悪の大幹部の日常   作:特撮仮面

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妖怪少女と大幹部!-3

 夕暮れに染まる路地。人気の少ないそこを一人の少女が歩いていた。

 

 鴻上学園のブレザー。恐らくは一年生だろう。鼻歌を歌いながら道を歩く。彼女がこの場所を歩いている理由は、近道だから。 

 だが、こんな路地を一人で歩くということがどれだけ危険か。人通りは少なく、建物の影となっていて端からは何も見えない入り組んだ路地。

 

 霊でも出てきそうな雰囲気のそんな路地を歩く少女の背中に迫る、人影。

 

「誰!?」

 

 振り向くが、そこには誰もいない。気のせいだったのだろうか? いや、確かに気配を感じた。

 

 気味が悪い。恐ろしくて思わず早足になってしまう少女。そして彼女を追いかけ始める、足音。

 

「はぁ……はあ……」

 

 走る、走る。形振り構っていられず必死に走る。

 

 路地に入り、少しでも背後から追ってくるモノを遠ざけようとするが、 どこまでもピッタリと追随してくる影。それはまるで、お前をいつでもやれるんだぞ? とあざわらっているかのようだ。

 恐怖に息を荒げながらも必死で走る少女。

 

 彼女の目の前に、光。路地の出口だ。

 

 これで出ることができる。彼女の口元に笑みができる。が、そんな彼女の目の前に降り立つ人影。

 

 出口が遮られ、逆光に照らされた影が立ち上がる。

 

 成人男性を遥かに上回る体躯。鋭い嘴に、巨大な翼に赤塗りの一本下駄。

 天狗。烏天狗と呼ばれる類いの妖怪である影は、ニヤリと口元を歪めると少女に襲いかかった。

 

「ギャアアアア!?」

 

 金を切り裂くような声甲高い悲鳴が路地裏に響き渡った。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

『これで三人目! 学生のみを襲う襲撃者!!』

 

 ここ数日に渡り、神山市を騒がせている学生のみを対象とした傷害事件。事件が起こるのは必ず日の暮れる前、部活動が終了する頃であり、そのどれもが鴻上学園の生徒を狙ったものである。

 犯人は捕まっておらず、警察は被害者に事情を聞くと同時に犯人特定のための捜査を行っていると言う話だ。だが、犯人が捕まることは無いだろう。何故なら、犯人は妖怪なのだから。

 

「………」

 

 屋上で人に隠れてこっそりと新聞を読んでいた御幸は、読んでいたソレをくしゃくしゃと丸めて固めて、思いっきり地面に向かって投げようとした。

 

「おいこら、ポイ捨ては止めろ。ボランティア活動が大変だろうが」

「…甲山」

 

 はいはい、早く置いた。そう言う銀次に言われて、暫くの逡巡の後に振り上げていた手を大人しく下ろす。が、その目は彼に非難の視線を向ける。何故止めるのか。そんな彼女の非難の眼に彼はおっかねえと両手を挙げつつ、笑いながら言った。

 

「俺らがただ指咥えて見てると思ったか?」

「…自分のところの戦闘員を囮に使ったのね?」

「…折角人が説明してやろうと思ったのに」

 

 ニヤリと笑う彼の心を読み、相手が何故自分を止めたのか理解する。はぁ、と大きなため息を吐く御幸に対し、銀次は折角もったいぶっていたのにと少し不満気だ。

 

「そんな前置きはどうでもいいの。で、下手人は分かったの?」

「もちろんな。それに奴らの本拠地も。恐らく、明日か明後日くらいが正念場になるな」

 

 もし西木組の面々がバース調査部の調査の通りの性格をしているのならば、彼らはきっと如月組に攻めてくる。その名目はこうだ。

 

「神山市民をこれ以上犠牲にしたくなければ如月御幸を渡せ」

 

 だが、如月組が屈する必要などどこにもない。

 

「…病院、どこ?」

「ん? ああ、戦闘員のか。別に行く必要ないぞ」

「そっちにはなくても、(あたし)にはあるわよ」

 

