悪の大幹部の日常   作:特撮仮面

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妖怪少女と大幹部!-1

「妖怪の極道、ね」

 

 神山市市街地、その路地に存在する古ぼけた昔ながらの一軒家に、甲山銀次は住んでいた。

 大きな勉強机がポツンと置かれた広い部屋の中、ベッドに横になっていた彼は昨日の放課後に言われたことを思い出していた。

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

「妖怪、か」

 

 【妖怪】海外ではモンスターや悪魔と呼ばれる存在、その中でも特に日本近辺に生息する一風変わった種族の総称である。

 正義の味方や悪の組織のなかには、そうした未知なる力を振るう者たちもいるが、彼は今までの人生で一度も生身の妖怪と言うものと戦ったことは無かった。

 そのため、思わずと言った風に呟く銀次に、前髪を分けて素顔を晒した御幸が笑う。

 

「妖怪ってのは何かと他の干渉を嫌うからね。見たことがないのも仕方がない」

 

 ある種のUMAだしね私たち(あたしたち)、面白そうに笑う彼女を見て、銀次は少し意外そうな面持ちであった。

 クラスメイト、そして班員であった頃の彼女は髪を目元まで下ろし、どちらかと言えば気弱、と言うか根暗のような印象を与えるような少女であったが、今の彼女は違う。

 

 目尻のつり上がった瞳、すらりと尖った顎。口許を勝ち気に歪め、赤い瞳を輝かせる。気弱ではなく、強気。髪を下ろしている姿が守りたくなるような、蝋燭の火のような少女だとすれば、こちらは燃え上がる明るい炎を思わせるお姉さんと言った感じだろうか。

 

 中々美人だな。てか、こんな性格してたのか。そんなことを考えていると、御幸は顔を少し赤らめながら彼を睨む。

 

「仕方ないじゃない。(あたし)だって好きでこんな性格してる訳じゃないわよ」

「いや、悪いとは言ってねえよ。と言うか、どちらかと言えば嬉しいしな」

 

 まだ正確には分からないが、口調からサバサバしていそうな彼女は、彼からすれば話しやすくて助かる。

 

「…心読んだようなこと言ってるのに気にしてないし」

「え? 心読んでなかったのか?」

「してるわよ!? と言うか、なにその自然な反応!?」

 

 普通、心を読まれると言うのは忌避されこそすれ、歓迎なんてされるはずがないもの。彼女の家以外では常にそうであったのに、まるで気にしている様子のない彼に、彼女はふざけないでと叫ぶ。

 

「なに? 同情のつもり? 馬鹿にしてるの!?」

 

 彼はなにも言わない。だが、頭のなかで、心でお前馬鹿か? と言っている。

 言葉とは違い、心はどうあがいても取り繕うことはできない。本当に気にしていないことがわかる彼に、彼女は呆然とする。理解ができない、そんな様子の彼女に、彼が笑う。

 

「むしろ、心が読まれて助かる。一々説明する必要はないし、それに交渉ごとに連れていけばご利益間違いなしだ」

「で、でも隠し事も筒抜けになってるのよ!? 今だってあんたの隠してる大幹部ってことを知ってるわ!」

 

 確かに彼にとって大幹部と言う部分がバレるのはあまり喜ばしいことではない。それは事実であるが、同時にバレて助かっているのも事実なのだ。

 

「そうだなぁ、浮気性の奴は大変かもな」

「だから!」

「察しろ、恥ずかしい」

 

 ポリポリと頭をかきながら彼は言う。

 

 大幹部と言う立場は、バレたら不味い。だが、それは目の前の少女とて同じ。むしろ、(さとり)という心を読める妖怪だとわかれば、彼よりも彼女の方が被害が大きい。それに、彼女はここいら一帯を取り仕切る如月組の一人娘。妖怪の一族の重要なポジションに居るのだ。それがバレでもしたら大変なことが起こりかねない。

 だが、今隠し事がバレているのは二人の間だけ。クラス委員という立場があることもあり、これ以上の情報の流出は故意でない限りは難しい。

 ならば、ここはお互いに秘密を共有しておけばそれだけで問題は解決するし、秘密を秘密にしておくのは難しいし疲れるが、一人でも協力者が居れば何かと楽になるものだ。

 まあ、どちらにしても如月組とは一度話をしなければならなかったので、遅かれ早かれバレていたのだが。

 

「なるほどね」

「そーゆーこった。つうわけで、これからよろしく頼むぜ、如月」

「はいはい。分かりましたよ大幹部様?」

「…叩くぞ?」

「叩いてから言わないでよ…」

 

 意外にも、頭を叩こうと放たれた彼の手は見事に彼女の頭に当たった。

 どうやら、心が読めても避けられないらしい。というか銀次は思考と行動が同じ、むしろ行動の方が先行しているらしく、避けることができないようだった。

 とは言え、普通は意識、無意識ともに思考してから行動が伴うため避けることは容易だとか。

 

「で? クラス委員って具体的に何するんだ?」

「あんた話……はぁ、クラス委員ってのは主に学年毎の出し物の報告したり、クラス内での決め事とかの司会進行をするのが仕事。あと、戸締まりなんかの雑用も仕事の内よ」

 

 担任の話を聞いていなかったのか、思わず言おうとしたところで、彼の心を読んで大人しく説明を始める。便利だな、と笑うと、思いきり睨み付けられる。

 

「なるほどな。了解」

「…自分も仕事しなさいよ?」

「…さて、帰るとするか」

「おいこら」

 

 雑用みたいな仕事ばかりなら、どっちか一人がやるだけで良いな、などと考えながら席を立つ銀次の足を御幸が蹴り飛ばす。

 

 これが噂のドメスティックバイオレンス!?

 

「次は殴るよ?」

「お前、髪下ろしてるときと性格違いすぎやしねえか?」

「あんたがふざけてるからよ」

 

 いつも私はこんなものよ、と笑う御幸。

 そんなもんか? と首をかしげるものの 、まあ彼女がそう言うのならそうなのだろう。

 しかし、何故彼女は普段からこんな風に人と話さないのだろうか?

