東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~   作:すずひら

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前回のまとめ

・白ひげ君14才(髭はまだない)


参考:現時点でロジャー17歳、レイリー18歳
アニメ過去編レイリーは一人称“おれ”で金髪の完全にヤンキーな感じですが、作者がプロット切った時点ではアニメ未試聴だったので、漫画はモノクロなので普通に銀髪だと思ってたうえ喋り方もわからずで、シャンクスとバギーの喧嘩を仲裁してたあたりのイメージが強くそちらに引っ張られています。
具体的に本作ではロジャーと出会った時点で眼鏡かけてて少年らしさを残しつつもやや落ち着いた感じ。
勿論ロジャーに至ってはほぼ全部捏造。
脳内イメージと合わない!という方はそういう世界線だとでも思ってください。



海賊王の苦悩と冥王の諦観

眼鏡をかけ知的な雰囲気を滲ませる少年――レイリーは目の前の光景に、普段の冷静さをかなぐり捨て焦燥の極致にあった。

 

洋上にて出会った――目の前にあるのは、自分達が乗る船より大きいとはいえ小さな船だ。

乗員もおよそ十人も乗ればいっぱいだろう。

黒地に真っ赤に染め抜かれた赤い蝙蝠、そんな掲げられた旗も見覚えはなく、さほど有名な海賊団ではないはずだ。

 

しかし、乗っている奴らがヤバい。

不機嫌そうな顔をした薙刀を持った少年は年下ではあるが明らかに自分より強い。

奇妙な羽をつけている小さな金髪の女の子、緑の異国風の服を着た長身で赤毛の女性、この二人に至っては強いのかどうかも感じ取れない。

感じ取れないことが何より恐ろしい。

可愛らしく美しい見た目だ。

殺意や敵意を向けられているわけでもない。

そうだというのに、レイリーの生存本能はひしひしと逃走か降伏を訴えてくる。

 

レイリー――シルバーズ・レイリーは小さい頃に家を焼かれて以来、各地を転々とし盗んだ小さな船の上で生活していた。

その生活の上で何より必要になったのは腕っぷしではなく、危機感知能力だ。

 

腕っぷしも重要だ。

金がないから食べる物も奪うか盗むかしなければならないし、街を歩く時も裏路地を通るためガラが悪いのに絡まれることもしょっちゅうだ。

だがそれ以上に気を付けねばならないのが、就寝中の襲撃だった。

 

一人で生活している上、恨まれやすいとあっては夜間の襲撃者のことを考えないわけにはいかない。

その点、レイリーは幼いころから人並み外れた運動神経と敏感な生存本能で生き延びてきたのだ。

家を放火された際に逃げられたのもその類まれなる危機感知能力のおかげだった。

ある時二人旅になってからは見張りを任せ眠りにつくこともあったが、それでも警戒は怠っていなかったし、感覚が鈍ったとも思わない。

 

そして、その自分がなにより信じる感覚が、目の前の3人に対して盛大に警鐘を鳴らしている。

だというのに――。

 

「よぉ! いい船乗ってんなぁ! そうだ、今食いモンねえんだけどなんかくれねえか?」

 

レイリーは隣に立つ少年のその台詞を聞いて、彼と初めて会ったときのことを思い出した。

それはレイリーが東の海の海岸につけてある船の上で、揺られていた時の事。

気配には鋭いはずの彼が、声を掛けられるまで気が付かなかった。

 

 

 

「おい! いい船だなァ!」

 

「……んん? ――盗んだ船さ……」

 

声をかけてきたのは麦わら帽子をかぶった粗末な身なりの少年。

見た目からは自分とさほど変わらない年に見えた。

レイリーは内心では警戒していたが、いきなり襲ってくることもなかったため適当に言いくるめて退散させようと考えた。

 

「家を焼かれておれはここに住んどる」

 

「そうか! 名前は?」

 

一瞬、答えに逡巡する。

しかし、少年の誰何に含むものがないと判断し、そのまま本名を名乗る。

 

「……レイリー」

 

レイリーが素直に名前を口にしたことに気をよくしたのか、少年は声高々に名乗りを上げた。

 

