東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~ 作:すずひら
・王の息子ボーイ君の頑張り
・足の無い当代の
メイリンは激怒した。
そりゃあもう怒りがオーラとして可視化するほどに激しく怒った。
髪は逆立ち、噛み締めた唇から血を流し、瞳は殺気を孕んで爛々と輝いていた。
龍の逆鱗に触れたら、きっとこうなるんだろう。
ああ、そうだ、私はそれに触れてしまった。
私たちはもう、分かり合えない。
対立は決定的なもので、お互いを認めることができない。
彼女の言うことを、私は到底受け入れることはできないのだ。
そして彼女はもまた私のことを断固として受け入れられない。
「ごめんなさい、妹様。――いえ、フランドール・スカーレット。私はあなたに従えない。あなたの思想を認められない。認めたら、私は私でなくなってしまう」
血の涙を流しかねない苦悶の表情で、彼女は言う。
「私は、
それは自分以外の存在を――それこそ私のことすら――考えず、世界のことも放り投げて、すべてを思考の埒外にして。
ただただ自分の我儘を、譲れない一線を守るための決意。
とっても愚かで、だからこそ愛おしい。
ああ、それは実に、実に人間的な宣言だった。
だから私は彼女の反逆を認めて、彼女の敵になった。
その日、紅美鈴は――世界と私に、喧嘩を売った。
って、突然言われても何のことだかわからないよね。
まずはこうなった経緯と原因について話そう。
私は統一王国に客人の身分でもてなされ、連日国内を観光していた。
王が気を利かせてくれたのか忙しいだろうにボーイ君を案内人につけてくれ、楽しい日々を過ごさせてもらった。
観光名所はもちろん、統一王国の為してきた研究成果にも目を見張る物が多い。
特にボーイ君が手掛けた一番の成果――オールブルー実験はとても興味深い。
オールブルー実験。
ワンピース計画が最終段階まで成功したとき、この世界の4つの海は一つになる。
その際に何か致命的な失敗――例えば生態系の破壊など――が現れないかを研究しているのだ。
なにせこの世界の海は前世の海に比べても特殊すぎる。
かつての世界では太平洋、大西洋、インド洋と海は別れていたけれど、その境目はどこにあるのかなんて明確な境界線は引けないほどにそれぞれが密接に関わり合っている。
ところがこの世界ではレッドラインという物理的な境界、カームベルトに棲む海王類という生物的な境界によって明確に4つの海に別れてしまっている。
大陸の下では深層海流とかで一応海自体は繋がっているけれど、直接一つの海になることで現れる影響は決して無視できる規模ではない。
この研究自体はワンピース計画の初期の初期から行われていて、例えば水位の問題など物理的な影響については既に問題ないと結論が出ているそうだ。
しかし生態系の問題だけは長年机上の空論となりがちで結論が出ていなかった。
そこに現れたのが当時まだ十歳だったボーイ君だ。
彼は年に見合わぬ聡明さを発揮し、モデル実験を経てついには小規模な世界の縮図とも言える実験場を完成させた。
イメージとしては琵琶湖くらいの大きさの水槽に世界中の魚が収められている感じ。
勿論回遊魚だったり深海魚だったりを含めた完璧なものではないけれど、これが完成したことで研究は飛躍的な進歩を遂げ、現在では想定されるあらゆる問題に対して対処が可能との結論が出るまでになったそうだ。
このオールブルーの形成には、水棲生物に命令を下せるポセイドン――リリファの力が大きいとはいえ、道具を適切に使い結果を出したのはボーイ君だ。
彼はこの研究成果でもって国内に広く認められ、のちに武闘大会でも強さを見せつけたことで、次期王の地位を盤石のものとした。
オールブルーは私も見せてもらったけれど、正直その出来には舌を巻いた。
