「あ……ああ………」
あまりの衝撃的な光景に、思わずベンチにヘタリ込む少女たち。
ブッチャーズの戦闘員が鉈のような物を振りかざした瞬間、地面に崩れ落ちた。
誰も、強化、改造されているはずの戦闘員でさえ見切れない一撃。気づけば銀次は拳を構えており、崩れ落ちた戦闘員の装甲服には深々と拳の痕が刻み込まれていた。
それを作り出したのは、先程まで少女たちと談笑していた一人の男子生徒。
「て、てめぇ一体何もんだ!?」
状況に着いていけていない戦闘員の一人がありえないと喚く。正義の味方の攻撃を受けきることが出来る装甲服にただの学生が整形不可能なレベルの痕を刻み込むなんて考えられない。しかも、あれだけ鈍い音がしているのだ。衝撃は拡散されること無く内部に殆ど叩き込まれていることだろう。装甲服の中がどうなっているかなんて考えたくもない。
そんな彼らに、銀次はなんてことも無いように笑う。
「只の学校一の不良だ」
「ふざけんなよ!? 俺たちの装甲がぶち抜けるはずねえだろうが!?」
「…あのなあ、どれだけ装甲を厚くしたとしても、一部分を的確かつ最適な力で殴りゃ、これくらいの芸当誰でも出来るっての」
クツクツと笑いながら、彼は呻き声を上げる戦闘員の傍にゆっくりと歩いて行き――迷いなく振り上げた足を振り下ろした。
地面に頭が埋まり、ビクンビクンと身体を震わせた戦闘員は、全身から力が抜けたようにピクリとも動かなくなった。
それを見た戦闘員たちはたまったものではない。常識では考えられない状況、まるで何の躊躇も見せない銀次の、その見下すような、形容しがたい眼光を前に反撃しようなどと言う気は起らず、恐慌状態に陥った戦闘員たちは各々の武器を放り投げ、脱兎の如く逃げ出した。
「ひぃぃいいいい!? 殺される! 殺されちまう!!」
「クク……逃がすと思ってんのかねェあいつらはよぉ」
先程までの、葉月や望と穏やかに会話していた人物と同じと考えられないほどの豹変。だが、別に本人は性格が変わったとか、そう言うわけではない。戦闘時特有の昂揚感とイライラでついつい加虐的な一面が出ているだけであり、彼の思考はどこまでも平時のままである。
銀次はチャットを利用して莉愛に連絡を取ると、ベンチで抱き合っている少女二人に向き直る。
熱に侵されているかのように全身を震わせる望を胸に抱き締め、気丈に銀次を睨み付けるようにする葉月。目は泳いでいるし、歯がガタガタとかみ合っていないのも、望を安心させるようにしているのだろうが、膝ががくがくと震えているのも分かる。
これで葉月や望との関係は終わる。だが、中々貴重な経験をさせてもらった。友人と言うのは悪く無いモノだ。どうにも同世代が居らず、周りが基本年上で固められている銀次からすれば、彼女たちは唯一と言っていい友人であり、戦闘員が襲ってくるまでの時間はとても有意義なものであった。
「学校一の不良は伊達じゃないってこった。アレだ、報道部の記事にしてみるか? 戦闘員をボコボコにする不良! ってよ」
返答はない。まあ、こんな状況で平然としている自分が異常なのだ。
しかし、と銀次は葉月にしがみついて震える望を見る。あまり調べたくは無かったのだが、班員たちの過去を粗方洗いだしたとき、望は過去に組織と正義の味方の戦いに幾度か巻き込まれており、それがトラウマになっているという話が出てきたのだが、ここまで深刻とは思っていなかった。
これは本当に申し訳ないことをしたな、と表情を歪めるも今更後悔しても仕方のないことだ。
「銀――甲山君!!」
「堂上先生」
彼の後ろから駆け寄るのは、堂上莉愛。地面に埋まっている戦闘員とベンチで震える少女たちを見て大体の状況を察したらしく、迷わず二人の方へと向かっていく。
頼りになる年上の教師の登場で緊張の糸が緩んだのだろう。響き渡る泣き声に胸を抉られる。
Ag《二人を頼むぞ》
Lion《どうするつもり?》
Ag《ちょっと、八つ当たりをな》
その為にも最新の情報を得なければならない。本部への通信、莉愛との情報交換で現在の状況をほぼすべて把握した銀次。
