魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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世界の欠片

 ティーダ・ランスターとは少し変わったガキであった。

 自身のことより他者を第一と考える一種の破綻者であった。

 生物とは、極論を言ってしまえば種の保存のために生きている。

 その行動の一つ一つを、「何故行ったのか?」と答えを求めれば、全て種の保存のためだ。

 もっと簡単に言ってしまえば、生物とは自己中心的にしか生きておらず。

 人とは、その究極の一つだと言える。

 故に、損得勘定なく。

 誰かのために生きていたいと、己から苦渋の海に飛び込むこのガキは、人類の亜種であり破綻者であると言えた。

 そう、俺が結論付け、そうであっても俺には関係の無い事だと結論を出したのが、丁度このガキと出会って一月が経とうとしていた時だった。

 

「おい、このクソガキ……。テメェに手渡していた昨日までの給料、どこに捨てて来やがった?」

「いやさ……。帰り道の途中でさ……。金に困ってるってじいさんがいてさ……」

「まさか、くれてやったのか?」

「あ、はははははははは―――……」

「よし分かったティーダ、そこに正座しろ。俺が今から金の必要性を説教してやる!」

「っわぁあああああ!」

「もぅ、そんなことは良いから、お昼ご飯の時間よ?」

 

 俺がティーダに説教をしようとして、それをティアナとか言うガキを連れたクイントが止めに入る。

 それが、ここ最近の俺の日常だった。

 太陽の角度が直上から少し傾き出した頃、俺達は繁華街まで出てきていた。

 クイントに抱かれてティアナは、外出した疲れなのか静かに寝入っている。

 その僅か後方には、小道具入れを背負ったティーダが愚痴を零さずについて来る。

 そんな三人を引き連れて歩道のど真ん中を歩く俺に、街の住人達は気さくであった。

 

「おうドクター!今日の取れたての野菜だ貰っていってくれ!」

「ドクター、先日はありがとうございました。母の様態も落ち着いています」

「ドクター、肉を喰え肉を!そんなんだから、ガリガリなんだよ!」

「どくた~、お花の冠作ったの、どうぞ!」

 

 気が付けば、俺の両手には抱えきれない量の荷物が存在していた。

 街にいる連中は、そのほとんどが俺に救われた連中ばかりだ。

 八百屋の親父も、魚屋の奥さんも、花屋のガキも、今となってはどこにでも俺が救った人がいた。

 クイントはその行いと人々からの感謝に幸せを見出し、ティーダは俺に張り合おうと背伸びをして、ティアナは周りにつられて笑っている。

 こんな事をしていれば、いずれ破綻することは理解していた。

 

 だが、これで良い。

 俺はどこまでいっても人間だ。

 だから、すでにやることはやっている。

 この生活を壊されることは、当分ないだろう。

 そう思っていた。

 

「祭り……?」

 

 いつも通りの夜を迎え、いつも通りにソファーで寛いでいるとティアナがおずおずとお小さな手で俺に一枚のチラシを見せて来た。

 そこには、来週の夜、この地域で中々に大きな祭りをすると書かれていた。

 俺はそれを一瞥すると、そのチラシをティアナに返した。

 

「行きたいのか?」

「……うん」

「はぁ……」

「―――ッ」

 

 ティアナは、ティーダと違い普段から小動物のようにビクビクしているガキだった。

 自己主張は最低限に、ただ流されるように生きている。

 そんなガキだった。

 俺は一々ビクつくティアナに、なんと対応すれば良いのか頭を悩ませていると、エプロンを付けたクイントがやって来た。

 

「あらあら、どうしたの?」

 

 クイントはティアナを抱き上げると、その手に持ってたチラシを見た。

 

「あら、お祭りなんて久しぶりね。ね、兄さん?」

 

 俺は祭りなんてものに行ったことはこれまで一度も無いが……。

 

「お、お?なんだ、祭りか!いいなぁ~!」

 

 遂にはティーダまでやってきて俺に期待の眼を向けてくる。

 なんとも居心地が悪い。

 俺は溜息を吐くと、ティアナからチラシを奪い取った。

 

「時間は、夜の7時からか……。クイント、その時間帯は予定を開けて置け」

「もぅ、素直じゃないんだから!」

 