最初は小学生の自由研究、アリの観察とかそういう自然観察の延長だと思っていた。
違う。
ただ実験場をつくっただけではない。
そこに住む魚の一匹、貝の一枚に至るまでに
これはもう、プログラム上のシミュレーションを現実にしたものだと言っていい。
なんて恐ろしく、なんて残酷な実験場だろう。
生物実験がどうとか、倫理がどうとかいう次元じゃない。
そこに住む全ての生物が、意思を奪われ命令によってのみ生きて、死ぬ。
そしてそれを命令しているのは、それら水棲生物と
虫をカゴに入れて観察するでも、ロボットに命令を下すでもない。
この実験場をつくった者は何を考えていたのだろう。
これほど恐ろしく残酷で非人道的で悪魔的な――それでいて甘美な実験場を。
背筋がゾクゾクした。
これはある意味で、神の視点だ。
神様が作った箱庭。
神様の、真似事。
あるいは、私と価値観を同じくする者か、と。
まあ、後日リリファと出会ってベクトルが違うと知ってちょっとだけがっかりしたんだけど。
とにかく、まあ私はいろいろと凄いものを見て楽しく過ごしていたわけ。
ところがどっこい、メイリンは違った。
彼女はまず滅ぼされたというジャヤ、シャンドラを見に行き、その後は世界をぐるりと巡って情勢を見てきたらしい。
そして、統一王国の支配政策を批判した。
特に、敵対的な国の国民や、魚人などの亜人種を奴隷として支配していることに関しては、不倶戴天とでも言うべき苛烈さで否定した。
正直、これはちょっと意外だった。
私は支配政策が悪いとも思っていないし、奴隷制を忌避してもいない。
支配だって、発展のプロセスには不可欠だろうし長期的に見て問題には思えない。
例えば文化の侵略。
それもまた生物の営みだろうし、そうして洗練され、また分かれていく、それが文化というものだろう。
私みたいな異物が一方的にやるよりは、この世界の住人がやるほうがよっぽどいいしね。
思えば土の民に教育を施し、この世界に日本語やら地球の文化なんかを広めてしまった私こそが最大最悪の侵略者なのだから。
それにくらべれば可愛いものだ。
奴隷制にしてもそれはそういうものだろう。
かつてスカーレット海賊団を率いていた際には思うところがあった。
だけどそれは私という(実力的な意味での)絶対者が率いていたから。
そういうふうに彼らを歪めてしまうことを恐れていたわけで、奴隷制そのものに対してどう、ということはなかった。
確かに、ひどい扱いを受けていたメイリンの姿を見たときには憤ったりしたけれど、あれは目の前の
まだ前世の人間性が強く残っていたあの頃ですら、私は奴隷制に対して「人間が人間の首に鎖をつけるなんて、吸血鬼の私からすれば犬が犬に首輪をつけるように滑稽なこと」だとルミャに語っていたほどだ。
だから私はむしろワンピース計画の成就のためには敵国を支配して奴隷として扱うことも必要だと思っていたし、そのあたりのことをメイリンに懇切丁寧に説明した。
ほとんどまる一日かけて論理的に合理的に、メイリンを説得しようとした。
ところがわからず屋のメイリンは聞く耳持たず、感情的に反論してきた。
私はあくまで冷静に大人の対応を心がけたけど、駄々をこねる子供のように聞き分けなく支離滅裂な主張を繰り返すだけ。
もうね、さすがの私も匙を投げたよ。
なんで私の言ってることがわからないかなあ。
なんでわからないのかがわからない。
普通に理性的に常識的に考えたらわかるはずなんだけどな。
しかもいつのまにか話題をすり替えて、やれもっと身だしなみに気をつけろだとか風呂上がりに裸でうろつくなとか寝る前には歯を磨けだとかうるさいこと言うし。
しまいには目玉焼きに醤油をかけるのはやめろとか正気?
わたしがどれだけ苦労して醤油とか味噌とか日本食を再現したか知ってるわけ!?
