東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~ 作:すずひら
・こぁとの再会、別れ
・魚人島を目指す美鈴の奮闘
かつてスカーレット海賊団の航海士だった男、ナヴィには夢があった。
それは、世界地図を書き上げること。
しかし彼はその寿命の中でサンタマリア号が通った航路――今では
それでもそれは世界で初めての地図、海図であり、その内容も世界一周分以上の膨大なものだった。
そもそも、一人の人間が未知の惑星の世界地図を丸々書き上げることなんてハナから不可能だよね。
最終的に彼は、永遠の寿命を得て自らが世界地図を書き上げることを断念する代わりに、子孫にその夢を託した。
そして千年以上の時を経て、ついに彼の子孫はその夢を成し遂げたのだった。
これには本当に驚かされて、メイリンと一緒に手を取り合って思わず跳ねてしまうほど喜んだ。
千年以上もその想いを受け継いできた子孫たちの一途さ、あらゆる苦難を乗り越えて世界中を旅して地図を書き上げたその実行力、なにより、人間の強さを。
“私は私一人で夢をかなえようと思っていましたが、必ずしもそうしなくてもいいということを。フラン様の言にあやかるなら、人間は未来に思いを託して行ける生き物でしょうから”
かつてそう言って人間としての生を全うすることを選んだナヴィという男の思いは、ちゃんとこの世界で実を結んだのだ。
ただし、その世界地図には空白部分――“漏れ”があった。
それは、かつて私とナヴィが旅した
これによって
しかし一方で
結局世界地図に描かれた
しかも、
それでも、彼らの功績はとても大きい。
だから私はその喜びと労いで彼らに接触し、とある褒美を与えた。
それは、
見た目は普通の
唯一の違いは針が吊るされているから四方だけでなく上下も指せるようになっていること。
つまり、円でなく球、立体的なコンパスってことだ。
これは
ただし普通なのは見た目だけで、その機能はだいぶ特殊なもの。
これは通常のコンパスとは違って、滞在地の磁気――“
つまり、島から島への一直線の方向のみが分かるコンパスってこと。
使いにくいと思うかもしれないけれど、
北極星のような、なにか一つの明確な方向が分かるだけでも航海は随分と楽になるはず。
大きさも腕時計くらいまで小型化したのでもち運びにも便利。
それともう一つ、
こっちは磁気を永久的に一つだけ記録させることで特定の島を指し示すようにした
出発地点の島に帰れるようにね。
違いが分かりやすいように形を変えて、こちらは砂時計みたいな感じ。
これらをプレゼントした結果、大いに喜ばれた。
そして、私の正体を知ってとても驚いていた。
一応プレゼントするときに私の名前と彼らのご先祖様であるナヴィのこととかを教えたんだよね。
突然知らない人から変な物体渡されても困ると思うから。
まぁ信じさせるために色々と見せたのでちょっと恐縮されちゃったけど。
で、そしたらなんかいつの間にか統一王国の王様に会うことになっちゃった。
ナヴィの子孫たちから、
そして複製・増産しないといけないので、国のトップに話を通して、技術者たちに作り方を教えてほしいと頼まれた。
正直ちょっと面倒って思ったけど、機嫌は良かったし心情的にはもう少し豪華なご褒美をあげてもよかったかなと思ってたので、快諾した。
王様はいかにも精力的ですって感じの壮年の男性で、見る限り覇気もなかなかのもので私についてきたメイリンが手合わせしたそうにうずうずしていた。
それで、謁見的な感じでナヴィの子孫たちが事情を説明したところ王様もいたく感激した。
ナヴィの家系は航海術は言うに及ばず、製紙業なんかでも国を支えてきた名家だったので王様からもこれを期に叙勲と十分な褒賞を与えると約束した。
