魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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アリシア

 

 会場は静けさに支配されていた。

 皆が皆、リング外の光景を目にしてその動きを止めてしまう。

 大人の姿に変身したヴィヴィオは、一人の少年に抱かれていた。

 本来なら不可能な筈のお姫様抱っこ。

 少年は、光り輝く欠片の中、静かにヴィヴィオを抱きながら地面に足を下す。

 そうして、今度はヴィヴィオを少しきつめに抱きしめると、ヴィヴィオの体を紅い光が覆っていく。

 それは、魔力の補充と身体疲労の回復であった。

 ヴィヴィオは、苦し気な表情を次第に和らげていく。

 その黙々と行われていく光景が、余りにも絵になり過ぎていて、そして美しかった。

 そんな中、初めに正気に戻ったのは実況者だった。

 

「はっ!!すみません、私正直見惚れておりました。ヴィヴィオ選手ですが、様態が心配されますが、突然の闇の王子様の出現により、心配は杞憂なものとなったようです。おや、ドクターとセコンドがヴィヴィオさんの下に向かいます。ドクターの様子を見る限り大事にはなっていないようですが、ちょっと状況がわかりません。リングサイド音声入りますか?」

 

 実況者の声が響く中、ヴィヴィオのセコンドとしてついていたノーヴェとウェンディがヴィヴィオの下に駆け付ける。

 

「ティーノ!ヴィヴィオの様子は!?」

 

 ノーヴェがそう問うと、ティーノは人差し指を立てて口元に持ってきた。

 その動作にノーヴェは口を噤む。

 すると、ヴィヴィオの中からクリスが姿を現した。

 クリスはしゅんとする。

 ティーノはそんなクリスの頭を撫でると、微笑んだ。

 担架が運ばれてくる。

 念のためにと緊急医療室に運ぶと実況者が言っていた。

 ティーノは最後の祈りの様に、ヴィヴィオの額に自分の額を押し付ける。

 一際大きな魔力の光が二人を包みこみ、ヴィヴィオは大人の姿から子供の姿となってそこにいた。

 子供の姿となったヴィヴィオは手際よく担架に乗せられ運ばれていく。

 ティーノもその後に続いた。

 

 

 医療室には、なのはをはじめとした大人達が集まっていた。

 そんな中でイスに座りヴィヴィオの様子を見ていたシャマルがヴィヴィオの様態は深刻な事態ではないことをなのは達に告げた。

 ほっと、息を吐き出すなのは達、そんな様子を見ていたシャマルは上品に笑いながら、ヴィヴィオの寝るベッドの傍にいたティーノの頭を撫でる。

 

「優秀な魔導士さんが適切な治療をした御かげね♪」

 

 そして皆が笑顔でティーノを見た。

 ティーノはそれが恥ずかしかったのか、顔を俯かせる。

 すると、両脇に手を入れられ持ち上げられた。

 

「うわっ!」

「ありがとう~~!!」

 

 抱き上げた人物はなのはであった。

 なのはは、ティーノを全力で抱きしめる。

 ティーノはとても苦しそうだ。

 だが、なのははそんなことなどお構いなしにティーノを抱きしめた。

 いつもなら嫌がるだけのティーノであったが、なのはの抱きしめが余りにも苦しかったのか、もがき脱出すると、トイレと叫び病室を後にした。

 

 

 トイレに向かうティーノは、会場内の廊下を歩く。

 

「はぁ、負けてしまったな……」

 

 思い出すのはヴィヴィオの負け姿。

 立派に戦った。

 後少し、後少し何かがあればヴィヴィオは勝てていた。

 それほどまでに、今回の試合は接戦だった。

 だが、ティーノは知っている。

 ここ一番と決めて、絶対に負けないと誓って、それでも届かなかった時、その時の苦しみを―――。

 ただティーノは自分とは違いヴィヴィオは弱くないと思っている。

 この敗北すら糧としさらに飛翔すると、確信している。

 だからこそ、ティーノはヴィヴィオの敗北をそこまで重く見ないことにした。

 自分が変な慰めをする方が返ってヴィヴィオの傷を広げる結果になると結論付ける。

 