 寝室に移動を始めた俺の背にクイントからそんな言葉が投げられる。

 俺はそれを無視して寝室に続く扉を開くと、背後から俺が祭りにいくことに許可を出したとクイントに説明をうけて、歓声を上げるガキ共の声が響いた。

 この時俺は、なんだか良く分からないが、自然と口角が上がった。

 

 

 夜も深く沈んで、虫があちらこちらで合唱を始める時間帯。

 俺は寝苦しさを感じて布団を蹴飛ばした。

 そして数回頭を掻くと、リビングに足を延ばした。

 リビングに続く扉を開けると、そこには光が満ちていて、クイントが一人で窓の外を眺めていた。

 その姿が、酷く儚く見えて、このままどこかに行ってしまいそうに見えた俺は、声をかけてしまった。

 

「こんな時間に何をしているんだ?」

「兄さん?」

「俺以外の誰に見える?」

「うん、いつもの兄さんね」

 

 クイントはそう言うと、黙って席を立ちキッチンに姿を消した。

 俺は何も考えずにソファーに腰掛けると、キッチンからクイントがマグカップを二つ手に持って現れた。

 

「よいしょ……」

 

 クイントがそう言いながら、俺の隣に腰掛けると二つの内の一つのマグカップを手渡してきた。

 中から、香ばしい匂いがして俺は一瞬眉を顰めた。

 

「コーヒーか……」

 

 俺は一口つける。

 感じる微かな苦み。

 

「しかも、無糖……はぁ……」

 

 クイントが俺を寝させない気なのは良く分かった。

 

「どうしたんだ?」

 

 俺が溜息をつくのをニシシと笑っていたクイントは、俺がそう言うと手元のコーヒーに視線を落とした。

 

「嫌……ね……。幸せだなぁ~ってさ」

「なにが?」

「今のこの時間を、私はすごく幸せに思ってるってこと!兄さんの仕事の手伝いをして、いたずらした兄さんとティーダに説教して、ティアナの世話をして、そんな毎日がすごく良いなって……」

「俺には、その感情が分からない。幸せを語るのであれば、お前は今より過去を語るべきだと、俺は思う」

「ううん……、今までの私の人生って空虚だったんだ。毎日とくに目標も何も無くて、ただ流されるままに生きてきた。なんにも感じなくて、喜怒哀楽全てが偽物の張りぼてみたいな感じだった。でも、今は違う。なんでだろう、そう断言出来ちゃう」

「そっか……俺には理解出来ないが、お前がそれでいいなら、そうなんだろう」

「うん……だから……兄さんにもこの気持ちを分かって欲しいなって」

「別に俺はどうでもいいだろ?」

「そんなことないわよ!だから、いつか兄さんに幸せだって言ってもらうために、私頑張るね!」

「なんでお前が頑張るんだよ……」

 

 俺がそう言うと、クイントは俺の肩に頭を乗せた。

 

「それぐらい察しろ……バカ……」

 

 なんだか、部屋全体の温度が数度上がった気がした。

 動悸が早くなる。

 少し発汗しだした。

 理解出来ない感情が俺の中を渦巻く。

 だが、俺はこの時間がいつまでも続いて欲しいと思った。

 その時、子供用の寝室の扉から声が漏れ出した。

 

「ちょ、ティアナ押さないで!」

「見えない……」

「うわ、ちょ―――ッ!」

 

 そして、リビングに転がり込んで来たのは我が家のガキ共であった。

 さすがのクイントもこれには目を点にしている。

 

「なにをやってんだお前ら……」

 

 俺がソファーから立ち上がると、ティーダとティアナは勢いよく立ち上がる。

 

「い、いや……その……そう!水、水を飲もうとしてたんだ!」

「うんうん……」

 

 俺はそんな言い訳をする二人の前に立つ。

 俺の影が二人を覆いつくすと、二人は抱き合う様にして身構えた。

 すると俺の後ろからクイントが顔を出す。

 

「あら、喉が渇いちゃったのね!」

 

 クイントはそう言うと、水を取りにキッチンに姿を消した。

 ティアナがその後に続く。

 俺は、説教する気がそれでそれてしまったので、頭をガシガシと掻きながら、再びソファーに座り直した。

 すると、俺の隣にティーダが座る。

 ティーダは俺の隣で深刻な顔をしていた。

 それでも、俺は何も反応を示さない。

 じっくりと、待ってみようと思ったからだ。

 すると、ティーダが語り出した。

 

