泡狐竜と少女   作:佐渡山 創

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タマミツネ編
ナギ達の朝


 

鳥のさえずりが聞こえたような気がして、ナギはぼんやりとまぶたを開く。最初に目に映ったのは、見知った我が家の天井だった。

 

「………もう朝か。」

 

昨日の謎の宴に付き合わされたせいで就寝時間がズレてしまったが、昼までは寝過ごしてはいないようで一安心するナギ。でももうちょっと寝ようかな…と思っていると、ふと違和感がある事に気付く。

 

「……ん?」

 

自分の体が、まるで金縛りにでも遇ったかのように動かない。いや、正確に言えば動きはするのだが、いつもと違いあまり身体の自由が利かないように思えた。だが寝返りぐらいは打てたので、違和感の正体を確認しようと反対側を向く。

 

「………………。」

 

そして言葉を失った。なぜなら、タマモが居たからだ。

ホントに居た。布団の中で、自分の目と鼻の先ですやすやと寝息を立てている。

 

(は、はあああああぁぁぁっ!?)

 

ナギは動揺した。当たり前だ、同じ歳ぐらいの少女が自分と布団の中で一緒に寝ているのだ。戸惑うなと言う方が無理である。何故だ。しっかり自分の布団に入って寝たはずなのに、何故彼女が目の前で寝ている。

それにこの状況、一つの布団に二人で向かい合わせという構図なので顔が物凄く近い。彼女の下ろした長髪から漂う良い香り、柔らかく閉じられたまぶたに小さな桃色の唇、すっと整った鼻から寝息が直に伝わってくるので自分の焦りを一層増幅させた。

 

(ど、どうすれば……)

 

このままの状態ではマズい。かなりマズい。自分のせいではないけれど、バレたらタマモに引っ叩かれそうだ。

とりあえず、顔が近いのを何とかしようと、逃げるようにして下に顔を向ける。

 

「・・・・・・・。」

 

向けた先で目を逸らした。

こっちはもっとダメだった。小さいけど、形のいい二つの膨らみが服の隙間から見えていた。

完全に詰んだ。こんな状況下に於いて二度寝出来る程自分の精神は強くない。

ナギは仕方なく、未だに寝ているタマモに気づかれないように床から抜け出したのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ナギさん、おはようございます~。」

「ふぁ…あ……。ナギ、おはよう。」

 

ナギが朝食の準備をしていると、次にタマモとエメルが起きてきた。エメルはいつも眠そうな雰囲気なので違いは感じないが、タマモは常に横で纏めてある髪は下ろしており、若干眠たそうに半開きの目をこすっている。

それが普段の彼女とは違いしおらしく見え、先程の出来事も相まって言葉に詰まりかけたが、何とか平静を装い返事をする。

 

「あ、あぁ……エメさんにタマモ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」

「それはもう、ぐっすりと~」

「うむ、特に不自由は無かったな。しかし、昨日私はあんな場所で寝ていただろうか…?」

 

痛い所を突かれギクッ、となったが、同じ布団に入っていた事には気付いていないようなので適当にあしらうと、タマモは特に訝しむ様子もなくエメルを連れて洗面所へ向かっていった。

もし発覚していたら先が思いやられるなぁ…と思いつつ朝食の準備を再開すると、いつも通りに髪を結わえ上げたタマモが台所にやって来て、何を思ったか魚籠(びく)に入れてあるサシミウオを掴んで捌きだした。

 

「朝っぱらから生魚なのか…?」

「何を言っているのだ。これは『サシミウオ』と言うのだろう?刺身で食べるのが相場ではないか」

「まぁ、確かに名前にあるけどさ……」

 

朝食に刺身を食う奴なんてそうそう居ないって。確かタマミツネは肉食で、魚を多く食べるのでそれに倣っているのだろうが、人間になっても食性はそんなに変わらないらしい。

 

調理にそんなに時間を割く訳にもいかないので手早く盛り付け、食卓に運ぶ。ちなみに今朝は焼きサシミウオともやしを使った副菜である。

もやしは良い、煮ても焼いてもかさ増しになるし、ゼニーの節約にもなるので一人暮らしの必需品だ。まぁ今は食客が3人増えているが。

準備した膳を人数分並べ、食卓を見回してから、ナギは短く溜め息をついた。

 

「……あいつ(イジス)はまだ起きてこないのか…?」

「そのようだな…」

「そうなんですよ~。揺すっても全然起きないんです~。」

「はぁ、ちょっと起こしてきます…」

 

確かにあいつは朝に弱い。かなり前にイジスと夜通しで狩りをした時、夜が明けてから帰りの荷車に乗せるのにも一苦労したものだ。

 

仕方ない、あの手を使うか。

 

そう思いつつ先程まで自分達が寝ていた部屋に行くと、案の定大きい体が布団に横たわって未だに惰眠を貪っていた。

ナギは部屋の奥にあるアイテムBOXの中から目当ての物を取り出した後、再びイジスを見やると、

 

「………もぅ、食えねぇよ~……」

 

