東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~   作:すずひら

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前回のまとめ
・天竜連合発足
・幸運の素兎の日々


戦争の行方と賢者の目覚め

「ヘイ、ボーイ。調子はどうだい?」

 

「あ、将軍。お久しぶりっす。調子はまあ、最悪の一歩手前っすかね……」

 

「ガハハハハ、そりゃそうだ。俺も報告を受けて耳を疑った」

 

「王も宰相も中でお待ちっす。僕らも早いとこ入りましょう」

 

王宮前、偶然将軍と出会った。

将軍は実力なら統一王国内で俺に次ぐナンバースリー、指揮権は王に次ぐナンバーツー。

統一王国には各地域の統括を行う"方面将軍"も含め二十の将軍がいるが、その頂点に立つ、"統一将軍"ジェニラ。

彼は脳筋のきらいはあるが、その分扱いやすいし優秀な駒だ。

実力で俺に負けているが、敵対心よりは尊敬の方に針がふれているのもいい。

 

「しかし、天竜連合、か。どう考える、ボーイ」

 

王宮の廊下を歩きながら将軍が話しかけてくる。

これからそのことについて王を含め会議を行うんだが、その前に聞いてくるってことは自分の立ち位置を決めかねているんだろう。

彼は自分の頭が良くないことを自覚しているから、宰相あたりに転がされないようにという保険、か。

 

「真正面から叩き潰す他、ないんじゃないっすか?」

 

相手が連合を組んだというのは、外交がやりやすくなったということでもある。

宰相もそっちの方向で考え始めているだろう。

俺たちだって、すべてを滅ぼして統一を行いたいわけじゃない。

統一後の世界で暮らす民だって必要なのだから。

しかし、だからこそ将軍には主戦論を唱えてもらった方が会議の行く末はコントロールしやすい。

 

それに、相手の動きが早すぎる。

今までも国と国で協力してこちらに対抗してきたところはあったが、こんなにも短期間のうちに二十もの国が手を組むなどなにか裏があるに決まっている。

……リリファは様子を見るべきだと言っていたが、俺は徹底的に叩き潰すしかないのではと思っている。

これほど動きの早い相手なら、手をこまねいているうちにどんな事態になるかわかったものじゃない。

 

クソっ、せっかくこれまで戦況をコントロールしてきたってのに。

今統一戦争に勝っても負けても、俺の目的を達することはできない……。

 

王宮の会議室の扉を開ける。

普段なら扉の警護をしている衛兵がいるが、緊急性が高い議題だからか近衛兵すら人払いされている。

まあ王宮内に危険などないし取り次ぎなどを行うだけなんだが……情報漏洩は気になるところか。

 

会議室の中には、王と宰相が二人、東の海、南の海の方面将軍らが四人、そして、フランドール・スカーレット。

普段は会議なんかには参加していないのに居るということは、それだけマズい事態なのか……?

 

「揃ったようだな」

 

父の――王の号令で会議が始まる。

議題は勿論天竜連合について。

詳細な報告は聞けば聞くほど信じられない内容だった。

あまりにも対応が早すぎる。

たとえ以前から着々と準備を重ねていたとしてもここまでの動きは不可能だ。

この段階で既に兵力が集結しつつあるなんてどんな手品だ。

先日こちらによこしてきた使者と要求に対する返答すらまだ届いていないはずなのに。

 

会議は予想通り紛糾した。

 

相手の動きの不気味さに対して慎重に様子を見るべきと主張する宰相派、態勢を完全に整えられてしまう前に叩くべきだとする将軍派。

現状はやや将軍派が優勢。

ジェニラが唱えるのは、今のところ戦況は良好にきているのだから、多少の不安要素で足踏みをするよりはさっさと叩き潰してしまえというやや乱暴な論。

そして、皆がどちらかに与している中沈黙を保っているのは王と……フランドール・スカーレット。

 

「さて、概ね出揃ったようではあるが、ボーイ、お前はどう考える」

 

