聖王教会の訓練施設、芝生に埋め尽くされた大地を蹴り上げ狩り上げるように右拳を打ち上げる。
拳の先に微かな感触。
それは正確に相手の顎を捕えたからではなく、うまく受け流されたがための感触。
ティーノが頭部を守るために腕をクロスさせる。
その中心点に冷たく削るような感触に続き、ハンマーを振り下ろされたかのような衝撃。
衝撃が全身を抜け、芝生を舞い上がらせた。
それを堪えること3秒。
力点をずらし、相手の獲物を振り払うと蹴りを放ち距離を取る。
「相変わらず硬いな」
ティーノが汗を拭い、息を深く吐き出しながら言葉を紡ぐ。
「そういうお前も、技のキレが増しているように思うが?」
対するオルランドも、汗を顎先から垂らし口元を歪めた。
「でも」
「だが」
「「勝つのは僕(私)だ!」」
オルランドとティーノは互いに飛び出した。
今までと違い、今この時を楽しんでいるかのように笑顔で。
そして、そんな二人を見守る可憐な乙女。
「二人とも~、頑張って~」
ほんわかと、まるで向日葵のような声を出すのはアンジェリカ・ゼーゲブレヒト。
彼女は不治の病を完治させることに成功し、今となっては外に出ることも許可されている。
そう、全てがいい方向に進んでいた。
訓練を終えた二人は、アンジェリカと共に昼食のサンドイッチを食べる。
「そう言えば、明日であったな?」
オルランドがそう会話を切り出した。
「そうだね。午前中にアインハルトとコロナが、午後にはヴィヴィオとミウラさん、その後にリオとハリー選手の試合だ」
ティーノはそう言いながらも、どこも気にした風もなく。
もくもくと卵サンドを頬張る。
そんなティーノを見て、オルランドとアンジェリカは顔を見合わせると、どこか困ったように笑い合った。
「それよりも、確か教会からも選手が出ていただろ?」
ティーノがそう言うとアンジェリカが教会から支給されたデバイスを触りホログラムを空中に映し出す。
「シスター・シャンテですね!」
アンジェリカがどこか嬉しそうにその選手の事を説明する。
なんでも、シスター・シャッハに教えを請けている選手なんだとか。
速さに関してはなかなかのモノらしい。
その説明を受けたティーノはオルランドに視線を移す。
「お前とどっちが強いんだ?」
ティーノのその問いかけにオルランドは肩を窄める。
「戦ったことが無いのでなんとも―――、ただ彼女の斬撃が私の鎧を抜くことが出来るとは思わないがな」
オルランドにそう言われたティーノは「ふ~ん」と返すと、また食べることに集中する。
「……お前は、興味がないのか?」
最後のひとかけらを口に放り込んだのを見計らって、オルランドはティーノに問いかけた。
その問いに対して、ティーノはゴロンと背を倒し青空を見上げる。
「……別に興味がないわけではない……かな」
「なら―――」
「ただ、今の僕に出来ることは何も無いよ。むしろ僕がでしゃばれば、ヴィヴィオ達に対して良くない影響が出ることは確実だ」
そうして、ティーノは不貞腐れた様に言った。
「それに、ただでなくても心配をかけたんだ。僕は大人しくしていた方がいい」
ティーノの言葉を聞いたオルランドとアンジェリカはキョトンとすると、次の瞬間には吹き出す様にして笑った。
「そうだな、そうだろうとも。お前は静かにしていた方がいい」
「もうお兄様、さすがにそれはひどいですわ」
クスクス笑う二人をジト目で睨みつけると、ティーノは鼻を鳴らした。
その日の夜。
ティーノが自宅で晩御飯の片づけをしていた時の事。
一度きりの部屋の中全てに響き渡るようなチャイムの音がした。
「こんな時間に一体誰だろう?」
ティーノが洗い物を途中で切り上げようとしたところ、ティアナが代わりに玄関まで向かう。
そして聞こえて来たのはよく知る3つの声音。
「お邪魔しま~す!おっ、偉いねティーノ!」
そう言って無駄に元気な高町なのはは、ティーノの頭を撫で回すと、リビングに向かった。
