アカメが斬る!〜雷を継ぐ者〜   作:Key9029☆

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第5話

5話

 

「………。」

 

「…………っ。」

 

長い沈黙、静寂。

 

蒼き月光が照らす満月の下、銀髪の青年と茶髪の少年は静かに見つめ合う。

 

ただ境遇を同じくしただけの関係。

 

しかし、2人は意識的か無意識なのか、互いの存在の大きさを確かに感じ取っていた。

 

その視線の交わりが果たしてどれだけの時間続いたのかは本人同士しか知ることはない。

 

だが、始まりも突然であれば、終わりも突然だ。

永遠に続くかと思われた視線の交錯は、銀髪の青年によって終焉を迎えることとなる。

 

「あ…やばっ……」

 

「……?」

 

突如、銀髪の青年の足取りがおぼつかなくなる。

 

その姿はまるで、昼に自分のお金で好き放題飲み食いした挙句、見事に騙してくれた憎っくきおっぱi…レオーネとか言う女性が酒場を出て行った時とそっくりだ。

 

そんなことを考えているのも束の間、

 

ゴンッッ!!

 

目の前の青年が、耳を疑うような重く鈍い音と共に、モロに頭から地面へとまるでスイッチが切れたかのように崩れ落ちる。

 

いや、疑うべきは目の方だったか。

 

「っ!?おっ!おい!大丈夫かよ!?」

 

茶髪の少年は慌てて銀髪の青年に駆け寄ると、青年が今にも消え入りそうな掠れた声で何かを言っているのが耳にはいった。

 

「……お………ぃた…」

 

今にも途切れそうなか細い声音。

 

だが、弱々しく響く声のその奥には、まるで何かを強く欲しているような必死さが垣間見える。

 

「お……か…すぃ……た…」

 

向こうも必死に伝えようとしているのか、だんだんと聞き取れる箇所が多くなってくる。

 

「もう少し大きい声で言ってくれ!俺に出来ることならするから!」

 

茶髪の少年の善意に嬉しさを感じたのか、銀髪の青年は弱々しい笑顔を浮かべると覚悟を決めたように頷き、自分の総てを引き絞るかのように今、その言葉をハッキリと紡ぐ!

 

「お…なか、すい…た…っ!」

 

自分の総てを賭けて紡いだその言葉が茶髪の少年に届いてくれたかどうかはわからない。

 

だが、人は自分の言いたいことが言えた時、少なからずスッキリとした快感を覚えるものだ。

 

自分の言葉の真意が目の前の、心優しい少年の心に届いてくれていることを信じて。

 

青年は静かに、その顔には全てをやりきったかのような、満足気な微笑みを残しながら--------

 

 

そっと、その瞼を落としていった。

 

 

 

「----------------」

 

その場に残された少年は微動だにしない。

 

青年の幸せそうな顔に、初対面だったとはいえど何か特別なものを感じたその青年の最後に、どこか思うところがあったのだろう。

 

 

ヒュゥゥっと。

 

冷たい夜風が少年の頬を撫でる。

 

そんな些末事などどうでもいいかのように少年は青年を見つめ、その視線を夜空へと移した。

 

夜空には満天の星。

 

その輝きの1つ1つが、青年の最後を悼み、祝福しているかのようで--------

 

そっと、一言。

 

 

「なんだこれ」

 

 

真顔で呟いた。

 

 

 

***

 

 

「もぐもぐっ、ゴク。ゴキュゴキュ。」

 

豪快な咀嚼音が、深夜の帝都に響き渡る。

 

その姿はまるで、食べている本人である銀髪の青年、リンからは酒場で料理の数々を頬張っていたあの少女のように。

茶髪の少年、タツミからは自分の金で遠慮なく料理と酒を暴飲暴食していたレオーネの姿を彷彿とさせた。

 

「いや〜っ、生き返った!ありがとう。非常食だった干し肉を全部貰っちゃって。」

 

「いや、いいですって。目の前で空腹で倒れられたらさすがに放っておけませんし…」

 

あの後。

 

リンの最後(気絶)に若干処理落ちしかけたタツミだったが、直ぐに覚醒。

 

蘇生を試み、リンの最後の言葉をヒントに、鼻先に干し肉を近づけた。

 

瞬間、自分の腕ごともっていかれるのではないかというほどの鬼気迫る速度でリンがそれに齧りつき、もう何個か与えたところでリンの意識が覚醒、今に至るというところだ。

「うーん、やっぱり敬語はなしにしてくれないかな…?どうもむず痒くって」

 

リンの意識が覚醒した後、干し肉を食べながら世間話と共に互いに自己紹介を交わした。

 

そこでタツミはリンが自分より年上だと知り、ぎこちないながらも敬語を使い始めたのだ。

 

リンも幼年期に父であるブドーに連れられ社交会やダンスパーティーに付いていったことで、大の大人から社交辞令として敬語を使われることが多かった故、それに対する多少の慣れはある。

 

だがやはり、それでもむず痒いものはむず痒い。

 

「うーん…じゃあ、せめてリンさんでどうかな?」

 

やはり年上にタメ口というのは少し抵抗があるのか、せめて敬称だけでも、とタツミはリンに苦笑いを返す。

 

「うん!やっぱりそっちのほうが気が楽だ!ここであったのも何かの縁、同じ野宿仲間同士、よろしくね、タツミ君。」

 

