紫色の長い髪、どこか悪戯娘を思わせる瞳、ルーテシア・アルピーノとティーノ・ランスターは黙ったまま見つめあっていた。
そこに会話は無く、二人共ただ瞳を離すことが出来ずにいた。
すると、ルーテシアはなにかに折り合いをつけたかのように頷くと、手を差し出してきた。
「……」
その手を見つめていたティーノも普段人見知りしていたとは思えない様子で自然とその手を取った。
そして二人は歩き出す。
その二人に並んでティアナとスバルも歩き出す。
影が長く並んでいた。
モミモミと、本当にそんな音がしているのではないかと言う勢いで、ティーノの小さな手はルーテシアの手に遊ばれていた。
「……なんですか?」
ジト目で見上げれば、ルーテシアはなんてことないように笑う。
「ううん、別になんでもないよ。ただ、ティーノ君の手は温かいなって」
「別にそうでもないですよ……」
「えぇ~温かいよ!」
ルーテシアはそう言うと、ティーノの首筋を撫でた。
「ひゃいっ!」
「あ……、アハハハハハハヒ~ヒ~……」
「わ、笑うな!」
ティーノが顔を赤くして怒ると、ルーテシアはごめんごめんと言いながら、頭を撫でてくる。
だがその顔は、自然な笑顔で邪気がなかった。
ティーノ達が玄関につき、家の中に入るとルーテシアを大きくしたような女性がいた。
「初めましてティーノ君、私はメガーヌ・アルピーノ、ルーテシアの母親よ」
「はい、よろしくお願いします」
ティーノはそう言って頭を下げる。
「まぁ、偉いわね~」
メガーヌはそう言うと、ティーノの頭を撫でた。
その撫で方は、どこかティアナと似ていてティーノは自然と幸せな笑顔になってしまう。
そしてその様子を皆に見られてしまい、赤くなるのだった。
「あっ、来た来た!」
そう声が聞こえそちらに顔を向けると、そこにはなのは、フェイトに見知らぬ少年と少女がいた。
二人の顔をティーノが見つめると、二人が自己紹介してくる。
「エリオ・モンディアルです。よろしく」
「キャロ・ル・ルシエと飛竜のフレードです」
「キュクル~」
ティーノは丁寧な二人にならい慌てて頭を下げた。
「ティーノ・ランスターです」
「うん、よろしくね」
挨拶が終わると、なのはとフェイトが近づいてくる。
「もう、お寝坊さんなんだから~」
「な、なのは……」
なのはがティーノにそう言うと、ティーノはそっぽを向き頬を膨らませた。
あんな事をされたのだから、当たり前である。
だがなのはは、悪びれもせずにティーノの頬を引っ張る。
「あはは変な顔~~」
「うぃ~む~!」
なのはのそんな様子を見て、エリオとキャロは驚く。
そして、ティーノはやはりこの人は、ヴィヴィオの母親で間違いないと、心に刻んだ。
すると、メガーヌが手をパンと打ち鳴らした。
「それじゃあ、子供達が帰ってくる前にお昼の用意を始めましょうか」
その言葉にそれぞれが手早く行動を起こしていく。
ティアナが動き出そうとしたとき、ティーノはティアナの服を掴む。
「僕は、少し訓練の続きをしてくるね?」
そう言われると、ティアナは困ったと眉をハの字にした。
そしてしゃがみ込み目線を合わせる。
「あまり遠くに行っちゃだめよ?」
「はい」
「危ないこともしたらダメ」
「はい」
「お昼ご飯の前には戻ってくること」
「わかってるよ」
そしてティーノは、一人庭先に出て行った。
そんな様子を見ていたなのはは、指をくるりと回すとホログラムが浮き上がり、そこには草原に立つティーノの姿があった。
「これで安心だね」
そう言って笑うなのはにティアナは感謝する。
そして準備を進めている大人組も、準備をしながら興味深げにその様子を見ていた。
バリアジャケット姿のティーノは風舞う草原で瞳を閉じながら呟いた。
「封時結界」
外界と内界の時間が歪み、時を変える。
景色が変わり色あせていた景色から色素が抜け落ちていく。
昼が夕方へそして黄昏時が訪れた。
「エテルナシグマ、お願い……」
「わかりましたマイフレンド」
