悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission10 アルデバラン

 レッドクイーンを肩に担ぐネロは振り返り声の主を見た。それは数分前にぶつかった真っ赤なドレスを着た女。

 扇子を片手にふてぶてしい笑みを浮かべてネロの前で仁王立ちしている。

 

「……何だよ?」

 

「アルデバランを退けるとは、中々の腕前よなぁ。貴様、妾に仕えよ」

 

「仕える? 俺が?」

 

「貴様らの剣舞、見ていて退屈しなんだ。それに火を吹く剣など妾でも見たことがない。興味がある。それと、妾に仕えればさっきの無礼は忘れてやる」

 

「あっそう……でも生憎と俺はアンタに興味なくてね」

 

 女の目つきが鋭い物に変わる。けれどもネロの態度が変わる事はなく、相手を見下すようにして話を続けた。

 

「服の趣味が悪い奴に絡まれて無駄に時間食っちまったんだ。俺はやることがあるんだよ」

 

「貴様の事情こそ妾には関係ない。もう一度だけ言ってやろう。妾に仕えよ」

 

「ふざけんな……」

 

「妾の王国の元で妾の為に仕えるのじゃ。これ以上の幸福はあるまい。銀髪の男」

 

「お前が知りたいって言うから名前だって教えたんだけどな」

 

「黙れ……よいか? 無自覚なのかどうなのかは知らぬが今の時代、銀髪は忌み嫌われておる。そんな貴様を、親切にもこの妾から話し掛けておるのだ。光栄に思え」

 

 噴水広場の中央、大勢の観衆に囲まれる中でネロに挑発的な物言いをする。それに対抗してかネロも彼女に対して挑発的に言葉を返す。

 どちらも我が強く、簡単に相手の言う通りに動く人間ではない。

 

「お前みたいな高飛車な女に仕えるだなんて俺はゴメンだね。もっとお淑やかになれないか? そのドレスだって派手過ぎる」

 

「何?」

 

「それにさっきの奴、アルデバランとか言ったな。アイツはお前の知り合いか?」

 

「アルデバランは妾の騎士、故に対等に剣を交えた貴様に語り掛けていると言うのに」

 

「あんな奴を傍に置いておくだなんて神経を疑うぜ」

 

「貴様……誰に口を利いてるのかわかっておるのか? 妾はルグニカの王となる人間だぞ。妾に仕えれば将来は約束されたも同然。それを自ら棒に振るのか?」

 

「将来? 約束? ハンッ、人生ってのは刺激があるから楽しいんだぜ。お前に一生付いて行く人生だなんて考えたくもないね」

 

 その言葉を聞いて彼女は我慢の限界を超えた。額には青筋を立て、ヤスリで綺麗に研磨された爪は手の平に食い込み柔肌を傷付ける。伝わる痛み、流れる血。

 でもそんな些末な事を気にしてはいられない。ゆっくりと、腹の底から声を絞り出す。周囲が凍り付きそうな程に冷たく憎悪に満ちた声を。

 

「アルデバラン、聞こえているのでしょ?」

 

「あ……わかります?」

 

 噴水の水場から上半身だけ起き上がらせる男。ネロの一撃を受けてはいるが体はまだピンピンしている。

 

「もう一度命ずる。アヤツを殺せ……」

 

 アルデバランは立ち上がり、その体を主に向けて頭を垂れた。

 甲冑を被る彼の表情を窺う事はできないが、全身から殺意が溢れ出してくるのがわかった。微かに見える視線からは殺意が突き刺される。

 

「そう言うことだ。悪いな、兄ちゃん」

 

「お前なんかに殺されてたまるか」

 

「いいや、お前はここで死んで貰う。主から直々の命令だ。お前は……ここで……殺す……」

 

 右腕しかないアルデバランは、それでも片手に剣を握りネロの前に立ち塞がる。

 ネロとアルデバラン、二人が醸し出す異常な闘志と殺気が交わり、殺伐とした空気が周囲を支配した。

 

「どうやら本気みたいだな」

 

「言った筈だ、俺はここでお前を殺す。今更命乞いしても遅いぞ」

 

「まさか! じゃあ第二ラウンドを始めるぜ!」

 

