私の名前はジェイル・スカリエッティ、狂気のマッドサイエンティスト、次元世界の破壊者、科学の先達、様々な呼び名を持つがやはり私にはこの呼び名が一番だ。
ドクター―――……
初めてそう呼んでくれた人の名前を今はもう忘れてしまったが、それでもその名は今でも私の心を楔留める。
「間違いを犯すことに怯え……。薄い絆に縋って震え……。そんな人生など、無意味だと思わんかね……?」
かつて、私を追い詰めた者に向かって言った言葉。
それは、もしかすれば自分に向かっての言葉だったのではないだろうか。
こんな所に閉じ込められて、物思いにふける毎日を送っていれば、雑念が生まれてきてもしかたがないか……。
そうだとも、私は無限の欲望……、アンリミテッド・デザイアーだ。
ただ、自分の信じた道を自分のしたいように進めばそれでいい。
他の誰でもない、脳みそだけの化け物に刷り込まれたモノでもない。
私の意志で、そう決めたのだから……。
ここは第九無人世界グリューエン軌道拘置所
数多の世界に災いをもたらそうとした―――
次元犯罪者の行き着く先―――。
新暦79年ミッドチルダ
人工的なビル郡に、青々とした樹木が整然と並び、絵画の世界を思わせるようなレンガの道。
その脇の歩道に面したお洒落なカフェテリアには、二人の人物がつかの間の急速に、心身を癒していた。
「もうあれから、四年もたったんだねぇ~」
そう言いながら目の前に用意された、ジャンボチョコレートパフェに、スプーンを突き刺した女性、スバル・ナカジマはスプーンですくったアイスクリームを小さな口に入れた。
「四年もたったのに、アンタは特に変わらないわね」
はぁ~、と大きなため息をついたのは、そんあスバルに向かい合うように座るティアナ・ランスターであり、彼女はブラックコーヒーの香りを楽しみ、体の怠惰感を体の下へと下ろしていく。
「ヴィヴィオも今年で四年生だし、この間久しぶりにあったらずいぶんと大人びていたからビックリしたよ」
「最近の子供は、成長が早いと言うかなんというか……」
ティアナは自分が小学四年生だった時のことを考え、時代の移り変わりの速さに辟易とする。
そんなことを考えても肩がこるだけだと気持ちを切り替えたティアナは、大切な友人であるスバルの家庭環境の様子についてたずねた。
「あの子達も元気にしてるの?」
「ノーヴェ達のこと?皆、いい子にしてるよ♪ねぇねぇ、聞いてよティア!ウェンディがこの前ね―――……」
二人の女性は、語らいに花を咲かせる。
四年前、JS事件と呼ばれる大規模テロ事件、ジェイル・スカリエッティを首謀者に行われたそれは、当時ティアナやスバルが所属した機動六課の活躍により終わりを迎えた。
今、ジェイル・スカリエッティの元で機動六課と敵対していた少女達は自らの行いを悔い、世界のためになろうと、スバル・ナカジマの家族となって日々すごしている。
夕暮れ時、日が沈み始め黄金色が町を包み、子供たちに帰宅を促すアナウンスとオルゴールの音が流れ出すと、スバルは思い切ったようにしていった。
「……そっちの事件は、どうなの?」
えぇ―――……、とティアナは飲み干し空となったマグカップを置くと、辛そうに肩を回しながら答えた。
「よくないわね……。なんの手がかりも無く、捜査は膠着状態、上は血眼になっているけど、私達としては、提供された情報が余りにも少なくて何をどうすればいいのか立ち行かなくなってる。一つ大きな事件を解決したフェイトさんも、合流するみたい」
「そっか―――……」
執務官として、近年活躍し若手のホープと名高いティアナですら、お手上げだといわんばかりの事件、第九無人世界グリューエン軌道拘置所襲撃事件。
犯人の手がかりは一切無し、管理局が誇るSSS級の犯罪者を閉じ込める鉄壁の拘置所、そこが破られ、現在そこに捕らわれていた一人の人物が行方不明となっている。
