きっと君も僕もこの先は虚無だと知っている。
それでも、僕はここにいて、ここから一歩を踏み出して次のステップを踏むと君は知っている。
そう出来上がっているのだから
僕達は―――
あれ以降、僕の動きは速く、そして皆が迅速で協力的だった。
生体ポッドに眠る小さな女の子、その子の名をアリシアと言い。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの掛け替えのない家族、まだフェイト・テスタロッサだった頃の忘れ形見は、生体ポッド事運び出され今は、時空管理局元機動六課隊舎で目覚めの時を待っていた。
ドゥーエと名乗った少女、そして逃げ出したナンバーズ達、それと僕自身の事……。
なにも解決などしていない。
それでも、前に進む。
それしか、道を知らない。
元機動六課の隊舎内のエントランスホール。
海の潮の香を背に、自動ドアを潜り姿を見せたのは、ティアナとティーノであった。
ティアナの顔は固い。
すべて、ティーノから聞いていた。
アリシアと言う少女の事、その子を救う術が提示され、それが罠であるかもしれない事。
今回、時空管理局で調べ上げた結果、そしてエテルナシグマに残されていたデータから検証して、アリシアを救いだすためには、彼女の内部、彼女の夢の世界に赴き、彼女自身に問いかけ自力で目覚めさせなければならないと言うことが分かった。
ならば後はどうやってアリシアの中に入るかと言うところだが、その問題を解決させたのが、機動六課に所属したこともある技師でえあった。
「お久しぶりです。アテンザさん……」
ティアナが目の前に現れた人物に向け、頭を下げた。
「いいよいいよ、気にしないで」
手を目の前で数度振った人物。
本局第4部技術主任のマリエル・アテンザは、チラリと視線を移動させる。
その視線に気づいたティーノが一歩前に踏み出した。
「よろしくお願いします!」
元気よく、どこか覚悟を決めた顔をした少年。
ティーノ・ランスターを前にしてマリエルは固まってしまう。
だが、それも数舜でマリエルはすぐに持ち直した。
そして三人は機動六課隊舎の中を歩く。
三人が通された先は、食堂だった。
急遽用意されたのだろう。
磨かれたばかりのイスとテーブルが並べられていた。
ティアナとティーノ以外の人物はすでに揃っていた。
高町親子、フェイト一家、八神一家、ナカジマ一家、ユーノ、空中にはホログラムが浮かび上がりリンディとクロノの姿もあった。
ティーノはその顔触れに、一人「おぉ~……」と声を上げる。
ティーノが皆の輪の中に入ると、リィンとヴィヴィオが近づいてきた。
「ティーノは本当に話題に事欠かないですね~……」
「応援に来てくれたのに負けちゃってごめんね……。はぁ、感傷に浸りたかったのに、なのはママに話を聞いてびっくりしちゃったよ」
「まぁ、こればっかりは体質なのかな?」
ティーノとリィンとヴィヴィオ、気心知れた三人は、いつものように会話を楽しむ。
「ちょっと良いか?」
ティーノ達が会話をしていると、頭上から声がした。
ティーノがそちらに振り返ると、そこにはゲンヤ・ナカジマを始め、スバルにギンガ、そして、クイントがいた。
クイントの姿を見たティーノが、慈しむように微笑むと、ゲンヤは地面に頭を付きそうな勢いで頭を下げた。
それにつられるようにして、ナカジマ一家の面々も頭を下げる。
「ありがとう……。こんなありふれた感謝しか出来ねぇが、言わせてくれ……。お前の、お前達のおかげで、クイントともう一度会うことが出来た。……本当にありがとう」
頭を下げたまま動かないゲンヤ達、皆がその姿を見たまま声を出すことが出来ない。
だが、そんな静寂が支配した世界であってもティーノは動いた。