これには私がちょっとむっとしてしまった。
金品などもそうだけど、叙勲するといったところでナヴィの子孫たちが大いに喜んだのだ。
それに、
なんか名誉的なものと、彼らだけに対するご褒美をあげたい。
言ってしまえば稚拙な対抗心ではあったけれど、もともともう少しちゃんとしたご褒美をあげてもいいかなと思っていたので、私は思い切って彼らに“名”と“妖力”を与えることにした。
名誉として名を。
これには私がびっくりするくらい彼らが喜んだ。
私は忘れ去られた神様になったと思っていたけれど、彼らにとってはおとぎ話に出てくるような創世神(ちょっと大袈裟)が目の前に現れて名を贈る、というのが殊更大きな意味を持つようで、
で、どんな名前を付けるか。
新しく名前を付けるというのは同時にそれまでの名前を捨てさせるってことでなんか嫌だったし、苗字を変えるってのもナヴィから続く連綿の流れを否定するようで嫌だった。
そこで、新しく付け加えることにした。
この世界はホン・メイリンやモンブラン・マロンのように姓名で名前が付けられているから、そこに新しくミドルネームの概念を持ち込んだのだ。
普段は略してもよく、公の場ではミドルネームも含めて名乗るってことで、ミドルネームについては王様に制度改革してもらうようその場で頼んで承諾してもらう。
まぁこのくらいの我儘は通させてもらう。
さて当初はミドルネームに“スカーレット”を贈ろうかと考えた。
でも、それはすでにメイリンに
だからメイリンと同じレベルの名前を贈ることはやめた。
そこで、贈った名は“D”。
フランドールスカーレットを表す
こんな記号みたいなので大丈夫かなとも思ったけど、まぁ喜んでくれたのでよしとする。
名を贈るときは、「Dの名を名乗ることを許す」、みたいな感じでちょっとカッコつけちゃったんだけどね。
ちなみにこの名前はもう一つの贈り物にも関係する。
名誉に対してもう一つのご褒美は、実利的なものとして“妖力”を。
かつてメイリンに与えたほどの妖怪に変異させるような量ではなく、かつてルミャに与えたほどの身体能力を人外にするような量でもない。
それらに比べればほんのちっぽけ、爪の先みたいなものだ。
効能としては、無病息災、体が丈夫になり多少は身体能力も上がり、寿命もちょっとは延びるだろう。
身体の回復能力も上がるし、要は普通の人間より死ににくくなる。
ただし、体との相性が悪ければ気のせいレベルの強化にしかならないし、どんなに肉体に適性があってもせいぜい半人外じみた強化にとどまるだろう。
ないよりマシな健康祈願のお守りだとでも思ってもらえればいい。
まぁ、神様から直接もらうお守りならご利益ありそうだけど。
あとこれは確証が持てないけど、覇気を覚えやすく、かつ習熟し辛くなるかもしれない。
妖力と覇気はほとんど同じ性質をもつので、妖力を持っていれば意識せずとも覇気に目覚める可能性がある。
ただ同時に、性質は似ていてもその根本の在り方は正反対なので、習熟するのは逆に時間がかかるかもしれない。
まぁ私が知る中で覇気を完全に扱えたのなんてメイリンだけなので気にすることはないかも。
あのマロンだって覇気の物質化までしか習得できなかった。
武装色の覇気を完全に極めれば、ありとあらゆる生物の頂点に立ち、私と殴りあえるレベルで人間やめることができる。
見聞色の覇気を完全に極めれば、ありとあらゆる生物の“声”が聞けるようになる。
覇王色の覇気を完全に極めれば、ただそこにいるだけでありとあらゆる生物が跪くだろう。
千年以上の間鍛錬を続けてきたメイリンでさえ武装色しか極めていないことを考えると、およそ人の手に余るエネルギーだ。
そりゃ手に余るってものだろう。
なにせ私だって未だに妖力を十全に扱いきれているとはいいがたい――。
