正義の味方。彼らは凄まじい。未知のエネルギーを手に入れ、未知の進化を繰り返す。
最近では神に等しい存在と対等に渡り合う者や、中には実際に神になってしまう者も居る。他にも、異星からやってきた正義の味方、異次元や異世界から来た正義の味方も居たりする。つまり、何が言いたいかと言えば――。
「ゴルドラット、身体の崩壊が早いぞ!! 急いで治療室へ運び込め!!」
「戦闘員の搬入はまだか!? こっちは必殺技食らったせいで半ば吹っ飛んでる奴も居るんだぞ!?」
戦闘後の組織内部は修羅場である。
元々はここまで酷く無かった。正義の味方、ヒーローと呼ばれる存在が数少なく、またそれらを生み出す悪の組織も点々と存在していた時代。あの頃は、それこそ週一や二三日に戦闘を行うだけで良かったし、ここまで負傷する者など隊長級や幹部級の者たちだけで、戦闘員は負傷こそすれど命を落とすなんてほとんど無かったし、何よりもヒーローの絶対数が少なかったこともあり、組織側の被害は少なかった。
だが、今は違う。数十年前から爆発的にヒーロー及びそれに準ずる戦闘能力を持った人間が爆発的に増加し、それに比例して小さな悪の組織が結成され、それらとヒーローたちが戦闘を開始するようになった。
悪の組織と正義の味方、双方敵ではあるのだが、これらの間には奇妙な信頼関係と言うべき関係が築かれている。すなわち「○○ならばこうするはず!!」と言ったものである。事実、それによって暗黙の了解とも言えるような戦闘場所の想定などが行われ、悪の組織と正義の味方と言う関係により、人々に悪の恐ろしさと虚しさ、正義の有難味と難しさを伝えることに成功し続けてきた。
だが、現在はその暗黙の了解は破棄されたも同然となっている。当然だ、数が多すぎるのだ。
悪も正義も数が飽和しているせいで、暗黙の了解の意味、正義のあり方と悪のあり方が歪んでいる。それを増長しまったのが、あの事件と、そして一般人から言う【大戦争】だ。
現在、新東京都と言われている場所のすぐ傍、元々東京と呼ばれていた都市で行われた大規模戦闘。町一つが吹き飛ぶという歴史上類を見ない大参事となったその事件は、悪の組織の爆弾のせいとされているが、真相は正義の味方の兵器と悪の組織側の一人の強化人間がぶつかり合った結果起こった大爆発が原因だ。
悪の組織は人が、街が無ければ存在を保てない。正義の味方もまた、敵と言う明確な指標が無ければその力をどうにも扱いきれない。正義と悪は表裏一体。切っても切れぬ関係のはずなのに、今の連中はどいつもこいつも滅べだの滅ぼせだのと、互いを根絶やしにすることしか考えていない。
あの大戦で多くの古参の正義の味方と悪の組織が滅んだ。幸い、家はたった一人の殉職と言う奇跡的な数字で組織を再開させることに成功したのだが、まあそれでも被害は大きかった。
「銀の!! 手が足りん手伝ってくれ!!」
「はいはい、分かりましたよ――っとら!!」
「いででで!? シルバービート様、ちょっと荒くないですか!?」
「そんだけ痛みあんなら元気な証拠。ほら、さっさと行くぞ!」
戦闘員を担いで治療室と、特設テントにせっせと放り込む。
これが、伝説のヒーロー【マスクドファイター一号】を生み出した最古の悪の組織【バース】その大幹部にして、現在第二拠点として絶賛活動中の【バース神山市支部】の時間帯責任者【シルバービート】こと、鴻上学園高等部一年A組、|甲山銀次(こうやまぎんじ)の最近の日常である。
山間にある自然との調和を目的とした町、神山市。
総人口は数千人、そのほとんどがこの町にある日本有数のマンモス校、鴻上学園に通う学生という学園都市という面の強い神山市は、様々なモデルケースの実験場と言う名目の元、山間の田舎街でありながら地方都市に負けない発展を遂げていた。
「じゃあ、これから第ーーいっぱい回、銀の学校生活を監視する会を始める」
「はい!」