 自分のために誰かが頑張ってくれたと言うのならば、それに対する礼はしっかりとするべきだ。真剣な眼差しに、銀次は少し考えると頷いた。

 どちらにしろ、自分も上司として、囮として健闘してくれた部下たちに対して何かしらの報奨を与えなければならないのだ。自分なりに礼をしようと考えている御幸の心意気を断るのも悪い。折角だから御幸と一緒に見舞いに行ったら皆喜んでくれるだろう。

 

「分かった」

「放課後空いてるから、学校終わったらすぐ行くわよ」

 

 それじゃあ。それだけ言って去っていく御幸。

 

 心が読めると言うのは便利と言ったのは事実だが、それにしてもこうして誘おうと思ってもそれを先に言われると少しばかり立つ瀬がないな、と今更心を読まれるということについて今更不便だと思いながら苦笑すると、彼もまた教室に向かうべく歩き出した。

 

 

「親父、来ました! 西木組の奴らです!!」

 

 彼の言う通り、彼らが現れたのは御幸が囮となった戦闘員のお見舞いに行って二日後のこと。

 

 如月組の屋敷の前の階段をゆっくりと登ってくる魑魅魍魎。様々な妖怪がその目に殺意と愉悦を滲ませてこちらに向かってくる。

 

 何百段とある階段をゆっくりと行進してくる様は正しく百鬼夜行と言った形相だ。

 

「おうおう、若いのがそんな殺気立ててどうしたい」

 

 カッカッと笑いながら豪気が前に出て言う。

 

 妖怪の群れを前にしてあまりにも軽い言葉だが、その言葉を聞いた瞬間に行進が止まる。

 

 ヤバイ。西木組の面々に緊張がはしる。

 

 階段の頂上、門を背に立つ如月組二代目組長の姿はあまりにも高く、大きく見える。

 

「うるせぇ! てめぇ、今日来た用件分かってんだろうなぁ?」

「ん? ああ、娘への握手会か。すまんな、家の娘がツンツンしてて」

「いやいや、むしろそこが――っておい!! ちげえよ!!」

「え? ファンクラブというやつじゃないのか?」

「こんな殺気立てるファンが居るかァ!!」

 

 西木組の群れ、その中から出てきた百足の身体を持つ男と剛毅のやりとり。それはあまりにも空気にそぐわないものであったが、これは最早恒例となってしまっている問答だ。

 

「てめぇの娘、如月御幸を家に寄越せって言ってんだよ。分からねえのか? ああ?」

「毎回言ってるだろう。俺の目が黒い内は娘はやらんと」

 

 どれだけ凄んだところで剛毅はどこ吹く風。暖簾のようにどれだけ叩いても全く響く様子はない。だが、今回は西木組に秘策があった。

 

 おい、と百足が顎をしゃくる。すると後ろで控えていた妖怪たちの中から大きな物体が放り出され、階段を転がり落ちてくる。それを思い切り踏みつけて百足が言う。

 

「こっちにゃ、お前さんの組の奴が居るんだぜ?」

「ごほっ!? が、あ……」

「大輔!?」

 

 如月組の面々が叫ぶ。

 

 百足に踏みつけられた物体。それは身体の至るところから血を流しながら痛々しい姿を晒す狸の妖怪。名前を貫田太夫(ぬきだたゆう)と言い、西木組の本拠地を探るために潜入捜査を行っていた如月組の妖怪だ。

 

 百足の男が呻く大輔の姿を面白がり、さらに強く踏みつけてやる。呻き声を上げる太夫を見て如月組の面々が鋭い眼光を飛ばす。中には今にも飛び出しそうになる者もいるが、そういう者は周囲が力づくで押さえつけて何とか堪えさせる。

 まだ戦うときではない。それは分かっているが、理屈と感情はまた別物だ。

 

 剛毅もまた、心の奥で怒りを燃やしながらも必死に堪える。

 

「親父!! 大変です!!」

「どうした」

「市街地で妖怪が――」

 

