東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~   作:すずひら

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前回のまとめ

・フランに転生(憑依)してワンピース世界に
・無人島で無物資スタート
・現地住民との邂逅


ラフテルの建国と巫女さんの話

 

 

一年がたち、二年がたち、五年十年二十年と時が流れ、彼らの村は見違えるほど大きくなった。

外敵への備えももちろんだが、なにより農耕を始めたことが大きいだろう。

これによって日々の生活に余裕ができ、文明をはぐくむ準備ができた。

彼らは日本語を、カタコトとはいえ話しはじめ、私の言葉はほとんどを理解できるようになっていた。

 

紡錘の発明によって服飾技術も随分向上した。

腰ミノオンリーみたいなレベルから教科書に載ってる縄文弥生人に毛が生えたくらいまでは進化したと思う。

島の他の場所に住んでいた部族も統合して集落の人数も増えたし、周囲一帯を縄張りにするまでに至った。

 

ちなみに彼らの部族の名前は『××××』というらしいのだが、多分日本語で言えば『土の民』といった意味だろう。

ここでの生活も長いのでなんとなくの言葉の意味くらいは分かるようになってきた。

 

 

集落が発展する間、私も神様ごっこばかりをしていたわけではない。

吸血鬼の能力を十全に使えるように努力した結果、体を霧状にしたり、コウモリになったり、四人に分身したり、と色々な能力が使えるようになった。

 

特に霧化が一番の収穫だろう。

最初の頃は体の一部しか霧化できなかったのだけれど、徐々に規模が広がり、二〇年が過ぎるころにはついに全身を霧化することに成功した。

そしてそれに伴って素晴らしい発見をしたのだ。

 

なんと、服を着たまま霧化すると服も霧になるのだ。

 

服も霧に出来るということはつまり、服も私の体の一部と言うことなのだろう。

これがすべての吸血鬼全般にあてはまるのか、私が『フランドール・スカーレット』だからその固有の服装が存在の一部となっているのかはわからないが、多分前者だろう。

霧になった後戻ったら全裸とか格好悪いし。

カリスマが足りてない。

 

で、このことの副次効果として服だけを霧にし、元に戻すことで破れた部分や汚れがあっても元通り新品の状態に戻すという裏技が可能になったのである。

やったー。

この裏技を得るまでは川でせっせと洗濯して、その間代わりの粗末な服を着るしかなかったのだが、これですべて解決した。

ちなみに体の方も体表を霧化して元に戻すことで体の汚れも落すことができる。

流水がダメなせいで水浴びがしにくい吸血鬼の私にとってはありがたいことだった。

 

後の発見としては、私が年を取らない、もしくは成長が非常に遅い、ということが分かった。

なにせ二〇年経っても身長が一ミリも伸びていない。

胸もしかり。

それでいて髪や爪は伸びるのでまったく代謝がないというわけでもなさそうなんだけど。

吸血鬼だから成長が著しく遅いのか、存在が『フランドール・スカーレット』になったせいで成長しない存在になった可能性もある。

これに関してはあと数百年は経たないと結論は出ないだろう。

とりあえず感覚的にいますぐ寿命でどうこうなったりはしなさそうだった。

 

そして、彼ら土の民と出会ってから百年ほどもたった頃、一つ大きな問題ができた。

安全が確保され、衛生環境が改善し、農業によって安定した食料が供給され、……となった結果、人口が爆発的に増加した。

それに伴って土地と食料が足りなくなりそうなのが目下最大の問題である。

土地が悪く、農作に適していない場所が多いのでむやみやたらに開拓することもできない。

 

私はどうするか悩んだ。

最初は弱弱しい彼らを見捨てられなかったから成り行きと惰性で助けたが、さすがに百年も一緒に暮らしていれば情もわく。

もはや本質的にも対外的にも私は彼らの王だった。

いや、彼らにとっては神、か。

 

――だからなんとしても、私はこの問題を解決したかった。

 

ある日、解決法を思いついた。

土地と食料が足りないならば、新天地を目指せばいいのだ。

 

 

 

 

広い土地、を考えた時真っ先に浮かんだのは私がこの世界で目覚めた――『始まりの島』だった。

あそこは雲を突っ切るくらい上空まで行ってようやく海岸線が見えるサイズの巨大な島だった。

多分今いるこの島の一〇倍以上は大きいと思う。

オーストラリアくらいのサイズはあるんじゃないだろうか。

いや、オーストラリアを上空から見たことはないけれど。

 

あと加えてあの島で一年間生活した感想としては、非常に気候が安定していて植生も豊か。

動物も多く、湖で魚も取れる。

鉱脈もあったし、住むにはいい環境だろう。

 