そんな神山市の都市部より少し離れた位置に存在している、株式会社アウターヘヴン神山支社。その上階にある第一会議室で、早朝から統一感のない服装の男女が揃ってスクリーンを前にして席に座り、ものものしい雰囲気を放っていた。
「さて、じゃあ今日からまたあいつの学校生活が始まるわけだがーー先週あった出来事を報告!」
「はい!」
白髪が目立つ白衣の老人の言葉を聞いて、鴻上学園の制服を纏った少女が元気よく挙手をする。
「はい、撮影班の烏丸君。どうぞ」
「えーっと、シルバービート様相変わらず不良やっててみんなに怖がられてるんですがーーこれを見てください」
烏丸と呼ばれた少女が手元のボタンを押すと、会議室のスクリーンに画像が写し出される。そこには複数人の金髪、茶髪の男達を地面に沈め満足そうに拳を天に突き上げる黒髪の男ーー甲山銀次その人の姿があった。
「これは三日前の喧嘩の場面を撮影したものです。全員デンプシーロールで沈めていました」
「なぜデンプシーロールを?」
「直前まで古本屋で立ち読みしていましたから、恐らくその影響ですかねー」
「なるほど、いつも通りだな」
シルバービートの戦闘能力はバース本部の中でもトップクラスであり、その戦闘能力の一部は人間の姿でも適用される。その為、いくら喧嘩慣れしている不良であっても、実戦をこなし、更に身体能力も高い銀次の前では子供も同然なのだ。
しかし、今更喧嘩の報告などする意味はないのではないか。会場がそんな空気に包まれ始めたとき、彼女はゆっくりと口を開いた。
「この喧嘩、いつもの火の粉を振り払うものではありません。こちらをご覧ください」
スライドが変わる。一つは先程の喧嘩の結末の画像を遠くからとったものだろう、少し遠くから撮られたその写真には、倒れ伏せる男たちの他に、壁を背に崩れ落ちている少女の姿。
続いて写し出されるのは、ペコペコと頭を下げる少女と、照れ臭そうに頭を掻く銀次の姿。
「ついに! 我らがシルバービート様に春が来たと言うことです!!」
『な、なんだってー!?』
会議室が徐にざわめき出す。皆口々に、まさか、嘘だろ、あの銀次にか、などと言ってその言葉を否定しようとする。
そんな会議室の空気を振り払うように、鋭い音が響く。
「お前たち落ち着くんだ。…烏丸君の報告は事実だろう、が現実でそんなテンプレ的ラブコメのようなことが起こるなどとは考えにくい」
「で、でも凄い格好よかったですよ!? 私、思わずキュンと来ちゃいましたし」
「烏丸君の感情は知らんよ。だから、調べなければなるまい。銀次が語りたがらない学園生活がどうなっているのか。支部の全勢力を使って交遊関係から調べあげるのだ!!」
ニヤリと笑う白衣の男に続くように、オオー! と言う雄叫びが会議室から響き渡る。
バース神山支部は、今日も今日とて平和なのであった。
嗚呼、何か誰かが噂話をしている気がする…。そんな事を思いながら、銀次は屋上で授業をサボっていた。鴻上学園高等部の屋上は一般生徒には解放されていないのだが、銀次はとある裏技を使うことによってこの場所を使用していた。
学校の屋上は錠前と扉の鍵によって厳重に鍵がかけられており、一般生徒はおろか教師ですらあまり近づかない場所だ。しかも、錠前がしっかりかけられているから見回りの教師も屋上にまでは入ってこない。
不良と呼ばれているものの、実際のところは結構真面目に授業を受けている銀次。とは言え、今回ばかりは授業内容が不味かった。
宿泊研修、その班決めである。
不良である自分をクラスメイト全員がよく思っていないし、更に言うなら自分はあまりクラスに馴染めていない。が、宿泊研修と言うのには興味がある。ならば、授業をサボることで教師と一緒に宿泊研修に参加するだけで良いではないか。
うん、思考が見事に屑だな俺。そんなことを考えながら空を眺めていると、屋上の扉が開く音が響く。
「やっぱり、此処に居た」
「何だよ姐――じゃなかった。今は堂上先生だったか」
