東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~ 作:すずひら
40話からようやくワンピース要素が強く出てくる亀の歩みです。
始まりの島と初めての出会い
ここは……どこだろう。
辺りは薄暗く、壁も地面もごつごつとした岩肌に覆われていた。
ずっと奥の方に光が差し込んでいて、洞窟なのかな、と思う。
私は何でこんなところにいるのだろう。
最後の記憶を思い出す――と、自分が死んでしまったことを思い出した。
それで、ああ、そうだ。
死んだ後に神様を名乗る男性と出会ったのだ。
自称神の彼が一方的に説明したところによると、私は天界の抽選に当選して、人格や記憶をそのままで転生する権利を得たらしい。
なんだかひどく突拍子もない話だったが、彼の神々しさを見れば神様だということは疑うまでもない。
日本人らしく特に信仰のない無宗教者だった私は一も二もなくその話を信じたが、問題が一つ。
私は特に転生したいとも思わなかったのだ。
前世でやり残したことも特にないし、十分に満足した人生だった。
もう一度人生を始めるには楽しみよりも気苦労の方が勝ってしまいそうだった。
私がそう言うと、神様は慌てて考え直すようにと言ってきた。
なんでも、最近の天界ではこの転生させるという行為が流行っていて、この神様もやってみたいと思ったらしい。
神様というものは基本退屈だそうで、そこで近年新たな娯楽として人間を転生させてその様を見て楽しむというのが天界での一大ムーブメントになった。
しかし、誰も彼もぽんぽんと転生させることはできず、たまたま適格だった私を逃すと次に転生可能な魂が来るのがいつになるのか分からないという。
正直なところ面倒だったが、私が人生をエンジョイして大往生できたのもきっと神様のおかげでもあるのだろう。
それに毎年初詣とかで願い事をしていたし一度くらいは神様のお願い事も聞かないとバチが当たるというものだ、と考えを改め、私は転生の申し出を了承した。
すると神様はとても喜んで転生についての説明をしてくれた。
なんかすごく人間臭いというか、親しみの持てる神様である。
これから転生する世界は私が元いた世界から見て下位の世界――漫画やアニメやゲームなどの創作物の世界らしい。
上位世界から下位世界への転生は周囲に与える影響が非常に少なくて簡単なうえ、創作物の世界ならそこをどんなに改変しても原作に影響を与えることはないそうだ。
簡単に言えばパラレルワールドみたいなものが発生するらしい。
さらに、その世界の存在に対して、転生者の方が上位存在になるのでその世界ではかなり自由が利く。
こういったことから転生に都合がいいという。
加えて、転生先の体も既存のキャラクターを流用することで簡単に済ませられるらしい。
それで、神様は私の転生先の体と世界を何にするか尋ねてきた。
私は、「どちらも私が知らないもので」と条件を付けて神様にお任せすることにした。
自分が好きな漫画の世界に転生と言うのは面白いかもしれないが、葛藤や気苦労もすごそうだったので。
そんなわけで神様がぱぱっと決めた。どちらも神様の趣味だという。
転生先の体は、東方projectというゲームの、『狂気の吸血鬼』“フランドール・スカーレット”。
転生先の世界は、ONE PIECEという世界的に有名な漫画らしい。
東方は名前を知っている程度で、ワンピースも『海賊王におれはなる!』という有名な台詞を知っている程度。
条件通りだった。
ちなみに神様曰く転生した時点で「何ができるか」など自分が転生したキャラクターの事はだいたいわかるし、心配はいらないだろう、とのこと。
あと、転生を受け入れてくれた礼として、ちょっとした手助けをしてくれるそう。
両世界に関して正方向の干渉をすることで、私が転生する先の世界に東方のキャラによく似た性質を持つ人物が生まれるように改変するらしい。