「急にゴメンねティーノ」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、なのはにより乱された髪の毛を優しく整えると、土産だろう。ケーキの箱を見せた。
そして最後に―――
「……お邪魔します」
どこか元気の無いヴィヴィオが入って来た。
「ホント、あの時はどうなるかと思ったよ」
「皆さんに心配をかけた罰として、説教しときましたよなのはさん!」
大人組がテーブルをはさみティーノが起こした件で盛り上がっている。
お酒の力もあるのだろう。
どこか楽し気だ。
だが、ティーノは少し居心地が悪かった。
それは当然だ。
悪い事をしたし、迷惑をかけたのも理解している。
それでも怒られて反省して、大切な人の涙までみてしまったのだ。
だからこそ、この話を蒸し返して欲しくは無かった。
ぶすっとしたティーノの頭をフェイトが宥めるように優しく撫でる。
そんな中で、ティーノはヴィヴィオを見た。
イチゴショートのケーキをフォークで突いては、小さく溜息を零す。
ティーノがどうしたのかと、いつもなら無駄に絡んでくるのにと、思いながら声をかけようとした時、ヴィヴィオががばっと顔を起こす。
それにティーノはビクッとしてしまう。
「ねぇ、ティーノ?」
ヴィヴィオは、片手でこいこいと手招きする。
ティーノは言われるがまま、フェイトの傍を離れヴィヴィオの隣に腰を下ろした。
すると、突然ヴィヴィオがティーノに抱き着いてきた。
ヴィヴィオの突然の行動には慣れ始めて来たが、不意打ちは心臓に悪い。
ティーノが視線で大人達に助けを求めると、皆が笑顔でそしてどこか真剣な眼差しで二人を見ていた。
「どうしたの?」
ティーノが優しくヴィヴィオに語り掛ける。
だが、ヴィヴィオはティーノの肩に顔を押し付け黙ったままだった。
ティーノはそんなヴィヴィオに先を急かすでもなく優しく頭を撫でてやる。
すると、ヴィヴィオは苦し気に少し擦れた声を出した。
「ティーノ……」
「……」
その時、つけっぱなしだったテレビからアナウンサーの声が聞こえて来た。
「それでは、次の選手の話しに映りましょうか。明日の試合は目白押しと言ったところですが、私が今注目しているのは、この選手ミウラ・リナルディ選手です。彼女はなんと言っても、ルーキーでありながら、あのミカヤ・シェベル選手を打破した新星です。いやぁ~、一度天に昇った星はどこまで輝き続けるのでしょうか?私は明日が待ちどうしいです!」
「ミウラ選手の次の対戦相手ですが、こちらも期待のルーキーですね。ヴィヴィオ選手ですが、私は彼女も十分に活躍出来ると思うのですがどうでしょうか?」
「私が思うに、確かに彼女も期待できますが、今回は相手が悪いと思いますね」
「と、言うと?」
「ミウラ選手は典型的なインファイター、対してヴィヴィオ選手はトリッキーな戦法を得意としていますが、この両者のポテンシャルと言った話をしますと、公開されている資料と今までの試合の結果から見ても、ヴィヴィオ選手は完成の域に達しているミウラ選手の打撃力に体がついていかないのではないかと―――」
そんなある種の批評空間と化したワイドショーの音声にヴィヴィオは体を強張らせる。
ティーノはその様子を見て、笑った。
腹を抱えそうな勢いで笑った。
「くっくくく、はは、アッハハハハハハハハ」
その様子に大人組は目を丸くし、ヴィヴィオは怒りを露わに涙目でティーノを見る。
「はぁ~~はぁ~……、なんだ、死にそうな顔をしていたからどうしたのかと思ったけど、なんだそういうことか」
「なんだとはなに!?私は、必死で……怖くてっ!」
笑いを堪えるティーノは、急に真剣な顔を取り戻す。
「じゃあさ。逃げれば良いよ」
「―――え?」
「だれもヴィヴィオを止めはしない。止めることなんか出来ない。その道を選んだのは、ヴィヴィオ自身だ。たかが趣味。止めるも続けるもヴィヴィオの自由だ」
