得体の知れない何かが不意に思いついたことはないだろうか?
それは聞いたことも無いメロディーを知らず知らずの内に口ずさんでいたり、急に紙にペンを走らせれば、それとなくどこかにいそうな何かを書いていたり、歩いている時に、頭の中で悲劇が鮮明に思い浮かび人知れず泣きそうになったり。
これらを行き過ぎた妄想だと断ち切ることは容易であろう。
人は自身の頭の中のタンスに収納された物事しか信じない。
故に自身と違う何かを経験した者を、説明できない何かを経験した誰かを忌み子とする。
それは種として防衛本能か、攻撃本能か。
得てして人とは、理解出来ないモノを全力で排除しようとするし、現にしてきた。
今、ティーノの内ではその理解出来ない何かが蠢いていた。
生態ポッドが無数に立ち並びまるでそれが美しい物であるかのように展示されている。
そこは機人プラントの施設であった。
クイント・ナカジマは首都防衛隊の一つであるゼスト隊の一員として親友であり戦友であるメガーヌ・アルピーノと共にその施設に潜入していた。
だがしかし、その深部で発見された今までのプラントとは明らかに異色なプラント群を発見したと同時に、クイントとメガーヌは謎の機械兵器によって仲間達と分断され且つ蜘蛛のような形をした機械兵器に取り囲まれていた。
「隊長達との通信は?」
「ダメ、何かに妨害されているみたい……」
「何かって……そりゃ、十中八九周りにいるコイツ等のせいでしょ?」
「それもそうね……。兎にも角にも、まずはここを通してもらわないとならないわけだけど」
「通してくれそうにないし、どうしましょ?」
「女は根性と愛嬌よ、力付くで申し訳ないけど道を開けていただきましょう!」
「それもそうね。そうしましょう!」
二人の女性は、見たこともない兵器をを前にして、十二分に相手を圧倒していた。
物怖じせずひるまず、彼女達は光を目指す。
その時―――
「クイントさん!」
「どうしたの!?」
繋がった通信から後輩の悲痛な叫びが聞こえた。
「隊長が!私達を庇ったせいで!!」
それだけでどういった状況なのかすぐに理解できた。
クイントはすぐにメガーヌに声をかけようとした。
だが、クイントの瞳に写ったのは、今にも機械兵器の刃に貫かれそうになっているメガーヌの姿だった。
クイントは飛び出した。
咄嗟のことだった。
クイントはメガーヌと機械兵器の間に体を割り込ませ。
そして―――
割れた生体ポッドから粘性のある液体が零れ落ちていく。
ゆっくり、けれど確実に、命を零していくように着実に―――
視界が移り変わり見えたのは、別の研究施設の一つの生態ポッドだった。
そこには今しがた戦っていたクイント・ナカジマが浮いている。
それを私は見つめた。
「まったく、たいがいに馬鹿だよ。君も―――」
そこで視点が反転し、闇に落ちた。
「―――ノ―――ィノ―――ティーノ!!」
ティーノはハッとして、声をした方を見た。
するとそこには、アルフが呆れた顔をして立っており、その隣にギンガが立って心配そうにティーノを見ていた。
「どうしたんだい、急にボーっとしてさ。今日のアンタはどこかおかしいよ?」
「僕は大丈夫だよアルフ。ギンガさんもすみません、少し上の空でした」
「えっ……ううん!私は別に良いのよ」
「ありがとうございます」
そうこうしている間に到着したのは、なのは宅の玄関先であった。
「でもよかったのかしら、私まで及ばれしてしまって……」
「良いってことよ。ゲンヤのおやっさんも急遽来ることが決まったらしいしね!」
そんな会話を隣に聞きながら、ティーノは胸に手を当てた。
あの妄想はなんだったのか。
妙にリアルだった。
まるで今しがた体験したかのように、匂いや体感まで感じ取られた。
だがしかしと、ティーノは首を振る。
今目の前に広がる世界が真実だと、自分に言い聞かす。
それでも不安になってしまう。
だから、ティーノは「んッ!」と言って、アルフに向け手を広げた。
そんなティーノを見たアルフは溜息を吐きながらも、ティーノを抱き上げる。
すると、ティーノはアルフをきつく抱きしめた。
「なんだいなんだい?」
「フフ……」
アルフが困惑し、ギンガが笑う。
それでもティーノは抱き着く力を弱めない。
まるで、保護者を全身に理解させるかのように抱きしめた。
なのは家の前まで来ると、アルフはティーノを下した。
そしてチャイムを鳴らす。
すると突然、ホログラムがティーノの前に浮かび上がった。
「待っていたですよ!」
そこに写っていたのはリインだった。
「今日もするですよ!」
