ぬらりひょんの孫~呪羅呪羅羅(しゅらしゅらら)~   作:yua

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呪羅覚醒

陰陽道八十八式・天地悉(ことごと)く滅せぬものは無し。

 

 

陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)が活躍する平安の時代。

陰陽道は隆盛を極め、日本の中心たる京は強力無比な結界で外部よりの悪意や呪(しゅ)から完全に隔離されていた。

理論上、当時の京は悪気の無い清浄な聖地になるはずだったが外部はおろか内部からの霊気の流出すら不可能とした結界内で呪術や妖術が大流行し、歴史上まれに見る魔都と化してしまったのは皮肉としか言えなかった。

平安の有名な術師といえば土御門家(つちみかどけ)を宗家(そうけ)とする安倍氏の麒麟児(きりんじ)、安倍晴明が筆頭に来るだろう。また、その好敵手(ライバル)として蘆屋 道満(あしやどうまん)も並び立つ存在である。

様々な活劇に描かれる超人的な術の持ち主、陰陽師。

その頂点たる二人が一度だけ手を組み、立ち向かった『人間』がいた事は歴史には記されていない。

 

陰陽道八十八式・地鳴空裂(じめいくうれつ)、震天割土(しんてんかつど)、我が言霊が及ばぬもの無し。

 

天の暦を読み、呪を詠い、式を操る。

陰陽道には様々な担い手がありその役割は多岐に及ぶ。安倍晴明や蘆谷道満はあらゆるものを読み、詠い、操る万能の天才と呼べただろう。だが、彼等をして

「術理は今だ彼の者におよばず」

と言わしめたのは彼等よりわずかに年長の陰陽師。

式紙使い、呪の体現者、妖(あやかし)を越える妖(あやかし)、呪に魅(み)いられた狂者。

独自の理論と研鑽により式紙より変化する式(しき)や調伏し操る式鬼(しき)でもなく、式紙そのままに使う陰陽道八十八式の創始者にして最期。

その名を……

 

 

 

 

 

八十八式道祖神

 

そう記された鳥居のない小さな社。

枠組みだけを残し、薪の材料にすらならない朽ち果てた社には当然、参詣する人の姿は無い。屋根こそ残しているものの賽銭箱があった場所には手持ち無沙汰な空間があるだけ。御神体を隠す仕切りも無く、四方の壁も朽ちて穴が開き、風だけが所在無く吹いている。

一年を待たずに崩れ落ち、そこに何があったかすら判らなくなる忘れられた社に訪れる者があった。

「妙な気配を感じると思えば、これはまた懐かしいものがあったものよ」

黒、その一点で表現出来る少女。

長い黒髪と黒瞳は白磁のように白い肌にゾッとする程に似合い、年齢にそぐわぬ色気を醸し出している。烏の濡れ羽色の様な黒髪、黒曜石の様な瞳、日本人が美を感じるはずのその特徴は内側から輝くような美しさを現すのに古来より使われてきた。

だが、少女の黒髪も黒瞳も太陽の元に輝かず逆に全てを吸い込み飲み尽くすような漆黒。見る者をその圧倒的な輝きに萎縮させる圧力ではなく、見る者を引き寄せ引きずり込んでしまうような妖しげな美しさであった。

しずしずと朽ちた社に近付く少女の影が長く長く伸びる。日が傾き始めた秋の夕暮れに影が長く伸びる。少女の身長を遥かに凌駕する長さの影が細長い面と尻尾のような揺らぎを見せたのは逢魔ヵ刻と呼ばれる昼と夜、人と妖の狭間の時間だったせいだろうか。

少女の影が社を覆い、その中でチラリと何かが光った瞬間。日が完全に落ち、辺りを夜の帳が覆い隠した。

 

 

 

 

 

心地好い暗闇。

完全に意識が途絶える事は無く、かといって目覚める事の無いまどろみの中で呪(しゅ)を唱え続けていた。

呪に出会い、呪に引かれ、呪を学び、呪を唱え、呪に遊び、呪に習い、呪をくくり、呪を操り、呪に交わり、呪と共に在った日々と呪と化したあの日。

全てから解き放たれた解放感と、あらゆる事を成せる万能感。それが仏教で言う悟りの手前の境地『魔境』であると判っていた。元来、天才と呼ばれる者には届かぬひさいの身なれば自らが身を置くのは修羅か羅刹か畜生か。まともであっては至れぬ境地を夢見て憧れ切望し、眠れぬ夜と眠らぬ夜を同じ数だけ繰り返し、一歩進んで歓喜して一歩下がって悲嘆して希望があると奮起して無駄と知って落涙する。