 そんなにらみ合いの中、突然屋敷から飛び出てきた男が大慌てで剛毅に報告する。

 突如として妖怪の集団が出現。市内各地で暴れているという。

 

「まさか、貴様ら…」

「ああ、そのまさかだよ。親父さんよぉ?」

 

 如月組という一大勢力が睨みを利かせている以上下手な妖怪は近寄ってこないし、基本的にどんな妖怪も人間に交じって生活している為、そうした無謀な暴動など起こすはずが無い。

 もし、そうした行為を行うと言うのならば、それは恐らく如月組に敵対している、もしくは世間を知らない妖怪たちくらいなものだ。

 

 その予想は当たっていた。

 西木組の集団が二つに割れ、その中央をゆっくりと歩いてくるスーツ姿の男性が一人。彼の名前は西木源吾。西木組の組長をしている鬼だ。

 

「西木テメェッ! 堅気を巻き込むったぁどういう用件だ! それに、親父に拾われた恩はどこにやりやがったッ!!」

 

 そうだそうだ!! お前に仁義はねえのか!! 如月組から多くの野次が飛ぶ。

 

 西木源吾。彼は元々如月組の構成員であった。如月剛毅に拾われ、息子のように育てられた男。だが、彼は、力こそが全て。妖怪は恐怖の対象であるべき、人間は妖怪に支配されて生きていくべき、と言った剛毅とは違う考えを持ち、如月剛毅の掲げる、人と共に生きる、という理想に反発し離反したのだ。

 

 自分に向けられる罵倒の数々。だが、そんなものどこ吹く風と彼は不敵に笑いながら剛毅を見る。

 

「ま、そういうことだ。あんたがあの覚をくれんなら退いてやらんこともない」

「テメェ、性懲りもなくッ!!」

「止さないか、義明」

「しかし!」

「いいから、な?」

 

 悔しそうに歯噛みしながら引き下がる。

 

「なあ源吾よ。もう一度やり直すことは出来ないのか?」

「ああ? やり直すってどういうこった」

 

 唐突な言葉に怪訝そうな顔をする源吾。如月組の構成員たちも大慌てだ。

 

「何言ってるんですか親父!」

「あの時、お前を破門にしたことは未だに心残りでな。互いに寄り添える道は無かったのかとずっと――」

「くだらねぇ…」

 

 身体を震わせる。

 

 下らない。なんだそれは。組に襲撃をかけてきている相手によりによって寄り添うだのなんだのと、それはギャグで言っているのか。

 

「くだらねェこと言ってんじゃねえぞテメェッ!!」

「…くだらん、か」

 

 源吾の身体が膨張する。

 

 脈打つ筋肉、膨張する筋繊維たちが束となり大木のような筋肉を作り出す。まるで般若を思わせる怒りの形相灰色の巨体。

 

「俺は言ったよなぁ。あんたのその甘さが嫌だから出ていくってよぉ?」

「力あるべき、だったか」

 

 決別した日のことはよく覚えていた。彼の言葉も。

 

――俺達には力がある、人間を越える力が。だが、どうだ? 現実は違う。俺たちは人間に害され、隠れて生きなきゃいけねぇ。そんなの、おかしいだろ。

 

 肩を震わせながら、絞り出すように放たれた言葉。それが彼の想い、妖怪という理由で滅ぼされた者たちへの想いが彼を動かす。

 その気持ちは痛いほど理解できた。だからこそ、剛毅は離反したあの日からずっと考えてきた。

 

「ああ。それは今でも、いや、今だからこそ変わらねえ」

「…そうか」

「あんたがあんたである以上はな」

 

 互いに己の信念を譲ることはできない。

 如月剛毅は長い年月を生きて、人と共に生きる道を選んだ。西木源吾は妖怪こそが支配すべきという道を選んだ。

 それに、剛毅は家族と構成員を、源吾は構成員の命を背負っている。故に互いに妥協は許されないし、許すつもりはない。

 

 ならば、行われることは一つ――

 

「ちょっと待ちなッ!!」

「なっ、お嬢!?」

 

 膨れ上がった闘気の中に飛び込む着物姿の少女。

 

