「これで完成、っと……皆さーん!味噌汁が出来ました!どうぞ召し上がって下さーい!」
ナギは声を張り上げ、村の皆さんに呼び掛けた。
先程まで作業していた人達や、女性や村の子ども達がわらわらと集まって来たので、一人一人によそって渡す。この人数だとすぐ無くなりそうだな、と思いながら二つ目の鍋に水を入れ、火に掛けた。
タマミツネを討伐した後、ユクモ村ギルドの命で、ナギ一行は渓流付近の村である「マカの村」にて復旧作業の手伝いをしていた。
村民から聞いた話だと、直接タマミツネによる被害はなかったが、触発された小型モンスター達による被害が主との事だ。何でも、家屋を打ち壊されたり、物流ルートが遮断されたりしたので、食料不足に陥っているらしい。
なので、料理が得意なナギは給仕に従じている訳である。
「まさか、ここで料理のスキルが役立つとはな…」
冬で無いとは言え、渓流地域一帯は標高が高いので夜は冷える。なので、村の皆さんには暖かい味噌汁を振る舞い、空腹と肌寒さを凌いでもらうつもりだ。
「上手に焼けましたぁぁぁー!ほら、こんがり肉だぞ!皆食べろーっ!」
一方イジスは、村の子ども達にこんがり肉を振る舞っていた。いつも生肉と肉焼きセットを携帯している事が、こういう時に役に立ったようだ。
「…うめぇ!おれ、こんな美味しい肉初めて食べた…」
「はっはっはー、どうだ旨いだろ!メシが満足に食えなくなるのが一番辛い事だからなぁ。よっしゃ、じゃんじゃん焼くぜぇ~!」
肉が焼ける香ばしい匂いにつられて、子どもだけでなく大人もちらほら集まっているのが見える。
…後で自分が持ってる生肉も渡しに行こうかな。
そんな事を思いながら、鍋の中に具材を投入するナギは、タマモの事が気になっていた。
自分の家族を永遠に失うこと程、悲しい出来事はない。詳しくは語れないが、ナギにもそういった経験がある。
なので、泣いているタマモを見ていると心が傷んだ。独りで抱え込んでいた彼女に、何故ひと声掛けてやれなかったのだろう、自分は。
もし相談に乗っていれば、彼女の悲しみを少しでも和げられただろうかと、今更後悔する。
「あの~、ナギさん~」
今、タマモは村外れの河原に座っている。ナギがいるテントからでも、月明かりに照らされた背中がぼんやりと見えた。
あんな場所にずっと座っていて寒いだろうに、一向に動く気配を見せない。
「…聞こえてますか~?」
こちらから声を掛けたいけれど、彼女には一人で考える時間も与えてあげたい…。
二つの思いが拮抗し、ナギは行動が起こせずにいた。
「ナギさ~んっ!」
「ひゃいっ!?」
「あ、やっと気づきましたぁ。味噌汁を貰いたいんですけど、いいですか~?」
声を掛けてきたのはエメルだった。
しまった。タマモの事に気をとられて手元が疎かになっていた。呼び掛けられていた事にも気づかなかったため、変な声を出してしまうとは…
「すいません、ちょっと考え事してて…。今よそいますね」
「考え事、ですか~……。ひょっとして、タマモさんについてですか?」
「えっ、何で分かったんですか?」
「いや、ずーっとタマモさんを見つめていましたし~…」
どうやら、気持ちだけだと思っていたのに行動にも現れていたようだ。
「私、こう見えても勘が鋭いんですよ~?…タマモさん、落ち込まれてますね~…」
「そうですね…何とかして慰めてあげたいんですが…」
「ふ~む…では、私が慰めに行って差し上げましょう~!」
そう言いグッと拳を握りしめるエメル。
「本当ですか?」
「はい、私にお任せ下さい~。こういう時は、女のコ同士で腹を割って話せばなんとかなるモンですよ~」
確かに自分が行くよりも、女性同士の方が話しやすい事があるかもしれない。こういう時は尚更だ。
エメルに味噌汁を渡して作業に取り掛かろうとするナギだったが、再び彼女から声を掛けられる。
「ところで、ナギさん。貴方のタマモさんを憂う姿が、私には『想う人がいる』ように見えたのですが~…」
「…?『想う人』って、どういう事ですか?」
「ふむぅ…端的に言うなら、『恋人』ですかね~?私にはよくわかりませんが~…」
「こっ、恋人!?」
「あ、味噌汁もう一つ貰っていきますね~」
ナギの心がざわめくような一言を残して、今度こそエメルはタマモの元へ向かっていった。
「恋人…そういう関係に見えるのか…?って、あぁっ!?やばい!煮詰まってる!!!」
慌てて鍋の中を見ると、グツグツと煮えたぎっており、お湯の量が半分程減っている。
ナギは急いで味噌を手に取り、湯気の火照りで顔を赤くしながら味噌汁作りを再開するのだった。
◆◆◆
「はぁ……」
先程から、何度ついたか分からない溜め息をまた一つ、つく。月の光を反射した銀色の河面すら、今は沈んだ色に見えた。
私は決めた筈なのに、未だにこれで良かったのだろうかと迷っている。
心にぽっかり穴が空いたようなこの気持ちは、どうしたら埋まるのだろうか。