神様曰く、「正方向の干渉だからきっといいことが起こるよ。できるだけ関わりを持っておくといいかもね」ということだ。
何を言っているかよくわからなかった。
だいたい私は東方をよく知らないのでキャラによく似た人と言われてもどうすればいいのだろう。
そんなことがあったのち、神様の『頑張ってね』という言葉と共にだんだんと意識が薄れて――
――現在に至る。
ということはつまり、今私はフランドール・スカーレットになって、ワンピースの世界に居るということだろうか。
どうしようかな、と思いつつ小さくなってしまった可愛らしい自分の両手を眺めてみる。
キレイな肌、スラッとしているのに柔らかそうな手だ。
その手で自分の顔をペタペタと触ってみる。
小さな体だ。
服はナイトキャップのような帽子や、真紅の半袖とミニスカートなど可愛らしい。
自分がそれを着ていることに違和感を覚えるかと思ったが、不思議とそんなことはない。
この体が自分の体だという意識はしっかりとある。
自分の内面に意識を向けると、自分がどういう存在なのか、何ができるのかが頭に浮かんでくる。
なるほど、私は吸血鬼である。
その事実はすとんと胸におちた。
その胸もすとんと平坦だけれど10にも満たないような年齢の子供の体では仕方ない。
そのまま背中に手を回すと、羽が生えていることに気が付く。
目を向けるとそこには細い枝に七色の宝石がぶら下がっているような不思議な羽があった。
少し意識してみるとパタパタと動き、同時に体が少し地面から浮いた。
10秒ほど空中に浮いてからふわっと着地する。
こんな揚力もなにもない構造だけど空は飛べるようだ。
揚力の代わりに妖力で飛ぶのだろうか。
「…………」
なんとなく気まずさを紛らわせるために壁を叩いてみると、ゴガン、という硬質な物同士がぶつかるような音がして壁の一部の岩が砕けた。
一方で手の方は無傷、どころか痛みすらない。
段ボールでできた張りぼての石を殴ったような感触だった。
「うーん、となると……」
私は立ち上がり、光が差し込んでいる洞窟の出口へと向かう。
恐る恐る光に手を伸ばしてみると、
「あづっ!?」
熱いというよりはむしろ痛い、と感じて手を引っ込める。
見れば指先が軽い火傷をしたように火ぶくれしていた。
そして数秒で元の綺麗な白い肌に戻って痛みも消えた。
陽の光を浴びると即座に灰になる、というほどではないけれど、どうやらちゃんと吸血鬼らしく太陽光は弱点のようだ。
まぁとりあえず昼間は外に出られないようなので洞窟でじっとしていた方がいいだろう。
神様もそれを見越して洞窟で目覚めるようにしてくれたのだろうか。
目覚めたら灰とか、見ているだろう神様も悲しいだろうし。
というかちょっと軽率に過ぎた。
いまので存在が消滅してたらどうするつもりだったのか。
そこまでいかなくても手が灰になって元に戻らない可能性も普通に有ったのに。
どうもまだ現実感がわかず、ふわふわしている。
その後、夜まで暇になったので体の調子を確かめたりして時間を潰した。
体の調子は良好、自分の体じゃないと思えるくらい軽快に動く。
能力の方はどうやら『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』というものも使えるらしい。
少し集中すると“目”というものが見え、それを手の中に移動させることができた。
手の中の“目”を『くにゅ』と握ると岩が音もなく砕け、『きゅっ』と握るとドカンと爆発し、『ふんっ』と握ったら跡形もなく吹き飛んだ。
どうやら握る力によって破壊の仕方が変えられるらしい。
恐ろしくて正直あまり使いたくない能力である。
夜になり、月明かりの元外に出てみる。
街灯もないし辺りは真っ暗なはずだけど、さすが吸血鬼と言うべきか見え方は昼と変わらず非常にはっきりしている。
パタパタと羽ばたいて空を飛んで辺りを見回したが、人里のようなものはない。
思い切ってかなり上空まで飛ぶと、私のいるここはとてもとても大きな島らしいことが分かった。