さてさて話が逸れたけれど、そんな感じで“名”と“妖力”をナヴィの子孫に与えた。
彼ら自身ではなく、あくまでもナヴィから続く一族の連綿の営みに対しての褒美なので、名を子孫に引き継ぐことを許可した。
妖力に関しては子を産めば勝手に引き継がれていくだろう。
で、これで終わり、
なんか、「俺も名前欲しい」とか駄々をこね始めた。
いやいや、あなたは関係ないでしょうと苦笑。
それでも統一王国を大きくしてきた実績とミドルネームに関する法改正を聞き入れた対価でいいからと引き下がらない。
いい年したおっさんが見苦しく駄々をこねる有様に、その場にいた大臣やら近衛兵やらもどうしたものかと顔を見合わせた。
ただ、なんでだろう。
どうしてかこの王様、そんなに鬱陶しくない。
むしろなにか懐かしいような――。
「妹様、妹様」
すると隣に控えていたメイリンが耳打ちしてきた。
「ん、なに、メイリン」
「気づきました? 彼、ランさんの子孫ですよ」
「えっ?」
「なんか懐かしいと思って“気”を見てみたらランさんのものとそっくりです」
気ってそんなことまでわかるんだ。
私はいわれても良くわからないけど。
ああ、でもこの懐かしい感じは、スカーレット海賊団の初期メンバーでもきってのトラブルメイカー、ウェンの方が年少なのになぜかみんなに弟みたいに可愛がられていた――ランの感じと一緒だ。
「妹様、よければうけてあげませんか? ただ、条件を出すってことで」
「うん? なにかいい考えでも?」
「ええ、私と戦ってその実力を認められたら今までの功績と合わせてって形でどうでしょう?」
「それあなたが戦いたいだけでしょ……」
王様に会ってからずっとうずうずしてたの知ってるんだからね。
……まぁいいか。
でも王様が殺し合いではないとはいえ、そう簡単に試合を受けるかな。
「あーてな感じで、戦って実力を認めたら名と力を授けてもいいけど……」
「やるやる! 俺頑張っちゃうよ!」
「王よ!?」「王様!?」「いけません、陛下!」
なんか大臣やら近衛兵やらが喧喧囂囂と引き留めを始めた。
そりゃそうだ、一国の王がそうやすやすとその身を危険にさらすわけない――と思ってたら。
「黙れいッ!」
ぶわっと彼を中心に覇気が吹き荒れる。
見事なまでの覇王色の覇気だ。
鍛えているであろう近衛兵はともかく、至近距離で受けた気の弱そうな大臣らは泡を吹いて失神してしまった。
「俺は実力でもって王の座を勝ち取ったのだ。その俺が戦いから逃げるわけにはいかん。――俺が王だ! 言いたいことがあるなら俺を倒してから言え!」
その言葉に衛兵たちも黙る。
そういえば
「すまんな、フラン殿、見苦しいところをお見せした。ぜひその申し出、受けさせてもらおう」
「あー、いいけど命の保証はしないよ?」
「元より承知の上。なに、俺が死んでも大臣らがいる限り新しい王を立てて国は回る。それにもとより、俺は死ぬつもりなどさらさらない。見事打ち倒して名誉ある名と神より授かりし力、勝ち取って見せよう。それで、相手をしてくれるのはフラン殿ではなくそちらの華奢な
「あ、そういえば自己紹介してませんでしたね。私は紅美鈴です。よろしく。ああ、手加減はちゃんとしますから命の心配はしなくても大丈夫ですよ」
「……ほう? この国で最強の漢を前にしてぬかしおる」
「いえいえ、目の前に立った時点で相手の実力が見抜けないんじゃ程度が知れますねって」
バチバチと両者の間で火花が散る。
いや、覇気がぶつかり合って現実にスパークしてるよこれ。
謁見の間が黒焦げになるよー。
とりあえず場所を移そうということで練兵場へ。
その間に頭に血が上っているメイリンを落ち着かせる。
「あはは……。いやぁ、すみません妹様。戦いの気にあてられちゃった部分もありまして……」
まぁ、王様の言うことも分からなくはない。