「おれはロジャー! この日の出会いは運命だ! レイリー。――おれと一緒に世界をひっくり返さねェか!?」

 

その言葉にレイリーは一瞬呆け、次いで相手にするまでもない馬鹿だと悟った。

 

「世界? ……ハハハ、どこの誰だお前は。どっか行け!」

 

 

 

そうして追いやろうとしたが、ロジャーと名乗った少年はいつまでもレイリーに付きまとい、いつしかレイリーが根負けしてなし崩し的に同道することとなる。

そんなはた迷惑な少年――この隣のアホ面、能天気、口がでかい礼儀知らず――なんと表現したものか、罵倒の言葉に困らないレイリーの悪友はいつもと変わらぬ神をも恐れぬ態度でいる。

罵倒はすれどレイリーはこの悪友、ゴール・D・ロジャーのことを本気で馬鹿だとは思っていない。

いや、確かに馬鹿ではあるのだがただの馬鹿ならずっと一人で生きてきたレイリーが今なおつるむこともない。

付き合いはまだそれほど長いわけではないが、レイリーはロジャーの他人とは一味違うところをたくさん思い知っている。

 

このバカは頭が残念でアホなことをたくさんやるが、人並み外れて幸運だった。

教養がなく礼儀知らずだが、他人の超えてはならない一線には絶対に触れない。

周囲の悪意や嘘に敏感で、初対面の人間が善人か悪人かどうかもわかるらしい。

 

シルバーズ・レイリーはこの時、人生で初めて”逃げろ”という自身の直感、本能をねじ伏せ、隣に立つ悪友を信じた。

それがいかなる思考プロセスでもたらされたものなのかは、聡明なレイリーをしていくら考えてもわかることはなかった。

ただし、レイリーはのちに酒宴の席で、「”海賊王”ゴール・D・ロジャーの右腕としての”冥王”シルバーズ・レイリーが生まれたのはまさにこの時だった」と述懐している。

自分よりも信じられる、自分の命を預けられる、それが優れた船長の特徴なんだとも。

 

そして、その判断はまさにこの瞬間に於いても正答を掴み取っていた。

 

「あはは、誉めてくれてありがとう。それじゃこっちの船に招待するよ。ちょっと聞きたいこともあったしご馳走するよ?」

 

「まじか!? 食う食う!」

 

そう言ってロジャーは自分達の船からひらりと飛んで件の船に飛び移った。

それを見てレイリーは呆れながらも、頼もしい悪友の後を追った。

 

 

船の食堂とおぼしき場所に通された二人は席につき、食事を待っていた。

どうやら長身の赤毛の女性が食事を作るようで場を離れたが、同じく卓につく金髪の少女はなにが楽しいのかニコニコとこちらを見ているし、太った少年は不機嫌そうな顔でこちらを睨み付けている。

 

人生ではじめて経験する”緊張で胃が痛い”という感覚を知りながら、レイリーは人肉と血のジュースでも出てきたらどうしよう、などとあられもないことを考えていた。

なお目の前の少女の本来の主食が()()であることを考えれば決して的外れでもないのだが。

 

「まだかなーまだかなー」

 

「おい、ロジャー。食わせてもらうんだからせめて大人しく待ってろ」

 

行儀悪くナイフとフォークを打ち鳴らし催促じみた声をあげるロジャーに、たまらずレイリーも声をかける。

それを宥めたのは金髪の少女だった。

 

「いいよいいよ。ちょうどお昼時だったから美鈴もすぐにご飯持ってくるとは思うけど……その間に自己紹介でもしようか」

 

「お、いいぜ。俺はゴール・D・ロジャー。いつか世界をひっくり返す男だ!」

 

「……シルバーズ・レイリーです。よろしく」

 

「そっか、なるほどDね。道理で。ああ、私はフラン。フランドール・スカーレット。気軽にフランって呼んでね」

 

「俺はエン「あ、こっちはエドワード・ニューゲート。むすっとした顔してるけどいつもこんな感じだから」

 