イメージするのは、炎―――。
どこまでも続く劫火の軌跡―――。
邪魔する物は無く、止まる術を知らず、己の内と外から光を集める。
魔力の塊を右手の銃口にセット、イメージを形にするための術式を魔法陣として眼前に固定、必要枚数計八枚、直線状に固定。
ティーノのリンカーコアから抽出された魔力と外部の微かな残存魔力が混ざり合っていく。
チリチリと大気を焦がし、バリアジャケットの上からでも焼かれてしまいそうな熱量。
魔力が固まりきったその先に出来上がっていたのは小さな太陽。
向ける相手は彼の騎士、自身が越えなければならない壁、接近戦では勝てない。
ならば、アウトレンジならばと、エテルナシグマと相談し、普段から見ていた高町なのはの教導映像録を参考にし作り出した魔法。
奴を倒すには、これぐらいしなければならない。
だから、その魔法名を口ずさむ。
「ブレイズ・イレイザー」
「結界魔法なんて使えたんだ!」
なのはは、いきなりサーチャーが機能しなくなったのを見て瞬時にそれが結界魔法であると気づいた。
なのはは、すごいすごいとはしゃぐ。
その時、まるで獅子が咆哮しているような音と共に結界が内部から砕け散る。
なにごとかと皆が映像を見れば、紅い魔力弾が空間を歪めながら彼方へと放たれていった。
相当な熱量だったのだろう。
魔力弾の後には無くなった空気を空間が取り戻すために、景色を歪めていた。
何故そんな高威力な魔法を努力をし会得しているのかは、皆が知っている。
だからこそ、皆が哀憫の念を抱いた。
昼食の準備が整うと、川遊びをしていたヴィヴィオやコロナ、リオ、そしてアインハルト・ストラトスは付き添いのノーヴェに連れられて来た。
「皆~お昼の準備が出来たわよ~」
その声に子供達は歓声を上げて席についていく。
席に座り終えたヴィヴィオがキョロキョロ誰かを探していると、隣に座るアインハルトが不思議そうに聞いた。
「あの、ヴィヴィオさん」
「はい!なんですか?」
「どなたか、探していらっしゃるんですか?」
すると、コロナとリオがニヤニヤとした。
「ヴィヴィオは弟君を探しているんだよね~」
「お姉ちゃんだもんね?」
そのからかいにヴィヴィオは頬を僅かに赤くさせた。
「もう、からかわないでよ~」
アインハルトは、この旅行の行きの船の中でティアナに抱かれていた子供のことだとすぐに目星を立てたが、高町家に呼ばれたときに、弟の姿がなかったことから一人不思議そうにしていた。
すると、ティアナが徐に立ち上がる。
そして席についていた皆が視線をそちらに向けると、一人の男の子が歩いてきた。
「あっ……」
その姿は、確かに幼い。
身長もヴィヴィオ達よりも低く、年齢もそうなのだろう。
だが、漂う雰囲気が違っていた。
その空気は、アインハルトの中に眠る。
古代ベルカの王―――、覇王の良く知る空気であった。
「こらティーノ、遅いわよ」
ティアナにそう怒られたティーノは、先ほどまでの空気を嘘のように消し去りシュンとした。
「ごめんなさい……」
「もう……」
ティアナはそう言うと、腰に当てていた手をティーノに差し出した。
その手を見たティーノは笑顔になり、小さな手でつかむ。
二人が席につくと、メガーヌが皆を代表して感謝の意を伝えた。
「今日の良き日に感謝を込めて……」
「「「「「いただきます!」」」」」
皆が用意された料理の数々に舌鼓を打つなか、ティーノも例にもれず串刺しにされたバーベキューの肉を食べている。
そして時折ソースで汚れた口回りをティアナに拭かれていた。
一本目の串を食べ終わろうとしたとき、ルーテシアが別の串を何気なく渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ティーノはなにも考えずにそれを口に入れた。
その瞬間、野菜特有の生臭さ、歯応えのない食感、口が受け付けないんと叫ぶ程の衝動をティーノを襲った。
恐る恐る自身が口に入れた物を見ると、そこにはニンジンのみが刺さった串があった。