「なぁ……」

「なんだ?」

「僕達がここにずっといる理由聞かないのか?」

 

 ティーダの瞳が俺を見つめる。

 その視線は子供特融で、本当のことを言わなければ逃がさないと告げていた。

 だからこそ、俺は思ったことをそのままに伝える。

 

「べつになんとも思っていない」

「な、なんとも……?」

「あぁ、そうだ。お前達が何故衰弱しきった状態で助けを求めにきたのかも興味が無いし、それからここにいつくようになったのも興味が無い。ただ、お前達がここにいてくれるだけで、俺もクイントも助かっている。それだけだ」

 

 俺がそう言うと、ティーダはポカンとした。

 

「なんだその間抜け面は……?」

「い、いや……僕達はここにいてもいいのかなって思って」

「良いも悪いも自分で決めろ。俺は知らん」

「でも、もし僕達がただ家出しただけだったとして、管理局が探してたりしたら、あんた等は誘拐犯ってことにされちゃうかも……」

 

 そう自分で勝手に言ってから、勝手に落ち込むティーダを見る。

 コイツは、ここに長くいることに対して俺達の迷惑になってしまっていると考えているのだろう。

 だからこそ、こそこそ隠れて俺とクイントの会話を聞いていたりしたのだろう。

 まったく馬鹿な考えだ。

 俺は黙ってティーダの頭をグシャグシャと撫でる。

 

「うわっちょっ、なんだよ!」

「何度も言うが、ティーダとティアナが自分で考えてここにいることを選んだんだ。なら、俺はそのことについて何も言わない。俺はお前達を利用するし、お前達も俺を利用すればいい。それにな……犯罪者だなんだは別に俺の不利益になりはしない」

「どういうことだよ……?」

「俺は、犯罪者以上の存在、……大罪人だからな」

 

 俺がそういうと、ティーダは腹を抱えて笑い出した。

 

「ぷっ、あははははははははははははははは!」

「なにが可笑しいんだ?」

「だってよ。皆を助けて回っているアンタが大罪人って、それは余りにも無理があり過ぎるよ!」

 

 その声を聞いたクイントとティアナがキッチンから姿を現す。

 ティアナは小さな体に不釣り合いな御盆を必死に持っている。

 ティアナが一歩進むごとに、御盆の上に乗った四つのコップの中の水があちらこちらに動き回っている。

 俺はそれが余りにも危なっかしくて、自然と体が動いていた。

 

「あう……」

 

 俺はティアナ事抱き上げると、ソファーにティアナを座らせる。

 そして頭を一撫でして、コップを一つ手に取った。

 俺に撫でられたティアナは、くすぐったかのか首を小さくして目を細めた。

 そうやって、ソファーに四人で座る。

 そうすると、必然的に肌が触れ合うくらいにキツキツになってしまうのは仕方がないことだった。

 だが、何故だろうか。

 俺はこの窮屈と生温さが心地よいと感じた。

 

 そうこうしているうちに、ティーダとティアナは眠りにつき出す。

 ティーダはクイントにもたれ掛かり、ティアナは俺の膝に頭を乗せて眠っている。

 なんとも無防備なことで……

 手のやり場に困った俺は、ティアナの頭に片手を乗せる。

 すると、ティアナは少し身じろぎしてから頭を少し動かした。

 これは催促しているのだろうか?

 俺は、そのまま手を動かす。

 すると、ティアナは満足したのか身じろぎを止めた。

 

「ねぇ、兄さん……?」

「なんだ?」

「今……、幸せ?」

「そうだな……」

 

 幸せなんてものがどういったものなのか俺は知らない。

 そもそもこのガキ共は、俺とクイントに親の愛を求めているなんてことは知っていた。

 一日の間にこの小さな地域内で多くの人と接しているのだ。

 このガキ共の親がすでにこの世にいないことも、手助けしてくれる存在がいないことも知っていた。

 町の医者連中も金が無いガキを見ることは絶対にありえない。

 そこに利益が無いからだ。

 だから、ティーダは最後の最後に俺達のところに助けを求めに来たのだろう。

 きっと、ティーダは周りの大人が信用出来ないのだろう。

 そして誰かに迷惑をかけることに酷く怯えている。

 その気持ちは少し理解出来る。

 試験管の中で物心つくまで過ごしていた俺には、少しばかり理解出来た。

 だから、俺もその愛とか幸せに飢えていたのだろうか。

 いや、違うな……。

 俺は、あの地獄の中で悪魔や鬼達と日夜ダンスを踊っていたんだ。

 だから、無条件に信頼されることが嬉しかったのだろう。

 その理由の無い想いが、俺を満たす。

 