満面の笑顔をタツミに向け、右手を差し出す。

 

それにタツミも僅かな緊張が解けたのか、笑顔でリンの右手を握り返す。

 

「あぁ、よろしく!リンさん」

 

そこから2人は月明かりの下、お互いの話に華を咲かせる。

 

「へぇ、それじゃあタツミ君は故郷の村を救うためにこの帝都に?」

 

「あぁ、そのために帝都に出稼ぎに来たんだ。俺、剣には自信があるからさ。軍に士官して、そこで稼いだお金を村に送るつもりだったんだけど……」

 

まぁ、門前払いされちまったけどな、と、どんどんタツミの肩が下がっていく。

 

そういえば、酒場で今の軍は入隊希望者が殺到してるって会話を聞いたな。なら、今直ぐにでも村を救いたいタツミ君には一兵卒からやっている暇はないんだろう。

 

今の帝国軍を率いる、二大将軍。

 

その2人の圧倒的カリスマと、下層社会に位置する人たちの仕事不足による不況により、入隊希望者は例年うなぎのぼりだという。

 

でも、タツミ君が帝国兵にならなくて、本当に良かった。そうしたら、僕は……

 

もしかしたら、彼と剣を交えることになっていたかもしれない…と、内心で安堵の表情を浮かべる。

 

彼が帝国兵になり今の帝都を守ろうと戦うのなら、それを壊そうとする自分は間違いなく害敵だ。当然死合うことになる。

 

戦場に事の善悪や私情は一切挟まないとしても、1度知り合った仲を斬るのはやはり辛い。

 

そういった意味でも、不謹慎だがタツミの境遇に少なからず安心した。

 

「そうそう!それで、途中の酒場で軍の知り合いに掛け合ってくれるって言って、有り金全部はたいてご飯奢ってやったのに食い逃げされたんだ!酷いと思うだろ!?」

 

何かを思い出したように、タツミはいきなり早口に喋りだすと、記憶の中にいるその憎っくき人物にグルルル……と敵意を向けていた。

 

「うわぁ……それはさすがに…」

 

ごめんタツミ君。

 

何となくだけど、君を初めて見た時にそんな気がしていたんだ…

 

自分の直感の精度に舌を巻きながら、目の前で唸っているタツミに苦笑いを返すことしかできないリン。

 

「名前何て言ったかなあのおっぱい…じゃなかった。そうだ!レオーネだ!くそっ、今度会ったらぜってぇ許さねぇ…」

 

「え」

 

ついさっき聞いたような名前が目の前のタツミの口からでる。

確かその名前は、ズック邸で出会った快活な女性のものではなかったか。

 

何やってるんだあの人……と。

リンは記憶の中のレオーネに溜息をつくと--------

 

 

「リンさんは?」

 

「え?」

 

一瞬、何を訊かれたのか判らなかった。

 

「リンさんは帝都に何をしに来たんだ?」

 

しまった…と。

リンは自分の短慮さを責める。

 

こちらが何故帝都に来たのか、という問いをかければそれが自分にも返ってくるのは道理。

 

さすがに、まだ人同士の殺し殺されの世界を何も知らない目の前の純粋な少年に、素直に今の帝都を壊しに来たと言う訳にもいかない。

 

どう答えたものか…とリンがそれらしい理由を考えていると--------

 

「ん?なんだあれ?」

 

タツミが何か見慣れないものを見たかのように、向こうを指差す。

 

その指の先に視線を移す。

するとそこには、街灯に照らされた石造りの道路にパカッパカッと馬の蹄の音を響かせながら近づいてくる、豪奢な馬車の姿が在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

馬車が自分達の前に止まる。

扉が開き、そこから姿を覗かせたのは、馬車と同じ煌びやかなドレスに身を包んだ可憐な少女と、屈強なボディガードと思しき男達だった。

 

「泊まるアテないのかな、あの人たち。気の毒に……」

 

「またですかお嬢様…」

 

自分たちの方を見て何か話し込んでいるようだ。

 

隣に座っているタツミと顔を見合わせる。

 

「仕方ないでしょ、性分なんだから」

 

どうやら話は纏まったのか、少女の方が自分たちに近づいてきた。

 

その足取り1つとっても優雅さと気品が漂っており、この少女が富裕層に位置するお嬢様だということが理解できる。

 

「地方から来たんですか?」

 

「あ……?あぁ」

 

突然お嬢様が話しかけてきたことに驚いているのか、若干戸惑いながらもタツミが答える。

 

「ねぇ、もし泊まるアテがないんだったら、私の家へ来ない?」

 

とんでもない提案が飛んできた。

 

それは今から野宿する自分たちにとって、正に神の救いに等しき提案ではないのか。

 

「俺、金持ってないぞ」

 

だが、隣にいるタツミは実に疑わしげだ。

 

「(まぁ、有り金全部食い逃げされたら疑心暗鬼になるのも無理はないか……)」

 

純粋であるが故に、タツミはこの少女にまで騙されたら今度こそ人間不信になってしまうかもしれない。

 

「ふふっ、持ってたらこんな所で寝ないわね」

 

少女はそんな気はないと、タツミに日向を思わせる柔和な笑顔を向ける。

 

そも、お金にだけは困らないといった風貌のこの少女が、野宿をしている少年をカツアゲするというのも変な話だが。

 

