時間と言う概念を呪うのならば今だろう。
体全体を無遠慮に包み込む熱さも、鼻につく生温い独特の臭いも、何よりも俺の憩いの時間を断りも無く奪い取った存在は、眼下に大地を見下ろして、さも自分は良い事をしてあげているのだと鼻を高くしているに違いない太陽の野郎も、等しく呪い殺したい衝動を向けて良い連中ばかりだ。
あぁ、朝は嫌いだ。
いつもいつも翌日を強制的に告げる朝が嫌いだ。
俺は、そんな時間の経過を歓迎などしていない。
むしろソイツをぶん殴って今を停滞させていたいのだ。
でもそんなこと出来るわけが無い。
だから俺は、全力で抵抗の意思を見せるためにも、布団をすっぽりと頭頂部まで被るのだ。
だが、そんな抵抗も無意味だと分かっている。
ほんの僅かな時間稼ぎにしかならないと知っている。
なぜなら―――
「起っきろ~~~~!」
クイントが無理矢理布団をはぎ取るのだから……。
だから、ついつい愚痴を零してしまっても許してくれるだろう。
あぁ、本当に―――
「ちくしょうめ……」
カチャカチャと食器を叩く音が静かに響く。
目の前には綺麗にど真ん中に穴を空けられ内面を垂れ流した目玉焼きに、綺麗なピンク色をした薄っぺらいハムに、千切りにされたレタス、それと白米。
俺が目玉焼きをぐちゃぐちゃにかき回して、それを白米にかける。
そしていつもの調味料を手探りで探す。
だが置いてあると予想をたてて伸ばした手の先には目当ての物がないようで、机を撫でるように触る。
「はい」
「……うん」
俺が探していた物。
醤油は、クイントが用意してくれた。
俺はそれが当たり前であるかのように、適当に返事を返し、醤油を目玉焼きだった物に少量かけると、テレビのチャンネルを変えた。
チャンネルを変えた先ではお天気お姉さんが、今日の天気を予報していた。
「本日は午後から傘が必要になります。テレビの前の皆さんは、傘をお忘れなきように!」
変に身振り手振りを加えてそんなことを言うお天気お姉さんに感謝の意味も込めて、俺は返事を返した。
「なるほど、理解した」
だが、俺が返事を返したと同時にお天気お姉さんの姿は闇に消えてしまった。
「あっ、テレビを消すなよ」
「ご飯はちゃんと味わって食べてよ!」
「味わって食べているだろ?いつもと同じ味だ。美味い」
俺がそう言うと、クイントはまだ何か言いたそうにしていた。
「なんだ、朝飯に何かいつもと違うことをしたのか?」
俺がそう言うと、クイントは腕を組んで自信満々に言った。
「心を込めてみたの!」
「はぁ?」
「だ・か・ら、心を込めたの!」
「そんなありもしないモノをどうやって、込めることができたんだ?」
「もぅ、兄さんはなにもわかってない!」
「お前こそわかってないぞ。心なんて呼ばれているモノは、所詮妄想だ。人が自分は特別だと思い込みたいからこそ生み出したこの世に存在しない夢だ」
「そんなことない!だって、嬉しかったらなんかこうわぁ~~~ってなるし、悲しくなったらずきずきするし、イライラしたらきーーーーッてなるもん!」
「それは脳の情報処理の副産物であり、過剰に排出されたホルモンと電気信号とそれにつらなる筋肉の収縮によるものだ」
俺がそう言いながら、朝ごはんを食べ終わると、クイントからの反論が聞こえてこなくなった。
俺は、対面に座るクイントの方に向け視線を泳がせると、クイントは目に見えて落ち込んでいた。
「心は……あるわよ……」
俺はそう呟くクイントに対し、溜息をつきながら答えた。
「だから……」
「なら何故、兄さんは私をあそこから連れ出してくれたの?」
「……」
「……ごちそうさま」
クイントはそう言うと、俺のと自身の食器を手に取りキッチンに姿を消した。
俺はその後ろ姿を眺めていきその流れのままで天井を見た。
「そんなこと……決まってるだろ……」
そうあの瞬間、決まってしまったんだ。
数多存在する次元世界から管理局が集めた天才達の楽園。
そこで行われていた実験の数々。
唯一の成功例であり、最終目標創造物、戦闘機人のために生み出された試作機にすらなれていない成功体。
そんな不出来な女の口から発せられた言葉。
その言葉には、乗せられていたんだ。
欲望が夢が、万物のそれを上回る純粋な願い。
それが美しいと、命の輝きを、そこに見た。
だから連れ出したんだ。
その輝きがもっとみたかったから―――
「あぁ、くそッ!」
俺は立ち上がるとキッチンに向け、声を張り上げた。
「一時間後に仕事にいくぞ!」
