泡狐竜と少女   作:佐渡山 創

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泡狐竜と決意

 

そこからは、熾烈極まりなかった。

 

タマモは泡狐竜を発見するやいなや、50mはあろうかという距離を跳躍で一気に詰め、頭から生えた尻尾の部分で思いきり打撃を食らわせた。

スタン復帰から間もない泡狐竜の動きは鈍かったにしろ、種としての本能で攻撃を避け、泡で反撃する。

二体とも互いの攻撃に当たりながら、反撃を喰らわせの繰り返し。

 

その様子は、いつ尽き果てるとも分からない、「モンスター同士」の闘いそのものだった。

 

「なんだありゃ…ナギ、これはどういう事なんだ…?」

「こっちが聞きたいよ…タマモ、どうしちまったんだ…!」

 

遠巻きにこの状況を眺めるナギ達は、完全に蚊帳の外。激しい泡狐竜同士の闘いをただ見守る事しかできない。

一体どうしたらいいんだ。介入するにしてもそんな隙は無いし、何よりタマモの眼光が、獲物を狩る者のそれだった。まともに意志疎通が出来るとは思えない。

 

ナギがあれこれ思案しているうちに、タマモが仕掛けた。目の前の泡狐竜を討ち取らんと、鳴き声のような叫びをあげて飛び掛かる。

しかし、そこは一枚上手だった泡狐竜。タマモ渾身の一撃をいなしきり、逆にサマーソルトで吹っ飛ばす。彼女の身体が、紙屑のように宙を舞った。

 

「たっ…タマモっ!」

 

矢も盾も堪らずナギは駆け出す。幸いな事に泡狐竜はこれ以上の痛手を嫌ったのか、エリア5の方へ去っていった。

 

体を揺さぶってみるが、ぴくりとも動かない。しかし、彼女の身体は人間の姿へと戻っていた。

イジスとエメルも寄って来て起こすが、それでも反応は無い。

 

 

「一旦、ベースキャンプに戻ろう。体勢を建て直せるし、何よりタマモに何があったのか気になるから……。」

 

仕切り直しの意味を含め、二人にそう伝える。イジスとエメルは黙って頷いたので、ナギはタマモを背負い、ベースキャンプまで戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「これで大丈夫かな…」

 

日暮れ時、拠点まで戻ってきたナギはタマモをベッドに寝かした後、水を口に含みながら呟いた。落ち着いて見てみると、特に目立った外傷などはなくすぅすぅと寝息をたてており、ホッと一安心する。

 

イジスもエメルも泡狐竜相手に押してはいたが、やはり消耗はそれなりにあったらしく、各々武器を研いだりこんがり肉を食べたりしていた。

そんなナギの視線に気が付いたのか、二人は口を開き、いきなり核心を突いてくる。

 

「ナギ。こんな言い方はアレだがよ…タマモって、ありゃ普通の人間じゃあ、ねえよな?」

「…ですねぇ。あれはまさしく、タマミツネ……」

 

タマモのあんな姿を目の当たりにすれば、そう思うのも無理はないだろう。常人はあんなに跳躍したり、モンスター特有の「気配」など放ちはしない。ここで、彼女との馴れ初めを打ち明けるべきだと、ナギは思った。

 

「うん…エメさんの言う通りだよ。タマモは…………元は泡狐竜なんだ。

あいつとは、とある捕獲クエストで出逢ったんだ。焦ってて、麻酔玉を沢山投げた後確認したら、そこに人間の姿をしたあいつがいて……」

 

こんな感じで、ナギは彼女との出会いの経緯を事細かに説明していると、ベッドの方から毛布が擦れる音と小さな呻き声が聞こえてきた。タマモが目を覚ましたらしい。

 

 

「うぅ…」

「タマモ、大丈夫か?」

「…ナギ。私は……本当に兄者を手に掛けてしまったのか…。」

「兄者…って、あのタマミツネの事か?」

 

無言で頷くタマモ。

ナギはかけられる言葉が見当たらずに黙ってしまうと、ゆっくりとエメルが問いかける。

 

「タマモさん。あの姿になった顛末を、話してくれませんか?」

 

 

「………あまり、覚えていないのだが。私はユクモ村を出た後、兄者を追って渓流に入った。暴れ狂う兄者を見て、心が痛んだな。まず意志疎通を図ったが、…できなかった。それで確か、黒いもやみたいな部位の攻撃を受け始めた頃だったか……だんだん意識が遠のいていって、気が付いたらあの姿になっていたのだ。」

 

黒いもや…恐らく、獰猛化による部位の事だろうが、何か関係があるのだろうか。

 