「あ……かっ……」
なにを食べさせられたのか、脂汗を滲ませながら顔を上げると、そこには聖母の如き微笑みを携えたルーテシアがいた。
「おいしいでしょ?裏庭の畑で今採ってきたの、産地直送よ?」
「――――ッ!」
ティーノが何かを叫ぼうとした時、小さな口に人差し指が当てられる。
「強い男の子になるんでしょ?」
そう言われてしまえば、何も言い返すことは出来ない。
でも食べたくない。
ティーノの瞳に涙が溜まり出した時、手に持っていた串を強引に奪い取られた。
一瞬体をビクっとさせたティーノがそちらを向くと、そこにはスバルに似た赤毛の女の人が立っていた。
「無理して食うもんじゃねぇよ、ほれ……」
その女の人は、そう言うともう片方の手に持っていた串をティーノに手渡した。
それは、普通のバーベキュー串だった。
「あ、ありがとう」
ティーノが感謝を伝えると、その女の人は何とも言えない表情を作った。
「この人はね、ノーヴェ・ナカジマ、私の妹だよ」
スバルはノーヴェの後ろから顔を覗かせるとそう言った。
「ノーヴェ?」
そう名前を呼ばれた時、ノーヴェは一瞬感覚が鈍ったような気がした。
その瞳、その輪郭、その声、いくら幼くなろうとも、いくら雰囲気が変わろうとも、いくら別人になろうとも、ノーヴェ達、元ナンバーズからしてみれば生みの親であり、絶対的な人物。
でも、だからこそ―――。
世界からなんと言われても、被害者と加害者と言う壁を作られても―――。
言いたいことがあった。
ノーヴェは膝を付き、目線をティーノに合わせる。
そしてキョトンとしているティーノの瞳を見つめ笑った。
「あたしは、元気にやってるよ」
それだけを言いたかった、ティーノにでは無い。
ティーノの遥か奥に眠る人物にそう言った。
自己満足に付き合わせてしまった。
ノーヴェはそう思いながら、一瞬目を伏せると、再びティーノを見た。
「えっ……」
そして驚いた。
なぜなら、ティーノの瞳から静かにただ確かに、涙が流れていたからだ。
「あれ、僕……なんで……?」
止めようと拭っても、涙は一向に止まる気配を見せない。
「ティーノ……」
声がかかった方を向けばそこにはヴィヴィオがいた。
「よかったね」
ヴィヴィオに言われてティーノは気が付いた。
嬉しいのだと、今自分は感動しているのだと―――。
「うん……うん!」
食事を終えた各々は、それぞれ時間を使っていた。
大人組は陸戦場に、子供組はルーテシア、リオ、コロナは図書室に、ヴィヴィオとアインハルトは散歩に、そしてティーノは大人組の訓練を見学していた。
ティーノが凝視していたのは、エリオの姿であった。
エリオのデバイスは槍であり、その動作はまるで稲妻のように早く、まともに目で追うことは出来ない。
それでも、必死にくらいつく。
何故か、それはエリオが仮想敵と置いている人物が、自分と同じだと感じたからだ。
聴覚も触覚も嗅覚も遮断し、すべてを視力に費やす。
それでも追えないモノは魔力を使い補う。
一つたりとも見逃さないように、集中して―――。
ノーヴェになのは達の模擬戦を見学しないかと、ススメられたヴィヴィオ達子供組は、そんなティーノの姿を見つけた。
いくら声をかけても気づかないティーノに痺れを切らしたヴィヴィオは、走り出すとティーノの背中に抱き着いた。
「お姉ちゃんを無視するとは、良い度胸してるじゃないの~~~」
「や、やめ……やめて……くすぐらないで」
ティーノの弱いところを熟知しているヴィヴィオは、ティーノの静止を無視し、くすぐり刑に処す。
「あっ、やぁ……」
だが、ヴィヴィオに色々なところを触られているティーノから変な声が出てくる。
そんな声を出した事に驚いたティーノは両手で口を塞ぐが、その隙間から淫らな音は漏れ出す。
そんな光景を見ていた子供組は、顔を真っ赤にし、大人組は微笑まし気に見守るのだった。
「それじゃいい写真も撮れたことだし、スターズは模擬戦を始めようか!」
「はい!」