もはや躊躇う理由はない。逃げ出した戦闘員も、未だ戦闘中どころか押されていて尚且つ学生が数名巻き添え喰らっているらしい五人隊と首領なる存在も、全てを捻じ伏せ、粉砕してくれよう。理由は八つ当たりだ。組織の考えとしては良くないが、個人的な理由としては中々理不尽且つ悪者らしい考えではないだろうか。
「…こ、こうやまくん」
風にかき消されそうな弱弱しい声。振り返れば、顔を見るに堪えない、痛々しい望の姿。
「どこいくの」
「ちょっと戦闘員潰してくらぁ」
「あぶないよ。みんなでにげよう? ね?」
力のない弱弱しい声。目に力は無く、今の彼女の精神状態を考えると何と、何と健気なことだろうか。自分を律するのだけでも精一杯だというのに、それでもなお、目の前で恐ろしい光景を見せつけた不良の身を案じてくれているのだ。
「馬鹿言うな。俺はやられっぱなしは気に食わねえんだよ。安心しろ、俺は強いからな」
安心させるように笑いかけ、走りだす。
銀次の所属する組織、バースの表立った最終目標は世界征服。その為には侵略行動も大切だが、征服する際の町の人材と言うものも重要となる。
鴻上学園の生徒たちは中々優秀な者が多い。銀次個人からすれば、班員となった流星、謙一、御幸、葉月、望はその中でも特に目に掛ける人材だ。
そんな優秀な人材が傷ついているのを黙って見過ごすのが組織の利益につながるだろうか? いや、つながるはずが無い。原因がどうあれ、これはバースに対する侵略行為。ならばとる行動は一つ。
頭で小難しい理屈をこねているが、銀次の中に在るのは、気に食わない、彼女が泣いているのが、苦しんでいるのが嫌だ。宿泊研修台無しと言うのが理由。
つまるところ、彼はただ状況が気に食わないだけだ。だから彼は鎧を纏う。バース大幹部の鎧。強化人間甲山銀次と言う存在へ昇華するための鎧を。
眩い光が森の中で生じ、そこから銀色の影が飛び出した。
※※※※※
「ぐわああああああ!?」
「ブルー!?」
五人戦隊、ファイブレイブは苦戦を強いられていた。
彼らの前に立ちふさがるのは、この近辺の街を手中に収めんと活動する悪の組織の首領、ブッチャーズを生み出した存在である。
「ぐふふ、その程度かファイブレイブよ」
「く、くそ!!」
ブッチャーズ首領、ワイルド・シュヴァインは巨大な猪のような改造人間だ。
その一見ブヨブヨに見える身体は、実は柔軟性に富んだ筋肉の集合体であり、時に柔らかく、時に鋼にも勝る強固な肉体に変化させることで、ファイブレイブの攻撃を悉く躱していたのだ。
しかも、筋肉の塊から繰り出される一撃はファイブレイブの武器を一瞬で粉砕し、彼らを次々と戦闘不能に陥らせていた。
「流星君、ど、どうすればいいの!?」
「くっ…」
また、その場に居るのは彼らだけではなかった。
流星、謙一、御幸と、その友人たちもまた戦闘に巻き込まれていた。
彼らの周りには戦闘員。こういう荒事になれているらしい謙一と、過去のトラウマによって使用できないものの、特殊な力をその身に持った流星の力によって何とか友人たちに被害が出ないようにしているのだった。
万が一、人質にされてしまっては五人戦隊が劣勢になってしまう。少しでも自分たちが生き残れるようにと言う抵抗だったのだが、次々と地面に倒れていく五人戦隊の戦士たちを見て、その気持ちも少しずつ失われて言っているようだ。今、不思議な動きで戦闘員を投げ飛ばしている御幸と、力任せに対処している流星、スマートな動きで的確に打撃を与える謙一を覗けば、数名の男女はもはやこの世の終わりだと言わんばかりに頭を抱えて蹲っている。
「せいッ!!」
「でぇい!!」
戦闘員に直接攻撃されてしまってはこちらもどうなるか分からない。攻撃が完全に終わるよりも先に相手を投げる。
これで何回目か。いくら投げ飛ばそうが、蹴り飛ばそうが、強化人間である戦闘員たちにとって只の学生である彼らの攻撃は、ほとんどがダメージになんてなっていない。これではじり貧、いずれは体力が尽きて自分たちがやられてしまう。
「きゃっ!?」
「如月!?」
悲鳴に視線をそちらへ向ける。体勢を崩す如月、そちらに救援に向かうか、一瞬の迷いが彼の背後に影を生んだ。
「流星!! 後ろだ!!」
「ッ!?」