そこで私は彼ら土の民に移住の提案をしてみた。

すると意外なことに彼らは一も二もなくうなずいた。

私としてはそんな簡単に先祖代々の土地を捨てていいのかな、と思ったのだけれど、よくよく彼らに話を聞いてみれば、彼らからすればこれは神の国(私が元居た土地)への移住を認められたことに等しく、とても嬉しいそうだ。

それに彼らはもともと大陸の方から流れてきた民だったので土地に思い入れはないらしい。

 

そんなわけで、それからは船の建造が急ピッチで進められた。

音速に迫る私の全力飛行ですら数時間かかる距離だ。

エンジンなんてあるわけでもなし、風に左右される帆船での船旅なら数か月の道のりになるだろう。

つまり建造する船には長旅に耐えられる頑丈さと、移住に必要な物資と人員を積み込めるだけの大きさが必要だった。

 

船の建造は難航した。

 

土の民の居住区域はもともとが内陸部でさほど大きい川があるわけでもなく、海に出れば巨大な魔獣がいるわけで彼ら土の民に船の必要性などなかったため、ボートを作る技術すら存在しなかった。

そこに突然大型帆船を作ろうというのである。

無茶な話だった。

 

鉄器自体は私がそれなりに普及させてはいたが、現代のノコギリやカンナのような性能のいいものは存在しないから木を加工するのも一苦労。

構造も私の前世の記憶にある曖昧な情報を元に作っているので最初の頃は水に浮かべることすら困難だった。

一〇年以上をかけて何とか形にはしたものの、今度は船を動かす技術がなかった。

帆を張ってもどう動かせば船がどう進むのかも分かっていないし、海図もコンパスもない。

もう問題だらけで私は途中で何度も諦めかけたのだが、当の本人たち土の民が不屈の精神で頑張っていたので計画は続いたようなものだ。

多分私にとっては現代の完成形のビジョンが頭の中にあるから、それに達しない現状にガッカリきているのだけれど、彼らにとっては未知の技術や未知の乗り物を試行錯誤してより良くしていくのが楽しいのだろう。

 

そんなこんなで私が島に来てから120年ほどもたったころ、私たちはようやく船出の時を迎えた。

船旅に部族の全員を連れて行くことは流石に船の人員的に無理だったし、老人や子供は長旅に耐えられないだろうと言うことでおいていく決断をしなければならなかった。

勿論船旅に若い男たちだけを連れて行くと残された村――すでに規模は大都市――が成り立たなくなるし、女性がいないと移住先で子孫が増えない。

色々と考え比率を調整し、大きな帆船10隻に乗り込めるだけの人員が乗りこんだ。

この巨大な帆船10隻はこの数十年の集大成と言ってもよく、船団を見て誇らしげな気持ちになったものだ。

120年前は腰ミノと竹やりの生活をしていたとは思えない進歩だった。

 

船旅は過酷なものになった。

航海技術が未熟な上に、海図もない。

一応私が空を飛んで進行方向を指示しているとはいえ、厳しいものがある。

栄養面などは気を使っていたのだが、長旅で体調を崩してしまう者も出て、残念ながら亡くなってしまった人もいる。

それでも、天候にも恵まれ数か月の旅を経て何とか10隻全てが目的地である『始まりの島』へとたどり着いた。

 

『××××……××××……』

 

島に降り立つと、この船団で最年長の土の民のリーダーである長老が何かをつぶやいていた。

最近は日本語ばかりでめっきり聞かなくなってしまった彼らの言語だ。

言語を駆逐してしまった気がして若干気に病んでいるところではある。

 

「なんて言ったの、長老?」

 

「ああ、フラン様。いえ、ようやくここまで来たのかと感慨深くなってしまいまして。『ここが“ラフテル”』とつぶやいてしまったのです」

 

「ラフテル?」

 

「はい。我らの言語で“神の国”を意味します。我らが神の住まわれていた土地ですから……」

 

なるほど。この島も『始まりの島』じゃあ恰好が付かないし、それが名前でいいかな。

 

そうして私たちは新天地“ラフテル”での生活を始めたのだった。

 

 

 

 

さて、ラフテルへと彼ら土の民が移住してきてから実に一〇〇年ほどが経った。

移住は問題なく行われ、当初から都市計画に基づいた開発が進められた。

無秩序に勢力圏を広げていくよりは効率的だろうと思ったのだ。

村は街となり都市となり、一〇〇年経った今では立派に国と呼べる規模だろう。

新しい血を取り入れるために、向こうの島に残してきた彼らの部族や他の部族からも定期的に人を迎えているので、世代交代に伴って人口も増える一方だ。

技術力を含め文明も随分進歩したと思う。

航海技術だってしっかり確立されている。

 

