夢を見ていました。
夢の中の僕は、どうしようもない思いを胸に抱いて、ただ人を救いたいと望んでいました。
それでも世界は、僕に絶望を叩きつけてきて……、それでも逃げたくなかったから、あがき続けて……。
そして僕は―――。
僕の夢に飲まれて―――。
何もない暗闇へと―――。
自ら進んで行きました―――。
「う~~~ん……ふわぁっ」
ティーノ・ランスターは、半分寝ぼけた眼のまま、人の温もりを存分に吸いきった状態の心地よい布団から顔を出す。
朝の陽ざしがカーテンの隙間から漏れ出し、目覚めの時を知らせてきた。
今日もいつもと同じ夢を見てしまった。
ティーノの朝の目覚めはいつも最悪だった。
なぜだかいつも、自分は夢のなかで誰とも知らない人達から虐められていた。
どのようにして、誰からなんてことは思い出せない。
それでも、この胸の痛みは、そう言った類の事をされていたのだということは、理解出来ていた。
だから、ティーノはその悲しみを包み込んでくれる存在を探す。
「ティアナ……?」
ただ、いつも傍にいてくれたティアナの姿が見えない。
その代わり、昨夜突如として現れたリィンとヴィヴィオが両隣に寝ていた。
ティーノは、胸にモヤモヤとした何かを携えながら、器用にベッドから抜け出すと、ティアナの姿を探すために寝室を後にする。
廊下に出ると、そこはまるで迷宮の入り口であるかのように、ティーノには見えた。
普段見慣れたはずの壁や天井がやけに遠く、見つめる先のリビングに通じるはずの扉は、遥か先にあるように見えた。
怖い―――。
まだ、夢の続きなのだろうか。
寝室のドアノブを背伸びをして握るティーノの背には朝の光がある。
だが、そこには欲していた温もりがない。
その温もりは、暗闇の先にある。
ティーノは、息を少しだけ荒げると、意を決し歩みを進めた。
怖い何もかもが怖い。
壁や天井の汚れが人の顔に見え、床の傷が苦しむ獣に見えた。
ごめんなさい―――。
ごめんなさい―――。
ティーノは、伝わるはずのない謝罪を口にしながら、獣を踏みつぶし歩みを進める。
そこにあるんだ、温もりが、だからごめんなさい。
僕の我儘のせいで、ごめんなさい。
楽になろうとしてごめんなさい。
だが、歩みを止める訳にはいかなかった。
そして、やっとの思いでリビングの扉のドアノブに手を届かせると、力一杯にそれを
引いた。
そこには、背後の縋りついてくるような闇を薙ぎ倒す、力強い温もりが広がっていた。
「おはよう、ティーノ」
探していた温もり……。
ティアナ・ランスターの姿を見つけたティーノは、よたよたとした足取りでティアナの足元までいくと、しっかり抱きしめたのだった。
ティアナの腰をしっかりと力強く抱きしめるティーノの姿を見て、朝の恒例行事だと言わんばかりに慣れた様子で、ティアナは持っていたお盆を近くのテーブルに置くと、ティーノを抱き上げる。
「今日も、怖い夢を見たの?」
抱き上げられたティーノはティアナの首元を抱きしめ直すとその問いかけに、黙って頷いた。
「……そう」
ティアナはそれだけを言うと、ティーノの頭を優しく撫で続ける。
「おはようティーノ、朝から甘えんぼさんだね♪」
ティアナと同じくエプロン姿で朝食の準備をしていたスバルは、ティーノの頭を人撫でした。
ティーノの中を温もりが満たしていく。
ここが、自分の居場所なんだと再確認するかのように温もりを体全体で確かめる。
夢がどれほど怖かったかなんて、そのころには忘れてしまえていた。
朝食の準備が終わると、寝室の方からバタバタと騒がしい足音が響いた。
そして、扉がバンっと音を立てると、パジャマ姿のヴィヴィオとリィンの姿があった。
「ティーノ、お姉ちゃんより早く起きるなんて、何を考えてるのかな?」
「ティーノ!リィンお姉さんが来たですよ!さぁ、遊ぶです!」
今日も今日とて騒がしい、ティアナはこの騒がしさがティーノのためになれば良いなと、そう思うのだった。
朝食が終わると、それぞれが帰宅の準備を始めていた。
玄関に向かうヴィヴィオとリィンの背中の服が弱弱しく握られる。
二人が、振り返るとそこにはどこか寂しげな表情をしたティーノがいた。
「……」
ティーノはなにも答えない。
だが、その意思表示は明らかにわかりやすくて、ヴィヴィオとリィンは優しく笑うと、それぞれティーノを抱きしめた。
