悪の大幹部の日常   作:特撮仮面

8 / 8
妖怪少女と大幹部-4

 夢があった。若さもあった。情熱があった。父と慕う人がいて、家族のような人が居た。

 

 だが、今あるのは力だけ。

 

「げ……ぁ……」

 

 地面に転がる無数の肉塊。その全てが元は構成員であったナニカ。

 彼は血の海の中立つ。彼は全てを壊すことにした。

 勝算はある。だが、これで正解だとは言わない。間違いなど遥か昔にしているのだから。

 だからこそ彼はこの道を突き進む。そのために他者を喰らう。

 

 数多の妖怪の血肉を啜り、彼は立つ。その身に宿した誓いを果たすために。

 

 

 彼は立ち上がり、いつものように運動をしたあと、朝食をとっていた。

 

 今日の朝はカツ丼。験担ぎというやつらしく、出汁の香りの漂う半熟卵に包まれてカツの衣がしんなりしていくのが堪らない。

 箸を進めながら彼は思う。果たしてこれが正しかったのか、と。

 

 勝てるかどうかと言われれば、恐らく五分。当然だが、負ける気はこれっぽっちも存在していない。だがしかし、戦いに絶対はないのだ。彼の義父がそうであったように、どれだけ強い力を持っていたとしても、限界というものがある。

 それに彼の力は組織のバックアップがあって初めて成立するもの。決して彼一人の力ではない。彼にはまだ経験が足りない。黄金になりきれない白銀。

 

 そんな自分が勝てるのか。そして仮に勝ったとして自分はその後どうなるのか。考えても仕方がないと割り切ったつもりであっても、やはり頭の片隅でそういう暗い未来を考えてしまう。

 

 今回の件は全て自分の責任。自分で考え、自分で選んだ道だ。覚悟は当の昔に出来ていたはずなのだが、やはり少しでも気を抜いてしまうと気持ちが沈んでしまう。

 緊張と不安。心の読める彼女が此方に向かってチラチラと視線を向けてくる。

 自分の不安を読みとられてしまったようだ。その事を恥じると共に、大丈夫だと笑ってやる。

 

 大丈夫だ。俺はバース大将軍の息子。バース大幹部、シルバービート。相手がどのような存在であったとしても負ける筈がない。負ける訳にはいかないのだ。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

 太陽が真上から照り付ける神山採石場。太陽の光を浴びて無機質な光を放つ岩に四方を固められ、上から見ると円形にくり貫かれているその場所は、まるで闘技場。

 

 闘技場の中心にたつのは、白銀の甲虫。

 

 腕を組み、静かにその時が来るのを待っていた。

 

「来たか」

 

 採石場に現れた男を見、シルバービートは仮面の下で眉をひそめた。

 

 彼の視線の先に居るのは、西木源吾他ならない。そのはずなのに、彼の目に写る彼はまるで先日の彼とは比べ物にならないくらい凶悪で、とても恐ろしいナニカに見えた。

 

「ぐぉおおッ!?」

 

 それに反応できたのは、彼の様子がおかしいと気付いていたからだろう。

 

 五十メートルはあるかという距離を、一度の跳躍で詰めてきた源吾。まるで弾丸のように迫る右腕を全力で防ぐ。

 

 トラックがぶつかってきたかのような衝撃に、堪らず後退するシルバービート。

 ナノ・タキオン・アーマーをもってしても殺し切れない衝撃に舌を巻きつつ、シルバービートは源吾の様子を伺い、そして気がついた。

 

 彼の目の中に理性の光が無く、そこにあるのは暴力的なまでの本能のみ。

 

「構成員を喰ったかッ!?」

 

 マズイことになった。最も恐れていた事態に思わず冷や汗を流す彼。

 

 補食行動。それはある種の精神生命体のような側面を持つ妖怪などの化生のみが行うことのできる行為であり、その効果は絶大である。

 その効果とは、同種、他種族構わずに補食することで、補食対象の能力の一部を己のものにする、または、己の力を増幅させるというものであり、これをされているのとされていないのとでは、妖怪との戦闘の難易度は格段に変わってくる。

 

「A――oOO!!」

 

 おぞましい雄叫びに微かであるがシルバービートの心の隅に畏れが生まれる。

 

 ヤバイッ! そう感じたときには既に遅い。

 

「がッぁあああ!?」

 

 懐に飛び込まれ、鬼の狂爪が彼の胴体を捕らえる。

 