一方で私はと言うとこの世界の通算でもう二〇〇年以上たっているが老いるどころかまったくもって成長が見られない。

身長も伸びず胸もそのまま、それでいて髪は伸びるから手入れが面倒だし食べ過ぎればお腹に肉が付く。

悲しい吸血鬼の体だった。

まぁ霧化すればなんとでもなるのだけど。

 

まぁ成長が認められないのは体だけでその他は自分でもだいぶん成長したと思う。

まず様々な能力は使い続けたことで慣れたのか、かなり使い勝手は良くなった。

 

特に飛行能力は音速の壁を超えることに成功し、今でも最高速度記録は日々更新中である。

当初はソニックブームとか心配もあったのだけれど吸血鬼の体には特に何の問題もなかった。

むしろ調子に乗って低空飛行した際に周囲を衝撃波でボロボロにしてしまったほどだ。

 

また、体に流れる力、オーラのようなものを操ることができるようになった。

これは多分妖気とか妖力とか言われるものなのだろうと思う。

これもまた随分便利なもので、体表に纏わせれば日光にもある程度耐えることができる。

 

他にも、流水も大丈夫になったのでついにシャワー・お風呂・温泉への障害がなくなった。

素晴らしい。

大変素晴らしい。

日本人がお風呂に入れないことは死活問題なのだ。

個人差はあると思うが。

 

ただ、この妖気は普通の人には圧迫感があるらしく、島の住人の前で纏うと気の強いもの以外は気絶してしまう。

よって普段はあまり軽々しく外に出さないように気を付けている。

ちなみにこれらのことや私が年を取らないことで、本格的に私は神様として見られるようになってしまった。

うむむ。

私は神様というよりむしろ悪魔なんだけどね。

吸血鬼は悪魔の王だから。

 

ああ、あとは魔法だ。

私は吸血鬼にして魔法少女らしい。

なんかふと使ってみたらできた。

火を熾したり水を出したりいろいろと便利なんだけど、どうしてこれをこの世界にやってきたときに使えなかったのか、と悲しくなる。

レーヴァテインで獣の丸焼きならぬ丸焦げを作った悲しみの記憶は癒えていない。

 

魔法に使う魔力(仮称)は妖力ともまた違うもののようで、よくわかっていない。

まぁ特に焦って調査とかはしていない。

なにせ、訓練する時間はこれから数百年単位で有り余っているのだから。

 

 

 

 

私は巫女だ。

巫女はここラフテルの中でも最も尊い務めであり、巫女であるというだけでラフテルの全住人から羨望の眼差しを向けられる。

それというのも、巫女の務めはフラン様のお世話なのだ!

 

これ以上に名誉なことがあるだろうか。

 

巫女という言葉はフラン様がかつておられたという神の国で、神に仕える女のことを指すらしい。

残念なのは、巫女というのは年若く美しく聡明で心が強く男を知らない処女(おとめ)しかなれないということだ。

つまり私ももう数年もしたら巫女の務めを次代の巫女に引き継がなければならないのである。

もしかしたら私の妹に引き継ぐことになるかもしれない。

あの子も巫女を目指して毎日熱心に修行しているようだし。

私も妹も、美しく生んでくれた優しい母と、巫女となるべく教養を叩き込んでくれた厳格な父には感謝している。

 

フラン様は私たち土の民がずっと遠い地で迫害され絶滅しかけた時に天より舞い降りて皆を救ったという神様だ。

それからフラン様は私たちの祖先に様々な知恵を授けてくださり、ついに私たちは神の国ラフテルへと移住したのだという。

それはもう100年以上も前の話だけど、土の民では物心がつく前から両親から寝物語として聞かされるお話だ。

ラフテルの全住人がこの物語を一言一句間違えることなくそらんじることができる。

できないほど頭の悪い者は、幼い頃に密かに処分される。

これは、不出来な血を後の世代に残さないためだ。

 

ちなみに物語をそらんじるのはフラン様が用いる神の言葉に慣れるためでもある。

もともと私たち土の民が使っていた言葉というものもあったらしいのだけど、今ではその言葉を話す者はあまりいない。

巫女である私を含め、一定以上の教養を学んだ者は話せるけれど、大多数の住人はすでに神の言葉だけを用いて話す。

私のような教養のある者が「古き言葉」を途絶えさせていないのは、ひとえに今私たちが神の言葉を話すことが許されているのがフラン様の恩情によるものだからだ。

私たちは神より与えられた神の言葉を用いてよい、ということに感謝の心を忘れてはいけないのだ。

それでいて神の言葉を不完全な形で話すことは不敬なので、ラフテルの民は小さなころから物語として正しい言葉を覚えるのだ。

 