 

「髪下ろして意識してないと心読めちゃうし、と言うか、この口調って怖いじゃない」

「そうか。…そうか?」

 

 むしろ、これだけハッキリ話して美人な奴なら人気が出そうなものだが。

 

「小学校、中学校どちらも、私の実家の事もあって怖がられてたし」

「なるほど、アレか。逆高校デビューとやらか」

 

 妖怪と言うことを隠し、尚且つ実家の事もあまり知られないようにするのであれば、確かに物静か、過度にして根暗な奴を演じておけばあまり話しかけられないで済む。それに、クラスメイトにあまり関わらなくて済むのであれば、覚妖怪としての力もあまり使わなくて済むと言うことなのだろう。

 なるほど、俺とはまた違った苦労をしているらしい。改めて御幸の隠し事の大変さに気づいて感心する。

 

「感心するんなら仕事しなさいよね」

「してるさ」

「大幹部の仕事じゃないわよ!? …まあ、良いわ」

 

 やれやれとため息を吐く彼女に、なんにせよと彼が笑う。

 

「ま、これでお互い素で居られる時間ができたってことだ。これからよろしくな、如月」

「…分かったわよ、大幹部殿?」

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「と、言うわけだ」

「なるほど。報告ご苦労」

 

 バース神山支部の一室、銀色の鎧、シルバービートの姿をした銀次は、バース本部に控える大首領に連絡を取っていた。

 それは、昨日の放課後に言われた話の報告。覚妖怪の娘に自分の正体がバレたというもの。その報告を聞いた大首領は、彼に新たな指令を言い渡す。

 

「今日の予定はどうなっている?」

「あー、このまま銀行強盗の指揮の予定です」

「…ふむ、これから如月組に行ってバースの活動の邪魔をしないように説得してきてくれないかね」

「…は?」

 

 まさかの指令に思わずこいつばかじゃねえのと言った表情になる銀次を見て、おいおいと苦笑いする指令。

 

「遅かれ早かれ行っていたのだろう? 丁度良いじゃないか?」

「…まあ、そりゃそうだけどさぁ」

 

 不満たらたらと言ったふうの銀次に、首領が笑う。

 

「現場指揮どうすんだよ」

「獅子堂に向かわせるとしよう。先も言ったが、銀次、お前には如月組とのパイプを作ってもらいたい」

「こういう仕事は得意じゃないってのに…」

 

 やれやれ。しかし、動くしかあるまい。大きく右腕を外へ向け、胸に叩きつけるように拳を当てる。バースの敬礼だ。渋々ながらも了承した彼に、首領が笑いながら言う。

 

「よしよし、今度カブトムシゼリーを箱で送り付けておいてやろう」

「椚の木に貫かれて死ね!!」

 

 画面に向かってついアンカーを撃ち込んだ彼を誰が責められるだろうか。

 HAHAHAという高笑いを残して火花を散らすテレビ画面を前に、大きく肩で深呼吸を行った銀次は、とりあえずテレビを取り替えるために無線で備蓄庫に連絡をいれることとした。

 ちなみに、この後銀次の給料からテレビの代金が引かれており、しかもそのテレビが最新型であったこと、しかも購入したテレビを大首領がプライベートで使用していることを知り、第惨事シルバービート反乱事件が発生したりするのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 その屋敷は山の中に紛れるように存在していたが、確かな存在感を放っていた。

 デカッ!? 数百段の階段を登り、人の姿でやってきた銀次は思わず内心で叫んだ。

 

「ちょっと、帰りませんマジで」

「これ絶対ヤバイですよ」

「お前ら、仮にも悪の組織の戦闘員がそんなんでどうする!」

『ジリジリと門から離れようとしてるあんたが言うな!?』

 

 仕方なくね、怖いじゃん!? 人の家の前でぎゃいぎゃいと騒ぐ大小の男達。

 そんなコントのようなことを繰り返していると大きな門、その下の大人一人が通れるくらいの扉が開き中から人が現れた。

 

「近所迷惑だからさっさと入ってくんない?」

「…………如月、か?」

 

 現れたのは、如月御幸。だがその服装は普段のものとは大きくかけ離れていた。

 着物である。血のように赤い着物。あまりにも派手な為、普通の人間では到底着こなせないであろうソレは、まるで彼女の一部のように彼女に完全に馴染み、そして恐ろしく美しく着こなしていた。

 彼が思わず見惚れていると、御幸が顔を真っ赤にしながら怒鳴る。

 

「ば、ば、馬鹿なことを考えてないでさっさと入りなさい!! 父さんに用事があるんでしょ!!」

「あ、ああ。ほら、お前ら入るぞ」

 

 彼女に連れられて屋敷のなかに入る銀次たち。

 中に入ればまた凄い。きれいな掛け軸などが飾られ、視線を移せばこれまた見事な日本庭園と、この家がどれだけのお金を使って出来ていることか。

 今まで見たことのないような世界に思わず辺りを見回しては声をあげる彼に、呆れたように息を吐く御幸。

 

「なに? 見たことないわけ?」

「組織の中しか知らなかったからな。もちろん、日本庭園モドキは見たことがあるんだけどよ…」

 

 バース研究員の作り上げた日本庭園はそれはもう混沌の一言である。

 

 日本庭園のはずなのに普通に研究施設があったり、エッフェル塔が立っていたり、果てはホワイトハウスのミニチュアや戦車などの兵装まで置いてある。銀次は一度聞いたことがある。何故これが日本庭園なのかと。それに対して製作した研究員は言った。細かいことは気にすんな! と。

 そんなものだから、彼からすればまともな日本庭園と言うものはそれだけで大変価値のあるものなのである。

 

「シルバービート様、なんか池ありますよ池!」

「マジか!? って、見ろよ鯉いんぞ鯉! 無茶苦茶デケェ!」

「うわ、金ぴかですぜ旦那!!」

 

 途中で立ち止まってやんややんやと騒ぐ悪の組織の男たち。

 はしゃぐ理由は良くわかる。住んでいる自分ですら時折この庭を見て感嘆の声を漏らすのだ。ならば、このような庭を見たことがない彼らがテンションが上がるのも無理ない話だ。

 

「…あんたたち、どんな目的でこの家に来たか分かってるの?」

「…分かってるぞ」

「…忘れてたのね」

「……はい」

 

 だが、自分たちの目的を忘れて観光気分でいられるのも困った話だ。はぁ、とため息を吐く御幸。

 だがまあ、この男たちの目的から察するに我が家で何か諍いを起こそうとか言う感じではないようだ。心すらも偽っている可能性が無いというわけではないが、今こうやって接している限り、銀次もその部下たちも皆争うつもりは無いように見える。

 とりあえず彼女はこの分なら大丈夫だろうと考えつつ、廊下を歩く――そして、一つの引き戸の傍で立ち止まった。

 

「ここか?」

「ええ。ここが会議場。今父さんたちは此処に居るわよ…」

「さて、と。じゃあ行きますか」

「だけど今は――って話を聞きなさいよ!?」

 

 何の躊躇も無く引き戸を開けた銀次――その顔面に黒い影が迫る。

 

「また性懲りもなく来やがったかッ!!」

「お嬢は渡さねえぞ!!」

 

 扉を開きそのまま左ストレート。黒い影――テーブルを拳で粉砕――するわけにもいかないので、片手ではあるがしっかりとキャッチ。

 握力のせいで手形がついてしまったがまあ構わないだろう。外にテーブルを放り投げる。

 

「…如月組は客人に机を投げるのが歓迎の証らしいなぁ!」

 