 互いに剣を握る。

 自身が鍛錬を積み上げ、幾度となく使用してきた自慢の剣。それはどんな武器よりも強い自信がある。

 そして戦いの火蓋は切られた。

 

「オラァァァッ!」

 

「ハァァァッ!」

 

 駆ける二人は同時に剣を振り下ろす。刃と刃が激突し激しい火花が飛んだ。二人を囲むようにして見ていた大衆も再び始まった戦いに大きく湧く。

 

「いいぞ! もっとやれッ!」

 

「いけぇぇぇッ! やっちまえ兄ちゃん!」

 

「どっちが勝つと思う? 銅貨六枚で」

 

 アルデバランは続けて片手剣で袈裟斬りし、斬り上げ、連続して斬りつける。

 対するネロも相手の攻撃に瞬時に反応してレッドクイーンをぶつけにいった。鋼がぶつかり合う甲高い音が絶え間なく響き渡る。

 そしてアルデバランは一歩後退すると右足で踏み込んでジャンプ、自重が重力に引っ張られる力さえ利用して剣を叩き込む。

 

「こいつでどうだ!」

 

「くッ!?」

 

 地面を蹴るネロが後方に飛び退く。今まで全ての攻撃を斬り返していたネロが初めて避けた。

 ぬるりと立ち上がるアルデバラン。鉄兜越しでもにやけた表情が見える。

 

「どうした? こっちはちょっと力出しただけだぞ?」

 

「さっきまでは手抜いてたのかよ?」

 

「若い奴に全力なんて出すまでもねぇってことよ。悔しかったらもっと歯ごたえ見せてみな」

 

「上等だ! その趣味の悪い鉄兜、かち割ってやる!」

 

 レッドクイーンのアクセルを捻り走るネロ。アルデバランに向かって全力で袈裟斬り、同時に炎が噴射して剣が加速し威力が更に上がる。

 アルデバランは敢えて一撃目は避けた。

 

「ほぅ……さっきやられた時はわからなかったが機械仕掛けの剣か」

 

「もう一回ぶち込む!」

 

「やってみな!」

 

 炎を噴射するレッドクイーンとアルデバランの片手剣が再びかち合う。袈裟斬りし、振り払い、更に袈裟斬り。刃がぶつかり合う度に甲高い金属音が響く。

 最初の戦いとは違い格段にスピードもパワーも出して片腕を振るうアルデバラン。ネロも柄のグリップを捻り推進装置を連続使用、加速する刃を強引に振り回す。

 互いに一歩も引かず剣撃を繰り広げる。

 

「若いのに中々やるじゃねぇか、兄ちゃん。俺の攻撃に付いてくるたぁ」

 

「まだまだノロいぜ! 振り切ってやる!」

 

「そうだ、もっと来いッ!」

 

 推進装置が唸りを上げレッドクイーンを暴力的に突き動かす。対するアルデバランも片手剣から繰り出す斬撃を更に早める。

 ここまで来ると攻撃だけでは倒しきれない。振り下ろし、時には防ぎ、時には避け、相手の動きを読み斬撃をねじ込む。

 

「ハァァァッ!」

 

 斬り払う片手剣の攻撃を防ぎ火花が舞う。

 

「デァァァッ!」

 

 叩き付けるレッドクイーンの刃を半身を反らして避けると石畳の地面が砕ける。

 

「そこだろ!」

 

 勢いよく突き出される片手剣の切っ先、咄嗟に剣身で防御するも衝撃に後方へ流されてしまう。だが、この間にアクセルを握りエネルギーを溜め、体が止まると同時に一気にパワーを開放。

 推進装置で体ごと突進しながらレッドクイーンを斬りつける。

 

「クソッタレが!」

 

「まだまだ甘い!」

 

 炎を噴射して加速するレッドクイーンの振りに合わせて斬り払うアルデバラン。激しい火花、甲高い金属音と空気が震える程の衝撃。

 ネロの体は吹き飛ばされ、噴水広場の水が流れ出る彫刻に激突した。

 

「ぐはぁッ!」

 

 破壊される彫刻、崩れる石材と一緒に水場へ落下するネロの体。それを見て片手剣を握る右肩をグルグル回し体をほぐす。

 