メイリンの見た目は可憐な十代の少女だし、筋肉モリモリのゴリラな感じとは無縁だ。
二の腕に力を入れても力こぶが盛り上がることもなければ、腹筋が割れているということもない。
腕や足もともすれば折れてしまいそうなほどに色白ですらっとしている。
実際は妖力を取り込んでそこで身体の成長がストップしてしまったので、いくら体を鍛えようと筋肉がつかないだけだ。
ちなみに鍛えれば鍛えるほどその“歴史”は体に蓄積されていくので普通に強くなるし、同時に妖力の保有量もわずかながらに上昇する。
今でも私の妖力は増え続けてるしね。
だからまぁメイリンを見た目で侮ることは半ば仕方のない面もあるのだけど、当のメイリン本人にしたら許せないものでもあるのだろう。
特に武術家なきらいがあるので、こと戦いの場での侮りは怒り心頭といった感じだ。
王宮を出て練兵場に向かう。
そういえばラフテルには大きい建築物を作らなかったから、改めてみると統一王国の宮殿もなかなかに壮観だ。
かつてカープと作ったアルバーナ宮殿と同じくらいに大きいかもしれない。
練兵場は王宮のすぐそばにあった。
近衛兵が訓練するための施設らしい。
そこで王様とメイリンが向き合う。
周囲には野次馬のように兵士やらがたくさん見守っている。
ヒソヒソ話す声を聴く限り、この王様は随分と破天荒でこういった突発的な催しのようなことも多々あるらしい。
「さて、では条件を。私を倒すか、私が実力を認めるまであなたが立っていたらそちらの勝利ということで」
「ふん。すぐに伸してくれる」
メイリンの出した条件に周囲がざわつく。
そりゃまぁ自国で一番強い人間である王に対してこの条件はあまりにもひどい。
しかも言っているのが見た目は若い女でしかないメイリンだからね。
でもま、メイリンの代わりに立っているのが私だったら侮りの目は今の比じゃないんだろうなぁ。
そうして始まる模擬戦。
互いが闘気を解放した時点で野次馬のほとんどは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
まぁ生存本能が刺激されたんだろう。
残ったのはいざというときの審判役の私と、近衛兵が数十人、気絶から復活したらしい大臣が青い顔で数人、それに事の発端となったナヴィの子孫の男性が一人。
「ほう、驚いた。なかなかやる」
「えーこの程度で驚いちゃうんですか? 私はまだ実力の十分の一も出してませんが」
「ぬかせ」
軽口を言い合いつつも、行われている戦闘は高速。
すでに大臣たちの目には何が行われているかわからないだろう。
近衛兵の中にもそろそろ厳しくなり、同僚に「今何が起こった」などと言っている。
メイリンが実力の十分の一も出していないというのは本当だ。
それも全力の十分の一ではなく、覇気のみで戦う場合の十分の一だ。
彼女が本気を出すときは悪魔の実の能力で角と尻尾が生えた龍人形態になり、“
あの状態は軽く物理法則に喧嘩を売り、道理を蹴っ飛ばすほど強い。
私でも魔法を解禁しないとつらいので、普通の人間と戦うならまぁ封印は妥当だけど。
王様は強かった。
ギアを上げ続けるメイリンに押されつつも必死で食らいつき、獰猛な笑顔を見せる。
強者との戦いが楽しくてたまらないといった感じ。
それでも押され続け、ついに限界が訪れたところでメイリンが槍を使うように促す。
対するメイリンは素手なので意地で反発するかなと思ったけれど、これまでの戦いで実力差を弁えたのか、素直に応じた。
ところがすでに練兵場は二人の激闘の余波で半壊し、武器庫もとっくの昔に吹っ飛んでいる。
私が結界で守ってやらなければ近衛兵や大臣たちにも死人が出ていたであろう戦いだった。
というか二人とも戦いが始まってから夢中になり過ぎで視野が狭すぎる。