目玉焼きを作るときは既に塩胡椒で味を整えてあるから余計だ、って知るかそんなこと。
あーもうね、温厚で気が長い人格者のフランさんもね、これには怒り心頭だよね。
そんなに言うならこっちだって言わせてもらうけどね、メイリンの作る卵焼きは前々から気に入らなかったんだよね。
しょっぱいうえにツナやらノリやらいっつも何かしらの具材混ぜてあるアレね。
何なのあれ、見た目の色合いも悪いし、何でもかんでも混ぜればいいってものじゃないでしょ。
あれかな、美味しいもの×美味しいもの=凄く美味しいものとかいうお子様理論かな?
それとも胃の中に入っちゃえば全部一緒とか?
ほんとね、理解できないわ。
卵焼きっていったらきれいな黄色でふわふわした甘い卵焼きが一番でしょ。
しょっぱい卵焼きとか混ぜものとか何考えてるの。
混ぜものっていったらカレーにも色々混ぜるもんね。
大豆とかこんにゃくとかキノコとか鰹節にブロッコリー、バナナまで入れたことがある。
しかも常にピーマンとナスが入ってくる。
コレガワカラナイ。
夏野菜カレーだっていうならまあ、分かるよ?
でもね、普通のカレーにピーマンとナスは異常だよ。
メイリンは得意の中華料理だって信じられないことするからね。
酢豚にパイナップルを入れない!
これはもう酢豚への冒涜だよ。
酢豚のパイナップルは入れるのが本場。
中国は清朝の時代に欧米向けの料理店で高級感をだすために高級食材だったパイナップルを入れたのが始まりだからね。
だいたいあの甘酸っぱい感じがないと酢豚じゃないじゃん。
肉を柔らかくするために生のパイナップルに肉を漬けて仕込みをしてくれたら尚良し。
料理に果物を入れるのはカレーにすりおろしたリンゴを入れるのと同じで隠し味としてはごくごく一般的。
そんななかで全く隠れていないあの可愛いパイナップルをこそ、私は愛しているというのに。
それなのにあの似非中国人は「酢豚にパイナップルなんて入れたら料理が台無しになるじゃないですか」とかぬかしおる。
はー、もうね、ほんと信じられない。
いつも料理は作ってもらってる側だからね、私も今までそんな強くは主張してこなかったよ。
クソ不味くて食べられないってわけじゃないし。
でもね、目玉焼きに醤油をかけるなとまで言われたらね、戦争だよ、戦争。
ああ、悲しいね、人は分かり合えない生き物なんだね。
そんなこんなで双方の主張は平行線を辿り、いつしか言い争いになり、掴み合いの喧嘩になった。
結局その後メイリンは、「実家に帰らせていただきます!」とでも言わんばかりに飛び出した。
その際の捨て台詞が、冒頭のものである。
★
「つまり痴話喧嘩よね?」
「まあ、そうですね。大変仲がよろしくて羨ましいことです」
とある島に二人の女性がいた。
片方は輝く銀髪の妙齢の女性。
その服は赤と青が半々に塗り分けられたような個性的なものだが、落ち着いた雰囲気からか奇妙には見えず、むしろ神秘的な美しさがあった。
しかし、もう片方はそれ以上に「美」を人間の形にしたらこうなるのでは、というほどに美しい射干玉の黒髪に薄い桃色の和服を着た少女である。
二人は
フランとメイリンとにとりが月に遊びに来ていた際に今度は地上においでよと誘われていた二人は、フランたちが地上に帰った後すぐに行動を起こしていた。
ちなみににとりは月でロボットの開発に夢中になっているので置いてきた。
そして、フランから聞いていた地上の名所を巡っているのだった。
「あら永琳。なら私達も痴話喧嘩してみる?」
「ご冗談を、姫様。ところで、その手に持ったものはなんですか?」
「さあ。なんか転がっていたわ。死にかけね」
「見たところあと一日もせずに死にそうですね。子供ですし群れから逸れたのでしょうか」
「永琳、あの薬ちょうだい。不老不死になるやつ」
「別に構いませんが……飼うのですか?」
「ええ、なんだかもふもふしていて気持ちいいし。……ん、ありがと。これで死なないわよね?」
「治療だけなら別の薬でも良かったのでは?」
「だって大きくなったら飼えなくなるかもしれないじゃない」
「まあ、構いませんが」
「じゃあはい」
「私に持てと?」
「小さくても結構重いもの。私は箸より重いものを持つ気はないわ」
