ソードアート・オンライン ~塾講師の剣~   作:バヌケソ

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第5話

 いただきまーすの声が複数響いた後に、テーブル中央のバスケットに置かれた数個の黒パンに次々と手が伸びる。俺も最後に残った一個を手に取って口に運ぶと、水気の無いもさもさした食感と、不味くはないが決して美味しいとも言えない地味な味が口の中に広がる。それをミルクで無理やり喉に流し込む。

 

 余りに味気ないこのパンだが、僅か1コルという非常に良心的な価格とその割にしっかりしたボリュームから、金策に悩むプレイヤーに猛烈に支持される代物でもある。そして、それを2週間も朝飯に採用し続けている俺達は筋金入りの貧乏人ということになるのだろう。

 

 あの時、振りかぶった剣をネペントに素直に振り下ろしていれば、こんなしけたパンではなく、朝からレストランのフルコースを頼めていた。それができなかったのはゲージを赤くしたプレイヤーの救助を優先してしまった結果だが、今思い返してみると花つきを倒してからでも十分に間に合う状況だった。無駄骨もいいとこだ。

 そんな昨日の出来事を事を未練たらしく思い返しながらパンを8割方口に運んだときだった。

 

「よっしゃ先生、さっそくフィールド行こうぜ!」

 

 いち早く食べ終えた男子生徒が目を輝かせながら話しかけてきた。まだ食べ途中の女子生徒たちも反応し、こちらに視線を向ける。

 …ていうかちょっと待て。何で行く事に決まってるんだ。生徒達がフィールドに出たいと言ってきたのが昨日の夜。俺はそれに対して曖昧な返事に終始し、夕飯を食った直後に逃げるように寝床に就いた。だからフィールドに行くなんて間違っても明言していないのに。

 

「ちょっとカズ!」

 

お、突っ込みが!いいぞやれ!

 

「午前中は勉強して、行くのはお昼からって決めてたでしょ!」

 

 そーじゃねーだろ!だから何で行く事前提で話しが進んでんだ!てか、授業まですんのかよ!

 昨日俺が先に寝てしまってから、生徒達は勝手に話を進めてしまっていたらしい。

 

 この流れはまずい。俺のこの世界での業務は、誰かがこの世界を開放するまでこいつらを生かしておく事。街の外に出すのは、その方針に180度反する行為だ。だから、2年半鍛えた俺のティーチャートークで生徒達を上手く説得せねば!

 

 「その件なんだがな。気持ちは分かるが、今の装備でいきなり外に出るのは危険だ。分かってるとは思うが、外は命の保障は無い場所なんだ。あと一週間くらいでみんなの装備を用意するから、それまで待ってくれ」

 

 一応これでもかなり言葉を選んだつもりだ。

 頭ごなしに『ダメだ!』と全否定するのは逆効果。下手に抑え付けると、反発から更に興味を煽ってしまう結果になりかねない。『行かせてあげたいけど、今はちょっとムリ』と希望を残すことで、やんわりと興味を鎮めさせるのが上策だ。

 ちなみに一週間で3人分の装備が用意できるというのは勿論ウソだ。2週間かけて自分一人の装備すら碌に更新できていない俺がそんな事できる訳がない。だがそれも計算の内。その時はまた頭を下げながら「スマン、もうあと一週間かかる」と言えばいい。これで3週間くらいはきっと時間稼ぎできる。

 

「「?」」

 

 しかし生徒達が見せた反応はやや微妙なものだった。納得するでもない、かといって不満顔を見せるでもない。言われた事の意味がよく分からない、といった表情をしているのだ。そしてここで、俺は重大なミスを犯している事に気が付いた。よく考えたら、初期装備のままの俺が『装備が揃ったらね』なんて言ったって説得力が出る訳ないじゃないか。しかし言ってしまったものは仕方ない、押し切らねば!

 

「言っとくけど俺はβテスターだから初期装備のままでも大丈夫なの!お前らとは経験の量が―――」

 

「いや、そうじゃなくてさ」 

 

「…へ?」

 

 生徒は言うや否や右手を振ってメニューを開いた。そして画面を数回タップする。次の瞬間、右手に巨大な戦闘斧、胴には革鎧が出現したではないか。え?何でそんな豪華なものを持っていらっしゃるの?