そこには手に持った剣のような武器を振りかざす戦闘員がある。今からでは防御は間に合わない。まして、避けることなんてできない。
あの力を使うことができれば…そうすればこの状況を打破することができるのに!! そんなことを考えても今の彼はそれを使うことが出来ない。だから彼に出来るのは、最後の抵抗とばかりに己の腕を交差させて剣が振り下ろされるのを待つこと。せめて意志だけは負けたくないと、気丈に相手を見据える流星。
そして、彼に向かって剣が無慈悲に振り下ろされ――
「ぉおおおおおお!!」
銀色の腕が戦闘員の首をつかむ。それが見えた次の瞬間には戦闘員が目の前から姿を消した。
「うわっ!?」
謙一の声にそちらを見る。気づけば先程まであれだけいた戦闘員がほとんど地面に倒れ伏せ、そして御幸に襲い掛かっていた戦闘員は、遠くで他の戦闘員と共に折り重なって倒れていた。
世界が固まる。誰もが信じられないような目をして、一点を見つめていた。
西洋の鎧を近未来的なデザインに変えたような、それでいて生命力を感じる有機的なデザインの銀色の鎧。右腕には前腕部にかけてグリップされた、二本角の甲虫のような武器が装備されていた。
巨大な二本の角の意匠が力強い頭部。全体的にヒロイックなイメージの鎧だが、関節や肩に取り付けられた棘や角、何より兜の鋭い目つきが、決して只のヒーローでは無いことをうかがわせる。
何より、その姿に妙なデジャヴを感じる。それは、子供のころに出会ったことがある。虫の中でも一位、二位を争うとされる一匹の甲虫。
「クワガタムシ?」
誰かがつぶやいた。と、今まで頭を抱えていた眼鏡の男子生徒がクワガタムシの戦士を見て、興奮したように吠えた。
「し、し、シルバービート!?」
「シルバービート?」
シルバービート、それがあの戦士の名前なのか。敵か味方か分からないため、警戒しながら級友たちの元に戻った流星が、眼鏡の生徒に尋ねる。
「大戦争から暫くして台頭した、バースの戦士です! バース大将軍、ゴルドビートと似たデザインから関係性が示唆される、現在数居る悪の怪人の中でもトップクラスの戦闘能力を持った、大幹部ですよ!!」
「バース、大幹部…」
悪の秘密結社バース、その名は有名だ。史上初の正義の味方、マスクドファイターを開発したとされる最古参の悪の組織。子供が言うことを聞かない時は「バースの怪人が来るぞ?」と脅すのが常識だったという時代があったほどの知名度と圧倒的な力を誇る悪の組織の名前。
その大幹部がこんな場所に、しかも悪の組織と正義の味方の戦いに介入してくるなんて…。
彼らに更なる絶望が降り注ぐ。と、シルバービートが学生たちの方を向いた。
「そこの眼鏡の」
「は、はいぃ!?」
低い男性の声。指名されて大慌てで返事を返す。相手の機嫌を損ねたらすぐにでも殺されてしまう、そんな恐怖が彼を支配する、のだが、
「そう固くなるな。別に取って食おうというわけではない」
「へ?」
「良く知っている。そういうのが好きなのか?」
親しげに話しかけてくる大幹部に、空気が凍り付く。誰が考えるだろうか? 大幹部とあろう者が一般人の、それも一学生に話しかけるなど。
「え? は、はい! 僕、正義の味方研究会に所属してて、正義の味方とか悪の怪人とかは一通り調べてるんです!」
「ほう、部活動か。だが、そういうことを調べるにも資料は少ないだろう? どうやって情報を強いれているんだ?」
「月刊正義の味方とか、雑誌がありますし、怪人を専門としたサイトなんかもありますから、そこで調べてるんです!」
「なるほど。…知るというのは良いことだ。これからも精進しろよ?」
「は、はい!!」
大幹部に褒められた!? 全く状況に着いていけていない他の者たちなど気にせず、シルバービートはとても気怠そうにブッチャーズ首領、ワイルド・シュヴァインの方へと向く。
「ワイルド・シュヴァインよ。俺が、バース大幹部シルバービートがこの場に着た意味が分かるか?」
彼の問いかけに、ワイルド・シュヴァインは大きな口を開け、笑いながら言う。
「ブレイブファイブを倒すためだろう? この、ブッチャーズを新たな組織として迎え入れる為になぁ!」
