泡狐竜と少女   作:佐渡山 創

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今日の日はさようなら

「はぁっ…はぁっ…どういう事だ…?」

 

ナギは、自分のアイテムポーチの中を見ながらそう呟く。

 

「おかしいな…確かに持ってきたはずだったのに…」

「おい、ナギ!そっちに行ったぞー!」

 

イジスの声がした方向を向くと、タマミツネの尻尾がすぐそこまで迫っていた。ジャスト回避でギリギリ避けるが、尻尾は後ろにあった木に命中し、木はメキメキと音を立てて倒れた。当たっていたらと思うとぞっとする。

 

「ナギさん、どうですか?罠はありましたか~?」

「それが…!くっ、どこにいったんだ…?」

 

 

ナギ達は、エリア5にてタマミツネと互角の闘いを繰り広げていた。

動きもだいぶ読めてきて、ジャスト回避の回数も増えている。他にもエメルによる生命の粉塵でのサポートや、イジスの乗り拘束によって少しずつではあるがタマミツネを追い詰めていた。

のだが……

 

「これじゃあ、捕獲が出来ないじゃないか…」

 

タマモ曰く、この個体は自身の兄者なのでこれ以上傷つけたくない。が、近隣の村の迷惑になっているのは看過できないので野放しにしておく訳にもいかない。

なので捕獲は熟孝の末の、苦渋の決断だった。

 

本人が捕獲してくれと言うのなら、ナギはその気持ちを第一に尊重する。

タマモは、兄者を殺されたのならばおかしくなってしまうかもしれない、と言っていた。もし討伐してしまった時、例え彼女がハンターを辞めたとしても自分が引き留める事はできないだろう。

 

「でも、罠が無いなら話にすらならないだろ………おいイジス!本当に持ってきてないのか!?」

「俺がそんな小道具に頼ると思うかぁー、ナギ!」

 

まぁ元より脳筋狩人のイジスが罠を持って来ないのは別にいいと思っていたが、こんな所で裏目に出るとは。

エメルに訊いてみても、さっき使った落とし穴が最後の罠だったらしく「調合分は今日は持ってきてないんです~…」と苦い顔をしていた。

 

「ん…?ひょっとしたら、タマモが持っているかもしれない…!」

 

と思ったが、彼女は武器も持たずに村を飛び出す程焦っていたため、罠を持っているはずがないだろう。

立ち止まって思考を巡らしても、肝心の罠がない以上答えは出ず、焦りだけが加速していく。

その時だった。

 

 

 

「いつまでつっ立っているつもりだ、ナギ!」

 

突然声が聞こえたと同時に、赤い泡がナギ目掛けて飛んで来、当たって砕け散った。

周りを見てみると、イジスとエメルの元にも飛んできたようだった。二人は泡狐竜の攻撃か、と思ったがすぐに違うと気付く。

 

「どうだ、私の一喝で気が楽になっただろう?」

 

そう言いながら自分達の元へ近づいてくる人影。間違いない。あれは、タマモだ。

 

彼女は手につるぎたち研刃の切耶を持ち、腕からは爪を生やしているので、まるで4振りの刀を携えているように見える。

そして、何かを決意した者の眼差しをしていた。

 

「私は決めたんだ。お前達と過ごす為に、昔の思い出を断ち切ると。その方が兄者も安心するだろうしな…」

「タマモ…」

「タマモさん…」

「案ずるな。私が自分で、手を下す…!」

 

そう呟くと、タマモは自身の口に尻尾を当ててから思いきり振り抜き、泡を周囲に撒き散らした。彼女なりの臨戦体勢だろう。

相手の動きを認識した泡狐竜は身を翻しタマモの元へ。甲高い声で咆哮すると、空気がビリビリと震えた。ナギ達はしゃがんで耳を塞ぐしかない。

 

 

咆哮が合図となったか、間髪入れずに泡狐竜同士は互いの尻尾をぶつけ合う。しばらく鍔迫り合いのように力が拮抗していたが、やがてタマモが押し負けた。

 

「力技では兄者が上手か。ならば…!」

 

次に、タマモは足に泡を纏い、滑らかに高速移動を始めた。泡狐竜の死角に回り込むと爪でブレーキをかけ、鬼人突進連斬をお見舞いする。

 

ここまで冷静にタマモの戦闘を見ていたナギだったが、そんな場合ではない。今、タマモは戦いの最中。兄者と、自分自身と戦っている。ここで参戦せずにどうしろというのだ。

 