さて、どうするか。

情報は限られてはいるが、どうにもこの速度の相手の動きから考えるに相当に強力な指導者が現れたように思う。

統一された意思なくしてはここまでの動きは不可能、ならば……。

 

「叩くべきじゃないっすかね……将軍と同じ考えっす。ただ、いつもよりも偵察船を多めに出しましょう。どうにも不気味で怖いっす」

 

「ふむ……そうか。よし、その案で行く。流れは今我らにある。確かに天竜連合のことは重大事ではあるが、もともとさらに戦況が進めば完全に追い詰められた者同士で連合を組むだろうことは予測されていた。粉砕するのが今になったか後になっていたかの違いだ。皆、気を引き締めてかかれっ!」

 

三時間に及ぶ会議が終わる。

会議の流れは望み通りにコントロールできた。

元より我ら統一王国は敵国すべてを一度に敵に回しても十二分に勝利を収められると確信している。

それほどに国力に差があるのだ。

第一既に世界の半分以上は手の内にある。

だから、天竜連合のこともそこまで心配はしていない。

 

……ただひとつ、会議中一言も言葉を発しなかった、あの化物の顔だけが。

にやにやと、まるで観劇でも楽しんでいるような、あの顔だけが……俺の心に暗い染みを残していた。

 

 

 ★

 

 

あの会議から半年。

戦況は驚くほど悪い。

優勢だったはずの統一王国軍は次々と破られ、前線が押し込まれる。

対処のためにこちらが戦力を集中させれば、突如全く別の場所に現れて撹乱を行う。

その状況が本部に届いたときには既に手遅れ。

こちらの動きをすべて予測しているかのように迅速で的確な用兵だ。

 

また、天竜連合側はそれまで操っていた船よりも数段上のものを大量に用意し、一斉に反転攻勢。

あらゆる罠をするりと抜けるばかりか、東の海、南の海全域のーー海図などないはずなのにーー厄介な海域も見事に避けている。

そしてあたかも遠く離れた船同士が意思疎通をはかっているかのような即時の連携。

手旗信号が届かない距離どころか、煙信号すら見えない距離での連携だ。

撤退の判断などもまるですべての船に総指揮官が乗っているかのような動き。

俺もすでに二度海戦で負けた。

 

被害は甚大で、軍の四分の一の喪失、攻略の指揮をとっていた将軍が三名死亡、一名が再起不能の重傷だ。

あの会議に参加していた者らである。

その穴埋めに北の海と西の海の方面将軍らを呼び寄せることになった。

また、指揮能力のある下士官も通常ではありえない損耗率で大勢やられている。

これは相手が的確にこちらの本陣、本船を襲撃しているためだ。

 

総じて、悪魔的。

常識では信じられないことが幾度も起こった。

 

だが、大量の犠牲を払い、得たこともある。

一つは、電伝虫。

もう一つは、大砲。

これこそが奴らの力の源。

 

電伝虫は奇妙な形状をした小型の生物であるが、驚くべきことにこいつらは遠く離れた二個体間で音声のやり取りができるのだ。

天竜連合はこれを使い、あの魔術的な用兵を成功させていたのだ。

 

この電伝虫、文献にあたるとどうも以前に俺たちが滅ぼしたシャンディアらが住むジャヤという島にて発見の報告があった。

ただし、この通信能力までは判明しておらず、単に奇妙な形状の生物としてのみ。

仮にシャンディアらを滅ぼさずに恭順させることができていたなら、電伝虫のことも事前に知れたのかもしれないが……。

いや、詮無いことか。

 

 

調べてみると俺たち統一王国の本陣にもひっそりと電伝虫が潜入していた。

こいつを通して俺たちの作戦も筒抜けだったというわけだ。

俺たちは兵力では勝っていても情報の戦いにおいて、同じ土俵にすら立っていなかった。

 

このことはすぐに統一王国軍全軍に通達され、徹底的な駆除を行った。

鹵獲しこちらが利用することも考えられたが、どうやっても仕組みが解明できなかった。

研究者にサンプルを渡し調べさせてはいるが、早々の実用は困難だろう。

 

