いその民家は実は強力な武器が手に入るクエストの受注場所であり、それを求めるプレイヤーが玄関先を先頭にして短くない行列を作っているのだ。フラグを立てるにはおかみさんの長台詞をつらつらと聞く必要があるため、今から並んだら何時間待たされるか分かったものではない。

 だが俺が今日ここにやって来たのは、幸いにもこのクエストを受けるためではない。

 俺は腰のポーチから封筒状のアイテムを取り出し、そのまま村の敷地内を回り、プレイヤーの姿と顔を一人ひとり確認していく。10分ほどかけて路地裏から民家の裏までくまなく回ったのち、ため息混じりに小さく呟いた。

 

「いないか…」

 

 今朝、予想通り生徒達は昨日出て行ってしまった隣の住人を街で探すと言い出し、俺には狩りのついでに周辺のフィールドを捜索するよう頼んできた。しかも、もし出会ったら渡すようにと手紙まで託されてしまったのだ。

 正直、ゲッ!と思った。気が進む訳が無い、昨日回避したばかりの入塾フラグをわざわざ再建しに行くようなものだ。だから不真面目講師の俺は探したフリだけして帰って来ようかとも考えながら街を出たが、気が付けば草原を突っ切り、森を抜け、この村に辿りついていた。自分の甘さというか度胸の無さに呆れながらも村の門を潜って少女を探してはみたが、結局徒労に終わってしまった。

 ちなみに手紙の内容は生徒に『見ないで』と釘を刺されたので確認はしていない。まあ、たとえ何が書かれていてもあの少女の心は動かせないと思うけど。それ以前に受け取るかどうかすら怪しい。生徒を増やしたくない俺にとっては逆に好都合であるが。

 

 さてこうなると少女の行方が少し気になってくる。

 ここを出て早くも次の村へ向かっているのだろうか。フィールドデビューしたその日にこの村にたどり着き、更に翌日には次の村へ向かうなど前代未聞だが、あの少女ならやりかねない…。

 それとも、ここを拠点にして周辺の森で経験値を稼いでいるのだろうか。普通に考えればそっちの可能性の方が高く、夜になれば狩りを終えて村に戻ってくると思われる。

 

 だからここで待っていれば会える可能性が高いのだが、俺はもう村を出なければならない。夕日が沈むまでには生徒のところに戻る必要があるし、その上今日の狩りのノルマはまだ半分もこなせていない。そして今の時刻は既に夕方。時間が無いのだ。

 それに、この村では俺の格好は少々浮いている気がする。《はじまりの街》と違ってここはフィールドを越えられる者が集う場所であり、皆の装備の平均ランクは街より明らかに高い。そんな中で初期装備のままなのは俺だけであり、そのせいで目立っている気がしないでもないのだ。それこそβテスターである事を怪しまれたらたらシャレにならないので、この村には長居しないほうがよさそうだ。

 

 だから俺は少女の事は諦めて手紙をストレージに入れ、フィールドに出る準備のため道具屋に向かった。ポーションを補給しつつ、βテストの時から品揃えに変更が無いかを確認する。その時、《エリア攻略本》がここでも売られている事に気が付いた。どうせお高いんでしょう?とばかりに値段を確認したところ、信じられない数値が目に飛び込んできた。

 

「うそ…」

 

 思わず声が出るほどに衝撃的だった。

 これが何者かによって委託販売され始めたのは数日前。その時は俺の総資産を超える額が確かに表示されていた金額欄に、0が鎮座しているではないか!即ちタダ。販売というより無料配布だ。

 最近は品揃えを確認する事を怠っていたので気付かなかったが、恐らく《はじまりの街》でも同じように無料配布されているのだろう。そう考えれば、少女がこれを持っていたのにも納得がいく。

 製作者に感謝しつつ迷わず購入ボタンを押し、それを読む楽しみは後に回して足早に村を出た。

 

 森に入ってからは小道を通らず、βテストの時にお世話になった近道を使うことにした。道なりに行くより近いし、何より他のプレイヤーに遭遇せずに済む。

 慎重に歩みだした僅か30秒後、20メートルほど前方にモンスターがPOPした。この森の主、《リトルネペント》だ。近道はモンスターと遭遇する率は多少上がるのでこの事象は覚悟していたが、こんなに早いのは流石に不運と言える。だが距離は離れており、反応圏に入らずやり過ごすのは難しくなさそうだ。

 向こうの様子を伺いながら慎重に足を進める。そしてネペントの側面にまで回り込んだ直後。

 

 信じられないものが目に入った。ネペントの口のような捕食気の上部に、赤い花がついているではないか。花付きが出る確率は1%前後。《ホルンカ》に来るときに見かけたネペントは3匹。それと合わせても僅か4匹目で1%を引き当てたことになる。

