「ん、んん~…」
いつもと違う環境での目覚め。狭い座席に長時間同じ体勢で居たせいか、四肢が幾らか痺れた。
「そうか、寝ちゃってたんだ…」
ナギは小さく呟く。思いの外疲れが溜まっていたらしく、荷車に乗り込んだまま寝ていたようだ。ふと隣を見るとタマモが自分の肩にもたれながら寝息を立てていた。疲れていたのはあちらも同じらしい。
とりあえず状況を確認すべく、外を眺めながら御車のアイルーに尋ねる。東の空は明るく霞み始めていた。
「あとどれぐらいで着きそうだ?」
「もうあと小一時間もしないうちに到着ですニャ。着いたら起こすので、もう少し寝ていても構わないですニャ。」
「そっか、ありがと。」
しかし一度目が覚めてしまったので眠気はなかなか来る気配がない。なので少しボーっとしていたら、パラパラと雨粒が
しばらく雨垂れの音を聞いていたら眠気が戻ってきた。ここは御車アイルーの言葉に甘えさせて頂こう。眠気に身を任せ、ナギは次第に意識を手放していった。
◆◆◆
帰還したユクモ村はいつもと変わらない営みを続けていた。山間部に拓かれた、自然豊かな村。二ヶ月しか滞在していないのにまるで故郷に帰ってきたような感じがした。
「ほう、人間の拠点もなかなか美しいな…」
「まぁ、ここは紅葉も綺麗だし温泉も湧いてるからな…気になるんだったら浸かってく?」
「湯に体を委ねるなどしたことは無いから興味はあるが…それより貴様、村長、とやらに報告をしに行くのではなかったのか?」
「そうだった…信じてもらえるかな…?」
一気に気分が重くなる。この少女がモンスターだという事を知ったら村民はパニックになるだろうが、村長にだけは報告しておかなければならない気がした。
朱塗りの門をくぐって村の中央を貫く石段を登り、村長の元を目指す。彼女は今日も定位置でお茶を啜っていた。
「ナギさん、おかえりなさいませ。疲れてるとは思いますがゆっくりして行って下さい。」
労ってくれるのは有難いが今はそれどころではない。とりあえずこうとだけ耳打ちした。
「ちょっと相談事があるんですが、ここでは何なのでお宅で話をしてもいいですか?」
「私は構いませんけれど…何かあったのですか?それにそちらのお嬢さんは…?」
「…え―と、色々疑問はあるかと思いますが全部ひっくるめてこれから話します。タマモ、行くぞ。」
「言われなくても分かっている。」
こうして村長宅にお邪魔させてもらい、ナギは事の顛末を語った。
「そのような不思議な事があるなんて、人生何が起こるか分かりませんわね…」
一口お茶を啜ってから村長は答える。200歳を優に超えているであろう竜人族が驚いているところを見ると、よっぽど珍しい出来事なのだろう。まぁ、もしこういった事の前例があるのならばそこかしこで混乱が起きていると思うが。
「そういうことなんですよ…」
「このお嬢さんが泡狐竜だなんて…本人が一番驚いているでしょうね…」
「まぁ、はい…」
少し下を向いて答えるタマモ。人間になった経緯はそれとして、まず考えるべきはこれからの事だ。
「とりあえずこの後どうした方が良いんでしょうか…コイツ身寄りもないですし…」
「ん~…」
村長は口に人差し指を当て何か考えているようだ。しばしの黙考の末、彼女はこう切り出した。
「それならば、いっそ二人でハンターをやってみては良いのではないでしょうか?」
「「・・・・・・・・は?」」
こういう時だけ、二人の声はぴったり重なるのだった。
◆◆◆
「全く、何故私がこのような事をせねばならんのだ…」
「まぁ、職が見つかっただけでも良かったと思えばいいじゃんか。」
「そういう問題ではないだろう…」
ナギがユクモ村から借りている家、その一室で二人はそんな会話をしながら出掛けるための準備をしていた。