磨耗していく感情と、汲めども尽きぬ渇望。

喜びがあった、怒りがあった、哀切があった、楽しみがあった。

人生を一人で走り続ける中に、時に他者と歩みを合わせ、立ち止まり、引き返した事もある。最期はまっとうな終わりではなかったが、人間としてやり尽くした人生はまずまずの思い出だろう。

死して地獄の鬼と戯れるのも一興ではあったが、心地好いまどろみの中で消えていくのもまた一興。魂の輪廻は確かめようも無く、プツリと糸が切れるように迎える終わりに清々しささえ感じながら、最期に一言、呪を唱える。

「天津地(あまつち)、神津地(かみつち)、海津地(うみつち)、底津地(そこつち)、尽(ことごと)く滅せぬものは無し」

灯明の灯が消えるように魂魄(こんぱく)一欠片(ひとかけら)残さず砕けるまさにその瞬間

「懐かしき顔じゃな、呪い人よ」

全てを塗り潰す傲慢な黒が、暗闇のまどろみから無造作に皮膚を引き剥がすような激烈な痛みと声をあげることも許さぬ衝撃を伴って無理矢理引きずり出す。

ぬるい泥に埋もれる様な安寧とした永い時間、常世のまどろみに馴れきった魂が現世の激しい奔流に引き裂かれるような痛みを思い出させる。眠りに似た停滞から凍り付く様な寒さの水をあびせられたかのように一気に過去の己が何者であったかを反芻し、生まれてから何十年もかけて積み上げた己という自我を刹那にも満たぬ瞬間に叩き込む。『彼』は痛みに狂い、自我に戸惑い、思考に惑乱し、心地好いまどろみから激流の苦しみに落とし込んだ者に悲鳴の如き叫びを発していた。

 

 

 

爆音と共に社が砕け散り、星明かりが点(とも)り出した夜の空に小柄な人影が飛び上がる。顔に当てられた開いた右手の指の間からは赤黒い光が漏れだし、その奥で黒く光る『穴』がギョロリと『傲慢な黒』を睨み付ける。

そして、その下の真っ黒い三日月の様に開いた口からは叫びが、悲鳴のようにカン高く、怒声のように攻撃的で、断末魔のように聞き苦しい、それらの全てを含みながらそれらのどれにも当てはまらない聴くだけで呪われそうな雑音。およそ、人の感じる不快なものを小さい箱に押し込めて破裂させた様な呪われた音。

それが『傲慢な黒』へと夜の空を引き裂きながら鉤爪の様な赤黒い刃が走る、雑然と草が生え散らかる地面から力付くで噛み砕く様な音を立てて刃が走る。まるで赤黒い牙を剥き出しにした獣が獲物を丸ごと食らい貪ろうとするように黒い少女へ殺到する。

「やれやれ、せっかちな奴だ」

呆れ顔で嘆息する黒い少女。

昨今はとんと見かけなくなった原始的で荒っぽい、本能に直接揺さぶりかける言霊(ことだま)に呆れた様な台詞で懐かしげに楽しげに白磁のような頬を緩ませる。

夜の闇すら塗り潰す赤黒い牙が噛み千切らんとするまさに瞬間、少女の体から螺旋の風が巻き起こり、牙をそれを生み出した呪いの雑音を大人が子供の頭を抑える様な呆気なさで吹き散らす。

バチン、とゴムが弾けた様な音と共に黒い三日月を嵌め込んだ口が螺旋の風に発した『呪』ごと霧散すると同時に凄まじい勢いで赤黒い光を放っていた目が後ろに弾かれ、頸椎がへし折られたとしか見えない角度に首がダラン、と後ろへぶら下がる。

小柄な人影は数秒、何かを忘れたかの様に星が輝き始めた空中で静止した後、糸が切れた様に地面へと軽い音を立てて落ちた。

一瞬前での喧騒を忘れたかのような静寂が辺りを支配する。

少しの間、少女は感情の見えない底無し沼の様な目でその場に立ち尽くし、やがてしずしずと少年に近寄り月明かりを背にして小柄な人影をその影で覆った。

目を回し、唸りを上げて仰向けに倒れ伏す少年を見下ろして少女は

「これは……わらわが運ばねばならんのか?」

リーリー、と虫が鳴き始めた夜闇の中で少女に答える声は無かった。

 