「後悔しても始まらないのは……分かっているのだがなぁ…」
「タマモさ~ん、寒いでしょうから味噌汁を持ってきましたよ~」
「あ、エメル…」
「ナギさんが作ってくれたんですよ~。具だくさんで美味しいですよ~」
そう言って味噌汁を差し出してくるエメル。受けとると、汁の温もりが器を通じて冷えた手に染み渡った。
「あったかい…」
思わず口をついて出た言葉。お腹もぐぅと鳴る。そういえば、朝に村を飛び出して来てから何も口にしていない。味噌汁を飲み、はぁ、と先程とは違うため息をついた。ため息聞いたのか、エメルが微笑んでこちらを見てくる。
「…タマモさん。ここでちょっと、私の昔話をしてもいいですか?」
「…何だ?」
体が内側からじんわりと暖まっていくのを感じながら、タマモは答えた。
「私…実はタマモさんと同じで、元はモンスターだったんです。」
「……え?」
突然、予測もしてなかった告白に、頭の中が真っ白になる。だがそれは、先ほどまで悩んでいた自分の事とは全く真逆の事で、少し面白く感じてしまった。
「…ふふっ」
「あー、タマモさん笑わないでくださいよぉ。これ割と人に話した事ないんですからね~!」
「あはは…すまない。さっきまで悩んでいた事とは似つかぬものだったのでな。
それにしても…エメルがモンスター?思いもしなかったが…」
「私、元々ケルビっていう小型のモンスターから人間になったんです。タマモさんの姿を龍歴院で見かけた時に親近感を感じまして~…だからでしょうかね、初めてタマモさん一行に声を掛けたのも…」
確かにあの時はいきなりジンオウガ狩猟の依頼を持ちかけられて面食らった記憶があったが、そういう背景があったのか。ケルビだというのも、思い当たる節がない訳でもない。
初めて兄者…獰猛化タマミツネと邂逅した時も、採集を切り上げて帰ろうと言っていた。今思えば、あれはモンスター特有の危機察知能力だったのだろう。
「だが…何故ハンターになろうと思ったのだ?私も人間となった時は不安も恐怖もあったのだが…怖くなかったのか?」
「そりゃ…怖かったですよ。私、多分龍歴院の実験で人間になったんです。人間は冷たいもの、そう思ってました。でも…そんな時に、『お料理』に出会ったんです。」
「…料理?」
「お料理って、人間が作るものじゃないですか。暖かくて、こんなに幸せになれる物ってなかなかないですよ?凄いじゃないですか。人間がこんな暖かいものを作れると思うと…不安も恐怖も、自然と消えちゃってました」
はにかんで味噌汁をすするエメル。ぷはー、と白い息を吐きながら、続けてこう言った。
「…だから、タマモさんもそう悲観なさらないで下さい。家族を失ってしまった悲しみは私には計り知れませんが…ここにはイジスさんもナギさんもいます。二人とも優しい人たちです。それでも悲しくなったなら…こうして私の昔話でも聞いて、一緒に笑い飛ばしてしまいましょう。」
そう語るエメルの横顔は、やはり満ち足りていた。目の前には、私を思いやってくれている一人の仲間がいる。
…そうだ、私は人間として生きると決めたのだ。いつまでもくよくよしている訳にはいかない。そう思うと、自然に涙と、笑顔がこぼれた。
「ふふっ、そうだな。こうして落ち込んでいては、兄者に示しがつかないではないか……ありがとう、エメル。私を励ましてくれて」
「いえいえ~、大丈夫ですよ~。タマモさんこそ、私のお話を聞いてくれてありがとうございます~」
「かなり衝撃的な内容だったがな。…ひっくしゅん!」
思わずくしゃみが出る。こんな川の側で物思いに耽っているから体が冷えてしまったようだ。
「うう…冷えるな」
「向こうに焚き火がありますから暖まりに行きましょう~。そうだ、イジスさんがこんがり肉を焼いてくれていますよ~!」
「あぁ…何も食べてないからお腹がすいてしまったな。腹を満たしたら、村の復旧作業の手伝いといこうか」
「そうですねぇ~…」
兄者。私には、貴方より大切な仲間ができた。
これから私は人間として生きていくが、どうか…見守っていてほしい。
下を向いていてはいけないと思い、天を仰ぐ。
広場に向かって歩き始めた二人の背中には、金色の月明かりが優しく降り注いでいた。
一番好きなキャラクターは?
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ナギ
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タマモ
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イジス
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エメル
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サジ