彼の名前はジェイル・スカリエッティ、JS事件の首謀者にして天才、彼の頭脳が悪しきことに利用されるとなれば、世界は再び恐怖のどんぞこへと落とされてしまう。
「それだけは、なんとしてでも防がないと……」
帰り道の最中ティアナは考えていた。
当初考えられていたスカリエッティが首謀した脱獄だという考え、これは今では主流ではない。
そもそも、第九無人世界グリューエン軌道拘置所は外部からの接触が出来なく作られている。
スカリエッティがどういった手段でそれをなしたのか、今の我々では想像も出来ない。
次に、彼が娘と呼んでいたウーノ、トーレ、クアットロ、セッテを置きざりにしたこと、ジェイルを知る人物であるならば、彼女達を置いていくとは考えずらい。
次に、争ったような後が見受けられたこと、ジェイルの血痕も残されていたことから、彼は抵抗したようだった。
ならば、なぜ、どうして、なにが―――
考えても考えても、答えは出てこない。
「あ゛ぁ゛~もぅッ!考えても今は仕方が無い、ようやく取れたたまの休み、今日はシャワーをゆっくり浴びて早く寝よ」
そう一人呟くと、ティアナ帰路を急いだ。
「?」
その時、眼前に一人の子供が現れた。
見た目は小学低学年、ボロボロの布を頭から全身を覆うように巻きつけている。
時間もさることながら、その風貌に違和感を覚えたティアナは、子供に声をかけるべく近寄る。
「君、こんな時間にどうしたの?お父さんとお母さんは?」
声をかけた瞬間、子供は目に見えて驚き、反転し逃走しようとした。
が――――
「ふべッ!!」
服のサイズがあっていないのか、ズボンの裾を踏み盛大にすっころんだ。
「あらら……」
ティアナは、転んだまま立ち上がることが出来ない子供の両脇に手を入れると、自分と向き合うように立たせる。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
この出会いをティアナ・ランスターは忘れることがないだろう。
「……え」
肌蹴た布の先に見えたのは、夜すら霞むほどの紫色の髪、純真無垢な金色の瞳、幼いながらも整った顔立ち。
見てすぐに気づいた。
ずっと、追いかけていたから、その顔をみた瞬間にすぐにその名前が出てきた。
「ジェイル・スカリエッティ……」
JS事件から、もう四年もたった。
脱獄事件から半年が過ぎた。
まだ、なにも終わってなどいなかった。
ティアナ・ランスターはあれから、子供の人定をとり、親類その他過去のことを確かめようとした。
答えは、すべて不明―――
ティアナ・ランスターが保護した子供は、すべてが謎に包まれていた。
昔の管理局のデータバンクに人定確定方法だったなら、相手が身元の分かるものを保持していないもしくは、名前その他を言わないことでそれも可能だろう。
だが、今の管理局でそれはあり得ない。
今では、指紋一つ、網膜一つ、髪の毛一本、などですぐにわかることだ。
それが、一般の資機材では該当無しと出た。
そのため、ティアナ・ランスターはもっと詳しく、それこそ存在自体を秘匿された人物でさえ特定できる管理局本局まで、子供を保護という名目で護送していた。
―――のは、いいのだが
「うぐっ……ひっ……えう……」
その子供は、護送車の中で永遠と泣いていた。
それこそ、こちらが不憫に思うほどに泣いていた。
「はぁ~~~~っ……」
そんな子供を見ながら、ティアナ・ランスターは盛大にため息を吐く。
そして、子供はひどく怯えたように肩を跳ね上げ、また泣き出す。
この子供は、本当にジェイル・スカリエッティなのか、その自分の考えが揺さぶられてしまいそうだと、ティアナはこめかみを揉む。
「ランスター執務官到着しました」
そうこうしているうちに、本局についたようだ。
ティアナはそう考えながら、子供に降りるように促す。
「ひぅ……」
だが、子供は怯えたままでティアナのいうことを聞こうとしない。