ただ、神の言葉というだけあってそれは非常に難しい。

自他共に頭の良さを認める私でさえも、完璧とは程遠い。話すだけならば住人全員が不自由しないが、文字がとても難しいのだ。

文字の種類には平仮名、片仮名、漢字、英字という4種類の文字に加え、数字がある。

このうち漢字以外の3種類は数が少なく覚えやすい。

 

しかし、漢字が厄介なのだ。

いや、厄介などと言っては神の言葉に対して失礼か。

なにせ漢字というモノはそのもの一字に意味を内包しているのだ。

これにより驚くほど短い文章で濃密な内容を表すことができるのだけど、その代り如何せん数が多い。

恐れながらも百年以上かけてフラン様手ずから辞書というものを作ってくださっているのだけど、それでもすべての漢字を網羅するには至っていないらしい。

 

更に更に、神の言葉にも日本語と英語という二種類のものが存在する。

フラン様はこのどちらをも自在に操ることができるのだが、さすがに私たちにはそこまでは無理だとお考えになられて、実際には日本語のみを私たちに伝えられ、英語は単語のみにとどまっている。

日本語がラフテルの共通語ではあるが、英語の方が「古き言葉」に発音が近く、名付けなどはこちらを参考に行われることも多い。

 

おっと、すっかり話がそれてしまった。

そうそう、私が巫女だという話だった。

 

巫女になるうえで一番の難関は若さでも美しさでも聡明さでもなく、何よりその心の強さだ。

というのもフラン様からは人間を狂気に誘う空気が常時溢れていて、心の弱い人間が近くにいると簡単に発狂してしまうのである。

フラン様が住まわれる神殿の近くには子供を近づけないのはフラン様に粗相をしないようにという配慮もあるが、なにより心の弱い子供が迂闊に近づくと死んでしまうことがあるというのが大きい。

大人になれば自然とフラン様の狂気にも慣れるのだけど、巫女を務めるのは少女なため幼少期から心の強さが必要なのである。

 

その点私は完璧だった。

 

幼い頃に不慮の事故で生死の境をさまよってからというもの、私には恐怖の感情がほとんどない。

フラン様のおそばに常にいても心が乱されずお世話ができるのだ。

普通の巫女は長時間フラン様の傍に侍っていると気をやってしまうので、巫女は常に3,4人体制で仕事を回し、仕事の合間には心を落ち着ける時間を挟むのだけど、私に限ってはその配慮が必要ない。

その分フラン様によりお仕えすることができるのだ。

なんと喜ばしいことだろう。

今ではあの事故にも感謝しているほどだ。

 

フラン様は驚くほどに優しいお方だ。

私たちの祖先を救ってくださったことも、その後導いてくださったこともそうだし、私たち下々の人間の健康なんぞを気遣ってくださったりもする。

ラフテルの住人皆に略した呼び名を許されていることもそうだろう。

フランドール・スカーレットという素晴らしいご尊名がおありになるのだけど、フラン様ご本人が、「フランと呼んで」とおっしゃるので私たちは皆フラン様と呼ぶ。

勿論それはフラン様の前でのみだ。

フラン様がおられないところではちゃんとフルネームで、敬意をもってその名を呼ぶ。

 

フラン様は何の見返りもなしに私たちを救い、導いてくださる偉大なお方だ。

ラフテルが発展した今となってもフラン様は私たちに何かを求めたりはしない。

日々神殿に捧げられる食物もフラン様が何かを言ったわけでなく、私たちが感謝の気持ちを表しているに過ぎない。

 

だから私は巫女として、少しでもフラン様に恩をお返しできるよう、全身全霊を持ってお仕えするのだ。

 

 

フラン様は陽の出ている間はお眠りになり、夜に活動なさることが多い。

今日も日の入りと同時にお目覚めになられた。

私はすぐにきれいな水と布を用意し、細心の注意を払って丁寧にフラン様のお顔を拭う。

フラン様は大きく伸びをしたかと思うと一瞬だけ全身を霧に変えた。

そして戻った時には淡い桃色の寝間着――ネグリジェというらしい――からいつもの服装へと変化している。

いつみても不思議な現象だ。

本音を言えば着替えも手伝わせていただきたいのだけど、それをフラン様ご本人に言うわけにもいかないだろう。

 