「よし」

 

 ティーノが今後の方針を考え、廊下を歩いていると。それは突然起こった。

 

「な……、く……」

 

 それは突然の目眩、突然の不快感。

 突如として現れたその症状に身に覚えがあった。

 

 そう、それはあの地獄―――。

 記憶の中の地獄を見た時と同じ―――。

 

「ようやく、会えましたね……」

 

 その声は、突如として聞こえた。

 耳の中を通り鼓膜をくすぶったその声は、どこか懐かしくて、そして―――

酷く罪悪感を覚えた。

 

「き……きみ、は……?」

 

 ティーノの目の前に現れたのは、なんの変哲もないただの少女だった。

 くすんだ金髪と、少し切れ長の目、顔立ちは整っており、立ち姿も凛とし様になっている。

 歳は、自分と同じくらいだろうか?

 その少女は苦しむティーノの眼前までくると、くすくすと笑った。

 

「なんで苦しそうにしているのかしら?失礼だと思わない?」

 

 少女はそう言うと、ティーノの髪の毛を掴み上げる。

 

「ぐあ……」

「下ばかり見ていないでその顔を見せてよ」

 

 ティーノと少女の瞳が重なる。

 深い緑色をした瞳と金色の瞳が交わる。

 

 視たくない―――

 

 見たくない―――

 

「僕を見るなッ!!」

 

 ティーノは怒りに身を任せる様に体内の魔力を爆発させる。

 紅い風が廊下に吹き荒れた。

 だがそれでも少女は動じずティーノを蹴り飛ばす。

 

「かは!」

 

 ティーノは背中から壁に叩きつけられ肺の中の空気が漏れ出す。

 それと同時に魔力の風は収まる。

 壁を背に座り込むティーノは歪む視界を無理矢理正常に戻す。

 すると、先程までの少女の瞳は自身と同じ金色となっていると知った。

 

「君は……君はなんだ!」

 

 半狂乱になったかのようにティーノが叫ぶと少女は不気味に口元を歪める。

 

「私?私の名前はドゥーエ、二番目の娘、あなたの家族よ。……お父様?」

 

 その声で名前を聞いた瞬間に、ティーノの中である感情が駆け巡る。

 それはよく知っているモノで、とても大切なモノだ。

 そして、ドゥーエの名にどこか懐かしさがこみあげてくる。

 聞いた事があった。

 嫌、違う。

 知っているのだ。

 自分は、自分の中の私が知っているのだ。

 その名を―――。

 だからこそ、認めたくなかった。

 だって、今感じた感情は、他でもない。

 ティアナにしか向けない、たった一つの愛なのだから。

 

「びっくりした?そりゃそうよね。でもお生憎様、私は生き返ったの、お父様?」

「……呼ぶな」

 

 渦巻く

 感情がとぐろ巻く

 胸が締め付けられ、感じたことの無い喪失感と怠惰感と怒りが全身を埋め尽くす。

 

 だめだ―――

 コイツの声をこれ以上聞いていると―――

 

 ティーノの瞳の奥がチリチリと回り出す。

 歯車が重なり合い、錆びを落とすかのようにぎこちなくゆっくりと、回り出す。

歯車の回転に合わせて、足元にテンプレートが生まれる。

 歯車の形をしたそれは、瞳の歯車と違い、今のティーノの感情を表すように高速で回る。

 

「ふふっ……、素敵よ。お父様」

 

 僕が僕でなくなる―――

 

「呼ぶな……、僕を……、家族と呼ぶなぁああ!!」

 

 ティーノはなりふり構わず。

 相手が無防備で有るにも関わらず殴りかかる。

 だが、ティーノが付き出した右拳は簡単に交わされ、逆に掴まれ床に叩きつけられた。

 ティーノは床に叩きつけられるも立ち上がろうとするが、その動作はピタリととまる。

 ティーノの瞳数ミリの位置にドゥーエの右手に装着された爪型のデバイスが付きつけられていたからだ。

 