そこへ、ボディガードの近づいてきた。

 

「アリアお嬢様はお前たちのような奴らを放っておけないんだ」

 

「お言葉に甘えておけよ」

 

屈強な男たちにも促され、タツミの心が揺れる。

 

「どうする?」

 

ニコッと、アリアという少女がタツミの返事を笑顔のまま待っている。

 

ゔ〜んっと、唸るタツミ。

 

今、タツミの脳内では天使と悪魔が激しい激闘を繰り広げているのだろう。

 

この少女は危険だ、今度は有り金どころか身ぐるみ全部剥がされるぞと、タツミを説得する天使。

 

良かったじゃねぇか…こんな可愛らしい女の子の家に泊めて貰えるなんて話滅多にねぇぞと、タツミを誘惑する悪魔。

 

互いの主張は互角であり、このまま平行線にもつれ込むかと思われた脳内会議。

だがその均衡は、悪魔の囁きによって簡単に壊されることとなる。

 

 

それに、少し考えてみろ。

誰も彼もを家に泊める善人なんているわけねぇ。こいつ、もしかしたらお前に気があるのかもしれねぇぞ?

 

「………まぁ、野宿するよりゃいいけどよ…」

 

タツミ、陥落。

 

 

先ほどボディガードの男がまたですか……と言っていたのはどうやら聞こえていなかったようだ。

 

 

そんなタツミの静かな激闘など露知らず、タツミの素直ではない返事に少女は嬉しそうに頷き、

 

「じゃあ決まりね♡」

 

と、タツミに満面の笑顔を向けた。

 

「それで、横にいる銀髪のお兄さんはどうするの?」

 

その笑顔が、今度は自分の方に向けられる。

 

「そう……だね。それじゃあ、僕もお邪魔させてもらってもいいかな?」

 

僅かに思案した後、リンはその首を縦に振った。

 

「よかった♡それじゃあ、2人とも馬車に乗って。私の家まで案内するわ。」

 

善は急げと、少女は嬉しそうに馬車に乗るように促してくる。

 

スキップのような軽やかな足取りで馬車に向かうタツミ。

だが、それとは対照的にリンの足取りは僅かに重い。

 

うん…行かせてもらうよ。君の腕から漂ってくる()()()()()()()の正体を確かめにね…

 

最初は何かの間違いだと思いたかった。こんな可愛らしい少女から漂ってくるのが香水の香りなんかより、血臭、濃密な死の臭いほうが優っているなんて。

 

その臭気はズックを殺して欲しいと懇願してきた少女のものよりも数倍きつく、それだけ、たくさんの人をその手にかけてきたということだ。

 

そして、問題なのはその臭いが体からではなく腕から漂ってきたということ。

 

体からであれば、まだ先の少女のように全身に第三者の血飛沫を浴びてきたという推測も出来たが、今回はそうではない。

腕から漂ってきたということは、それだけ自身の腕で、人の死に関与してきたということだ。

 

こんな少女でさえ、躊躇いもなく簡単に人の命を奪うのか…….今の帝都は。

 

 

その真意を探るべく、リンはアリアと呼ばれる少女の屋敷へとその身を運んだ。

 

 

***

 

 

「おぉっ!?」

 

アリアの屋敷に着き、玄関に案内されるや否や、タツミが大声を上げる。

 

それもそのはず、地方の村の出身であるタツミには、鹿の剥製や華美な装飾が施された大きな壺などは、想像の中でのお金持ちが持っているような備品だろう。

だが、ここにはその全てが完備されている。

 

「リンさん……マジですっげぇよな此処。俺、来てよかったかも。」

 

タツミが喜びを噛み締めて震え、リンを見やる。

だが、リンにあまり驚いた様子はなく、至って 平然だ。

 

「あれ?リンさんはあんまり驚かないのか?」

 

「え?あぁ、うん。見慣れているからね。」

 

だが、リンは違う。

そもそも、リンも7年前までは帝都の宮殿にいたのだ。

今更この程度、驚くどころか何も感じない。

 

「??」

 

自分の答えにいまいち得心がいかないのか、タツミはさらに混乱してしまったようだ。

 

「おおっ、アリアがまた誰か連れてきたぞ。」

 

「クセよねぇ。これで何人目かしら。」

 

 

屋敷に入るなり、団欒の場にいた仲睦まじい夫婦が出迎えてくれる。

 

その夫婦に対しリンはほんの一瞬、僅かに殺気の籠もった視線を向けた。

 

薬品の臭い……なるほど、裏があるのはこのアリアという少女とあの夫婦か。

 

チラッと、横目で隣にいるタツミを流し見る。

 

彼は彼で、アリアの護衛である男たちの練度に警戒したり、野宿から一転、豪邸に泊めてもらえるという幸運に喜んだりと忙しそうだ。

 

だが…それでいい。

 

タツミ君は日の当たる場所で生きるべきだ。

 

ここに来る前、彼と話した僅かな時間でも、タツミ君の人格は純粋に過ぎるとリンは理解できた。

 

彼は他人の嬉しいことで一緒に笑うことができるし、悲しいことに共に涙することができる人間だ。

 

だからこそ、この純粋な少年に、善人の顔を被った(クズ)たちの本性を見せるのは残酷過ぎる。

 

たとえタツミ君に嫌われることになったとしても…僕が彼を守らないと。

 

