僕には、姉がいた。
とても優しくて面倒見が良く、人一倍正義感が強かった。
僕にはそんな姉さんが眩しかったけど、同時に大好きでもあった。
そんな僕を姉さんもいっぱい愛してくれていた。
家は代々帝国の将軍を輩出する名家であり、父さんもその例に漏れず若いうちから将軍となって今では僕と数歳しか歳が変わらない新しい将軍と共に現帝国最強と言われるほどだった。
とても厳格で厳しい人だったけど、それほどまでに強い父さんも姉同様僕の尊敬の対象だった。
母さんは僕が産まれて直ぐに死んでしまったけれど、それでもいっぱいの愛情を注いでくれたらしい。
姉さんと父さんと3人暮らしだったけど、父さんは将軍ということでほとんど家に帰ってこず、ほとんど姉さんと2人で生活していたと言ってもよかっただろう。
でも、姉さんはよく笑う人だったから何も寂しくはなかった。
名家の息子ということで特に不自由もなく、たまにパーティーに出席するだけで、あとは専属の家庭教師に勉強を教えてもらうのと、将来将軍になるために剣の稽古に励む変わり映えのない毎日だった。
でも、姉さんとたまに帰ってくる父さんとの変わらない日常が、僕は他の何よりも大好きだった。
その日、全てが変わった。
「ごめんね……リン。私……失敗しちゃった………」
姉さんが、目の前で殺された。
僕がまだ12歳の時だった。
なんでも、陛下の今の政治体制を知った姉さんが持ち前の正義感を発揮して異を唱えたらしい。
だから、殺された。
それだけの理由で。
それも、父さんの手で。
「ヌフフ、さすがでこざいますねぇ、ブドー将軍。実の娘を殺すのにも躊躇いがないとは」
どうして……?
どうしてなの父さん!あの日々は……、楽しかった日々の父さんの笑顔は、全部偽物だったの!?
言葉にしようにも、うまく声がでない。
それほどまでに、僕にとってこの事態は受け入れがたいものだった。
「いやぁーしかし、この私も貴方の実の娘を、それも貴方の手で殺めさせるのはさすがに気が引けましたよ?」
「黙れ大臣。確かに娘は愛していたが、裏で革命軍と繋がっていたとなれば話は別。私の守護する宮殿に仇をなそうとするならば実の娘だろうと容赦はせん。だがな、この私に娘を手にかけさせた貴様は反乱軍を殲滅した後、しかるべき裁きを受けると思え」
「おっとそれは怖い。私も用心せねばなりませんねぇ。ヌフフフフフ……」
僕は、動けないでいた。
目の前にある姉さんの死体は、まるで雷でも直撃したかのように黒く焦げており、血の一滴すらも蒸発していた。
ッ!?
突然胸のうちからせりあがってくる吐瀉物をそのまま我慢することもできずに床に吐き出す。
「あぁー、さすがに12歳の少年にはまだ刺激が強すぎましたかねぇ?」
どこから取り出したのか、特大の肉にかぶりつきながら大臣が悲しそうな面持ちで僕を見る。
でも、僕にはもうその顔が全くの嘘であることが分かっていた。
なぜなら、顔では悲しそうな表情をしていても、その口の端はつり上がっているのが見えたからだ。
「リン、お前はもう部屋に戻れ。私はまだやる事がある」
僕は父さんの言葉に力なくコクッと頷くと、そのままフラフラと自分の部屋に戻った。
姉さん……。
部屋に戻っても、考えるのは姉さんとの思い出ばかりだった。
勉強に飽きた姉さんが僕をこっそりと連れ出し、宮殿内を一緒に探検したこと。
剣の稽古が終わり、疲れ果てて立てなくなった僕の体力が回復するまで、ずっと横で見守ってくれていたこと。
僕のために料理を作ると言って、指を傷だらけにして使用人さんに怒られたこと。
…………ずっと、眩しいくらいの笑顔で、今日まで僕の隣にいてくれたこと。
さっきは事態が飲み込めずにずっと放心状態だったため、やっと涙がでてきた。
今まで溜め込んできた感情の高ぶりがこうして涙となってでてきたことで、それはとどまることを知らないほどにこぼれ落ちた。
姉さんが殺されたのは昼だったというのに、僕は夜になってもまだ泣き続けていた。
