東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~ 作:すずひら
・フランちゃん残機が一減る(ピチューン
・本気出す
「うう、フラン様ぁー。なんで私を呼んでくれなかったんですかぁー。肝心な時にお傍にいれないなんてこの紅美鈴、一生の不覚ですよぅ。せめて念話で一報でも入れてくれれば空飛んで全速力で向かいましたよ……」
「まぁあのときは私もこぁから緊急だって聞いて余裕なかったからさー」
「それに闘い方も酷いですよぅ。天候操って大立ち回りって、完全に私の仕事なくなっちゃってるじゃないですかぁ。なんのための龍の力なのか……。うう……」
「あはは、ごめんごめん」
め、めんどくさー。
戦いが終わった後、後処理のためにメイリンを転移魔法で呼び出したんだけど、事情を話したらすっかり拗ねちゃった。
確かにお祭りに一人蚊帳の外で、終わってから後始末にだけ呼び出されるって考えるとその気持ちは分からなくもない。
いや、ラフテルが襲われていたわけだしお祭りなんてもんじゃないか。
私は暴れまわってすっきりしたし、もう怒りの感情とかないから今となっては「楽しかったなぁ」くらいの感想しかないんだけど。
「まぁまぁ切り替えて。とりあえずこれから敵の本拠地にお邪魔しようと思ってるんだけど、メイリンも来る?」
「行きますっ。行きますよ、絶対。もう置いていかせませんからねっ」
襲ってきた敵の生き残りを尋問にかけた結果、いくつかのことが分かった。
まず、驚くべきことに彼らは月の住人であったということ。
宇宙戦艦ヤマトを想像した私の考えは図らずも的中していたわけだ。
彼らは月のビルカという都市の出身。
そのビルカでは年々資源が目減りしていて、このままでは都市の維持が不可能になるレベルの深刻さだった。
そこで、地上から資源を強奪しようと今回の襲撃計画がたてられた。
月に宇宙戦艦を作り出すほどの文明があったことも驚きだし、その文明が滅びの寸前にまで追い詰められていることも驚きだった。
特に滅びの方は行き過ぎた開発で資源不足となり他の星に侵攻する、なんて前世で読んだSF小説のような展開。
やっぱり行き過ぎた発展は身を滅ぼすということかな。
私も気を付けてはいたけれど、ラフテルがそうならないようにこれからも気を配ろう。
――最悪、私がすべてを滅ぼせば解決するとは思うけれど。
さて、他にわかったことと言えば、彼らの使う兵器。
まず、全てにおいて重要なのが貝、のように見えるもの。
彼らの言葉でダイアルというらしいそれは月に棲息する生物の死骸で、内部にエネルギーをため込み放出ができるという特殊なものだった。
そしてこれが彼らの技術の根本となるもののようでもある。
科学文明で言う電気、魔法文明で言う魔力のような、それがなければ始まらないというエネルギー源だ。
飛行戦艦もこれの力で飛んでいるし、都市を動かすのも、あの衛星兵器の動力源さえこれ。
極めつけは空を飛べるのもこれのおかげだった。
彼らの背中には小さい羽が生えていたようにみえたのだけど、それは実は飾りというか、脱着可能なものだった。
その羽に
天使か何かかと思っていたのにコスプレのようなものだと知り、ちょっと呆気にとられた。
……あとそれを見て私の羽も脱着可能ならなぁ、とちょっと思ってしまう。
寝る時とか邪魔なんだよね……ベッドに突き刺さるし宝石がジャラジャラするし。
基本的にうつ伏せか空中浮遊しながらでしか寝れないので、取り外しができるのは正直少しだけ羨ましい。
まぁ邪魔に思う以上に誇りに思っているから、不満ってほどのものでもないけどね。
なにより700年も付き合っていれば慣れる。
今はこの成長しない体も、むしろ逆にそれがいいんじゃないかと思い始めてきたし。
んんん、話が反れた。
で、そうやって色々と話を聞きだしてひと段落したので、これから彼らの本拠地である月を訪問してみようというところ。
話によれば住民全員で地上に来たために今は人っ子一人いないそうだけど。
それを最初に聞いたときは訳が分からなかった。
国民皆兵制だとしても全員で出撃するわけもなし。
後方支援要員どころか子供や老人も国に残るだろうし、病人とかもどうするんだってね。
ところが事情を聴くとこれまた壮絶だ。
資源が乏しいビルカでは、一定以上の年齢になった者、働けなくなった者や病人は殺しているんだそうだ。
限られたリソースを有効に使うためだとはいえ恐ろしいことをしている。