 悪夢はそれだけでは終わらなかった。女子二人までもが続けて右手を動かし、それぞれの身体に装備を出現させていくではないか。いずれも俺の装備のトータルスペックを上回っている。

 

 そしてあんぐりと口を開いた俺に向かって男子生徒は涼しい顔で言った。「装備ならもう持ってるよ」と。

 

「い、いつの間に…」

 

「えっと、その…初めてログインした日、広場に移転させられる前にもう買っちゃってました」

 

「俺も。まあ今まで使うことほとんど無かったけどな~」

 

「私も」

 

 そういえばコイツらは出会った瞬間から一文無しだった事を今更ながら思い出した。そういう理由だったのかよ…。出会ったときは全員初期装備だったから何も持っていないと思い込んでいたが、単に解除してあっただけのようだ。

 

「てな訳で先生、早くフィールド出ようぜ!」

 

「いや、だが…」

 

塾講師(3年目)の説得材料は早くも底を付いていた。

 

 

* * * *

 

 

「うわ、やっぱフィールドは広ぇな~!」

 

「ほんと…これがゲームの中だなんて信じられない…!」

 

「すごい」

 

 結局連れてきてしまった…。門を潜って草原に足を踏み入れた途端、3人は遠足ようなテンションではしゃぎ出す。呑気なもんだ、ここは《圏外》だというのに。HPがシステムに保護されていない、すなわち死の危険が常に付きまとう場所なのだ。

 ただ生徒達のその姿は、数ヶ月前の時の自分自身と重なった。俺もβテストで初めてフィールドに出たときは年甲斐も無く興奮し、少年のように駆け回ったものだ。

 だが、今は当時と違って命が掛かった状況であり、少なくとも3人の初心者を引き連れて歩いている俺に風景を楽しむ余裕は無い。ここで死なれたりしたら現実世界での俺の人生は真っ暗になってしまうかもしれないのだから。

 

「おい、そろそろ警戒しとけよ。いつモンスターが出てきてもおかしくないんだからな」

 

「平気だって先生、俺にはコイツがあるんだからな!」

 

 そう言って両手斧を誇らしげに振るってみせた黒髪短髪の男子生徒のここでの名は《カズ》。リアルでは野球部レギュラーだったらしいので運動神経には期待できるが、この緊張感の無さから分かるように性格はお調子者かつ無鉄砲。しかも装備しているのが扱いの難しい武器とあって、今日は一番足を引っ張りそうな予感がプンプンだ。

 手に持つアイアン製の戦闘斧は《はじまりの街》のNPC武器屋では最も高価なもので、初日のログイン直後に初期配布のコルのほとんどをこれに注ぎ込んだらしい。知ってれば初日に没収して売り払ってたのに。

 

「ちょっと危ないでしょ!そんなもの振り回さないでよ!」

 

 後ずさりながらカズをどやしつけたのは女子生徒の《エリ》。現実では生徒会書記を務めていたらしい優等生だ。やや神経質な面を持つが、デスゲームとなったこの世界ではそのくらいが丁度いい。

 装備は武器は銅の片手直剣、防具はこれまた銅のブレストプレードで、、攻守のバランスが考えられている。今日一番の活躍を見せるのは恐らくこの生徒だろう。

 

 そして最後尾を無言で歩く女子生徒《マコ》は無言で視線を四方に彷徨わせている。二人より1つ年下のこの生徒と出会って10日は経つが相変わらず寡黙で、まだまだ謎が多い。今も、緊張しているんだかそうでないんだかよく分からない。

 この子の装備は、防具は鎧とバックラーでどちらも革製。武器は俺と同じ《スモールソード》のまま。トータルスペックは3人の中で最も低い。カズ同様、それほど期待はできなさそうだ。

 

「マコ、俺と似たような装備だな」

 

振り向いてそう話しかけると、マコは口を開いた。

 

「最初の日に友達になった人と一緒に選んだ」

 

「へぇ…!」

 

 これは少々驚きだ。無口なこの子がまさか初日から仲間を作っていたとは。生徒二人に拾われるまでずっと一人でいたものと思っていた。というかβ時代から今日まで友人ゼロの俺のコミュニケーション能力はこの子にも劣るということか。

 そしてマコは、その友達は少し年上の男子で、二人でお揃いの装備を買った事までを話してくれたが、話はそこで終わってしまった。その友達はその後どうなったのかが非常に気になるが、話さないということは何らかの悲劇があった可能性が高いと思うので聞けなかった。

 

「まあ、あんまり緊張するなよ。冷静に相手すればこの辺のモンスターは余裕だからな。その装備でも何とかなるよ」

 

「うん、大丈夫」

 

 マコはほんの少し笑顔を見せた。10日前と比べたら表情はかなり豊かになったと思う。一方で寡黙なのは相変わらずで、これは元来の性格だったらしい。

 

「そうそう、どうせ雑魚しか出ないんだから気楽に行こうぜ」

 

「お前は緊張感無さ過ぎんだよ」

 

緊張感の無い会話ができたのはここまでだった。

 

「先生、あれ!」

 

 エリが声を上げた。緊張を多分に含むその声色から俺はエリが何を見たのかを瞬時に察し、鞘の柄に手を掛けながら視線を前方に移す。その予想通り、目に入ったのは地面から湧き出る青白い光。あれはモンスターのポップだ。形から察するに最弱のイノシシ、しかも一匹。初戦としては願ってもない相手。

 

「全員構えろ!」

 

叫ぶと生徒達も次々と武器を手にとって構えた。おしゃべりが瞬時に止んで緊張が走る。

 

