泡狐竜と少女   作:佐渡山 創

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狩りの後の幕間

 

目が醒める。自分の体の下には、フカッとした感触の物があった。パチパチと、かがり火の薪が弾ける音が耳に心地良い。

 

「……っ!?」

 

ナギはゆっくりと上体を起こし、自身の置かれている状況を確認する。ここは…ベースキャンプか?

 

「俺、どうしたんだっけ…?」

「む、起きたかナギ。身体の具合はどうだ?痛い所はないか?」

 

不意に自分以外の声が聞こえ、その方向を向くとタマモが心配そうにこちらを見ており、近寄ってきて隣に腰掛けた。ナギは自分の体を一通り見回してこう言う。

 

「そうか……。俺、さっき泡狐竜の一撃を食らって…」

「そのまま力尽きてしまっていたぞ。見た感じ今は大丈夫なようだが…どうなのだ?」

「うーん、少し寝てたみたいだし、回復はしたかな。普通に動く分には問題無いよ。」

「そうか…なら良かった。あの時は流石の私もどうしようかと思ったぞ…」

 

タマモの瞳が不安そうに揺らぐ。ナギはそれを見て、泡狐竜の気配に気づけないでいた自分の不甲斐なさを悔やんだ。

 

「…ゴメン、心配かけて悪かったな…」

「いや、ナギのミスではないからな……。気にする事はないさ。」

「おや?おぉ、目を覚ましましたかナギさん~。具合は大丈夫ですか~?」

 

タマモと話していると、そこへエメルがやって来る。口調こそいつもの感じに戻っているが、言葉の端から自分を心配してくれている気持ちが滲み出ていた。

 

「えぇ、少し寝たお陰でだいぶ回復しました。心配掛けてすみませんでした…」

「そうですか、良かったです~。私も心配してましたけど、あの時はタマモさんが『なっ、どうすれば…どうすれば…』って取り乱して、ネコタクを呼ぶ前にナギさんをおぶってここまで連れてきたんですよ~。」

「そうなのか、タマモ?」

「…っ!そ、それを言うなぁエメル!」

「ありゃ、すいません~。つい口を滑らせました~。」

 

…それ程にまで自分の事を心配してくれていたのだろうか、少し嬉しく感じる。

 

「…その、ありがとうな…」

「ん…うむ……」

 

お礼に頭をぽんぽん、と撫でてやると彼女は顔を赤らめ、少しばつが悪そうに俯く。そんなやり取りを微笑みながら眺めていたエメルは、ぱんっと手を叩くと切り替えるように声を出した。

 

「でも……今日はもう引き上げた方がよさそうですね。そろそろ制限時間が迫っていますので~……」

 

ふと西の空を見やると、太陽は山の稜線に隠れ、微かな残光を残し沈もうとしていた。

ギルドはハンターが疲労したまま狩りを続行し、事故が起こってしまうのを防ぐ為に一つ一つのクエストに制限時間を設けている。採集ツアーも例外ではなく、ナギ達はその時間ギリギリまで渓流にいた事になっていた。

 

「そうですね。あの泡狐竜の事も早めに報告をした方が良いと思いますし、さっさと荷車を呼びましょう。タマモ、引き上げるから準備しておけよー。」

「ナギの手…以外と大き……はっ!?わ、分かった!」

「? 何ボーっとしてたんだ?」

 

どこか上の空だったタマモを後目に、ナギも荷物を纏め始める。少し腕に鈍痛が走ったが、普通に生活する上での支障はなさそうだ。

 

程なくして到着した荷車に乗り込み、三人は夕暮れの渓流を後にした。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「…はい、採集ツアーお疲れ様でした!それにモンスター出現の情報提供ありがとうございます。こちらの件はギルドに報告しておきますので、何かあればまた聞いてください。」

 

三人はユクモ村に戻り、ハンターズギルドで受付嬢のコノハに渓流での出来事を報告したばかりだった。ちなみに龍歴院のハンターでもギルドに介入したりできるので問題ない。実質名前が違うだけで組織の垣根はないようなものだ。

 

「でも、獰猛化モンスターが現れるとは珍しいですね~…」

「そうですね…この地域ではあまり目撃報告がありませんし、何かあったんでしょうか?」

 

エメルとコノハが、カウンター越しにモンスター談義に花を咲かせている。

 

獰猛化。

それは、モンスターが何らかの要因により極度の興奮状態に陥った状態の事を指し、最近になって確認され始めた状態だった。ナギも何度か対峙した事はあるが、普通のモンスターより攻撃が激しい上に体力も高く、討伐には手を焼いたものだ。

 

「それで、獰猛化したあの泡狐竜はどうなるのだ?」

「今は発見の報が舞い込んだばかりなので、しばらくは経過観察です。人家に被害を出すようであれば討伐に踏み切りますけどね…」

「討伐…やはりそうなるのか…」

 

今度はタマモが問いかけるも、討伐というその言葉を聞いて苦い顔をする。彼女にとっては同族の個体が殺されるか否かの話になるので、心配せずにはいられないだろう。

 

「えーっと…すぐに討伐される訳ではないですし、そう気を落とす事もないですよ。というよりそんなにタマミツネに愛着があるんですね、タマモさんは。ちょっと憧れちゃいますよ。」

「へっ!?あ、愛着ではないのだがな…まぁ、好感を持っているという事は否定しないな。」

「じゃあ、今度色々お話を聞かせて下さ…」

 

「……な~にが『色々お話聞かせて下さい』なんですか早く持ち場に戻ったらどうですか…?」

「ひっ…ササユさん…?」

 

気がつくとコノハの後ろに人影が。その人物は誰であろう、同じ受付嬢のササユだった。彼女は鋭い声で呟くと、コノハの襟をひっ掴みずるずると引きずり出した。

 