 だから―――

 

 きっと―――

 

「幸せなんだろうな……」

 

 俺がそう言うと、クイントは向日葵のように笑った。

 俺はその笑顔がむず痒くて、テレビのリモコンに手を伸ばした。

 それからの俺達は、いつもと変わらない毎日を過ごした。

 

 

 俺達の関係に変化はない。

 なにも変わりはないまま、祭りの日を迎えた。

 

「ティ~~ダ~、早く準備なさ~い!」

「わかってるよ。クイントさん!」

「ティアナ、準備は出来ているな?」

「大丈夫、ジェイルの言われた通りに事前に準備してた」

「よし、いい子だ」

「……ん」

「ジェイルはどうして、僕にはなにも言ってくれなかったんだよ!」

「ティーダ、お前もいい年だ。自分の事は自分でしろ」

「くっそ~~~~!」

「はいはい、吼えない吼えない」

 

 俺達はそんな会話をしながら、林を抜け目的の場所に向かう。

 そこは、湖畔であった。

 太陽は地に落ち、月が昇る。

 星々が我先にと輝き、それに負けない程に地上では人々が人口の明かりを灯す。

 出店の数々が並び、大声を張り上げながら客を呼び込んでいる。

 俺達は手を握り合いながら、本当の親子のように歩いていた。

 

「この辺りでいいんじゃない?」

 

 クイントがそう言うと、ブルーシートを広げる。

 

「花火ってどんなのかな?」

「俺も知識でしか知らないからな。見るまでのお楽しみってことでいいだろ」

「それもそうだな!」

 

 人の声が風に乗る。

 今か今かと皆が期待に胸を膨らませている。

 湖畔に座る俺達に色々の人々が声をかけてくる。

 皆、俺が治療した者達ばかりであった。

 そうやって声をかけてもらう度に、クイントは嬉しそうに笑い。

 ティーダとティアナは誇らしげにしていた。

 そんな三人を見ていて、俺も何故だか少し満足していた。

 クイントと始めた逃避行。

 その途中でしかないこの地は、いつのまにか終着になってしまっていた。

 腐った連中なんてのは、どこにでも存在している。

 この地にも多くそんな連中はいる。

 けれども、良い連中も多くいた。

 クイントも俺もここがいつの間にか居心地がいい場所になっていた。

 だから、決心がついた。

 

 ここで終わり、そして始めようと―――

 

「すっげぇ!」

「きゃっ……」

「綺麗ね……」

 

 気が付けば、花火は上がっていた。

 向こう岸から、天に向け伸びる光点、終わりがくると弾けて眩く輝く。

 その有様を皆が美しいと言う。

 短いその輝きを好む。

 儚さに感動する。

 俺はクイントの顔を見た。

 クイントは俺の視線に気が付くと、笑顔になり頬を染めた。

 その笑顔から視線を外すことが出来ない。

 俺の手をティーダとティアナが握る。

 その温もりが俺を満たす。

 世界が俺を満たしていく。

 

 あぁ―――俺が欲しかったのは―――これだったのか―――。

 

 そして最後の花火が天高く舞い、その短い生涯を終わらせようとして―――

 

 時が止まった―――

 

 その異変に気が付いたのは、ティーダであった。

 

「な、なんだよ……コレ……」

 

 ティーダが世界を見つめる。

 風に靡いだ湖面が固まり、一つの水彩画と化していた。

 天に昇ろうとしていた花火は、天井からつらされた豆電球のようだった。

 周囲の人々がマネキンのように生命の活動を停止していた。

 

「見事です。インヒューレントスキルの重ね掛け、私の結界内であっても活動を続けるとは……」

「どうやら、上は本気らしいな。貴様のような規格外をよこすなんて」

「フフ……それは、お互い様でしょう?」

 