「二人とも、タマモのサポートを頼む!エメさんは閃光玉、イジスは~…何か泡狐竜の気を引く物を!」

「わかりました~」

「何だよ気を引く物って!?まぁ、やってみらぁ!」

 

イジスとエメルに拙いながらも指示を出し、ナギは泡狐竜の元へ駆け出す。丁度泡狐竜がとぐろを巻いている中に飛び込んだため、タマモと背中合わせのような状態になった。

ナギは太刀を構えながら話す。

 

「タマモ、今どんな感じだ?」

「出方を伺っていて気付いたが、闇雲に攻撃している印象が強い。頭の黒い霧が、目も見えにくくしているのかもな…」

「じゃあ、霧は晴らしてやらなきゃな…」

「次、来るぞ!水ブレスだ!」

 

頭が赤黒く煌めき、泡狐竜は今度は二拍分遅れて水ブレスを放つ。タマモは泡を纏って回避し、ナギはジャスト回避で懐へ。気刃無双斬りが決まり、刃の色は黄色く輝いた。

だが、相手は怯まない。泡狐竜はナギに狙いを定め、サマーソルトで打ち据えようと空へ上がった。

 

その時。

 

「エメル!今だ!」

「はいです~」

 

一瞬、夜が蒸発したかのように眼前が眩く輝いたので、ナギは目を瞑ってしまった。

目を開けると、泡狐竜は地面でもがいており、立ち上がれないようだった。一体何が起こったんだろう、と思っていると、エメルの声が耳に入る。

 

 

「いや~、凄いですねイジスさんは~。泡狐竜が飛び上がるタイミングに合わせて私に閃光玉を投げさせて、そのまま落としちゃったんですよ~?」

「どーよナギ!俺の動・体・視・力!!」

 

イジスは泡狐竜が飛び上がるタイミングを、ずっと伺っていたのか。どおりで砲撃の音が全く聞こえなかった訳だ。

ダウンした泡狐竜の前足に、タマモは斬撃を食らわせていた。二本の刀と二振りの爪、計四振りの刃が泡狐竜の爪と鱗を削っていく。

 

めまい状態から復帰した泡狐竜の身体は大小様々な傷があり、頭部のヒレは破れ、鋭爪は先程のタマモの連撃により折られていた。タマモの気持ちになり、思わず目を逸らすナギ。

しかし、タマモは泡狐竜を見据えながら、次の行動を淡々と告げる。

 

「罠を仕掛ける。一気に畳み掛けよう」

「罠……。タマモ、罠なんだけど…その…」

「まさか、持っていないと言うんじゃあるまいな…?」

「その通りだ……ごめん。」

 

ナギは謝るが、タマモは微笑みポーチから何かを取り出す。

その手には、銀色の円盤が握られていた。

 

「これ…俺の罠だ!どこかで落としていたのか…?」

「ベースキャンプに落ちていたのを、私が拾って持ってきたのだ。」

「あっ、あの時か…」

 

そういえば、ベースキャンプでタマモに双剣を渡そうと、荷袋の中身をひっくり返したのだった。その拍子に落としたのか……

 

「フッ、私が持ってきたから良かったものの、気付かなければどうなっていたことか…」

「…俺は、皆に救われてばっかだなぁ。ありがとう、タマモ。」

「作戦会議は終わったかぁー!?」

「もう、これ以上は限界ですよぉ~!」

 

ここまでの会話をしている間、イジスとエメルが泡狐竜を引きつけてくれていたのだが、エメルの言うとおり二人とも限界のようだ。

罠の所在が判明した所で、ナギとタマモはそれぞれ行動を起こす。

 

「タマモは罠を頼む。仕掛け終えたら、俺達三人で誘導をするから、そこからは…」

「私が手を下す、か…了解。」

 

ナギはそう伝えると、足早に泡狐竜の元へ走り出した。

罠を仕掛けるという事は、今が捕獲のタイミングなのだろう。そう思い、あまり攻撃はせずに、武器をちらつかせながら泡狐竜の気を引く。

 

後ろでは丁度タマモがシビレ罠を仕掛け終えたようで、バチバチと電撃が迸る音が聞こえてくる。

それを合図に、ナギはシビレ罠の向こうまで走り抜け、たまのをの絶刀の斬振を高く掲げた。

 

菫色の刃が月光を反射し、キラリと輝く。泡狐竜はナギに向けて突進を繰り出そうとしたが、その途中で思惑通りシビレ罠にかかった。

 