拳を固く握り締め、覚悟を決める。

 

そう……たとえ彼の目の前で人を斬ることになったとしても--------

 

「……ンさん?おーい!リンさんってば!」

 

ハッと、タツミ君の声で意識が現実に引き戻される。

 

「っ!タツミ君…ごめん、少し考え事に夢中になっちゃってたみたいだ」

 

「おいおい、しっかりしてくれよリンさん。それで、話の続きなんだけどさ」

 

タツミはアリアに向き直る。

 

どうやら明日、買い物に行くアリアの護衛として僕もどうかという話のようだ。

 

「リンさんも剣を持ってるし、あのオッサン達に加えて俺達が護衛をすれば百人力だぜ!?」

 

所謂マッスルポーズで、タツミはリンにどうだ!?と問いかける。

 

しかし、目の前ではりきっているタツミ君には悪いが、自分はこの屋敷の何処で凄惨な惨劇が行われているのか確かめなくてはならない。

そのため、明日1日この屋敷から離れるのは都合が悪い。

 

「えーとっ、ごめんね、タツミ君。僕はまだ君ほど自分の腕に自信があるわけじゃないんだ…だから、僕に護衛は務まらないかな」

 

苦笑を交えつつ、タツミに謝る。

 

無論、真っ赤な嘘だ。

タツミを騙してしまった事に多少罪悪感は感じるが、今は優先度が違う。

 

「そうなの?貴方、見た目ならタツミよりも強そうよ?」

 

不思議そうな顔のアリアの横で、そんな…と落ち込んでいるタツミ。

 

「でも、泊めて貰っている身で何もしないわけにはいかないからね。もし良かったらなんだけど、屋敷の掃除とか雑用を手伝わせてもらえないかな?」

 

リンの提案にアリアは頷き、

 

「そうね、それじゃあお願いしようかしら。あ、でも入っちゃいけないお部屋もあるから、詳しくは後で話すわ」

 

「うん、わかった。()()は得意なんだ。明日の夜には屋敷にクズ1つ残らないように綺麗にするよ」

 

そう。

掃除は自分の最も得意とするところだ。

 

どんなに多くとも、それがクズ()であるならば塵1つ残さない。

 

そういう意味で捉えれば、僕は案外綺麗好きなのかもしれないな。

 

1人、内心苦笑していると、

 

「ふふっ。期待してるわ、リン。それじゃあ、今日はもう遅いから客間に案内するわね。あ、それとリン、これが家の見取り図よ。✖︎印がついてるところには入らないでね?」

 

アリアから家の見取り図を手渡される。

 

あれ?普通家に見取り図なんてあったっけ?と、混乱しているタツミを横目に映しながら、リンも思わず目を丸くする。

 

✖︎印は計3ヶ所。屋敷内に2つ、庭に1つか……

 

驚いたものだ。

 

本来なら、明日は1日かけて屋敷内をしらみつぶしに調査し、怪しい場所の目星を何ヶ所かつけておくつもりだった。

 

それがどうだ。

 

ヒントどころか、向こうからいかにもな場所を教えてくるとは些か間抜けすぎる。

それとも、何が起きても隠し通せるという自信の表れなのだろうか。

 

「うん、ありがとうアリアさん。それじゃあ悪いけれど、僕はこれで失礼するよ。正直、旅の疲れで立っているのもやっとなんだ」

 

 

「そうね…ほんとはディナーをご馳走してあげたかったのだけど、今日はもう遅いし。2人も疲れているみたいだから、それはまた明日ね。それじゃあ、お休みなさい。タツミ、リン。」

 

「おぅ、お休み。」

 

「お休み、アリアさん。」

 

笑顔で手を振るアリアに背を向け、タツミと共に割り当てられた客間へ移動する。

 

部屋はタツミとリンに1つずつ用意されており、赤い絨毯に天蓋付きのベッド、机、さらには個室シャワーまで付いた豪華っぷりだ。

 

「なぁ……リンさん。俺、ほんとにここで寝ていいのかなぁ……?この部屋、村にある俺の家の4分の3くらいある気がするんだけど」

 

ハイライトの消えた目で、自分に割り当てられた部屋を眺めるタツミ。

 

俺…まだ馬小屋で寝る方が落ち着けるかも……とは本人の弁だ。

 

「まぁまぁ。今くらい贅沢してもバチは当たらないよ。どうせ泊まると言っても明日までだしね。」

 

「そうかなぁ…?あの様子じゃアリアさん、いつまでも家にいなさい!なんて言い出してきそうなんだけど…」

 

「はははっ。確かにそれに関しては同感かな。」

 

笑顔で返すリンに、だよなぁ〜っと肩を落とすタツミ。

 

だが、その表情はニヤついており、寧ろこの家にもっと居たい気持ちがバレバレだ。

 

「……でも、ここの家族のお世話になるのは明日までだ。それだけは変わらないよ。」

 

そう。

 

タツミ君には悪いが、この家に滞在するのは長くて明日の夜まで。決して明後日が来ることはない。

 

ここの家族(悪たち)に、明後日の空を見させることはしない。

 

「お……おう?そ、そうだよな!あんまり迷惑かけちゃいけないもんな!」

 

タツミのぎこちない応答に笑みを溢しながら、自分に割り当てられた客間のドアノブに手をかける。

 