今日も漢字辞書をお作りになっているフラン様を眺めていると、雲間から月が顔を出したのに気が付いた。フラン様もそれに気が付き空を見上げる。

 

「お、今日は満月なんだね」

 

「はい。月見酒でもご用意いたしましょうか」

 

「あー、そうだね。お願い」

 

「畏まりました。どうぞ」

 

私は密かに用意してあった豪奢な盃に最高級のお酒を注ぎ、フラン様に捧げる。

常ならばフラン様はお断りになる事も多いけれど、最近は頻繁に飲み物を飲まれるのでもしかしたらと思い準備しておいたのだ。

こうしてフラン様に満足してもらえることが私の何よりの喜びだ。

 

フラン様は盃に少しずつ口を付け、ふぅ、と物憂げなため息をついた。

何かお心を悩ませることがあるのだろうか。

私ごときに言っても詮無いことではあるのだろうけど、それでも相談していただきたいという思いが胸をよぎる。

私たちに普段何も求めないフラン様が、私たちの力を必要としてくれる、なんてことがあればそれこそ天にも昇る思いを得るだろうに。

 

しばらくして、私はフラン様の様子がいつもとは違っていることに気が付いた。

普段フラン様はお酒を飲まれても酔うことはない。

しかし、今日に限ってはどこかふらふらとしている。

私はあわててフラン様のお傍に駆け寄った。

もしバランスを崩し転倒してお怪我でもされたら、私は生きていられない。

 

「大丈夫ですか、フラン様……?」

 

私の声に反応してフラン様がこちらを見る。

 

私はその瞳を見て我知らず息を呑んだ。

 

お綺麗な真紅の瞳はぼんやりとしてどこか焦点があっていないように見える。

お酒の影響があるのかトロンとした瞳で私を見ている。だけどその瞳から発せられる狂気は普段の比ではない。

なにせ、常時フラン様のお近くにいても全く平気な私が、今、気がおかしくなりそうになって震えている。

見られているだけで、足元の大地が崩壊して転落していくような不安感が全身を襲う。

私の足は今ちゃんと地面についているだろうか。

ああ、もう、全身の感覚がなくなってきた。

 

「フラン様……?」

 

「喉がぁ渇いたなぁ」

 

「た、ただいま飲み物をお持ちします」

 

「いいよぉ、目の前にあるしぃ」

 

フラン様のお言葉はどこか間延びしていて呂律が回っておらず、酔っているのがはっきりとわかる。

だけど私には今のフラン様が前後不覚の状態で適当に喋っておられるわけではないことが、なぜか理解できた。

むしろ今は、普段理性の内に隠されて、私たちには決して見せては頂けないお姿を露わにしておられるのだ、と。

 

「あなたの血がぁ、飲みたいなぁ」

 

「……っ!」

 

漠然と、私は今から死ぬのだな、と思った。

フラン様のおっしゃった私の血を飲むというのは指先から滴る血を舐めるなどという程度ではないのだろう。

それこそ私は全身の血を一滴残らずこれからフラン様に捧げるのだ。

形のある死を目の前にして、しかし、私の体の震えは止まり、恐怖は去った。

狂気はもうどこにも見当たらない。

 

私はフラン様の常人には見せないお姿を見せていただき、あまつさえ、フラン様が私の血を求めてくださっている。

ああ、こんなにも嬉しいことがあるだろうか。

もとよりこの体は爪の先から魂のひと欠片まですべてフラン様のもの。

戯れに何の意味もなく殺されたとしても私は満足して死んで行けるだろう。

それなのに、フラン様は私の血がお飲みになりたいという。

 

ああ、私ごときの下賤な血がフラン様の体に入りその血肉になるなど、想像しただけで絶頂してしまうような素晴らしいことではないか。

なんと、なんと名誉なことなのだろう。

 

「ああ、フラン様。どうぞ、どうぞ、存分にご堪能ください」

 

「いただきまぁす」

 

フラン様が私に覆いかぶさるように正面から抱き付いてくる。

ああ、これだけでも望外の喜びだ。

 

そして、ブスリ、という音が私の左の首筋から聞こえてきた。

痛みはない。

首筋に穴が開いた感覚だけが静かに伝わってくる。

すぐにそこから私の生命力とも魂ともいえるようなものが流れ出ていくのが分かった。

それは、フラン様のお口から体内に入り、私はフラン様の中で永劫の時を生きるのだ。

 

ああ、なんという、なんという。

 

もはや体に力が入らない。

生きるための力という力が全て流れ出てしまったかのようだ。

だけど、体が空っぽになる事はない。

力が抜けた傍から、喜びの感情が私の身を満たしていくからだ。

 