次にあちこち飛び回ってみたが、どこにも文明の影がない。
やたらと大きいのにもしかして無人島なのだろうか。
ただ、私は第一村人が発見できないことにガッカリしていたがそれも少しの間だけだった。
気ままに上空を飛び回っているのだが、これがとても楽しいのだ。
自分の思い通りにビュンビュン飛べるし、寒いということもないし、特に疲れもしない。
思いっきり速度を上げると音の壁らしきものにぶつかる経験までできた。
『鬼の腕力と天狗の速度を併せ持つ』という吸血鬼の身体スペックは素晴らしい。
……おや、私は何でこんなことを知っているのだろうか。
鬼にも天狗にあったことはないのだけれど。
この体がもつ知識なのだろうか。
ともあれ私はそのまま散々飛び続け、東の空が明るくなってきたころに洞窟へと戻り、吸血鬼らしく日の出とともに寝るのだった。
とりあえず明日は柔らかい寝床を作ろうと思いながら。
こうして私の転生1日目は空を飛び回るだけで終わってしまった。
★
私がこの世界にやってきて1年ほどがたった。
時間が進みすぎ?私もそう思う。
まず最初の頃は日々を生きるのに必死だった。
衣と住はあったのだけど、食がなかったのだ。
手ごろな果物でも食べようと思ったら洞窟近くの木に生っていた果実は毒々しい色と模様がついていたのだ。
吸血鬼が毒や食あたりで死ぬとも思えないが、とても食べる気にはなれなかった。
そうなると動物や山菜になる。
動物を狩るのはいい。
高すぎる視力と飛行能力のおかげで見つけることに苦労しないし、圧倒的な身体能力でどんな獣でも仕留められるし、殺すことに抵抗を覚えることもなかった。
だが、だが待って欲しい。
いかに獲物を仕留めようとも、私は動物の捌き方も血抜きの仕方も知らないのだ。
前世の記憶で料理はできるだろうが、今度は調理器具や調味料がない。
火を熾すことすら一苦労である。
絶望した私は、しかし諦めなかった。
ただの負けず嫌いともいう。
とりあえず、火だ。
まずは原始的なものから始めることにした。
一瞬木と木をこすり合わせて火を熾す姿を想像したが、すぐに断念する。
ろくな知識がない素人がそんなことをやっても成功するビジョンが見えない。
それより私は『フランドール・スカーレット』なのだ。
ならばその力を最大限活用すべき。
そう考えると、自然と自分が何をすればいいのかが分かった。
「禁忌『レーヴァテイン』」
呟き、掌に力の流れを意識する。
たったそれだけで私の手の中には燃え盛る炎剣があった。
不思議な感覚だった。
自分の中から“力”が手のひらを通じて外へと流れて炎剣を形作っている。
それは少し意識するだけで自在に形を変え、それでいて手には全く熱さを感じない。
試しに近くの木を切りつけてみればあっという間に火が付き、慌てて消火する。
炎剣の使い方が分かったところで、私はまずイノシシ(のような動物)の丸焼きを作ろうと試みた。
しかし、結果は丸焦げのダークマターが誕生しただけだった。
中までしっかり火が通っており、黒くないところがない。
完璧である。
というかこれはもはや炭である。
私は良い炭焼き職人になれるだろう。
……レーヴァテインの火力が高すぎたのだ。
そうして私は試行錯誤を繰り返し頑張った。
包丁などの刃物類は爪を伸ばして鋭利に強化したりして代用した。
鉄鉱石らしきものを発掘したのでレーヴァテインで溶かしてフライパン(に見えたらうれしいただの鉄板)を作った。
調味料がなかったので海水から塩も作った。
そうした努力の末、私は肉を美味しく食べられる技術を手にした。
この世界で初めてちゃんとした“料理”を食べた時の感動は忘れない。
日本ではこんなに苦労した経験もない。
文明とはまこと、偉大だった。
他にも山菜を食べて毒にのたうち回ったり(命にはかかわらなかったが、笑いが止まらなくなったりした)、魚が釣れないことにイライラしてうっかり湖を一つ蒸発させてしまったりと色々なことを経験した。