事の始まりは村長がタマモに「ハンターをやってみてはどうか」と提案したからだ。当のタマモはそんな提案を聞く筈もなく、現にその時は猛反発していた。そしてその心境はナギにも分かる。
なにせこの間まで自然界の一部、ハンターからしてみれば狩られる側だったのにいきなり「狩る側になれ」と言われてもそりゃ混乱するだろう。
しかし村長の巧みな説得によりタマモは徐々に聞く耳を持ち、ハンターになる事を受け入れたようだがまだ少し納得のいかない様子だった。
自分はタマモがハンターになるというのは肯定するし、何より仲間が増えるので嬉しい限りだ。その事についての不安は一度狩りに出てもらえば吹き飛ぶだろう。これはナギの経験則でもあった。
そんな事を考えながら作業をしているとあちらも準備を終えたらしい。まとめた荷物を愛用の茶色い荷袋に詰め込む。タマモの分は村に備品があったのでそれを使わせてもらった。
「これだいいのだろうな。忘れている物があったら承知しないぞ」
「だいたいの物はこれで大丈夫だろ。あとは龍歴院まで行くだけだな。」
ハンターになるにはハンター登録と諸々の手続き、そしてギルドマネージャーの許可が必要になるので、それらの手続きを行う為に龍歴院まで行かなければならない。しかし龍歴院までは飛行船で二日は余裕で掛かるので、このような支度をしているという訳だ。
「飛行船は今日…というかもうすぐ出る便と明日の朝あるけど…どっちに乗っていくつもりだ?」
「なるべく早い方がいい。ただでさえ狭い飛行船の中、貴様と二日間も乗ると思うと尚更だ。」
「ひでぇ」
だいたい今日乗ろうが明日乗ろうが飛ぶ時間は変わらないのでどちらでもいいではないかと思う。そこら辺はまだ信頼されてないという事だろうか。
「んじゃ、もうそろそろ乗るか?」
「そうだな。空を飛んだことは無いので、少し楽しみではあるが…」
海竜種が空を飛んだらこちらとしては立ち向かい様がない。まぁその逆は飛竜種が海を泳ぐような物だが。
リオレウスが魚雷のように海の中を進む姿を想像して少し吹き出しそうになってしまうのを堪えつつ飛行船に乗り込む。
周りを見渡すとハンターと思しき人もちらほら見えたり、恐らく他の地方から来たであろう湯治客の姿も多い。そんな人の波に揉まれて四苦八苦している二人をよそに、飛行船は静かに龍歴院へと向けて飛び立った。
◆◆◆
それから一日が経ち、今日は航行二日目である。しかしどういう訳か天候が非常に悪い。窓の外を雨粒が打ち、時折遠雷も聞こえる。流石に大型の飛行船なので墜落はしないだろうが、到着が遅れることは予想できた。
「ひっ…!」
今窓の外で雷が鳴ったのだが、それと同時にタマモが自分の腕に飛びついてきた。
「な、何をしている貴様離れろ!」
「いや、そっちが飛びついてきたんだろうが?! …雷、怖いのか?」
「わっ、悪いか!私は雷が苦手でそういう力を扱うモンスターとは渡り合わないようにしてきたのだ…」
「それ克服しないとハンターは難しいぞ…?」
「むぅ…」
そんな他愛もない会話もそこそこに、ふと窓の外を見ると、遠くの暗雲の中に、何か白いものがあるのが目に入った。目を凝らせば、ハタハタとなびいているような感じにも見える。
「…何だありゃ…布?」
「おい貴様、何か見つけて…キャッ!」
タマモが話しかけようとした所で、稲妻が走った。
彼女は身を縮こまらせ、再び身を寄せてくる。
「いや…今、窓の外に白い何かが見えて…」
「…?何も見えないではないか。」
「え、あれ?…見間違いかな…」
ナギは心の中で小さな引っ掛かりがあるのを感じた。がすぐに打ち消し、次の雷に怯えるタマモの頭を撫でてやるのだった。
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