--かつて世界は一人の魔女によって滅びかけた--
『嫉妬の魔女』と呼ばれた存在は四〇〇年を過ぎても尚、伝説として語り継がれており、その体はルグニカ東部の砂丘にて封印され続けているという。
「--ッ--ロ--」
その伝説によれば『嫉妬の魔女』は銀髪のハーフエルフだそうだ。
偶然か、それとも運命か……
「--かえ--イ--」
この青年もまた、銀色の髪の毛をしている。そして持つのは『悪魔の右腕』
--悪魔--
人間に忌み嫌われる存在、この世界の魔女と同じ……
「--エ--待ってろ--」
我は嘆き、そして悲しみ、自らの星を呪う。我が愛しき人を高め辱めたあの星を……
迷い子よ……
「--必ず助ける!」
彼は何度でも立ち上がる。例え傷つき、血を流そうとも彼が諦める事はない。痛みが全身を襲う。怒りが、叫びが彼の体を突き動かす。
ぼんやりとした視界の先では真っ赤な血が絨毯のように広がっている。
自分の血か、相手の血か、そんな事もわからないくらいに疲弊していた。けれども立ち止まったりはしない。進んで行くしかなかった。
「ダメ--う--」
体の内から出る熱は、魂の鼓動は止まっていない。
まだ剣を握る感触は残っている。まだ地面を踏みしめる感触は伝わる。まだ全身に血が流れる感覚がわかる。
まだ戦える--まだまだ戦える--
「もっと--っと--をッ!」
右腕が変わってから何度呪った事か、神を--運命を--
そして魂が叫ぶ。もっと力を--もっと力を--もっと力を--
神をも超える悪魔の力を--
目の前の相手を八つ裂きにして地獄へと葬り去る力を--
でも目の前の相手は笑みを浮かべている。女の笑み、何を考えているかは読み取れないが、互いに理解しあえない存在。
倒すしかない、どちらかが死ぬまで--
「--やめ--お--こんな--」
「--か--人間でない--をッ!」
「--ッ--」
もう意識が虚ろだ。記憶もあやふやでバターのように溶けて消えていく。あの人の名前は何だっただろう? あの人は誰だっただろう? あの人は……あの人?
何を思い出そうとしているのかさえ忘れて、暗い闇の中へと消えていく。
ここは地獄か、奈落の底か、それでもかすかな光はある、希望は残っている。
彼の名前を思い出そう、彼の顔を思い出そう、彼の声を思い出そう。そうすればまた、戻って来る事ができるのだから。
彼は--彼は--彼は--
「--ツ--バル--」
もう一度、彼の名前は--
「ナツキ--ス--ナツキ--スバル--」