チッ、と舌打ちして少年は席をたった。

そしてそのままのしのしと部屋を出ていった。

代わりにフランドール――フランが口を開く。

 

「あはは、まあ気にしないで。難しい年頃なの。そっかあ、それにしてもDねぇ。それに、世界をひっくり返すって、ふふ」

 

「ん、? おめぇ“D”について何か知ってんのか?」

 

「まあね、いろいろと」

 

”D”。

ロジャーのミドルネームだが、レイリーもよく知らなかった。

”D”がなんの略なのか、なぜ普通は持つことのないミドルネームをロジャーが持っているのかも。

いままで興味を持たなかったと言えばそこまでだが、もしかしてこの男、イイトコの出だったりするんだろうか。

初めて会ったときの誘い文句にして奴の口癖の「世界をひっくり返す」というのはもしやクーデターのことを言っているのか?

だとすればコイツ、まさか本当に亡国の王子かなにか――。

 

「まじかよ!? 俺んちは代々この名前を継いでんだけど、なんて読むのか親父も知らなかったらしいんだよな。なあなあ、これどういう意味なんだ? 教えてくれよ」

 

ガクッ、とレイリーは椅子から転げ落ちそうになった。

そりゃそうだ、コイツが王子なんてガラかよ、とレイリーは自分自身に突っ込んだ。

どうも異常な空間にいて思考がおかしくなっていたらしい。

 

「おまたせしました~」

 

そうしてフランが語りだそうとしたとき、長身の女性が手に皿を持ち戻ってきた。

漂ってくる香りはとても素晴らしく、レイリーは思わず目を閉じ感じ入ってしまった。

冷静沈着な――このところはイマイチなものの――レイリーさえ心奪われた香りである。

 

暴食の化身にしていつも財布の紐を握るレイリーを困らせる隣の馬鹿が反応しない訳がなかった。

 

「んおぉー、良い匂いぃ!!」

 

既にDのことなどすっぽり頭から抜け落ちているようで、瞳には料理しか映していないロジャーの姿にフランは苦笑いをする。

 

「まあ冷めちゃうのもあれだし先に食べようか」

 

レイリーはフォークとナイフを器用に使い、目の前の肉料理を切り分けていく。

となりの馬鹿はもはや手掴みと丸飲みに移行しているが、これほどの料理ならば少なくも料理と料理人に対する敬意が必要だ。

マナーなどはかけらも学んだことのないレイリーではあったが、そのくらいの心得は持っていた。

 

……仮に一人であったならば一も二もなくがっついていたのかもしれないが、少なくとも人目がある状況では見栄が勝った。

 

見たこともない厚さの肉に、豪快にかけられた芳しいソース。

それを彩る周囲の付け合わせの野菜すら、レイリーはいまだ経験したことがなかった。

 

「……うまい」

 

思わずポツリと言葉が漏れる。

それを聞いて微笑んだ長身の女性は「お代わり持ってきますねー」と言って厨房へと戻った。

 

そうして、うめーうめーと大騒ぎしながら食いまくるロジャーを尻目にレイリーも黙々と五皿目を平らげた。

 

「……旨かった」

 

「うひゃー、食った食った」

 

「お粗末様でした」

 

「しかしよく食べるねえ。まあ美鈴のご飯は美味しいから気持ちはわかるけど。あ、紹介遅れたけどこっちが美鈴ね。うちのコック」

 

「ただのコックじゃありませんよ。スーパーコックです! あと今は副船長と航海士とその他諸々兼務です」

 

「はぁ……? まあ、よろしく」

 

「お前スゲーなぁ、一人で全部やってるとかレイリーみたいだな! 料理はできねえけど!」

 

「お前はもう少し普段から仕事をしろ」

 

ロジャーとレイリーは別に海賊団を結成している訳ではなく、ただなんとなく気が合ったから共に旅をしているだけの関係だ。

しかし、生来どこか生真面目な感があるレイリーと、本能に従って生きている野生児のようなロジャーとでは自然と仕事の分担も分かれている。

ロジャーの仕事は食うことと寝ることと遊ぶこと。

レイリーの仕事はそれ以外の全部である。

 