「うん。今の私は|獅子導莉愛(ししどうりあ)じゃなくて、A組担任の|堂上莉愛(どうじょうりあ)だからね」
「で、その堂上先生がこんなとこに居ても良いのか? まだ授業中だろ?」
獣を思わせるスラリと伸びた四肢。独特な癖っ毛と釣り目がどこか猫を思わせる女教師。堂上莉愛、一年生の国語担当であり、銀二の属する一年三組の担任教師だ。
クスクスと笑う莉愛に対し、首を傾げてそう尋ねる銀次。いくら生徒指導部の教員であっても、担任としての仕事があるならそちらを優先するはずだ。班決めと言っても監督する教師は必要なはずで、なぜ彼女が屋上まで来ているのか。彼女の性格上仕事を放り投げるなんてことはしないはずだが。
「今は班毎の自己紹介タイムに入ってるからねー。葉山先生だけでも問題ないと判断したから」
「そう言うときこそ羽目外さないように担任が見るべきじゃないですかねぇ!?」
葉山先生なら大丈夫大丈夫、と笑う莉愛を見て思わず顔に手を当てる。
|葉山和彦(はやまかずひこ)。今時珍しい熱血教師である彼は、そのノリの良さから教師生徒問わずに人気があり、またその暑苦しい性格と言動も面白い一面として愛されている。ついでに言えば一年三組の副担任でもある。
確かに、彼なら色々濃い自分のクラスの面子を制御することは可能だろうが…。正直な所、ストッパーである担任の莉愛が居ない現状を考えると何か大変なことが起こっている可能性が大きい。というか絶対大変なことになってる気がする。
――やばい、教室に戻りたくなくなってきた。
適当に時間を潰して教室に戻る予定だったが、教室で起こっているであろう何かを想像するとこの時間命一杯使ってサボりを決め込んでやろう。そう考えてしまう銀だったのだが、そんな彼を見て何やら楽しそうに笑う莉愛。
「銀、早めに戻ったほうがいいと思うよ?」
「いや、今更教室戻ってもなぁ…」
「葉山先生言ってたよ? 不良だのと怖がられているけど、あいつの良い所は俺が良く知ってます! あいつがキチンと宿泊研修に来られるように、あいつの良い所を懇切丁寧に説明しながら班決めときますから、堂上先生は探してきてください!! って」
「今すぐ教室戻るぞ!! モタモタすんな!!」
莉愛の言葉を聞いた銀の反応は早かった。
先程までの気怠そうな雰囲気はどこへ行ったのか、恵まれた身体能力を活かした初速から最高速度のスタートダッシュ。屋上の扉を蹴り破りながら全力で教室に向かって必死の形相で走る。
一昔前のテレビドラマの熱血教師のような教師である葉山は、良くも悪くも生徒に真っ向から向き合ってくれる良い先生だ。が、そんな彼であるからこそ銀次の良い所を教えると言ったならば本当にそれをやりかねない。
不良と言う、悪評がたちやすい立場を活用して色々なことを行っている自分からすれば、彼の行動はお節介そのもの。ただそれだけなら構わないのだが、葉山和彦は必要なら必要とあらば俺が関わった何件かの事件など、俺が若さゆえの過ちを繰り返したあんなことやこんなことをバラされかねない。
全力で教室に向かって走る彼の背中を、苦笑しながら莉愛も追いかけるのであった。
廊下を全力で駆け抜けてそのまま教室に飛び込もうとする。
だが、全力で開けた扉が同じ速度で跳ね返ってきたせいで思いっきり足を挟み込んでしまい、その場で転けそうになるが何とか踏ん張って耐える。
「いっ!? …は、葉山ァ! お前なにか言おうとしてねえか!? 事と次第によっちゃ怒るぞ!」
「お、キタキタ。甲山、早く座れ。自己紹介タイム終わるぞ」
若干涙眼になりながらも吠える銀次に震え上がるクラスメイトに対し、はっはっはと笑いながら彼に手招きする葉山。
「ったく、テメェは本当にお節介なんだよ。俺みたいな不良はほっとけよ」
「お前も俺の生徒だからな! クラスに馴染むようにするのは当然だ」
やれやれと首を振りながら席に座る銀次。
だが、ふと視線を巡らせて彼は身体を固まらせた。
――あれぇー、自然に座ったけどこれ不味くねぇか!?