「御幸! そこを退け!」

「父さんは少し黙ってて」

 

 今まで見たことのない真剣な眼差しに思わず押し黙る剛毅。

 着物姿の御幸は、ふぅ、と息を吐くと源吾へと向き直る。

 

「…久しぶり、源吾。また大きくなった?」

「覚――いや、御幸の嬢ちゃんも背が伸びたな」

 

 ふっ、と微笑む御幸に源吾も顔を歪ませて答える。

 

 源吾と御幸。二人もまた旧知の仲であった。

 

 彼が如月組に居る時、常に彼の足元でちょこちょこと動き回っていた御幸と、そんな彼女とよく遊んでいた彼。二人はまるで兄妹のような関係であった。

 そして、組を抜ける際も最後まで彼を引き留めていたのは、他でもない彼女。

 

「まさか、兄だった人が妹を欲しがるなんてね」

「こういうのをシスコンと言うらしいぞ?」

「なら、妹に免じて諦めるってのは?」

「それは出来ない。当然だろう?」

 

 まるで昔に戻ったかのように軽口を叩き逢う、だが彼女は覚で彼は鬼。

 彼の生き様、覚悟、それは到底説得できるようなものではない。心を読まなくてもわかる。

 

「そっか…」

「ああ、そうだ。お前の婚約者は今何処に居るんだ?」

 

 突然の言葉に驚くが、その意図を読んでなるほどと頷く。

 

 婚約者、甲山銀次。彼のことが気になって仕方がないといったところのようだ。

 

「今は居ないよ」

「そうか、それは残念だ」

 

 残念と言うわりに、源吾の心からは落胆の言葉は聞こえてこない。何故だろうと首をかしげそうになるが、聞こえてきた言葉に思わず吹き出してしまう。

 突然吹き出した御幸に、如月組から 声が上がる。大丈夫、と手を挙げて彼らを制しつつ御幸は後々の展開に確信を持っている彼に笑いかける。

 

「そっか。全部分かってるんだ」

「元妹分の婚約者なんだ。調べない方がおかしいだろう」

 

 調べた結果、それが出てきたと言うことだろう。

 

「親父、何やってるんですか。はやく――」

「ああ?」

「い、いえ…何でもありません」

 

 一睨みで部下を黙らせる。

 

 部下の言いたいことは分かる。こんな談笑のようなことをしていないで、さっさと如月剛毅を潰し、御幸を連れ去る。それが今の自分たちにとって最善。だが、それは叶わないということを、源吾はよく理解していた。だからこそ彼が登場するのを待つ時間を潰す為にも、彼女と会話しているのだ。

 

「お、親父!! 大変です!!」

「バースと交戦、正義の味方の介入によって街の妖怪が制圧された、と言ったところか」

「は、はい! どうします!?」

 

 狼狽える必要などどこにもない。そんなことはとっくの昔に良そうで来ていたことだ。

 甲山銀次、彼が源吾の予想する人物であるならばこの事態にバースが介入してくるのは予想できる。部下には話していないが、大前提としてバースが狙っている土地である神山市のど真ん中で妖怪を暴れさせればどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。

 

 陰陽師も出てきたと言うことは、西木組に時間は無い。だが自分のやることはただ一つ。

 

 響き渡る爆音と共に、後方から悲鳴が上がる。

 

 何事かと皆が振り返ると、後方――西木組の構成員を跳ね飛ばしながら階段を駆け上る謎の生物が一つ、いや、あれは生物ではない。生き物のような形をした乗り物だ。

 

「うぎゃぁ!?」

 

 百足が跳ね飛ばされ、踏みつけられていた太夫を引き上げる。その乗り物はそのまま源吾の目の前に滑り込んでくるとそのまま停車。

 

 それは巨大なクワガタムシだった。一対の角に分厚い装甲、そして規則正しく並べられた六輪の分厚いタイヤと唸りを上げるエンジン。見た目通りの出力を誇るモンスターマシン。

 その名を『シルバリオン』シルバービート専用の大型バギーだ。

 