「よし!今しかないぞ、皆!」

「おうよ!」

「了解です~!」

 

最後のチャンスを逃すまいと、捕獲用麻酔玉を一斉に投げる3人。

強い刺激臭がした霧が泡狐竜の身体を包み、捕獲は完了。

 

 

 

…………したかに思われたが、どういうわけか、麻酔玉を3発投げても4発投げても、泡狐竜は一向に倒れる気配を見せない。

 

まさか、タマモは焦って罠を仕掛けるタイミングを誤ったのだろうか。

 

「タマモ、まずいぞ…捕獲が出来ない!」

「タマモさん、どうする気ですか~!?」

 

 

「これで、いいんだ…。言っただろう、『私が自分で手を下す』と……」

 

 

 

タマモはぽつり、そう呟くと、次の瞬間には紫色のオーラを纏っていた。二つの眼には紅い光が灯っている。

 

「獣宿し!?まさか、本気で…」

 

それから、タマモは助走をつけ、未だ痺れている泡狐竜に向かって走り出す。

段差で跳躍し、頭部に連撃。更にそのまま、泡狐竜の体を踏みつけ、空へと舞い上がる。

 

黄金色の月と、タマモの姿が重なった。

 

「破ぁッ!」

 

 

天翔空破断、炸裂。

裂帛の気合いと共にタマモは、自分の双剣を、爪を、尻尾を、持てる力の全てを泡狐竜に叩き付けた。

 

 

一拍置いて、シビレ罠の拘束が切れると同時に、泡狐竜は地に倒れ伏した。

 

 

 

 

「……討伐、したのか…?」

「はぁ…はぁ…いや、まだ息はある……」

 

息を切らしながらタマモが答える。言われてみると、確かに絶命はしていない。

獰猛化の障気が消えたことで、顔がよく見える状態になっていた。タマミツネの眼には、タマモの姿がしかと映っていることだろう。

 

「エメさん……このまま捕獲は出来ないんですか」

「…残念ですが、私達はもう罠も、捕獲用麻酔玉も持っていません……それに、ほら…」

 

エメルが指差す先には、タマミツネの首筋につるぎたち研刃の切耶をあてがっているタマモがいた。彼女がその剣を振り払えば、今度こそ泡狐竜は絶命するだろう。

 

 

「…………兄者。私は、後悔はしないぞ。」

「タマモ……本当に、いいのか?」

「…あぁ。私は、『人間として』お前達と一緒に生きたい。だから未練が残らない道を選んだだけだ。」

「……。」

 

タマミツネの眼は、静かにタマモを───妹の眼を、見つめ返しているようだった。

 

「………兄者。…ありがとう。ありがとう。本当に、ありがとう…。」

 

その言葉に呼応して、タマミツネのまぶたがすうっ、と閉じる。

 

「では、兄者。また、逢う日まで…………」

 

 

 

タマモの手が、タマミツネの顔に近づいていく。

 

 

そうして、ゆっくりと、ゆっくりと、その首筋に、剣を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さようなら、兄者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で、一つの命が、絶えた。

 

モンスターを狩るのがハンターの使命。そうして狩られていったモンスターには、それなりの敬意を表さねばならない。

 

ナギは、息絶えたタマミツネに黙祷を捧げる。

いつもより長く、眼を瞑ってタマミツネに向かって祈った。

 

イジスは、ナギの隣に来てタマミツネの顔を一瞥した後、倣って黙祷をした。

 

エメルも目尻に浮かんだら涙を拭ってから、タマミツネに黙祷をした。

 

 

 

 

 

「………よし。さぁ皆、村に戻ろうか…」

 

黙祷を終えた後、ナギは3人に呼び掛けるが、そこにタマモが寄ってきた。

 

「………ナギ。」

 

そしてナギを抱き寄せ、ミツネsアームの袖をきゅっ、と掴んだ。

 

「タマモ…」

 

ナギは、彼女の名前を呟いた。

 

タマモの、噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。眼には涙が溜まっていく。

やがて────

 

 

「うっ、ぐすっ、うわああああああああん!うわああああああああん!わああああああ!!兄者…兄者ああああああああ!!!」 

 

 

彼女の最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどがなかった。堰を切ったように、ずっと堪えていた涙が、感情が溢れだしてくる。

 

 

 

ナギは、自分の胸に顔を埋めて泣き叫ぶ彼女の頭を、ただ撫でる事しかできないでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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