「今回は来るのが遅れてしまったですけど、また来るですよ!」
「もぅ、男の子がそんな顔をしちゃいけないでしょ、メッだよ?」
二人にそう言われたティーノは泣きそうな顔をしたまま、真っすぐに二人の目を見返す。
「寂しくなんてないよ、僕男の子だもん!」
そう宣言したティーノに対し、二人はバイバイと告げてランスター家を後にするのだった。
そして、皆がいなくなると家の中が昨日のことが嘘のように静かになる。
玄関を見つめたままのティーノに対し、ティアナは笑うとティーノに言った。
「ティーノ、こっちに来なさい」
「どうしたの?」
すると、ティアナは胸を張りながら答えた。
「今からお出かけするわよ!」
ティアナとティーノが来たのは、時空管理局本局内に存在する無限書庫。
そこには、全次元世界の記憶が留められていると言われ、問いかけの答えすべてがあると言われている。
ただし、一つの世界のように膨大な空間に満遍なく存在する本というなの記憶を探し出せればであるが。
そんな整理整頓すらされずまさにどこになにがあるかわからない状態の無限書庫を、だいたいどこにあるか分かるまでにまとめ上げた人物。
無限書庫司書長にして、あのエース・オブ・エース高町なのはの魔法の師匠である男、ユーノ・スクライアがいた。
「お久しぶりです。ユーノさん」
無重力空間である無限書庫内で、うまくバランスを保ちながら、ティアナは何かの本を探しているユーノに声をかけ頭を下げた。
「久しぶりティアナ」
ユーノはそう言って優しい瞳をティアナに向けると、その視線をずらす。
そこには、慣れない無重力空間でわたわたしながら、時折一回転し、必死にティアナの手を握ろうとしているティーノの姿があった。
「君がティーノ・ランスター君だね?話は、なのはやヴィヴィオから聞いているよ」
そういって、ユーノが人差し指をくるりと一回転させると、わたわたしていたティーノの体を淡い緑色の光が多い、体のバランスを整え、ユーノの傍までティーノを移動させた。
その優しい光にびっくりしていたティーノの手をユーノは取り握手をすると、優しく目を細める。
「僕の名前はユーノ・スクライア、この無限書庫で司書長をしているよ」
その優しい応対にも、人見知りのティーノはビクビクしながら、どう対応していいのかわからずティアナを見つめる。
すると、ティアナは笑いかけ頷くのだった。
「ぼ、僕の名前は、ティーノ・ランスターです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
すると、ティアナはティーノの頭を軽く撫でながら、諭すように言う。
「ユーノさんが、ティーノの魔法の先生になってくれるのよ」
「先生?」
「僕じゃ物足りないかもしれないけれど、頼まれた以上精一杯やらせてもらうよ」
ユーノはそういうと、ティーノの瞳を真っすぐに見つめる。
「ティーノ、君は魔法を使ってどうしたい?」
ティーノには、その意味が理解できなかった。
でも、理解できないからこそ、本心を言うことが出来た。
「僕は、男の子だから、女の子のティアナを守れるようになりたい!」
その言葉に、顔を少し赤くしながらティアナは喜び。
ユーノは満足そうに笑顔になった。
「それじゃ、さっそくで悪いけど、始めようか」
三人が来たのは、本局内の訓練場であった。
普段は予約制で使用され、多くの人で賑わっているそこには、誰の姿もない。
それには、今回のティーノの魔法初体験が大きな理由を持っているからだ。
三人は、訓練場の中心まで移動する。
「それじゃ、まずはバリアジャケットの展開から教えるね」
ユーノはそう言うと、一瞬のうちに衣装を変えた。
ティーノはその早着替えに目をパチパチさせる。
「バリアジャケットと言うのは、フィールド魔法の一種で、自らの身を守ってくれる魔法だよ。ティーノの場合はエテルナシグマにすでに登録されているから、後は自分の全身に薄く魔力を張るイメージでやってみて」
やってみて、と言われてできるほど魔法の運用とは楽ではない。
そもそも、イメージが出来ないのだ。
そのイメージができるようになるまでに、本来であれば座学等を必要とするが、そこはあの高町なのはの師匠である。
まずは、やらせてみてから考える。