「仕方ありませんね」
そう言うと永琳は輝夜から手渡されたモフモフした少女に薬品をぶっかけた。
兎耳が生えた少女は海から漂着したようで、ボロボロの服には海水が染み込み乾いた跡である塩が付着しており、少女自身もたいそう薄汚れている。
永琳はそんな物体を手に取るのを嫌がり、消毒薬をぶっかけたのである。
ちなみにこの消毒薬、ただのアルコールなどではなく、ありとあらゆる病原菌や汚れを駆逐する凄まじいもの。
服についた泥汚れすら今やまっさらである。
もちろんそんな代物は人体に多大な悪影響を及ぼす。
当然兎耳の少女も死ぬが、そこは事前に飲ませた不老不死の薬のおかげで死なない。
はっきり言って丁寧な扱いとはいえず、ペットというよりかはまさしく物品を扱うような手際だった。
「そういえば永琳、私達ってどうやって移動してたの。なんか気づいたら瞬間移動してるけど」
「ああ、これを使っていたんですよ」
「それは
「
「ふーん。次の目的地は?」
「今まではフランにオススメされた場所を巡ってましたが、とりあえずそれはここミンクの里で終わりです」
「里って言っても跡地だけどね。つい数週間前までは健在だったのに。まったく、あの二人はほんと見ていて飽きないわ。今も録画してあるんでしょう?」
「ええ、先程の痴話喧嘩の様子もバッチリですよ。小型の飛行偵察機と軌道衛星を幾つか付けてあります」
「あはは、バレたら殺されそうね」
「彼女なら笑って済ませそうな気もしますが」
「どうでしょ。それで、結局次の目的地はどこなの」
「フランの眷属のココアという方の元を訪ねようかと。姫様にどこか行きたい場所があるのでしたら、そちらに変更しますが」
「いえ、いいわ。フランの眷属ね、どんな子なのかしら」
「おや、姫様はフランから聞いていないのですか?」
「んーあまり言いたくなさそうだったからね。意図せず眷属にしたっていうのが、私の境遇と被るのかしらね。私は命を与えてくれたフランと永琳には感謝しているのだけど」
「なるほど、そうでしたか。……転移貝の準備ができましたが、大丈夫ですか?」
「ええ、いつでもいいわよ」
「では」
永琳の声とともに二人の視界が瞬時に切り替わる。
崩壊したミンクの里跡から、どこかの島の海岸線に。
眼前にはとてつもなく大きい大樹がそびえ立っているのが見える。
「――ん、成功かしら?」
「そうですね、特定人物の情報を入力して衛星から居場所を探知するシステムも正常に動作していますから。今回は誤差五メートルといったところでしょうか」
「五メートルって、それ一歩間違えたら「石の中にいる」状態になるんじゃないの?」
「一応保険はかけてありますよ」
「……ホントかしら。蓬莱人の私達がそうなったら、そのうち死にたいと思っても死ねないから考えるのをやめた、とかなりそうで怖いわ」
「さて、ここがココアさんのいる場所のようですが」
「島かしら。それにしても大きな木。地上は面白いものがいっぱいね」
「ええ、凄まじい大きさですね。樹齢何年くらいなのかしら」
「樹齢は四千年以上、フラン様と同い年くらいの大樹ですよ。私達は全知の樹と呼んでいます。この世界の創生期からすべての時の流れを見てきた樹ですから」
「へえ、私よりも歳上なの。驚いたわ。――それで、貴女がココアさん?」
「ええ、私がココアです。親しみを込めて小悪魔のこぁとお呼びください」
現れたのはココア、フランの眷属である小悪魔の少女である。
種族は悪魔なのだが謙遜と名前との類似から小悪魔を名乗っている。
血のような赤い髪にコウモリのような羽、一見して人間ではないと分かる彼女ではあるが、永琳と輝夜は特に動じもしない。
というかむしろ彼女たちの知り合いには純粋な人間など一人もいないのだが。
「ええ、よろしくね、こぁ。私のことは輝夜でいいわ」
「私のことは永琳と。よろしく、こぁさん」
「ええ、よろしくお願いしますね、輝夜さん、永琳さん。しかし、永琳さん、フラン様のことを呼び捨てであるならば私のこともそうしてください」
「フランは私の友人ですから」
「ふふ、では私もいずれ友人になれることを望むばかりです」