 戦闘員のなかで一番年の若い、遠藤俊典が拳をならしながら部屋へ入ろうとする――が、それを銀次が腕で制す。

 正直なところ銀次も腹が立っていないかと言われれば、ぶん殴りたいと言うところなのだが、自分達はあくまでも交渉のためにこの場に来たわけであって決して戦闘を行いに来たわけではない。

 

「すまないなお客人。少々気が立っていたものでな…」

「俺は構いませんが、娘さんが居るってのに随分と把握のできない馬鹿が居るようで。ご苦労様です」

「はっはっは!! こういう話は苦手か、小僧」

「当たり前だろうが」

 

 部屋の奥から響く声。銀次のあまりにも歯に衣着せぬ言葉に大声で笑う――鬼。

 

 長く流された赤色の髪に、人間離れした月のような美しさの美丈夫。そして何より特徴的なのは、額から伸びる山羊の角のように天高くのびる一対の角。如月組組長であり、如月御幸の父。|如月剛毅(きさらぎごうき)が鋭い眼光を銀次に飛ばしながら――言った。

 

「さあ小僧。ちょっくら話そうじゃねえか」

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

「なるほど、互いに不干渉でいてほしい、と」

「ああ。それが大首領様のお考えだ…」

 

 交渉、と言ってもそこまで陰謀が渦巻くとか、武力行使のような荒っぽいやり取りは行われることはなかった。恐らく、完全に素人でしかない銀次のことを考えて態とそういう態度をとっている可能性はあるが、なんとなく目の前の剛毅という男もまた、自分と同じく交渉事が苦手なんじゃないかと銀次は考えていた。

 剛毅はなるほどなぁ、と息を吐くと顎に手を当てる。特に条件は指定されていないが、銀次から見てこの交渉の内容はそこまで悪いものではないように見える。不干渉と言ってもしっかり必要な部分では介入が可能になるように調整されているのだから――いや、調整されているからこそ裏があると思われているのか。

 

 久しぶりの交渉事に無駄に頭を働かせていると、剛毅が大きく息を吐きながら口を開いた。

 

「ところでお前さん…。シルバービート、だったか?」

「…はい。なんでしょうか?」

 

 声をかけられ緊張の抜けない声で返答する銀次。なるほどな…。剛毅は彼がまだ知らされてないことを確信すると思わず苦笑しながら言った。

 

「お前さんのその話、もう既に通っているぞ」

「はっ? ………は?」

 

 思わず素で尋ねてしまう。話が通っている? 俺以外に前任者がいたということか? そういった心が表情に出ていたのだろう、何か納得したように頷いた剛毅がカラカラと笑いながら言う。

 

「ああ、あいつは昔からからかうのが好きだからなぁ」

「…………ちょっと席を外させていただいても?」

「ん、いいぞいいぞ」

 

 では、失礼して。それだけ言って部屋を出ていった銀次。次の瞬間、激情の籠った彼の叫びが屋敷を揺らす。

 このド腐れ首領がッ!! 首洗って待ってやがれッッ!! などといった言葉が暫く続いたのだが、急に静かになると銀次が部屋へと戻ってきた。

 

「はっはっは!! あやつは相変わらずのようだなぁ!!」

「……まさか、首領のことを知っているので?」

「ああ。奴とは昔からの喧嘩仲間でなぁ。お前が来る前に話をつけていたというのは、そういうことよ」

「俺の心労を返せェッ!!」

「そういうわりに、この家を楽しんでいたようだが?」

「いや、それは……」

 

 まさか先程までのやりとりがすべて聞こえていたのだろうか。

 

 緊張を隠すためとはいえ、騒ぎすぎたらそれだけで相手の心証は悪くなる。今回は首領が事前に話をつけてくれていたので事なきを得たのだが、これは反省しなければならない。

 

「そうそう気張るな、バース大幹部。人間出来ることと出来ないことってのがある。お前は親父と同じくこういうのは向いてないらしいからな。無理にこんな仕事を請け負おうとするな」

「…親父のことを知っているのですか?」

「敬語も無しだ。グチャグチャだぜ?」

「うぐっ……親父のこと知ってんのか」

 

 親父――甲山銀次の義理の父親である、甲山金時(こうやまきんとき)。またの名を【バース大将軍ゴルドビート】甲虫をモチーフにした金色の鎧を身に纏い、悪の組織と正義の味方の乱立していた群雄割拠の時代の中で尚、気高き武人の如き黄金の精神と類い稀なる戦闘能力を持って、現在でも世界最強とされている怪人。

 その最大の特徴として、怪人でありながら他の怪人や正義の味方だけでなく、一般人からも多大な支持と人気を誇っていたというその人望の厚さが例として挙げられる。

 

「ああ。知ってるも何も、俺がこうして如月組を立ち上げられたのはあいつの尽力あってこそだからな」

「尽力?」

「ああ。ここいら一体の妖怪連中を纏められたのも、あいつの力があってこそだった」

 

 妖怪は気難しい連中が多いからな、とカッカと笑う剛毅。話の流れからして、どうやら彼とバースの最高権力者は親友といかなくとも、それに近しい仲であるらしい。

 

「ならなんでこんな交渉染みたことをしなきゃいけないんだ? 別にそんな関係なら――」

「そうも言ってられないでしょうが、馬鹿」

「急だなおい!? というか馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!!」

 

 親しい仲であるなら、そういう関係で話をつけさえすればこんなまどろっこしい交渉なんてしなくとも、互いに示し合せくらい出来るだろうに。そう考えて首を傾げる銀次に、今まで成り行きを見守っていた御幸がやれやれと言った風に首を振りながら彼の考えを否定する。

 馬鹿と言われて思わず言い返すが、そんな彼を睨むようにして彼女は言う。

 

「だって、馬鹿じゃない。考えてもみなさいよ」

「だから何が」

「あんたたちバースは、仮にも世界トップクラスの悪の組織よ? それだけ正義の味方や他の組織に狙われてる。仮にこっちの頭とそっちの頭が交友関係あったとして、そんな組織と田舎の小さい組が示し合せたように仲良くやっててみなさいよ」

「…俺たち関係ありますって吹聴してるようなもんか」

「それだけじゃない。私達にも面子ってものがあるわけで、出来レースでも何でもいいから、建前ってものがいるの。…それでも大幹部なの?」

「その、俺こういうのからきしだから…」

 

 言われてみればいくらでも思いつく簡単な理由。だが、それにすぐに気づけないと言う点でまずこういう交渉事に向いていない証拠、それどころかこういう交渉事に全く関与したことが無いことが丸分かりである。

 自分と同世代であっても、現場経験と言う点ではこちらの方が長いにも関わらず逆にあきれられてしまって思わずバツの悪そうにボソボソと呟く銀次。

 

 そんな二人を見て、何を思ったのか剛毅が笑いながら提案した。

 