 凪ぎ払うように振るわれた爪とナノ・タキオン・アーマーが、耳障りな不協和音を響かせながら火花を散らす。

 まるで木の葉のように吹き飛ばされたシルバービートが地面に転がる。

 

 天地が引っくり返る中で受け身をとれたのは、日々の訓練の賜物だろう。痛む身体に鞭を打って立ち上がろうとするが、そんな彼の視界が突然暗くなる。

 

 反射的に、起き上がろうとした勢いで身を投げ出した。後方で何かが地面にぶつかる音と同時に地面が揺れる。危機は回避されていない! 彼はそのまま立ち上がることなく地面を転がった。

 

 彼をめがけて放たれる、拳、拳、拳。重力と体重すらも力に変えたプレス機を思わせる破壊力の塊は、シルバービートの鎧をもってしても防ぎきれるか分からないもの。故に全力で回避に専念する。

 

「Aaaa!!」

「調子に――のるなッ!!」

 

 いつまでも当たらない攻撃に痺れを切らしたのだろう。雄叫びを上げながらのし掛かるように飛びついてきた源吾に対し、シルバービートは跳躍の瞬間を見て仰向けで停止。のし掛かるように飛びついてきた源吾に向かって身体を跳ねて、思い切り両脚を押し出した。

 

「Guっ」

 

 いくら妖怪であっても重心が不安定な状態で一撃を食らえばよろめいてしまうのも無理はない。

 

 腹部に蹴りをくらい、たたらを踏む源吾に向かって起き上がったシルバービートが飛びかかる。

 

 跳躍から全体重を乗せた右の拳が源吾の左頬をとらえた。体勢が崩れたことで、無防備になった源吾の頭部に、嵐のように右、左と拳の連打が降り注ぐ。

 

「ゼェアァッ!!」

「Gugッ!!」

 

 身体を密着するほどまでに潜り込ませ、跳ね上がるバネの力を利用したアッパーカットが、源吾の顎をとらえ、彼の巨体を撥ね飛ばす。

 

 堅いもの――骨を砕く感触はあった。いかな妖怪であってもそのダメージは馬鹿にならないはずだ。

 

 距離が離れたことで、連打で乱れた呼吸を整えつつ、シルバービートは次の手を考えようとした――しかし、

 

「guffff――ahi」

「なっ!? 馬鹿なッ、確かに砕いた筈だ!」

 

 まるで操り人形のように起き上がった源吾の身体は――無傷。

 

 ニヤリと醜悪に歪んだ鬼の姿に思わず目を見張る。

 

 先程の連打が全くダメージに繋がっていなかったとは到底考えにくい。そうなれば考えられるのは、彼の攻撃力を遥かに上回る再生能力。

 

――こりゃ、やべぇな。

 

 兜の下で銀次は汗を舐めとりつつそう呟いた。

 

 シルバービートの打撃力を上回る再生能力。これが事実だった場合、彼の勝利に影が差す。

 

 シルバービートの基本戦術は徒手空拳。また、そこに専用武装である右腕のクワガタムシ型近接武装【スタッグ・ブレード】を用いた近接戦闘が主な戦闘スタイルとなっている。

 

 そのため、打撃が効かない相手や、彼の攻撃力を上回る防御能力を持つ敵に対してシルバービートは弱い。

 無論、そうした相性を無に返す、攻撃力を上げ、相手を確実に仕留めることのできる必殺技を彼は複数持ち合わせているものの、発動後の隙や反動を考えれば早々気安く使えるものではない。

 

 鬼という、妖怪の中でもトップクラスの戦闘能力を誇る種族に、補食というドーピングによる再生能力の増強。

 

 これは、早急に決着を着けなければならない。

 

 このままではじり貧になって押し負けてしまうのがオチだ。

 

「行くぞ!」

 

 右の拳を引き絞り、地面を蹴り飛ばす。

 

 そこから先は、真正面からの殴りあいだ。

 

 生身であるが、その分厚い筋肉の鎧と再生能力、そして圧倒的腕力を用いる源吾と、装甲こそ厚いものの、それ以外のあらゆる性能がほんの少しだけ下回るシルバービート。

 

 生身であってもそうだ。いくら強化人間でも、天然の、元々人間を超越している種族と比べれば圧倒的にその性能は違う。

 

 源吾が無造作に振るう拳。

 

 技術も何もあったものではない拳であるが、それゆえに込められた力は絶大なもの。大振りのそれを大きく上体を下げることで避け、代わりに、二、三発とジャブ、フックを交えた拳撃が源吾に襲い掛かる。