 花付きは、村で大人気だったクエストのキーアイテム《リトルネペントの胚珠》を落とす。それと引き換えに貰える剣の時価総額は、何と1万5000コル前後。胚珠も同等の額で売れるハズだ。

 

 これがβテストの時であれば後先考えず飛び掛っていたのだが…。

 

 どうする―――

 

 普通に考えればオイシイ状況だ。辺りに他のネペントは見当たらないので事故の心配は少ないし、自分以外のプレイヤーもいので取り合いも起きない。それに、今の極貧生活から抜け出す又と無いチャンスであり、逃さない手は無い。

 ただ相手は、一応はオオカミを超える強さの持ち主、しかも通常の個体よりステータスが若干強化されている花付きだ。また正式稼動後はまだ一度も戦っていない相手であり、勘は間違いなく鈍っている。加えて攻撃パターンなどがβから変更されている可能性もあり得る。

 それに今のSAOは命のかかった正真正銘のデスゲームであり、かかるプレッシャーの量はβの時とは段違いなのだ。これらの不安要素を跳ね除けて100%勝てる保障は果たしてあるだろうか。

 

 逡巡している間にも、ネペントの姿は遠ざかっていく。

 

 数秒後、俺は決断した。《スモールソード》を鞘から勢い良く抜き放ち、地面を強く踏み込んで駆け出した。

 出した結論は、GOだ。装備は心許ないがレベルは適正値で、ステータスは問題ない。それにここは村から目と鼻の先なので、万が一の事態になっても逃げ込むことができる。さっき考えたリスクは十分カバーでき、試す価値は十分にあると判断した。

 向こうも駆け寄るこちらに気付き、振り向いて奇声を上げる。戦闘開始だ。

 

 先手を取ったのはネペントの方だった。右のツルによる突き攻撃。しかしモーションでそれを先読みしていた俺は余裕を持って盾を構え、弾くようにガード。硬直を与えたところに踏み込み、胴に一太刀浴びせる。通常攻撃かつやや浅かったために与ダメージは一割程度だったが、こちらのHPはドット程度にしか減っていない。

 いける!そう確信し、再び盾を前方にかざす。 

 

 それから2分ほど攻防を繰り返した。ネペントのHPは残り1割、対して俺のHPはまだ9割近く残っている。攻撃パターンの変更も無いようで、ここまで痛撃は一度も食らわず戦況は極めて順調に推移していると言っていい。俺も明日からマイホーム持ちか!?などと高揚する気持ちを抑え右手の剣と左手の盾を握りなおした。

 次の一撃で決める!

 息を整え、ネペントの動きに神経を集中させる。

 

 だがここで、向こうは初めて予想外の行動を取った。くるりと後ろを向いたかと思うと、そのまま全力と思える速度で走り出したのだ。

 

「はぁ!?」

 

 思わず声を上げながら、俺は反射的にその背中を追って駆け出す。

 HPを減らすと逃走する。少なくともβテストの時には搭載されていなかった行動パターンだ。これが正式稼動における追加要素なのか。それとも、花付きの個体にはもともと搭載されていたのだろうか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は必死にネペントの背中を追いかけた。後から思えばかなりリスキーな行動だったと思う。後先考えず森の奥に向かって突っ走っていたのだから。だが大金に目が眩んで感覚が麻痺していた。

 だが必死に追いかけてもネペントは見た目に反して足が速く、距離はなかなか縮まらない。

 そして追いかけている最中に分かったことがある。これは追加要素ではなく、βでもお馴染みだった行動だ。コイツは逃げているのではなく、呼び寄せられているのだ。回りを見渡すと、他にも複数の赤カーソルが同じ方向に向かって移動しているのが見える。即ち、みんなある一箇所に集まろうとしている。

 

 間違いない、誰かが森の奥で実を破壊したのだ。

 

 ネペントは花付きと同じ位の確率で頭部に実を生らした個体が現れ、それを破壊すると異臭を撒き散らして仲間を呼び集める。しかも一匹や二匹ではない、森にいる全ての固体が呼び集まってくるのだから、その危険性は計り知れない。

 そして、いよいよその現場が見えてきてしまった。

 

「おおお前ら落ち着けぇっ!!落ち着いてタメを作ってズパーンだっ!!」

「リーダーこそ落ち着いて下さい!刃の向きが逆っすよ!」

 

 最初に聞こえてきたのはやや間が抜けた怒号だったが、そこは予想通りの戦場だった。プレイヤーとモンスターが入り乱れてあちこちで戦闘が発生し、怒号や悲鳴が飛び交っている。

 ただプレイヤーの数は思ったより多く、グリーンカーソルが15個ほど確認できる。その場に居合わせた複数のパーティが共闘して戦っているようだ。

 対してネペントを示すレッドカーソルは残り10個前後。俺が到着するまでにそれなりの数が倒されたようで、予想よりは少ない。これからまだ増える可能性はあるが、それでもこの戦力差があれば大惨事は免れそうだ。