姉さん………
少し、風にあたって気分を落ち着けようと、部屋の窓に顔を向ける。
そこでふと、姉さんと一緒に使っていた小さな丸テーブルの上に普段はない、紙切れが2枚ほど置かれているのに気づいた。
それがなんなのかという疑問に幾つかの選択肢を当てはめると、僕は弾かれるようにその紙切れを手に取り、一気に目を通す。
内容はこうだった。
リンへ
リンがこの置き手紙を読んでるということは、もう私はこの世界からいなくなってしまったのだと思います。
まだ12歳の貴方に、こんな途方もない苦労をかけさせてごめんなさい。
私は姉失格です。
それでも私は、今日まで調べてきた帝国の現状を此処に記します。
かつて、千年栄えたこの帝国も今やその華やかさは失われ、権力・財力を持つものの犯罪が横行しています。
中には己の快楽のために地方出身者に狙いを定め、密かに拷問や殺人を行う極悪人まで存在し、その事実は賄賂などにより闇に葬られ、白日の下にさらされることはありません。
その影響からか、街の治安は悪化し、さらに不況も相まって今や街の民の心はすでに折れかけています。
お父さんがなかなか私達を宮殿の外に連れ出してくれなかったのも、それが関係しているのでしょう。
だから私は、そんなことがまかり通るこの帝国が許せなかった。
そこで私は革命軍という半帝国組織と連絡を取り、諸悪の根源とも言える人物の特定に成功しました。
それこそが、まだ幼い皇帝陛下を世継ぎ争いに勝たせたキレ者、オネスト大臣です。
しかし、元凶が分かったからといってすぐにそれをどうにかできるというわけではありません。
宮殿の守りはそれこそ鉄壁の城塞と言い換えても不思議ではないくらいに堅く、それに、お父さんだっています。
そこで、私達革命軍は来たるべき決起に備え、今は仲間を集め、力を蓄えている最中です。
今はまだ数こそ少ないですが、近いうちに帝都の悪人を闇に紛れて葬る暗殺組織ができるとの噂もあります。
そんな仲間たちと共に帝都を復興し、新しい時代を築き上げるのが私の夢でしたが、今はそれももう叶わぬ夢です。
そこでリン、私……いや、お姉ちゃんから1つお願いがあるの。
正直、貴方だけはこちら側の世界に引き込みたくなかった……。
貴方には、それこそ帝都の闇を知らないまま、幸せに暮らして欲しかった。
でも、リンももう知っているはず。
この帝都は既に腐敗しているって。
だから、リン……お願い。
この帝国を、街を、民を救って。
将軍の血が流れてるリンにだったら、きっとこの腐敗した帝国を壊せる。
ほんとに……最後までワガママなお姉ちゃんでごめんね。
愛してる……リン
そこで手紙は終わっていた。
手紙にはところどころ涙でできたかと思われるシミがあり、それには姉さんの……深い決意を感じさせた。
そうか……姉さんはここまで………
腕で乱雑に顔をこすり、涙をとめる。
姉さんの気持ち……全部伝わったよ。
だったら僕のだす答えはもう決まっている。
「……もちろんだよ、姉さん。この腐敗した帝都は、僕が必ず正しい方向に導く。」
姉さんの笑顔を思い浮かべながら、そう呟く。
「そのために、大臣は必ず殺す。どんな手を使ってでも……」
昼に見た、人を欺きながらも、悪魔のような嘲笑をその口の端からのぞかせていたオネスト大臣を思い浮かべながら、そう呟く。
「そして………」
もう1つの光景を思い出す。
姉さんを殺すことに躊躇うどころか当然だと返した人物。
今まで、僕と姉さんをずっと嘘の笑顔で欺き続けていた憎き相手。
「そして………貴方は、姉さんを殺した貴方だけは……!必ず僕の手で殺してやる!」
思い浮かべるのは、厳格で厳しいながらも僕と姉さんを育ててくれた尊敬の対象……
………ではなく、嘘の笑顔で僕と姉さんを欺き続け、姉さんを殺した憎悪の対象。
父さんこと、ブドー将軍だった。
そして、同じ日の夜。
宮殿の宝物庫から1つの帝具を持ち出した少年が、帝都から姿を消した。