「えぇ~~、この前飽きたっていったじゃん」
「またやりたくなったのです!」
リインはそう言うと、通信を閉じた。
「はぁ~~~……」
ティーノは大きく溜息を吐く。
そんなティーノを不思議そうに眺めるアルフとギンガを無視して、ティーノは背伸びしながらチャイムを押した。
ピンポーン、とチャイムの音が鳴ると玄関の先からドタバタと音がして、玄関の扉が開いた。
「待っていたですよアナタ!」
そこにはエプロンを身に着けたリインがいた。
「ハァ――……」
ティーノはワザとらしく溜息を吐くと、リインの脇を通り過ぎてわざわざ来ていたパーカーを脱いだ。
それをティーノの後を追いかけていたリインに乱雑に手渡し、リビングに通じる扉を開けた。
そして「ふぅーー」と疲れたように息を吐き出しソファーにドカッと座る。
リインは手渡されたパーカーをハンガーにかけようとして、その手を止めパーカーに鼻を付けた。
「……女性用の香水の香りがするです。アナタ今日は局の飲み会だって……」
「チッ……そうだよ。まったくあのクソ上司にも困ったものだよ」
「ウソですよ!アナタの部署には女性の局員はいないじゃないですか?!」
「うるさいな!他の部署の上司と飲みに行っていたんだよ!!」
「まさか浮気……ですか……?」
「浮気なんてするはずないだろ!?君じゃあるまいし!」
「な、なんで……」
「僕は知っているんだぞ!僕が出張で外にいた時間帯に他の男と会っていたのを!」
「ち、違う!違うですよ!!アレは私のお兄さんで!」
「言い訳なんて聞きたくない!その話が本当だと言うなら、そのお兄さんとやらをここに連れて来てくれ、まぁできないだろうけどね!」
「……お兄さんなら今ここにいるです」
そう言ってリインはポカンと目を丸くするエリオを見た。
「えっ!僕!?その……あっと……兄のエリオです」
「ふん、口裏でも合わせていたのだろう?」
「違うです!お兄さんに相談して、これを買いに行っていたのですよ」
「これは、三つ葉のクローバーのネックレス?」
「そうです、二人の記念の……でも、男の人様のは中々選べなくて……」
ソファーから立ち上がったティーノはリインに近づく。
そしてポケットから何かを取り出した。
それはリインが手に持つものと同様の三つ葉のクローバーのネックレスであった。
それを見たリインの瞳が驚きに開く。
「こ、これは……?」
「これを買うのに、上司のキャロさんに相談に乗って貰っていたんだ」
ティーノはそう言うと、リインの首にネックレスを付けるとその肩に両手を置いた。
「し、信じても良いですか?」
潤んだ瞳でそう言うリインにティーノは頬を掻きながら照れくさそうに笑う。
「信じくれ……僕は君を……愛している……」
その言葉がトリガーになったかのようにリインとティーノの唇が互いに引かれ合っていく。
そしてそれが触れそうになったとき、ヴィヴィオが二人の間に割って入った。
「ストーーーーップ!!二人共なにしてるの!?」
ゼーーゼーーと肩で息をするヴィヴィオに対しティーノはきょとんとした顔で答えた。
「なにって、おままごと?」
「はい、おままごとなのです!」
「じゃ、じゃあ、そのネックレスは!?」
「これは前にリインと遊びに出た時に買ったんだ」
「ずるい!」
「ずるいって……、ねえリイン、おままごとはもう終わりでいいでしょ?」
「えぇーーー?!」
わいわい騒ぐ三人を見ながら、ヴィヴィオの友人達は思う。
ヴィヴィオは本当に弟のことが好きなのだなぁ~と―――
エリオは登場したは良いが、一瞬で出番が終わってしまい何かやりきれない気持ちになっていた。
「あははは……、僕はこの後どうすれば良いのかな?」
すると、ちょんちょんとエリオの腕がつつかれた。
そちらを見ると、キャロが頬を膨れさせていた。
「浮気はダメだからね!」
「きゃ、キャロ!?」
子供達の様子を楽し気にカメラに収めていたなのはは、カメラを置くと隣に座るユーノの手に自身の手を重ねた。
「あんなのもいいなぁ~……」
「そうかな?僕はそう思わないけど……?」
この二人、どこまでもかみ合わない。
その時、さらに来客を知らせるチャイムが鳴る。
「もうそんな時間なんやね」
「あ、私もいきますね」
時計を見て、誰が来たのか理解したはやてとシャマルが立ち上がると玄関に消えて行った。
「おいおい、こりゃまたすごい事になってるな」
数秒後リビングに現れたのは、初老の男性ゲンヤ・ナカジマであった。
その隣には、ティアナとゲンヤの娘の一人スバルが立っている。
ティアナが何も言わずに手を広げると、リインとヴィヴィオ、さらにリオにコロナ、アインハルトに遊び倒されていたティーノが駆け寄り抱き着いた。