ティーノはゲンヤの前に移動すると、ちょんちょんとゲンヤの頭を指でつついた。
「……?」
ゲンヤが不思議そうな顔をして、顔を上げると、ティーノは内緒話をするために、片手で口元を隠し、ゲンヤの耳元に顔を寄せる。
「今度、お酒を飲まして下さい」
その言葉を聞いたゲンヤは、一瞬思考が固まってしまうが、すぐに回復するとティーノを抱き上げた。
「そうかそうか、分かった。俺に任せとけ!俺の秘蔵をくれてやるよ!!」
ゲンヤはそう言うと、肩を震わせて笑い出した。
ティーノもつられて笑顔になり、キャッキャと笑う。
父を知らぬティーノは、ゲンヤに父親を少しばかり幻視し、うれしそうに甘えた。
そうして、二人で遊んでいると、クイントがティーノの頭に手を乗せる。
その感触に気が付いたティーノがクイントを見つめ、クイントもティーノを見つめた。
それは数舜のことだったのかも知れない。
だが、クイントにはそれで充分だった。
クイントは一度頷くと、ゲンヤからティーノを取り上げる。
「こら、だめじゃない。子供の教育に悪いわよ!今度私が、そんなのよりもっとおいしいジュースをご馳走するから、ね♪」
クイントがウィンクすると、ティーノは瞳を輝かせる。
「本当!?」
「えぇ♪」
「ありがとう!」
ティーノはクイントの首元に抱き着いた。
本当に嬉しそうに笑う三人を皆が、幸せな表情で見ていた。
八神家の皆は、ハンカチ片手に涙を拭い、フェイト家は微笑み、リンディとクロノとユーノは満足気に頷き、そして高町一家は―――
「ティーノ~、こっちに視線ちょう~だ~い♡」
「クリス、ゴー!!至近距離で録画して!」
ブレることなく、幸せを永久保存していた。
幸せな時間が過ぎ、なにかを誤魔化し先延ばしするかのように世間話に花を添えていく。
だが、そんな時間は長くは続かない。
一人沈んだ表情でイスに座るティアナの下に来たティーノは、力なく組まれたティアナの手を包み込むようにして握りしめる。
ティアナが力なく顔を上げると、そこには笑顔のティーノがいた。
「大丈夫だよ。―――僕を信じて」
ティアナは力無く右手を持ち上げると、ティーノの頬に添える。
ティーノはその温もりを逃がさないように、自身の頬を擦り寄せた。
「なにも、ティーノじゃなくたって……」
ティアナの言いたいことは分かる。
なにもティーノが向かう必要は無い。
今回の件に関しては不確定要素が強すぎる。
もしもを考えると、我が子を向かわせられる訳がなかった。
だが、ティーノはそれを否定する。
「僕じゃないと、ダメみたいなんだ……。僕にしか出来なくて、僕の助けを待っている子がいるんだ」
「っでも!」
ティアナだって理解していた。
フェイトの姉にあたる人が、すでに死んだと思われていた人が、実は生きていて助けを求めている。
フェイトにその話を聞かされ、泣きながら頭を下げられた。
子供を失うかもしれない恐怖をフェイトは知っている。
ティアナもその時は第三者として、当事者の気持ちを理解したつもりになっていた。
だが、いざ自分が当事者になると、これほどつらいことはないと断言出来た。
フェイトは希望が目の前に提示された。
ティアナは目の前から希望が逃げようとして見えた。
怒鳴り散らして、今までの関係をすべて切ったとしてもティーノの安全を第一に考えたかった。
だが、ティーノは決めていた。
決心していた。
そうなったティーノがどういった行動をとるかなど、痛いほど知っている。
だから、少しでもティーノが無事でいられるように出来うる限りの準備と手助けを頼んだ。
それでも、心配なのだ。
母親なのだから……。
ティアナはそこまで理解していても、それでもなんとかしようと、ティーノの安全を100%にしようと、足掻く。