そして、大砲。

我ら統一王国には大砲というものが存在していなかった。

侵略は基本的に船で軍隊を送り込む形で行われていたし、敵対勢力が大規模な船団で対抗してくることもなかったために、これまでは船に乗り込んでの白兵戦で決着を付けてきた。

 

しかし、奴らの用いてきた大砲はまるで古代兵器プルトンの小型化に成功したかのような代物で、我らの船を一撃で沈めることすらあった。

奴らはこちらの行く先々に待ち伏せしており、接敵すらままならぬままに沈められた。

 

……だが、これで奴らの強みは分かった。

こちらの情報漏洩は防いだからあと警戒すべきは即座の情報伝達のみ。

軍が半壊したとはいえこちらはまだまだ兵数で勝っている。

大砲での奇襲による被害さえなければまだ勝ち目はある。

北の海、西の海から徴兵することでさらなる余裕も持つことができる。

 

ならば、情報があったところで、大砲を用いたところでどうしようもないレベルで圧殺する、これしかない……!

 

このタイミングで北と西を手薄にするのは"計画"上の障害になるかもしれないが……いや、将軍らを剥がせたことを考えればむしろプラスに持っていくこともできるか?

 

計画の変更が必要だ。

そうさ、この天竜連合の存在すら計画に組み込み、目的を果たせばいいだけのこと……。

俺の敵は天竜連合などではないのだから……。

 

 

 

 

「あはは、苦戦してるねえ、君の王子様」

 

「もう、楽しそうに笑わないでくださいまし、フラン様」

 

「楽しいんだから仕方ないじゃん」

 

魚人島の王宮、その奥の宮で私と人魚のお姫様リリファは和やかに談笑していた。

机の上に置かれた水晶玉にはうんうん悩んでいるボーイ君の姿が映し出されている。

 

ここを初めて訪れたのはだいぶ前になる。

確かボーイ君と出会った翌日かその翌日くらいにお忍びでやってきた。

 

私を見たリリファは少し驚いた様子だったけど、取り乱した様子もなく実に朗らかに「いらっしゃいまし、フラン様」と出迎えてくれたものだ。

 

リリファ。

今代のポセイドン。

リーフィーシードラゴンの魚人で、美しい外見を持つものの、足の付け根から先がなく儚い印象を抱かせる娘だった。

顔はレヴィアによく似ている。

 

彼女の足は先天的なものではない。

統一王国が彼女を兵器として扱うため、逃亡の阻止と徹底的な服従のために切り落としたものだ。

切り落としたのは当時五歳だったボーイ君。

その頃から非凡な剣の才能を見せていた彼は眉一つ動かさず、見事に一刀両断してみせたという。

それ以来彼女はこの光も射さない奥の宮から一歩も出ることなく、兵器としての能力をただひたすらに磨いている。

 

ここにやってきたのは単純な興味本位、好奇心だった。

どんな娘なのか気になって来て、ひと目見て、少し話して、一気に惹かれた。

不思議な娘だった。

どういう精神性をしていればこうなるのか。

ある意味では狂気(こちら)側の住人だ。

 

それ以来私はボーイ君の目を盗んでちょくちょく訪れている。

夫の不在に妻を訪ねる間男みたいでちょっと楽しい。

 

「それにしても電伝虫かあ。メイリンもやるなあ」

 

「意外な使い方でしたか?」

 

「うんにゃ、ごく普通だけどメイリンが使うってのがねー。割と月関係は毛嫌いしてると思ってたんだけど」

 

「月、ですか」

 

「そうそう。あの大砲積んだ新型船も、どうもにとりの手を借りてるっぽいんだよねえ」

 

私はこうして時々雑談の中に色々な情報を混ぜて話している。

だけどもどうにもこれらの情報は他に流出していないようで、リリファは私と会っていることすらボーイ君に話していない様子。

彼女の中では私との密会はどんな扱いになっているのやら。

 