「随分と仲が良さそうじゃねえかお前ら――そうさな。おい、銀次って言ったな」

「何だ?」

「お前、家の婿になれ」

 

 突然の剛毅の提案に、一瞬部屋の中が水を打ったように静まり返り――

 

『はぁあああああああああああああああ!?』

 

 悲鳴と怒号が飛び交う阿鼻狂乱の地獄と化すのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

「おおあんちゃんよぉ? おめェが大幹部だか何だか知らねえが、家のお嬢と婚約するってんなら容赦はしねぇぞ」

「うわぁ…面倒なことになった……」

 

 場所は移り中庭。美しい日本庭園のある場所ではなく、会議をしていた広間の正面にある、大きな一本松と大小様々な訓練用の藁の立てられた中庭。

 ここは昔から決闘などで使用されていたようで、中庭の至る所に真新しい土やら、明らかに塗り方の違う壁が存在している。曰く、少し前までは白黒つける為にここで血で血を洗うような決闘が日夜行われていたとか。とりあえずもうちょっと上手く隠せよと内心げんなりとする銀次。

 

「可愛い女の子の為頑張ってくださいよシルバービート様!!」

「さあ、ハッタハッタァ!! シルバービート様対如月組組員!! 他では見られない一戦が此処にあるッ!!」

 

 家の軒先を見れば、そこでは自分に着いてきた戦闘員たちが『fight鍬形』だの何だのとどこから準備したのか分からない旗や団扇を掲げ、中には大きな看板を使って賭け事に興じている者もいる。

 なぜこんなことになっているのか、それは組長である剛毅の放った、婿にならないか、という言葉が原因だ。

 

 銀次達バースの人員がこの家に来るほんの少し前のこと。

 その時、この如月組の屋敷にはとある団体がとある話をするためにこの屋敷に訪れていたらしい。

 

 その団体の名は【西木組】近年、神山市付近一帯で力を付け始めた妖怪たちの一団だ。如月組が、人間と妖怪との調和やあくまでも任侠や極道と呼ばれるような、人情を重んじ、道を究めることを目的とした組織であることに対し、西木組はどこまでも粗暴乱暴。欲望を満たすことを前提とし、悪徳の金貸しや薬物すらも扱うような組織である。

 全盛期と比べて力が落ちているものの、今まで培ってきた繋がりなどで安定した運営を行っている如月組は、西木組にとって目の上の瘤であった。だから彼らは知恵を絞り、とあることを考えたのだ。

 それが、如月組の一人娘、如月剛毅の義理の娘である如月御幸を手に入れること。彼らは土地の権利や彼らが荒稼ぎしてきた金を交渉材料として、如月組に娘の御幸を我らの組に迎え入れたいと申し出ているのだ。

 無論、如月組全体の意向はどこまでも御幸を最優先とし、西木組の提案なんてこれっぽっちも受け入れることは無い。だが、近年組の運営が少しずつ悪くなっていること、また近隣の土地を西木組と関連があるとされている小規模の妖怪たちに荒らされているせいで如月組や神山市内で少なくない被害が出ていること。様々な要因が重なっているせいで、ここ数日は西木組を突っぱねることがとても難しくなっていた。

 銀次たちが広間に訪れた際に組員の一人が言っていた、渡さないという発言はここから来ているのだ。

 

 だが今、この危機的状況は回避されつつある。その理由は簡単だ。

 

「認めんぞ! ぽっと出の野郎がお嬢を拐おうなんざッ!」

「…お前、人気あるなぁ。あれか、孫は可愛がられるって言う――」

「うるさいっ!!」

 

 顔を真っ赤にしながら御幸が吠える。

 

 先の提案、婿に入る入らないは別として、公的に婚約者というポジションを得ることを承諾したのだ。

 

 これには彼なりの意図がある。

 

 バースがこの如月組に来たのは、今後の神山市での活動をより行いやすくするためだ。だが、ただの同盟だけでは反感や下部組織その他の行動が少々気になる。

 ならばいっそのこと、バースと如月組を身内同然の関係にしてみたらどうだろうか? 無論、最初こそ反感は買うだろうが、そこら辺はこちらが誠意をしっかりと見せていけば身内の敵は何とかなるだろう。

 そして、ここで身内同然となってしまえば神山市でのバースの活動は一気に楽になるし、如月組の地元への影響力に、世界企業としてのバースの力が加われば周辺一体の制圧は難しくない。

 完全に征服するわけではないので、反乱組織や正義の味方の介入なども発生するだろうが、ここでもバース、如月組共に協力できるので戦闘面も楽になると考えられる。

 

 と言うのは建前であり、御幸が見てられなかったと言うのが本音だ。

 

 銀次に心を読む力は無いが、彼女の力を狙い、卑劣な行いをする西木組のやり方は個人的に腹が立つ。神山市の人材に被害が及ぶと言うことは、バースへの反逆行為と見なして問題はない。

 それだけではなく、プライベートでも彼女を守る口実ができる。あまり関わりは少ないが、御幸の性格は嫌いではない。

 

「では、再度ルールを確認しよう」

 

 剛毅が一歩前へ出る。

 

 今回行う決闘は、婚約者という立場を欲する銀次が如月御幸に相応しくないとして、剛毅の提案に反対した複数名の組員の中から選ばれた代表者が一騎討ちを行うというもの。

 これに勝利した場合、銀次は婚約者という立場を得るものの、敗北した場合、今後一切の如月御幸との関わりを禁ずるという条件が設定されている。

 

「互いに武器の使用は自由。だが、命のやり取りは極力無し。審判にどちらかが戦闘不能と判断されるか、どちらかが降参することで勝敗とする」

「構わねえです」

「ま、妥当だな」

 

 如月組の構成員の殆どは妖怪か、それに準ずる種族だ。そして銀次を含むバース戦闘員は強化人間。

 

 どちらも人間ではないが故にその実力を示すには多少の傷は覚悟しなければなら無い。この決闘は婚約者の立場を手に入れるかどうかだけではなく、バースそして如月組双方の実力を示す為の決闘である。

 

「俺は如月組幹部、田中義明(たなかよしあき)!! 覚悟は良いか小僧!!」

「あー、バース大幹部シルバービート。人間での名前は甲山銀次だ。どうでもいいからどっからでも掛かって来い。先攻は譲ってやる」

 

 空間が歪んでいるのかと錯覚してしまうほどの気炎を上げる義明に対し、銀次はどこまでも気怠そうで、まるで真剣さの欠片も感じられない。

 その態度を見て義明は更に怒りを募らせる。バースと剛毅の関係は知っている。だが、それと銀次とは違う。実力を含め信用ならないというのに、娘のような存在である御幸の将来を決める決闘での この 態度。

 怒りに身体を震わせる。その身体は怒りを体現するかのように徐々に大きくなっているように見える。

 