ワイルド・シュヴァインは、自信があった。自分がどんな改造人間よりも強い自信が。どんな正義の味方よりも強い自信が。なにより、自分の組織は強く、バースにすら勝とすら思っていた。
だから、自分に媚を売るために現れたのだろう。そんなことを本気で考えているワイルド・シュヴァイン。そのことを察したのか、シルバービートは頭が痛いと言わんばかりに額に手を当てるとやれやれと首を振った。
「これだからお山の大将を気取る豚は…」
「なにぃ!! 貴様、ふざけるなよ!!」
シルバービートの溜息に、青筋をたてながらワイルド・シュヴァインが吠える。
だが、そんな彼の威嚇などそよ風にも劣ると、シルバービートは全く怯む様子すら見せずにゆっくりとワイルド・シュヴァインに向かって歩き出す。
「誰があんな新入りの小童を殺す必要があるのだ? 俺が滅ぼすのは貴様らブッチャーズだ」
「な、何!? 俺たちを滅ぼすだと!? ふざけているのか!!」
ワイルド・シュヴァインの雄叫びなどどこ吹く風。シルバービートは話をつづける。
「現在、我らバースは神山市に侵攻を開始している」
「何だと?」
「神山市は鴻上学園と言う教育機関を中核として発展した学園都市だ。そして、鴻上学園の学生は中々良い素質を持つ者が多い。分かるか? バースにとって鴻上学園の生徒は今後必要不可欠な存在であり、それの命を脅かすということは、即ちバースへの侵略行為であるということだ」
バースが神山市を侵略していると言うのも驚きだが、何よりもシルバービートの言葉が衝撃的だった。
悪の組織同士が潰し合う、それは初めて聞くものからすれば考えられないことだった。
「さあ、ゆくぞ!」
シルバービートが大地を蹴り加速する。堅牢そうな鎧の印象とは裏腹にその動きは野獣めいて素早い。
一息で懐に飛び込むと、ワイルド・シュヴァインの土手っ腹に左の拳を叩き込んだ。鈍い音が響き渡り、お互い硬直する。
「…ぐ、ぐふふ。その程度かぁ、大幹部さんよぉ」
「何!? くっ」
ニヤリと笑うワイルド・シュヴァイン。ダメージがないのか!? 驚愕しながらもシルバービートは動くのをやめない。
拳が唸り、足が翔ぶ。目にも止まらぬ連続攻撃を行ってなお、ワイルド・シュヴァインには一切のダメージが通らない。
「そぉらあ!」
「ぐおおお!?」
いい加減鬱陶しくなったのだろう。一度距離をとろうとしたシルバービートにお得意の突進を叩き込む。
巨体によって、木の葉のように空高く打ち上げられたシルバービートは、そのまま地面に激突。大きな土煙を発生させる。
「ぐふふふ。なぁにが、バース大幹部だ! 弱い、弱すぎるぞぉ! これなら、ブッチャーズの台頭も近いなぁ!」
シルバービートの退場に、学生の一人が眼鏡の学生に怒鳴り声をあげる。
「お、お前! 何が強いだよ!? 簡単にやられちまったじゃねえかよお!!」
「い、いや、そんなはずない! あれくらいでやられるなんて」
彼らの言葉に、流星たちも思わず膝をつく。生き残る時間が延びると考えていたのに、そんなことも許されない。今度こそ終わった。だが、この状況でも御幸は一人立ち、土煙のなかをじっと見つめていた。
「どうしたんだよ、如月」
「…あの程度で終わるほどあの男は柔じゃないよ」
「何だって?」
「あいつ、わざと吹き飛んだ。拳や足にだって全然力が入ってない」
御幸の言葉を聞いて、皆が土煙の方を向く。未だ高笑いするワイルド・シュヴァイン。そんな彼に、土煙の中から声が投げ掛けられる。
「所詮はこんなもの、と言ったところか」
「何? …ば、馬鹿な。確実に当てたはずだ…」
肩や腰などについた土や埃を落とすように、ガシャガシャと叩きながら姿を現すシルバービート。
その鎧に傷のようなものは一切見られず、内部にもダメージは無いようだ。なんと言う頑強さなのだろうか。
「あの程度毛ほども効かん。それとも、あの程度でバース大幹部に勝てるとでも思っていたのか?」
「ぐ、ぐぐぐ」
「随分となめられたものだ……。身の程を弁えてもらおう!」
シルバービートの声と共に大地が破ぜる。土煙が尾を引き、ヒュッと言う風切り音が鳴ったかと思えば、その時には既にシルバービートはワイルド・シュヴァインの懐の中。