「まぁ……こんなもんだったか……でも姫さんの命令だからな。悪いが首は斬り落とさせてもらうからな」

 

 ゆっくりと噴水に向かって歩きだす。

 見せ物としては楽しんで見ていた観衆だが、目の前で人間が斬首されるとなれば話は別だ。聞こえてくる歓声がザワザワとしたどよめきに変わる。

 

「お、おいおい……本気で殺す気か?」

 

「まずいんじゃねぇか? 誰か呼んでこないと……」

 

「死にはしねぇだろ?」

 

 見ているしかできない観衆を尻目に一歩一歩確実に迫るアルデバラン。が--

 

「ッ!?」

 

 ブロック状の石材が顔面目掛けて飛来し咄嗟の判断で避ける。そして時間差で炎に包まれた弾丸のように、鋭い切っ先を突き出すネロが飛び出した。

 構えて攻撃を防御するアルデバランの体が大きく後ろに流される。石畳の上をくたびれた草履でブレーキを掛け、それでも止まらず片手剣を石畳に突き刺してようやく止まった。

 

「ハァ……ハァ……やるな、兄ちゃん。これはちょっと冷汗かいたよ」

 

 ネロはコートに付着した水を払いながら、さっきのダメージなどなんともないように口を開く。

 

「言っただろ? その趣味の悪い鉄兜をかち割ってやるってな。ったく、せっかくのコートがびしょ濡れじゃねえか」

 

「タフな体してるな……俺はちょっと疲れてきた。もう年かな? そろそろ……決着といくか」

 

「同感だ……次で決めてやる」

 

「へへ……意見が合ったな」

 

 片手剣を構えるアルデバラン。正面で対峙するネロもレッドクイーンを地面に突き立てアクセルを捻りバルバルとエンジン音を蒸す。剣身は推進装置の連続使用により排熱が追い付かず真っ赤に焼けている。

 二人の鋭い視線が交わり張り詰めた空気が周囲を支配した。

 肌を通して伝わる緊張感、殺気。それに耐えきれなくなった観衆の中には逃げ出す者も居る。 

 しかし二人には関係ない。次の一撃で目の前の男に全力を叩き込むだけ。動いたのはどちらが先か。飛び出したネロとアルデバラン。

 

「オラァァァッ!」

 

「ハァァァッ!」

 

 剣を大きく振りかぶり目前に迫る相手に叩き込む。空気を引き裂くほどに早いアルデバランの一太刀、推進装置からエネルギーを爆発させるネロの一撃。

 どちらの一撃が早い、どちらの攻撃が先に届く、どちらの--

 爆音が轟き衝撃が走る。が、どちらの攻撃も相手に届いていない。

 

「あん? テメェは--」

 

「おいおい、いい所だったのに--」

 

 ネロの一撃は剣を収める柄で受け止められ、アルデバランの一撃は片手で右腕を抑え込まれた。両者の間に割って入った人物はラインハルト。

 以前、ロム爺の屋敷で腸狩りのエルザと戦った時に現れた赤毛の青年。白を基調とした制服を纏い、二人が放つ全力の一撃を汗一つ流さず受けた。

 

「両者、剣を引いてもらおう!」

 

 彼の言葉を聞いた訳ではないがアルデバランは邪魔された事に興が冷め、ネロもそれを見て剣を引き数歩下がる。それを見てラインハルトも剣を鞘に戻す。それでも爽やかな表情から出る視線は鋭い。

 

「ここは闘技場ではないぞ? ただの喧嘩くらいなら黙って見過ごしたが、こうまでやるとなると話は別だよ。見てごらん、周囲の景色を。二人のせいでボロボロだ……よろしいですか、プリシラ・バーリアル様?」

 

 ラインハルトの言う通りで、地面の石畳は斬られ、砕け、残骸が飛び散っている。噴水は見る影もなく、二人をぐるりと囲っていた観衆もいつの間にかほとんどいなくなっている。

 そして残っているのはアルデバランに姫と呼ばれている女、プリシラ・バーリアルだけ。

 

「まぁよい、そろそろ王宮に向かわねばならん時間でもあるしな。それに奴の首を取ってこの場を血まみれにすれば従者の不満を買うかもしれん。行くぞ、アル。中々に見ていて楽しめた」