「まあ正直この世界の情報伝達システムは未熟にすぎるけどね。未開地の開拓速度に技術の発展が追いついていないせいもあるんだけど」

 

「お手紙を出しても届くのは数月後なんてよくあることですものね。届かないこともままあるようで、主人がよく愚痴っていましたわ」

 

「念話はともかく伝書鳩くらいは生まれてても良さそうなもんなんだけどね。グランドラインは飛行が難しいにしても各海域内なら十分運用できると思うんだけどなあ」

 

「鳩、というとお空を飛ぶ生き物でしたかしら。私は見たことがありませんけど……」

 

「そうそう、こんなの」

 

私はマジシャンみたいに握った手をリリファの目の前に持っていき、手を開くと同時に鳩を出した。

といっても本物じゃなくて映像魔法でそれっぽく見せているだけなんだけど。

 

「わあ、真っ白で可愛らしいですね」

 

「この鳥は自分のいた場所に帰ってくる性質を持ってるから手紙を運ばせることができるってわけ。この世界でも鳩の原種っぽいのは見たからいけそうなんだけどね。もっと賢い鳥もいるだろうし」

 

ちなみに鳩の話は本音だけどこれは同時に大ヒントでもある。

海王類を操れるリリファなら鳩を飛ばすなんかよりずっと手軽で確実で速い伝書海王類が可能だ。

速度こそ流石に即時の伝達を可能とする電伝虫には敵わないにしても確実性があるから結構役には立ちそうだ。

 

って、そんなことするくらいなら海王類で敵の船沈めたほうが早いか。

そういえばなんで統一王国はリリファの戦線投入をしないんだろう。

ふと疑問に思い聞いてみると、

 

「それは私の力が強すぎるからですわ」

 

「どゆこと?」

 

「やろうと思えば一昼夜で天竜連合を倒すこともできますもの。あの海域の島を全て沈めてしまえば簡単です。でも、そんなことをしてしまえば私への警戒は一気に跳ね上がってしまいます。敵を殺せるということは味方を殺すこともできるということですもの」

 

「あー、なるほどね。ワンピース計画にはポセイドンが必要だから扱いには苦慮するわけか。下手に使うと国を揺るがしてしまうと」

 

「加えて統一王国は王が実力制なことからも分かるように実力主義の国ですから。それほど強大な力を私が持っていると知れれば現王ではなく私を担ぐ者も出てくるやもしれません」

 

「そりゃ一大事だ」

 

「ええ。そうなれば私だけでなく魚人族、人魚族や海王類を含めた種族全体を巻き込んだ争いに発展するでしょう。たどり着く未来は、全てを滅ぼすか、滅ぼされるか……」

 

ふーむ、力があるっていうのも考えものだ。

まあ私やメイリンが戦場に出ないのもまた一種のそうした制限か。

 

にしてもこの統一戦争。

やっぱり私とメイリンの代理戦争めいてきたなあ。

私も統一王国側に何かしら手助けするべきか。

 

正直なところ、ここまで大事に、そして長期戦になるとは思っていなかった。

私も含めて意地の張り合いで拗れてしまった感じ。

戦力としても、美鈴はにとりの協力を得て月の技術まで持ち出してきているし、情報操作に文と椛の手も借りてるっぽいんだよねえ。

音速以上で噂が広がるよりも早く空飛ぶ鴉天狗と世界中を見通す隠し事を許さない千里眼持ちの白狼のタッグによる新聞記者業はわりと反則な気がする。

この時代、ネットやテレビどころかラジオも新聞もない。

民衆の得られる情報なんて噂話くらいだ。

そんな中で市場占有率(シェア)100%の、しかも国の上層部の息がかかった新聞出されたら情報操作なんて赤子の手をひねるようなものだろう。

まあ文字を読める人口的に文もいささか苦労はしてるみたいだけど。

 