「さて、落ち着いたところでお話を……と思ったんだけど実はもう聞きたいことないんだよね」

 

「あれ、妹様、あの見聞色の覇気の謎は解けたんですか?」

 

「うん、こっちのロジャー君が“D”なんだってさ」

 

「ああ、なるほど。血の為せる業でしたか」

 

「そうだ、おめぇそのDのこと聞かせてくれよ!」

 

「そういえば話が途中だったっけ。いいよ、Dって言うのはね……」

 

 

 

 

ゴール・D・ロジャーは人生で最大の衝撃を受けた。

世界を真っ二つに割った大戦争、その話の余りの大きさに隣のレイリーは未だ疑っているようだが、ロジャーは驚くほどにすんなりとその事実を受け入れた。

それはロジャーが、なんとなく他人の嘘がわかる、という生来の能力を持つため、ということもあるが、それ以上に理性ではなく魂で納得したからというのが大きい。

ロジャーはまだ見ぬ興奮に体の中を熱く滾らせていた。

 

「それじゃあ俺のご先祖さんはその統一王国ってのにいたのか」

 

「多分ね。私がDを贈った相手は統一王国側の人間だけだったから。どの時期かはわからないし、王様以外にもそれなりにたくさんDを持つ人はいたからどの血筋かも分からないけどね」

 

「戦争でいっぱい死んじゃいましたからねえ。名前の由来も失伝してしまったんでしょうね」

 

「……ん、ちょっと待て、フランドール。それは何かの文献で読んだとかではないのか? お前は今、私がDを贈った、と言ったが」

 

「あっ」

 

レイリーが鋭い指摘をすると迂闊なことを口走ったフランは苦笑しながら更なる真実を告げた。

即ち、長久の時を生きる吸血鬼と龍人の話を。

 

驚きで声がでない二人を横に、フランは話を続ける。

 

「私があなたたちに声をかけたのも元々はこのことが原因なんだよね。ロジャー君は普段から他人の動きとか心が読めたりすることはない?」

 

「え、あ、ああ、ある、あるよ。俺は小さい頃からいろんなものの“声”が聞こえんだ。やっぱこれ、気のせいじゃねえんだよな?」

 

「そうですねえ、それは見聞色の覇気という能力です。声ということはどうも“心の見聞色”に寄っているようですね」

 

「私があなたたちの船に接触したのは、とんでもなく膨大な見聞色の覇気があたり構わず撒き散らされている光景を見たからなんだよ。今もこのあたりに適当に広げられているってことは制御できてないんでしょ」

 

「こ、これ、制御なんてできんのか!? 頼む、もし知ってるならそのやり方教えてくれ!」

 

「ロジャー!?」

 

フランの話の途中、突然頭を下げたロジャーをレイリーは目を丸くして見つめた。

なんとなれば、それは遥か昔の統一戦争よりも長命種二人の存在よりも、レイリーにとっては驚きだった。

この傍若無人を地で行く男が、頭を下げて教えを乞う姿というのは想像すらしたことのない姿だった。

 

レイリーの疑問の声を聞き、頭を下げていたロジャーが、レイリーに向き直る。

そして、バツが悪そうに目を背けながらポツポツと話し始めた。

そんな姿もまた、レイリーにとっては初めて見る悪友の姿だった。

 

「レイリー、俺はよ、物心ついたときからこの力があった。動物や植物と話ができるのは嬉しかったけど、逆に言やあそいつらしか話し相手がいなかったんだ。親父は俺が小せえ頃に死んじまって、それっきり俺は村で気味悪がられてた。しまいにゃ殺されそうになって、俺は七つで村を出た」

 

「ロジャー……」

 

それはレイリーが知らない、いつも能天気だと思っていたロジャーという男のもうひとつの姿。

 

「声はな、聞きたくなくても聞こえてくるんだ。今はもう慣れたけど昔は酷かった。人間てのはどんなに良いやつに見えても裏の顔がある。ほんとに良いやつでもふとしたときに汚え心が顔を覗かせる。俺ぁほとほと人間ってやつが嫌いになった」

 