「おお? あの旦那大きくなってる気がするけど」

「そりゃ、あんだけ怒ればそうなるだろ?」

「馬鹿! お前らよく見てみろ、大きくなってんぞ!!」

『マジか!?』

 

 戦闘員たちが騒ぎだす。そう、 彼らの言う通り義明の身体は徐々に大きくなっているのだ。

 

 筋肉が膨れ上がり、炎が燃え上がる。ぐにゃりと空間を歪めるほどの気炎はどんどんと荒れ狂い始め、そして爆発した。

 

『うぉおお!?』

 

 戦闘員たちは思わずといった風に頭を抱えるが、組員たちは義明の姿にいよいよ昂りを見せる。

 

「よっしゃ、やっちまえ義明ィ!!」

「ぶっ潰せェッ!!」

「ォオオオ!!」

 

 歓声と共に義明の変態が完了する。

 二メートルはある巨体。丸太を思わせる四肢。額から生える二つの角。

 正しく鬼。田中義明の本来の姿である鬼の姿だ。

 

「遠慮無くやらせてもらうぞ、小僧ォ!!」

 

 義明が拳を握り締める。踏み込みの力強さに大地が砕け、全身の筋肉がその力を最大限に発揮するべく膨れ上がる。

 熱量によって空気が歪み、義明の身体が一回り大きく見えるほどに込められた力。雄叫びと共にその力が解放され、彼と比べるとあまりにも小さな銀次の身体に迫る。

 

 体格差は明らか。まるでトラックが迫ってくるような威圧感の中、銀次は大きく息を吸い込み――

 

「――足りねェぞゴルァアアア!!」

「な、にィ!?」

 

 身体をしならせ、全力で額を降り下ろす。

 鬼。人間と比べるとあまりにも力の差があり、他の種族と比べても尚腕力ならば抜ききんでいることすらある鬼の拳を、頭突きをもって迎撃する。

 

 ドゴォッと言う鈍い音と共に空気が爆ぜる。力と力のぶつかり合うことで出来た突風が人々の身体を揺さぶる。

 

「ど、どうなったんだ!?」

「大将!!」

 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、動いたのは義明だった。

 大きく跳躍することで距離をとる。殺さないことが前提とはいえ、殺すつもりで放った全力の拳。だが、目の前の子供はそれを避けるどころか真っ正面から受け止めた。

 しかも、大地に両の脚をめり込ませ、額から血を流しながらも一切の後退すら見せず、むしろ先程までの気怠気な様子からは想像もつかないほどに燃え上がる瞳。

 

「足りねえよ。足りねえなぁ!! そんなの、姐さんの強さにも、兄貴の鋭さにも、まして――」

 

 親父の拳にも劣るッッ!!

 

 銀次の身体を光が駆け巡る。それは強化手術の痕跡であり、彼を強化人間足らしめる証拠。

 

 彼が天に腕を突き上げれば、戦闘員からベルトが投げ込まれる。

 

 それを掴んだ銀次は、手慣れた手つきでベルトを腰に装着し、妙にゴツいバックルの側面にある取っ手を掴み、それをスライドさせながらバックル全体を斜めに傾ける。

 

『Standby  Ready?』

 

 準備は良いか? 電子音声がベルトの起動を確認する。

 

 ベルトの横に備え付けられたコンテナから【アームドライバー】と呼ばれる細長い六角形の棒のような物を取りだし、バックルから露出しているソケット部分に叩きつけるように挿入。同時に斜めになっているバックルを再度横に戻す。

 

「認める認めないなんざ問題じゃねえ。俺が、あいつを欲しいんだッ!! そこに文句を言わせるつもりは更々無いッ!!」

『scanning Stag beetle!!』

 

 電子音声と共にバックルがスパーク、眩い光を放ちそれが収まるとそこには銀色の戦士の姿。

 側頭部より伸びる一対の角。何者にも侵されぬ銀色の装甲。肩や肘、膝から伸びる牙を思わせる棘。静かに灼熱の炎のように燃える青い瞳。そして右前腕部に取り付けられた、鍬形虫を思わせる武装。

 

 バース大幹部、シルバービート。

 

 ではここで、シルバービートの変身。バース所属の強化人間の用いる武装システム【アームドシステム】の簡単なプロセスを説明しよう。

 バックルがスパーク。眩い光を放ちながらアームドライバーに固定されていた武装データが【タキオン粒子】により固定化、インナースーツを形成する。

 インナースーツの形成完了と共に衛星軌道上に存在するバース武装衛星『天龍』から追加武装データが情報化され照射。転送された外装がインナースーツの外装として固定される。

 

 この二つの行程を経ることで、甲山銀次はアームド・スタッグビートル、シルバービートへと変身するのである。尚、開発者でありタキオン粒子の発見者でもあるバース開発部開発部長【エレン・ロックロード】によると、この二つの行程はすべて光速、もしくは時が止まっているほどの速度で行われているそうだ。

 

「くっ、だが高々鎧を纏った程度でェッ!!」

 

 義明が再度拳を振るう。先程と同じほどに強力な一撃。いかに強化人間と言えども、鬼の全力の一撃を二度も耐えられるはずがない。だが、今の武装を施した完全な姿ならば話は別だ。

 

「二発か。一発目は効いたぞ」

「なん…だと…」

 

 驚きに目を見開く義明。

 

 無理もない。鎧を纏っただけだと言うのに、彼は鬼の一撃を受けて微動たりとすることなく堂々と立っていたからだ。

 これが並みのアームドシステムならそうもいかないが、彼のアームドは特別であった。

 

 その秘密は、彼の銀色の装甲にある。

 

 彼のアームドの銀色の装甲は、特殊複合装甲と呼ばれる複数の装甲が細胞のように連結した装甲に加え、その装甲の間を【ナノ・タキオン・アーマー】と呼ばれる特殊な液体のようなものにタキオン粒子が含まれたものが、血液のように常に循環しているのだ。

 このナノ・タキオン・アーマーと呼ばれる液体状の物質は、衝撃を加えると瞬時に変形、硬化するという特性があり、この性質を装甲と組み合わせることによりあらゆる衝撃に対し既存のあらゆる装甲を凌駕する頑強さと柔軟さを併せ持つ装甲となっている。

 また、ナノ・タキオン・アーマーは元々【タキオンリアクター】と呼ばれる炉心から放出されており、それを防御用に転用したものである。タキオン粒子の特徴として、純度が高く、出力の大きくなるほどにタキオン粒子は赤、青、鈍、白銀、黄金とその色を変色させていく性質があり、シルバービートの銀色はただの目立ちたがりという訳ではなく、並みの者では到底扱いきれるものではない力を持ったアームドを使いこなすことができているという証明でもあるのだ。

 こうした装甲面での優秀さが幸いし、鬼の一撃に対して一歩も退くこと無く立つことができているのだ。

 