 だがしかし、どれだけ殴ったところでよろめきはするが、明確なダメージに繋がらない。

 

「ぬぅっ!?」

 

 流石に好き放題殴られるのは我慢なら無いのだろう。頬にめり込んだ腕をがっしりと掴む源吾。

 

 しまった!? まるで玩具を振り回す幼児のようにシルバービートを振り回す。

 

「がっ、ぐぅっ!?」

 

 何度も何度も地面に叩き付けられ、ゴミのように無造作に投げ棄てられる。

 

 これには受け身をとる暇がない。地面に叩き付けられ、視界が揺れる。だが逆に言えば距離が離れたと言うこと。この隙を逃す訳にはいかない。

 痛む身体を起こして膝立ちとなったシルバービートはベルトの側面にある箱に触れ、黒色のアームドライバーを取り出す。バックルをスライドさせ、挿入口に差し込まれたスタッグビートルドライバーに重ねるようにして挿入。全力でバックルを叩き付けた。

 

『scanning・Meteor ready?』

「来いッ!!」

 

 シルバービートの鎧に変化が現れる。

 

 スキャンされた情報が衛星に信号を発信。衛星から撃ち出された青白い光に包まれた瞬間、光が破ぜ、そこから新たな戦士が現れた。

 

 胴体部や脚部、頭部の装甲が薄く、スリムになったことに比例するように、白銀の装甲に新たに追加された透き通った青色の手甲と脚甲。そして、背面の装甲が展開され、翼のような噴射機構が内部より競り上がる。

 

 噴射機構を使用した短距離加速と、手足に追加された装甲【メテオバスター】を利用した、シルバービートの持つドライバーのなかで最も近接戦闘時に破壊力を発揮する姿。

 

 アームドシステム――多種多様な戦況下での最適な活動を行うことを目的とした変態式多目的武装転送装置。その最大の特性が発揮されたのだ。スタッグビートル・スタンダードフォームから、より近接戦闘に特化した、メテオフォームへの武装変更。

 

「仕切り直しだ。いくぞォッ!!」

 

 空間を震わせる炸裂音と共に、噴射機構が火を吹いた。

 

「Guoaa!?」

「デァアアッ!!」

「Gugie!?」

 

 肩から抉り混むようなタックル。急加速から繰り出されたその攻撃をまともに受けて後退する源吾。

 そこに繰り出される拳。そのどれもが宙に銀色の軌跡を残す。

 

 打撃が当たる度に源吾の身体が陸に打ち上げられた魚のように跳ねる。

 

 メテオバスター。単体で小型噴射機構を内蔵することで背面噴射機構との連携による殺人的加速を可能とし、内部には、インパクトの瞬間、対象物に対してタキオンエネルギーを衝撃波として叩き込み、打撃とエネルギー、二種類の衝撃のぶつかり合いにより対象を崩壊させる特殊機構を搭載した極近接戦闘において必要な、速度と破壊力を両立させた籠手型武装。

 

「あらよッ!!」

 

 加速と打撃、空を貫く炸裂音と空を裂く打撃音が響き渡る。

 

 理性がほとんど無く、防御を行うという行動を忘れている源吾にそのラッシュを止める手段は存在していない。次々と拳が突き刺さり、源吾の巨体が宙に浮かび上がる。

 再生能力を超えるマシンガンのような連打によって、源吾の身体は少しずつ削り取られていき、ついに妖怪としての力を発揮している起点ともいえる心臓部がむき出しとなる。それを確認した瞬間、シルバービートが一際強く踏み込んだ。固い岩場が陥没するほどに込められた力から放たれる、まるで滝を昇る龍のようなアッパーカット。それは確実に源吾の心臓部を捕らえ、その巨体を空高く打ち上げる。

 

「一気に行く――ッ」

『StagBeetle・Meteor・LimitbreakMaximum!』

 

 バックルを展開し再度挿入。バックル上部のボタンに右腕を三度叩き付ける。

 

 限界開放の指令を受け、アームドライバーがその全機能を開放。タキオン・リアクターが地鳴りにも似た重低音を響かせながらタキオンエネルギーを生産、放出する。

 

 左脚を引き、拳を引き絞る。一瞬の交差を狙い彼は静かに己を高める。

 

 徐々にタキオンエネルギーの輝きが増していく中、空に打ち上げられた源吾の身体が重力に従いその身体を落下させ始める。

 心臓部への一撃。それにより一時的な意識障害と再生不全に陥っていた彼は心臓部をむき出しのままピクリとも動かない。それはただ意識を失っているようにも見えるが、どこかこれから起こる結末を受け入れ、身を任せているようにも見えた。