再度神速の左が唸る。突き刺さる掌。衝撃がワイルド・シュヴァインの身体を波立たせ、後ろへと突き抜けていく。
「ぐ、ぐふ…」
「図体に頼りすぎだ。それでは勝つものも勝てんぞ」
地面に崩れ落ちるワイルド・シュヴァイン。それを見て、学生が叫んだ。
俺たちは生きて帰れるんだ! 次々と起こる歓喜の声、だが、流星と健一、そしてファイブレイブの戦士達は油断なく構えていた。
そんな彼らの元に、鈍いエンジン音が聞こえてくる。
今度はなんだ? 彼らが見たのは、土を抉って現れる数台の武装トレーラー。その側面に描かれるのは、剣を模したバースの紋章。
学生たちの近くで停車したトレーラーから次々と降りてくる、強化服姿の戦士たち。バースの戦闘員だ。
一体何が始まるんだ。警戒して成り行きを見守る中、隊長格と思われる獅子型の改造人間とシルバービートが話始める。
「来たか。遅いぞお前たち」
「そうは言うがな、あんたが急に飛び出したから俺ら遅れたんだからな? 銀の大将」
「…すまん」
どうやら、この一件はシルバービートの独断専行だったようだ。素直に謝るシルバービートに、獅子型の改造人間が笑う。
「ま、大幹部の癖に鉄砲玉なあんただから、俺らは良いんだけどよ」
「…それは誉めているのか?」
「まあ、良いじゃない。さ、とっととこいつら回収して帰ろうぜ」
「…よし、戦闘員ども! 作業に取りかかれ!」
シルバービートの言葉によって、バース戦闘員たちがブッチャーズの戦闘員や、散乱した武器、ワイルド・シュヴァインをトレーラーに乗せていく。
「何をしているんだ!」
「ん? 貴様は確か」
「ファイブレイブ隊長、ファイブレッド! バース大幹部シルバービート。貴様は何を企んでいる! ことと次第によっては、俺たちが相手になる!」
戦闘により傷だらけになった強化服で、レッドが吠える。
そんな彼を見て、シルバービートは背中を向けつつ言った。
「彼らの事は良いのか?」
「彼ら、だと? …学生たちか」
「俺に喧嘩を売る暇があったら、彼らを保護することを優先しろ。貴様らは正義の五人戦隊なのだろう?」
確かに、作業を終わらせて撤収作業を既に開始しているバース。回収のみの指示から考えて、戦闘をするつもりは無いようだが、各々がしっかりと武器を持っていると言うことは、必要ならば戦闘も可能と言うこと。
既に戦う力が残されていないファイブレイブと、数に勝る戦闘員たちに、大幹部と隊長格の改造人間。結果は目に見えている。
くそっ、地面を叩くレッドに、シルバービートが声をかけた。
「ああそうだ。貴様ら、まだデビューして間もないのだろう?」
「だからどうした…」
「強くなれ。正しく義を貫けるほどに。それが出来たなら相手をしてやろうではないか」
それだけを言って、彼らは去っていった。
後に残されたのは、所々抉れた広場と、地面に倒れる五人戦隊の戦士たち。
学生たちは、五人戦隊で無事だったレッドとグリーンに無事保護さた。疲労こそ残っていたが、学生たちに怪我はなく、組織の首領が出てくると言う最悪の状況に関わらずその被害は無いに等しいものであった。
※※※※※※※
「望! 大丈夫だったか?」
保護された生徒たちは一足先に学校へと戻り、戦闘を行った流星、謙一、御幸。そして、トラウマによって不安定になっていた望とその付き添いの葉月は、クラスメイトとは別の車で帰宅することとなった。
奇しくも班員が再度集まった形である。
帰りの準備が整うまで部屋で待たされることとなった一同。その中で流星は望に声をかけた。
「うん。今は落ち着いてるよ。…でも」
望が部屋を見る。ホワイトボードのある部屋で、円形のテーブルに備え付けられた椅子は――六つ。
そこに座るのは、恐らくこの部屋には居ない男。心配ないと自分に笑いかけ、森の中に消えた学校一の不良。
戦闘が終わって数時間が経過しているが、甲山銀次が森に入ってどうなったかは一切知らされていない。
「大丈夫だって、あいつのことだから遅刻してるだけだろ?」
「…そう。あいつは遅れてるだけ」
御幸と謙一が励ますように言う。だが、彼らだってソレを想像することは難しくない。そのせいか、二人の表情は固い。