「それじゃあタツミ君、また明日。護衛頑張ってね。」

 

「あぁ、リンさんも。一緒に護衛出来ないのは残念だけど、掃除頑張ってくれ。」

 

「うん。お休み。」

 

笑顔で返すタツミにひらひらと手を振りながら、どちらからということもなく、互いに部屋に入る。

 

「ふぅ……っ」

 

ベッドに腰掛け、小さく一息。

それがスイッチ。

 

頭の中が一気に冴え渡り、リンの瞳から先ほどまでタツミに向けていた優しさの色一切が塗り潰される。

 

 

今頭の中にあるのは、ここの悪3人をどう殺すかというそれだけだ。

 

1人1人を殺すのは大して苦じゃない。けど、ここの兵士は一家が持つにしてはそれなりに数が多い。殺している最中に騒がれて(クズ)に逃げられるのだけは避けなくちゃ。それに……

 

それに、今この場にいるのは自分だけじゃない。

もし、開き直った(クズ)たちがタツミ君を人質にとりでもしたら事態は最悪だ。

それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 

そうなると、やっぱり動くのは深夜か。全員が寝静まった後ならタツミ君を巻き込む心配もないし、警備兵に見つかるリスクも減る。

 

なら、明日は夜になるまで掃除ついでに屋敷をまわって構造を頭にいれておこう。

それだけで、暗殺の成功率は飛躍的に上がる筈だ。

 

「よしっ、こんなところかな」

 

ふぅ……っと、もう一息。

だが、今度のそれは脱力によるものだ。

 

そのまま後ろに倒れていく体の重力に身を任せ、ベッドに軽く横になる。

ベッドに沈む体と、それを押し返す反発力の具合が実に心地良い。

帝都に来るまでの道すがら、寝床といったら馬車の荷台だったり安宿のオンボロベッド、果てには硬い地べたにそのまま寝転がるということもあった。

だからこそ、この心地良さは疲れからくるリンの睡眠欲を優しく包み込む様に刺激してくる。

 

思い返せば、今日1日の内容はあまりに濃密だった。

出会いと別れの連続。

 

帝都に着くまでにルヴィスさんと知り合い、次に土竜一頭。それから帝都の街を歩き回り、1人の少女との出会い。そして今生の別れ。

ズック邸でのゴミ掃除(蹂躙)と帝具使いとの戦闘。

ナイトレイドを名乗るレオーネさんとの出会い。

タツミ君と、ここの(クズ)3人。

 

これだけの邂逅の数々。それならこの体を渦巻く倦怠感も納得だ。

 

右腕を額に当て、肺に溜まった空気を一気に吐き出す。

それだけで幾らか体の倦怠感は和らぐが、吐き出した空気が重くのしかかるかように自分の体はまだ重いままだ。

 

「さすがに少し疲れたな……少し休まなきゃ……」

 

小さく呟き、額に当てていた右腕を下ろそうとした刹那。

ふと、自分の右手首に結び付けられた、淡い水色が目に入る。

 

それは、1つのリボン。

どこにでも売っているような、なんの変哲もないただの布。

 

「……姉さん」

 

だが、リンにとっては違う。

これは宮殿を去る時に持ち出した、自分の手元に残った、たった1つの、唯一の姉さんの形見だ。

 

 

いつの頃だったか。

 

姉さんの誕生日に、1つの淡い水色のリボンをプレゼントしたことがあった。

そのために父や使用人の目を盗んで宮殿を抜け出し、下町で買った、決して高価ではない安物。

 

でも、姉さんはとても嬉しそうにつけてくれていたっけ…

 

そんな僕の精一杯のプレゼントを、姉さんは毎日つけてくれていた。

プレゼントした自分が言うのもなんだが、姉さんのきらきら輝く綺麗な金髪にとてもよく似合っていたと思う。

「リンも()()()()()()()()()なんだから、絶対似合う筈よ」と、リボンをつけられ、危うく女装させられそうになったこともあった。

 

1回、パーティーに姉さんと出席した時に、そのリボンを安物だ、僕がもっと良い物をプレゼントするよと揶揄してきた同年代の男の子がいた。

実際本当に安物だったから僕は何も言い返せなかったけど、姉さんは違った。

姉さんのあんなに怒った顔を見たのはそれが初めてだ。

その男の子が号泣するまで散々怒号を飛ばし、パーティーは中止。

帰ってから父さんにこっぴどく叱られたけど、姉さんはずっとムスッとしてたっけ。

 

「リン、私たち…『永遠』にずっと一緒だよ!」

 

姉さんが太陽のような眩しいくらいの笑顔で、そう言ってくれたことを今でも覚えている。

 

その時はその言葉を信じて疑わなかったけど、それから直ぐのことだ。

 

--------あの日が起きたのは

 

「--------っ」

 

リボンから目を背ける。

 

だめだ…このリボンを見てしまったら、思い出が溢れて止まらない。

 

「『永遠』に私たち一緒だね!」と言ってたのに。

 

『永遠』がこんなにすぐ終わるなんて。

 

 

右手首に結び付けられたリボンを、左手で痣が出来るほど強く握りしめる。

 

もう2度と訪れることはない、遠く揺らぐ日々を追いかけながら。

 

熱くなる目頭を押さえ、頰を一筋の涙がつたうのも気がつかないまま。

 

リンはそっと、瞼を閉じた。

 

 

