ソードアート・オンライン ~塾講師の剣~   作:バヌケソ

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15 06/29 最後修正。


第6話

「おりゃあああぁぁ!!」

 

 カズは大げさな咆哮を草原に轟かせながら、ライトエフェクトをまとった斧を振り下ろす。両手斧単発重縦切り技『スプリンター』はイノシシの脳天に見事にクリティカルヒットし、満タンだったHPだったHPを一撃で吹き飛ばした。

 

「おっしゃあ5匹目!先生、へい!」

 

 相手がポリゴンの欠片となって飛び散るや斧使いは派手なガッツポーズを作り、更にハイタッチまで求めてくる始末。まだ腕に余計な力が入り過ぎだし、そもそも最弱一匹倒したくらいで大げさなんだよ、と内心で毒づきながら、俺はそれに渋々応じた。

 

 正直そんな気分ではない。俺は疲れている。生徒たちをフィールドデビューさせた日から、もう4日連続で狩りに付き合わされているのだから。定期的に付き合わされる覚悟はしていたが、まさか毎日とは・・・。朝起きたら授業、昼は狩り、そして夜はまた授業、一日中心が休まる暇が無くなってしまった。

 

 今思えば、ソロでの狩りは唯一息抜きできる瞬間だった。狩りが楽しかった訳ではないが、一人で過ごせる貴重な時間だったのは確かだ。その聖域は今はこのように見る影も無いが。

 

 しかしカズはこちらの事情などどこ吹く風、テンション上がりっぱなしだ。

 

「いやぁ、俺も相当強くなったよな~、もう先生より上なんじゃね?」

 

 よほど嬉しかったのかそんな事まで言い出す始末。「よく言うわ」いう突っ込みが思わず口から出そうになった。確かにコイツのイノシシ討伐数は日に日に伸びているが、一方で自力で倒したことはまだ一度も無い。俺が攻撃をガードして敵の動きを止めてやらないと攻撃を当てることができないのだ。

 

 ちなみに最初はそんな状況ですら失敗を繰り返した。せっかく発動させたスキルを力んで不発に終わらせてしまったり、発動に成功しても空振りしてイノシシの横の地面を抉ったりと醜態を晒し続けた。両手斧は扱いが難しい武器ではあるが、それを踏まえてもセンスが無いと言わざるを得ない太刀筋だった。

 

 だが、立ち向かえる勇気があるだけカズはまだマシなのかもしれない。足が竦んで何もできなくなってしまい、結果を一つも残せていない者もいるのだから。

 

「ちょっとカズ、何調子乗ってんのよ」

 

 俺が言いたかった事を代わりに言ってくれた一見優等生タイプの片手剣使いが、正にそうなのだ。

 

「ほとんど先生のおかげでしょ、一人じゃまだ一匹も倒せてないじゃない」

「あんだよ、お前なんて攻撃すら一回もできてねぇじゃん」

「い、石でちゃんと援護してるでしょ!それに薬を使ってばっかで赤字のアンタよりマシよ!」

「んだと!」

 

 エリは練習段階ではなかなかの太刀筋を見せるのだが、モンスターを前にすると一気に腰が引け、タゲられると足が竦んで一歩も動けなくなってしまうのだ。これまで成功させた攻撃は投石のみ。

 

 にも関わらず、狩りにはしっかり付いて来る。カズやマコに対する対抗心と、自分だけ貢献できていない危機感及に似た疎外感、その両方に突き動かされているのだろうか。

 

 そして、この二人は昔から仲が悪い。塾でも成績偏差値その他で張り合うことがよくあり、言い争いも多々あった。それはこの世界でも変わっておらず、今さっき始まった言い争いはしばらく収まる気配は無かった。

 

 俺は大きめなため息を付きながら、簡素な直剣を鞘に収めた。その直後。

 

「あの二人、仲良い」

「へ?」

 