だが、ティーノは違った。
「それに……」
ティーノはそう言うと、ティアナの下を走りさりある人物を連れて来た。
その人物こそ当事者のフェイトだった。
その後ろには、エリオとキャロが続いている。
「ティア……」
気が付けば、スバルが心配そうな顔をしてティアナの後ろに立っていた。
ティーノはフェイトをティアナの前に立たせる。
フェイトは、息がつまったような顔をしながらもティアナから逃げないように、無理を承知だとわかっていながらも、それでも頭を下げる。
だが、ティーノはフェイトの頭を上げさせると、こう宣言した。
「ティアナは僕にとって一番大切な人で大切な家族だ。でも、フェイトさんも僕の家族だ」
ティーノは一人満足気に頷く。
「フェイトさんは、僕の後見人になってくれた人で、ヴィヴィオの後見人でママだ」
ティーノはヴィヴィオに視線を移すと、ヴィヴィオは驚きながらも当然だと頷いた。
「そして、ヴィヴィオは僕のお姉ちゃんだ。……つまり、フェイトさんは僕のママだったんだよ!」
「な、なんだってーっ!」
ドヤ顔で言ったティーノにリィンが愛の手を入れる。
「そして、そんなフェイトさ……、フェイトママの家族なら、それは僕の家族でもあるんだ。家族が助けを求めているのなら、それを助けにいくのは家族の務めだ。そうでしょ?」
ティーノの言葉にフェイトは感動からか、口元を手で覆う。
そして、それでも尚、心配そうに泣きそうになりながら見ているティアナに対し、ティーノは言った。
「それに、可愛い女の子が泣いているなら、なんとかしなければならないのが男だからね!」
最後のその言葉にすべて集約されているんじゃないかと、ティアナは思った。
つまりティーノは、かわいい女の子のために一肌脱ぐと言っているのだ。
その思考は、まさにヒーローに憧れる男の子特有のものだ。
実に幼稚で杜撰な願いだ。
でも、それこそが、その優しさこそが、ティーノの長所でもあり、無くして欲しくないと、願い続けていることでもある。
あぁ~もぅ!
ティアナは、頭をガシガシと掻きむしると、頬を力一杯叩いた。
そして、いつもの力強い瞳になったティアナは、ティーノを見つめる。
「ティーノ?」
「うん♪」
「男の子がそこまで言ったのなら、ハッピーエンドを目指しなさい。……いいわね?」
「はいっ!」
ティーノはそう言うと、慣れない手つきで敬礼をした。
ここが機動六課だからだろうか。
真面目な顔で、そんな事をされれば愛おしさが込み上げてしまう。
でも、そこは我慢しなければならないだろう。
私は母親なのだから―――
「よし!頑張りなさい!!」
その言葉を聞いたティーノは満面の笑みになると、ヴィヴィオ達のところに走り去る。
どうやら、認めて貰えたことの嬉しさを共有したいようだった。
そして、そんなティーノを囲むように人だかりが出来上がり、皆が自分のことをママと呼ばせようとしたり、姉とよばせようとしたりしていた。
それは、紛れもなく幸せな光景で、掛け替えのない映像だ。
「ティアナ……」
ふとティアナが隣を見れば、そこにはフェイトがいた。
フェイトは、どこまでも申し訳なさそうな顔をしている。
そんなフェイトの顔を見たティアナは、そんな心配は杞憂だと、鼻で笑って不幸のすべてを吹き飛ばす。
「あそこまで言わせてしまったのなら、見送るのが良い女だと思いませんか?」
そう歯が見えそうな勢いで笑って言ったティアナに、フェイトも微かに安堵する。
「うん……ありがとう……」
そして、フェイトはこうも思った。
ティアナは自分なんかよりも、とても素敵な女性になったのだと。
ティアナとフェイトが微笑みあっていると、人ごみの中からティーノが飛び出してきた。