どうしたものかと、ティアナが考えていると、護送に同行していた局員の女性の一人が優しく子供に声をかけた。
「大丈夫、一緒にいこ?」
するとどうだ、先ほどまで梃子でも動こうとしなかった子供は、素直に手を引かれ護送車を降りるではないか。
ティアナは、自分を含めた他の局員がどうしようとも駄目だったことを、何の苦も無く無しえた局員の可能性を瞬時に計算する。
だが、どれも求める答えにはいきつかない。
そうして、少しばかり苛立つとそれを察知してか子供はまた一段と怯えるのだ。
「はぁ~~~~」
自分は、そんなにも怖い存在なのか……。
何故だか、ティアナは悲しくなってしまった。
そうこうしながら、本局内を歩いていると、よく知った声色を耳にした。
「久しぶり、ティアナ」
「フェイトさん!」
声をかけて来たのは、恩師フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、機動六課入隊時に出会い、ティアナを執務官まで導いてくれた大恩ある存在である。
久しぶりに会うフェイトとティアナは、会話を少しだけすると、すぐに念話に切り替えた。
『その子が例の?』
『はい……、フェイトさんから見てどう思いますか?』
『私も、この子は似ていると思う。でも、それ以上に勘がそうだと言ってる』
『はい、機動六課の局員なら皆そうだと確信すると思います』
『でも、そうでない可能性もある。まずは、調べてみないことには始まらない』
『はい』
そう念話で会話しながら、フェイトは子供に対し、慣れた様子で話しかけていた。
だが、その子供はティアナ同様にフェイトに対して、ひどく怯えた様子であった。
「検査の結果、ほぼ間違いなくジェイル・スカリエッティである」
そう結果を読み上げたティアナは廊下に並べられていた長椅子に深く座り込んだ。
「だだし、ジェイル・スカリエッティであった頃の記憶はもとより、生活する上で必要な記憶以外は、すべてなくなっている」
これには、どうすこともできない。
このような検査結果が出てしまったなら、再び監獄にいれるなんてことも出来ない。
管理局の法は、今のジェイル・スカリエッティを無実な子供としかとらえることが出来ない。
「……どうしてこんなことに」
「今の段階では、答えが出せなくても仕方がないよティアナ……、それよりも……」
「はい、すでに上の方からスカリエッティの引き渡し要求が来ています」
「じゃあ、やっぱり……」
「はい、スカリエッティがスカリエッティであった頃には叶わなかった管理局の願い……、無限の欲望の再利用……、上の狙いは今の内に管理局に従順な天才にしてしまおうってところですかね」
「それだけは、なんとしても阻止しなくちゃいけない……」
「はい……、スカリエッティを誰よりも知る私達だからこそ断言できる。そんなことをすれば、第2のJS事件を起こしてしまうことを……」
ティアナはそういうと、なにか決心したように瞳を輝かせた。
「なにか考えがあるの、ティアナ?」
そう問うフェイトにティアナは苦虫を噛みしめたような笑顔で頷いた。
「はい」
その日から、一か月―――
綺麗に整えられた廊下、靴がきれいに並べられた玄関、扉を開けば太陽の優しい光と温かい風が流れ込んでくる。
町の匂いに、今日も忙しくなると予感めいたものを感じながら、ティアナはまるで子犬のようにぽつんと立つ、同居人の頭を一撫でした。
「いい子で待ってるのよ、ティーノ」
「うん!」
そこには、ティーノと呼ばれた元スカリエッティだった子供の姿があった。
「僕、いい子にしてるよ!」
そう言って褒めて褒めてと笑顔になるティーノに、ティアナは小さく笑うとティーノの両頬を両手包みこんだ。
「晩御飯までには、帰ってくるからね?」
「うん!」
「それじゃいってきます!」
「いってらっしゃい!」
ここから始まるのは、過去にとても滅ぼすことのできない罪を抱えた子供の鮮烈な物語である。