「……」
ヴィヴィオの瞳に集う涙が零れ落ちる。
ティーノにだって理解出来ていた。
今、ヴィヴィオが立ち向かっているモノ。
それの正体。
それは周囲の曇り無き瞳。
様々人間に期待されている。
様々な人間に嫉妬されている。
たかだか10歳の少女に、それらは猛毒となった。
子供であるが故にそこまで半ば流されるように、このストライクアーツの世界に入り様々な出会いを経てその流れにうまく乗れ出した。
そんな中で同じくルーキーであり、顔見知りでもあるミウラとの試合。
しかもミウラは最高戦績都市本戦3位の猛者を退けている。
ある種実力が拮抗した選手とうまくバッティングした運がよかったヴィヴィオとは違い、その進化は目を見張るものがあった。
世間でもそれは変わらず、皆が皆ヴィヴィオの事をよく知らない者達は、負けることが確定しているかのような言葉遣いに気遣い。
それらは、ヴィヴィオの練習の日々と自信に罅を入れるのに十分だった。
だから逃げても良いとティーノは言った。
それは優しさから来る言葉。
そして、ヴィヴィオが負けるから逃げろと言っているんでは無い事もヴィヴィオは理解している。
だが怖い。
意気揚々とリングに上がり瞬殺されてしまい、やっぱり……、なんて思われるのが怖い。
だが逃げたくない。
好きなのだ。ストライク・アーツが、だから辞めたくない。
その想いがヴィヴィオの内部をぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。
頭の中が白一色に塗りつぶされていく。
その時、暖かな感触が広がりを見せた。
白一色だった世界に色が生まれていく。
ヴィヴィオの歪んだ視界が戻ると、鼻先がぶつかりそうな距離にティーノの顔があった。
「ハッ―――ッ―――!!」
ヴィヴィオは羞恥に顔を赤くし逃げようとした。
だが、それをティーノは許可しない。
抱きしめた腕にさらに力を籠める。
「……気にすんな」
ティーノのその言葉がすんなりと心に響いた。
「他人の声とか視線とか、全部が全部を雑音と受け流せ―――。僕が視ていてあげるから、僕が応援するから、だから……ヴィヴィオも僕だけを視て、僕の声だけを聴けば良い。僕は―――僕だけは、この先ずっと、ヴィヴィオのファンでいるから」
その声はなんと甘美な事か。
潰れかけた女にとって甘い毒以外のなんでもない。
でも、そんな言葉を弟に言わせなければならない程に、姉の自分はダメになっていたのだろう。
ヴィヴィオは思い出す。
これまでの努力の日々を、何故強くなりたいと思ったのかを、それは他者から認められるためではない。
断じて違う。
だから―――。
「ありがとう。ティーノ……」
ヴィヴィオは静かにティーノから離れる。
その顔は先程までと違い、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした。
普段のヴィヴィオだった。
そして勿論、普段のヴィヴィオに戻ったのなら、こうなる。
「ところで、お姉ちゃん以外にそんな事言ってないよね?」
笑顔でそう言ったヴィヴィオにティーノはキョトンとして答えた。
「いんや。そんなことないよ?」
途端にヴィヴィオから黒い何かが吹き上がる。
これはまずい……。
ティーノは即座に立ち上がり逃げようとした。
だが、それは姉が許さない。
「そんな子に育てた覚えはありませんッ!!」
ヴィヴィオはティーノに飛び掛かり普段通り無茶苦茶にしていく。
「や、やん……やめてェ~~~」
ティーノの儚げな声がリビングに響いた。
そんな様子を見ていた大人達。
彼女達は微かに頬を赤くしていた。
そして、なのははティアナに言った。
「ねぇ、ティアナ?」
「……はい、なのはさん」
「私は、将来ティーノが凄い大人になると確信したの」
「……すみません」