「次は、こちらから行くぞォオ!!」

「オゴォッ!?」

 

 硬直する義明の拳を払い除けて彼が跳ぶ。

 

 強化人間の脚力をアームドが強化する。地面を抉り飛ばしながら義明の懐に飛び込んだシルバービートは、その勢いのままに力強く踏み込み。地面を貫くほどの力を込めた踏み込みは前進するエネルギーを余すこと無く上体へと伝播。脚と腰がバネのように跳ね上がり、その勢いのまま彼は拳を天へと突き上げた。

 天へと登る竜の如し。飛び上がる銀の影。抉り混むような昇竜は正確に義明の顎をかち上げ、その巨体を空へと打ち上げる。

 数秒の滞空をもって、爆音を奏でて地面に落ちる義明。そんな彼を見てシルバービートは殴った左の拳を握り直しながら呟く。

 

「ふん、顎は砕けんか。腐っても鬼というだけはある…」

「ぐ、この…」

 

 普通の人間なら、いやそれどころか並みの強化スーツを着ていても砕けるほどの威力を込めて放ったはずなのだが、さすがは日本が誇る妖怪。

 左腕の感触を確かめながら、彼は再度拳を握り締める。

 

「さて、あと一発覚悟は良いか?」

「ふん、あのくらい毛ほども効かんわ」

 

 口のなかを切ったのだろう、血の混じった唾を吐き捨てながらニヤリと笑う義明。

 

 それだけ言えるのならば十分だ。銀次は再度義明の懐に飛び込んでいく。

 

 今回も速い。だが、目で追えないほどではない。そんな速度ならば迎撃することも出来るだろうに、義明はそれをすることなくグッと腰を落とす。

 脚の筋肉が膨張し、大地に脚が食い込む。その姿はまるで雨風に曝され続けて尚大地に立つ大樹の如し。銀次の拳を真正面から受け止めるつもりだ。

 

 その意気や良しッ!! 彼は心の中で叫び、そして唱える。

 

 蝶のように柔らかく、蜂のように鋭くッ!!

 

 それは彼に近接格闘術を叩き込んだ師匠とも言える、彼の兄貴分の言葉。踏み込みは速く、だが踏み込みによって発生する力を逃さぬためには力を込めてガチガチになってはならない。

 その言葉を反芻し、踏み込む。身体の動きに合わせてナノ・タキオン・アーマーが発生する力を伝播する。

 

 そして、その力を腰に溜め、肩に伝え、蜂が針を刺す瞬間のように鋭く――

 

「撃ち放つッッ!!」

「ゴッ、ガァッ!!」

 

 義明の身体に拳が突き刺さる。盛り上がった腹筋が潰れ、彼の拳が胴体に完全にめり込み、そして衝撃が彼の背中を突き抜ける。

 あまりの勢いに血の混じった唾を撒き散らしながら義明の身体がくの字に曲がる。一瞬の身体の弛緩。これは決まったか? 誰もがそう考えた瞬間、義明の身体から力が噴き出す。

 

「ぐっ、ふ、言ったろう? 毛ほども、効かん」

「…ふ、伊達に幹部という訳ではないと言うことか」

 

 不敵な笑みを浮かべる義明。それを見て銀次も思わず笑みを漏らす。

 

 跳躍。一度距離を取り構え直す。

 

 義明の身体から噴き出しているのは、俗に妖力と呼ばれている妖怪が使用する生体エネルギーのようなもので、妖怪はこれを用いることで様々な頂上現象を発生させる。

 鬼は妖術と呼ばれるような術こそ苦手であるが、別に妖力を使用できないわけではない。ただ、それをする必要が無いだけなのだ

 故に鬼が妖力を使用するときは、大抵身体を強くさせるか、それとも武器を作り出すときだけだ。

 

「とんだ小僧だと思っていたが、中々やりやがる」

「そいつはどうも。だが、この程度だと見くびってもらうのは困るぜ?」

「ふふ、安心しろ。お前は強いのだろう。だからこそ、こいつを振る甲斐があると言うものッ!」

 

 義明が掌を合わせ引き伸ばす。するとその間に小さな光の玉が生まれ、それが徐々に引き伸ばされて太くなり、一本の巨大な棒になる。

 

「久しぶりに振るうのだから、砕けてくれるなよッシルバービート――否、甲山銀次ッ!!」

「上等! そんな棒切れ一つ、逆にへし折ってくれるッ!!」

 

 それは棒と呼ぶにはあまりにも太く、あまりにも大きかった。血飛沫のような赤色と、木目を思わせる模様のはいった柄。大きな棘のついたそれは、金棒。

 鬼に金棒とは良く言ったものだ。山のような巨体にそのあまりに巨大な金棒は良く似合っていたし、そこから繰り出される破壊力はあまりにも想像しやすかった。

 

「義明が金棒を抜きやがった!?」

「そんなに凄いことなのかよ?」

 

 組員たちが騒ぎだす声を聞いて、戦闘員の一人が尋ねる。

 

「当たり前だろ? 血飛沫の義明って言ったらこっちの業界じゃ有名なんだぞ」

「それだけの実力者なのか」

「ああ!」

 

 親切な組員が戦闘員の疑問に答えてくれる。

 

 血飛沫の義明。百年ほど前から台頭した鬼の一人であり、昔と比べて力の落ちた妖怪の出でありながら退魔師はおろか陰陽師まで相手にして何人も爆散させてきた恐ろしい鬼。

 特徴はその手に持った血飛沫のような模様の入った金棒であり、その金棒は御神木などの本来ならば相性の問題で傷つけることすら難しいような物ですら問答無用で砕くと言われている。

 彼は如月剛毅との一騎討ちに敗北し、彼の部下となった。如月組に入ってからは、まず金棒を抜くことは無かったらしい。

 

「なるほど…」

「義明さんが金棒を抜いたんだ。あんたのところの鍬形虫なんてケチョンケチョンさ!」

 

 威勢の良い組員の言葉に、戦闘員たちはむしろ笑う。

 

 上等だ。血飛沫だか潮吹きだか知らないが、その程度の奴に我らバース大幹部、シルバービートがやられる筈がない。そんな信頼に満ちた言葉が言外に伝わってくるようだ。

 

「おい、シルバービート様に全賭けだおらぁ!」

「あ、ズリィ!? 俺も俺も!!」

 

 そんな外野のやりとりを聞いて、銀次は思わず額に手を当ててしまう。

 

「中々に信頼されているようで何よりだ」

「おい、その気持ち悪い笑み止めろ。分かってて言ってんだろコラ」

 

 戦闘員たちのやりとりを聞いて笑う義明を睨み付ける。

 

 こんな真剣勝負の場でもふざけるのは、バース特有のことであるが逆に言えばそんな馬鹿をしてしまうほどに彼を信頼しているということでもある。

 とはいえ、賭け事に使われているのは些か腹立たしいのだが。

 