大変だったのは雨が降った時だ。
吸血鬼は流れる水を渡れない、という伝承のように私も雨の中を移動できなかったからだ。
即座に行動不能になるというほどでもないのだが、どうにも体がだるくて動く気力がなくなる。
特に初めての長雨の時は本当につらかった。
事前に食料を備蓄しておかなかったせいで洞窟の中で数週間飲まず食わずで餓死しかけたのだ。
あの時は自分の腕に牙を突き立て血を吸って空腹を紛らわせた。
もう少し長雨が続いたら腕か足を喰っていただろう。
そう思うとぞっとする。
それからは数日分の食料は必ず貯蔵するようになった。
吸血鬼の体ゆえか、人間にして数日分の食料があれば数か月は活動できるのだ。
まぁこの流れる水と言う弱点も良くわからないのだけどね。
川は普通に渡れるし、湖にも潜れるし、全ての流水がダメと言うわけでもなさそうなんだけど。
とりあえず雨は鬼門ということは確かだが。
そんなこんなであっという間に一年がたった。
洞窟の壁に日数を刻んでいたのだけど、365を超えてもあまり季節に変化はなかった。
年中暖かく、熱帯に近い気候なのだろう。
そして、一年がたったところで私はハッと気が付いたのだ。
気が付いてしまったのだ。私はなぜこんな無人島でサバイバルをしているのか、と。
だってこの無人島から海を超えて別の島や大陸に行けばそこには文明があるだろうし、そこで働いてお金を稼いでおいしい文明的食事を――。
こんな簡単なことに思い至らなかったここ一年間の私の頭はポンコツだった。
転生と言う非日常に頭が回らなかったというのもあるだろうが、にしたって一年はポンコツである。
そうして私は健康で文化的な最低限度の生活を営むために保存食を少しとお金に換えられそうなものを持って島を飛び出したのだった。
文字通り、羽ばたいて。
次の島はすぐに見つかった。
なにせ私の飛行速度は音速に迫る。
全力で三時間も飛行すれば日本縦断だってできるのだ。
しかもたいして疲れないし。
ただし、まぁ人生というものはそこまで甘くないわけで。
見つけた島は変わらず無人島だった。
そしてその次の島も、その次の島も無人島だった。
しかも変な島ばっかり。
ずっと燃えてる島とか意味が分からない。
油田でもあるのだろうか。
行く場所行く場所誰もいなくて、もしかしてこの世界にいるのは自分一人なんじゃないかと嫌な想像が頭をちらつき始める。
神様が何かの手違いで別の無人世界に送ってしまった……とか。
いやな想像を振り払って飛ぶこと数十時間。
十数個目のかなり大きな――北海道とまではいわないけど四国くらいの面積はありそうな――島で私はようやく、人間が暮らしているのを見つけた。
ようやく自分以外の人間を(私は吸血鬼だけど)見つけたことが嬉しくて、彼らが見るからに原始的な格好をしていても気にはならなかった。
それよりも問題だったのは、今まさに彼らが絶滅しかけていることだった。
★
絶望が、襲い掛かってきた。
俺たち土の民はもともともっと内陸の安全な土地に暮らしていた。
しかし、手を組んだ山の民と湖の民に住処を追われ、危険な地へと追いやられた。
一部族同士で争い負けたのならば恭順もやむなしだが、奴らは卑怯にも手を組み共謀して俺たち土の民を追い落とした。
そんな奴らに従うことなんてできなかった。
だが、今にして思えば、あそこでおとなしく長達に従うべきだったのだろう。
かつての住処を追い出されてからも俺たちはしばらくの間はまだなんとかやっていけていた。
だがある日突然、見たこともないような恐ろしい魔獣が俺たちの村を襲った。
それからは村を捨ててただひたすらに逃げる日々の始まりだ。
村で一番強かった戦士もなんの抵抗もできずに殺された。
奴は俺たちすべてを一気に殺そうとはしなかった。
殺した者をその場で食うからだ。食っている間は俺たちを襲ってこない。
だから俺たちはその間にまた遠くへと逃げる。