「なのはさん、後でクロスミラージュにデータ送って下さいね!」
スバルとティアナがなのはと共に行くと、フェイトがキャロとエリオを誘った。
だが、それにティーノは待ったをかけた。
「エリオさん、僕とお願いします!」
ティーノの瞳が真剣なモノであること、そして夕ご飯前に見た魔法の腕、どれだけの物なのか試してみたかった。
そう考えたエリオはフェイトに目配せすると、フェイトは不安げに頷いた。
「わかった。僕で良ければ相手になるよ!」
突然模擬戦をしようとティーノが言い出したためであろう。
気が付けば、皆がティーノとエリオの模擬戦を見に集まっていた。
「準備は良いかいティーノ?」
「はい、いつでも……」
お互いにバリアジャケットを纏っている。
周囲にはなにかあった時に対処してくれると信頼のおけるフェイトさんになのはさん、スバルさんにティアナさんがいる。
ケガをしても、キャロにルーテシアがいる。
槍を扱うスピードタイプの騎士との闘い方を学んでくれれば、それでいいかな。
エリオは様々なことを考える。
仮にも騎士を名乗っている。
そして、自分は犯罪者を相手にすることもあるし、なによりJS事件で戦い抜いたと言う思いがある。
手解きをするくらいで良いかな?
そう考えながら槍を構えた。
ティーノを見る。
両拳を握りしめ、だらりと下げている。
その自然な立ち姿は、どこかで見た覚えがあった。
どこだったか……?
その時、フェイトがゴングを鳴らした。
「はじめ!」
そしてそれは唐突に聞こえた。
「ブリッツアクション」
ティーノのデバイス、エテルナシグマから発せられた音声、それが聞こえたと同時に、そこにティーノの姿はなかった。
「!!」
エリオは瞬時に自身のデバイスであるストラーダを体を回転させ威力を乗せながら縦薙ぎに振るう。
ストラーダの切先、それが振り切られる前にティーノの拳とぶつかりあった。
ティーノは止まらない。
着地すると同時に、エリオの胴体に左拳を振り抜く。
エリオはそれを体を回転させ躱すと、ストラーダを手の中で一回転させ叩きつけるように振るう。
ティーノはそれをバリアを張り防ぐと、ブリッツアクションを起動、さらにエリオの死角に回り込み、拳を振り抜く。
それをバリアで防ごうとしたエリオだが直ぐに気が付いた。
己が盾が罅割れ砕け散るのを……。
「バリアブレイク」
砕け散ったバリアと共に、ストラーダも弾かれ握っていた両手と共に吹き上がる。
がら空きの胴体に魔法陣を展開していたティーノは、左拳を突き付けた。
「ブレイズキャノン」
ブレイズキャノンをもろに受けたエリオは、陸戦場に用意されている仮想ビルに吹き飛ばされ、盛大に砂埃を巻き上げた。
だが次の瞬間には、ティーノの眼前に銀色の何かが存在していた。
ティーノはそれを拳で逸らすと、蹴りを放つ。
それと並行してスティンガーブレイドを頭上から四本放ち眼前に落としていく。
だが、死角と言う死角から次から次へと突きを放たれていく。
それを多種多様な魔法で退ける。
エリオがスナイパーライフルとするならば、ティーノはサブマシンガンといったところか。
二人の戦いを見ている者達は、いつの間にか魅せられていた。
だが、それも唐突に終わる。
「ストラーダ!」
距離を置いたエリオが叫ぶ。
「ウンヴェッターフォルム」
ストラーダの形状が噴射口と石突から金色の突起物が出た形状に変わる。
なにか来る。
そう感じたティーノが構える。
「ソニックムーヴ」
ストラーダがそう言うと、同時にティーノの眼前からエリオは消えていた。
エテルナシグマのサーチからすら逃れるほどのスピード、だが自分に覆いかぶさる影から位置を割り出したティーノは即座に銃口を空に向けスティンガーレイを我武者羅に放ち続ける。
そこには、雷があった。
槍の先端からエリオの体を覆い尽くす程の電気が、ティーノに振り下ろされる。
「サンダーレイジ!」
それが直撃する瞬間にティーノは思った。
また、負けてしまったと……。