優男な割に、意外とスパルタであった。
だが、ユーノの姿をじっと見ていたティーノは、一回頷くと、ポケットの中からエテルナシグマを取り出す。
「それじゃ、セットアップと唱えてみて」
「はい!」
ティーノはそう言うと、エテルナシグマを眼前まで持ち上げる。
「頑張ろうねエテルナシグマ!」
「はい、マイフレンド」
そして、第一歩を踏み出すためにその呪文を唱えるのだ。
「セットアップ!」
そうティーノが唱えると、ティーノの足元に紅い光が生まれ、紅がティーノの全身を覆い隠す。
まるで、卵から孵化するように光が砕け散ると、そこにはバリアジャケットを纏ったティーノが立っていた。
その姿は、黒と赤の半袖に同じ色の長ズボン、そしてブーツを履き、白色のジャケットを羽織っている。
ティアナのバリアジャケットの男バージョンであった。
そして、エテルナシグマは、ティーノの両腕にガントレットとなり装着されていた。
ただ、一つ違う点があるとすれば、手首の外側が膨れ上がっており甲には銃口を思わせる穴が開いていた。
自分の姿に驚いていたティーノは即座に満面の笑みになると、ティアナに向け言った。
「僕、かっこいい!?」
そう言うティーノの姿にティアナは内心やっぱり男の子ね、なんて思いながら答えた。
「かっこいいわよ、ティーノ」
褒めてもらったティーノは、嬉しそうに笑う。
「服はティアナとお揃いだね!」
「ふふ、そうね。エテルナシグマは、私とスバルで考えてデザインしたわ」
ユーノがふむと、頷く。
「なるほど、だからガンナックルの形状をしているのか……。スバルのリボルバーナックルをスリムにさせた形状に、ティアナのクロスミラージュを融合させたデザインというわけだね」
ユーノはそう言いながら、ティーノになのはと同じ匂いを感じていた。
それは即ち、魔法の天才であると言うことであった。
この元ジェイル・スカリエッティの魔法の先生に、どんな運命かなることになった。
この子の行く道、力の使い道を誤らせないようにするには、自分の指導が大いに関わってくる。
これは責任重大だ……。
ユーノはそう言いながら、はしゃぐティーノに対し先生らしく振舞う。
「バリアジャケットの展開はうまくいったね。それじゃ、次のステップに行こうか」
そんな三人の姿を天井に用意されたサーチャーから除く人物達がいた。
その人物達の姿の中には、高町なのはを始め、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神はやてがおり、その外にも、時空管理局の重鎮達の姿があった。
「やはり危険なのではないか?」
重鎮の一人がそう口を動かす。
「ジェイル・スカリエッティは、前時空管理局の生み出した闇そのものだ。その力、カリスマ性はここにいる皆が知るところだろう」
別の重鎮が口を開く。
「そんな者に、力の手解きなど正気の沙汰じゃない。前時空管理局もジェイル・スカリエッティが天才であるが故に、力の行使の方法を教育から除外したと言うに……」
別の重鎮がため息を零す。
「その状態のジェイル・スカリエッティに、自慢の刃を砕かれたのはどこの誰だったかね。テスタロッサ執務官」
そして重鎮達は、呪詛を出しだす。
「危険だよ。アレは……」
「再び、我らに牙を向けたらどうするのだね?」
「力の運用方法すら理解したアレに対し、我々は打つ手がなくなるのではないかね?」
「我々の想像を超えた化け物だと、知るべきだ」
「やはり、我々の管理下に置くべきじゃないかね?」
「利用方法はいくらでもある」
「あまねく次元世界のために、アレは必要……か」
「次元世界中の今ある問題を解決することが出来るモノだよ、アレは……」
「ふむ、ならば誰の手元に置くべきか……」
会議の内容が、犯罪者から物に代わり、その運用方法と今後の対策に変わろうとした時、凛とした声が会議場に響いた。
「いえ、今のままでこそ……、ティーノ・ランスターは輝きます」
その声の主は、八神はやてであった。
その両隣に座る高町なのはも、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンも眼光を鋭くしている。
「それはどういうことかな、八神二等陸佐?」