「あなた今日は下位受付と書類整理担当でしょう…こんな所で油を売られていては困ります。ちゃんと仕事して下さい。」

「いや、さっきは新たなモンスター出現の情報をですね…」

「問答無用。今日のおやつは抜きです。」

「え!?それは勘弁して下さいよ!ナギさーん、助けて下さーい!……」

 

ササユはそのまま彼女を引きずって奥の事務所へと消えていった。自分に助けを求められても困る。というかおやつ抜きが罰ってギルド軽いな。ちゃんとタマミツネの件は上に報告されるのだろうか、今のやり取りでちょっと不安になってきた。

受付嬢二人が去り、いる意味が無くなったナギ達は。

 

「あ―…このまま立ち往生するのも何だし、とりあえず帰るか…」

「そうだな…」

「ですね~…」

 

二人も倣って意見は同じらしい。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ナギ達がマイハウスまで帰ってくると、何故かイジスが出迎えてくれた。

 

「おぉ、遅かったな。どこ行ってたんだ?」

「…何でいるんだ、お前。」

「いやー、村ん中探してみたけどお前らが居なくてよ、行く当てもないからお邪魔してたぜ。で、どっか行ってたのか?」

「あぁ、それはだな…」

 

とりあえずイジスに何があったのかを説明する。

ユクモの堅木の採集に同行した事、エメルの職業病が思ったより酷かった事、獰猛化したタマミツネが乱入した事、ナギが力尽きた事、コノハのおやつが抜きになった事……

等々、これまでの出来事をかいつまんで説明した。

 

「ふ―ん、そんな事があったのな。そいつと戦えなかったのは残念だけど、村に居る間にいろいろ出来たから良かったぜ~」

「…まぁ何してたのかは聞かないけど。それより、今日はもう遅いけど皆は宿とかどうするんだ?」

 

渓流を出たのは夕方なので、今はすっかり夜である。彼らの宿はどうする気か気になって聞いてみた所、三人はばっ、と明後日の方向に勢いよく視線を逸らした。

…まさか。

 

「お前ら、その反応は…?」

「私はお部屋を取り損ねたので~、ナギさんのお宅に泊まらせて頂ければ…」

「私は宿の取り方が分からないから、その…ナギの家でもいいかなって…」

「お、俺は金欠で宿取る金がねぇんだ。だから泊めてくれ―」

「………いやいやいやちょっと待て!?村に滞在するつもりだったんなら初めから宿取っとけよ!というかイジス、お前はジンオウガ狩猟の時の報酬金があっただろ!」

「村で全額使い果たした」

「バカかお前は!計画性持って使えよ!」

 

いや、計画性がないのはイジスだけではない。コイツら全員行き当たりばったりで何とかしようとしてやがる。

 

「え~、良いじゃないですか~ナギさん~…?」

「私も妥協するから、ここは一つ頼む…!」

 

タマモとエメルに上目遣いで迫られて言葉が出ないナギ。すがるような目で見つめられるとこちらも心にくる物がある。というかタマモ、何を妥協するつもりだよ。

 

「…………あ―、分かったよ。みんな他に行くあてもないんだったら、しばらく泊めてやるから……。」

「やった~!ナギさん、ありがとうございます~!」

「ふう、何とか了承を得た…ありがとう、ナギ。」

「おーし!そうと決まれば宴会しようぜ宴会!!」

 

おい誰だ宴会とか言い出した阿呆(イジス)は。

 

「お、いいですねぇ~。そうと決まれば、私達は買い出し行ってきます~。」

「…いや勝手に決めないで下さいよ。」

「わ、私はどうすればいいのだ?」

「何もするな…もう俺は疲れたよ~…」

「だ、大丈夫か…?」

 

そんなタマモの呼び掛けも耳に入ってこず、ナギはベッドに向かってドサッ、と倒れ伏した。

この後、イジスとエメルによって主催された謎の宴会は夜遅くまで続くハメになるのだが……

 

…まぁ、たまにはこんなのも悪くないかな。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

夜も更け、朧月に掛かる雲が晴れる頃、タマモは一人縁側でその月を見つめていた。

昔はこうして一人で月を眺めていたな…今となっては彼らと一緒に過ごしているが。

 

「ん…?タマモ、まだ起きてたのか。」

 

ふとそんな言葉がタマモの耳に届く。振り向くと、そこにはナギが立っていた。大方寝床に就こうとしたところで自分の姿を見つけたから声を掛けたのだろう。

 

「あぁ、ちょっと考え事をしていてな。」

「考え事って、まだあのタマミツネの事が気になる、とか?」

「ん…まぁ、そうだな…」

 

そう、月を眺めながら考えていた事は昼間、渓流で出会ったあの泡狐竜の事だった。尻尾や頭に黒い霧を纏っていたとはいえ、あれは確かに……

タマモは、今までナギに黙っていた事を口にした。しかしそれは、できれば隠しておきたかった事だ。

 

「……あの泡狐竜は、私がまだ幼かった頃に狩りの事や、あの厳しい世界で生き抜く方法を教えてくれた…いわば『兄』みたいな存在だったんだ。」

「へぇ、そうなのか…。」

 

ナギは何かを悟ったように黙り、それ以上は深く聞いてこなかった。

そして彼は「タマモもそろそろ寝ろよ。おやすみ」と言い残して廊下を歩いていった。

 

 

 

……何だろう、この気持ちは。

心の中にある、ほんわかとした感じ。

モンスターだった頃には無かった、暖かい気持ち。

 

ナギといると、気付いたらそんな気持ちになっている事がある。何なのだ?これは。

 

少し考えてみるも答えは出てこず、その疑問は泡のように浮かんでは、夜空に消えて行くのだった。

 

 

 

 

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