 

「デェェアァッッ!!」

 

 まるで隕石が激突したかのような衝撃が空を、大地を揺らす。

 

 臨界を越えたタキオンエネルギーを、全噴射機構を一方向に向け爆発させることで瞬間的に音をも置き去りにする加速力に変換し、衝撃に加えて膨大な量のタキオンエネルギーを相手に浸透させることにより、内部と外部二つの崩壊を発生させる、必殺のメテオ・ストライクが炸裂した。

 

 源吾の心臓部を確実に捉えた必殺技、その破壊力によって生産されていたエネルギーが暴走し源吾の身体は爆発四散した。

 

 大爆発の中から地面を抉りながらシルバービートが現れ、完全に停止したことで残心を解き、メテオフォームから通常のスタッグビートルフォームに変態する。

 

「…………」

 

 呆気ない、あまりにも呆気ない結末。

 

 西木源吾、彼がもしもまともな状態であったなら、今立っているのは果たしてどちらだったのか。その掲げた言葉に嘘偽りはなく、彼はそれほどまでに強い存在であった。

 だが、現実は力に溺れた彼が一方的にやられる展開だった。

 

「俺だ…ああ、西木組本部の調査、そして西木源吾の資料を頼む。それじゃあ」

 

 無線により本部に連絡を取りつつ、最後、メテオ・ストライクを打ち出す瞬間に交差した視線が語っていた事を思い出す。

 

 彼の行ったこと、それの及ぼす結果を想像して、甲山銀次は天を見上げる。

 

 空は雲一つない、澄み切った青空だった。

 

 

「そう…死んだわけね」

「ああ。西木源吾は俺の手で始末した。西木組の構成員は一部を除いて全員彼の手で補食。それは酷い有り様だったらしい」

 

 それから数日後、如月組の屋敷では事後処理が行われていた。

 

 西木源吾の死亡と、西木組の壊滅。今後の話は戦闘員たちに任せ、銀次は御幸の部屋へ訪れ結末を報告していた。

 

 電灯もつけずに窓際で空を眺める彼女。心を読めば全てわかるだろうに、彼女は彼の口からしっかりと話を聞き、噛み締めるように目を閉じた。

 

「源吾は、どんな最後だったの?」

「酷い有り様だ。決闘も何もありゃしない」

 

 正しく理性を失った獣。

 

 別に血沸き肉踊る戦いをしたかったわけではない。ただ、西木源吾を理解しようとしただけだ。

 

 強者の戦いには、その者の全てが表れる。その者の持つ価値観、培ってきた技術など、戦いとは人生の縮図。

 

 結果どちらが死んだとしても、それは単に自分が相手に届かなかっただけ。

 特に源吾の信念、妖怪こそ強者であり、正義である、という考え方を彼がどう考えているかなんてぶつかってみた方が早い。何故なら、強さや正義なんて、言葉をどれだけ尽くしたところで理解できる筈がないのだから。

 

 しかし、あの時の彼からは何も感じることは出来なかった。

 

 ただただ力を振り回す化け物を倒しただけ。情景を映像として見ているのだろう、唇を噛み締める御幸を見て顔をしかめる。

 

「で、だ。西木組の金庫からこれが見つかった」

 

 だが、西木源吾が倒れたことで得れた物は多い。彼は西木組の、源吾の自室と思われる場所にある金庫の中から発見された手紙の内の一通を御幸に差し出した。

 

 西木源吾から、如月剛毅と如月御幸に送るための二通の手紙。

 

「……嘘、でしょ?」

「俺は中身を確認してないから分からん」

 

 目を見開き此方に問い掛けてくる御幸であるが、自身で言う通り、銀次は手紙の内容を把握していないので、嘘とか言われても良く分からない。

 

 だが、自分達が集めた情報、そして如月組での彼の行動から、なんとなく書いてあることは想像することができる。

 

 西木源吾、享年三十二歳。出身地は西日本某県。若い頃から地元で鬼と恐れられていた不良であったが、同時に仁義を重んじ、強気を挫き弱気を救おうとする生き方は多くの人から支持されていたようだ。

 二十歳頃にE県のある田舎町に引っ越し、妖怪の間の喧嘩の仲裁、というよりは喧嘩の用心棒役のようなものである喧嘩屋を始めた。

 引っ越しから数年間、ある商店の夫婦と親しい関係となり身内ぐるみの付き合いが始まるが、暫くして彼は、当時妖怪間の情報共有や同盟のために全国を飛び回っていた如月剛毅に見初められ、如月組の構成員となる。