「うぅむ~…まだ狐につままれた気分ですけど、これについては後で考えることにします~…」

 

ナギが再びタマモを見ると、やはりショックは隠せないようだった。彼女は、あのタマミツネの事をずっと考えていたのだろうが、よもやこんな形で再会するとは思わなかっただろう。

 

 

「タマモ…」

「あぁ、分かっているさ…。ギルドで聞いてきたのだが、兄者が周りの村に危害を加えているのだろう?心は痛むが……私は今は人間、ましてやハンターだ。狩る側の者なら、それなりの『けじめ』はしっかり付けなければなるまい。」

 

それは、「人間として」彼女が出した苦渋の決断だった。

だが、タマモはナギが思っていたよりずっと、強くなっていた。ジンオウガ狩猟の際、ベースキャンプで怯えていたあの時よりも。

 

「それが、お前の答えなんだよな…?」

「だがっ…!兄者のことは必ず捕獲をすると、約束してくれ。そうしてくれないと……私は、おかしくなってしまいそうだから。」

 

そう微笑むタマモの表情からは決意が感じ取れたが、目尻には涙が浮かんでいた。

 

「タマモさん…分かりました、私も全力を尽くして捕獲に当たります。その代わり、ユクモ村に帰ったらタマミツネとしての貴方のお話、いっぱい聞かせて下さいね?」

「タマモ…俺はお前の意志に従うぜ。お前が捕獲したいんだったらそうするし、…もし、殺めるとしても、黙って見守るぜ。」

 

今まで成り行きを見ていたエメルとイジスも口々にタマモを励ました。

 

「そうだ…タマモ、これを。」

 

ナギは荷袋をひっくり返し、中からつるぎたち研刃の切耶を取り出してから、それをベッドの上に置くと、こう告げる。

 

「心の整理が付いてからでいいから…出来たら、俺達の元へ来てくれ。」

「……分か、った。」

「それじゃあ、行ってくる。」

 

身を翻して、タマミツネのいるエリアに駆けていく三人。タマモは、その後ろ姿を静かに見守っていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「…ふぅー………。」

 

しばらくして、ベッドの上に置かれた剣を一瞥してから、すっと手に取る。その片方を天に掲げてみると、刀身は淡い桃色に輝いた。

空には、もう月が昇ってきている。

 

この剣は、兄者。

そしてこっちの剣は、ナギ達。

私はどっちを取るべきなのだろう。二振りの剣に例えて考えるも、答えは出ない。

 

「……少し、横になるかな…」

 

タマモはベッドに横たわり、自分の中の答えを探す。

思索しているうち、まぶたが重くなる。意識が遠退く。

暫くの間が空く。彼女がはっきり意識する前に、うとうと、寝入ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

夢の中で、誰かが語る。

 

(…マモ…タマモ……)

 

私の名前を誰かが呼ぶ。お前は、何者だ?

 

この声は、ナギ───ではない。でも、ナギに良く似ている誰かだ。それでいて、どこか懐かしい声でもある。

 

(まさか……兄者か!?)

 

もしかして、兄者が語っているのだろうか。意志疎通が難しかったのに、夢の中で。

 

(…いや、違う。これは……私の、思い出…?)

 

そう意識すると、突如目の前にある景色が浮かんできた。視界の中には、幼い私と、兄者がいる。

 

 

(なぁ…タマモ。)

(なんだ、あにじゃ?)

(もし。もしだぞ。将来、お前に俺より大切な仲間が出来たなら、俺を……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────っ!?」

 

タマモはベッドから飛び起きた。そして先程天に掲げていた剣を手に取ると、ゆっくりと呟く。

 

『俺を…………殺せ。』

 

…あぁ、そういうことか。

これが、兄者の──

──私の、答えだ。

 

 

そう頭で認識してから、すうっと思考が明瞭になる。

早速準備に取り掛かろう。ハンターたる者、早い準備が肝心だ。

 

自分の荷袋からアイテムポーチに荷物を移し、携帯食料を一口かじる。

地面には鈍い銀色の円盤が転がっていたので、それも拾ってポーチに入れた。

 

ベッドの上の武器、つるぎたち研刃の切耶を背中に仕舞い、ふと、腕を見る。

腕には、昔自分の爪だったものがある。

次に、頭を触ってみる。

結わえていたサイドテールは、昔、自分の尻尾だった物に。

 

 

「…………………往くか。」

 

 

それからぽつり呟くと、泡狐竜の装いをしたタマモはベッドからゆっくりと、ゆっくりと立ち上がったのだった。

 

 

 

 

 

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