 

加賀谷(かがや)宗倫(そうりん)闇は怖い。

何も見えない闇は拭いきれぬ水のように人間の歴史に付きまとう恐怖である。耳で音を拾い、肌で風を感じようとも、視覚という五感の一つを失うのは多大なストレスとなる。

古代、洞窟の片隅で寒さに肌を凍らせ、肉食動物の気配に耳をそばだてた死の恐怖。それを忘れるかのように人間は火を灯し続けた。

黒い、黒い闇。

そこに抱かれている今は安寧を感じる。

永い永い時を刻んだあの黒か白かも判らぬ、深い泥を思わせる灰色のまどろみとは違う黒い闇。自らの存在が染み込み、深く深く落ちる様に吸い込まれていく黒に何処か懐かしさを感じていた。

 

パチリ、と目を覚ます。

朝日が目に痛く、肌が焼ける様に痛い。心臓の鳴る音が煩(わずら)わしく、体を流れる血は皮膚の下で虫がはい回る様な不快感を与えて来る。

「気持ちわりぃ……」

口から手を突っ込んで体の中を全部吐き出してしまいたくなる嘔吐感。頭は内側から殴られているみたいに破裂しそうだ。

まあ、口に出して言えば

「ご機嫌よう、わらわのお客様」

耳障りの良い声と共に薄い笑いを張り付けた黒い少女へ

「きもい、吐きそう」

と答え、窓の外に吹き飛ばされる感じである。

 

「永い封印から解き放たれた者は多かれ少なかれ久方ぶりの現世の感覚に馴れなくて機嫌と気分が悪いものですじゃ、ふぇっふぇっふぇ」

歯の抜けた笑いかたをするのは福の神として描かれる七福神の福禄寿が抜け出して来た様な姿の老人。だが、凶猛な目付きが禍々しい鷲を背負い、両目に走る縦の刀傷、何より頭蓋からはみ出す様に開かれた不気味な一つ目が福の神とは真逆の存在である事を主張している。

「そんなものか、 鏖地蔵(みなごろしじぞう)」

「そんなものでございます」

「……判っててやってんだろ、てめえら」

絶えず苛む頭痛に頭を抱え、ベッドに潜り込む自分を挟んで少女と 鏖地蔵とが対話をしている。

カチャリ、と手に紅茶の入ったカップを置き少女は自分に顔を近付ける。甘ったるい不思議と惹かれる薫りが吐き気を倍加させて自分は頭の痛みにしかめていた眉を更に吊り上げる。

「そんなに痛いのか?」

柔らかで滑らかな感触の掌が頭に置かれ、

 

ギリギリギリ

 