「ああ、フラン様、私の全てをフラン様に捧げる前に一つだけ、不敬をお許しください」

 

私は力の入らなくなった腕を必死に持ち上げて、目の前にあるフラン様の小さな頭を抱きしめた。

力が入らないなりに、精いっぱい力強く。

 

不敬なことだ。

だけど私はこうしたいと思うことを止められなかった。

私は巫女失格かもしれない。

こんな様では妹に怒られてしまう。

 

だけど、フラン様が震えているのを、私は黙って見ていられなかったのだ。

フラン様は私の血をお飲みになりながら、静かに涙をお流しになっていた。

位置関係的に私からお顔は見えないけれど、首筋に伝う熱い水気がそれを教えてくれた。

 

フラン様は声も出さず、静かに泣いておられるのだ。

 

なぜ泣かれているのか、それは私には分からない。

私の血が泣くほど不味かったのかもしれない。

もしそうだったらそれはとても恥ずかしく、申し訳ない。

 

「ああ、フラン様。――お慕いしております」

 

私はフラン様の小さな頭を胸に抱いたまま小さくつぶやいた。

不敬ではあったが、今この時、私はフラン様を尊敬する巫女ではなく、幼子をあやす母親だった。

おかしなことだろう。

フラン様は私たちの祖先が生まれる前から生きていて私なんかよりもよっぽど年上なのに、私はどうしてもそう思ってしまうのだ。

私はまだ男を知らず子供もいないのに、なぜかそう思うのだ。

 

ああ、今この時だけは、私がフラン様に抱く感情は畏敬でも崇敬でもなく、愛だった。

 

「お慕い、申し上げて、おります……」

 

そうして私はフラン様を胸に抱いたまま、永劫の暗闇の中に意識を閉ざした。

だけど、何も心配することはない。

私は、フラン様の中で生き続けるのだから。

 

 

――狂信者は自分が狂っていることに気が付かない。なぜなら彼の捧げる信仰が狂気そのものだからだ。

 

 

 

 

一つ事件があった。

 

当時、国も私も順調に過ごしていたけど、その中で私の神としての扱いが私の一番の悩みだった。

というのも、数十年前から私の傍にはお世話係として“巫女”が付いていた。

別に私が頼んだわけでも何でもなく、彼ら土の民が勝手に作り出した役職だ。

迂闊に日本の話なんてしなければよかった。

 

巫女の仕事内容はただただひたすら私の周りに侍ってお世話をすること。

一応複数人から成る交代制と言えど三六五日二四時間休みなしで働き続けというブラック企業どころか違法地下労働施設すらも真っ青な仕事内容である。

しかも、担当するのは狩りや農業で役に立たない年少の少女。

労働基準法はどうした。子供の人権は! 

 

……そんなもの作ってないよ。

そもそも国家形態があやふやなのに法律なんて作れるわけがない。

だいたい生活環境や医療技術が発展して無いから平均寿命もまだまだ短いし、子供だって立派な労働力なんだよね、この世界。

 

巫女は常時三から四人いて、一番下が十歳くらいから、上は一五歳ほどになると次代の巫女に仕事を引き継ぎ引退して、引退後は国内の有力な男子の元に嫁ぎに行く。

その時にはどうにも、娘を送り出す父親のような気持ちになってしまっていた。

もう何代もの世代交代を見てきているから、慣れてはきても心苦しいものがあった。

当時もそのうちの一人が傍に侍って、私が何も言わずとも飲み物を用意してくれていた。

うん、凄く喉が渇いたなって思ったけどなんでわかったのだろう……?

 

当時は特に暑いわけでもないのにやたらと喉が渇いていた。

更年期障害とか老化で喉が渇くと聞いたことがあった私は、まさかそんなことないよね、確かに年齢的には結構いってるけど吸血鬼的には問題ないだろうし、などとため息をつきながら見当違いの事を考えていた。

 

喉の渇きの本当の原因は明白だ。

 

私はこの世界に来てからその当時までの200年ほどの間、一切血を吸っていなかった。

吸血鬼であるのに、だ。

 

獣を食べる時も必ず火を通して食べていた。

現代日本の知識があったため、寄生虫とか病気とかを考えて生肉にかぶりつくということはしなかった。

 

そう、私はこの頃まだ心のどこかで「自分は人間だ」という意識があった。

自分が吸血鬼であるということはよく理解していたけれど、それは理解していただけでその思考は身についていたわけではなかった。

 

故に。

 

無意識下で血を求め、意識下ではそのことに全く気が付かず、ただただ喉の渇きを感じる日々。

ある日、理性のタガが外れ、本能に体が支配されたとき、私が凶行を行うことは必然だった。

 