 ジェイルは時が止まった世界で立ち上がる。

 その瞳は闇を溶かし込んだ金色に輝き、神々しささえ感じさせる。

 ジェイルの目線の先には、管理局の制服に身を包みながらも、その上から真っ白なコートを羽織り顔の全てを覆い隠す程のフードを被った人物であった。

 フードの中から声が伸びる。

 

「彼らがお待ちです。遊びの時間は終わりだと……。それと、そこにいる作品を返してくれと……」

 

 ティアナが怯え、ティーダに抱き着く。

 

「お兄ちゃん……」

 

 俺は不敵に笑った。

 俺の足元にいる奴らに見せつけるように、強者がだれかみせつけるように。

 

「俺がそれに、はいそうですかって頷くと思うか?」

「いいえ、ですのでこの結界の外で武装隊を待機させています」

「本来、クラナガンの守護のためだけに存在を許された正義の味方達をよく連れてこれたな?」

「彼らは、ここに次元世界クラスのテロリストが存在しているとしか聞かされていません。ここで、私と事を構えても構いませんが、お荷物を抱えながらあなたにそれが出来ますか?」

「無理だな……。さらに、貴様を殺したとしても結界を解いた瞬間に武装隊が雪崩れ込んでくるってことか……」

「そういうことです」

 

 フードの男が勝ち誇るかのように宣言した。

 今まで黙っていたクイントが何かを決心するかのように立ち上がろうとしたが、俺はそれを手で制した。

 さらに言葉を紡ぐ。

 

「けどな……良いのか……?」

「なにがですか?」

 

 あぁ、楽しい。

 自分が絶対の正義だと勘違いしている野郎を、捻じ伏せるのが、突き落とすのが、お前らが一番に欲している望みを俺が知らないとでも?

 

「俺が来ると分かっている害悪に対して手を打っていないとでも?」

「なにを……?」

 

 俺がそう言えば、フードの男は思案するように問いかけてくる。

 

 知っているとも―――

 俺は、お前達を知っている。

 正義と平和の名のもとに繰り返される地獄を知っている。

 

「この湖畔にいるだけで、百人強ってところだな」

 

 俺は大袈裟に、停止した世界を見回す。

 

「ハハ……、規模も戦力もやり口も、全て想定内。お前達はいつも自分に正義という仮面を被せ、悪と言う仮面を被らせた敵を撃つ。故に、対策などいくらでもとれる」

 

 俺がそう手を広げ、喜劇を演じるように高らかに宣言すると、今まで停止していたマネキン達が動き出す。

 その動きは散漫で、生者と死者の中間点のような動作であった。

 その瞳に生気は無く、息吹すら感じられず。

 けれど、確かに皆、動き出した。

 

「これは、アンチマギリンクシールド?AAAランクの魔法を何故一般人が?ま、まさか貴様ッ!!」

 

 始めてフードの男が声を荒げた。

 それは、目の前の存在を見誤っていた報い。

 一介の科学者でしかないと言う驕り、自分達に逆らうメリットを見出せない人形だと決めつけた慢心。

 

「クックククク、ハハハハ……、アーッハハハッハハハハ!!」

 

 俺は笑う。

 これは、たまらない。

 これも一つの愉悦。

 最高だ―――。

 

「さぁ、どうする?こちらは多勢に無勢、この結界を破壊する時間など有り余っている」

「グッ!!」

 

 フードの男が魔法陣をその手に展開する。

 攻撃対象は、悪に操られた無辜の民。

 

「おっと、良いのかい?この街には無数の自立型の監視カメラを設置させている。もちろん、それらはAMFが組み込まれ、魔法の阻害は受け付けない。ここでの惨劇の映像は私の意志一つで全次元世界に配信される。……管理局の権威は失墜するな?」

 