***

 

 

夢を見る。

 

 

遠い彼方の、色とりどりで穏やかな風景。

 

姉さんが笑っている。

 

父さんが笑っている。

 

3人で過ごした日常。

 

繰り返す、あの頃の日常。

 

そこには黄色があって、緑があって。

青があって、水色、桃色、黄緑、藍色、空色、オレンジ、白、虹色。

 

1つ1つあげていけばキリがないほど、それは彩られていた。

 

 

だが、終わりは違う。

 

その日々()が終わりに近づくに連れて華々しい色の数々は、ある1つの色へと変わっていく。

 

それは、赤。

 

真っ赤。真紅。緋。朱。紅蓮。

 

目眩がするほどの夥しい『赤』が、視界を一色に染め上げていく。

 

それは、血の赤。

 

怒りの赤。

 

憎悪の赤。

 

様々な要素が赤一色へと変換され、自分の体に纏わりつく。

 

下から足、膝、腿、腹、肩、首、口。

 

口が呑まれた時点で、もう叫ぶ事すら出来ない。

 

次第に『赤』は鼻すら呑み込み、次は目を覆い尽くそうと迫ってきた時--------

 

 

「--------っ!あっ、はぁっはぁっ…」

 

勢いよく身を起こし、掛けてあった布団をはね飛ばす。

全身は嫌な汗に濡れ、前髪は額に張り付いている。

 

どうやら寝てる間に、相当魘されていたようだ。

 

「あぁ……またやっちゃったか」

 

小さく溜息をつき、部屋に備えつけられていた時計を流し見る。

 

その短針と長針は、無慈悲にも同じ12の数字を指し示していた。

 

「最近は見ないと思ってたのに。帝都に戻って来たからなのかな……」

 

自分はこの夢を見ると、決まって寝過ごす悪癖がある。

 

今日はまだいつもより気を張っていたからかマシな方で、普段なら起こしてくれる人がいないと昼を過ぎることもあったりするほどだ。

 

「シャワー浴びたいな……」

 

寝汗でぐっしょりの服を脱ぎ捨て、個室シャワーの中へ。

そこで冷水を浴びさっぱりした後、この屋敷を調査しに、客間を後にした。

 

 

 

 

結論から言うと、この家族は間違いなく黒だ。

 

見取り図にある✖︎印のついた3つの部屋のうち、屋敷内にあった2つの部屋は所謂薬品庫だった。

 

凡そ人間に投与すべきではない数々。

その全てが所狭しと並べられ、ご丁寧にラベル分けまでされていた。

 

一刻でも早くここのクズたちを始末したいと邪念が頭をよぎるが、それはそれ。

最後の一部屋を見てからだ。

 

屋敷の構造を頭に入れるため、少し寄り道をしながら最後の1つがある庭の離れへ向かう。

 

「ここか…」

 

足を止めた目の前にあるのは、重々しい雰囲気の扉。

 

重厚感のある鉄と幾重にも重ねられた南京錠は中の臭気を僅かでも漏らさないように設計されており、まるで侵入者を拒んでいるかのようだ。

 

「鳴神」

 

だが、今そんなことはなんの関係もない。

 

能力を解放されたリンの帝具 『疾風迅雷 鳴神』が迸る雷鳴と共に瞬き、まるで豆腐に包丁を入れるかのように幾重にも重ねられた南京錠を音も無く両断。

 

断ち切られた南京錠は重力に従って地に落ち、重厚感溢れる鉄の扉が軋みをあげながら一人でに開かれる。

 

その瞬間--------

 

「……っ!」

 

開け放たれた扉から外の空気を求めるかのように溢れだしてきたのは、尋常ではないほどの死臭。

 

まるで、人間の血と臓物を一緒くたに煮詰めた後に数日間放置したかのような悪臭がリンに襲いかかる。

 

だが、今はこんな臭い程度で足を止められているほど暇じゃない。

 

軋みをあげた扉をさらに開け放ち、中へと入る一歩を踏み出す。

 

そして、リンの双眸に映った光景は--------

 

「これは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草木も眠る丑三つ時。

 

町、草花すらも眠りにつき、辺りが静寂に包まれた深夜。

 

「そろそろかな……」

 

その夜の闇に溶け込むかのように、客間で刀を携える銀髪の青年が1人。

 

時間帯的にも全員が寝静まった後だろうし、暗殺にはおあつらえむきの時間だ。

 

時刻は午前2時。

時間だ。

 

腰を下ろしていたベッドから立ち上がり、歩いてドアノブに手をかけようとするその瞬間。

 

「っ!?」

 

突如背筋に奔る、鋭い悪寒。

 

「今のは……」

 

感じたのはほんの一瞬だけだったが、これだけは、この感覚だけは何があっても間違えるはずがない。

 

殺気……それも相当の。

 

間違いない。今、屋敷内で誰かが殺された!!

全身を嫌な予感が駆け巡る。今の殺気は間違いなくこの屋敷にはいなかった第三者のものだ。つまり、自分とは違う人間がこの屋敷の家族を襲いに来たということになる。

 

いや、別にそれはどうでもいい。

 

悪を自分の手で根絶やしにしないと気がすまないわけではないし、むしろ、それが何者であろうと悪を殺してくれるのなら大歓迎だ。

 

「けど……今ここにはタツミ君がいる…っ!」

 

だがそれは普段は、の話だ。

もし、第三者が盗賊や何かだった場合、屋敷内にいる人間を全員殺すなんてこともあり得ない話ではない。

警備兵やタツミ君の練度もそれなりに高いほうではある。だが、先ほど感じた殺気から推察するに、彼らでは襲撃者の相手にもならない!