吸血衝動の限界が頂点に達した時、私は傍にいた巫女の一人に牙を突き立てていた。

 

 

我に返った時、私の体は紅かった。

真っ赤に染まった自分の服を見て全身の血がすっと冷えるような感覚がした。

同時に、自分の力が数倍にも数十倍にもなったかのような深い絶頂感も感じていた。

 

――喉の渇きが、癒えていた。

 

実際に吸った血の量はさほどでもないだろう。

事実、飲みきれない血があふれ出て、服と地面を赤く染めているのだ。

だが、あふれ出ているということは、すなわちおびただしい出血量を示す。

 

巫女は既に、息絶えていた。

私の頭にしがみつくようにして。

どれほど痛く苦しかったのだろう。

 

 

私は吸血鬼であり――人間は食料だ。

私は人間であり―――人間は仲間だ。

 

 

相反する二つの意識が私の中でせめぎ合い、人間を殺してしまったことに「自分はこうあるべきだ」という充足感と、「禁忌を犯してしまった」という後悔を感じた。

 

その光景を見た他の巫女が長を呼び、すぐに騒ぎは広がった。

私は騒がしくなる周りの様子を感じながらも、ただただ巫女の遺骸の傍に佇むしかなかった。

 

 

 

「フラン様……なにか、その者が不敬を働きましたでしょうか」

 

長の言葉に、私は俯いていた顔をゆっくりと上げた。

長の顔は酷くこわばっており、酷い焦燥感がみてとれた。

なぜだろう、と考えて私はすぐに答えに思い至った。

 

彼らにとって私は神である。

その神の傍で世話をしていた巫女が神自身に殺された。

そうなれば当然、巫女に落ち度があったと考えるだろう。

彼らは、神の不手際など考えもしない。

真実、巫女はただ甲斐甲斐しく私の世話をしていただけだというのに――!

 

私はその時、唐突に何もかもが馬鹿らしくなった。

私が人間であるにしろ、吸血鬼であるにしろ、私は神ではない。

ならばもう、いっそすべてをぶち壊してもいいのではないかと思った。

 

私はそれから、長と周りにいる者たちに、私が神ではないことを伝えた。

彼らには神話などなじみがなく、神すら「何か超常のもの」という認識しか抱いてはいなかった。

その彼らに悪魔の存在や、悪魔の王たる吸血鬼の説明をするのは骨が折れた。

 

それでも私は全てを言った。

神と悪魔について、吸血鬼である私の本性、吸血鬼にとって人間は単なる食糧でしかないこと。

何の落ち度もない巫女をその手に掛けたこと――。

 

私は話しながら、彼らに罵倒され蔑まれこの地を追い出された後、どこに行こうか考えていた。

どこか、誰も見知らぬ土地で、何ともかかわりを持たず一人で静かに暮らそうかと思った。

それはこの世界に来てから一年間過ごした生活であり、ここ数百年で得た煩わしさはないだろう、と。

 

そんなことを考える私の思考は長の言葉に遮られた。

 

「フラン様。わしには正直なところその神と悪魔の違いというモノが良くわかりませぬ。ただ、一つだけ申し上げるとするならば、その違いはわしらにはさほど意味を持たぬと思うのです」

 

「……え?」

 

「ワシらにとってはフラン様が神であろうと悪魔であろうと、たとえわしらと同じ人間であったとしても、違いはなく、フラン様に捧げる畏敬の念は揺らぐことはありませぬ。もしフラン様が食料としてわしらをご所望なら、わしは喜んでこの身を捧げましょう。……老い先短い骨と皮ばかりの身で、味は保証できかねますが」

 

長の言葉に、周りにいた者たちが笑った。

そこには、私を糾弾する雰囲気は欠片もなかった。

 

「でしたら、よぼよぼな長の代わりに私が身を捧げます! 巫女としておそばに控え心を捧げることがせいぜいかと思っていましたが、この身までも捧げることができるのならば本望です!」

 

と、私が殺した巫女の妹が言う。

 

「な、んで……あなたは、姉を殺した私が憎くないの……?」

 

呆然とした私の言葉に妹は困ったように笑った。

 

「はい、全く。お姉ちゃんともう喋れないのは少し悲しいですけれど、それ以上にお姉ちゃんがうらやましいです。お姉ちゃんも絶対、喜んで逝ったと思いますよ!」

 

それは、全く理解できない感情だった。

私には、本当に彼らが人間なのかどうか疑わしく思えた。

 

狂っている。

 