「…甲山よ」

「なんだ?」

「お前は何でお嬢を欲した? お前ほどの立場なら女なんて幾らでも居るだろう」

 

 これは義明の純粋な疑問だった。

 

 いくら如月組とのパイプを作ることが出きるとはいえ、彼の来訪の理由などを聞いていれば、態々婚約者になるなどと言ってこんな決闘を行う必要なんて欠片も存在しないのだ。

 

「あー、そうだなぁ…。まあ、細かい理由は無い」

「そんな理由で――」

「てか、そんな理由要らないだろ? 特にこういう関係ならよ」

 

 俺はただ勝つだけだ。兜越しにニヤリと笑う銀次。

 

 パイプだとか何だとか細かく考えていたが、そんなものは建前にしか過ぎないのだ。

 

 彼にとって如月御幸という少女は、あの林間学校でできた初めての友人第二号であり、そんな彼女が困っているのならば出来ることなら手助けしたいと思っただけだ。

 それと、敗北条件のお嬢と関わるな、というもの頂けない。なぜなら、自分は学級委員長であり、御幸は副委員長。

 彼女と関われないならば、自分はどうやって彼女と仕事をすれば良い。そうなれば必然的にこの決闘、勝つしか無くなるのだ。

 

「お前、そこまでお嬢のことを――」

 

 そこまでして御幸のことが、と義明は目を見開く。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

「ふ、ふふふ…面白いなぁお前の婿殿は」

「父さん、わざとでしょ?」

 

 そんな二人の様子を見て笑う剛毅と、此処に居る面々の心が読めるが故に、とんでもない勘違いが加速しつつある現状に頭が痛くなってくる御幸。

 

 銀次が何を考えているのかはわかる。彼が自分のことを手助けしようとしてくれているのは純粋に嬉しいことだし、仮にも悪の組織の大幹部がそこまでしてくれるなんて誇らしい。

 だが、この状況でそんな勘違いさせるようなことを言うのは如何なものかと思うのだ。

 事実、先程まで彼のことをあまり好ましく思っていなかった組員は皆彼の言葉に驚きと好感を示しているし、彼と相対している義明に至っては、そこまでしてお嬢を想っているのならば、とすら考えている。

 彼の言葉はまるで、自分は御幸さんのことを愛しています。だからこの勝負は絶対に負けません、と宣言しているようなものだ。

 これが普通の人や、漫画なら自分含めて惚れてしまうところなのだろうが、なまじ心が読めるせいでこの状況に頭を抱えたくなってくる。

 

「そうは言うが、嬉しいんだろう?」

「はぁ!? 何言ってるのよ父さん!?」

 

 くふふ、と笑う剛毅に叫ぶ。

 だが、剛毅は楽しそうに笑いながら彼女に伝える。

 

「口元」

「……え? いや、そんな」

 

 彼の言葉の意味が理解できずに思わず困惑してしまう御幸。

 

 いや、心が読めていることもあり、剛毅が何を言っているのかは理解できるのだ。だがその内容があまりにも理解を越えているため彼女はそのことを認められずに混乱してしまう。

 

「口元、見たこと無いくらい弛んでいるぞ? お前も嬉しいんじゃないか」

「ばっ、そ、そんなこと無いわよッ! ゆ、ゆるんでなんかないし、ましてうれしいなんて、ないし!」

 

 素直に認めたくないのか、顔を真っ赤にして怒る御幸。だが、その表情は剛毅の言うように普段と違い目尻は下がり、口元は弛みきっていた。頬の赤みだって何も怒りだけが理由ではないだろう。

 

 如月御幸は孤独だった。妖怪という種族であることが人間社会で生きていくことを困難としたし、何より覚妖怪という種族が妖怪の中でも生きていき難くしていた。

 

 覚妖怪は、相手の心を読むことができる。心が読めるというのは一見便利そうであるが、決して便利なものではない。

 生物は常に、理性と欲望を共にして活動している。それは人間であってもかわりはない。寧ろ知性と呼ばれるものがある分、人間の方が欲望は深い。

 人や妖怪などはそういった欲望を理性で封じ込めることで日常を生活している。だが、覚はそれを全て暴き出してしまうのだ。

 これがどれだけ他者から見て恐ろしいことだろうか。それが自分の表面的なものだけなら良いだろうが、彼らはその裏にある後ろめたいこと、目を背けたい欲望すらも読み取ってしまうのだ。

 その恐怖心が覚妖怪を遠ざけ、また近づくものは皆、彼ら、彼女らの能力を利用するために近づいてきた。

 如月組の構成員の殆どは、彼女の能力に理解を示している者が多い。そのため、彼女は家の中でこそ幸せでいられたが、外に出てしまえば様々な悪意と無意識の心が彼女を傷つけてきた。

 

 だから彼女は自らを閉じ込めるために性格を偽り、生活を送ってきた。

 

 だが、そんな彼女に今大きな風が吹いていた。それがバース大幹部、シルバービートこと、甲山銀次である。

 宿泊研修の前、それこそ入学した頃から彼女は銀次を意識していた。否、意識せざるを得なかった。

 素行不良であるということもあるが、彼の思考はどこまでも他者と異なっていたからだ。

 同じクラスに居る望や流星。彼らのような目立つ人が居ることで、クラスメイトのほとんどは、二人のことを考えることが多い。例えば、望ちゃんは可愛い、とか、流星君格好いい、とかだ。

 だが、そんなクラスメイトと違い、彼は全く別のことを考えていた。それは例えば武装のことであったり、給料をどこに使おうとかであったり。

 他にも、クラスメイトのことを考えていても、それは純粋に観察といった風で、悪の組織という特性を別としても彼は他の者と比べると明らかに特異であった。

 極力能力を封じているとはいえ、クラスメイトに違和感なく溶け込むためには多少なりと能力を使う必要がある。そんなことをしていれば自然と彼を目で追う機会は増えていき、だからこそ副委員長に立候補したのだ。

 

「で、でも、あいつは、大幹部とか言うわりに馬鹿だし」

 

 実際に関わってみれば何と楽なことか。互いに隠し事があるのもあって、会話をすることがとても楽だ。

 何より、彼の心を読んでいても悪い気はしない。もちろん、年頃の男性らしくスカートだの胸だのに視線や心が向いているのには、それでも大幹部かと心配になるものだが、それ以外の心が基本的に言葉に、否、心に忠実なのだ。しかも心が読めるということを態々活用しようとしている節すらあり、そういった体当たり的な開けっぴろな心が清々しい。

 

 今までこうした経験が無いため、彼女は嬉しくて仕方がないのだ。家族以外で、自分を信じてくれる人が、手段はどうであれ自分のために頑張ろうとしてくれているのが。

 