 

 翌年、西木源吾と如月御幸が接触。義兄妹のような関係が始まる。

 

 しかし、それから二年後に事件が起こる。

 

 E県A町一家殺害事件。商店を営んでいたT夫婦とその長男A君と次男B君、そして長女のAちゃんが犠牲となった大事件。

 

 世間的には犯人は捕まっていないとされているが、実態は違う。

 

 実行犯は、若い霊媒師であった。若く、有能でありながら極端な選民意識と妖怪などの異質な存在は滅ぼすべきと言う過激な思想を持った男。

 

 彼は、各地に存在している陰陽師や霊媒師の団体から許可を貰って人間に紛れて生活している妖怪たちを襲うことで有名であった。だが、なまじ有能であるがゆえに各団体は彼を罰することができずにいた。

 そんな時に起こったこの事件。犠牲となった一家は妖怪であり、そして西木源吾の大切な家族のような存在であった。

 

 結果を言えば、追放という形で男は処分されたが、それはあくまでも組織的な話。つい先日まで野放しだったのが全てを物語っている。

 

「…今回の一件によって、各地で悪事を働いていた妖怪の一部が消えた。また、西木組と組んでいた下部組織とそれらの上位組織も捕らえることに成功。神山市近辺は完全に如月組の島となり、また、発言力も上がった」

 

 西木源吾の元に集った妖怪たちは皆、各地の組織にとって目の上のたんこぶのような存在であったらしい。また、今回の一件で如月組の能力、そしてバースとの繋がりも広まった。

 

 西木組は壊滅したが、如月組は全盛期の発言力を取り戻しつつある。こと神山市近辺の妖怪事情に関しては、西木源吾を撃破したことでもう何の問題もないとも言えよう。

 

「……なんで戦わなきゃいけなかったんだろ」

 

 月明かりに照らされる彼女がどのような表情をしているかは伺えない。だが、言いたいことは分かる気がする。

 

 今回の一件、あまりにも此方の被害が少なすぎる。調べれば調べるほど、如月組にとって都合の良いことばかり起こっている。

 

 そこから想像できることは幾つかあるが、確実に言えることがあるとすれば、それは――

 

「大口叩いたけど、俺のボロ負け、完敗だ」

「当たり前でしょ。源吾は死ぬほど負けず嫌いだもん」

「そんなの知らねえよ」

「花札も、将棋も、囲碁だって……最後の、最後には絶対勝つんだもん」

 

 肩を震わせて笑う彼女に釣られるように、銀次もまた笑みを浮かべる。

 

 最早語ることは何もない。残りは彼の関係者である彼女が整理して、噛み砕くものだ。

 

 彼女に一礼して部屋を出る。

 

 胸に重石がのし掛かってきたように、急に胸が圧迫されるような感覚を覚えて彼は思わず大きく息を吐く。

 

 雲一つ無い空の中で、憎たらしいほどに月が綺麗に輝いていた。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「バース大幹部、シルバービート……前へ」

「はっ」

 

 バース神山支部内部、その作戦会議場にてとある審査が行われていた。

 

「わしが与えた任務を、覚えておるか?」

「如月組との不可侵協定を結ぶことです」

 

 バース幹部たちに囲まれ、シルバービートは立つ。

 彼の目の前にあるのはバースの紋章。その中心にある星が光を発し、そこから老人の声が響く。

 

「ふむ、分かっているようじゃな」

 

 度重なる任務外行動、そして、明らかに必要の無いバース情報部の無許可運用と、ある男の暗殺。

 

 挙げていけばキリが無いほど、私用の為にバースの力を利用していたのだ。被害が出ていないとは言え、その事実は重い。

 

 大首領が言葉を終えたことを確認し、シルバービートの右斜め前に座る者が立ち上がる。

 

「何故、このような行動をしたんだ。確かに、大幹部の権限は、他の幹部と比べても上位となる。しかし、それだけ責任のある立場であることを忘れているのか?」

 

 すらりとした鋭いシルエットの流線型に黄色と黒のストライプと、発達した右腕の手甲が特徴的な、大雀蜂型改造人間。甲山銀次の師の一人、バース幹部【ストームビー】が問いかける。

 

「……俺は、やるべきことをやったまでだ」

 

 静かに、だがはっきりと皆に伝わるようにシルバービートは声をあげた。

 