抱き上げられたティーノはティアナに頬擦りする勢いで甘えている。
その姿を見たゲンヤは、苦笑するとティーノの頭を恐る恐る撫でた。
突然のゴツゴツとして温かい大きな温もりを感じたティーノが瞳をそちらに向ける。
すると、少し皺の寄った目と目があった。
「あっ……と……その、よ……」
父のそんな様子を見てか、ギンガがゲンヤの脇を小突く。
「俺はゲンヤってんだ。よろしくな……」
そうぎこちなく言うゲンヤに対し、ティーノはティアナの首元に顔を埋めながら頷いた。
互いの挨拶が済んだところで、はやてが手を鳴らす。
「さて、これで全員揃たね!パーティーを始めよか!!」
そこからの流れは別に語るでもない程に皆が笑う、どんちゃん騒ぎであった。
楽しい時間が過ぎ、子供達が皆眠りについた頃―――
ゲンヤは一人、庭先で空を見上げていた。
その胸中は計り知れない。
愛した妻を奪った張本人が目の前に現れたのだ。
目があった瞬間、殴り倒してしまうかもしれないと考えていた。
彼がやったことを考えれば、それでもおつりが帰って来る。
そう思っていた。
だが、見てしまった。
彼は変わっていた。
生まれ変わったと言っても良い。
ただの子供として、無垢に生きている。
聞いた話によると、一人の女の子と友人を救うために大喧嘩をしたと言うではないか。
男じゃないか―――
そんなアイツにティーノに憎しみを向けるべきではない。
ゲンヤは大きく溜息を零した。
「俺も……変わらねぇとな……」
「父さん?」
「おぉ、ギンガかどうした?」
「そんなところにいたら、風邪をひいてしまいますよ?」
「おっと、そいつは困るな」
ゲンヤは室内に戻る前に、満天の星空を見た。
その星達が、間違っちゃいないと教えてくれているみたいだった。
リビングでは、酔いつぶれた大人達の中でティーノが一人起きていた。
どういう訳か、珍しく酔いつぶれたシグナムに抱かれている。
犬猿の仲だったはずだが、シグナムの強引なスキンシップに捕まってしまったようだった。
ゲンヤは酔いつぶれたスバルやはやての姿を見て、腹を抱えて笑いそうになるのをなんとか堪える。
ギンガとエリオにキャロは、床に寝転がる大人達を必死に寝室に運んだり毛布をかけたりと忙しそうにしている。
そんな様子を見ながら、ゲンヤはテーブルにつき、目の前にあった開いていたコップに酒を入れそれを飲み干した。
呷ったコップを下げると、いつの間にか向かいの席にはティーノがいた。
「おぉ坊主、てめぇもこれが欲しいのかい?」
ゲンヤが酒瓶を揺らすとティーノは首を振った。
ゲンヤはティーノを見つめる。
その金色の瞳は全てを見通すかのように不気味に感じた。
ゲンヤは一人首を強引に振る。
「いけねぇな酔っちまった」
だがしかし、その手は再び酒に伸びた。
「酔ったのならお酒はダメだよ?」
「大人は良いんだよ」
そして二人の間に沈黙が満ちる。
ゲンヤはどういった会話をするべきなのか悩みかねていた。
対するティーノもそれは同じなのだろう。
しきりに頭を捻っている。
そうして、数分たった頃だろうか。
ゲンヤは感傷にふけってしまったからだろう、胸元からペンダントを取り出した。
そのペンダントはハート型で、大人の男がしていて良いような物ではない。
だが、ゲンヤはそれを眺めペンダントの先についているハートに指を這わせると、そのハートが割れ、中には小さな写真が入っていた。
今時データじゃない写真なんてものを持っているのは、物好きだけだが古い人間の自分にはこの方が良いと、娘たちに言ってきた想い出の品。
その写真には、二人の少女と一人の女性が写っていた。
その写真を眺めていると、目の前に突然誰かの後頭部が入り込んで来た。
「ねぇねぇ、この人は誰?」
それはティーノの頭で、ゲンヤは困りながらも答えていく。
「このちんまいのが、スバルとギンガだ。で、その後ろにいるのが俺の女房のクイントだ」
ゲンヤは気が付かない。
過去の幸せに浸かっているその時に、ティーノが小さく胸元を握りしめているのを―――
「クイントさんは今どこにいるの?」
そう聞かれたゲンヤは内心怒りに染まりそうになるが、それを抑え込み無理に笑顔を作った。
「……遠い、すごく遠いところにいるんだ。だから……今は会えない……」
「そっか……」
ティーノはそう言うと、ゲンヤの隣の席に座る。
ゲンヤはもうどこかに行って欲しい、そう願った。
でもティーノはどこにも行こうとしない。
行かないのであれば、吐いてしまっていいのだろうか?