そして、ティアナとフェイトの前に立つと胸を張りこう言った。
「ティアナ、一つ訂正して!」
「え、なにを?」
「僕は男の子じゃなくて、もう立派な男だよ!」
「ふふ、えぇそうね」
「あぁ~、その顔は信じてないな。良いよ見てて!!」
ティーノはそう言うと、エテルナシグマを取り出した。
なにが始まるのだろうと、ティアナが頭に?を浮かべていると、リインとヴィヴィオが慌てて、走り寄って来る。
とめて~、と叫びながら。
ティーノがエテルナシグマと数度会話し、エテルナシグマを空高く投げると、ティーノはポーズを決めて叫んだ。
「変身ッ!!」
ティーノを中心に、紅い魔力光が瞬く。
その光が終息すると、ティアナだけでない。
大人組皆が、顎が外れるのではないかと言う程に、口を開けていた。
皆の視線の先、そこにいたのは―――
「この姿を披露するのは、初めてだよね」
少しばかり大人びたティーノの姿であった。
「……はぁ?」
間の抜けた声が口から漏れ出す。
それほどまでに、ティアナはどうようしていた。
見た目は十代後半、髪の毛は肩回りまで伸ばしたウルフカット、上半身は少し筋肉質でエリオよりガタイがしっかりしていて背が高い、足は長くすらっとした印象を与えている。
そしてなにより、ジェイル・スカリエッティをしっているからだろう。
あの、人を見下した。
この世すべてを馬鹿にしたような表情は為りを顰め、というよりもお前本当に元ジェイル・スカリエッティかと言いたくなるような顔、目は大きく少し吊り上がり、けれども優しそうな顔、クールに見えて子供っぽさが残る顔、要するに―――
「ぇぇえええええーーーーッ!!」
万人受けするようなイケメンだった。
皆が叫ぶ中、放心状態となったティアナにティーノは近づく。
もうそれだけで、色香を振りまいているのではないかと言いたくなるレベルで様になっている。
そんなティーノがティアナの前に近づくと、ティーノはティアナの頭を優しく撫でた。
「後、10年くらいすればこの姿になれると思う。どう、僕……いや、俺はかっこいい?」
ティアナよりも頭一つ分大きくなったティーノはどこか余裕をもってティアナに問いかけた。
頭を撫でられているティアナは、男の声になったティーノの顔を直視することが出来ずに真っ赤になりながら俯くことしか出来ない。
ティーノは隣にいたフェイトに視線を向けるも、フェイトも真っ赤になって視線を合わせてはくれない。
振り返るも皆同じで、目を背ける。
そんな光景を見たティーノは、どこか泣きそうな顔になってしまう。
「……そうか、僕は大人になってもかっこよくないのか」
そう呟くと、また魔力光が瞬いた。
ほっと皆が息を吐き、視線を元に戻すと、そこにはシュンとした元のティーノがいた。
その顔は、先程までの男らしさなどどこかに投げ捨て、今にも泣き出しそうであった。
もろい涙腺が、限界を迎える一歩手前、ティーノの頭を優しく撫でる温もり。
ティーノが見上げると、そこには少し頬を赤くしたティアナがいた。
ティアナは、罰が悪そうに頬をポリポリ掻くと、言った。
「かっこよかったわよ」
その言葉を聞いたティーノは、波を一瞬で引っ込め、ティアナに抱き着く。
「ティアナーーー!!」
そんな二人を皆が温かい眼差しで見つめていると、本当に罰が悪そうな顔をした今まで蚊帳の外だったマリエルが、オズオズと手を上げた。
「あの……そろそろ、時間です……」
その声を聞いたティーノは、ギュッとティアナを抱きしめる、
「それじゃ、行ってきます!」
「うん、いってらっしゃい。気を付けてね」
ティアナとティーノには、これくらいの見送りがちょうどいい。
行きが幸せなら、帰りも幸せな筈なのだから―――