 横からそんな小声が聞こえてきて、俺は少し驚いた。小柄な片手剣使いのマコがいつの間にか隣に立っていたのだ。

 

「・・・あれがか?」

「うん」

 

 この生徒は基本的に寡黙だが、たまに口を開いたかと思うとこのように不思議な発言をする。言い争いの真っ最中であるあの二人をどう見れば仲良く見えるのか。

 しかし『いやそんな風には見えないよ』と真っ向から否定するのもアレだから、適当に肯定してお茶を濁そう。そう決めて口を開きかけた時だった。青い光が、ほんの僅かに視界の端を染めた気がした。

 

 反射的にその方向を見ると、目に映ったのは言い争うエリとカズ。その向こう側の地面から、青い光と共にポリゴンが湧き出ているではないか。あれはモンスターがポップするときの現象だ。

 二人と光源との距離は僅か数メートル。二人は全く気付いておらず、このまま放っておけば出現と同時に即攻撃されてしまう。致命傷にはならないものの、味わう恐怖は決して小さいものでは済まないだろう。特にエリはトラウマを負う可能性がある。

 俺はとっさに鞘に納まった剣の柄に手を掛け、叫ぼうとした。

 

「おい!おま…」

 

 しかし言葉は最後まで続かなかった。隣にいたマコが剣を抜きながら駆け出し、カズとエリの間を疾風のように駆け抜けたのだ。

 

「うわ!」

「きゃっ!」

 

 そのまま剣を担ぐように構え、光を帯びた瞬間、実体化したばかりの青い胴体に一閃。イノシシはこちらをタゲるヒマも与えられぬままその一撃で地面を転がって直後に爆散。あまりに短い命を儚く散らせた。

 

 マコはソードスキルの硬直が解けると同時にゆっくりと剣を鞘に収め、こちらに向き直って表情を変えずに口を開いた。

 

「10匹目」

 

 あまりの急展開に、そこの言葉に反応するのに俺たちは数秒の時間を要した。

 

* * *

 

「ったく、どうなってんだよこのゲーム」

 

 狩りの帰り道の草原で、斧使いは頭の後ろで手を組みながらそんな不満を漏らした。計8匹を狩ってこれまでの記録を倍近く更新したカズであったが、達成感よりも不満のほうが大きいようだ。

 

「なんでさぁ、俺の最強の斧とマコのあんな弱そうな剣の攻撃が同じダメージになっちまうんだかな~」

 

 少し離れた場所をエリと並んで歩くマコの、その腰の鞘に収まった簡素な片手直剣を恨めしそうに見ながら、更に愚痴り続ける。

 

「…まあな」

 

 俺もその『弱い剣』の使い手なんだけど・・・という突っ込みを我慢しながら、俺は同意の言葉を返しておいた。カズが不貞腐れる理由は分からなくもないからだ。

 

 両手斧は全武器カテゴリの中でも最高級の攻撃力を誇り、対して片手剣はバランスタイプの武器。両者の攻撃力には本来比較にならないほどの開きがあるはずなのだ。しかし現状では、カズの決して安くない両手斧の一撃が与えるダメージは、マコの片手剣、しかも初期装備のそれにほぼ並ばれてしまっている。理不尽に思えるのもまあ無理は無いだろう。

 

 というか愚痴りたいのは俺の方だ。武器もスキルも全く同じものを使っているのに、俺が与えるダメージはマコの半分程度なのだ。レベルや経験量で上回っていてこのザマであり、才能で完全に負けていると言わざるを得ない。

 

 ソードスキルは、システムアシストによる動作モーションに逆らわないよう上手く力を加えると、威力とスピードをブーストすることができる。ただ難度は高く、力の入れ具合を間違えると不発に終わってしまう。βテストの時は、やり込んだ一部のプレイヤーだけが身に付けた上級者向けテクニックだった。