それに、大砲。

ラフテルにいた頃は、海上に敵対勢力なんていなかったから大砲を配備するなんてことはなかった。

専ら敵は海王類だったけど、奴らにはむしろ大砲なんて豆鉄砲は効かない。

だったら対応できる強いクルーを乗せとけばいいし、重くて場所取るだけの大砲を積み込むことなんてなかった。

それが今、船対船の戦いという環境になって大きく響いている。

新しく大砲を積み込んだ船を建造しているらしいけど果たして間に合うのか。

 

今は天竜連合が凄まじく押しているけど、電伝虫と大砲のことが判明した以上これからは地力で勝る統一王国側が盛り返すだろう。

それで五分以上には持ち込める。

 

不安要素は北の海と西の海の情勢の悪化だ。

これまで連戦連勝を重ねてきた統一王国が初めて経験する連敗に継ぐ連敗、それに民衆が不安を覚えている。

本拠を置く北の海はまだマシだけど西の海と半分が統治下にある南の海は、もともと統一王国が侵略して併合した国々ばかりなため、中には自治権をある程度保有している国も少なからずある。

今は統一王国がそれらの国の軍隊も駆り出そうとしているけど、私にはどうも悪手に思えてならない。

戦力は大事だけれど、それ以上にもっと大事なものがあることは歴史が証明している。

 

……この世界ではその歴史が未だ浅いのが問題なんだけどね。

こと争いに関しては地形や環境のせいで前世の地球とは比べ物にならないほど国同士の繋がりが持てず、人同士で争うよりも先に魔獣やらと戦ってきたために、この世界には戦争という概念がほとんど成熟していないのだ。

 

あーもう!

どうしようかなあ。

 

 

 

 

私の名前はパチュリー。

今はヴワル魔法図書館の司書になる際にココアさん……こぁさんから"知識"を意味するノーレッジの姓をいただいているので、パチュリー・ノーレッジだ。

 

私は北の海のとある国の出身で、そこでは奴隷だった。

まあ、親も奴隷だったし小さい頃にかかった病のせいで声が出せなかったから当然だ。

体も病弱で力仕事もできなかったから、いつ処分されてもおかしくない身分だった。

 

そんななか、私が生き延びたのは本のおかげだった。

まだ幼かった頃、3歳か4歳かの頃に、偶然奴隷商の書斎に入ることがあった。

私はそこで本の魅力に取り憑かれた。

 

勿論文字なんて読めやしない。

でも不思議な形をしたその模様を眺めることは、一緒に載っていた挿絵を見るのと同じかそれ以上に私を興奮させた。

 

実に丸2日、私は仕事も寝食も忘れて本に没頭した。

そして、仕事から帰ってきた奴隷商に見つかって、骨が折れるまでしこたまぶん殴られて折檻された。

奴隷商は怒り狂っていて、勝手に書斎に入って本を荒らした私をそのまま殺してしまうつもりだっただろうけど、唐突に私を殴る手が止まった。

それは床に散らばった紙に書かれた私が書いた文字を見てのことだったと思う。

 

何しろ私はその時目は腫れ上がって見えないし、鼻血どころか歯が折れて口の中を切ったのかそこからも血を流し、全身打撲で右足は骨折しているという満身創痍だったから、意識も朦朧としていたのだ。

 

床に散らばった紙に書いたのは、本棚にあった物語のうち3巻で止まっていたものの続き。

もちろん話の内容は完全に適当だ。

なんとなく、気に入った記号の並び、美しい羅列を書き記していただけのもの。

だってそもそも私はその時文字の読み書きができなかったのだから。

 

だからその適当な続きが、ちゃんとした話になっていたのは、神の悪戯か、悪魔の気まぐれか、あるいは私の天性の才だったのか。

 