 やるべきこと、という曖昧な言葉に眉をひそめるストームビー。

 

「やるべきこと? それは一体何だ」

「如月組との繋がりを強くすることが、俺の任務。その為には彼らの信頼を得る必要がある。それに、西木組があのまま勢力を拡げていれば、いずれ我々の敵となっていただろう」

「…なるほど。つまりお前は、今回の越権行為はあくまでもバースの為に行ったと言うわけか?」

 

 話にならんぞ、と鼻で笑うストームビー。そんな反応が返ってきてもシルバービートは全く動じることなく続ける。

 

「そうした観点から、俺は後の芽を摘み取るためにもこうして行動を起こしたのだ」

「なるほどの…では、その心は?」

 

 楽し気に大首領がシルバービートに問いかける。

 

 スピーカー越しとは言え、そこから放たれる威圧感は幹部であっても冷や汗を流してしまうほどに強力で、まるで鉛を身体に流し込まれたかのように身体が重くなる。

 外野がそれほどに感じているのだ。その威圧感の標的となっているシルバービートにはどれほどの重圧がかかっていることだろうか。だが彼はそんな重圧をもろともせずに続ける。

 

「家族を守り、仲間を守る」

「家族、かね?」

「甲山銀次は如月御幸の婚約者だ。なら、その親と組の構成員を助ける為に、託された思いを果たすために行動して何が悪いって言うんだ」

 

 あまりにも個人的過ぎる行動理由。だがそれを語るシルバービート――甲山銀次はどこか誇らしげに、胸を張って言い切る。そこには開き直りのような投げやりの感情は無いし、嘘偽りも込められていない。本当に個人的な理由で動き、それが正しいと自信を持っているのだ。

 

「…くっ、くくく……くはははは!! そうかそうか。とんだ悪餓鬼だな相変わらず」

 

 彼の愚かとも言える堂々とした姿に、思わず大笑いしながら大首領は判決を下した。

 

「良いだろう。シルバービートよ、貴様に判決を下そう」

「貴様は――」

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

 茜色に染まる教室の中で、一人の女子生徒が机にかけて学級日誌を記入していた。

 

 目元を覆っていた前髪を切り、黒髪をポニーテールに纏めた少女。どこか薄暗く陰湿な雰囲気であった彼女は、この数日で快活で姉御気質の少女へと変化――いや、本来の彼女に戻っていた。一体彼女の中でどのような変化があったのかは誰も分からないが、誰もが彼女の心境に何か変化があったのだろうと思い、その変化に驚きこそすれ、それ以上の追及は行わないようにしていた。

 

 同級生が追及を行わなかったのは、もう一つ理由がある。

 

「銀くん、最近学校来ませんね…か」

 

 銀次くんはどうしたんだい? 最近見ないけど…。銀くん、体調悪いんですか? 甲山君は、等々。学年のマドンナを筆頭にクラスメイトたちから何かと心配されている銀髪の不良のことを想い、彼女は思わずため息を吐いた。

 

 日誌の欠席者欄、そこには一週間以上姿を見せない男子生徒の名前が記入されていた。

 

 彼の名前は甲山銀次。学校一の不良であり、クラス委員長であり、悪の組織バースの大幹部、シルバービート。そして、女子生徒――如月御幸の婚約者でもある彼は、事件終息後、事後処理のために御幸の部屋に訪れた時を境に一切の連絡が取れない状態となっていた。

 担任であり同時に甲山銀次の師の一人である堂上莉愛にその行方を尋ねても、バースを去って久しく、現在は教師として忙しく働いている彼女には現在のバースの状況は聞かされていないらしく、良い情報は得られなかった。

 しかし、情報を聞きだす際に何やら意味深なことを呟いていたのは気になる。

 

「ほんと、どうしてるのよあいつ…」

 

 日誌を閉じながら彼女はそう呟いた。

 

 事件顛末を聞いて動揺していた。家族であった源吾が死亡した――それも自分の婚約者である男が殺したとなれば、いくら妖怪と言えども動揺もする。それに、どういう理由があれ家族が死んだというのは衝撃的だった。

 心のどこかで、彼が義兄を殺すこと無くこの事件を解決してくれると言う期待があったのは否定しない。むしろそれを願っていたし、そうなると信じていた。

 

 だが、その信頼は最悪の形で裏切られてしまった。否、裏切ったわけではない。自身が勝手に信頼し、勝手に裏切られた気になっているだけだった。話を聞いていれば大変危険な決闘だったというのは理解できるし、心を読めば彼もまた源吾を殺したことに関して様々な感情を抱いているというのは良く分かった。