「―――ッ」

 

 動きを止めたドゥーエは、つまらなそうに溜息を零す。

 

「はぁ……。この調子じゃ、ダメね」

 

 ドゥーエはそう言うと、片手でティーノを持ち上げる。

 

「今のお父様は弱すぎる。そんなんじゃ、そんな力じゃ、死んでしまう。だから―――」

 

 ドゥーエはそう言うと、悲し気に瞳を揺らし、ティーノの懐から待機状態のエテルナシグマを取り出す。

 そして、エテルナシグマを緑色の魔力光が包み込んでいく。

 

「やめ……っ」

 

 ティーノが止める様になんとか空気を吐き出すが、ドゥーエはそんなことなど気にもしない。

 そして、魔力光が収まるとティーノを解放した。

 

「……そこにアナタの助けを待ってる子がいるわ。助けなさい、そして……強くなって」

 

 ドゥーエがそう言った瞬間、稲妻が駆け巡った。

 

「……あら、これはこれは、お久しぶり。―――機動六課」

「ふぅー……、あなたを傷害事件の容疑で現行犯逮捕します」

 

 そこにいたのはバリアジャケットに身を包んだフェイトだった。

 大鎌の形をしたデバイス、バルディッシュをドゥーエの首元に翳し、未だに体から微かに放電させながら見下ろす。

 

「やっぱり、オーバーSランクの魔導士は、行動が早いわね」

 

 ドゥーエが指先をピクリと動かす。

 すると、ドゥーエの足元から外界と内界を隔絶するかのように、転移魔法陣が浮かび上がる。

 それを見たフェイトは、即座にバルディッシュに命令し、転送先の特定をさせようとする。

 

「無駄よ。そんな旧型機で分析出来る程、私の性能は悪くないの。……それじゃあね♪」

「ッ待ちなさい!!」

 

 フェイトが叫ぶがドゥーエの姿はそこに無かった。

 

「バルディッシュ?」

「ロストしました」

「そう……」

 

 フェイトはそう言うと、蹲るティーノに手を伸ばす。

 

「大丈夫、ティーノ?」

 

 ティーノはフェイトの手を取ると、咳き込みながら立ち上がる。

 そして、フェイトが先程の少女のことをティーノに聞こうとした時、ティーノは慌ててエテルナシグマを取り出した。

 

「大丈夫……?」

 

 その問いにエテルナシグマが応える。

 

「大丈夫です。それよりも、マイフレンド……」

 

 エテルナシグマはそう言うと、ティーノの眼前にホログラムを映し出した。

 そしてそこに映されていたモノを見たティーノは、訳が分からないと頭を掻く。

それを不思議に思ったフェイトがその映像を除き込む。

 その瞬間、フェイトの瞳孔は、開かれた。

 フェイトは震える唇と指先を押さえつける様に、強引にホログラムに両手を伸ばす。

 だが当然、触れられる筈がない。

 空を切る両手を何度も何度も、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。

 そして、先程のティーノのように膝から崩れ落ちる。

 その表情は、信じられない。

 信じたくないと、絶望をありありと乗せていた。

 そして、震える唇が持ち上げられると、その名を呟いた。

 忘れることが出来ない。

 

 大切な、本当に大切な、もうひとりの自分―――。

 

 一度しか会うことが出来なかった、最愛の姉―――。

 

「……アリシア」

 

 ホログラムに映し出されていたのは、生体ポッドに浮かぶ一人の少女。

 肌と髪は水面に揺れ、光が乱反射しているためか。

 どこか血色がよくないように見える。

 だが、その少女に見覚えがあった。

 それは当然だ。

 ティーノはその姿を無限書庫の映像データでよく見ていた。

 その姿は、幼い頃のフェイトにそっくりだった。

 ティーノは突然のフェイトの行動に驚く。

 だが、その元凶である映像を見て眉を寄せた。

 紡いでいたのだ。

 そして、ドゥーエという少女の言った通りだった。

 その少女は生体ポッドの中で薬液に包まれながら、小さな口を小さく懸命に動かしていた。

 瞳は閉じている。

 故に眠っているのだろう。

 だが、少女は求めていた。

 