 

「っ!!」

 

冷や汗がどっと噴き出す。

不安と焦りで、正常に脳が働かない。

 

彼だけは巻き込んではいけない。

もう2度と、姉さんや少女のような犠牲者を出しちゃいけない!

 

弾かれるようにして、リンは自分の客間を飛び出すと、隣にあるタツミの客室のドアを殴るように叩きつける。

 

「タツミ君、タツミ君!!いるかい!?」

 

大声で呼ぶが、返事はない。

やむなく客間の扉を鳴神で斬り刻み、無理やり中へ押し入る。

 

「タツミ君!!」

 

だが、リンの悲痛な叫びも虚しく、彼は其処にはいなかった。

 

悪い想像ばかりが膨らんでいく。

もし、さっき殺されたのがタツミ君なのだとしたら……

 

「いや、落ち着け……まだタツミ君が殺されたなんて証拠は何1つないじゃないか……」

 

そうだ、まだタツミ君が殺されたわけじゃない。彼の姿が見当たらないのは不安だが、血の跡が1つも見当たらないじゃないか。

 

部屋を見渡す限りでは、血痕や器具の破損などが物語る戦闘の痕跡は1つもない。

 

「ん……?」

 

そういえば、タツミ君の姿の他に、彼が持っていた剣もない。

 

なるほど。大方タツミ君も殺気に気づいて、アリアさんを護りにいった、というところか。そういうことなら--------

 

「鳴神っ!!」

 

帝具が起動。

 

パチィッと、索敵用の微弱な電磁波が同心円上に広大なアリア邸の隅々まで行き渡る。

 

どこだっ、どこだっ、どこだ!

 

「っ!見つけた!」

 

ようやくタツミ君の姿を発見する。いや、実際には数秒の時間すらもかかってはいないが、まだ抑えきれない不安と焦りがリンから正常な時間感覚を奪っていた。

 

「場所は……離れの倉庫の前か。ん?」

 

倒れているタツミ君の側に、もう2つの反応があることに気づく。恐らく1つはアリアさんのものだろう。だとしたらもう1つは……

 

……ん?倒れている?

倒れているタツミ君に向かい合う1つの反応。そしてそのまま、手に持った刀を振り抜こうとして--------

 

「まずい……鳴神!」

 

窓を叩き斬り、空へ。

通常ならば、空へ身を投げ出した瞬間に重力によって体は真下へ垂直に落下するのが道理だ。

だが、今のリンに『通常』などという道理は存在しない。

もう2度と、大切な人を失わないために、圧政に苦しむ人々のために、今も殺されゆく人々のために…!『通常』などといったくだらない括りなど、地獄への前切符としてとうの昔に置いてきた!

 

紫電が夜空を駆け抜ける。

 

もう2度と……姉の嫌った結末へと至らないために。

 

 

 

 

***

 

「では葬る」

 

目前に、刀の切っ先をこちらの喉笛に向け、感情のない冷たい声で言い放つ少女。

その小さな体躯からは考えられないほどの鋭い殺気が、タツミの背筋を凍らせる。

 

----少なくとも……今の俺に勝てる相手じゃない……

 

巨大極まる殺意の視線に晒され、脳が必死に絞り出した答えがこの1つ。

 

逃げろ、と全身を生命危機のサイレンが鳴り響いている中、フゥーッと1つ、肺に溜まった空気を小さな息と共に長く吐き出す。

 

----けど……そんなこと気にしてられない!!

 

少女の冷たい双眸を、静かに睨み返す。

 

----そもそも女の子1人救えない奴が……村を救えるはずがない!!

 

それに、あんな殺気、冷たい双眸、自分が殺されるかもしれない恐怖なんかより、後ろにいる女の子や、村のみんなを救えないことの方が何倍も怖い!

 

気合い一閃。

 

踏み込みと同時に下方向からの薙ぎ払い。

だが、全力を籠めて放った一撃に少女は真上に身を翻らせることで軽々と避けてみせる。

 

「ヤベッ……!」

 

瞬時に体勢を立て直そうとするが、未だ地に足をつけていないというのにも関わらず回避と同時に放たれた鋭く重い蹴りに体の重心が容易く崩される。

 

「グッ!」

 

そのまま体勢を立て直せず、地面に背を強く打ち付ける。

 

圧倒的な力量差。格の違い。

 

ったく……斬り合いにすらなんねぇなんてな。かっこ悪りぃ……

 

相変わらずの無表情。赤い目をした少女は、ゆっくりとその手に握った刀を振りかぶる。

 

ちっ、ほんとになさけねぇ……

守れなくてごめん、アリアさん。村のみんな…救ってあげられなくて…ごめん。

イエヤス、サヨ……ごめん。死ぬ前に、もう一度会いてぇなぁ……

 

「葬る」

 

言葉と共に、少女が刀を振り下ろす。

それがまるで、スローモーションのように、ゆっくりと迫ってきて------

 

--------()()()()()()

 

少女の背後に、その命を刈り取ろうと激しく明滅する眩いほどの雷光と、()()()()()()姿()()