「…………」

 

レイリーにとってロジャーの独白は共感できず想像することしかできないものだった。

レイリーも幼いながらに家に火をつけられ焼き出されるという過去を持っているが、流石に他人の心を読めるなんてことはない。

 

「だから俺はこんな醜くてうじうじした世の中をひっくり返したくなった! みんなが笑える世界とか、そんな温いことは言わねぇ! だが、俺みたいなのが化け物だなんだってどっか隅に追いやられるような、そんな世界だけは認めねえ!」

 

ロジャーの叫びを聞き、美鈴はつい、と顔を逸らした。

ロジャーへの迫害は恐らく世界政府も一枚噛んでいる。

世界政府は悪魔の実の能力者を含め、異能持ちの台頭を恐れているのだ。

それは治安の維持という目の前の目的と、かつてのような戦争を危惧してのことである。

別に美鈴がそう世界政府に命令した訳でもないが、実際に聞かされると多少は気まずいものだった。

 

ロジャーの話は続く。

フランと美鈴は口を挟まず静かに聞いていた。

 

「レイリー、前に俺が、殺しはなるべくしねえ、って言ったのは覚えてるか?」

 

「あ、ああ、勿論だ。もっとも、俺だって海軍に積極的に追いかけられたくはないから言われずとも殺しまではするつもりはなかったが」

 

「俺がそう言ったのは死ぬ間際の“声”が聞こえるからだ。あれは本当に辛え。頭ん中ぐちゃぐちゃにされて心臓が引っ掻かれたみてえに苦しくなる。でもよ、これからもっとデケエ海に出るってのに、いつまでもそんなんじゃいけねえよな。スッゲー話も聞いちまったしよ!」

 

「ロジャー……」

 

「――だから頼む、フランドール! 俺にこの力の制御のやり方を教えてくれ!」

 

再度頭を下げたロジャーに、フランが問いかけた。

 

「事情は分かったよ。でも制御でいいの? もしこんな力いらない、って言うんなら周りの声を一切聞こえなくして能力を完全に使えなくしてあげることもできるけど」

 

「いや、それにゃ及ばねえ。この力はなんだかんだ言っても小せえ頃からずっと一緒だし……それに、良いことだってたくさんあったからな!」

 

「それは、動物の言葉が分かったりとか?」

 

「それもあるけどよ、一番はやっぱレイリーだ!」

 

「は? 俺? どういうことだ?」

 

「レイリー! 俺がお前を旅に誘ったのはお前の心が澄んでいたからだ。別に綺麗じゃねえが、お前からは不純な感じがしなかった。それにお前は一度も俺のことを気持ち悪いとか化け物だとか思ってねえ。今だって、俺が心を読めるって知ったのに、全然だ!」

 

「……突然何を言い出すんだこの馬鹿は。お前には羞恥ってもんがないのか」

 

「まあ、お前を旅に誘った一番の理由はお前と一緒なら楽しそうだし、なんかデッケエことができそうな気がしたからだけどな!」

 

「それも能力か?」

 

「いや、勘だ! なんとなく!」

 

ニシシと笑うロジャーに、レイリーは堪らず顔を逸らした。

全く、本当にこの馬鹿は、と内心で毒づくことも忘れない。

 

そんな二人の姿を見て、フランは笑った。

 

「あはは、おっけーおっけー。いいよ、それじゃあ能力の使い方、ちゃんと教えてあげる。何代も前の因果とはいえ私の妖力に振り回されてたようだし、そのくらいの責任は全うするよ」

 

「おお、マジか! ありがとよ、フランドール!」

 

「フランで良いよ。私もロジャーって呼ぶから。あなたもレイリーでいい?」

 

「あ、ああ」

 

「それでは私も美鈴と……おっと間違えました、私のことはオールド・レディとお呼びください」

 

「いや別に船の中なら美鈴でいいでしょ……」

 

こうしてこの日スカーレット海賊団の船員が一時的に二人増えた。

なお夜の歓迎会では二人とも昼食の3倍の量を平らげたために、食事を作る美鈴をひいひい言わせることとなる。

 

 