「あ、堂上先生。甲山来ましたよ。早速席に座っちゃって」
「ああ、やっぱり楽しみにしてたんですね。すごい勢いで走ってましたから」
そこぉ!? 誤解を招くようなことを言うな!? などと言えるはずもなく、もはやなにも言わずに座っていることしかできない。だが、このままでは教師二人の策略によりなし崩しにクラスに馴染まなければならない。実際のところ馴染むことなんてとても難しいのだが、この学年は特に人に影響を与えやすい人材がそろっている。無理矢理馴染まされない可能性もある。
どう動く? いっその事何も考えずに逃げの一手か? そこまで銀次が考えたところで、勇気を持って口を開く人物が一人。
「あのー、甲山銀次君ですよね?」
「ああ、そうだけど。一体何のようだ?」
声をかけてきたのは少女。黒髪黒目、顔立ちは可愛らしいがそれは突出した可愛らしさではなく、少し容姿が良い程度。血みどろ事件、二十人病院送りの喧嘩を起こしただのと誇張され、あらゆる人に恐れられている銀次を前にしてもにこやかな笑顔を絶やさない。そんな少女の姿に、知り合いの烏型改造人間の少女の面影を感じて思わず笑顔を引きつらせる。
この少女はきっと、というか絶対ヤバい。突っぱねようと睨みをきかせて何とかしようとしている、そんな彼の表情に気づいていないのか、彼女は手に持ったペンをマイクに見立てて彼に突き出す。
「私、報道部の|皆川葉月(みなかわはづき)と言う者です。さて、甲山さん。早速の質問なのですが――ずばり! 彼女いますか?」
「…お前、不良に対してその質問は無いだろ。普通、病院送りとかの内容について聞くだろ」
病院送りなどの物騒な話題を聞かれるかと思えば、この年頃の女子が好んでいそうな質問に、素で返答してしまう銀次。
だが、そんな彼の言葉にチッチッチと舌を打ち、少女はヤレヤレと首を振る。
「これだから素人は…。分かります? そんなテンプレ染みた質問に何の価値があるんですか?」
「え? いや、そりゃ……ほら、噂になるってことはそれだけ話題になるってことだし、話のタネになるだろ?」
「そんなもの、一過性の物じゃないですか。そんなの、二日三日すれば話が途切れてしまいます。…ですが! ここで貴方のような不良が、家のクラスのアイドルことノゾミンに恋してるとか言いだしたらどうなると思います?」
「…ちょっと葉月!?」
「不良なのにクラスのアイドルにぞっこん……噂含めて数週間は話題になると思いません?」
少女のいうことも尤もかもしれない。確かに、ありきたりな噂話の真相を語ったところで、人々はああそうなんだ。と言った軽いリアクションしかとらないだろう。
だが、ここで札付きの不良が知名度の高い人物に片思いしているなどと言う記事が出たらどうだろうか? 事の真偽はどうあれ、人々は注目するに違いない。もしくはそれが原因で新たな噂話が出来上がり、より話題は広がっていくことだろう。そう考えると、話題を作る報道部としてはより話題になる方を選んで情報を得た方が都合がいい。
「っておいこら!? 不良の俺だけならまだしも、それだと相手と思われる女子に迷惑かかかるだろうが!?」
「無論、匿名にしますよそこは」
「んなもん関係あるか! 人なんざ無責任に噂作り上げるんだから。それを利用して悪さする奴もいるかもしれないだろうが!?」
「なるほどー、それは盲点でした」
「ったく、仮にも報道名乗るんならそこらへんの事も考えろっての…」
まったく、と息を吐いて椅子に身を任せる。
不良と言われるだけならば自分にのみ被害が及ぶし、むしろその立場を利用している身としては都合がいいのだが、流石にそこに必要以上の人を関わらせるなんて言語道断。これだけ言ったらもう話題はフラれないだろう。今度こそ終わりだなと考える銀次とは裏腹に、少女は更に口を開いた。
「なるほどなるほど。甲山銀次は噂程の残虐非道な人物ではないと」
「…はぁ!? ちょっと待て手前!!」
「手前、ではありませんよ? 私には皆川葉月と言うれっきとした名前がですね」
「うるせえよ皆川某!? 何をどうしたらそんな結論に至るんだ!?」
一体何をどうしたらそんな話になるのか理解できないぞと怒鳴る銀次を前に、葉月はニヤニヤと笑いながらそう思った理由を丁寧に説明し始める。
「えーっとですね。普通は話しかけるだけでも怒るものでしょうに、無視もせず私の話を聞こうとしてくれました。それに、私の|荒唐無稽(こうとうむけい)な話を聞いてもしっかり返答してくれましたし、他者への迷惑を考えて反論していました。これだけ分かれば、噂の目が合っただけでフルボッコにされるだの何もしてないのに突然ボコボコにされた挙句の果てにカツアゲもされたと言った話に疑いが持てますよ」
「うぐっ……い、いや、カツアゲとかはしてるかもしれないだろ? 言葉なんて幾らでも取り繕えるぞ」
「自らその可能性を示唆している時点で、私はカツアゲしていませんと言っているようなモノですよ?」
うぐっ。ああいえばこういう…。このままなし崩しに不良の名前を返上しなければならないくなるのか!? そんなことを考える銀次をよそに、葉月は笑いながら続ける。
「まあ、良いですよ。記事にする気はありませんし。同じ班になったから興味があっただけです」
「…ったく、心臓に悪い」
やれやれと椅子に身体を預けようとしてふと気づく。
これ、なんの解決にもなってなくね?