「……あなたたち、フランのこと好きすぎでしょう。お互いの関係が気になるのもわかるけど、もう少し抑えなさいな。永琳の背中のウサギも、こぁの後ろの方にいる紫色のも、怯えてるわよ」
「あら、失礼」
「おっとっと、私も失礼しました。それではお先に家の方まで案内しましょう。パチュリーさん、先に戻っておもてなしの準備をしておいてください」
「は、はいっ」
そう言うと物陰に隠れて永琳たちの方を窺っていた紫色の服を着た少女は、その場からパッと消えた。
「今のは……」
「あとで紹介しますが、うちの……同居人、でしょうか。この島には私と彼女しか住んでいないので。先程のは転移魔法ですね」
「あの年で魔法が使えるなんて凄いわね」
「ふふ、私が仕込んでいますからね。永琳さんがお持ちのそれも、そうでしょう?」
「ええ、この貝の開発にはフランに随分と協力してもらったわ」
一行は大樹の根本まで会話をしながら歩く。
なおその間、目覚めたら意味不明な状況に放り込まれていた兎耳の少女は、いまも無言でぶるぶると永琳の背中で震えている。
ちなみにこの少女、ミンクの里にゾウが襲撃をかけた際に家族を殺され自身は気絶して海に放り出されてのちに漂着して死にかけていたり、拾われて命が助かったと思ったら知らないうちに勝手に不老不死にされ永久
「さて、ここが私達の家です。パチュリーさんを除けば初めてのお客様ですね。ようこそ、ヴワル魔法図書館へ!」
こぁが案内したのは全知の樹と呼ばれる大樹の根本にある家だった。
家は三階建ほどのかなり大きなもので、木の根にすっぽりと嵌まるように、あるいは埋め込まれているかのように建っていた。
「あら、いい家ね。素敵なデザインだわ」
「ほんと、あれはステンドグラスかしら。綺麗じゃない」
外見にも高評価を下した二人だが、こぁに案内され中に入ると、更なる感嘆の声を上げた。
背負われたウサギに至っては驚きのあまりつぶらな瞳をこれでもかというくらい見開いている。
「これは、驚いたわね……」
「すごい広さね。どう見ても外見以上じゃない。それに天井まで埋め尽くすこの本の量。人間には一生かかっても読めなさそうだわ」
「内部は魔法によって空間が拡張されていますから。高架にも魔法がかけてありますから本を取るのも見た目以上に簡単ですよ」
図書館の内部は天までの吹き抜けになっており、恐ろしく背の高い本棚がところ狭しと乱立している。
中には宙に浮かんだ本棚や足場などもあり、図書館という言葉から想像する静のイメージからはかけ離れた動的な内装である。
「まあ、あちらの方はまたあとでということで。まずは居住区の方へご案内しますよ」
そう言うとこぁは図書館の地下に繋がる階段に二人を誘う。
そうして案内された居住区もこれまた恐ろしく広く、不思議な空間だった。
ほんの少し階段を下っただけのはずなのに、地下から見上げる天井は遠い。
しかも地下だというのに天井や左右にある窓から日光が差し込んでいる。
「驚かされっぱなしで少し悔しいわね。フランも大概だとは思っていたけど、ここは彼女にも劣らないわ」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいですね。なにせ私が三百年かけて作りましたから。でもまあフラン様ならこのくらいのこと、一年もかからずできると思いますけどね」
一行は応接室のような場所に通される。
ソファーには永琳、ウサギの少女、輝夜の順で座り、何故か真ん中に座らされて逃げ場のない少女は顔面蒼白でぶるぶると震えていた。
子供ながらにミンク族特有の動物的勘で、周囲にいるニンゲンたちの実力を感じ取っているのだから無理もない。
無謀な逃走を企てたり、泣きわめいたりしないあたりは十分に賢く、自制できている証左だった。
そのまま他愛ない会話を――若干一名が針のむしろではあるが――していると、扉がノックされ先程消えた紫の少女が現れた。
「失礼します……お茶をお持ちしました」
「ありがとうございます、パチュリーさん。さ、永琳さんと輝夜さんと……そちらのお嬢さんもどうぞ」
ウサギの少女は最後まで戸惑っていたが、こぁの優しい口調に意を決したようにお茶を手に取り、ぐっと一気に飲み干した。