「別に嬉しくない。嬉しくないし。あいつも結局心を読める私を利用してるだけだし。言葉で言えば良いのに態々心の中でああしてこうして言うとか本当にその証だし」

「ぐっ、クックックッ」

 

 自分の心を素直に認めたくないらしい娘を見て、剛毅は全身を震わせて大笑いしそうな己を抑え込む。

 父親とおなじく、彼もまた頂上の者との絆を結ぶのが得意らしい。今まででは考えられなかった娘の慌てる姿を見てそう結論付ける。

 如月組と西木組。これまで我慢していたが、このバースの介入によって双方共に行動を開始するだろう。負けることは無いだろうが、決して少なくない被害を出してしまうはずだ。

 だがしかし、このタイミングでの甲山銀次という男の介入。これはきっとこれから始まる戦いに多大な影響を与えるに違いない。

 

――金時よ。お前の息子は愉快に育っているぞ…。

 

 彼は今もどこかで戦っているであろう黄金の男を思い、そう心の中で呟くのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

「デェエエアァ!!」

「ハァッ!!」

 

 甲虫の角と金棒がぶつかり、盛大な火花を散らす。

 

 丸太のような金属の塊が風を切って迫り、圧倒的質量のそれを真正面から打ち据える。

 甲高い悲鳴が鳴り響き、金棒が跳ね上がる。シルバービートが腕のアタッチメント【スタッグ・ブレード】で金棒を打ち上げたのだ。

 

 勝機! 彼がその隙を逃さず義明の懐に飛び込もうとする。だが、そんな彼の胴体を金棒が捉えた。

 

「ガアッ!?」

「ぬぉおおお!!」

 

 盛大な火花を撒き散らしながらシルバービートの身体が吹き飛ばされる。

 

 ナノ・タキオン・アーマーは一見完璧な装甲であるが、決してそんなことはない。いくら衝撃を殺すと言っても限界が存在しているからだ。

 

 殺しきれなかった衝撃が内部を貫き、彼の身体が地面に叩きつけられる。

 

 衝撃で痛む身体を立ち直らせ、彼は急いで状況を把握しようと動く。だがそれは義明の身体を無理矢理捻ったような体勢で全て理解できた。

 

「あの状態から打ち込んでくるか…大した馬鹿力だ」

「そっちこそ、真正面から金棒をかち上げる奴なんて初めてだぞ」

 

 金棒を跳ね上げられた力を利用して、そのまま腕を回転させたのだ。あの重量の物体を振り回すには相応の力が必要となる上、跳ね上げられた金棒を再度振り下ろすなんていくら鬼と言っても相当無茶をしなければならないだろう。事実、義明は金棒を左腕に持ち替えており、右腕は力なく垂れ下がっていた。

 

「左腕一本で俺を倒すと?」

「いや、倒せるなどと思ってはいない」

 

 義明は理解していた。この勝負、最早勝敗は決していると。

 

 元々、数回の打ち合いの時点で彼はシルバービートに敗北する可能性を考えていた。全盛期と比べて多少なりと力が落ちているとはいえ、未だに義明の鬼としての力は健在だ。だが、そんな義明をもってしてもシルバービートを仕留めることは出来なかった。

 武器や鎧の差を言い訳にするのは簡単だ。だが、義明は何もそれらだけが理由では無いことを理解している。何故なら、力を振るうということは即ちそれだけの技術が必要となってくるからだ。今までの打ち合い、一見真正面から只々殴り合っているように見えるだろうが、その単純な動きの中に、拳の受け方、払い方、足運びに相手の行動を見極める観察眼など、数多くの要素が絡み合っているのだ。

 そうした中で、シルバービートは義明の技を悉く受け止め、その上で彼を超えていく。

 

 そして何よりも、この決闘を通してずっとシルバービートは真っ直ぐであった。

 

 真っ直ぐに対戦相手である義明を見据え、愚直に御幸のことを考えていた。ここまで真摯に、真剣に戦われている上に、実力差までハッキリとさせられては認めざるを得ないではないか。

 だが、これはあくまでも決闘。心で相手を認めたところで、勝敗をしっかりと決めなければ話は進まないし、このまま素直に負けてやるなんて性に合わない。

 

「だが真剣勝負で鬼が退くわけにはいかん。仮に腕一本、この身一つとなってもお嬢は渡すつもりは無い!」

「ならば貴様を打ち砕くのみッ!!」

 

 義明が金棒を大上段に構える。妖力が高まり、金棒から血飛沫のような赤い妖力がバチバチと火花を散らす。

 

 それに合わせるようにシルバービートも拳を引き絞る。右腕のスタッグ・ブレードの胴体部が展開され、内蔵機構がむき出しとなる。タービンが甲高い羽音を奏でて回転を始め、鍬形の顎のような形状の刃が穿孔機の如く高速回転。その刃が銀色の光を帯びる。

 先程まで、やんややんやと騒いでいた観客たちも、決着の予感に固唾を飲んで二人の様子を伺う。

 互いに一歩も動かず、ただ妖力が限界を超えて空気を震わせる音と、静かに闘志を高めるタービンの音だけが静かに響く。

 

 一分にも、一時間にも感じられる沈黙。互いに互いを見据えて動かない沈黙を破ったのは、義明だ。

 

「――ェェエエエエイイッ!!」

 

 巨大から繰り出される咆哮。大地すらも揺るがせる雄叫びが放たれ、彼の身体が加速する。そこに防御の意志なんてどこにも存在していなかった。あるのはただ、相手を打倒すると言う鉄の意志のみ。

 大上段からの振り下ろし。その巨体から繰り出される加速度に、金棒の重さ、鬼の膂力、そして義明の妖力の込められた、今できる最大にして最強の一撃。この一撃に手加減はいらない。巨大な壁が迫ってくるような威圧感。鬼に対峙する一寸法師のような、まるで己が小さくなってしまったのかと錯覚してしまうほどに込められた力。

 

「ゼェェァアッッ!!」

 

 ビートブレイク。短くも力強い叫びと共に極限まで引き絞られた弓矢のように必殺の右腕が放たれる。スタッグ・ブレードと金棒が激突。赤い妖力と銀色のタキオンエネルギーが火花を散らし、一瞬の均衡の後に膨大な光と爆発音をまき散らす。

 

『ぉおぉぉおお!?』

「きゃあっ!?」

 

 そのあまりの衝撃に誰もが目を瞑り顔を背ける。

 

 爆発から一秒、二秒と時間が経過。誰も身じろぎ一つしない中に、小さな声が静かに響き渡った。

 

「……参った」

 

 その声に弾かれたように誰もが決闘場のほうを見る。

 

 半ばから折れた金棒と、鬼の顔面に突き付けられた一対の刃。衝撃で地面は抉れ、松の木や藁がそこら中にまき散らされていた。

 

「――勝者、シルバービート!!」

 

 剛毅の言葉と共に、勝者を湛える怒号が響き渡るのであった。

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