ともかく、私は流されるまま気がつけば奴隷商の下で本を書く仕事をしていた。

奴隷商は北の海の豪商の一人で、趣味は本の蒐集だった。

この時代書籍の値段は高く、一部の知識人しか有すことの出来ない貴重な物だったから、その蒐集というのは大変なものだった。

特に、奥付に『代筆:賢者の石』という判が捺されているものに関してはあまりの完成度から想像を絶する値段で取引されているらしい。

噂では統一王国とかいう国から流れてきているらしい。

そんなわけで満足に蒐集活動に勤しむこともできなかった奴隷商の暇潰しのようなものだったのだろう、私に執筆の仕事を与えたのは。

だけどそれは、私にとってはこの上ない福音だった。

 

転機が訪れたのはそれから十年ほどもたってからだった。

北の海の統一王国が私たちの住む国に攻めいってきたのだ。

そして、私の国はあっさりと負けた。

いや、それだけならよかったのだけど。

問題は国内の混乱に乗じて奴隷商が襲われたことだ。

どうも随分と恨みを買っていたらしい。

私の前では気のいい中年だったけれど、人買い業者なんてそんなものなのだろう。

 

……そういえば私も折檻された時には殺されかけたっけか。

 

私はゴウゴウと燃え盛る館を()()から眺めつつ、そんなことをぼんやりと思った。

放火されてしまった館は奴隷商の懐具合に負けないくらい景気よく燃え、全てを灰塵に帰していく。

 

私に逃げる気はなかった。

ここを出たところで奴隷身分で口を利けもしない少女に行く先もない。

熱いのは怖いけれど、大好きな本と共に燃えてしまうのが一番良さそうに思えたのだ。

そうして自室に一人座り、静かに終わりの時を待っていると、不思議なことが起こった。

 

ふっ、と突然本が消えたのだ。

本棚の中の一冊が、忽然と。

 

とうとう恐怖で幻覚でも見始めたかと自嘲していると、再びその現象が起きた。

続けてさらにもう一度。

未知の現象を目の当たりにして驚いたが、私の頭は冷静に働いていた。

 

(……今消えた三冊、どれも賢者の石の……価値が高いものが持ち去られている?)

 

しかし直後、別の一冊が消える。

それは、以前に私が書いた本であり、賢者の石とは関係がない。

奴隷商が売り出した原本ではあるが、価値はさほど高くはない。

 

(いえ、原本……賢者の判は複製がよく作られるけれどあの三冊は本物だったらしいし……)

 

そんな推測を裏付けるように次に消えたのもまた、私が書いた本の原本だった。

そして、ここまで来ると順番にも意味が見いだせる。

消えた順番は、燃える順番。

最初の三冊があった本棚はすでに薪と化していて燃え盛っている。

今もあそこにあったままだったとしたら、とっくに炭になっていただろう。

 

(だとすると、次に消えるのはこれかしら)

 

どうして、どうやって本が消えるのか。

そんなことは頭になく、ただそういった現象なのだと理解していた。

だから私は特に躊躇いもなくその本を手に取り――

 

――気がつけば、私は見知らぬ場所に立っていた。

 

今までいた、煙の立ち込める熱い書斎とは比べ物にならないほど広く豪華絢爛な、書斎。

いや、もはやこの規模だとその表現はおかしい。

何しろ、目につく場所が全て本だ。

天から地から、全てを本が埋め尽くしている。

本の雨が天から降りしきり、本の洪水が地を流れる。

 

本ではないモノはこの空間にたった二つだけ。

それは、私と、――彼女。

 

「えっと、どちら様でしょう?」

 

こちらが聞きたい。

 

 

 

 

「なるほど、パチュリーはそうやって世界中から本を蒐集する魔法に一緒に引っ張られてこの図書館へやって来たと」

 

「ええ。初めてこぁさんに会ったときは喋れなかったし、色々大変だったのだけれどね」

 

あなたも色々大変だったんだねえ、としみじみ呟く目の前の兎の少女を見て、私も変わったなと改めて感じ入る。

かつての私が今の私を見たらどう思うだろうか。

私は、私が書く本の主人公以上に、きっと奇跡とかそういうものに出会ったのだ。

事実は小説より奇なりと言うが、まさにそれ。

 