まるで姥捨て山だ。
そして、子供も
なぜなら今現在ビルカの都市はエネルギーの供給を完全ストップしているから。
資源が窮乏しているからわからなくはないけど、いちいちやることが極端だ。
なるほど電気ガス水道が止まった家に子供を残しておけるわけもないか。
そんなわけでもぬけの殻となった月の都市へ視察に行き、文明の発展具合で今後の処置をどうするか決めるつもりだ。
ただ、余りに発展していればすべてを破壊しつくすしかない。
……前世の日本での暮らしのような高度文明的な生活に懐かしさを覚えないわけではない。
私には時間がある。
今のラフテルの文明レベルが江戸時代程度だとするならば、私が主導して発展に努めればきっとあと500年程度で現代に追いつくだろう。
ベッドに寝転がりコンビニのお菓子でもつまみながらヘッドフォンで音楽を聞きつつスマホをいじってネットサーフィン、なんてことも可能かもしれない。
だけど、それは無理なのだ。
私、フランドール・スカーレットは吸血鬼、妖怪の一種だ。
幻想は科学文明に駆逐される。
神秘の薄れる世界で私は生きていけない。
そのことをどうしようもなく、魂で理解してしまっている。
ゆえに、ラフテルでも科学文明につながりそうな研究は基本的に推奨していない。
だからこそ独学で物理学とかを修めているにとりにはびっくりしたわけだ。
物理学とかならまだいいけど、これが機械工学とかになってきたら流石に止めなきゃいけない。
研究と発展を私の都合で辞めさせるのはちょっと罪悪感もあるけど、こればっかりは仕方がない。
そう、だから飛行戦艦や衛星兵器なんてものを作っている月の文明は、放っておくわけにはいかないのだ。
「それじゃ行くよ。ついてこれなかったら置いてくからね、メイリン」
「はいっ」
私が飛び上がるとメイリンも部分龍化で龍人形態になり、追随してくる。
羽が生えてないのに飛んでいるのを見るとちょっと違和感があるんだけどね。
まぁ私の羽も羽と呼べるかどうか怪しい代物だし、今更かな。
そんなことを考えつつ高く高く飛んでいると、不思議なことに気が付いた。
すでに音速近い速度で1分以上飛んでいる。
つまり上空200キロメートルにはすでに到達しているはずなんだけど、全然空気が薄くなったりしないし、温度も変わらない。
「メイリン、大丈夫?」
「は、はい。ちょっと速いですけどなんとかついて行けてます」
「あーっと、息が苦しくなったりしてない? 頭痛とか吐き気とか目まいとか」
「それは大丈夫ですけど……」
んー、私が吸血鬼だから特別頑丈、ってわけでもないのかな。
いやでもメイリンも龍化してるしそうとも言い切れないかなぁ。
なーんて悩んでいたのもあっという間。
私たちは月に到着してしまった。
……所要時間は30分ほど。
いやいや、おかしいでしょ。
月までの距離って40万キロ近いはずなんだけど。
音速飛行でも13日かかるはずだ。
そもそも地球の重力から逃れるには音速の十何倍もの速度が必要なはず。
じゃなきゃ軌道衛星とかがちゃんと飛ばないってNHKで言ってた。
……ああ、ここが地球じゃないの忘れてた。
宇宙空間にも酸素あったし、月までの距離が短すぎるし、重力の枷から簡単に外れたし、もう、なんだかね。
たぶんこの世界ってヘリウムガス入りの風船を放したら、宇宙空間超えて月まで飛んでくんだろうなぁ。
さて、そんなわけで月についたんだけど、思っていたより小さかったことが発覚した。
まぁ距離が近いのに普通の大きさに見えていたわけだから、実物が小さいのは当たり前か。
住人全員かき集めて地上に侵攻してきた10万程度の人間しかいないってのが疑問だったけど、それも解決した。
月の都市ビルカからの侵略、だと思ってたけど、「月に国があってそのうちの都市のひとつ」というわけじゃなくて、「月自体が一つの都市」って言うのが正解みたいだね。
「わぁ、私月に来るの初めてです」
「私も初めてだよ」
生身で月まで来るなんて、とんだアポロ計画だ。
「あれ、フラン様。確か月って今誰も人がいないんでしたよね?」
「ん、ビルカ兵の証言通りならそのはずだけど」
「おかしいですね。あっちの方、結構大きな“気”が一つあります」
「ああ、龍人形態だとそんなこともできたっけ。便利だね」
「気を探れる距離はそこまで広くはないんですけどね。でもフラン様の気ならどこにいても探れますよ!」
「あはは。それで人がいるのはどっち?」
「はい、ご案内します」
私はメイリンの先導で月の上空を飛んでいく。