そんな暗い雰囲気のなか、顔を伏せていた葉月が初めて口を開いた。
「ノゾミン」
「なんだい?」
「戦闘員を一撃で沈める奴が、居なくなると思いますか?」
あの時の彼の壮絶な変貌の仕方は、たとえトラウマを再発して前後不覚となっていても分かるほどに恐ろしいものであった。
それほど恐ろしいものがあの程度の戦闘員にやられてしまうだろうか? それに、彼は言ったはずだ。安心しろと。
ならば、自分達は彼の無事を信じて待つことにしよう。そう思った時、扉がノックさる。
「皆大丈夫?」
「あ…先生」
一瞬銀次かと考えた望は落胆を隠せずにいた。
そんな望の様子に気づいたのか、部屋に入ってきた莉愛は、一度扉を閉めると悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべて班員たちに告げる。
「さて、学校に帰る車の準備が出来た、のですがぁ」
「ですが?」
「皆に重要な話がありまーす!」
「なんですか? 重要って」
テンションの高い莉愛に、僅かばかりの苛立ちを込めて望が言う。
他の面々も、こんなときにテンション上げてないでくださいといった表情で莉愛を見る。
――うわぁ、あの子この子達に何したのよ…。と言うか、何で早く入ってこないの!?
「そうですねー。では、それは見てからのお楽しみ。さあ、どうぞ!」
莉愛が冷や汗をかきながら大袈裟に扉に手を向ける。だが、何も起こらない。
「どうぞ! ……」
再度莉愛が言う。だが、何も起こらない。
「あ、あの、先生どうかされましたか?」
「………ちょっと出てくるわね。皆そのまま」
流星の言葉に、にっこりと笑った莉愛が部屋を出ていき――瞬間、炸裂音と共に大声での言い合いが始まった。
『バカ! 何で入ってこないのよ!!』
『あんだけ怖がらせといて今更顔会わせられるかよ!? それに何か空気がシリアスで無理だって!!』
『うっさい! さっさと行きなさいよヘタレ!!』
『うるせえんだよ! 旦那を閉め出ししたくせに!』
『なっ!? なんでそれを!』
『誠さんに言われたんだよ。てか、あの日俺誠さん泊めたし』
『し、仕方ないじゃん! 誠さんキャバクラ行ってたんだよ!?』
『会社の付き合いだろ? それくらい許してやれよ!』
『やっぱ普通の女の子の方が良いんじゃないかとか思うじゃない!』
扉一枚隔てた場所で、こいつらは何を言い合ってるんだ…。同じ学校の担任と、恐らく皆が思う男の声に、思わず頭を抱える面々。
再度ドタバタと音が響いたかと思うと、今度こそ扉が開き、服が乱れ、荒い息を吐く莉愛が入ってきた。
「はぁ、こん、どこそ。ほら、入ってきなさい」
彼女の言葉と共に扉が開き、頬や腕にガーゼをつけた銀次が入ってくる。
彼は何かを言うことなくゆっくりと葉月と望のところに歩いていく。それは奇しくも、昼間の戦闘のときと同じような構図だった。
お互いに無言。どう動けばいいのか、気まずいながらも銀次が口を開いた。
「えーっと、アレだ、心配ないって言ったろ俺。…でも、色々ごめんな」
それは果たして何に対する謝罪なのか。こういうときに真っ先に絡むであろう葉月の様子をうかがう。
今までに無い警戒と恐れ。自己紹介のときには理解できなかった銀次の危険性に、ようやく気付いたのだろうか。彼女の様子に望が息を吐く。
「ボクは、まだ大丈夫だけど…」
「あー、安心しろ。二度とお前らに近付かないから、な?」
やはりこうなるか。いくら人間の姿をしていても、銀次は強化人間。戦闘員と真っ正面から殴り勝てる時点で、力を持たない少女からすれば恐怖の対象だ。
苦笑する銀次に、葉月が声を震わせながらも口を開く。
「…別に、そう言うのを望んでなんかいませんよ」
「へ? いや、だって怖いだろ?」
「個人的な感情に流されて、報道部のホープが名乗れますか。…とは言え、ちょっと判断する時間が欲しいです」
「…分かった。決心ついたら言ってくれよ」
言いたかったのはこれだけだ。銀次は二人と話すとさっさと部屋を出ていこうとする。そんな彼を流星が引き留めた。
「ちょっ、どこへ行くのさ」