 そう会話を続けている中でも、亡者の群れはフードの男に一歩一歩着実に近づく。

 その者達は皆、さきほどジェイル達に感謝の言葉を投げた者達ばかり。

 俺が救った者達ばかりであった。

 フードの男も気が付いただろう。

 俺が一声かけるだけで、この操り人形達が一斉に襲い掛かるだろうことは。

 しかし所詮は、戦闘訓練すらうけたことの無い一般人、恐れる必要は無い。

 だが、その僅かな時間で俺は結界を破ることが出来る。

 さらに、こちらには戦闘機人のプロトタイプとも呼べるクイントがいる。

 逃走を図ることなど容易だ。

 そして、外の武装隊の連中を呼び込んでも俺に操られているだけの一般人が街のありとあらゆる場所から襲い掛かって来る。

 意味も無く、命令も無く、彼らは手出しができない。

 もし、手を出そうものならその映像は全次元世界に知れ渡ることとなる。

 管理局の掲げる平和が、瓦解する。

 俺は、悪役よろしく笑顔を作ってやると、ティアナの顔を見た。

 彼女は信じたくない現実を直視しないようにティーダの胸に顔を埋めて泣いていた。

 ティーダを見る。

 ティーダは嘘だ、嘘だと呟きながら瞳から涙を流しこちらを見続けていた。

 そしてクイントは……。

 

「兄さん……」

 

 そう言って立ち上がった。

 だが、クイントのことだ。

 そう行動するのはわかっていた。

 だから……。

 

「だが、一つお前の願いを叶えてやろう」

 

 クイントを無視してフードの男に近づく。

 

「こんな生活にも飽き飽きしていてな。どうやら、俺の居場所はお前達側らしい」

 

 一歩足を進める。

 

「いやだ……パパ、ヒック……嫌だよぅ……」

 

 ティアナが呼び止める。

 父と初めて呼ばれて、振り返りたくなった。

 だが、足を一歩進める。

 

「ウソだろ……こんなの……ウソだって、ウソだって言えよジェイル!!」

 

 ティーダが喉が切れそうな程に叫ぶ。

 足を止めそうになる。

 だが、もう一歩進める。

 

「お願い……どこにも……いかないで……」

 

 俺の前に立ち塞がるようにして立つクイントが立っている。

 その顔は、涙と悲しみで歪んでいる。

 俺は抱きしめてやりたくなった。

 そんな顔をするなと、似合わないといってやりたくなった。

 だが、俺はそんな欲望を押し殺してクイントを押しのける。

 そしてフードの男の前に立った。

 

「連れていくなら、俺だけにしろ。アイツの情報は既に俺の頭の中にある。あんな不良品より、完成された人形を作ってやるよ」

 

 そして俺は、フードの男の前に立った。

 

「あの不良品は、俺とのままごとを経て、心なんて不必要なモノを得たらしい。そんな感情を織り交ぜたガラクタ、俺達の計画には不要と判断するが、いかがか?」

 

 その間にも、操り人形の群れはその距離を狭め囲い逃げ場を徐々に失わせていく。

 ジェイルの金色の瞳を睨み上げ、フードの男は歯茎を剥き出しにした。

 

「不要だと……?よくもそんな戯言を……、アレを不要と貶めたのは貴様だろうが……ッ!」

 

 その言葉を聞いてクイントが微かに驚く。

 

「―――へ?」

「おや、よく気が付いたな規格外。そうとも、俺は完璧を目指すためにアレを隅々まで調べつくした。その過程であれに施されていた機人化を全て人に下したことに関しては謝罪しよう」

「狂人が……。アレは、当時の能力を保持しているだろうが……」

「気づいたかい?さすが、規格外だね。そうとも、あれは既に人だ。故に感情に支配されている。故に我らの計画に不必要となった」

 

 思った通りだった。

 この規格外は、まだ若い。

 もの事の地獄を知らずにいる。

 ただ、理想を胸に秘め進む道化だ。

 ならば、その経験の無さを責める他あるまい。

 今ある手札で、為すべきことを完遂させる。

 クイント達との関係の修復は、後でいくらでも出来る。

 後もう一押し、そう思っていた時だった。

 

「くがっ……あぁあああ!!」

 

 目の前のフードの男が突然苦しみだした。

 そしてそれが止むと、俺は途轍もない悪寒を感じた。

 まるで、この世全てに敵意を向けられているかのような敗北感が背筋から全身を撫でまわしてきた。

 

「「「貴様も大概だな。……我が子よ」」」

 

 その声は、まるで三人が同時に話しているかのように幾重もの声が重なっていた。

 その声は、絶対的な王のように不敵で澄んでいた。

 これには、俺も笑うことしか出来ない。

 俺には強がりしか出来ない。

 

「お久しぶりです……。最高評議会のお三方……。いえ、父上」

 

 俺がそう言うと、最高評議会は―――。

 嫌、父上は笑い出した。

 

「「「なに、我が子の我儘を聞いてやるも生みの親の務め……、して家出はどうであったか?」」」

 