眼下には人っ子一人いないビルカの町並みが広がっている。
見たところそこまで高度な科学文明が存在しているようには見えないけど、気になるのは町中いたるところにいるロボットだ。
大きさは子供くらいで、コミカルな見た目をしている。
そんなロボットが街の中、かなりの数存在している。
ただ、どれも動きは止まっている。
人がいない空虚な街。
そこにたたずむ動きを止めたロボットたち。
なんだか、もの悲しささえ覚えるような情景だ。
「ここの地下みたいですね」
「ん、ありがと」
この距離まで来ると私にもわかる。
それなりの大きさの覇気を持つ人間が一人いるようだ。
「んー、どっから入ればいいの?」
「入り口は近くにはないみたいですね。穴あけましょうか?」
「穴って、メイリン……」
「私、アマゾン・リリーで岩盤掘削工事を結構頑張ってたので、そういうのはお手の物ですよ!」
「ああ、岩山くりぬいたんだっけ。よくやるよねぇ。まあそれなら任せようかな」
「はい、お任せください!」
そういうとメイリンはあっという間に地下への道を掘り出してしまった。
確かに言うだけあって手早い動き。
私が素手どころか魔法でやってもここまで早く開通はできないだろう。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
二人で地下へと入っていく。
地下には大きな空洞があった。
いや、ただの空洞じゃない。
その空間は特異だった。
白い壁。
様々な色の液体が入ったビーカーやフラスコ。
顕微鏡や両皿天秤といった実験器具の数々。
骨格標本と人体模型。
壁際には標本のようなものが溶液漬けになって並べられている。
学校の理科室か、どこぞの化学研究所のようなその光景に背筋が寒くなる。
やっぱり私は科学文明と相容れない。
「うわぁ……なんだか奇妙な空間ですね。これ何に使うんでしょう」
「それは顕微鏡だね。小さいものを見るために使うの。マロンが持ってた虫めがねの高性能版だよ」
「へぇ。フラン様は流石、何でも知ってますね!」
「……なんでもは知らないよ。たまたま知ってただけ」
人の気配はこの実験室の奥の扉の向こうからだ。
私は意を決して扉を開く。
――そこは先ほどの無機質な実験室とは違い、有機的で温かみのある空間だった。
四角く小さな部屋にベッドが一つと安楽椅子にテーブル。
そして、
片方は先ほどから気配を感じていた人物。
安楽椅子に座るその人物は妙齢の女性だった。
長い銀髪を三つ編みにし、赤と青のコントラストが鮮やかな服を着ている。
もう片方も女性。
長い黒髪に非常に整った顔立ち、服装はピンク色の和風仕立ての洋装といったような美しい服を着た少女だ。
こちらはベッドに横になり眠っている。
いや、眠っているという表現は正しくないだろう。
彼女からは
私が部屋に入ったことで銀髪の女性が俯いていた顔を上げた。
隣でメイリンが鋭く息をのんだのが分かる。
……私も驚いた。
女性の目は昏く淀んでいて、およそ尋常な精神状態ではないのが分かる。
というよりアレは完全に狂気に呑まれてしまっている眼だ。
長く狂気と隣り合わせで過ごしてきた私だからわかる。
アレは、私がたまに陥る「内なる狂気の表出」なんてレベルではなく、心の奥底までを完全に狂気にゆだね同一化した状態だ。
「……あら、お客さんなんて珍しいわ」
「……ご機嫌よう。お邪魔してるよ。私の名前はフランドール・スカーレット。こちらは紅美鈴」
「…………」
メイリンがぼけっとした顔で呆けているので軽く脛を蹴る。
確かにこのレベルの狂人が普通に受け答えしたことには驚くだろうけど、それはそれだ。
礼儀がなっちゃいない。
「あ、は、はい。紅美鈴です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。私は“××”です」
「××?」
「はい、××です」
「え、フラン様それどうやって発音してるんですか」
「あー月の言葉だね。たぶん人間には発音できないと思うな」
まぁメイリンの疑問ももっともだ。
この名前は発音どころか文字に表記することさえ難しいだろう。
むりやり表記しても「もょもと」みたいな発音できない形になっちゃうだろうし。
私なんかは蝙蝠に変化できるせいか、この体の声帯でも普通に超音波を発することができる。
まぁ人間のそれとは違うということ――。
「××……あ、できました」
って、えー。
メイリンあなた人間やめちゃったの?