「如月、急いで治療してやれ」

「お前ら!」

『は、はい!!』

 

 角に引っかけた太夫を荷物のように抱えたシルバービートが彼を構成員たちに預ける。

 

「テメェがシルバービートか…」

「その通りだ。西木組組長、西木源吾よ」

 

 甲山銀次――シルバービートは不敵な笑みを浮かべながら言う。とは言え兜をかぶっているためその表情は他の者に伝わる筈は無いのだが。

 

「まさか、彼のシルバービートがあんなやつとは思っていなかった」

「ほう? 俺の正体を察しているか」

「当然だ。ゴルドビートの名を知っているならば誰でも察しがつく」

 

 ゴルドビート、甲山金時。彼は自分のバース大将軍としての名前とともに個人名も公表していた。

 

 それに、源吾自身も昔、一度だけ金時に会ったことがある。如月組とバースの関係は知っているし、バース関連組織で甲山という名前を持っていれば正体など自然と分かると言う物。更に言えば、甲山銀次などという奇妙な名前をしていれば正体を察してくださいと言っているようなものではないか。

 

 またもや御幸がクスッと笑う。チラリと怪訝そうに彼女を見つつ、シルバービートは源吾に交渉を持ちかける。

 

「西木源吾、市街地の下部組織は全て制圧した」

「お前たちの本拠地も既に把握済み。陰陽師の介入もある。故に降参しろ、と?」

 

 話が分かっているなら早い。完全な詰み、それが西木組の状態だ。だが、それで止まるのであればこのような強行手段をとるはずもない。

 

「降参などする筈無いだろうが」

「まあ、そうだろうな。だがどうする? 貴様らは既に虫の息。いくらこの場にほとんどの構成員がいるとしても、後はないぞ?」

 

 市街地には陰陽師、本拠点にはバース。

 

 もはや西木組に戻る場所はない。仮にここで御幸を拐ったとしても待っているのは破滅だけだ。

 

「確かにな。だがそれでも俺はやらねばならん」

「そうか…。ならば、その意志に免じて決闘と言うのはどうだ?」

「決闘…だと…?」

 

 突然の提案に眉をひそめる源吾。

 

 このまま戦闘を開始すれば被害は大きいだろうが、確実に西木組を潰すことができる筈だろう。だが何故ここで決闘という手段を選ぼうとする。

 

 彼の疑問に答えるようにシルバービートは言う。

 

「確かに、控えている戦闘員を導入すれば貴様らを滅ぼすのは容易いことだ、が」

「その際に発生する被害はあまり好ましいものではない。それに、貴様らを潰したところで如月組の力が落ちるのは都合が悪いからな。だから決闘を提案すると言うわけだ」

 

 何もメリットが無いわけではないぞ、とシルバービートは続ける。

 

「この決闘、貴様らが勝てば今後一切バースはこの事態に関与しない。その上、今現在神山市に来ている陰陽師全てを退去させることも約束しよう。どうだ?」

 

 それは提案ではあるが、明らかに源吾に選択の権利は無かった。

 

 ここで提案を拒否すれば待っているのは破滅。そのため、源吾が選べるのは決闘の一文字のみ。

 

「良いだろう。その決闘、受ける」

「よし。ならばそうだな…二日だ。二日やろう。二日後の正午、神山採石場、その第一採石場に一人で来い」

 

 神山採石場、それは神山市が旧神山町であったころから活動している、町はずれの山奥にある採石場のことである。

 

 バースを含め、あらゆる悪の組織、正義の味方の組織もしくはヒーロー協会は、必ずと言っていいほど採石場を組織の土地として買収している。これは必殺技などの兵器類を使用した場合の周囲への被害を考慮した結果であり、その重要性は、過去には態々戦闘を中断してまで採石場へ移動して戦っていたという話を聞けば分かるだろうか。

 無論、神山採石場はバースが買い取った私有地であり、日夜戦闘を行うバース戦闘員や怪人たちは、皆採石場で戦っているのだ。

 