幸せそうな顔をして寝言を垂らしていた。コイツは夢の中でも食ってやがるのか。いい加減起こそうと思いナギは一呼吸置いてから、その手に持った物を思いきり叩きつけた。

 

「………………うぉ!?」

 

パァン、と小気味のいい音が響き渡り、飛び起きるイジス。

 

今コイツに見舞ったのは主にフルフルなどの体内から取れる「電気袋」という物だ。朝寝起きが悪い奴の目を覚ます為には手っ取り早いし、文字通り雷に打たれたようにスカッと起きれるのでそれなりに使える方法である。

そんな電撃を食らわされた事などつゆ知らず、この健康優良超人は朝にこそ相応しい爽やかな笑みを見せる。

 

「おはよう、ナギ!いい朝だな!」

「はは…そりゃ良かったよ。もう飯も出来てるから早く食べるぞ。」

「おぉ、早速飯か?なかなか準備が良いじゃんか」

 

お前が遅くまで寝ていたから朝食の準備が追い付いたんだよ。

そうは思ったが言葉には出さずに、イジスを連れて居間へ向かう。

 

 

「む、来たか。先に頂いているぞ」

 

その言葉通り、二人は食事を始めていた。タマモは味噌汁を啜り、エメルは幸せそうな顔をしながらもやしをもっしゃもっしゃと頬張っている。

ナギ達も席に着き、手を合わせて食べ始めた。

 

 

「そういえば前から気になってたんですけど、エメさんの言ってる『研究』って具体的にどういう事してるんですか?」

「あぁ、その事ですか~。実は今、龍歴院の中で『調査の為に新しい拠点を造る』という話が持ち上がってまして、私はその柱や梁に使われる木材の研究をしてたんですよ~。」

「へぇ、新しい拠点ですか…」

「ん、何か出来んのか?」

 

白米を口に含みながら、イジスが食い付いてくる。

 

「うん、どうやら龍歴院が新拠点を造るらしいけど、イジスも興味あるのか?」

「もちろんだぜ!そこではどんな美味い飯が食えるんだろうな?」

「お前、ハンターなら狩りしろよ…」

「あ、私もそれは気になりますね~。おいしいご飯、食べたいです!」

「エメさんまでそんな事を……」

 

新拠点の事より飯の事で楽しそうに盛り上がるイジスとエメル。

一方、そんな二人とは裏腹に、タマモは浮かない顔をしていた。

 

「なぁ…タマモ、あのタマミツネの事は、そんなに気に掛けなくてもいいと思うぞ。」

「…っ。そうだな。大丈夫だ、心配するな。」

 

ナギはタマモの胸中を悟って声を掛ける。昨日の夜中にも月を見上げながら考えていたのだから、彼女にとっては相当心配なのだろう。そりゃ飯も喉を通りにくくなる。

タマモは目を伏せて素早く味噌汁と白飯を食べると、『ご馳走さま』と言い残し去って行った。

 

「ん、どこ行くんだ?」

「ちょっと、な。ハンターズギルドに…」

「タマモさん、元気ないですね~…」

「もっといっぱい食べりゃ、悩み事も吹っ飛ぶのによっ」

 

そう言いながらタマモの食べ残したサシミウオに手を付けようとするイジスだが、ナギはそれを制する。

 

「待て待て。これはエメさんに食べてもらう」

「お、そうか…ちょっと残念だけど、まぁいっか。」

「あれ、ナギさん食べないんですか?タマモさんの食べ残しですよ?」

「え、何で俺が?ひょっとしてエメさんももう食べられないとか?」

「いえ、別にそうじゃないですけど~……間接キス、見たかったですね~……

 

エメルがめっちゃ小声で何か呟いていたが、聞き直す程の事でもないのでスルーする。

 

居候が3人も増えて始めはどうなる事かと思ったものの、蓋を開けてみれば今までよりちょっと賑やかになっただけで生活にほとんど変化はない。

自分も心のどこかでは寂しかったんじゃないかな?などと思いつつ、この穏やかな生活が続く事を望んだ───矢先だった。

 

あの(しら)せが、舞い込んだのは。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ナギさんっ!いますか!?」

 

朝食を終えてから一時間程経ち、少し休んでいると突然そんな声が響き渡った。何だろうと思い、ナギは戸口に向かう。

 

「あれ、コノハさんじゃないですか。」

 

声の主はユクモ村のハンターズギルド受付嬢、コノハだった。服装はいつもの制服だったが何やら慌てた様子で肩で息をしており、集会浴場から走ってきた事が伺えた。

 

「はぁ、はぁ……良かった、居てくれて…」

「そんなに慌てて、どうかしたんですか?」

「あのあのっ、そんな悠長な事言ってる場合じゃないですよ、ナギさん!」

 

こんなに取り乱している彼女は初めて見た。イジスもエメルも、何事かと思ったらしく奥から顔を出してくる。

 

その場の全員が言葉を待つ中、彼女は息を整えながら、こう告げた。

 

 

「タマモさんが…………武器も持たずに、渓流へ狩猟に行ってしまわれたんです!」

 

 

 

 

 

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