……あ、そうか。
そういえばメイリンの声帯ってあの鈴を同化させたものだったっけ。
それじゃあ普通の人間の声帯、とはいえないよね。
「××……名前の意味としては“永遠に光り輝く玉”か……。日本語あてるなら“永琳”かな」
エイリン。
なんだかメイリンと名前の響きが似ている。
「永琳。きれいな音ね」
「琳の字には“輝く美しい玉”っていう意味以外に“玉が触れ合って鳴る澄んだ音”って意味もあるしね。夏目漱石の『吾輩は猫である』に「
「そうなの。――永琳。響きが気に入ったわ。その名で呼んでくれてもいいわよ」
……ふむ。
夏目漱石には反応なし、か。
正直、彼女が“私”のような転生者の可能性も考えていたんだけど。
月人が皆つけてた羽を付けていない、月の深部に幽閉隔離もしくは隠れ住んでいるかのような状況、さっき見た化学実験室のような部屋、とまぁ気になることはあったけど。
この反応を見る限り、その線はなさそうかな。
「ありがとう。そうさせてもらうね、永琳。それでいくつか聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ええ、いいわよ。ああでも、この子にも聞かないとね」
そういって永琳はベッドで眠る少女に目を向けた。
「どう、あなたはいいかしら? ――そう、わかったわ。ええ、ありがとう」
そして少女に話しかけた――が。
永琳の目線はベッドの方に向いてはいるものの、少女の顔をとらえてはいない。
宙を向き、茫洋とした眼差しには何が映っているのか。
言葉もまるで会話だけど、当然ながら少女の方から返答はない。
独り言、のように見えるけど……。
「(ふ、フラン様。この人なんかヤバくないですか?)」
「(少なくともふざけているようには見えないね。幻覚と幻聴を見ているのか――もしくは私たちには見えないし聞こえない“ナニカ”があそこにいるのかもしれないけど)」
「(なにかって生霊とかですかね? 体は生きているみたいですし、魂だけが抜け出してるんでしょうか。それにしては“気”が感じられませんけど)」
「(ん、体は生きている?)」
「(ええ、心臓は動いているみたいですよ。それにしては生気もないし、不思議ですけど)」
いわれて耳を傾ければたしかに鼓動を刻む音がする。
しかし、依然として私には“あれ”から生きた人間の気配を感じ取れない。
眠る少女というよりはまるで生身の人形といった感じだ。
「ごめんなさいね。この子少々気難しいというか、人見知りで。けれど私があなたたちと話す分には良いそうよ。横で見ているって」
「……そう。ありがとう」
そうして奇妙な雰囲気のまま、私と永琳は話を始めた。
永琳は狂っていたけど、話自体は非常に理知的で、説明も論理立ててとても分かりやすいものだった。
そして話をしているうちに、彼女が月で何をしていたのか、どうしてここにいるのか、なぜ狂ってしまったのか、隣で眠る少女は何者なのか。
だいたいの推測はついた。
まず、永琳は一時期月の指導者の立場の者だったらしい。
もともとは薬学の研究者だったけど、指導者になってからは生物工学や機械工学の分野でも目覚ましい発展を遂げさせた。
衛星兵器や飛行戦艦についても彼女が設計したというのだからその頭脳はすさまじい。
永琳はにとりが霞んでしまうような、極まった“天才”であるといえるだろう。
さらにすごいのは、彼女は妙齢の女性に見えてその実すでに500歳を超えているのだという。
私も幼い見た目で700歳以上だけど、それは私が吸血鬼だからだ。
人間である彼女は薬学を極めた結果として身体の老化を極限まで遅らせる薬を開発した。