 

「ッ!?」

 

今まで一度も表情を崩さなかった赤目の少女が初めて、その顔を驚愕に染めあげる。

 

それもそうだ。

 

突如、背後から現れた青年は、先ほど自分に向けて放たれた少女の殺気など比べ物にならないほど、肌を刺す鋭さと冷たさ、そして、濃密な『死』を纏っていたのだから。

 

「フッ!」

 

小さい息吹と共に、頸動脈を寸分の狂いなく断ち切ろうと放たれた容赦のない横一閃。

 

「くっ!?」

 

だが、そこは少女も只者ではない。

ありえない速度で頸動脈に迫る雷光の刃を、なんとか自身の刀を間に滑り込ませることで防御する。

 

「無事だね?タツミ君。よかった……間に合って」

 

少女の刀と鍔迫り合いながらも、余裕のある声音で自分の安否を確認し、ホッと胸を撫で下ろすリンさん。

 

否。

あれは本当に、自分の知ってるリンさんなのだろうか。

今までの人生で1番だと断言できる殺気を放った少女のソレを、容易く超える殺意の奔流。自分に向けられているわけではないにも関わらず、足の震えが止まらなくなるほどの絶対零度の視線。

 

それは間違っても、自分の隣でいつも柔和な笑みを浮かべていた銀髪の青年のものとは思えない。

 

喩えるなら、それはどこまでも澄み切った氷晶の瞳。

だが、そこに氷晶の美麗さは欠片もない。

澄み切った透明さは感情という色の一切が淘汰され、氷の瞳は見る者全てを震え上がらせる。

 

朝の陽光を思わせる柔らかな笑みを浮かべていた青年とは別人としか考えられないほどに、今の彼の視線は氷造の剣で全身を隙間無く、絶え間無く突き刺す様で。

 

冷たい、寒い。

 

鮮血に濡れた、絶対零度の氷柱が如く。

 

感情のない冷たい瞳が、やはり冷たく刀を鍔迫り合わせるその向こうから少女の赤い双眸を見下ろしていた。

 

「---------っ!」

 

堪らず、少女の方から刀を離し距離を取る。

だが、その双眸はまだリンの姿を油断なく捉えたままだ。

 

「………お前も標的ではない。だから、斬る必要はない」

 

僅かに緊張を含む少女の言葉に、リンは口元を緩め、小さく笑みを零す。

 

「うん、そうだね。確かに、君の狙いはここの貴族とそこいらに転がってる警備兵たちみたいだ。正直に言うとね、僕の狙いもそうだった。だから、本当は君()と争う必要はないんだよ」

 

「ッ!!なら-----------」

 

「けどね、君達は()()()()()()()()()()()()。まぁ、僕個人の信条みたいなものだけど、どのような理由、どのような大義があったとしても、無関係な人間を巻き込むのは、許せないなぁ…….」

 

言い終わると同時に、今まで薄く零していた笑みが急速に冷め、冷酷な眼光が少女を射貫く。

 

少女の頬に僅かに光る冷や汗が1つ。

 

……アイツでも戦うのを避けたい相手なのか、リンさんは-------

 

それを見ながら、未だに驚愕が止まらないタツミ。

ほんの少し前まで汗ひとつ、息ひとつ乱さず自分を圧倒していた赤目の少女。それだけでも人外認定したというのに、その少女から躊躇いを感じさせるほどのリンさんとは、一体何者なのか。

 

加えて、リンさんのあの刀。

 

細部は所々違っているが、まるで同じ人物が、寸分違わぬ技術で同じくらいの時間をかけ、同じくらいの情熱の注いで造られたとしか思えないほど少女の持つ刀と瓜二つ。

二振りの刀はどちらも尋常ならざる気を帯びており、それ故にひと目で解る。理解できてしまう。

 

どちらも剣というカテゴリーでの最高峰。

あの二振りは、まさしく『最強』と形容するに相応しい代物だ。

 

その『最強』を手にした担い手同士が今、静かに睨み合う。互いに隙など一切無い。そんなものを見せれば一瞬で自分の首が飛ぶ。

息遣い。視線。気迫。重心。思考。

その一切合切が、敵を殺すためだけのものへと切り替わる。

 

1人は、遠い過去との決別を。

 

1人は、未だ見ぬ未来の幸福を。

 

闇夜に白銀の閃きが2つ。

それぞれ譲れぬもののために、刃を振るう。

 

 

 

 

 

-------全ては、この夜から

 

 




皆さん、とんでもなくお久しぶりです。key9029☆です。

実に半年以上ぶり……嗚呼、自分の無能っぷりが嘆かわしい。タグを亀更新から不定期更新に変えておこうかな…

そしてこんなにも時間を空けたので文章も少し雑になってます…
そして前回の後書きに次回はナイトレイドとの会合を入れます!と書きましたが、
「いったいいつから、ナイトレイド全員との掛け合いだと錯覚していた?」
はい。ちょーしのりましたマジすいません

こんなどうしようもない作者ですが、それでも後書きまで読んで下さる読者の皆様。本当にありがとうございます。
作者の動力源は感想をいただくことなので、どんな短文でも送っていただければ泣いて喜びます。(誹謗中傷は泣いて狂乱します)

さて、それでは最後になりますが、この作品を読んで下さる読者の皆様に最大の感謝を。



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