だが、魔獣の足の速さは尋常ではないし、臭いか何かで俺たちを的確に追跡して来るのだ。
そして昨日、ついに村の最後の戦士が殺された。
これで俺たちの村に残っているのは老人と女と俺のような若い男だけだ。
悔しいが残った俺たちはまだ成人の儀を行っておらず、戦士として武器を扱ったこともない。
これであの魔獣に対抗するすべはなくなった。
今更山の民と湖の民に助けを求めようとしても、魔獣から逃げ続けたせいで既にかつての住処からは大分離れてしまっている。
終わりだ。
絶望だった。
昨日村の最後の戦士が殺された後、生き残った村人たちで話し合った。
もう逃げる気力の残っている者はいなかった。
せめて死んでいった戦士たちに顔向けができるよう、最後まであの魔獣に抗おうと皆で決めた。
最後の一人が殺されるまで、老人も女も子供も闘うことを決めた。
そう、今日が俺たち土の民の最後の日だった。
――そう、なるはずだった。
魔獣の強さに陰りはなく、俺たちの最後の抵抗もむなしく、仲間は次々に殺されていった。
そして俺も、これから女たちをかばって死ぬのだ。
不思議と死の恐怖はなかった。
魔獣に生きたまま喰われるとしても、それだけ仲間が襲われる時間を遅らせることができる。
そう思えば怖くはなかった。
きっと村の戦士たちも同じ思いで死んでいったのだろう。
だが、ああ、怖くはなくても、もう、目の前に、魔獣の
その時だ。
奇跡が起きた。
俺の目の前に、小柄な影がすさまじい速度で降り立ち、獣の牙を受け止めたのだ。
戦士たちを一噛みで引き裂いてきたその牙は、なぜか微動だにせず受け止められていた。
そして、次の瞬間には魔獣はすさまじい速度で吹き飛び、大木に叩き付けられ、ぐちゃぐちゃになって死んだ。
俺には何が起きたのか、とっさには分からなかった。
目の前の小柄な影が魔獣を殴り飛ばしたのだ、と分かったのは振り切った拳とそこに付着している魔獣の血を見たからに過ぎない。
俺たちを滅亡させようとしていた恐ろしい魔獣は、小柄な影の目にもとまらない速度の拳にあっけなく殺されてしまったのだ。
「××××××?」
小柄な影は聞きなれない言葉を口にしながらこちらを振り返った。
ここで俺は初めてその小柄な影を認識した。
それは、はじめ人間のように見えた。
まだ子供だ。
俺よりも小さい少女だった。
背丈は10の子供にも満たないだろう。
だが、次のその少女の纏う空気を感じて、俺はそれがとんでもない勘違いだと思い知った。
禍々しい、いや、そんな言葉では表現しきれない。
恐ろしく捻じ曲がり狂ったような威圧が吹き付けてくる。
あの魔獣が何だというのだ。
あの魔獣が発していた殺意など、目の前の子供が発する狂気に比べればそよ風のようなものだ。
がくがくと足が震える。
歯が鳴るのを抑えられない。
あの魔獣に殺される寸前でも恐怖を抱かなかった俺が、目の前の子供に見られているだけで気絶しそうな恐怖を感じている。
そして何よりもその、真紅の瞳だ。
小さな可愛らしい瞳のはずなのに、底の見えない深淵を覗き込んでいるような不安感を感じる。
それなのに魅入られてしまったかのように目が離せない。
その瞳に見つめられているだけで気が狂いそうになる。
「あ、あなたは……」
少女には牙が生えていた。
小さなまっ白い牙だ。
だが、その牙はあの魔獣の大きいだけの牙よりもずっと存在感のある、恐ろしい牙だった。
少女には歪な羽が生えていた。
枯れ枝に色とりどりの綺麗な石がぶら下がっているかのような異形の羽だ。
だが、それは見る者の心を惑わす魅惑の羽だった。
加えて全身から発する怖気の走る雰囲気、全てがどうでもよくなってしまうような深淵のそれ、真紅の瞳。
俺は全身全霊で、彼女が俺たち人間とは違う別のイキモノなのだと理解した。
あの魔獣すら足元にも及ばない、イキモノとしての格が違う。
彼女の前では俺も、戦士も、あの魔獣もすべてが等しく無価値に思える。