 

 

ロジャーとレイリーがスカーレット海賊団に居候のような形で加入して早くも一ヶ月が経過した。

 

その間フランはロジャーに付きっきりで見聞色の覇気の制御を教えていたが、未だ目立った成果は出ていなかった。

ちなみに覇気についてはフランよりも美鈴の方が扱いに長けているが、ロジャーの場合は血筋に現れる妖力――“D”による覇気の暴走現象であるため、より妖力の扱いに長けたフランが教えている。

 

そんなわけで二人が修行を行っているので、必然美鈴とニューゲートはこちらもペアのような形になる。

そして、一人手持ち無沙汰になるレイリーがそこに巻き込まれるのも必然であった。

 

「ま、まった、ギブだ、ギブアップ……」

 

「おやおや、もうおしまいですか? ではエド、どうぞ」

 

「へばるのが早えんだよこのモヤシメガネ!」

 

「さっきのお前よりは耐えただろうがこのデカ男!」

 

悪態をつきながら美鈴に飛びかかるエドワード・ニューゲート――エド。

今現在二人は美鈴との仁義なきデスマッチ風の稽古中であり、片方が戦っている間もう片方が休めるという仕様上、互いに互いを罵りあっていた。

 

「くそっ、このっ」

 

避ける、避ける、ひたすら避ける。

本日のメニューはロジャーと同じ見聞色の覇気の特訓であり、内容は美鈴の攻撃をただただ避けるというもの。

ただしこれがゴリゴリと精神を削っていくのを二人は感じていた。

 

躱せない。

 

美鈴の攻撃はそのすべてが、全神経を集中して体をフルに使って()()()()()()()()攻撃であり、必ず当たる。

当たると言っても直撃ではないのでダメージはさほどなく、かすったようなものである。

しかしそれに怯んでしまうと次の攻撃がまともに命中し――激痛が走る。

 

この激痛はただ攻撃を受けたことによるものではなく、”気”を浸透勁の要領で痛覚に直接打ち込むというもので想像を絶する激痛が走る。

その痛みは、ナイフで刺されてもうめき声ひとつあげないほどには痛みに強いエドをして恥も外聞もなく泣き叫びながらうずくまるほどであり、それを見たフランとロジャーは冷や汗を流し、次に自分の番が来ると知っているレイリーは絶望を顔で表現した。

 

いやらしいのはこれが”ただ痛みを感じる”という攻撃なだけあって、身体へのダメージが実際にはほとんどないことである。

そのため、如何に痛くとも数分もすれば収まり――また次の自分の番がくる。

痛みで何度かショック死するんじゃないかと危惧するくらいにビクンビクンのたうち回っても身体に然程影響はなく、ただ本能がガンガン警鐘を鳴らす程度で終わる。

 

肉体ではなく精神を苛め抜く、美鈴老師(せんせい)が考案したお勧めの修行法である。

 

実際、覇気は生命力の発露であり生命が危機を感じた時に最も高まる能力なため、こうして戦闘における痛みを通して学ぶのはほぼ最短にして最高効率の習得法である。

これより上ともなると実際に死闘を繰り返し、死線を自らの力で超えていくという荒唐無稽な方法しか残されていない。

 

「ぐああああああああああ!!!!!」

 

「気を抜きましたね? 戦場では一瞬の気の緩みが命取りですよ」

 

気の緩みというよりも一呼吸乱した程度ではあったがエドは無様に地面を転がり、ほぼ休む間もなく順番が回ってきたレイリーは舌打ちした。

 

「うーん、レイリー君も筋は悪くないんですけどねぇ。覇気を習得するにはもっと頭を空っぽにする必要があるんですよ」

 

「空っぽ……?」

 

「”考えるな、感じろ”ってことですね。月をさす指のようなものです。指に集中していては栄光を見失います」

 

「……意味が分からん。言葉で説明してもらった方が早いんじゃないのか」

 

