魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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アンジェリカ

 そこは根底の世界―――

 

 人が誰しもが持つと言われる、夢の世界―――

 

 その名は過去―――

 

 人知の限りを尽くそうともいかなる神秘を用いようとも変えることの出来ない悠久の監獄。

 

 暗い雨粒が瞼の下先に当たるような感覚が、ジェイルの瞳をこじ開けた。

 

「―――う、ん……。俺は寝ていたのか……?」

 

 ジェイルは、寝起きにぼやけた視界で瞳に写り込む世界を見る。

 暖かさなんて微塵も感じない石で作られた部屋。

 小さな窓は木で出来た淵で固定されており、外が吹雪なのだろうガラスを風が叩いている。

 視線の恥には暖炉が炎を抱え、冷たい室内に微かな明かりと温もりを与えていた。

 ジェイルは、手元の感触に気が付いた。

 そこには毛布が敷かれており、冷たい床と自身の体を区切っていた。

 それを握りしめ皺を作ってから、その手を軸に体を起き上がらせる。

 

「起きたのね」

 

 その声は不思議な感覚で、腹の底に落ち着くような、ずっと聞いていたい不思議な声だった。

 音が聞こえた先に振り返れば、そこには心配そうな顔をしている誰かがいた。

 その人がとても……とても大切な人なのだと、感情が処理していく。

 だから、ジェイルはその人に対して心配させてしまったのを謝罪した。

 

「すまない、仕事が思いのほかキツクてね」

 

 ジェイルがそう言うと、その人は少しだけ眉を上げ怒ったかのような動きをすると、ジェイルに近づき、ずいっと手に持っていた皿を渡してきた。

 

「スープ……、作ったから食べなさい」

 

 その姿に、ジェイルははにかむと皿を受け取ろうと手を伸ばした。

 だが、ジェイルに手渡される前にスープの入った皿は冷たい床へと吸い込まれていった。

 突然支えを失い、物理の法則に捕らわれ食べることが出来なくなってしまったスープを見て、ジェイルは一瞬声を失う。

 そして、視線をスープから手渡そうとしていた人物に向ける。

 

 そこには、闇が広がっていた。

 何も無かった。

 ただ、空高くには紅く黒い太陽が輝くのみ。

 その欲に塗れた太陽を見上げていると、足元から声がした。

 

「……どうして、守ってくれなかったの?」

 

 今までスープだと思っていた何かから声がしていた。

 

「どうして、私を行かせたの……?」

 

 スープだと思っていたモノは、大切な人が溶けて出来上がった何かだった。

 

「あなたが弱いから、弱くて何も出来ないから……、だから私を守ることも出来ない……」

 

 視線の全てを紅と黒が埋め尽くしていく。

 欲に塗れた太陽がすぐそこにまで来ていた。

 

「俺は―――、僕は―――……」

 

 そして、欲に包まれたジェイルはその憎しみと慈愛を含ませた声を聞いた。

 

「ティーノ、あなたには私を守るために……、何が出来るの……?」

 

 

 ヴィータは俯き微動だにしないティーノを心配し、一歩踏み出す。

 

 気にするな―――

 次は負けないようにするために、あたしが鍛えてやるよ―――

 次こそ、アイツをぎゃふんと言わせてやろうぜ―――

 

 そう言ってやろうとして、その肩に手を乗せようとして、違和感に気が付いた。

 自分が話しかけていたティーノがまるで、土人形にでも変わってしまったかのような、感情を向けるに値しない無価値なモノに思えて来た。

 

「ヴィータッ!!」

 

 それは歴戦の騎士だったからだろう……。

 何度も何度も命を懸けた戦いを繰り広げて来たヴォルケンリッターの騎士だからこそ出来たことだった。

 はやての声が聞こえた瞬間、ヴィータはグラーフアイゼンで何かを叩き落とし、その場から離脱していた。

 はやての前に着地すると、即座にシールドを展開した。

 ほぼ無意識の行動。

 それは、守ることを宿命付けられた存在だからこその行動、故に―――

 無意識の内に、ヴィータはティーノを主を守るために打倒しなければならない存在と認識していた。

 ティーノとカリムは、ティーノを睨みつけていた。

 ヴィータは何が起こってもはやてだけは、守ることが出来るようにとグラーフアイゼンを握りしめる。

 シャッハは、感じたことの無い空気の変化に体を硬直させ、オルランドは足を止め振り返る。

 

 あなたには私を守るために……、何が出来るの……?