仕方ないので私が槍を作ることにした。
といっても、いきなり初めて使う武器では武器の重さだったり重心だったりと手に馴染まず扱いにくいだろうと思う。
そこで、私が作ったのは使用者の意思に応じて形を変え、最適な形状に変化する魔槍。
血が滴るかのように、あるいはまるで生きているかのように流体が蠢き、真紅の魔槍を形作っている。
名付けるならそう。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
王様に向かってぽいっと投げ渡す。
王様は半ば呆然としていたけど、反射的にかその槍を手に取った。
その瞬間、王様の思考を読み取って槍が最適な形状に変わる。
たぶんこれ以上ないってくらい手に吸い付くような、思うままに振り回せる槍になったはずだ。
実際、王様は驚愕の表情で数度槍を振り、にやりと笑った。
「感謝する!」
獰猛な獣のような笑顔の王様に対し、一方のメイリンは引きつった笑いを浮かべている。
まぁそうだろう。
あの槍は私の妖力100%、言ってしまえばレーヴァテインと同等の武器だ。
レーヴァテインがすべてを焼き尽くす破壊力と攻撃範囲に特化しているのに対して、グングニルは誰でも扱える汎用性と一点突破の攻撃力に特化している。
たぶん一対一の対人戦ならレーヴァテインよりも厄介だろう。
ま、このくらいのハンデがないとみてて楽しくないし?
そこからは先ほどまでとはまた違った試合展開になった。
先ほどまでのメイリンが攻め、王様が凌ぐ打ち合いのインファイトではなく、槍の間合いの戦い。
それも、王様が攻め、メイリンが受けるという一方的な展開だ。
メイリンは槍の苦手な間合い――懐に潜り込もうとするけれど変幻自在に変化する魔槍がそれを許さない。
しかも軽く触れるだけで致命の刃、必然メイリンは受ける際にかなりの覇気で防御を行うことになる。
加えて貫通に特化したグングニルは如何にメイリンといえども生身では受けきれないので、完全に受けきるのではなく受け流す必要が出てくる。
大胆かつ繊細に、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する、みたいなことが求められているわけで。
まぁそれでもいまだに服にかすり傷すら許していないメイリンはすごいんだけど。
そしてそのままの攻防が一分ほども続き、ついにメイリンが動く。
「はぁっ!」
最高強度の武装色の覇気によって漆黒に光る拳をふるい、槍をはじく。
同時に今まで使っていなかった歩法――縮地法を解禁して、瞬く間に王様の懐へと入り込む。
本来の地脈上を瞬間移動する縮地ではなく、単に相手の意識を外す技術と桁外れの脚力によって為される技だけど、見事に効果を発揮した。
「甘いっ!」
そのメイリンの初めて見せる動きを読んでいたのか、既に王様は迎撃の態勢を整えていた。
これではメイリンは構えた場所に自ら突っ込む――わざわざカウンターをもらいに行った形になる。
おそらく王様は読んでいた。
予測はできなくとも、予想はできていた。
メイリンがこの現状を打破するには遠距離からの強烈な一撃か、槍を使用不能にするか、懐に飛び込むかの三択しかなく、とり得る選択肢は最後のみ。
王様は「メイリンならきっとできる」という敵への奇妙な信頼によって、カウンターの準備を整えていたのだろう。
「せやぁっ!」
だけど、メイリンもさるもの。
突撃の勢いそのままに王様の膝蹴りを左肘で相殺し、左拳はなんと額で受けきる。
振り始めの速度がのっていない拳に自ら頭突きをして止めに行った。
対して王様は膝の一撃を受けきられ、左拳も止められたことで体勢を崩す。
メイリンの放つ次の拳は躱せない。
勝負あり、だが――。
本来懐に入り込まれれば長物である槍の間合いではないが、しかし。