コイツを前にして我慢をしていられない。
ゲンヤは重い口を開く。
「なぁ坊主?」
「?」
「この世の何よりも愛した人が急にいなくなった時、どうすれば良い?」
子供に何を言っているんだ。
ゲンヤはそう我に返り、なんとか誤魔化そうとした時だった。
「僕なら、……探すよ」
「は?」
「どこにいたって探し出して見せる。もう会いたくないって言われたのなら、仕方がないって諦めるかもだけど、……でもそうじゃないなら、どこにいたって見つけ出して見せる」
だって―――
「大切な人だから」
ゲンヤは慈しみに満ちた顔でそんなことを言うティーノを見て声を大にして笑った。
「そうか……そうか……そうだったな。まだ、待ってるのかもしれないんだよな」
そうだとも、自分は諦めていた。
諦める必要などなかったのだ。
なぜならクイント・ナカジマの死体はどこにもないのだから―――
なら、まだ可能性はある。
希望が残っている。
ゲンヤは笑うのを止めると、ティーノの頭を力一杯撫でた。
「ありがとうよ。お前に気付かされるなんて夢にも思っていなかったぜ」
そしてさらに酒を呷った。
「本当に、誰かを愛するのは難しいな。あぁ、難しいとも……」
ゲンヤの皺のよった瞳に涙が溜まり一滴零れ落ちた。
すると、ゲンヤの白髪交じりの頭に小さな手が乗せられた。
「大丈夫……その願いは叶うよ……」
「えっ……?」
「大丈夫!」
顔を上げた先には力強く頷くティーノがいた。
「僕がなんとかして見せるから……、でも、最後にはゲンヤさんの言葉が必要になると思うんだ。だから、待っていて」
「お、おい―――」
その時、ゲンヤを突然の睡魔が襲う。
酒の飲み過ぎなのかなんなのか分からない。
だが、抗うことが出来ない睡魔がゲンヤの瞼を強制的に落とした。
眠り落ちたゲンヤを見て、ティーノは優しく笑う。
「……よし!」
そしてティーノは一人、玄関に向かい外に出た。
外の世界は自分が知る世界とは違っていた。
人通りが無く。
生物の鳴き声も無く。
街灯のみが照らす町。
それは夜の世界だった。
「マイフレンド……」
「ごめん、エテルナシグマ。我儘に付き合って」
ティーノは思い出していた。
なんの気なしに、スバルに尋ねたスバル達の母の事。
その人は、温かくて大きくて優しくて太陽のような笑顔の人だったとスバルは言った。
今にも泣きだしそうな辛そうな顔でそう言った。
もう会えないと、出来ることならまた会いたいと、ティアナがいないときに、そう言っていた。
墓地に寄ってその墓を見たとき、僕はなにか違和感を覚えていた。
僕の過去がそこにあるのだと思った。
そして、ゲンヤさんに見せてもらった写真の女性を見て確信に変わった。
僕は、知っている。
クイント・ナカジマのことを知っている。
だから行かなければならない。
一人で行かなければならない。
この記憶が確かなのかどうなのかも分からない。
でも、確かめなければならない。
だから、と歩き出す。
そして気が付いた。
「これは、結界魔法?」
周囲の色が抜け落ちていく。
そしてティーノは途轍もない寒気に襲われた。
「この感じは―――」
「こんな夜更けにどこに行こうと言うんだ?」
「シグナム!」
長い道の先、暗闇の中からそいつは現れた。
桃色の髪を一束にして風に揺らし、片手には炎の剣を持って、悠然と歩いて来る。
「ちょっとした用事を思い出してね。急がないといけないんだ、そこをどいてくれるかな?」
「それは出来ない相談だ。保護者のティアナの断りも無く夜のこんな時間に子供の外出を大人の私が許すとでも思っているのか?」
「だったらッ!」
ティーノはバリアジャケットを纏う。
その姿を見ながら、シグナムはやれやれと頭を振った。
「他人に説教した割には、自身のことはお粗末……見た目通り子供だな」
そしてシグナムは、剣を抜き放つ。
「レヴァンティン……」
ティーノの越えなければならない壁が、炎を纏いそこに立っていた。
「はぁああああああ!!」
だがティーノは負けるわけにはいかない。
だから今は突き進む。
なのは家の寝室で寝ていたリインは、寝苦しさを感じ瞼を開く。
「う、うぅん……ティーノ?」