そうだ、まだ俺が小さかった頃に婆さん達に聞いたことがある。
俺たち人間の及びもつかない存在がこの世界には存在するのだ。
確か、――神、というんだったか。
「×、×、××?」
少女は、神は何事かをつぶやく。
ああ、使う言葉も俺たちの程度の低いものとは違うのだ。
神の言葉はなめらかで透き通るように綺麗な声音だった。
その言葉を聞いているだけで天に昇ってしまえそうな、天上の言葉なのだ。
「ああ、神よ! 神よ!」
俺はそう叫びながら地に伏せた。
もはや顔を上げていられなかったのだ。
これ以上面と向かっていれば吹き付ける狂気の風に気を持っていかれてしまう。
俺にはひたすらに頭を地につけ狂気の波動が頭上を通り過ぎることを待つことしかできなかった。
すぐに俺の背後でも同じように動く気配があった。
俺がかばおうとした女たちも、その後ろにいた老人たちも子供たちも、皆が一様にひれ伏しているのだろう。
老人や子供など、ともすればこの狂気の風を受けただけで死んでしまうかもしれない。
その意味では若く丈夫な俺が神に最も近かったことは幸運だったのかもしれない。
少しして、ようやくほんの少しだけ吹き付ける狂気に慣れ、俺は恐る恐る顔を上げた。
神はふわふわと宙に浮いていた。
ああ、ただそれだけで俺たちとは違う存在なのだと声高に主張している。
ふと、こちらを見る神と目があった。
すぐさま先ほどのように真紅の瞳から狂気が頭の中に流れ込んできて、叫び声を上げて発狂しそうになる。
だが、神はそこで俺に微笑みかけたのだ。
それは狂気を纏った笑みだったが、同時に深い恍惚感をも俺に与えてきた。
その笑みを見て、俺はなによりも魂で理解した。
俺は、俺たちは、この方に出会うために生まれてきたのだ、と。
★
私の眼下ではようやく見つけた数十人ほどの人間たちが今まさに絶滅しようとしているところだった。
彼らは粗末……というよりは原始的な服に身を包み、しょぼい槍……というよりはただの棒で必死に応戦していた。
相手は獅子に似た獣。
体格は大きめで、成人男性二人分くらい。
獣と人間たちとの戦力差は歴然で、あたりには噛み殺されたであろう人間の死体がいくつも転がっていた。
獣が太い前足で、槍ごと数人まとめて男たちを吹き飛ばす。女たちが悲鳴を上げ、そこに獣が襲い掛かる。
女たちをかばうように少年が走り出て、身を投げ出すようにして獣の爪による攻撃から女たちを守ろうと――。
「ちょっと待った、待った!」
あっけにとられてその状況をただ見つめていた私は、そこで我に返り、慌てて急降下した。
少年と獣の間に降り立ち、獣が振り下ろした爪を右腕で受け止める。
最悪大けがまであるかもしれないが、私は超回復能力をもつ吸血鬼だ。
問題はない――と思っていたのだけれど、予想に反して獣の爪は私の柔肌に小さな切り傷を付けるにとどまり、食い込みすらしなかった。
拍子抜けし、そのまま獣の鼻面に一発パンチをお見舞いしてやると、それだけであっさりと獣は吹っ飛んだ。いやはや、この体のスペックはすごい。
前世ならば中型犬と戦うだけでも精いっぱいだったろう。
「大丈夫だった?」
私は後ろにかばった少年に声をかけた。
まぁあたりを見る限り死体がごろごろ転がっているわけで集団としては全然大丈夫なんかではなさそうだけど、他にかける言葉が見つからない。
しかしまぁ、どうにも彼らは随分と混乱しているようでその問いかけに対する返事はない。
どうしたものかと悩んでいると、助けた少年が話しかけてきた。
「×、××××……」
「え、な、なに?」
「…………××、××! ××!」
ふぁー、何言ってるのかわかんないよぉ。
日本語でも英語でもない。
私が前世を含めてもきいたことのない言語だった。
これでも日本語を始め英語ロシア語ドイツ語フランス語、珍しいところなんかじゃラテン語とかもできるくらい結構語学力には自信があったのに。
普通転生って言葉とかどうにかしてくれるものじゃないの!?