 

 彼の心、そして自分宛ての手紙。その後の如月組の安定した運営と妖怪社会での立場の回復など、自分の見えている場所で見えていない場所で、様々な動きがあった。それらの変化を受け入れ、自分の中で西木源吾という義兄を消化し、ようやく学校に出席できたのが事件終息後から三日経った日。

 

 それから数日経つが、彼は一切の連絡を寄越すこと無く、また学校に何か提出するわけでも無く突如としてその姿を消した。学校側はとりあえず風邪ということで済ませているようだが、幾らなんでも苦しすぎる言い訳。これならまだ補導されて少年院に入ったと言ったほうが信憑性があるくらいだ。

 

「…やっぱ、しょけ――」

 

 頭の隅を通った最悪な考えを言葉にしかけて、慌てて首を振ってその可能性を頭の中から消去する。

 

 言葉にすると本当にそうなってしまうような気がしたからだ。事実、彼もその可能性は言っていたし。組織運用のことがよく分からない彼女からしても、今回の事件の彼の行動は明らかに目に余る物であったように思える。

 これでもしも本当にそうなってしまっていたならば、自分はどう責任をとればいいのだろうか。

 その可能性を一度でも考えてしまったせいで、勝手に思考が悪い方悪い方へと流れていってしまう。茜色に染まる教室の中で、独り頭を抱えて項垂れる御幸。

 

 駄目だ。このまま此処に一人で居ればもっと悪くなる。今日はもう帰ろう。そう考えて日誌を手に立ち上がろうとした彼女の耳に、廊下を歩く足音が聞こえてくる。

 その足音はクラスの前で止まり、数秒置いて扉が開く。

 

 部活動も終わりつつあるこんな時間に誰が来たのだろう。もしかして忘れ物だろうか。しかし、自分には関係の無いことだと鞄を持って席を立ちあがった彼女。

 

「あー、今日出席ってことに出来ねぇ?」

 

 ガシガシと後頭部を掻きながらへへっ、と笑みを浮かべて御幸に近づいていく男子生徒。

 

 少し枝ばった癖のある銀髪に、鋭い二重の眼とクラスでも一位二位を争う高身長。

 その男子生徒の表情、そして何より、あ、髪型変わってる、やらやっぱ怒ってるよなぁ、などといった頭に蛆でも湧いているのではないかと言わんばかりの能天気な彼の心を読み――爆発した。

 

「何処ほっつき歩いてんのよこんの――すかぽんたんッッ!!」

「うおぉお!?」

 

 教室、しかも周りに席があるという狭い空間で尚脚を高く掲げ、まるで大リーグの大物スラッガーのような綺麗なフォームから放たれる――授業道具の入った超重量の鞄。

 

 いくら強化人間といっても痛いものは痛い。しかも鴻上学園の鞄は今時珍しい革製の手提げ鞄。金属で補強された角が当たってしまえば大けが必至だ。

 

 必死の形相で鞄をつかむことに成功する銀次。だが、キャッチして息を吐く間もなく首根っこをひっつかまれて彼は壁まで押しやられてしまう。

 

「ごへっ!?」

「あんた今までどこ行ってたの連絡くらい寄越しなさいよ馬鹿なのいや馬鹿でしょこのアホゴミ!!」

「そこまで言われる――」

「理由はあるわよこの馬鹿ッ!!」

 

 襟を万力のような力で締め上げられ、顔を真っ赤にしながら腕を叩く銀次。だが、御幸はそんなことに気づかずに今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、馬鹿、アホ、間抜け、納豆、等と延々と思いつく限りの罵倒を吐きだし続ける。

 

「はぁ、はぁ…はぁ」

「ごほっごほっ、落ち着いたかったく」

 

 それから三十分程して手を離された銀次は、俺が普通の人間だったら窒息してるぞ、と咳き込みながら悪態吐く。

 

「煩いッ!! マジで締め上げてあげようかこのシャバ僧」

「シャバ僧呼びは止めろ。てか、その、仕方なかったんだよ」

 

 牢獄にいたし、と言うか心配されてるなんて思わねえし。彼がそこまで言ったところで彼女が再度噴火した。

 

「づぁッ!?」

「心配されないってッ!? あんた馬鹿じゃないのッ!? 馬鹿でしょ、そう言いなさいよ…」

 

 ジワリと目頭が熱くなる。それを見た銀次は打ち付けた後頭部の痛みなど投げ捨てて大慌てだ。

 