「単独行動のせいでお叱り受けてこなきゃなんねえんだ。つうわけで、皆達者でな」
片手をヒラヒラと動かして、彼は部屋を出ていく。
このあと、彼ら五人は大型車に乗せられて施設を後にした。
これから暫く、新興の悪の組織ブッチャーズのことやファイブレイブ。何よりも、バースという組織とその大幹部であるシルバービートに関する話題が学校で広がりを見せるが、それも何週間かすれば消えて無くなり、甲山銀次という少年もまた、授業は真面目に受けて、それ以外は基本屋上などで時間を潰すという生活に戻っていく。
ほんの少しだけの間当たり前だった騒がしい日常に思いを馳せつつ、銀次は空を見上げて寒そうに身震いするのであった。
※※※※※※※※※※
「はぁ……」
あの宿泊研修事件より早一週間とちょっと。高等部一学年を巻き込んだ事件の騒ぎは終息を迎え、皆が前と同じような生活に戻っていた。
そんな中、雪原望は自宅のベッドの上で大きな溜め息を吐いた。彼女の溜息の原因は、同じクラスのクラスメイトであり、同時に入学当初に流血事件を引き起こした学校最強の不良。高等部三年生含め、近場の不良を相手に一人で大立ち回りを演じ、ほぼ無傷で全員を病院送りにしたとも言われている、そんな少年。
宿泊研修で同じ班となったときは、表面にこそ出さなかったものの内心驚きと恐れで一杯だった。
それは、彼女の親友である葉月も同じ、だったのだが班員となった彼は、噂のような人物とは思えない、少し変わった普通の男の子だった。
「あれから全然話せないなー」
この部屋唯一と言って良い雑貨である、カブトロード社製のぬいぐるみ、大きな一本角と、二本角が特徴のマスコット、キンカブくんとギンクワくんを胸に抱き締めて彼女は思いを馳せる。
宿泊研修の朝見た、彼の真剣な表情。葉月とワイワイと騒ぐ時の嬉しそうな笑顔。
だが、あの事件のときに自分達の前で戦闘員を地面に沈めてからは、彼と全く関わらなくなった。
葉月も今では落ち着き、再度インタビューをと考えているらしいが、あの時の反応もあってか、彼から避けられているらしい。否、避けられていると言うか、授業が終わると同時に教室から居なくなり、先生が教室に入ってくる数秒前に人知れず席に座る彼を捕らえることができない。避けられているなんて生易しいものではなかった。
流星たちにはこのことは話していないが、彼らも何か対策を考えているはずだ。
「よし、何とかしちゃおう!」
彼は案外押しに弱い所がある。堂上先生や葉月との話を聞いていたら良くわかる。
ならばやりようはある。それから望は、久しぶりに睡眠時間を削りながら、彼を捕らえる戦術を考えるのであった。
※※※※※※※※※※※※
次の日、いつものように平和な日々が始まると思われていたのだが、担任の莉愛が爆弾を投下した。
「このクラス、クラス委員決めてなかったから、今から決めるよ!」
急がないと私怒られちゃうから早くするように! と言われて、おいおいと苦笑を漏らしてしまう生徒たち。
この学校の高等部では、小学校や中学校のような委員はないものの、行事毎の各クラスへの伝達などの仕事を勤める、それがクラス委員である。
どうやら莉愛が委員決めを忘れていたらしく、このホームルームの時間内で決めなければならないらしい。
だが、そこは堂上莉愛が担任を勤めるクラス。このような緊急事態であっても動きは迅速だった。
『御幸の姉御、お願いします』
「…だろうと思った」
流れるように頭を下げる男子達の姿に、やれやれと首を振りながら御幸が前に出る。
あの事件以来、御幸はクラスでも一目置かれる人物となっていた。目元は髪で隠れているし、無口だけど逆にそれが迫力となっているらしかった。
女子からも文句は出ない。何となく、望は近くの女子に聞いてみた。
「ボクがやらなくて良いのかい?」
「あまり目立つ人ばかりに任せるのもあれですし、それに望さんはクラスの共有財産ですから!」
眩い笑顔と共にそう語られて、思わず表情をひきつらせながら、そっか、と曖昧に頷く望。
中学校までは目立つ、頭が良いと言う理由でクラス委員をやらされていたものだが、どうやら高校は色々勝手が違うらしい。