 マコはそれを使いこなしているのは間違いない。そう考えないとあの攻撃力に説明が付かない。しかし、テスターではなさそうなこの子が一体どうやって・・・。

 

 それと、もう一つ気になる点がある。マコの顔がどこか沈んで見える気がするのだ。カズとエリとの交流で徐々に戻りつつあった瞳の輝きが、少なくとも今日は随分と減ってしまっているような。そういえばさっきもイノシシを狩った後、何ら嬉しそうなリアクションを見せなかった。狩りデビューの日はもう少し表情豊かだったのに。

 

 どちらの問題も、街に戻るまでに答えを出すことはできなかった。城門をくぐった瞬間、生徒たちの興味は早くも夕飯に移っており、俺も意識を切り替えた。これから飯の調達と夜の授業、更に明日の授業の準備がある。まだまだ仕事は終わらないのだ。

 

* * *

 

「っだあぁぁっ、終わったぁっ!」

 

 明日の授業の準備が全て片付いた瞬間、ペンを投げ出しながら、思わず奇声に近い声で叫んでしまった。現実でかましたら間違いなく白い目で見られる行為だが、壁が音をほぼ完全に遮断してくれるこの世界の部屋では何の問題もない。

 

 今日一日の仕事が漸く全て終了した。時刻は現在午前2時。もはや体力は限界だ。机の上を片付けずゾンビのような足取りでベッドに歩み寄り、そのまま身体を投げ出そうとした時。

 

 コンコンと乾いた音が、あまりに無慈悲なタイミングで部屋に響いた。

 

 不自然な体勢で静止した俺は、そのままドアをキッと睨んだ。

 一体誰だ、俺の一日を最後まで邪魔する奴は。そんな届くはずもない念を飛ばしている間にも、ドアは再びコンコンと鳴る。

 

「へ~いへい…」

 

 きっとカズに違いない。奴は以前も夜のフィールドに出たいとか言って夜に押しかけて来た事があったのだ。追い返すセリフを考えながら、俺は気力を振り絞ってドアに向かい。ノブに手を掛けた。

 

「カズか?悪ぃけど明日に・・・」

 

 しかし、ドアを開けた先に立っていたのは予想通りの人物ではなかった。目に入ってきたのは、小柄で華奢な体躯に黒のショートヘアー、鈍く光る瞳。

 

「マコ!?」

 

 あまりに予想外過ぎた。普段寝るのが早く、カズとエリが夜勉を終わらせる前に寝床に入ってしまう事もあるこの生徒がまさかこんな深夜にやって来るとは。

 

「・・・どうした、こんな時間に」

 

 動転していた俺は思わず追い返すのを忘れて、そう聞いてしまった。それに対して帰ってきた答えも最悪だった。

 

「行きたいとこがある」

 

 搾り出すように、マコはそう言った。

 

「い、今から・・・?」

 

 上ずった声でそう聞くと、コクンと頷いた。

 

 俺はドアを全力で閉めそうになる衝動をを懸命に堪えた。相手がある程度気心の知れたカズならともかく、まだ会って間もないこの子に露骨に嫌な態度は取れない。

 それよりも、一体どこに行きたがっているのかを推測しなければ。そういえば少し前、マコはエリのブロンズソードを見て羨ましがっていた時があった。ということは・・・。

 

「武器屋か?こんな夜中にやってる店は無いから明日にしよう、な!」

 

 時間を改めて行ったところで、剣を買う金なんて無いけどね、と心の中で密かに付け加えながら、俺は言い聞かせるようにして話しかけ、ドアノブを握った手をゆっくり引き始めたその直前。

 

「違う」

 

 マコはいつもより少し強い口調でそう言った。そして俯き気味だった顔を上げて視線をこちらに真っ直ぐ向けながら、行き先を告げた。黒鉄宮、と。

 

 ある理由から断りきれず、本当に付き合うハメになった。

 結局寝床に就く頃には3時を回っていた。




やっぱり続きません。
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