そしてその美味しさに驚き目をまん丸くして驚いているのを見て、こぁはくすくすと笑う。
全員が一息ついたところで、こぁが切り出した。
「さて、それでは改めて自己紹介でもしましょうか。私はこぁといいます。フランドール・スカーレットの第一の眷属にして忠実な小悪魔。今はここ、ヴワル魔法図書館の管理者兼司書長を務めています。では次、パチュリーさん」
「は、はい。私はパチュリーです。こぁさんからノーレッジの姓をいただきました。ちょっと事情があってここでお世話になっています。一応司書なので何かあればお申し付けください」
「ん、じゃあ次は私ね。蓬莱山輝夜よ」
「私は八意永琳。そちらは月の姫で私がその従者、とでも思っていてちょうだい。今は地上の観光中で、フランの眷属というあなたに会いに来たの」
そこで話は一旦途切れ、四対の瞳がウサギの少女を見つめる。
しかし、少女が怯えて震えるだけなのを見て、永琳が代わりに口を開く。
「で、この子はついさっき死にかけで倒れていたところをうちの姫様が戯れに助けたの。あなた、名前は?」
「わ、私? ……名前はない。ウサギのミンクは子だくさんだから大きくなってから名前をつけるの」
「そう、それじゃシロって呼びましょ。シロウサギね」
「え、あ、うん。……あの、まだよくわかってないけど……助けてくれてありがと……」
「気にしなくていいわ。その代わりモフモフさせてね」
「え、モフモフってなにを……うわっ!?」
いうが早いか月の姫はウサギの少女を抱きかかえ、耳や尻尾をモフモフモフとモフり倒す。
敏感な感覚器や神経が多く通る尻尾まわりを容赦なく弄くられる少女はあられもない声を上げて必死に逃げ出そうとするが、月の姫はそのたおやかな姿からは想像もつかないほどに力が強く、まったく抵抗ができない。
くんずほぐれつ絡み合い嬌声をあげる様子を見て、月の賢者はため息をついた。
「悪いわね、見苦しいものを見せちゃって」
「いえいえ、まあ、うちの子にはちょっと刺激が強いみたいですけど」
そう言って苦笑するこぁの視線の先には、顔を真っ赤にしつつも絡み合いから視線を外せない紫の少女がいた。
「それで、永琳さんたちはこのまましばらく滞在していかれますか?」
「あら、いいの?」
「ええ、勿論。ここは知を求める者なら誰でも来る者拒まずの図書館ですから。もともとは単なる情報収集用の拠点だったんですけどね」
「収集? 集積ではなくて?」
「ええ、ここにある本は世界中からリアルタイムで複製転移魔法で集めたものですから。さらに言えば本だけではなく、ありとあらゆる情報が自動で活字化され製本されるようにシステムを組んでいます。まだ印刷技術はさほど進歩していませんからね。発行された本だけではさほど数がないんですよ」
「……本当に、凄まじいわね。ここに座っているだけで世界中の情報を掌握できる……まさに悪魔的ね」
「あはは……まあ、集めるだけだと寂しいから図書館にしよう! と思いついたはいいものの、三百年も一人で篭って作業してたらいつの間にかこんなになっちゃったんですよね」
「まぁそのあたりはのちのち詳しく聞かせて頂戴。なかなか面白そうだわ」
「ええ、私も正直この子の扱いに困っていたところですから。よかったら永琳さんも少し教育してあげてください。小悪魔の私だけだとどうしても限界があって」
「お世話になるんだもの、そのくらいはやらせてもらうわ。――そういえばこの島に名前はあるのかしら。一応月にいるにとりに、ここにしばらく滞在する旨を知らせておこうと思っているのだけど」
「島の名前ですか。ええ、もちろんありますよ。ただ、この島は周囲に何もない孤島ですから、どこの地図にも載ってはいないというか、まぁ言ってしまえば私が勝手につけた名前なんですが……」
「歯切れが悪いわね。安直に大樹の島とでも名付けたのかしら?」
「んー、いえ、フラン様の命で始めた情報収集でしたから名前もフラン様を連想させるようなものを、と色々考えた結果発想が飛躍してしまって。やっぱり一人で考え込むのは駄目ですよねぇ。永琳さんはこんな言葉を知っていますか?」
そう言って、こぁは空中にすらすらと文字を書いた。
After all, tomorrow is another day!