莉愛も頷いてプリントに記入する。さあ、次は男子だ。クラスが委員を決めるために動こうとした時、莉愛が言った。
「あ、甲山君クラス委員ね」
「………おい、ちょっと待てよ」
自分には関係ないなと考えて、窓の外を眺めていた銀次は莉愛の言葉を少しの間理解できなかったが、理解した瞬間に立ち上がり、彼女を睨み付けた。
「なぜそうなる。こういうのはクラスの総意で決めるべきだろうが」
「うーん、そうなんだけどねぇ。皆はどうかなー?」
ざわつくクラスメイトたちに、莉愛が呼び掛ける。
一瞬静まり返る教室。口々に「いや、ダメだろ」「でも、研修の時に女の子助けてたらしいよ?」「でも、怖いし」「良いんじゃね? 誰でも」「いや、さすがにあれは駄目だろう」などと言いながら再度ざわめきを取り戻す教室だが、一つ確実に言えることは、銀次の他薦はあまり喜ばれないと言うことだ。
ほーら、と何処か自慢するように莉愛の方を向く銀次。
「こういうのは、流星辺りがするべきなんだよ」
「え? 僕が!?」
「それか謙一。どちらも人望があるし、他のクラスからのウケも良い。クラス委員が、これからのクラスに重要な案件を持ってくるのが仕事ならなおのことだ」
「そこは、アレだよ。甲山君の迫力でなんとか」
「それこそ問題じゃねえか。…さあ、と言うわけで俺は流星と謙一を推薦させてもらうぞ。あとはそっちで好きにしてくれ」
早々に切り上げると、俺はもう関係ないなと言わんばかりに机に突っ伏す銀次。
彼の言葉に皆が納得し、莉愛がやってくれたわねと唇を噛み締める。じゃあ、天川か滝のどちらかを委員にするか決めよう。そう盛り上がりかける彼らに対して、二人がとても申し訳なさそうにしながら言った。
「ごめん、俺部活あっから難しいんだ…」
「僕も家の手伝いがね」
母子家庭の流星、サッカー部の注目株である謙一。確かに、二人の事情を考えるのであればここでクラス委員にするのは難しい。
クラス全員が考える。クラス委員、どう考えても面倒な響きだ。それに、自分達では上手く働けるか分からない。そうなってくると、やはり莉愛の推薦のように銀次にクラス委員をさせるのが適任ではないだろうか?
クラスの視線がチラチラと彼の方へと向けられる。これ以上引き伸ばしたところで、答えは変わらないだろう。やれやれとため息を吐くと、銀次は席を立つ。
「しゃーねえ、やるよ、やってやるよ。だけどなぁ、やるからには従ってもらうからな? 有無は言わさねえぞ」
少し脅しもかねてそう言うと、クラスメイトたちは露骨に目を逸らす。席に座り直しつつ、まあ、これだけ言っておけば十分だろうと考える。
しかし、こうなるとバースでの活動が難しくなってくるなぁ…そう考えていると、ふと視線を感じた。が、それに敵意は感じないものの、どこかねっとりとした心の奥底まで覗かれているような感覚。
努めて冷静さを装いながら視線の主を探し――斜め前、闇の間から爛々と赤色の瞳を煌めかせる少女、御幸だ。
その瞳に何やら得体の知れないものの存在を感じて彼は彼女の瞳をじっと見つめる。
――クラス委員、話あるから。
彼女の口がゆっくりと動く。なるほど、今日の放課後にクラス委員で仕事の話などをする、もしくは他クラス含めた会議があると。そのタイミングで語ってくれるらしい。
葉月、望、流星、謙一、そして今回の御幸。どうやら同じ班となった縁はそうそう切れる訳ではなく、むしろ更に奇妙に絡み合おうとしているらしい。…なんて質が悪いんだろうか、内心楽しみにしながらも、少し自らの運命に辟易しながらも、彼は放課後を待つのであった。
二人の姿を見て、複雑そうな表情を浮かべる人物の存在に気づかずに。
それから時は過ぎて放課後。夕焼けに染まる教室で、血のように赤い瞳を輝かせた御幸が言った。
「私、覚妖怪なのよね」
「…なにそれ怖い」
「それはこっちの台詞よ? 悪の秘密結社バース、その大幹部である強化人間シルバービートにして、バース大将軍ゴールドビートの義理の息子、甲山銀次君?」
いつかバースが学校潜入任務を始めるのならば、その時は心が読めないような装備を開発してもらおう。そう胸に固く誓う銀次であった。