 

 その声に導かれるようにして、ティーノは行動を起こしていく。

 

「あ、れは……?」

 

 はやてがそれに気が付き口にした。

 ティーノの足元にはミッド式でもベルカ式でもない魔法陣が、否、テンプレートが展開していた。

 それはまるで歯車のような形をしており、大小様々な歯車が互いを削り合いながら回転を続けている。

 エテルナシグマが叫び声を上げる様に点滅を繰り返しながら、軋み音を出す。

 そしてティーノは、最後のトリガーを引く。

 

「インヒューレントスキル発動……、アンリミテッド・デザ―――」

 

 はやてが叫ぶ。

 

「あかん、ティーノ!!」

 

 その時、優しい風が吹き抜けた。

 

「どうして、貴方は泣いているのですか……?」

 

 その人物は突然、皆の前に現れた。

 嫌、ティーノの変貌から視線を外すことが出来なかっただけかもしれない。

 だが、誰も気づくことが出来なかった。

 そして、その少女は何事も無いかのように欲に塗れた泥の中を進み、ティーノの手を取った。

 その瞬間、ティーノが生み出した泥が何事も無かったかのように掻き消えた。

 泥を薙ぎ倒した魔力光を見たはやてとヴィータは目を見開く。

 

「虹色の魔力光……?」

 

 それはヴィヴィオだけの光、聖王のクローンであるヴィヴィオだけが次元世界でただ一人持つことを許された光であるはずだった。

 掌に温もりを感じたティーノは、おずおずと顔を持ち上げる。

 ティーノの眼前に写り込んで来たのはヴィヴィオと良く似た少女だった。

 少しくすんだ金髪を肩の近くで切り揃え、肌は粉雪の様に白く、緑と赤の瞳は慈愛に揺れている。

 

「アンジェリカ様、どうして―――?」

 

 シャッハが状況について行けずにたまらず声を出した。

 

「お兄様が、何か悪いことをしている気がして外を見ていると、この方と戦っているではありませんか。だから、心配で出てきてしまいました」

 

 アンジェリカはそう言うと、ティーノの全身を見て申し訳なさそうにした。

 

「……すみません、私の剣が貴方を傷つけてしまいました。この責任は、全て私にあります」

 

 そうアンジェリカは言うと、瞼をゆっくりと閉じる。

 すると、アンジェリカの全身を薄く虹色の光が覆い、その光がアンジェリカの手からティーノ全身に伝搬していく。

 ティーノの全身を虹色が包み込んだ時、ティーノの傷はすべて塞がっていた。

 その状況に驚いたティーノがアンジェリカを見ると、アンジェリカはティーノに優しく微笑みかけた。

 その笑顔を見てティーノの頬が一気に紅潮していく。

 そして、ティーノが照れを隠すように目線を下げると、ティーノの両手はしっかりとアンジェリカに握られていた。

 その視線に気が付いたアンジェリカは申し訳なさそうに手を離す。

 

「あっ……」

 

 その温もりが離れていくのが、何故だか無性に悲しくて恋しくて、自然と口から残念に思う声が出ていた。

 そんな様子を見ていたアンジェリカは首をコテンと傾げる。

 

「なにをしているんだアンジェリカっっ!!」

「お、お兄様!?」

 

 オルランドはアンジェリカの腕を強引に取ると、まるでティーノ引きはがすように自身に引き寄せた。

 アンジェリカが困惑の表情でオルランドを見ると、オルランドは怒りの籠った瞳で言った。

 

「何をしているんだ。そいつが誰か分かっているのか!?」

 

 そう言ってティーノを睨みつけるオルランドだったが、それはアンジェリカによって阻止された。

 

「何をしているのかと、問いたいのは私の方です。この方は、お兄様の御友人になって下さる方なのでしょう?」

 