文字を形作る魔力光は
「英語? フランから一応習いはしたけれど……「なんと言っても明日は別の日」、かしら」
「ええ、他には「明日という日がある」もしくは「明日は明日の風が吹く」なんて訳されたりもするらしいですが……むかしフラン様がお書きになった本の一節です。その本の主人公の名前を島の名前にしたんですけども、まぁ分からないですよね。その本もこの図書館にあるので、よければ読んでみてください」
「……What is the name of this island, “after all”?」
「あはは、手厳しいですね……正直名前の由来は“大海原”にぽつんと浮かぶ島だからってことでもいいんですけど」
「――この島の名前は、オハラ。この世全ての叡智、その最終到達点。全知の樹とヴワル魔法図書館を擁する、智者の楽園ですよ」
メイリンは激怒した
字面が似てるから文体をメロス風にしようかと思ったけどあまりにもシュールすぎるのでボツに。
逆鱗
龍の持つ81枚の鱗の内、喉元の鱗だけは向きが逆に生えていて、ここを触ると怒り狂って問答無用で殺される。
メイリンにもあるらしい。
ゲームだとよく素材として乱獲される。
オールブルー
サンジが追い求めている夢なのに随分ひどい代物に。
でも料理人的には生態系への配慮とか考えてもむしろ管理された水槽の方がいいのか……?
まぁワンピース計画成就後の世界の海は全部オールブルーになるから……。
痴話喧嘩
食べ物に関してはフランがそう思っているというだけで、特定の何かを貶めたりなどの意図はありません。
八意永琳と蓬莱山輝夜
名前だけでなく苗字に関してものちにフランにつけてもらった(という設定な)ため由来はあるんですが、今後本編で描写する場所あるかな?
不老(不死)の薬
かつては覇気が未熟な者が使用すると死亡したが改良済み。
その代わり服用すると勝手に強大な覇気に目覚める。
頑張れウサギミンクの少女!
ヴワル魔法図書館
原作でパチュリーのいる図書館は「紅魔館図書館」であり、「ヴワル魔法図書館」はパチュリーの曲名で両者は別のもの。
本作には紅魔館が出てきていないのでヴワルの方を採用。
パチュリーを顎で使う小悪魔が見れるのはこの作品だけ!(作者調べ)
After all, tomorrow is another day!
「風と共に去りぬ」の最後のシーンで主人公スカーレット・オハラが言う台詞として有名です。
有名な日本語訳は「明日は明日の風が吹く」。
スカーレットとオハラ、これはもう運命だなんとかして使ってやろう!としてこんなことに。
「……What is the name of this island, “after all”?」
after allは文頭だと永琳訳のように「なんと言っても」などの意味ですが、文末に使用すると「結局」などの意味になります。
そんな感じでこぁが出してきた英文を利用して咄嗟に皮肉を言えるくらい頭がいい永琳像を描写したかったけど分かりにくすぎる。