「…良いだろう。引き上げるぞテメエら!!」

「おいおい、そりゃねえぜ親父…。ここはそんなまどろっこしいことしてねえでとっとと潰し――」

 

 台詞の途中で大百足の上半身が弾け跳ぶ。

 

 振りぬかれた朱の金棒。鋭い眼光が西木組の妖怪たちを射抜く。

 

「帰るって言ってんだろうが…」

『押忍!!』

 

 源吾の言葉を聞いた妖怪たちが道を開け、その中をゆっくりと下っていく。

 それが源吾の生き方。如月組とは真逆とも言える力による力のみの統治。如月組、そしてシルバービートが見つめる中、彼らはぞろぞろと去っていくのであった。

 

「…ふぅ。これでとりあえず当面の危機は去ったか」

「すまない、シルバービート…。俺たちのせいでバースを巻き込んでしまった」

 

 痛恨といった表情をする剛毅に、兜を脱いだ銀次が笑いかける。

 

「何言ってんのやら。今回の事件にバースは全く関与してないぜ?」

「…なるほどな。お前たちらしい」

 

 バースはあくまでも妖怪鎮圧のために行動していただけで、なにも如月組と西木組の戦争に介入しようと言う気は全くない。ただ、妖怪鎮圧のためには大本である西木組を潰す必要があるからいつでも戦闘ができるように調整しているだけである。

 つまり、今回のシルバービートの介入は、婚約者を守るためにとった個人的行動であり、バースは全く関与していない。

 

「と言うわけで、剛毅さん。ちょっと決闘と今後に関して話があるわけだが…」

「分かった。お前たち、警護は任せる」

『はいッ!!』

 

 その日、西木組と如月組、二つの組についての話し合いは深夜まで続くのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 深夜、頭上にある黄色い月を見上げて御幸は大きなため息を吐いた。

 

 西木源吾と甲山銀次による決闘。話し合いの結果、如月組の構成員で源吾に実力で拮抗する者が居ないこと、結果がバースの動向に関与し、またここで万が一を考えた場合に組長である剛毅を出すわけにはいかないこととなり、当初の予定通り甲山銀次――シルバービートが西木源吾と決闘を行うこととなった。

 

 奇妙なことになったものだ、と彼女は考える。

 

 覚妖怪としてこの世に生まれ、疎まれてきた幼少期。それから父母から捨てられたことで今の如月組にやってきた子供の頃。能力に目覚めてからいじめの対象となっていた中学時代。そして、覚の能力の為だけに命を狙われることとなった、今。

 思えば、碌な人生を送っていない気がするなと苦笑してしまう。しかし、そんな人生であったが今は楽しくやれている。それこそ今までが嘘のように楽しく、だ。

 

 その原因が、甲山銀次。悪の組織バースの大幹部であり、同時に鴻上学園高等部一の不良。一年生でありながらその悪名は学校中に轟くほどで、自分も少し引いていた。

 そんな彼と関わる様になってから、自分の人生は大きく変わったように思う。もちろん、襲撃だの何だのと大きな事件はあったが、それでも班員となった雪原望に皆川葉月と仲良くなれたし、滝謙一、天川流星という男友達もできた。

 クラスでは無口で喰らい性格を演じているはずなのに、気づけば副委員長に選ばれていたのは全くの予定外であったが、それでもクラスメイトたちも気が良い者が多く楽しく暮らせている。

 しかし、それに比例するように西木組とのいざこざが起こりはじめ、日常生活は苦痛に満ちていたものだが、それも銀次が婚約者となってから一変した。

 

 運命の出会い、というには些か普通過ぎるが、それでも彼と会って状況が動きだした、

 

「ほんっと、何であいつはああなのか…」

 

 ド直球馬鹿で、何でもかんでも噛みついて、持ち上げて、力尽くで無理やり解決してしまう男。誰かを助けることに躊躇が無く、また自分と関わってもあまり利益など無いだろうに、困難な状況に立ち向かっていく姿はまるで正義の味方のようだ。

 

「どうした、こんなとこで黄昏てよ」

「うわっ!? ビックリさせないでよ」

「いや、勝手に驚いたのはそっちだろうが…」

 