「……うん!」
少ししてキッチンの奥から元気な声が聞こえて来た。
だから俺はクイントが今どんな表情をしているのか確認せずにリビングを後にした。
「これで、よし……」
俺はある程度の薬品を入れた鞄を肩に下げる。
そして玄関に向かうとそこにはクイントがすでに準備を終えて立っていた。
その顔はいつにも増してニヤケ付いている。
俺はその顔が気に入らなくて、ジト目で睨みつけた。
するとクイントはさらに花を咲かせたように笑い、手に持っていたモノを俺に手渡した。
俺はそれを見て、溜息を零す。
「それを着る意味があるのか?」
「患者さんがすぐに医者だって気づくためには必要なの!」
俺はしぶしぶクイントから白衣を受け取ると、袖に腕を通した。
ゴワゴワしていて、それでいてどことなく硬い。
着ているだけで肩が凝ってしまう。
だが、仕方が無いと自分に言い聞かせる。
「では、行くとしようか」
エルセアは、小さな田舎町の集合体のような場所だ。
田舎町の一つ一つに形ばかりの病院が立ち、その日をその日を無難にやり過ごす医者の見本市のような様相をしていた。
そのためだろう。
病院にこれないような客は知らないと、金が無い奴には興味が無いとでも言うかのように、その門はある意味で硬く閉ざされていた。
そんな場所だからこそ。
俺達は仕事が出来る。
「血圧に脈も安定しだした。これで、大丈夫だろう……。助手」
「はい、ドクター。こちらが薬になります。一週間分出しておきますので毎食後に必ず飲んで下さいね!」
クイントが薬を渡し終えると、俺は患者の家から外に出る。
無言で出て行く俺に対して、クイントは患者とその家族に対してお大事に、と言葉を残し俺に続いて外に出て来た。
外から周囲を見渡す。
辺り一面が草原で、乳牛が放逐されている。
民家なんてものは背伸びしなければ、見えない程に遠くに一軒あるだけでなんとも、寂しい場所であった。
さらに、ミッドチルダの中でも貧しい部類に入る生活をしていることも理解していた。
「金は回収したか?」
俺がそう言うと、クイントはボロボロになった革の財布を取り出した。
「そうだね。今日の晩御飯分くらいは貰えたかな」
そう言ってえへへ、と嬉しそうに今夜の献立を考えているクイントに対し俺は溜息をついた。
するとクイントは、頭に?を浮かべながら聞いてきた。
「へぇ~、珍しいね?」
「なにが?」
「いつもなら、命を救ってやったんだ。もっと回収してこいって言ってたと思うんだけど?」
「あの家には、金が無いだろうことは入る前から知っていた。今回渡された金が、あいつらの感謝の極みなら、それ以上を望むべくもないだろう」
「んふふ~~」
「……んだよ」
「い~え~~、ドクターも随分と丸くなられたなぁ~と思いまして」
草原の道を歩きながら、クイントは嬉しそうに笑った。
俺はそれが無性に恥ずかしくて、顔を背けた。
それからさらに数か所さらに民家を回った帰り道。
夕焼け空が辺り一面を照らし出したころ。
帰り道の道中で少し大きめの公園を見つけた俺達は、意味も無く立ち寄ることにした。
「兄さん、気づいてるよね……?」
「まぁな」
エルセアはある種異常だった。
病気、怪我、俺が今日見て来た患者はどれも命の危機はないまでも、仕事に支障をきたすレベルの者達ばかりであった。
その者達は今の医療技術で十分に救える者達ばかりであった。
なのに、ここの医者達は金がないからと、その者達を門前払いにしていた。
管理局の定める法では、そう言った者達を救済するためのネットは幾重にも張られているはずであったが、この地ではそれが機能していなかった。
ある者の話しでは、そう言った患者を放置し、命の危機を迎えてから、救いの手を差し伸べるのだという。
死ぬかもしれないのだ。
救いの手を差し伸べられた者は、法外な金額であったとしても払うだろう。
それこそ、未来を売り払ってでも。
そんな状況なのだ。
管理局の手が入っていないのかと、問えば。
管理局とこの地の医療団体が癒着しているのだという。
なんとも馬鹿げた話ではあるが、入院が必要だと言われ連れていかれた家族の行方が分からなくなってしまったと言う者もいた。
噂では、管理局の奴らにモルモットにされているのだという。
そちらに関しては、なんとも言えなかった。
ついこの前まで、俺もそちら側の人間であり、モルモットがどこからつれられてくるのかなど、興味を持っていなかったのだから。
だからだろう。
