炎が世界を支配していた。
火の光が舞う世界で、空から水が降り注ぎ、体の熱を奪っていく。
このまま、すべて奪ってくれたなら―――。
全部が全部、怖い―――。
どうして、世界はこんなにも灰色なのか。
どうして、そんな目で僕を見るの……?
僕が何をしたの……?
教えて―――。
誰か、教えてよ……。
こんな所には、いたくない。
だから、僕からすべてを奪って……。
ジェイルは静かに、瞳を開けた。
その瞳には、なにも映してなくて、虚ろで、そして死んでしまいそうな。
そんな絶望を秘めた瞳で世界を見つめようとしていた。
けれど、ジェイルはそこで色を見た。
炎の赤と、スプリンクラーの透明な水、天使と悪魔のように互いを喰いあいながら世界を埋め尽くしていた地獄を背に、その人を見た。
夕日のような長い髪の毛は水で濡れ、服の所々は焼けている。
天使と悪魔、双方から守るようにその人は僕を抱きしめていた。
「目を……覚ました……!やった、やった!良かった……よかったよぉ……」
大きな瞳からは、涙が溢れ出していて、それが僕に降り注ぐ。
喜びが降り注ぐ―――。
僕がまだ居てくれてよかったと、喜びが次から次へと僕に降り注ぐ。
僕はそれが欲しくて、もっと欲しくて手を伸ばした。
すると、喜びをくれた人はその手をとって自分の頬に当てて熱を共有してくれた。
その人の悲しみが、熱となって僕に伝わってくる。
痛い―――。
とても、痛いよ―――。
でも、その痛みがもっと欲しくて僕は手に力を入れた。
僕はここに居てもいいの―――?
いいに決まってるじゃない―――
僕の事が怖くないの―――
そんな訳ないじゃない―――
僕は、僕でいいの―――?
アナタはアナタのままで良い、他の誰でも無い、アナタに居てほしい―――
もう、どこにも行かないで―――
私を一人にしないでよぉ―――
あぁ、僕は理解した。
僕の居場所はここにあった。
すぐ近くにあったんだ―――。
それが分かっただけでも十分だった。
だから―――
喜びと悲しみを、愛を教えてくれた君を、なにがなんでも、どんな地獄からでも。
僕が守って見せる―――。
次に目を覚ました時、僕は白い部屋にいた。
鼻の奥がツーンとするような臭いで充満した部屋のベッドで僕は寝ていた。
すぐそばには、僕のお腹を枕にするようにして愛をくれた人が寝息を立てていた。
僕が上半身に力を入れて体を持ち上げると、口からくぐもった音が漏れ出した。
それが聞こえてしまったのだろう。
愛しい人の眠りを妨げてしまった。
「う……ん……」
そうしてゆっくりと愛しい人の瞼が開いていく。
その瞳に僕が写ると、その人は僕を力一杯抱きしめて来た。
抱しめられる心地よさを味わいながらも、恥ずかしくなった僕が身じろぎすると、愛しい人は謝りながら抱きしめるのを止めた。
そして大きな両手で僕の頬を包むと、満面の笑みでこう言った。
「あなたに初めてのプレゼント……、あなたの名前はティーノ……ティーノ・ランスター、間違った道に進まずに、男の子として真っすぐ優しい子になって欲しいって願いを込めてこの名前をあなた……ううん、ティーノにあげる。受け取ってくれる?」
ティーノ・ランスター、その響きが福音となって僕に降り注ぐ。
体全身に染み渡ってくると、僕は……ティーノは、なにも返せてないのに、迷惑をかけてしまったのに、こんなに素晴らしい名前を貰えたことが嬉しくて、どうやって恩返しすれば良いのかわからなくて、涙が溢れ出すのを抑えられない。
一人泣き出す、僕を愛しい人は優しく抱きしめてくれた。
「私の名前は、ティアナ・ランスター。ティーノのお母さんになるの、なにも分からなくて、不安な事ばかりだけど、それでも二人で乗り越えて、笑っていこう、ね?」
こうして僕は、お母さんをこの世界で得た。
その頃には、世界が色褪せて見えた。
再び寝てしまった僕が目を覚ますと、そこにはティアナの姿は無かった。
その瞬間、僕はとてつもない不安を覚えた。
よたよたした足取りで、ベッドから降りると、僕はティアナを探すために白い部屋を出る。
部屋の先は、暗い世界に月明りが金色に光って道を照らしていた。
その道はすごく綺麗で、見るもの見るものすべてが綺麗で僕は、ティアナを探しながら道を進んで行く。
気が付いたら、僕は屋上にいた。
扉を開けた瞬間に風が僕の頬を撫でて、涼しい感触も嬉しくて、僕は外の世界に出た。
屋上から見る町の夜景は、凄くてまるで妖精の世界に迷い込んだみたいで、吸い込まれそうになりながらも、その光を見ていた。
その時、僕の後ろから声がかかった。
「こんなところにいたんだね……」
僕はその声に、体が跳ねてしまった。
今まで心地よかった風が急に冷たく感じた。
震えが指先から全身に響き渡ってくる。
ティアナ以外の人は怖い―――。
また、あの目で見られたくない―――。
そう思いながら、ギュッと両手を握りしめているとその手が包まれた。
そこから、伝わってくる温かさはティアナと同じモノで、僕の震えは徐々に収まっていく。
そして熱が伝わってくる方を見れば、月のような金色の髪に緑と赤の瞳を持った女の子がいた。
その子は、僕と目が合うと一瞬硬く口を結んで、でも優しい瞳で僕を見ていた。
「私の名前は高町・ヴィヴィオ……あなたの名前は……?」
「僕の名前は、ティーノ・ランスター……」
「ティーノ……、良い名前だね」
花が咲いたように笑うヴィヴィオを見て、僕はティアナに貰った名前が褒められたことが嬉しくて、笑顔で頷いた。
「ティーノ、ありがとう……私を守ってくれて……」
ヴィヴィオはそう言って、包む手に力を入れて来た。
「でも、なんで守ってくれたの……?」
ヴィヴィオは不安そうな顔で僕にそう言ってきた。
僕も何故、あんなことをしたのかわからない。
でも―――。
「……守らなくちゃいけない、そう思ったんだ」
僕がそう言うと、ヴィヴィオは急に泣きそうな顔になった。
そして、涙を静かに流しながら、僕にこう言った。
「ありがとうティーノ、凄く嬉しい……。だから、次は私がティーノを守る」
綺麗な、それこそ町の光より、夜空の月より、綺麗な笑顔でヴィヴィオは続けて言ってきた。
「私がティーノのお姉ちゃんになって、守ってあげるから」
その笑顔を見て、僕は頬が何故だか熱くなった。
今日は嬉しいことばかりが続いて、実は夢なんじゃないかと思う。
でも、だからこそ思った。
今日、僕は生まれたんだ―――