 俺はそう問われ、ティーダとティアナを見て、そしてクイントを見た。

 三人とも、刻刻と変化する状況についてこれていない。

 でも、その顔は……何故だろうか……どれだけ歪んでいようと、俺に何かを訴えてくる。

 コイツ等には、嘘は通じない。

 だから―――

 

「非常に……、非常に良いものでした。世界の広さを知り美しさを知り、そして……」

 

 俺はクイントを見た。

 クイントは涙を流し続け、それを隠すことすら忘れ、必死に口元を動かそうともがいている。

 俺はその姿を見て、笑顔が自然と溢れた。

 クイントの瞳が大きく開く。

 

「俺は……愛を……心を知りました。僅かな時の中で、多くを学び守るものを得ました」

 

 俺の本心を知り、ティーダとティアナが信じられないと俺を見る。

 

「そんな顔で見るんじゃない。お前達が捨て子であり、多くの人間から裏切られてきたのは知っていた。そんな、お前達なら利用しやすいとも考えた。けれどな……」

 

 俺はティーダとティアナの前まで行くと、かがんでティアナの頭をゆっくりと撫でた。

 

「父と呼んで貰えて、嬉しかった……」

 

 そしてクイントの前に立つ。

 クイントは未だに俺の顔を凝視したまま動くことが出来ない。

 まるで、鎖に雁字搦めにされているように指先一つ動かすことが出来ない。

 

「クイント……」

 

 だから、それを良い事に俺はクイントを抱きしめた。

 力強く、けれど壊れないように確かに抱きしめた。

 

「ありがとう……」

 

 だから、これだけで―――

 十分だ―――

 

「父上……」

「「「我が子に次元世界の恒久的平和の心積もりを、我らからでは無くこのような形で得ようとは思いもしていなかった。そして、我が子はそれを理解している。ならば、もう一つ、我儘を聞くも良しとしよう」」」

「ありがとうございます」

 

 初まりはいつも唐突で長くて、終わりはあっと言う間に刹那的で―――

 けれど、得た者は―――心は―――ここにあった。

 だから―――

 

「インヒューレントスキル発動―――アンリミテッド・デザイアー……」

 

 世界が闇に染まっていく。

 フードの男が展開していた時間止めの結界事なにもかもを、すべて闇の彼方に追いやる。

 

 これで良い―――。

 

 この闇に飲まれた者達は、俺の望む形に記憶を上書きされる。

 それは、俺がいなかった世界だ。

 でも、それでも良い。

 

 俺は、それでも良い―――

 コイツのためなら―――

 

 世界が闇に染まる。

 ティアナもティーダも闇の中で、眠りについた。

 フードの男もすでにいない。

 結界の外にいた者達も、街の人も等しく皆闇の中へ。

 だが、一人その中で、確かに手を伸ばした者がいた。

 

「兄さんッ!!」

 

 それはクイントだった。

 クイントは闇に捕らわれながらも、それを振り切りながら、確かに俺の手を掴んだ。

その手から、温もりが満ちてくる。

 否定していた心が俺の中に流れ込んでくる。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、心が引かれそうになった。

 クイントの顔を間近で見たら、吸い込まれてしまいそうになった。

 

 でも、だから―――

 

 俺は最後の嫌がらせをしてやることにした。

 もうすでに殆どの記憶が書き換えられているだろうクイントの心に傷を作ろう。

 俺はクイントの頬に自分の唇をつけた。

 その瞬間、心臓からダイナイマイトを爆発させたかのように血流が顔に昇って来るのが分かった。

 

 これは凄いな―――

 

 そんな馬鹿な事を考えながら、俺は今まで意識したことも無かった。

 今自分が出来る最高の意地悪な笑顔を作って言った。

 

「またな」

 

 闇が消え、世界に花火の光が降り注ぐ。

 まるで世界が今まで通り回っていると、信じさせるように町全体に光の礫が降り注ぐ。

 

 そこに、俺の記憶は含まれていなくとも―――

 

 それでも世界は回っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕は、目を覚ました。

 




この物語を楽しみにして下さっている方々に、この場を借りて感謝したいと思います。
皆さんが読んで下さっていることが、私のモチベーションに繋がっています。
本当にありがとうございます。
又、今後とも、お付き合い頂ければ幸いです。
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