 

「いつものことだけどよ、そいつはねーぜ姫さん。下手すりゃ俺は死んでたんだぜ?」

 

「だが切り傷の一つも負っておらぬではないか? いいから行くぞ、その銀髪のことはもうよい」

 

「えぇ!? 許しちゃうんですか? 本当に?」

 

「許してはおらん。だがまた会うじゃろ。この世界は妾にとって都合のよいことしか起こらん。次に会った時にはその首、確実に斬り落とす」

 

 冷酷な言葉と共に突き刺さるような視線をネロに向ける。けれどもネロは気にしている様子はない。確かにアルデバランは強い男だったが、まだ奥の手が残っている。それに右腕も使っていない。

 中指を立てるネロはどこまでも強気に言葉を返す。

 

「Fuck you!」

 

「うん? よくわからん。行くぞ、アル」

 

「へいへい、わかりましたよ」

 

 この場から立ち去っていく二人。ネロもこれ以上は突っかかろうとせず、全員の闘志が消えた事でラインハルトも胸を撫で下ろす。

 

「行ってくれたか。まったく、ここの修理はどうするつもりなんだろ? それより……久しぶりだね、ネロ」

 

「あぁ、そうだな。で、どうする? 前の続きでもやるか? 俺は全然構わねぇぜ」

 

「言っただろ、街をこれ以上破壊するんじゃない。それに闘技場も今の時期は開いていない。またの機会にしよう。そうでなくとも、僕は忙しいんだ」

 

「ならさっさと失せろ」

 

「そうさせてもらうよ。では、また会おう」

 

 言うとラインハルトも二人が向かって行った方向に歩いて行く。その先にあるのは大きな王宮、王都ルグニカにそびえ立つ国の象徴。

 けれどもネロには関係ない。別の方向へ行こうとした時、地面に落ちている残骸が目に留まる。

 

「そういや……ケースぶっ壊されたんだった」

 

 レッドクイーンを背中に背負い、ネロは天を仰いだ。

 

///

 

 噴水広場での戦いから体感で一時間、街を闊歩するネロは何も掴めずにいた。

 目に映るのは見た事もない読めない文字の看板、亜人、露店の食べ物など、元居た世界に繋がる物が何もない。

 通行人に話を聞いても伝わらない事ばかり。

 

「あめりか? ここはルグニカ王国だぞ?」

 

「乗り物って龍車が一般的だけど……あと魔法や精霊術使える人ならそれでどうにかするんじゃない? 使えないから知らないけど」

 

「あ゛ぁッ!? 話しかけてくんなよ、銀髪が!」

 

 時間だけが過ぎていくのは構わなかったが、道行く人々に軽蔑にも似た視線を向けられるのはストレスになる。

 背が高い、背中の大きな剣、目立つ要素はあるが一番に目を引くのは銀色の髪の毛。

 

「そう言えばエミリアも何か言ってたな。銀色だからどうだって言うんだ?」

 

「おう、兄ちゃん! 久しぶりだな!」

 

 声がする方を見ると露店でフルーツを売る男の姿。初めてここに来た時にロム爺の屋敷を聞いた相手だ。

 

「アンタか……」

 

「シケた顔してんな。腹でも減ってんのか?」

 

「別に腹なんて減ってねぇよ。何か買わせようってか?」

 

「そりゃ商売人だからな! で、何にする?」

 

「……まぁいいか、前の借りもあるし。そのリンゴをくれ」

 

 コートのポケットに手を伸ばしエミリアに貰った銀貨を取り出す。店主はそれを受け取ろうとするが、突如隣に現れた人物が同じく銀貨を差し出した。

 

「俺が奢ってやるよ、兄ちゃん」

 

「ッ! お前……」

 

 隣の男はプリシラと共に王宮へと去って行った筈のアルデバラン。敵意を向けるネロだが、彼は黒い鉄兜をグイッと耳元へ寄せるとくぐもった声で言う。

 

「兄ちゃん、異世界から来ただろ?」




 アルデバランがかなり強い理由は後々に明らかにしていきますので。
 読んでくれる皆さんの言葉が励みになります。どのような意見でもお待ちしております。

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