 

 そして、お目当ての花付きネペントは漸く足を止めた。

 

「もらったぁ!」

 

 勢いよく剣を振りかぶる。マイホームを購入する自分の姿を想像しながら。

 

 悲鳴と共に、赤く染まった他人のHPバーが視界の端に入り込んだのは、その直後だった。

 

 

 

 * * *

 

 《はじまりの街》の城門を潜ると同時に、俺は危うく広場の床に倒れこみそうになったのを何とか堪えた。初日以来の憔悴っぷりだ。

 

 結局人助けを優先した結果、花付きは他のプレイヤーに取られてしまった。しかも目の前でトドメを刺されてしまったのでショックも倍増だ。せめてリュフィなんとかさんとやらには《アニールブレード》を3層まで大事に使ってもらうしかない。ちなみに彼の名前を知っているのは他の仲間に呼ばれているのが偶然聞こえたからだ。

 

 その後、森の奥から脱出するのはかなりしんどかった。幸いネペントは狩り尽くされていたので数は少なかったが、それでも完全に戦闘を避けることはできず、計2体相手するハメになった。

 脱出後も、ノルマ達成のために森近くの草原でオオカミを狩りまくった。もう慣れた相手であるが、さっきのショックを引きずった状態での戦いは精神消費量1.5倍増しだった。

 

 「先生~!」

 

 うっ、頭が…。神は少しの休憩時間も与えてくれないようで、今一番聞きたくない声が聞こえた。顔を上げると、3人が広場の入り口から駆け寄ってくる。これからもコイツのために地味な狩りを続けていくハメになるかと思うと泣けてくる。

 …ん?近付いてくる生徒達の表情に違和感を感じる。何で嬉しそうなんだ?

 俺が《ホルンカ》を往復する間、生徒達は少女を街で探し続けていた。そしてその成果は聞かなくても分かる。少女は昨日の時点で街を出ており(引き返している可能性も無くもないが)、見つかるはずが無いのだから。

 だから3人とも暗い顔で現れると思っていたのに、なぜか落ち込んだ様子は無い。それどころか、笑顔に近いのだ。

 

おいおい、まさか―――

 

「俺の方はダメだったよ、フィールドにはいなかった。で、街は…ど、どうだった?」

 

不安を押し殺し平常心を装っての問いかけに、3人は首を横に振った。

 

「見つかりませんでした…西地区は大体回ったのに」

 

「でもまだ街全体の4分の1も探せてないからなぁ。まあもう遅いし、腹も減ったから続きはまた明日にするよ」

 

 いや、もう諦めろよ!と突っ込みながらも、俺はホッと胸をなでおろした。少女に会えてしまったのかと思った。もしそうなら色々秘密がばれてヤバいことになっていた。

 となると、生徒達は一体なぜ嬉しそうな顔をしているのか。そう考え始めた直後、生徒達が自ら理由を語ってくれた。

 

「それより先生、今日道具屋でタダでいいもの見つけたんだよ!」

 

 そう言って、ポーチに手を突っ込む3人。その瞬間、俺の身体を凄まじい悪寒が走り抜けた。

 道具屋、いいもの、そしてタダ。猛烈に嫌な予感がする。

 

 「これ、タダだったんだぜ!しかもこの辺のクエストやモンスターの事とか詳しく書いてあってスゲー便利だし!」

 

 取り出されたものは、やっぱり《フィールド攻略本》だった。

 

 俺はこの本の存在を知った日、生徒の手には絶対渡してはならないとまず思った。これを見たら次に何を言い出すか分かりきっているからだ。

 

「てなわけで、俺もフィールドに探しに行くよ!」

 

「わ、私も行きます!」

 

「私も」

 

 うん、やっぱりね。外の世界を知れば当然興味も湧き、自分の目で確かめたくなるものだ。さっきの笑顔は、新しい世界を知れた喜びだったのだ。

 てか、この事態は想定しておくべきだった。これは販売された当初は高額だったので警戒していなかったが、タダになれば当然生徒の手に届く存在になってしまう。まあ、想定できていたとしても防ぎようが無いが…。

 

「…まずは飯買って宿に戻ろうか」

 

 色々と手や金はかかっても『フィールドに行きたい』とは言い出さなかったのがこいつらの取り柄だったのに…余計な事をしてくれやがる。本の製作者に熱い掌返しを浴びせながら、俺は浮き出し立つ生徒をひとまずなだめて、商店通りに引き連れて行った。

 

「先生」

 

途中で声を掛けてきたのは新入りの子だった。新入りと言ってももう一週間以上経っているが。

 

「な、なんだ?」

 

俺は恐る恐る聞いた。まさか昨日のこと、バレていないよな…。

 

「昨日と同じのが食べたい」

 

そっちか!てか、あのパン気に入ってたのね…。

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