 アンジェリカが怒り顔でそう言うと、ティーノとオルランドが吼える。

 

「「はぁ!!??」」

「ほら、息もピッタリじゃないですか!」

 

 アンジェリカはそう言うと、無理矢理オルランドとティーノの手を取った。

 

「仲直りの握手です!」

 

 アンジェリカは一人で勝手に解釈し納得すると、強引に実行しようとする。

 だがしかし、オルランドとティーノは意地でも仲直りをしたくないのか、手に力を入れなんとかして、握手しないで済もうと抗い続ける。

 アンジェリカも両手に力を入れ無理矢理に繋がそうとする。

 

「「「ぐぬぬぬぬぬ」」」

 

 力一杯にオルランドとティーノの手を引くアンジェリカは、体力が無いからだろうか顔を真っ赤にしながら力んでいたが、突如として頭から煙を吐き出しパンクしてしまい、崩れ落ちようとした。

 オルランドとティーノがアンジェリカを支えようと手を伸ばす。

 すると、アンジェリカはその手を掴み直し強引に握手させた。

 

「「へっ……?」」

 

 ティーノとオルランドから気の抜けた声が漏れ出し、アンジェリカは向日葵の様に笑った。

 

「仲直りもしたことですし、私の部屋でお話をしてもっと親睦を深めましょう!よろしいですか、騎士カリム?」

「え、えぇ……」

「では、向かいましょう!」

 

 アンジェリカはそう言うと、鼻歌を歌いながら教会に握手したままの二人の手を引いて入って行った。

 嵐の様に去って行った三人を見ていた四人は、気が抜けたように息を吐き出した。

 そしてはやてが厳しい顔のままでカリムに尋ねた。

 

「カリム、あの子が例の……?」

「はい、あの子の名前はアンジェリカ・ゼーゲブレヒト……、今も尚教会が秘匿し続ける聖王家の血を引継ぐ最後の一人です」

「じゃあ、あの能力は……」

「はい、時と共に血は薄れその力も衰えましたが、紛れもなくあの力は聖王の鎧によるものです」

 

 そして今度はカリムが厳しい表情を作り出した。

 

「ティーノ君のあの力、そしてあの振舞い、やはり彼は……?」

「私も今まで様々な可能性を考えてたけど、その幅は一気に狭くなってもうた……」

「では、やはり……?」

「そうやね、ティーノの中に彼は生きている」

 

 アンジェリカの部屋に通されたティーノとオルランドは未だに手を繋ぎ続けていた。

 

「お前が先に手を離せ」

「僕はまだまだ余裕だね。お前が先に手を離したら?」

 

 ティーノとオルランドは互いの手を握りつぶさんばかりの力を籠め、互いに牽制しあっていた。

 それを見たアンジェリカは仲直りが出来たと大いに喜んでいた。

 その様子を見たティーノとオルランドは互いが馬鹿に写り、どちらかともなく手を離した。

 互いが互いに悪感情を持っていながら、オルランドもティーノも感じていた。

 

 コイツとは、長い付き合いになってしまうかもしれないと―――

 

 その日の夜、ティーノは八神家に泊まることとなった。

 

 そして―――

 

「なんの真似だ……?」

「僕と勝負して欲しい」

 

 ティーノは八神家のすぐ裏手に存在する砂浜で炎の騎士シグナムと対面していた。

 

「する必要がない」

 

 シグナムは、当たり前のこととしてそれを断った。

 当然だ、シグナムとて仕事や他の事、やらなければならないことが山のようにある。

 無駄な労力は割きたくない。

 だが、ティーノは断られるのが分かっていたからこそ、すでにバリアジャケットを纏っていた。

 その瞳は、真剣なモノとなっていた。

 そして、瞳が言っていた。

 

 背を向けてもいいが、攻撃するぞと―――

 

 シグナムの頬が軽く上がる。

 

「私も時間が無い身だ。すぐに終わらせる」

 

 シグナムがバリアジャケットを纏ったと同時に、ティーノは砂を蹴り上げ、拳を振り上げた。

 

 お前にも負けたくないが、アイツにはもっと負けたくない。

 

 次こそは――――

 

「僕が勝つッ!!」

 

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