そんな噂話を聞いてしまったのだ。
管理局から逃亡している身である俺が、見て見ぬ振りをしてやるかと聞かれれば答えはNOである。
とことんやってやろうではないか。
アイツらの悔しがる顔が今にも眼前に現れてくるようで、笑いが止まらない。
「兄さん……?」
「クイント、俺は決めたぞ?」
「なにを?」
「この地に住む患者と言う患者、全てを完治させてやろうではないか!」
そう不敵に笑い夕日を背にして宣言した俺をクイントはポカンと間抜けな顔で見て来た。
クイントの顔に俺の影が被さる。
だから、クイントの表情はどこか暗く見えた。
俺にはそれが納得出来ない。
こんな顔をさせるために、連れ出した訳ではない。
ならばと、俺はクイントの手を引いた。
「きゃっ!」
クイントがバランスを崩し倒れかけるのを俺は体全体で受け止めた。
二人を夕日が包み込む。
影は俺達の後方にしか落ちない。
クイントの照れたような表情が良く見えた。
そうだ、それでいい。
決してお前のためにしてやる訳ではないが、いつまでも辛気臭い顔でいられるのはこちらが疲れるだけだ。
だから、これは俺のためにすることだ。
俺は、クイント肩に手を乗せる。
クイントが少しだけ赤くなった顔で俺を見る。
「さて、明日から忙しくなるぞ助手0号」
「ふふ、1号じゃないの?」
「あぁ、お前は0号だ!」
そして俺は夕日を背に歩き出した。
それから俺達は、片っ端から救いを求める患者を救済していった。
得られる賃金も微々たる物で、その日暮らしなのは間違いなかった。
でも、それでも、人から感謝されるたびに、クイントの笑顔が増えていった。
それなら、そういうことで、俺としても納得することが出来た。
そんな事を想いながら、愛用となったソファーに座りながら夕刊を広げる。
「あれ、これ私達のことじゃない?」
夕刊を読む俺の顔の隣にクイントの顔が突然現れた。
シャワーを浴びて来たのだろう。
どことなくシャンプーの臭いがした。
さらに、さらりと伸びた髪の毛が俺の手にかかり、少しだけ熱くなった息が頬を撫でた。
一瞬、心臓のあたりが痛んだ。
さらに、下腹部に熱がこもって理解不能な欲望が俺を刺激した。
横目でクイントを見た。
湿った唇が目に入った。
ピンク色になった頬が目に入った。
普段見ることが無い首筋が目に入った。
ソファーの後方から体を乗り出したクイントの胸が肩に当った。
脂肪の塊だと馬鹿にしたそれが、当たった瞬間に、動悸が激しくなった。
壊してやりたい―――
この穢れを知らない女を、壊して犯して俺の色に染めてやりたい―――
そんな欲望が芽生えた瞬間、俺は新聞を折りたたんで立ち上がっていた。
「どうしたの?」
その声が俺の動機を速める。
冷静になれ―――
俺はそう念じ続ける。
「少し、外の空気を吸ってくる」
俺はそう言って、机の上に放り投げた。
そして、玄関の扉に手をかけた瞬間に、今までの欲望は消えて無くなった。
何故なら、侵入者がいたからだ。
俺は静かに扉を開いて、その侵入者に声をかけた。
「……なにかようか、ガキ?」
「ここには、どんな病気も治してくれる医者がいるんだろ!?」
俺の視線の先には、まるで夕日のような髪をしたガキがいた。
ガキは何かを背負っている。
余程急いでいたのか靴も服もボロボロであった。
嫌、まともな生活を送っていないのだろう。
頬は痩せこけ、栄養失調の気さえ見えている。
膝もガクガクと笑っており、気力だけで立っているような状況だった。
「人にモノを訪ねる時は、どうするのか知っているか?」
「ぐっ……、僕の名前はティーダ・ランスター……、お願いだ!妹を、ティアナを助けて!!」
今にも死んでしまいそうな声でガキは、ティーダは叫んだ。
「どうしたの!?」
その叫び声を聞いて、クイントが現れた。
クイントはティーダの様子を確認すると、一瞬口元を押さえて、すぐに助手としての顔つきになり、俺を押しのけて、ティーダを我が家に招いた。
ふらふらと暗闇から光の世界に入って行くティーダを横目で見る。
すると、その背におぶられているまだ赤子を卒業したばかりの少女の顔が目に映った。
何故だろうか、そいつの顔を見ると、なんとなくだが、こいつは俺の終わりを告げる存在のような気がした。
俺はそんな考えを笑って吹き飛ばすと、ティーダの後について行く。
そして、机に投げた新聞に自然と目が行った。
そこには、小さくこう書かれていた。
西部エルセア地方にて、謎のドクター現ると―――