 なんで俺が睨まれなきゃいけねえんだよ、とぼやく銀次。

 

 先程までの呟きは聞こえていないだろうか、と疑いの目を向ける御幸であったが、急にその頬にサッと朱がはしる。

 今彼女が着ているのは白い着流し。着流しであるためどうしても生地が薄くなり、さらに腰ひもや首元を緩めていたため少々肌色が見え隠れしている。

 

 心の中で、月下美人ってやつか。…似合うがちょっと露出激しくないか、などと心の中で言っている彼。だがそれをおくびにも出さずに、彼は空を見上げて月が綺麗だなぁ、などと呟く。

 

「…何? 告白のつもり?」

「……は?」

 

 何のことだ、と首を傾げる彼。

 彼女が言っているのは、とある日本の文学者が、外国の愛の言葉を月が綺麗ですね、と翻訳したという話。結構有名だと思っていたが、別にそうではないらしい。

 

 気にしないで、と手を振りながら彼女は問う。

 

「で、明日勝算はあるの?」

「勝算が無くて決闘なんて挑むかよ」

 

 彼が不敵に笑う。それを見て安心するが、漏れてきた言葉に思わず彼を睨み付ける。

 

「どういうこと?」

「あ? なんのことだ」

「後処理が問題って」

 

 後処理、といえば決闘後の西木組に対する対応のことなのだろうか。だが、彼の心はそういう意味合いで言っているようには聞こえなかった。つまり、それとは違う別の処理――そこで彼女は気づいた。彼はこうやって無茶苦茶やっているが、その立場は大幹部だ。

 

「察してくれて何よりだ。つまり、そういうこと」

「…私たちを守るために行動してるわけなんでしょ? ならどうしてあんたが何かしらの処分を受けなきゃいけないのよ」

 

 それは違うではないか。彼女は思う。

 

 婚約者を守るために戦う。理屈をこねるのであれば、それは如月組とバースの結びつきをより強くし、今後の活動をより簡単にすることが出来るはずだ。

 

「まあ、どういう理由があったとしても、今回ばかりはバースが動く理由が無いからなぁ」

 

 彼はそこで言葉を濁すが、心の中では言葉をつづける。

 

 如月組とバース。確かに今回不可侵条約を結んでいるが、逆に言えば不可侵条約を結んでいるせいで如月組の問題に関係することは出来ないのだ。仮にバースが介入してしまえばそれは不可侵条約を破ることにつながり、その後の二つの組織の関係は変わる。それに大前提として、如月組の力はバースの力に遠く及ばない。実際のところ今回の一件、バースが関与しても旨味が全く無いのだ。

 力無き者と同盟を、条約を結ぶ理由など本来なら存在していない。それほどまでに差は歴然。

 不可侵条約があるとはいえ、今回の市街地での妖怪の暴動はバース側にも被害が及ぶこともあるため制圧行動を行ったが、それ以外でバースが関与することは基本許されないのだ。

 

 だが、銀次は行動した。

 

 これがシルバービートではなく、甲山銀次として行動したならばまだよかっただろう。だが、彼はシルバービートの名を名乗り、バースを個人的感情で利用した。

 理由がどうあれ、バースを利用したことは事実。いくらバースが多少の個人プレイも許容しているとはいえ、バースの行動を完全に制限しかねないこの行動は決して許されるものではない。しかも彼は大幹部であり、その階級はあらゆるバースの役職の中でも特殊であり高位の位なのだ。

 

「だからまあ、怒られるのは確実。良くて減俸か謹慎処分だろうよ」

 

 悪けりゃ処刑になるけど。と他人事のように笑う彼。

 

 そんな態度を見て、御幸の脳内でプツッと何かがキレる音がした。

 

「っざけないで!! なんでそんな平然としてられるのよ!!」

 

 彼がそのような状態となってしまったのは自分たちが、否、自分が原因だ。それなのに彼は自分を責めるどころか自分の命にかかわるかもしれないのに笑っている。心は読める。だが、理解できない。

 