「真理は言葉とは何の関係もないということですよ。それは空に見える明るい月にたとえることができます。言葉はそう、この場合には指にたとえることができます。指は月の位置を指し示すことはできますが、真に大事なのは指ではありません。指にこだわっていては月を見ることはできないのです。真理にたどり着くには指を越えてその先の月を見なければならない。大事なのは理論ではなく実践、頭ではなく体で感じ取ることだということです」

 

「それがこの訓練だと? 俺にはとてもそんなことができるとは思えない」

 

「疑わないこと。それが強さです。自分を強く信じることと言い換えてもいいですね。自分にはできると信じる、思い込む。そうするだけで君はきっと新しい世界の扉を開くことができます」

 

そう言われ、レイリーは目を閉じてしばし考え込んだ。

しかしどう考えても、目の前の化物が扱うような”見聞色の覇気”とやらが自分に使えるようになるとは思えなかった。

そうして悩むレイリーに、ロジャーの声がかけられた。

 

「大丈夫だ、レイリー! お前は俺が認めた奴なんだ。だからできる!」

 

「ちょっとロジャー、あなたはあなたでちゃんと集中して!」

 

「あ、おい、ちょっと待ってくれよフラン!」

 

フランに怒られ引きずられていくロジャーの声を聞いて、レイリーは呆れのため息をついた。

俺が認めた奴なんだからできる、ってどんな理論だ。

なんの根拠もないその自信はどこから湧いてくるのか。

 

しかしここでレイリーはふと――これこそが美鈴の言っていた事なのではないかと思い直した。

あの馬鹿のように能天気に楽観的に、自分ならできると思い込むことこそが大事……。

 

「あーもう、んなことできるわけないだろ!」

 

「えいっ」

 

「ぐああああああああああ!!!!!」

 

目をつむり考え込んでいたレイリーに音もなく忍び寄った美鈴が、その脳天に手刀をかました。

もちろん、例の激痛バージョンで。

 

「あ、あたまが、あたまがわれる……ぐあああああ……」

 

外的損傷はないはずなのに痛みで脂汗が流れ、身体がうまく動かなくなり酸素を取り込むことすら難しく口をパクパクと開閉させることしかできずに地面をのたうち回る。

 

「ん!? まちがったかな…」

 

激痛に悶えるレイリーを見て美鈴は困惑の表情を浮かべた。

 

「今のはお前を信じる俺を信じろ的な感じで友の信頼を信じて覇気に覚醒する場面じゃなかったですかね……」

 

修行の道は未だ、険しく遠い。

 

 

 




俺とおれ
今更ながらですが原作ワンピースにおいて一人称”俺”は平仮名でおれ表記になってます。
これは尾田先生の心意気によるものだそう(52巻SBS)ですが、拙作では基本的に漢字表記します。

万物の声
ロジャーは万物の声が聞こえたそうなので色々捏造。

美鈴老師
老師は中国語では先生の意。
まぁ美鈴は実際高齢なので字面的にも老師で問題はな(ピチューン
ウィキに「老師は基本的に穏やかで信頼できる指導者であるが、トレーニングになると非常に厳しくなることができる。彼はトレーニングにおいては無駄な希望を弟子に与えない。弟子は老師によって鍛えられるために、決して老師の教えを疑わず、痛みに耐えることに備えるべきであると、とても明確に示している」とある感じにぴったりな呼び名。
これ洗脳教育では。
ちなみに老婆も中国語だとおばあちゃんではなく自分の妻、つまり嫁のことなので「フランは俺の嫁」を中国語にすると「芙蘭是我的老婆」になりま(ピチューン

考えるな、感じろ
Don't Think. Feel!
『燃えよドラゴン』においてブルース・リーが弟子に稽古をつける場面での名台詞。
直後のセリフは「It’s like a finger pointing away to the moon. Don’t concentrate on the finger, or you will miss all the heavenly glory.」
禅問答の一節ですね。

疑わないこと。それが強さ
レイリーがルフィに覇気修行付けているときの台詞。

ん!? まちがったかな…
うわらば!

お前を信じる俺を信じろ
グレンラガンから。
この台詞はもっと後の展開の「俺が信じるお前でもない~」から続く一連の名台詞への伏線なのだがこっちの方が知名度が高い気がする。

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