 涙を浮かべてしまうほどに怒っている。それは裏を返せば本気で心配されていて、それは彼が想像する以上に心配されているということ。

 何かを言おうにも何も言えなくなってしまった彼は、最早水面に出た鯉のようにパクパクと口を動かすしか出来ない。こんな時に気の利いたことが言えるほど彼は対人交流能力が高いわけではないし、当然漫画などのように抱きしめると言った行動に出られるわけも無い。

 

「で、何で今まで連絡を寄越さなかったのか。それと結局処罰はどうなったの」

「心を読めばすむグッ!?」

 

 つい飛び出してしまった軽口を襟を絞めあげられることで無理やり止められた彼は、血に染まる様に真っ赤になっている彼女の瞳を見て、ぼそぼそと事の結末を語り始めた。

 

「給料の七十五%カットに、今回使用した装備及び人経費全額個人負担と諸々の書類手続き。そして一カ月の謹慎処分」

 

 時計も、日の光も、強化人間としての能力も完全に封印されたうえで、全ての物が純白の牢獄に閉じ込めて延々と書類を書かされた一週間と少し。気が狂いそうだった、と牢獄での日々を思い出して身震いする銀次。

 

「…謹慎? でも、ここにいるじゃない」

「ああ、謹慎はあくまでもシルバービートだけ。つまり、一カ月はシルバービートとして活動しちゃいけないってことだ」

 

 学生なんだから学校には行け。だが、仕事は無いから給料無しな。ということらしい。しかも今までの給料が七十五パーセントカット。死ねる。

 

「それで、その、如月さんに一つ提案があるのですけれども…」

 

 腰の引けている銀次を見て、御幸がジトッとした視線を向ける。

 

 給料が出ない上に、いつ終わるともしれない七十五%カット。+αで様々な事情でお金が無くなっていく。貯蓄こそあるが、今後暫く出費が重なる関係で、それに触れることは避けたい。

 

「別にそういうの要らないんだけど」

「いや、確かに自己満足だけどよぉ…」

「…はぁ、とりあえずご飯なら良いわよ」

「本当か!? ありがてぇ!!」

 

 瞳を輝かせる銀次に対し、でもっ、と人差し指を向けて彼女は続けた。

 

「とりあえず嫌いな物を教えなさい」

「あ?」

「良いから早く」

「えっと……敢えて言うならトマトとパセリだけど」

 

 何故こんな質問をするんだ。困惑しつつも彼女の質問に答える銀次。ここで彼女の機嫌を損ねてしまうのは拙い。

 

 彼の言葉を聞き、心と照らし合わせて嫌いな物の信憑性を確認しつつ彼女は続ける。

 

「それと、一週間仕事してないんだから、暫く扱き使うわよ。良い?」

「それくらいなら構わねえよ」

「あと、暫く御飯代はそっち持ちね。ついでに私、蒼天堂の大福が好きなんだけど」

「おいこら、さっき詫びの品はいらないって言ってなかったか?」

「へぇ? 御飯作らないわよ?」

「分かりました。蒼天堂の大福ですね。後日五個入りを――」

「十五個入りのやつ。それと白金ね」

「さらっと限定商品まで入れるんじゃねえ」

 

 あれ何円すると思ってんだよ。そうぼやくが、彼のボヤキを聞いて彼女は笑みを深めて言った。

 

「貯金を崩したくないって理由で婚約者に集る無職の屑男なヒモがよく言うわよね?」

「やめろぉおお!!」

 

 あえて悪い言葉を使ってやれば、銀次は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 

 いくら悪の組織の大幹部と言っても、そういう男としてのプライドや社会的な立場と言うものは気になってしまうらしい。どれもこれもあいつらがぁ…などと呻き声を上げる彼を見て、彼女はクスリと笑みを漏らした。

 

「さ、そうと決まれば早速行くよ」

「行くってどこにだよ!?」

「蒼天堂よ」

「え、今日から始まんのか――というかお前鞄!!」

 

 いい気味だ、背後から聞こえてくる抗議を聞いてそう思った。

 

 多くの級友に心配をかけさせて、何より処刑だの何だのと言われて心を痛めている婚約者に対していけしゃあしゃあと今後の飯の世話をさせようとする。大雑把で愚直な彼らしいと言えばらしいが、少しくらいはこちらの苦労と心労を味わうべきだ。

 

 最初はゆっくりと進んでいた歩みは、内から湧き上がる感情によって廊下を駆けだすのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。