ここにいる人間はみな狂っている。

……ああ、それはきっと、私も。

 

「……フラン様。わしは今日までフラン様が全知全能の神であると疑わず生きておりました。しかし、その考えが間違っていたことは不敬ながらも認めましょう。あなた様は我らの心を全く分かっておられない」

 

その長の言葉に続くように、周りにいた者たちが口々に言う。

 

――私たちは父母や祖父母より、代々昔の話を聞いております。私たちの祖先が滅びようとしていた時に手を差し伸べてくれたフラン様の事を。

 

――フラン様が先ほどおっしゃった『神話』というのがまさに、我らにとっての祖先の話になると思いますが、どうか。

 

――俺らがフラン様を見限った、なんて言ったらもう逝ったじいさんばあさんがすごい形相でこっちに還ってきて俺らの事を殺しにくるぜ。

 

――全くだ、そんなことでは古き地に残った者たちにも、ラフテルへやってきた祖先にも申し訳が立たん。

 

彼らの言葉には私を非難する要素は全くなく、むしろ彼らのその気持ちをわかっていないことに対してやんわりと非難される有様だった。

 

混乱の極致にいた私には、その言葉に対してどう反応すればいいのか分からなかった。

 

 

そうして結局私は彼らの勢いに呑まれ、なし崩し的に当時の生活を続けることになった。

 

人間を殺した忌避感も、彼らの私に対する考え方にも、何一つ折り合いを付けられないまま、私はただ流されるように生活をつづけた。

 

 

その後も問題はいくつか発生した。

 

今回衝動的に巫女を襲ってしまったのは数百年間も断食ならぬ断血をしていたからで、定期的に血を吸えば理性を飛ばすこともなく、殺すまで吸うことはないのではないか。

実際、あの巫女から吸った量もせいぜい貧血になる程度の量だろうから、という推測に基づいて吸血鬼人生二度目の吸血に及んだ。

対象は当時の巫女である14歳の少女だった。

すると、意識して行った初めての吸血で、加減が分からず。

 

殺すことはなかったが、なんと彼女を眷属化してしまった。

 

吸血鬼の吸血には食事と眷属作り、そして性行為の3種類があるということは本能的に理解していたのだけど、その可能性に至らなかった私の全面的なミスだった。

 

私はもう半泣きになりながら謝ったのだが、その時の周囲の反応は満場一致で「フラン様の眷属になるなんて、何と羨ましい……私も!」といった感じであり、本人に至っては吸血の際の悦楽で一度失神し、気が付いた後、自分が眷属になっていると知って再び失神していた。

なんでも嬉しすぎて絶頂したらしい。

……知りたくなかった。

 

ちなみのその巫女は名をココアという。

吸血鬼化したのかと思ったのだけど、両側頭部に蝙蝠のような羽が生え、背中に生えた羽も私の持つ棒に宝石がぶら下がったような奇妙な羽ではなく、普通に蝙蝠っぽい羽で、私にはない尻尾も生えていて、どうやら吸血鬼よりも下位の存在である悪魔になってしまったようだった。

なるほど、確かに眷属にするのに同格の吸血鬼を作るというのもおかしな話だ。

吸血鬼は悪魔を一声で召還すると言うし、普通のことなのかもしれない。

ココアは羽など私とお揃いでないことを嘆いていたが、今でも巫女として元気に生活している。

 

吸血鬼が神様で悪魔が巫女というのもなかなか凄いと思う。

 

そうそう、眷属から血を吸っても(というか血はやはり人間のものでないと)意味が無いので、ココアは残念そうだったけど身の回りのお世話だけで、血の提供は別の巫女がやってくれることになった。

眷属化させない解決策として、私が首筋に噛みつくのではなく、指先を少し切ってもらってそこから血を吸うことにした。

この方法で今のところ特に問題は起こっていない。

 

血を吸うと体が満たされ、心に潤いを感じる。

その瞬間私は確かに吸血鬼なのだという実感を得る。

 

――だけどまだ、人間を殺すことへの忌避感は薄れていない。

 

 




吸血鬼は悪魔の王
東方原作でのレミリアのスペルカード《夜符デーモンキングクレイドル》から
吸血鬼は悪魔の一種という考えもあるけど本作ではこの設定で

言語侵略
ワンピース世界でカタカナと漢字含め複数の言語が入り混じっていることの設定回収
語源・意味のよくわからないラフテルはその世界の言語ということで
個人的には「laughter」なのかなって思ってます

普段はお酒に酔わない
東方キャラはみんなお酒に強いイメージしかない

小悪魔
この小説のこぁは貧乳です(重要)
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