王様の持つ槍は私が作った“神槍『スピア・ザ・グングニル』”。
今王様の右手にあるそれは、短剣サイズの極小の槍と化していた。
武器の性能による間合いの無視。
完全に思考の埒外にあった戦法は、メイリンを刺すに足る。
「しまっ――」
崩れた体勢に逆らわず、後ろに倒れ込むようにして放たれた槍は狙い違わずメイリンの頭を射抜く。
そして。
ガキイィン、という激しい音を立てて“神槍『スピア・ザ・グングニル』”はあらぬ方向へと吹っ飛んで行った。
一方、槍の一撃を受けたメイリンの帽子はまったくの無傷だ。
まぁ、あの帽子は極細の妖力の糸を魔法を込めながら十年かけて織り上げた逸品なので、急造の武器如きに傷つけられるような代物じゃあない。
そもそも帽子を贈った意図の一つに今回みたいな事故から身を守れるようにというものもあるので十分に役に立ったといえる。
「――くぅ、お見事! 一本取られました!」
帽子で槍をはじいたメイリンは当初の動きは止めず、体勢を崩した王様に追撃を入れていた。
地面に仰向けで倒れる王様と、その鼻先一センチほどで止まっているメイリンの拳。
端から見れば勝敗は明らかだけど、しかし、負けを宣言したのはメイリンだ。
「ぜえっ、ぜえっ……。俺の、負けじゃあ、ねえのか」
「いえいえ、一撃を入れられた時点で私の負けです。この状況はなんというか、敗戦後の形作りみたいなものですよ」
そう言ってメイリンは拳をひっこめる。
そして王様に手を差し伸べ、引き起こした。
王様は全身から滝のような汗を流して、呼吸もかなり荒げている。
ほぼ限界に近いところまで肉体を酷使して立っているのもやっとというありさまだ。
対してメイリンは汗こそかいているものの、ジョギング後みたいな爽やかな汗で涼しい顔をしているし、息ひとつも乱れていない。
今回の試合ではメイリンは王様と同程度ほどまでしか身体能力を解放していなかったけど、ここらへんは根本的な身体能力の差だ。
私はメイリンが何をやりたいのか察したので、吹っ飛んでしまったグングニルを回収して、再び王様に手渡した。
王様は不思議そうな顔をしながらも、もう腕を上げる力もない手でしっかりと槍を受け取った。
そして、槍を握った王様の手をメイリンが掴んで高々と上げる。
「どうぞ、勝利の凱歌を」
その言葉を受けて、王様は笑って、雄たけびを上げた。
事の顛末を見ていた者は少なくても、この声を聞いただけで魂が震えるような、そんな雄たけびだった。
まったく、これだから戦闘狂どもは。
そんなこんなで王様にも“D”の名と妖力をちょびっとだけ与えた。
喜んでくれたならそれでいい。
またこの国に来てもいいかなとも思う。
自分で制限をかけていたとはいえ、メイリンも思い切り戦えて随分と楽しかったみたいだし。
ああそうそう、グングニルはちゃんと回収してきた。
王様は欲しがったけど、さすがにあればっかりはね。
世界を統一したらプレゼントしてあげる、とは言っておいたけど、まぁ無理だよね。
まぁほんの一時、気まぐれみたいな交錯ではあったけど楽しかったのは確かだ。
刹那の交わりを終えて、私たちはまた旅に戻る。
ミドルネーム・D
当初のプロットでは本作の紅美鈴はスカーレット・D・メイリンになる可能性もあった。
Dの意思とは一体……?
神槍『スピア・ザ・グングニル』
フランの姉、レミリア・スカーレットの使うスペルカード。
おぜうさまは本編に出してあげられないので技だけでも登場機会を。
高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する
銀英伝のアンドリュー・フォーク准将の名言もとい迷言。
高度“な”ではないことに注意。
「要するに、行き当たりばったりということではないかな」
本作のストーリー進行のことでもある。