岩も砕けよ、とばかりに握り潰す様な力が込められる、

「いた、いたたたたた。本当に痛い!!」

叫びながらジッタンバッタン跳ね悶える自分を見て、少女は鷲掴みにしていた自分の頭から手を離し

「力加減を誤った。痛かったか」

シレッとした顔で謝りもしなかった。

「鷲掴みにする時点で力加減をする意味が見出だせねぇよ。本当に性格悪いな」

シーツをひっかぶり直して少女を睨む自分に

「羽衣狐(はごろもぎつね)様は頭を無くせば痛みも無くなるとお考えだったのでしょうな、ヒッヒッヒ」

鏖地蔵は感に堪えないと言った表情で笑う。

「……殺す気満々過ぎて恐ろしいわ」

頭の内側から響く痛みも、羽衣狐と呼ばれた少女の頭も砕けよとばかりの締め付ける外側からの痛みよりはマシだと知ってベッドから出る。

「妖(あやかし)なんぞ、頭を潰された位じゃ死なんぞ」

再び紅茶の入ったカップを手に取り、目をつぶり香りを味わいながら口をつける羽衣狐。

「そりゃあなぁ……あん?」

羽衣狐の当たり前過ぎる言葉に違和感を感じ、振り返る。

吸い込まれる様な黒の少女が初めてその内側から感情を押し出し、楽しそうに笑っていた。

「なんじゃ、まだ人間のつもりでおったのか。八十八式道祖神の妖(あやかし)、加賀谷(かがや)宗倫(そうりん)よ」

ストン、と腹に収まりよく落ちた羽衣狐の言葉に自分は、『元』人間の妖(あやかし)、加賀谷宗倫は急速にハッキリし出した『現実感』に、なるほど、と『納得』した。

「そうか、習慣ってのは『恐い』もんだな。『あの時』に我(わら)ぁ人間止めてたか」

無理矢理に押し込められた『生前』における記憶の最後の部分を引っ張り出す。

向かい合う先には壮年の陰陽師が二人。

当代最高と詠われた二傑を前にして内側から崩れていく自分と、崩れていく部分から産まれてくる我。

羽衣狐と鏖地蔵が見つめる前で加賀谷宗倫は顔を右手で抑え、『カパリ』と笑った。

それは笑いは人を和ませる微笑みとも、威嚇という本来の攻撃的なものとも違う、笑みというよりは見るだけで飲み込まれそうになる『穴』。

両目のあった部分には輪郭が黒くぼやけた底の見通せない『穴』が空き、口のあった部分は輪郭が整い過ぎて逆に嘘臭い墨の様な三日月がはまっている。

三日月の口が、緩んだ頬が、頭から出した様な『ケラケラケラ』と言う笑い声が宗倫が笑っていると示す部品であった。

黒くぼやけた二つの穴を張り付け、出来の悪い黒い三日月がはまっているだけの顔は空虚で寒々しい道化人形さながらの『化け損なった妖』にしか見えない。

「ケラケラケラ……ケヒケヒケヒヒヒヒヒヒ!!」

肌を引っ掻いて来る様な不快な笑い声。ジワリと宗倫の周りが黒くぼやけ始める。

妖が放つ『畏(おそれ)』に似たそれは徐々に周囲に広がっていき、カップに残った最後の紅茶を飲み干す羽衣狐に近付き、

 

パチン

 

と見えない何かに弾かれ、熱湯に触れた手を引っ込める様に宗倫へと引っ込んでいった。

カチリ、とカップをソーサーに戻す羽衣狐と、深い笑みを湛(たた)えたままの鏖地蔵。

宗倫はキョトンとした『あどけない』顔で自分の体のアチコチを触り、最後に子供用パジャマのズボンと中に履いていたブリーフを前に寛(くつろ)げてマジマジと『そこ』にあったはずのモノを凝視していた。

「資質はなかなか。しかし、封じられていた時が永すぎたな、宗倫『坊や』」

クックック、と小鳥の様に笑う羽衣狐。

「千年以上封じられて己の姿を見失わないのは『人間』にしては恐るべきものかと。多少の誤差はご愛嬌ですじゃ」

ふぇっへっへっ、と歯の抜けた笑い声を上げる鏖地蔵。

その見る先には羽衣狐と同い年位の『少年』が体を震わせていた。

「わ、我の自慢の×××が小指くれぇになってるやがる、ぎゃわーーーん!!」

簫洒(しょうしゃ)な邸宅に相応しく無い下品な台詞と共に、この世の終わりの様な長い慟哭が響き渡ったとか何とか。

 

 

後書き

「可愛いものだな、宗倫坊や」

愉快そうに告げる羽衣狐。

「お前もまな板装備で辛(つら)かろうもん」

羽衣狐の平べったい胸を見ながら、真顔で答える宗倫。

天地を揺るがす戦いのゴングであった。

その頃の奴良(ぬら)屋敷

「ぬう、この凶悪な気配は……やはり、復活しおったか」

「じいさんがまた一人でブツブツ言ってるなぁ」

「ボケたんじゃねぇの」

その頃の京都、花開院本家

「羽衣狐、奴か……」

超シリアス顔な花開院秋房。

「何でか、うちもイラッと来たわ」

額に怒りマークのゆら。

「将来性ねぇからなぁ、お前」

心底、同情した顔をする竜二。

「うっさい、嘘ばっかな竜二兄ぃには騙されへんで!!」

「(俺もたまには本当の事を言うんだがなぁ)」

「皆、お茶とジュースどっちがいい?」

爽やかな魔魅流だけが花開院の清涼剤であった。




ちょっと堅い文章で原作の和風(?)な雰囲気が出せたらいいなー、とか考えながら書いてます。トンデモ能力バトルの描写に力を入れていくのと、某格闘漫画の前振りタップリ、決着一瞬みたいにしたいなぁーとも。
最終的には羽衣狐とイチャヌチョ出来れば最高ですね。
ところで、羽衣狐って属性的には人妻、寝とり、御姉様、女子高生、が含まれるのかどうかを真剣に検討した方がいいのでしょうか?

後書きは本編がシリアス気味なのでこんな感じでやっていきます。
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