「カズ、作戦通り行くぞ。俺がガードしたらすぐ切りかかれ」

 

「お、おう!」

 

そして地面を掻いていたイノシシが力強く地面を蹴り、俺は盾を構えた。

 

「よし、行くぞ!」

 

始めての課外授業が幕を開けた。

 

* * * *

 

 それから街に帰ってきたのは数時間後だった。城門を潜って圏内が表示されると、俺はいつものように大きく息を吐き出しそうになるのを堪えつつ、後ろの生徒達に向き直って声を掛けた。

 

「よし、みんなお疲れ」

 

「お疲れっす!」

「お、お疲れ様です!」

「おつかれ…」

 

 返ってきたのは3人の声。この通り、一人の死者も出さずに帰還する事が出来た。よって、今日の俺は最低限の仕事は出来たと言っていいだろう。だが、いいことばかりでもなかった。

 

「先生、今日はたくさん狩ったし、初陣を祝って酒場でパーッとやろうぜ」

「アホ、お前に使ったポーション代のせいで夕飯は黒パン決定だっつーの」

「えぇ~マジかよ!」

 

 カズはやっぱり足を引っ張った。イノシシは合計で20匹狩れたため最低限の収入は得られたが、カズが何度もHPを減らしてその度にポーションを消費してくれたため、支出も激増。宿代を差し引いた収支はほとんど±0になってしまったのだ。

 

 加えて、みんなで狩った20匹のうちで俺が倒したのはたった3匹。盾役に徹したためほとんど生徒に譲ってしまい、得られた経験値は僅かだった。徒労感が半端無い。

 

 ただここまではまあ想定の範囲内だ。それより驚かされた事がある。狩ったイノシシは計20匹。内俺が3匹、カズが3匹を狩った。残り14匹は、何と期待していなかったマコが全て狩った数なのだ。テスターの俺でも、デスゲーム以降では最初は10匹がやっとだった。よってこの数値はデビュー戦としては驚異的であるといえる。あの装備で達成したのも特筆すべき点だろう。

 人は見かけによらないとは正にこの事で、俺を超える剣捌きでイノシシを次々にポリゴンの欠片に還していく姿は、あのレイピア使いの少女と重なった。この世界は無口な女に特殊な補正でもかかるのだろうか。

 

「あ、あの…」

 

 そんな事を考えてた最中に話しかけてきたのはエリだった。

 

「すみません先生…足引っ張っちゃって…」

 

 頭を下げたエリの表情はセミロングの髪に隠れて見えないが、震えた声から大体察しが付く。 

 今日最も活躍を期待していたエリは、結局討伐数ゼロに終わってしまったのだ。いざ戦闘が始まってみると怖気づいてしまい、イノシシの半径5メートル以内にすら近づけない有り様で攻撃どころではなかった。エリ自身もこの事を気に病んでしまっている。

 ただ実際に足を引っ張っていたのは何度もスイッチを失敗したカズの方で、エリは何もしなかった分迷惑もかからなかったのだが、生真面目な性格な為に責任を必要以上に感じてしまっているようだ。

 

「いやエリ、別にそんな事は…」

 

 参った、掛ける言葉が見つからない。『次頑張ろう』だとプレッシャーになってしまうかもしれないし、『別に気にしていない』だと逆に何も期待していないみたいなニュアンスに捉えられてしまうかも。こういう時、職場の先輩講師ならスッとフォローできるんだろうが…。

 

「そ、そうだってエリ、気にすんなよ。俺だって大して活躍できてないんだからよ」

 

 おぉ、普段は空気を読まないカズがフォローに回るとは珍しい。逆に言えば、エリが醸し出す空気はそれほどまでに重苦しいという事だ。しかしカズの言葉も決定打にはならず。エリは俯いたままだ。そしていよいよいたたまれなくなってきた時、一人のプレイヤーが動いた。

 

 マコだった。エリの横にトトッと近付いて手を伸ばし、エリの手を握り、更に口を開いたのだ。

 

「エリ、大丈夫」

 

 エリは弾かれたように顔を上げ、涙を溜めた目でマコと視線を会わせた。そしてマコはそのまま言葉を続けた。

 

「私が守る」

 

 いつものように小声だったが、俺の耳にもはっきりとその言葉は届いた。

 気が付けば、俺もカズもその光景を目を丸くして見守っていた。驚きだ。自分からは滅多に話しかけないマコがまさかこんな行動を起こすとは思わなかった。

 

「うん、ありがと」

 

 エリがそう返したのは数秒後。表情は笑顔に戻っていた。そして手を繋いだままベーカリーショップに向かって歩き出す二人。

 

 

「……先生」

「……何だ?」

「アイツ、今日スゲーな…」

「…ああ」

 

落ち込む女子に全く無力だった俺たちは、小さな背中にしばらく熱い敬意を払い続けた。




戦闘シーン、やむなくカット。
チーム戦を文章にできなかった…。
あと、やっと名前決めました。
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