「それにしても、賢者の石ってアレだよね……フランドール様」

 

「まあ、そうでしょうね。私も面と向かってこぁさんに聞いたことはないけれど、一番熱心に蒐集しているのがあのシリーズだもの」

 

加えて言えば、ヴワル魔法図書館はいくつかの階層にわかれていて、階層を上がるほど貴重な本が収められているのだけど、賢者の石の判がある本はそのほとんどが最上階にある。

最上階にアクセスする権限はこぁさんと司書の私しか持っていないほど。

永琳さんはかなりこぁさんに気に入られている感じがするけれど、それでも最上階には立ち入れない。

 

「ほとんどが物語とかだけれど、一部の実用書や図鑑にはさらりと世界の真理が書いてあったりするそうよ」

 

「うひゃー、おっかないねえ。気軽に読んだら精神ぶっ壊れるような重大情報とか出てくるのかな」

 

「さあ。私も読んだことはないもの」

 

「司書なのに?」

 

「司書だから、よ。危ない本に迂闊に手を出すわけないじゃない。少なくともこぁさんから習ってる魔法を完全に使いこなせるようになるまではお預けだわ」

 

「そりゃあいったいいつになることやら」

 

「あら、喧嘩売ってる?」

 

「いやいやまさか。私だってお師匠様の期待に応えるので精一杯だよ。私たちの目指す先は遠いねっていう話さ」

 

「まあそうね。あなたは寿命がないらしいから気楽にやればいいんじゃないの?」

 

「それで見捨てられたらと思うとゾッとするよ。わたしゃ死にたくなっても死ねないんだから」

 

思えば、この兎――てゐとも随分踏み込んだ話をするようになった。

彼女もここに来ていい加減長く、慣れたのか口調も随分砕けた感じになってきている。

お互い弱い立場の者同士で気が合うということもあり、結構話もするし……もしかしてこれ、友達って奴なんじゃないかしら。

 

「……うん? なんか顔赤いけど大丈夫かい、パチュリー?」

 

「え、ええ。何も問題はないわ」

 

「……ふうん」

 

だめよ、普段通りに振る舞わないと。

初めてできた友達って意識したからって、何が変わる訳でもないもの。

 

「そういえばパチュリーって好きな人いるの?」

 

「むきゅっ!?」

 

 

これは、私が主役の物語。

第一巻は奴隷編、第二巻は司書見習い編。

第三巻はどうなるのか、この物語は何巻まで続くのか。

私は作者で読者だけれど、そればっかりは分からない。

ただ、多分……いや、絶対に……私が今まで読んだどの本よりも面白いに決まっているのだ。

 

 

 




電伝虫
ワンピの世界観だと結構オーバーテクノロジーな気がする。
移動方法や通信技術含めインフラは未発達なので。

伝書鳩
古くは紀元前5000年から使われ、1970年ぐらいまで普通に日本でも現役だった。
64年の東京オリンピックでも活躍し69年に登録数がピークになったらしい。
ちなみにワンピ原作の新聞配達を行っているニュースクーはハトではなくカモメ。
世界経済新聞社長のビッグニュース・モルガンズも猛禽系の鳥っぽいのでハトではなさそう。

紫もやし
喘息?虚弱体質?こぁさんが何とかしてくれました。
なにげにこの世界で魔法が使える三人目。
ぼっちだったので人付き合いに慣れていないと同時に、物語を読んで憧れてたりしているので、ぐいぐい来る相手に弱い。



ご無沙汰です。
なんか書いてるうちに戦争編だけで20万文字軽く越えちゃって風呂敷畳めなくなったので、それはざっくりなかったことにして駆け足版というか簡略版にてお届け。
多分次話かその次で戦争編完結予定。
頭の中をまとめきれる筆力があればなあ。
フラン、美鈴、統一王国、天竜連合、ボーイとリリファ、図書館勢、魚人島、あやもみ、異種族etcと視点を広げすぎたのが敗因ですな……。


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