仕組みを聞いたところどうも魂の固定とでもいうような結果を生み出しているようで、不老の他に不死の効果もありそうだ。
まぁ試しに死んでみてくれとは言えないから想像の範囲にとどまるけど。
そうして長い時間を手に入れた彼女は月の発展に大いに尽力し、今日の月の文明を作り上げた。
月の文明は絶頂期を迎え、指導者としての彼女の立場は絶対のものになった。
しかし、悲劇はそこからだ。
一つ目の悲劇は、不老の薬が永琳にしか使えなかったこと。
服用初期の副作用に、普通の人間は耐えられなかった。
永琳はもともと強い生命力――覇気を持っていたから適合しただけで。
ゆえに彼女は一人だけ年を取らず、周囲は当然のように老いていった。
親が死に、友が死に、伴侶が死に、子が死に、孫が死に。
彼女自身は自覚していないみたいだけど、おそらくはそれで心が壊れてしまったんだと思う。
時の流れは心の傷を癒すけれど、永すぎる時は心を壊す、ということだ。
そして狂ってしまった永琳は永遠の命を持った娘を生み出そうとする。
それがこのベッドで眠る少女。
彼女は永琳が作り出した人工生命体、いわゆるホムンクルスだ。
ああ、だけど実験は失敗した。
幾度となく試行錯誤を繰り返し、そのすべてがダメだった。
挫折を味わったことがなかった彼女はここでポッキリと折れてしまった。
眠る少女は叶わぬ夢の末路。
体はあれども心がない。
だから永琳は、自分の中に心を作り出したのだ。
幻覚に幻聴、もしかすると彼女には娘の体温さえ感じられるのかもしれない。
彼女の中では生きている。
また、ホムンクルスの研究に傾倒し始めた彼女は一方で月の指導者の立場を降り、人前から姿を消して地下の研究所にこもるようになった。
それからの月の都の零落は早いものだ。
ものの百年ほどで貝の乱獲によって生態系は崩れ、人口の調整を失敗し資源が枯渇。
彼女一人の頭脳でもっていた都市は、あっけなく斜陽を迎えた。
雑談を交えながらここまでのことを聞き出して、私はなんだかとても疲れてしまった。
月の都市もすべてぶっ壊してやろうと思ってたのに、彼女の話を聞いてそんな気も失せてしまった。
ああ、彼女は私なのだ。
吸血鬼じゃなかった私の末路が彼女なのだ。
私もかつて心が限界を迎えた時、狂気に身をゆだねて永らえたことがある。
ゆえにわかる。
永琳にとっても狂気は――救い。
狂ってなければ生きていけない。
たとえ周囲からは物言わぬ人形と暮らしているように見えても、彼女にとってはそれが夢にまで見た幸せな生活。
この小さな地下室は彼女とお姫様が二人だけで暮らす聖域だった。
――だから私は、ここから出て行こう。
「お話ありがとう、永琳。そろそろお
「いいえ、私もこの子以外と久しぶりに話せて楽しかったわ」
「……そうだ、そういえばその子の名前、なんていうの?」
「名前は――あら、そうね。そういえばあなた名前がなかったわね。この子、私としか喋らないから名前で呼ぶこともなかったのよね」
「そう……」
「そうだわ。せっかくだしあなたがこの子に名前を付けてくれないかしら」
「私が?」
「ええ。――永琳。自分の名前だけれど“××”なんかよりずっと綺麗な音だと思うわ。あなたならきっとこの子にぴったりな素敵な名前が付けられると思うの」
ふとした感傷で名前を尋ねてみたのだけど、思ってもみなかった答えが返ってきた。
名前、名前か。
……戦争上等! な意気込みで月まで来たのになんでこんなことになってるんだか。
まぁ、私が彼女に共感を覚えちゃったからなんだけどさ。
そうだね、名前を贈るくらいのことはしてもいいかもしれない。
……ああ、ぴったりな名前がある。
絶世の美貌に射干玉の髪。
月の都のお姫様。
姫は地上から月に連れ戻される際に天人の衣を着せられて心を失ってしまうんだ。