どうすればいいか分からず混乱していると、突然少年が何事かを叫びながら地面に伏せた。
そして周りにいた他の人たちも続々と同じ言葉を叫びながら地面に伏せていく。
私は何が起きたのか訳が分からずちょっと怖くなった。
一応何が起きてもすぐに対処できるように地面から1メートルほど浮いておく。
普通鳥などが空を飛ぶときには地面を蹴って飛び立つのだが、どういう原理で飛んでいるのかもわからない私の飛行に限っては、空中からの方が初動が自由で素早いことはこの一年で学んだことだ。
空中に浮きながら、私は彼らに何が起きたのか考える。
私の背後に恐怖を感じるようなモンスターが現れたのかと思って後ろを振り向くが、何もいない。
うーん……?
その後にあったことを鑑みるに、彼らはどうやら私を拝んでいるらしかった。
彼らが手も足も出なかった巨大な魔獣を一撃で倒して皆を助けた私を神様か何かだと思っているようで、何かにつけて供物らしき果物を持って来たり、伏して拝んだりするのだ。
うむむ、想像以上に文明レベルが低い!
私は言葉によるコミュニケーションが取れないなりに、身振り手振りでどうにか意思の疎通を図った。
その結果わかったことと言えば、彼らが文字を持っていないことと、やはり文明レベルが非常に低いということ。
いやはや、参った。
文明的な生活と美味しい食事を期待していた私はこの時点でかなりがっかりしたのだけど、あの島では食べられない獣や植物を食べられると思えばなんとか諦めもついた。
それにしてもこの世界に来てからまともな娯楽がないせいで楽しみがほとんど食事しかないという悲しさを実感してしまう。
こんなことなら神様に任せず、もうちょっと文明的な漫画でも選んでおけばよかったかもしれない。
……ま、世紀末漫画とかよりはましだったと思おう。
その後、私は放っておいたらすぐに絶滅しそうなほど弱弱しい彼らをどうにかするために奮闘した。
私は彼らに身を守る方法を教え、道具の作り方を教え、獣の安全な殺し方を教え、皮の剥ぎ方、血抜きの仕方、火の使い方を教えた。
皮の剥ぎ方や血抜きの仕方なんかは私の方が教えてほしいくらいだったのだけど、彼らの手際を見る限りどう考えても絶対に私の方が上手いと確信できる悲しさだった。
火に関しては熾し方が今のところ私のレーヴァテインだけなので、村の一部にずっとたき火をし続けることでなんとかした。
獣を追い払えるし、夜目が利く私と違って彼らには夜闇を照らす灯りがあれば心強いと思ったのだ。
ちなみに言葉が全く通じないのでコミュニケーションはほぼすべての局面において非常に難儀した。
彼らが私の事を神として敬い、一挙一動に注目して、私のやることを真似て、常に私に従うような状況でもなければ途中で面倒くさくなって放り出していただろう。
特に、ファーストコンタクトの時に助けた少年――名前は特殊な発音で聞き取れなかった――がいっとう慕ってくれて随分助けになってくれた。
彼はいつも私の後ろをカルガモの雛のようについてきて、意味の分からないであろう日本語をおうむ返しに呟いていたあたり可愛げもあった。
なお私も彼らの言葉を覚えようと思ったのだけど、まずもって発音ができない言葉が多く単語レベルで限界だったので、通じないと分かっていても日本語で話しかけ続けるのだった。
せめて文字と教科書がないと無理。
フィールドワークで現地住民の言葉を覚えてしまう文化人類学者さんはほんと尊敬するよ。
・神様
以後登場予定無し
たぶんロリコン
・食料に困窮
実際いかにチートをもらおうとも文明がない中に放り出されたら辛いと思う
本作のフランちゃんはこうやって成長していきます
・腕か足を喰う
ゼフさんかな?
・語学力が堪能
うらやましい
でもこの世界では通じません
以後の伏線