 助けて、と―――

 

 だから安心させるためなのだろう。

 届くはずがないのに、ティーノは呟いた。

 

「―――アリシア」

 

 ティーノがそう少女の名を呟いた瞬間、突然の衝撃がティーノを襲う。

 

「がはっ―――」

 

 またか、とティーノは思考する。

 背中には冷たい壁。

 胸倉をつかむ手は、下方から。

 なら、誰がしているのかは容易に想像できる。

 

「フェ……フェイト……さん」

 

 ティーノを壁に押し付けていたのはフェイトだった。

 床に落とされたバルディッシュは懸命にフェイトの名を呼び正気に戻そうとしている。

 だが、フェイトは元に戻らない。

 フェイトはティーノを睨みつける。

 

「お前は何を知っているッ!?何故アリシアがここにいる!何故、お前がアリシアの名をッ―――、これはなんだ、なんなんだッ!!答えろジェイル・スカリエッティッ!!」

 

 ティーノは見つめる。

 フェイトを、その顔を。

 フェイトの瞳が物語っていた。

 

 お前は敵だと―――

 絶対悪だと―――

 

 その瞳をティーノは知っていた。

 始めてフェイトと出会った時、その時の瞳の色だった。

 だが、今は違う。

 その時とは、状況が違い過ぎている。

 フェイトは泣いていたのだ。

 普段の優しい、太陽のような微笑みは消え、暗雲のような憎しみで睨みつけて来ていたとしても。

 

 その瞳が、お前は悪だと告げて来ていたとしても―――

 

 フェイトは―――

 

 泣いていたのだ。

 

 だから、ティーノは弱々しく両手を上げて、酸素が枯渇し始めた脳を無理矢理働かせ、霞む視界を正常に正し、痛みに閉じかけた瞼をこじ開け。

 真っすぐに、ただ真っすぐにフェイトの瞳を見る。

 

「―――ッ!?」

 

 その瞬間、フェイトは自分が何をしているのかと冷静になる。

 脳が一気に冷静になったために、心が底なし沼に嵌まるように、ゆっくりと冷たく沈んでいく。

 そして、茫然としたフェイトが胸倉を掴む手の力を弱めた瞬間、フェイトの視界は額への微かな痛みと共に真暗になった。

 沈み込む心に、暖かな音が響く。

 

 トクン―――

 トクン―――

 

 と、力強くも温かい音が、優しい音色がフェイトの心を満たしていく。

 そしてフェイトは気が付いた。

 自分はティーノに抱きしめられていると。

 

「大丈夫だよ」

 

 暗闇に優しい声が聞こえた。

 

「大丈夫……、フェイトとアリシアって子に何があるのかとか、なんで今になってとか、なにも分からないけど……それでも、大丈夫」

 

 フェイトの後頭部を小さな温もりが動く。

 それはティーノが撫でているからだ。

 まるで、父が幼子にするように優しく、けれどどこか力強く、想いを伝えるために撫でる。

 フェイトは、まるで少女のように小さく震えながら、顔を上げる。

 そこには、見たことも無い父の顔があったような気がした。

 ティーノは、精一杯の笑顔で、安心させてあげるために、痛みに脂汗を出しながらも、それでも言い切った。

 

「絶対に僕が助け出して見せる―――。正義だとか悪党だとか関係なく、フェイトもアリシアも、絶対に僕が笑顔にして見せる。―――だから大丈夫だよ」

 

 そう言って笑うティーノを見上げ、フェイトは何も考えることが出来なくなった。

 だから、いつ以来だろう。

 本気で、顔をくしゃくしゃにして、ティーノの胸に顔を押し付けて泣き叫んだ。

 

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