だからそう、こうして月の都で眠っている。
其は“なよ竹のかぐや姫”。
「永琳」にならって漢字をあてるなら――何がいいだろうか。
原典通りに「
そのかぐやの元になったとされる「
いやいや、どれも優美さに欠ける。
ならばそう、もっと字からして素敵な名前がいい。
――ああ、そうだ。
かの川端康成がつけた名などはとても美しい。
流石はノーベル文学賞作家といったところか、当て字だけれどその字は端的にその本質を表している。
願わくば、あなたが気に入ってくれるといいのだけれど。
あなたの名は。
「――“
「……輝夜」
「輝く夜と書いて、輝夜。あなたにぴったりな名前だと思うわ」
「輝夜。……ああ、あなたに頼んでよかった。――輝夜、そう、あなたは輝夜よ」
永琳は私に礼を言い、“輝夜”に話しかけた。
その表情は今日見た中でも一番の笑顔で。
永琳のその表情を見れただけで、月までやってきた甲斐があったというもの。
「――ええ、素晴らしい名前ね。――そうね、そうしましょうか。――あら、そんなこと言っていいの? ――ふふ、冗談よ。ええ、毎日呼んであげるわ。輝夜も私のことは永琳って呼んでね? ――ふふ、ありがとう」
……それにしても、永琳、もうすっかり自分の世界に入り込んじゃった。
多分すでに私のことは意識の外になってるんだろう。
そこまで気に入ってくれたのなら嬉しい限りだけど、ちょっと苦笑い。
まぁ、ここらでお邪魔虫は退散することにしよう。
それじゃあね、永琳、輝夜。
「あなたたちの歩む夜道に、輝く光のあらんことを」
ビルカ民の羽は脱着式
アートオブワンピースというコーナーの衣装編で、スカイピアの住人に対しては、
「背中の羽は動かしたり、飛ぶためのモノじゃなく、空島の住人に共通した装飾の様ね。」
というナミの解説文が添えられています。
よって羽単体ではただの装飾ですが、この時代においてはダイアルを組み込むことで空を飛ぶことが可能になってます。
原作時代では原作通り空を飛ぶ機能は失われます。
成長しない体が逆に良い
この世の真理。
空気がある宇宙空間と月までの近すぎる距離
原作では風船につかまって月まで行けるようです。
そのため、宇宙空間に空気もあるし寒くもないし重力の影響もないしガスが抜けない程度の距離に月があると仮定しました。
エネルもマクシムの飛行速度で月まで行くとなると何年もかかってしまいそうですし。
ちなみに東方世界の月の都にも空気があったり地上と重力が変わらなかったり超常のテクノロジーが存在していたりと共通点があったり。
もょもと
元ネタはとあるドラクエ主人公の名前。
普通は発音できないが稀に流暢に発音できる人がいるらしい。
琳琅璆鏘
琳琅も璆鏘も澄んだ音をあらわす言葉で、あまりなじみはありませんが漱石を読んでるとよく見かけます。
初見じゃまったく意味わからなくて辞書を引いた覚えがあります。
日本文学
『吾輩は猫である』とか川端康成とか出したけど、永琳と輝夜はなんだか日本文学の雰囲気と親和性が高いように思います。
永琳「月が綺麗ね」
輝夜「死んでもいいわ」
なんてやり取りとか、月人かつ不死人であることもあいまってロマンチックな感じがします。
月までやってきた甲斐があったというもの
「甲斐なし」「甲斐あり」は、石上中納言が燕の子安貝を手に入れられなかったことから「貝なし」=「甲斐なし」になったんだよ、という駄洒落的語源説明が竹取物語中でされているので、そこからのネタです。
本当は同様に「恥を捨てる」「たまさかる」「あへなし」「あなたへがた」もさりげなくどこかの文中に混ぜ込みたかったのですが、違和感ありすぎて断念。
次話で月編終了です。