「なんで笑うのよ。なんでそんなに無茶苦茶できるのよ…ふざけないでよ」

「あー…なあ如月。お前、正義って何だと思う?」

 

 突然過ぎる問いかけ。こんなタイミングでする質問ではないだろうとにらみつけるが、彼は真剣な表情でこちらを見つめるだけ。

 

 質問の意味は分からないが、彼女は何となく思いついたことを言ってみる。

 

「正義の味方――ヒーロー協会が掲げてるもののことじゃないの?」

「まあ、間違っちゃいねえけど間違いだ」

「言葉遊びか何か?」

「そういうわけじゃないんだけどな。…正義ってのは、俺たちだ」

「は?」

 

 流石の御幸もこの答えには本気で怒る。

 

 何を言っているんだこの野郎は。お前ら悪の組織だのなんだのとほざいてるじゃないか。この間も銀行強盗してたし、それのどこが正義だと言うのか。

 睨み付けられるが、彼はカラカラと笑っていう。

 

「考えてみろ? 市民を守るために暴動を抑え、被害が広がることを食い止め、そして誰かを護るために戦っている。これって正しく正義そのものじゃないか」

「言われてみれば…」

 

 確かに、文面だけを見るなら正義の味方そのものだ。

 

「それに比べてヒーロー教会って何だ? 新人ヒーローはどいつもこいつも不祥事ばかり。時々正義の味方もスキャンダルくらうんだぜ?」

 

 新人のヒーロー――正義の味方が市街地で戦闘を行いビルを倒壊させたなどと言うニュースはけっこう目にすることがある。それに、長年正義の味方をやっている人でも、時々不倫報道だの何だのとマスコミにすっぱ抜かれていることもある。

 

「これ、どっちが正義なんだろうなぁ」

 

 月を見上げて彼が呟く。

 

 だが、彼の中で既に答えは出ている。それを読みとった彼女は眉をひそめた。

 

「悪を、為す?」

「おう。俺たちには恩義が、大義がある。大首領に拾われたという恩義が、部下と共にバースで生きる大義がある。俺たちはその義に正しくやってるだけさ」

 

 それが俺たちの正義。そしてそれがバースのやり方。

 

 個人的な感情を言えばな、と彼は続ける。

 

「意味は変わっちまうけど、我思う故に、我在り、だ。俺は己の義に従って事を為す。正しいか間違ってるかなんて問題じゃねえ。だって、己を貫いてこその悪だろうよ」

 

 それに、と彼は続ける。

 

「今回とか、バースにとってこれ以上ない悪だろ俺。正しく悪者だ」

「…くっふふふ……訳分かんない」

「ったく、人が折角真面目に話してんのに笑うか? 普通」

「仕方ないじゃない。あんた馬鹿過ぎなんだから」

「ヒッデェ」

 

 顔を顰める彼を見てますます笑ってしまう御幸。

 

 なるほど、これは大幹部にもなるわけだ。彼女は妙に納得してしまう。組織としてこういう存在は必要ないだろうが、悪として見たなら、これほどの逸材も無いだろう。

 正義も悪も関係なく、必要だと思ったことをする。正義という言葉に必要な、論理感も道徳もへったくれも無い。己を貫く為にあらゆるものを巻き込む大馬鹿者。

 きっと、この男の義理の父親であるゴルドビートもまたこの男のように、いや、もしかしたらもっともっと大馬鹿野郎だったのだろう。でなければ世界最強など名乗れるはずもないし、普通の正義や悪が、妖怪も人間も異世界人も、正義も悪も全部全部巻き込んで行動するなんてことが出来るはずない。

 

 この馬鹿ならきっと今回もやらかしてくれるに違いない。なんとなくそう確信しつつ、御幸は笑顔で拳を突き出した。

 

「今日、絶対ぶっ飛ばしてよね」

「任せとけ。月の裏側までぶっ飛ばしてやる」

 

 ゴツンッと拳がぶつかる。それが何故だか可笑しくて、二人は笑い合うのであった。

 

 

 そして、決戦の朝が来る。

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