「皆さんもよう知るように、ティーノ・ランスターには、ジェイル・スカリエッティの記憶が存在してない。目下の考えでは、記憶の完全な消去など不可能であることから封印されていると考えた方が妥当やと思います。さらに、ジェイル・スカリエッティを生み出してしまった最大の原因は、前時空管理局の闇がそう仕向けたからであり、人間学的にも幼少期の環境が人に与える影響は、その者の人生を決めるとレポートにも纏められています。……時空管理局に利する人物にするためにも、今の環境がベストであり、変えるのは得策ではありません」
はやてのその言葉に、会議場は静かな会議で瞬時に騒がしくなる。
誰もが欲しているのだ。
金の卵を生み出せる天才を―――。
誰もが手を拱いているのだ。
教育が失敗し、ジェイル・スカリエッティが目覚めた時、その責任を取りたくないと―――。
ならば口出しするなと、八神はやては席を立つ。
これで、今日の会議は終わりだと―――。
会議場を後にしようとする八神はやてに、待ったと声がかかる。
「ならば……君達なら、アレを御することが出来るとでも?もし、ジェイル・スカリエッティが目覚めた時、その対処はどうするのだね」
その問いに、八神はやては不敵に笑う。
「そのための私達であり、そのための元機動六課です。安心してくれて構いませんよ?スカリエッティに対しては、どこの部署よりも、誰よりも、私達が上を行く。私達以上の部隊なんてあらしません。もし仮に、ジェイル・スカリエッティが目覚め次元世界に牙を向くようなら、私達機動六課が全力で封殺することを、ここでお約束します」
そして会議室の扉は閉じられた。
本局の白い廊下を革靴が叩く音が響く。
それは足早で、会議室から離れた訓練場の前までくると、設置されているベンチに腰掛け全力で疲れを吐き出すように八神はやては項垂れた。
「お疲れさま、はやてちゃん」
高町なのははそう言うと、自販機から苺オレの缶ジュースを買うと、はやてに手渡した。
「ありがとうな、なのはちゃん」
「ごめんね、はやて。一人で背負わせてしまって」
「気にせんでええよ、フェイトちゃん。これが、私の戦いやから……」
「うん……」
「でも、これで上の連中が考えてることが再確認出来たわ」
「……そうだね」
「ティーノは良い子だよ、本当に……」
「それは私も知ってるよなのはちゃん……、やからこれからが大切や……」
「うん……、ティーノを守れる環境を作り、ティーノ自身が自分を守れる力を手に入れること……」
「そうや、ティーノのこれからを幸せなものにするためにも、私達大人が気張らなあかん」
「悲しみをこれ以上増やさないために……」
「子供の未来を守るために……」
「皆が笑顔でいられるように……」
「「「頑張ろう」」」
三人の大人は、そう言うと手に持っていた缶ジュースを飲み干し、ごみ箱に入れると訓練場の扉を開くのだ。
その先には、元気よく力一杯にユーノにより用意された的を撃ち抜き、独特な体術で 次々と壊していくティーノの姿があった。
その訓練が終わると、今度は回復魔法の訓練を始める。
その顔は真剣で嬉しそうで、初めて魔法と出会ったあの頃を自然と思い出させる。
この子は、きっと大丈夫―――。
そんな希望が現実になるような気がして、三人は自然と笑顔になった。
足音に気が付いたのか、訓練を止めティーノが顔をあげる。
すると、満面の笑みでこう言うのだ。
「僕、魔法が出来るよ!かっこいいでしょ!!」
褒めて褒めてと、言わんばかりのティーノに三人は満面の笑顔になるとこういうのだ。
「「「うん、すごく可愛いね!」」」
その言葉に、ティーノの表情が絶望に染まる。
「……僕、かっこよくないの?」
弱弱しく言う、ティーノにティアナは苦笑すると、ティーノを抱き上げた。
「どうだろうね?」
そうティアナに言われたティーノは、悲しみに半泣きになると、魔法の先生に最後の希望を見出す。
「僕、かっこよくないの?」
ユーノはそれを笑顔で誤魔化した。
とうとう、ティーノの緩すぎる涙腺が大洪水を起こしそうになったときに、なのは、とフェイトとはやては、いたずらが過ぎたと、慰めにかかるのだ。
そして、みんなで笑う。
これが子供と大人の時間で、大好きな時間で、守らなくてはならない時間で―――。
だから、頑張ろうと―――。
大人達はそう思った。